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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

22/204

紫苑は激怒した

 この時代においても高校野球は存在している。
 真夏に甲子園球児達が夢の花を咲かせるのは風物詩だ。
 試合が終われば勝者と敗者に区別され、
勝者は更に先へ往けること、良い戦いが出来たことを感謝する。
 敗者はここで終わりだけれど夢の舞台で戦えたことに涙を流しながらも感謝する。
 そうやって両チームは"ありがとうございました!"と万感の想いを込めて球場を後にするのだ。
 戦いの終わりとはそうした美しいものであるべきなのだが……

「なーにが"泣かないで、優しいあなた"だよ。どの口で言ってんだかねこの元凶ちゃんは」
「そうね、その通りだわ。でもそれを責められるのは世界で唯一人、紫苑お兄さんだけよ」

 回復した天魔とアリスは未だにドーム中央でメンチを切り合っている。
 そこに感謝の気持ちなど一切なく、甲子園球児を少しは見習えと言いたい。

「だから言わせてもらうわ」
「何かな?」
「あ な た に は 関 係 の な い こ と よ」

 イタリアの慣用句に"我々は皆どこか少しおかしい"と言うものがあるが、
コイツらの場合は"彼女達は狂っている"とストレートに言うべきだろう。

「これは私と紫苑お兄さんだけの問題――――ね?」

 可愛らしさと邪悪さが同居するとは新発見だった。
 アリスの浮かべる嘲笑と微笑が入り混じった笑みは何とも胃に来るものだ。
 天魔に向けては悪魔の嘲りを、紫苑に向けては天使の愛を、器用にもほどがある表情だった。

「(ね? じゃねーよ! クソクソクソクソぉおおおおおおおおおお!!
あんだけ気合入れて演技してぶっ殺してやろうと思ったのにこのクソガキが!
これじゃ何一つ救われないじゃないか! 俺は、何のために頑張ったんだ!?
傷は治ったとは言え痛みは確かにあったんだぞ!? こんなの無駄骨じゃないか!
なのにそんな俺を馬鹿にするように笑いやがって……! そんなに俺が惨めか!?
お前の好意は俺にとっちゃ嘲りと同じなんだよ! ふざけやがってふざけやがって!)」

 紫苑は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のロリを除かなければならぬと決意した。
 紫苑には良心がわからぬ。紫苑は、ただの小者である。
 人を嘲り、嫉妬を友にして暮して来た。けれども自尊に対しては、人一倍に敏感であった

「それは良いがアリス・ミラー。卿に聞きたいことがあるのだがな」

 修羅場に口を挟めずにいたルドルフだが、
聞かねばならぬことがある以上ずっと黙ってはいられない。

「そうですね。慎みを忘れて醜い論戦に興じているようでしたら是非、聞かせてくれません?」
「……ふふふ、ルドルフお兄さんはともかく栞お姉さんは随分な言い草ね」

 アリスの額に浮かぶ青筋を無視して栞はしれっと口を開く。

「ルークさんやあの甲冑――――あれは何ですか?」

 ルークが人形であることは以前の戦いから知っている。
 だがこんな技術のは見たことも聞いたこともない。
 以前は聞く暇もなく去ってしまったが、今回は聞かなければならないだろう。

「卿のパーティ、人間は卿だけなのか?」
「それがどうしたのかしら? この場に来れている以上何の問題もないんじゃなくって?」

 今回の人間同士の戦い、主催は冒険者学校――あるいはもっと上だ。
 であればアリスのことも承知の上でなければおかしいだろう。
 知らないと言うのならば滑稽極まると言っても良い。

「でも、そうね。話しても良いわ。それが勝者の権利だし……
でも、話すならまずは紫苑お兄さんからにさせて。」

 声も、表情も、真剣なものだった。
 ただ単に不可思議な技術と言うだけではなく、アリス自身にも関わる問題なのかもしれない。

「ふむ、まあ卿も紫苑にならば嘘は吐かんだろう。
ならば何処か静かな場所で話して来ると良い。もう戦いは終わったのだしな」
「(ふっざけるな! 何勝手に決めて――――)」

 憤慨する紫苑に助け舟を出す人間がここにやって来る。

「いや、それは後にしてもらおう。今は春風くんらに聞いてもらわねばならんことがある」

 それはヤクザだった。
 その表情は何時もと変わらず硬いが、今日は更に真剣味を帯びていた。

「春風くん、ジンネマンくん、醍醐くん、外道くん、桝谷くん――――着いて来てくれたまえ」

 それだけ言ってヤクザは背を向けて歩き出す。
 突然の事態に着いていけない紫苑らだったが、それでも僅かに遅れてその後を追う。

「紫苑お兄さん」

 去り際、アリスがポツリと呟く。

「ここで待っているからそちらのお話が終わったらまた来てね」

 紫苑からすればどうでも良いアリスの過去なんかを聞かされるのだろう。
 面倒ごとはまだまだ終わっていないようだ。

「適当にかけてくれ」

 紫苑らが連れて来られたのはドームの裏にある接客室だった。
 そこにはヤクザ以外誰もおらず、どうにも妙な雰囲気が漂っている。

「先生、何故私達をここへ呼んだのかな?」
「無論、君達に一連の戦いの真実を伝えるためだ」

 その言葉に虚を突かれたのは紫苑だけではなかった。
 他の四人もどう言うことだ? と首を傾げている。
 何せ目下の戦いは終わったが、
何処かで行われているもう二校の戦い、その勝者が存在するはずなのだ。
 そこと矛を交えない限り終わりとは言えないのだから。

「そいつはどう言うことかな? あれかい、あっちの二校はダブルノックアウトでもしたの?」

 だから消去法で、この表現が正しいかは解らないが優勝と言うことになったのだろうか?
 紫苑もまた天魔と同じようにそう考えたがあっさり否定される。

「いや違う。あちらでの勝者も出た、しかし君らと戦わせると被害が大きくなり過ぎる」
「それは、どう言うことで?」
「別にトーナメントをやっていたつもりもないが……分かり易い表現を使うなら、優勝は君達と彼らだ」

 彼ら、と言うのは顔も知らぬ勝者達のことだろう。
 寝耳に水、九死に一生、どんな言葉でも良い。

「(――――え、じゃあ戦わなくて良いのか?)」

 どちらにしろこの瞬間、紫苑の一切の霧が晴れた。
 顔の見えない暗殺者との戦いに向けて高まっていた不安が霧散したのだ。

「ゆえに、共に実力も申し分無しとして今回の戦いに幕を降ろすことにしたのだよ」
「ちょ、ちょい待ってーや。そもそもからして疑問やったんやけど……」
「何故、紫苑さんが狙われた一件や他のパーティが被害に遭ったことを静観していたので?」

 日本は誰恥じることのない法治国家だ。
 アリスや顔の見えない暗殺者がしたことは紛れも無い違法行為。
 口封じのためにトラックの運転手を殺すような人間をどうして放置しているのか。
 彼女達はヤクザを問い詰めるが彼は微塵も揺らいでいない。

「一つは証拠が無いから」

 法治国家である以上、確たる証拠も無いのに捕まえるわけにはいかない。
 至極当然の論法だが、ルドルフは納得がいかなかった。

「フン……ならば我らが直に罰を下してやれば良かったのだ」

 どうせ次に戦うのは顔の見えない暗殺者が居るパーティなのだ。
 であれば堂々と叩きのめしてやれば良いとルドルフは抗議する。

「一つは余りにも惜しいから」
「惜しいって……そりゃまあ、やり手だろうけどさ。それで良いのかよ教育者」

 紫苑を傷付けた一点のみで嫌ってはいるが、
それ以外を除けば天魔は別に顔の見えない暗殺者を嫌っているわけではない。
 だが惜しいと言うのは公人としてどうなのよと思わなくもない。

「惜しいと判断したのは私ではない。もっと上だ。それより、そうだな君達に倣って私もこう呼ぼう。
――――君達は顔の見えない暗殺者に勝てると思っているのか? だとすれば少々残念だ」

 プライドを刺激された四人の顔が剣呑なものに変わっていく。
 天魔は単純に弱いと言われたから、
他三人はそれに加えて悪人如きに劣ると言われたからだ。

「聞き捨てならんな。戦うまでは深く怒りを沈めておこうと思ったが……」
「薄汚い策に頼るような人間に私達が負けるとでも? 訂正を御願いしたいですね」

 薄汚い策と言うのならば紫苑がアイリーンに仕掛けたのもそうだろう。
 あれは役者が良くて、尚且つ綺麗な言葉と状況で飾られていたからそうは見えないだけだ。

「……ふぅ、ここらの未熟さは少々減点だが、仕方ないとも言えるな。そう思わないか春風くん?」
『おい紫苑、ボーっとしてんなよ! おっさんが話しかけてるぜ!!』

 緊張の糸が切れて安堵に浸っている紫苑をカス蛇が呼び戻す。

「私よりもジンネマンくんらよりも、それ以外の人間よりも……
君の方が恐ろしさを肌で感じているんじゃないか?」

 チキンだからね、そりゃ必要以上にビビりますわ。

「正直に答えてもらいたい、私と件の顔の見えない暗殺者が戦えばどうなると思う?」
「――――先生の負けですね(折角良い気分なんだから空気読めよ……)」

 渋々ではあるが円滑なコミュニケーションは大事。
 ようやく紫苑は現実に戻って来たようだ。

「ちょっと待て。紫苑、先生は教師として一線を退いているが優秀な冒険者だぞ?」
「(はぁ……このお気楽さが羨ましい)なあルドルフ、絶対強者とは何だ?」
「絶対強者……」

 改めてそう問われると真実の正答が何処にあるかは分からない。
 ルドルフは眉間に皺を寄せて答えを考えるが……結局は辿り着けず両手を挙げる。

「視線一つ、指先一つで己以外を消滅させられるような存在さ」
「そりゃ絶対強者と言うよりゃ神様じゃないかな?」
「そんな認識でも構わない。どちらにしろ人間が辿り着ける境地じゃないんだからな」

 迂遠な言い回しだが、これが紫苑の武器。
 巡り巡って、聞く人間が答えに辿り着く頃には妙な説得力が芽生えて来るのだ。

「俺が言いたいのは、だ。別に俺達でも先生を負けさせることは出来ると言うこと。
そりゃ差はあるだろう。だが絶対的な差ではないと言うことをまず頭に叩き込め」

 絶対勝者なんてこの世には存在しない、誰だって負けるのだ。

「……成るほど、では何故卿は顔の見えない暗殺者が勝つと断言した?」

 だがまだ納得はいかないようだ。
 あの紫苑が何故顔の見えない暗殺者を良く評価するのか、それが不満だった。

「これはあくまで俺の持論だ。そう踏まえて聞いて欲しい。
勝つのが上手い人間ってどんな奴だろうか?
上手く差を消して相手を詰みに持っていける能力が高い人間だと俺は思う。
件の顔の見えない暗殺者はそこがずば抜けていると俺は考えている」

 最初のトラック事故で不信感を抱かせる。
 次いで運転手が死んだことで、
黒幕である自分の影をちらつかせると同時に遊びの無い人間であることを印象付けた。
 それだけで顔の見えない暗殺者の存在は重圧となる。
 これらは詰みに持っていくまでの下準備でしかない。

「……俺がここ最近、ずっと消耗していたことは分かるな?(どうせだから利用するか)」
「ああ、卿はアリスのことで悩んでいたのだろう?」
「それもあるがそれだけじゃない。顔の見えない暗殺者を警戒していたんだよ」

 パッと考えるだけでも使えそうな手は幾らでもあった。

「そうだなぁ……俺の住んでるアパート。
あそこは水道局からの水を屋上のタンクを通してから各部屋に送り込まれる。
そのタンクに毒でも混入してやれば良い。耐毒のピアスをしているが絶対じゃない。
遅効性でじわじわと長い時間をかけて身体を蝕むような類のなら尚良い。
後は宅配便、それを装うか利用して爆弾を届けるってのもアリだな。
他には仮に奴と戦っていた場合、何処で戦うかにもよるが……
前日に泊り込みで行かなければならない場所だったとしようか」

 有り得るであろう事態を想像するだけで紫苑は吐きそうになっていた。
 これぐらいはやってもおかしくはないと警戒しているからだ。

「ホテルに爆弾、それかさっき言ったように水に毒を仕込む。
それだけじゃない俺達が利用するかもしれない場所に幾らでも罠を仕込める。
一般人への被害? そりゃあるだろ。あるが現時点までで証拠を掴ませていない相手だ。
これから先も証拠が見つかるとは思えんね。それだけ優秀な相手だからな。
良心の呵責が無い以上は躊躇いも無い。やれることは全部やるだろう」

 紫苑の言葉に顔を引き攣らせる四人、幾ら何でもそこまでは……
と言う常識の裏側を刺されて今更ながらに相手のキレに気付いたようだ。

「それに実行しないだけでも気付いている相手には精神的な重圧を与えられる。
気付いていない? だったらそれは隙だらけと言うわけだ。
幾らでも封殺する手段はあると向こうは判断するだろうな。
こうやってつらつら考えている俺は正に相手の術中。考えないようにすれば良い?
考え過ぎだと切って捨てる? そうしてしまったら緩みが出てしまう。
過大評価もいけないが過小評価もいけない。正直、俺は敵の姿が見えないよ。
どんな思想を持っているのか、何を寄る辺に生きているのか。
何も見えて来ないのに影だけが膨らんでいくような相手と戦って生き残れる自信は無い」

 それは偽ることなき本音だった。
 何もそこまで……と思ってしまうかもしれない。
 だが平気で早朝から暗殺を仕掛けて来るような相手がまともなわけがない。
 まともじゃないと言う相手には天井が無いのだ。
 何処までやって来る? なんて限りが無いが考えなければ危ない。

「戦う前から雁字搦め。ああ、もっと早くに言ってくれ? なんて顔してるな。
じゃあ何が出来た? 下手に大人数が気付いていると悟らせれば……
形振り構わないんじゃないか? 確かに知らせれば幾つかは罠を潰せるかもしれない。
だが潰して仕掛けての繰り返しで何人死ぬ? 大掛かりな事態になればもう目もあてられない」

 紫苑は何人死のうが知ったことではない。
 だから栞に知らせて財力にものを言わせたイタチゴッコに持ち込むことも出来ただろう。
 しかしそんなことをしていても先に参るのは自分の方だ。
 日の当たらない場所での戦いなんて相手の土俵以外の何ものでもない。
 むしろそっちで勝負するとなれば自分が死ぬ可能性も格段に跳ね上がる。
 百害あって一利無しの不毛な戦いなんて御免被る。

「俺が考えられる策としては……そうだなぁ……
全員が個人で気付き、尚且つそれを一切仲間に悟らせようとしないまま、
各々が最善の動きをして上手く噛み合ったとすれば――なんて偶然に頼り切った策のみ。
いや、策と呼ぶのもおこがましいな。神頼みと大して変わりはしないのだから。
さて……これで分かってくれたか? 相手の厄介さを」

 文字通り手も足も出ない相手だ。
 顔の見えない暗殺者を封殺するなら理外の一手、どうにもならない偶然しかない。
 仕掛けている相手が誰か分かれば話はまた別なのだが、
それも無理な現状では有効な手なんか打てるはずもないのだ。

「俺が消耗していたのはそれも考えていたからだよ(嗚呼、楽しい……馬鹿を見下すってEね!)」
『お前って本当に最低の屑だわ。いや、別に嫌いじゃねえけどさ』

 自分達の驕りに、紫苑にだけ負担をかけさせた不甲斐無さに、彼らは落ち込んでいた。
 そしてそれを見て紫苑は心底から楽しんでいた――――もうどうしようもねえ。
 身の危険が無くなったと分かった途端にこれなのだから言葉もない。
 顔の見えない暗殺者相手に気軽に勝てると思っていたルドルフらを、
心の底から馬鹿にしながら説教をかましている腐った性根は――――もうどうしようもねえ。
 思わず二度評してしまうほどに紫苑の根性は捻じ曲がっていた。

「……何と言うか、予想以上に春風くんは敵と近しいのだな」

 呆気に取られていたヤクザがポツリと漏らす。

「(やべえ、どん引かれた!? 犯罪予備軍だって思われた!?)かもしれませんね」

 ハ イ パ ー 保 身 タ イ ム 突 入 で あ る。

「どんな奴かは知らないけど……有り得たかもしれない俺なんですよ、奴は。
人一人を殺すにも悩んで迷って涙を流しながらしか出来ないし……
結局殺しはしなかった俺ですけど、もし精神的に超越していたのなら……」

 あくまで俺は人の心を持った善人ですよぅアピールである。
 少し寂しげに自嘲することで相手の同情を引くのがポイントだ。

「目を背け、忘れてしまいたいけど……もしかしたら俺にもそう言う性があるのかもしれませんね。
(ふぅ……さあ貴様ら! 俺に同情的な視線と言葉をかけてそんなことはないと言え!!)」

 顔の見えない暗殺者と紫苑、ベクトルは違うがどっちも屑でFAだろ。

「違う! 卿はそんな人間ではないだろう。もしそうだとしても――――心がある」
「罪を罪と認められる以上、紫苑さんはそうならないでしょう」
「意味の無いもしもに足を引っ張られるなんてアホらしいことやないの」
「と言うかそんな人間なら僕にもアリスにも情は見せなかっただろうに」

 目論見通り! 表情に出ていれば今の紫苑は心底悪い顔をしていただろう。

「……失言だったな。忘れてくれ」
「いえ、気にしていません。それより話を進めましょう(流石俺だな! 見事に挽回してみせたぜ!!)」
「ああそうだな、皆も納得がいったようだし本題に入ろうか」

 その言葉にルドルフらも姿勢を正す。
 色々自分に対して思うところはあったものの、それは後回しにするべきと判断したのだ。

「21世紀に比べて今の時代は、満ちていると言うべきだろう」
「はい? ちょっと先生何言ってんの?」

 天魔の言葉にヤクザは視線で"黙って聞け"と返す。
 前置きと言うのはこれで案外大事なのだ。

「少子高齢化、環境破壊、諸々の問題が蔓延っていた。しかしどうだ?
孔が発見され、中に存在するダンジョンとそこで得られる様々な恩恵を知ってからは……
確かに恩恵を手に入れるために多くの人間が死んだ、
冒険者が今のような形になるのにだって随分と時間がかかった」

 何せ今でこそ生まれつき異常な身体能力やらを持つ人間が生まれているが、
初期の初期、冒険者と言う職業すら無かった時代にそんなものは存在していない。
 今以上にギリギリの状態でダンジョンを探索していたのだ。

「だがそんな先人達のおかげで今の時代は豊かになった。
死んだ土地すら回復させる不思議な水、僅かな量で効率良く電気を生み出せる石、
モンスターの身体を素材に使った薬品なんかもそうだ。
不治と思われていた病の特効薬になったりした。
にきびを一瞬で消してしまえる化粧水にもモンスターの素材が使われている。
他にも既得損益の関係なんかもあって色々制限はあるが転移技術もそうだ。
精密機械なんかに使われている耐ショック系の技術も昔では考えられなかった」

 限り在る地球の資源を大事に使おう、なんて概念はこの時代には無い。
 何せダンジョンに潜れば代替となる資源なんて幾らでも見つかるのだから。
 それ以外にも新技術の誕生に関わるものだって豊富。
 今の時代には何もかもが満ちていると言っても過言ではないだろう。

「今もダンジョンから得られる恩恵で人間の暮らしは更に豊かになっている。
セカンドアイなんか21世紀じゃ考えられなかった。
義眼はあったが、あくまでそれは飾りであり実際にものを見ることは出来なかった。
だが今では視力を失ってもセカンドアイを嵌め込めば普通にものを見ることが出来る」

 それもまたダンジョンから得られた恩恵の一つだ。

「だがこの時代においても不可能なことは多々ある。
不老不死、総ての病を癒す万能薬、永久機関、数を上げればキリが無い。
空想妄想絵空事――――だがそれを実現出来る可能性があったとしたら?」

 いい加減話に飽きていた紫苑だったが、流石に今の言葉は聞き逃せなかった。

「どう言う、ことですか?」
「春風くん、ハーンくんを助ける際に桃鞍先生に渡された小瓶を覚えているかね?」
「! まさか……」

 ニヤっとヤクザの唇が吊り上る。

「"万能の解毒剤なんて存在しない"、"あんなものがあるなら世に広く知られているはず"
君はそう言ったな? 確かにその通りだ、万能の解毒剤なんて絵空事だよ。
だが君は確かに見たな? その絵空事を……だからこそハーンくんは生きている」

 だがそんなものが手に入るダンジョンなんて聞いたことがない。
 ならば新たに出現したと考える方が自然だろう。

「あの薬は神話から取ってアムリタと名付けられている。
不死の効果こそないが、本来ならどんな怪我や病すらも治せてしまう。
桃鞍先生が持っていたのは数百倍に薄められたものだが……それですら効果はあの通り」

 万能薬、先ほどヤクザが挙げた絵空事の一つが存在したのだ。

「……あれは近年出現したある特殊なダンジョンから採取されたものだ」
「ちょっと待って下さい。私はそんな話、聞いたことがないのですが……」
「秘匿されていたんだよ。切実な理由でな」
「切実な理由とは?」
「――――危険過ぎるからだ。件のアムリタを持って帰ったパーティも一人を除いて全滅した」

 危険、そんなものは冒険者をやっている限り切り離すことは出来ない。
 だがその言葉を敢えてここで使ったのは……

「モンスターの強さ自体は一流ならば喰い付けるレベルだ――――知能さえなければ」
「……はい? ちょ。ちょう待って先生。知能て……」
「そのままだ。人語を介し戦術を立てて計画的に人間を襲って来る。加えて平和的な対話は不可能と来た」

 軍隊と言うのは一応存在している、
今でも資源を奪い合っての戦争などは無くなったものの宗教などの思想的な対立は今でもある。
 とは言ってもそれは小規模であり世界的に見て、軍隊は形骸化していると言って良いだろう。
 つまり高度な知性を持つ生命体と戦う経験なんて稀なのだ。
 理論として戦術戦略などは存在していても効果的に運用出来る人間、
しかもそれが冒険者となると、果たしてどれだけ居るのだろうか。

「どう言うわけか奴らは孔の外には出て来ないが……危険極まりないのは確かだ。
それに孔に潜ったパーティとて深層まで行ったわけじゃない。
だから本当の危険度は不明、だが低く見積もって良いわけがないのは分かるな?
今、世界中で密かにギルドがその特殊なダンジョンに潜れる冒険者を選別している最中なのだ」

 ギルド、と言うのは全世界の冒険者を管轄する国連の組織だ。
 中世において商工業者の間で結成された各種の職業別組合の名称と同じだが、
ファンタジー小説などでは冒険者の相互扶助や情報収集の目的でよく使用されている。
 創設者は茶目っ気がある人物でファンタジー小説が大好きだった。
 ゆえにギルドと命名され南極にある本部の外観と内装がファンタジーらしい酒場になっていたりする。
 何故南極にあるかと言うと、単純にあそこが何処の領土でも無いから。
 ギルドの支部は全世界にあり、冒険者学校も各支部の管轄だ。

「本来は世に出て実際に活動している冒険者のみを対象とするべきなんだが……
若い力にこそ着目せねばならないとのことで、各国の支部で学生の選別も行っていたのだ。
わざわざ人間と戦わせたのは知性ある生命との戦いにおける才を見出すため。
戦略戦術を練って敵と向かい合い、必要とあらばその命すら絶てるような存在、
それをギルドの人間は求めていて、諸君らは才アリとして認められたのだ」

 人間と同等の知性を持つ生命体を殺せますか? 即答出来る人間は少ないだろう。
 だがそれでは困る、ちゃんと戦える人間でなければならないのだから。

「……成るほどねえ、だからか。だから顔の見えない暗殺者を惜しいと評したわけだね」

 ようやく納得が出来たらしい天魔が代表して口を開く。

「そうだ。ついでに詳しく説明しよう。諸君らは特殊なダンジョンを探索出来るが……制限もある。
まず、普通のダンジョンならば何処の国に存在する孔から入って探索しても構わない。
だが特殊なダンジョンに通じる孔は選別により見出された国でしか行えない」

 ギルド日本支部が見出した人間ならば管轄である日本以外では不可能と言うことだ。
 理由としては面倒ごとを避けるため。
 お前んとこで見出したって連中使えねえじゃねえかメーン?
などと別の支部に言われて諍いが起こる可能性を排除したのだ。

「我が国にも特殊なダンジョンに繋がる孔が幾つか確認されている。
だが如何せんそこに潜れる冒険者が少ない……その数少ないパーティの一つが君ら。
もう一つが顔の見えない暗殺者が存在するパーティと言うわけだ」

 躊躇いも何もないうえに能力も高い、言うまでもないだろう。
 そんな人材を放置するのは痛い、
何せその特殊なダンジョンとやらには絵空事が沢山詰まっている可能性があるのだから。

「言うまでもないがこれは特級極秘事項であり、口外は赦されない」

 存在を明かせば功名心に逸る冒険者が無駄に命を散らすだけ、
ゆえに一定基準をクリアした人間しか知ってはならない事柄なのだ。

「君らにはこの話を忘れ、平穏無事な生活に戻る選択肢もあるが……どうするね?」
「(戻るに決まってんだろボケ! 危ない危ないと念押しされるようなところに誰が好き好んで――は!?)」

 と、ここで紫苑は気付く。居るじゃない、馬鹿が。しかも四人。
 恐る恐る皆の顔を窺えば……紫苑を除く全員が不敵な顔をしている。

「初日で自己紹介で言いましたよね? ふふ、その夢の一助となりそうです」
「これはまた血が騒ぐなぁ……! そうは思わんか!?」
「確かにワクワクするねえ。いや、楽しくなって来たよマジで」
「何や冒険者! って感じがしてドキドキするわぁ」

 なあ? と全員が紫苑に同意を求めて来る。

「(嫌ぁああああああああああああああああああああああああ!!!)そうだな」

 そこで断れないならやっぱりお前の自業自得だよ。
 そして対話可能な知性持つモンスターが右腕に居ることに早く気付け。
+注意+
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