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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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201/204

春風紫苑 終

 依都姫と言う恋人が出来てからシオンの生活は一変した。
 影のある美少年演技を止めたことで、更に親しみやすくなり、周りの人間もそれが誰のおかげかを知る。
 お似合いのカップル――誰もがシオンと依都姫をそう評した。
 ギルドからの依頼でミッションをこなしながらも彼らは恋人同士の蜜月を重ねる。

 互いの幸せを喜び合い、互いの悲しみを分かち合う。
 それは何処までも美しい関係だった。
 先に待ち受ける者を知らぬ二人はただただ明るい未来を夢見て幸福な今を享受する。
 時たま学校をサボって小旅行に出掛けたり、互いの親に挨拶に行ったりと毎日が輝いていた。

 そんな日々に翳りが出て来たのは十二月、寒い冬に突入してからのこと。
 依都姫が祓い去った影は再び顔を出し、シオンは考え込むことが多くなっていた。
 彼女もそれに気付いていたが、今度はどうしてか中々一歩踏み出すことが出来ないでいた。
 だが、真に相手を想うならば踏み出さねばならない。

 例えその先に待ち受けるものが何であろうとも……。
 "終わり"の予感を肌で感じながら依都姫はある日、意を決したようにシオンの部屋を訪ねた。
 小さなアパート、二人にとっても思い出深い場所だ。此処で幾つもの思い出が生まれた。
 初めて手料理を作った日、初めて身体を重ねた日、思い出が脳裏を駆け巡る。

"……紫苑、電気も点けずにどうしたの?"

 真っ暗なリビングの中で項垂れたように顔を俯かせ座り込むシオンをそっと背中から抱き締める依都姫。
 温かな体温が今は何処かもの悲しく依都姫まで泣き出しそうになる。

"……何でもないよ"
"嘘。何でもない人はそんな顔をしないものだよ?"

 この記憶を見ている者達は依都姫と同じように言いようの無い不安を感じていた。
 特に春風紫苑と言う人間を知る者はそれが顕著だ。
 彼がこんな顔をしている時は、何時だって酷く重い決断をしようとしている時で……。

"私は今までもこれからも、紫苑の味方だから"

 あまり弁が立つ方でもない依都姫は、そんなことしか言えない自分が情けなくなった。
 しかし、飾り気が無いからこそ相手の心に深く染み渡ることもあるのだ。

"少し、少し前に……ギルドの長から呼び出しを受けた"
"ギルドの長――ってアレクサンダー・クセキナス?"
"ああ"
"……何か、酷いこと言われたの?"

 フルフルと首を横に振るシオンの表情はかつてないほどに憔悴していた。
 ずっと、ずっと悩み続けていたと一目で分かる顔だ――演技の神様にでもなれば良いのに。

"なあ依都姫、ダンジョン、モンスター……そう言うものが何かって考えたことがあるか?"
"まあ、一度くらいは。それでも手がかりになりそうなものは何一つ無いから結局直ぐに考えるの止めちゃうけど"

 この世界でも幻想回帰が起こる前は学者達が研究していたが、依都姫が言うように取っ掛かり一つ掴めない状態だった。
 一度完全に世界から駆逐された過去、確かに存在していた神魔などとは誰も分からない。
 幻想の空気が色濃い領域に行けば取っ掛かりは掴める可能性はあるが、それも望み薄だ。
 完全に認識が死んでいる状態なのでシオン自身も今まで倒した敵が過去の人間であることな気付かなかった。

"俺は、その手がかりに触れていたんだ。ギルドからの依頼でちょくちょく潜ってるダンジョンあるだろ?"
"う、うん……人の言葉を話すモンスターが居るとかって"

 依都姫は選別から漏れていたもののシオンから話を聞かされていたのである程度は知っていた。

"織田信長、源義経、安倍晴明、平将門、酒呑童子――俺はそいつらを殺している"

 認識が完全に死んでいて、名前を呼んでもノイズのようになってしまう――普通ならば。
 が、シオンはアレクによって死んでいた認識を復活させられたので問題無く言葉に出来る。

"え……"

 今列挙した名前は依都姫も知るような歴史上の人物だった。
 まあ、酒呑童子は人と言うべきか判断に迷うが何にせよ遠い過去の存在である。
 それをシオンが殺している? まったく意味が分からない。

"これから話すことは、酷く重い真実だ。依都姫、俺は君は知らなくても良いと思っている"

 どうせ元旦が来れば嫌でも知ることになるので何時話ても関係無い。
 本音としてはそんなところだがポーズと言うのは重要なわけで、こんなことを言わねばならない。

"紫苑、あなたが私を想ってくれるように私もあなたを想ってるんだよ?"
"……そうだな"

 泣き笑いの表情でシオンは力なく頷き、真実を語り出す。
 アレクに呼び出されたシオンは世界の真実を解き、自分達に力を貸して欲しいと言った。
 この世界においては自主性の尊重と言う観点でアレクからの接触は無かったがあちらではあったのだ。
 それはひとえにあちらの春風紫苑が絶大な力を持っていたから。

"――――"

 シオンの口語られる真実に言葉を無くす依都姫。
 荒唐無稽で、ともすれば誇大妄想にも取られかねないレベルの話だ。
 それでも彼女は信じた。他ならぬ愛する人の言葉だから信じないと言う選択肢は無い。

"近い将来、俺達人間と幻想に貶められてしまった者達との戦いが始まるだろう"

 それは未曾有の生存戦争、どちらかの滅びでしか決着することはない。
 依都姫は知っている。どれだけ絶望的な戦いであろうともシオンが諦めないことを。
 ゆえに、影を背負っている理由は先にある戦いを知ってしまったからではなく――――

"……何か、勝てるかもしれない方法があるんだね?"

 そしてそれはシオンにとっては決して承服し難いものなのだろう。
 依都姫は表面的な春風紫苑を完全に理解していた。決して内面に踏み込めないのがもの悲しいが……まあ、それは良い。

"……"
"紫苑、ここまで話をして後はダンマリなんて駄目だよ"

 コクンと頷き、シオンは自身の考えを語り始める。

"人類に待ち受けているのは確実な敗北だ。これから時と共に幻想の空気が色濃くなる。
時間は俺達の味方じゃない。アイツらの味方だ。徐々に徐々に人口を削られていく……。
戦える冒険者だってどんどん減って行き、被害はどんどん加速する。
そうして減って行って最後には滅びちまう。幻想側は自分達に味方をする冒険者だけは生かすらしいが、そいつらもいずれ滅ぼされる"
"それはどうして?"
"幾ら自分達に近いと言っても冒険者だって人間だからな。
いずれまた、そう考えて後顧の憂いを断つために人間を滅ぼしてしまうだろう"

 抱き締めた想い人の身体が震えている。
 少しでもその震えを止めてあげたくて、少しでも心が軽くなれば良いと祈りを込めて依都姫は強く強く抱き締めた。

"そうして、人類は完全に滅ぶ。人の歴史は終焉が決定付けられている。
アレクサンダー・クセキナス、彼はそれでも諦めまいと戦うつもりのようだが……無理だ"
"それは紫苑やアレクサンダー・クセキナス、葛西二葉が協力しても?"

 依都姫が挙げた名前は人類史上、例を見ないほどに力を持った人間達だ。
 まあ、正確に言えばアレクは春風紫苑と葛西二葉には劣るのだが。

"無理だ。確かに、俺もアイツらも人の寿命なんて遥かに超えて遠い未来まで戦い続けることが出来るだろう。
それでも三人……どうしたって護り切れない部分が出て来て、最後には行き着くとこまで行っちまう"

 しかしそれはあくまでも真っ当に戦えばと言う前提だ。
 真っ当に戦わない方法で勝利を掴む方法をシオンは思いついている。

"……それでも一つ、限りなく小さい可能性だけど一つだけ総てを覆せるかもしれない可能性がある"

 完全に蒼白となった想い人の顔。
 愛する人が抱えている痛みを共有出来ない己の弱さがこんなにも辛い。依都姫の瞳から涙が零れ落ちる。

"日本と言う国土の広さと、そこに収容出来る限界ギリギリの数の人間ならば恒久的に幻術にかけられる。
一旦、日本を空にしてから今世界に存在する総ての人種を均等に抽出して日本に叩き込む。
そうすることでスケールダウンした世界を創り、日本に住まう人間を総て管理する。
俺が決して折れなければ完全に管理出来る、それこそ幻想が危惧を抱く可能性が微塵も無いほどに完璧にな。
そうすることで、決定付けられた終焉、正しい流れを阻害する。どれだけ時間がかかるかは分からない……。
それでも、生み出した歪みから総てを変えられる可能性を持ったバグが生まれるかもしれない"

 自身や葛西二葉のような人間は時代の過渡期においてポンと出現したバグだ。
 これから先、似たような存在が生まれる可能性は無い――何せ人は滅ぶのだから。
 が、人為的に歪みを発生させることでバグが生まれる余地を作るのだ。
 正しい流れを逸脱し、歪められた世界ならばバグが生まれる可能性は高い。
 そしてそのバグが世界を、人類を救えるかもしれない。

"何もこの世界で希望が生まれなくたって良い。
俺が正しい流れを堰き止めれば他の並行世界でも何らかの形で人類は存続する。
そして何処かで可能性が生まれて、未来を切り拓けば世界はそこを基点に統合が起こってこの世界も救われるはずだ"

 そのためには決断をしなくてはならない。そしてその時間はもう、あまり残されていなかった。

"始めるなら、傷が浅い内に、幻想にとっての全盛が訪れるよりも早くに恭順を示さなきゃいけない。
タイミングとしては彼らの宣戦布告直後ぐらいが一番良い。
今の俺でも約束は勝ち取れる、そしていずれ時が経って奴らの全盛が訪れても反故にはされないだろう。
幻想の空気が色濃くなるってことは俺も強くなるってことで……時間は俺の味方でもあるから"

 幻想の全盛が訪れるまでかなりの時間がかかるだろう。
 それだけの時間、力を行使していれば、強く想い続けていれば今よりも、ずっとずっと強くなる。
 誇張でも何でもなく純然たる事実だ。時間は幻想以上にシオンの味方をしているのだから。

"完全に俺に手出し出来ない状態を作り上げれば後は待つだけ……。
それでも可能性は極小で、その上他人任せ……! それだけでもふざけてるのに……!
総ての人種を均等に抽出? 他の人間は? 間引くってか? 何だそりゃ、俺は神様でも気取ってんのか!?"

 泣きながら自身への怒りを発露するシオン。
 今彼が言ったことはまんま、こちらの紫苑が言ったことだ。綺麗ごとまで似通ってしまうのはやっぱり同一存在だからだろう。

"己を信じ、他者を尊重して生きてゆく――俺はそれが在るべき人間の姿だと思う。
でもそれは俺個人の考えで、他人に押し付ける気なんて毛頭無い。
別に俺は人間が完全に綺麗なものだなんて思ってないよ。汚いとこだって沢山ある。
でも、決してそれだけじゃない、美しくて汚くて、他人に優しくなれる人間が好きなんだよぉ……!
沢山の人々が自身の色を持って生きている世界が好きで好きでしょうがない……。
でもさぁ……俺の、俺のやり方はそれらを総て踏み躙るやり方で……人は自分の色を表現出来なくなる"

 泣きじゃくり、言葉を詰まらせながらも人への愛を謳うシオンに倣岸さなんて微塵も無かった。
 この記憶を見ている総ての人間は知る、何もかもが誤解であったことに。

"ただ心臓が動いてりゃそれで良いのか? 生きるって、そう言うことじゃないだろ……?
俺が始めてしまえば、どれだけの時間……人間を腐れた檻の中に閉じ込めることになる?
百年か? 千年か万年か億年か、もしかしたら可能性が生まれないかもしれない"
"紫苑……"

 重い、あまりにも重い。十六歳の少年が背負うにはあまりに重過ぎる運命だ。
 逃げてしまえば楽になれるのに、シオンはずっと考え続けている。何が正しいのかを己に問い続けている。

"そうまでしなきゃ無理ってんなら……俺は、俺は……諦めるべきなのかなぁ。
諦めてさ、依都姫と二人で静かに暮らすんだ。依都姫一人ぐらいならさ、何からも護れるよ、俺。
例え人間の未来が閉ざされたって……君が居てくれるなら、俺は生きていける……"

 依都姫の小さな手をゆっくり解き、振り向きながら優しくその華奢な身体を抱き締める。
 依都姫が見上げたシオンの顔は泣き笑いで、今にも壊れてしまいそうなほどに儚かった。

"わ、私は……"

 二人で何処へでも逃げようと想う自分、涙を拭いて戦おうと想う自分。
 依都姫の中で鬩ぎ合う想いは少しの時間を経て、悲しい答えを導き出した。

"……紫苑、紫苑は本当はもう答えを決めてるんだよね?"
"依都姫……?"
"でも、私が居るから。あなたにとって特別な私が居るから"

 人類の未来と秤にかけても釣り合うほどに愛されている――それだけ愛してくれたのだ、幸せじゃないか。
 だったらもうここで終わってしまっても後悔なんて無い。

"私があなたの傷になっちゃったね"

 もしもシオンが言うように二人で逃げたとしよう。
 きっと、自分の命が続く限り護ってくれる、愛してくれる。だけど――――シオンは幸せになれるのか?
 極小であろうとも人類の未来を護る可能性があって、それを破棄して自分と寄り添って彼が後悔しないのか?
 するだろう、絶対にする。自分が好きになった人は悲しいほどに優しい人だから。

"違う! そんなことない! 俺は、俺は何よりも依都姫を――――"

 強く依都姫を抱き締めようとする、決して離すまいと抱き締めたいのに手が震えてしまう。

"うん、愛してくれてるんだよね? 私もだよ"

 困ったように笑いながら依都姫はそっとシオンの抱擁を解く。
 立ち上がり、母から譲り受けた太刀を召喚し小柄を引き抜き、

"止めろ、止めてくれぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!"

 自身の心臓に突き立てた。
 崩れ落ちるその身体を抱き止め依都姫を癒そうとするが、

"だめ、だよ……あなたは、あなたの正しいと思うことをしなくちゃだめ"

 息も絶え絶えに、それでも優しく微笑みながら依都姫はシオンを制した。

"これは、私がえらんだこと……紫苑が後悔するひつようはない"

 自分と人類の未来、どちらも選べないから自分を切り捨てた。そのことに後悔は無い。
 優しいあなたは誰かを見捨てて幸せになることに耐えられない人だから。
 そう言いながらも、それは無理なんだろうなと依都姫は少しだけ困った顔をした。
 だから、

"ねえ、しおん……あなたのたたかいが終わるまで、私、待ってるから……天国でずっとずっとあなたを待ってる"

 せめて少しでも心が軽くなるように優しい嘘を吐こう。
 いや、自分も期待しているのかもしれない。総ての憂いが消えた地平で再びシオンと出会うことを。

"あ、あぁあああ……!"

 そうして、

"愛してるよ、誰よりも何よりも紫苑だけを愛してる――――だからまたいつか、ね?"

 逆鬼依都姫は愛する人の腕の中で十六年の短い人生を終える。

"あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!"

 闇の中に響き渡る慟哭は、当事者でない者達の心を引き裂くほどに悲しかった。
 どうしてこうなった? 自分が彼女を死に追いやったのでは? 胸の裡から溢れ出る後悔は誰の目にも明らかだ。
 もうどれだけ泣き続けただろう? 涙が真紅に染まる頃、空は朝焼けに変わっていた。

"……依都姫"

 冷たくなった愛する女の骸を抱き締めシオンは静かに自身の決意を口にする。

"戦うよ、俺。どれだけの人に憎まれたって構わない。総ての怨嗟を背負って俺は進み続ける。
未来を託せる誰か、俺の罪を裁く誰かが現れるまで……戦い続ける。
もう二度と膝を折ることはない、君が好きになってくれた俺を最後まで貫き通すと誓うよ"

 朝焼けに照らされたシオンの瞳には決して揺るがぬ強い意思の光が宿っていた。

"その時が来ても、俺はきっと君と同じ所へは逝けないと思うけど――赦して欲しい"

 それがシオンにとっての始まり、あの時結んだ靴紐は今を以ってしても解けていない。
 覚悟を決めた彼は強かった。即座に幻想への恭順とその代価として約束を取り付け敵対する人類を滅ぼしにかかる。
 その中にはクラスメイトや義理の母になるかもしれなかった人間も居た。
 誰も彼もがシオンに憎悪をぶつけて彼に殺されてゆく。

 それでもシオンは決して折れることはなく戦い続けた。
 幾千幾万幾億の憎悪であろうとも決して春風紫苑を折ることあたわず。
 心は悲鳴を上げ、絶え間なく血が流れながらもその歩みを止めることはない。
 そうして、一年足らずで間引きを完了させたシオンはそれまでの日本を沈めて新たな列島を創造し箱庭の主となった。

"……依都姫、俺はこれからずっとこの場所で待つよ。希望がやって来るのを待ち続ける"

 自身の力で保存していた依都姫の肉体を二人にとって思い出の場所である母校に埋葬しシオンは静かに微笑む。

"俺はこう見えて寂しがり屋だからさ、君も傍に居てくれると嬉しい"

 もう随分と久しぶりに感じる教室の中でシオンはじっと待ち続ける。
 あの日、黄昏の教室で口付けを交わし合った二人は一人となってしまった。
 それでも愛する人への誓いを違えることは出来ない。
 春風紫苑は気の遠くなるような時間、片時も休むことなく箱庭を維持し続けた。

"……お前は、神、なのか?"

 億年以上も時間が流れた頃、ようやく萌芽の兆しが見える。
 名も無き青年がシオンに向けて放った言葉は何とも皮肉が利いたものだった。

"プ……アハハ! ックク……神、神か。俺が、カミサマなんてものに見えるのかお前は?"

 草臥れた笑い声を上げるシオン、真実を知った者達の目にはそれが酷く悲しいものに見えた。

"……じゃあ、アンタは何なんだよ? 人の意思を奪い、人形のように操るアンタは何者だ!!"
"――――何時までも諦め切れずに足掻き続けている往生際の悪い、ただの人間さ"

 依都姫が愛してくれた己を貫き通す、それは億年の時間を経ても破られることはない。
 結局、この萌芽は世界を救うには至らなかったがそれでもシオンが諦めることはなかった。

"依都姫、俺はまた人を殺したよ……良い奴だったんだろうなぁ。
これだけの時間でもまだ足りないらしい。でも、諦めることはしないから安心してくれ"

 そうして幾許かの時が流れ、遂に最後の希望が彼の前に現れた。
 それは皮肉にも並行世界の、絆と共に進んで来た己で……。

「――――」

 魂の共鳴現象による人生の追体験、時間にすれば十分もかかっていない。
 だが、誰も彼もが記憶を見る前のように闘志を燃やすことは出来なかった。
 言葉を失い立ち竦む子供達を前にしてシオンは、

「(だ、だだだだだ大成功やぁああああああああああああああああああああああああ!!!!)」

 表面上苦い顔をしながらも内心では狂喜乱舞していた。
 そう、総てはこの日のために。あらゆる世界を救った総ての人間にとっての大恩人、大英雄。
 そう認識させた上で自分を倒させて未来永劫語り継がせる――それこそがシオンの目的だった。
 三 千 大 千 世 界 を 巻 き 込 ん だ 盛 大 な オ ● ニ ー で あ る。
 凄まじい自己顕示欲、凄まじい変態性、シオンは力以外の部分でも色々極まっていた――駄目な方向に。

「(依都姫が死んだのは予想外で、待ち時間がすんげえ暇だったけどもう全部チャラに出来るわ!!)」

 今日と言う日は紫苑にとってもシオンにとっても満願成就の日だった。
 さあ、踊れ踊れ塵芥! 俺を輝かせるために死力を尽くしてみろよ!
 こんな醜悪な男達の手で世界は救われようとしているのだから笑えない。

「あ、あなたは……あなたは、どうして……何も、言い返さなかったんですか!?」

 さしおりの慟哭は総ての人間の総意だった。
 たった一人で人類の未来を切り拓くために孤独な戦いに身を投じたシオン。
 それを知らずどれだけ酷いことを言ってしまった? 甚大な後悔が胸を締め付ける。
 後から後から流れ出す涙で視界が歪み、前を見ることすら困難だった。
 力云々の話ではない、総ての面でシオンと言う男は誰よりも強く眩く真っ直ぐ見つめることすら辛い。

「どうして、どうして……僕らやこっちの紫苑くんに理由を話てくれなかったのさ……」

 そう言いながらも、理由は分かっている。
 これから訪れる完全なる未知、直ぐにか、或いはもっと先か、何も起こらない可能性だってある。
 それでも何かが起こる可能性が僅かでもあるならば超えねばならない。
 シオンを超えて力を示さねばならない、彼はそれを望んでいるのだ。
 もう限界だった。誰もが顔を上げて居られなかった。

「――――顔を上げろ」

 折れかけた皆を叱咤するように、凛とした声が響く。
 顔を上げればそこには何時の間にかやって来ていた紫苑の姿があった。

「俺達がやらなきゃいけないことは何だ? ここで折れてしまえば、アイツの戦いは終わらない。
(やっべえよ、流石俺だわ。半端無い演出だよ。OKOK、こっからは俺の番だな!)」
『あんたら色んな意味ですげえわ』

 可能性を維持したのもシオンならば未来を切り拓くのも紫苑。
 二人はそれぞれの形で、絡み合いあながら絶頂を迎えるのだ。

「(任せたぜ俺ェ! 今夜は俺とお前でダブル紫苑だな!!)」

 森羅万象を巻き込んだ道化芝居は終わりへ向けて加速する。

「俺達が成せねばもう後は無い。これがラストチャンスなんだ。悔やむのも悲しむのも総て後回しにしろ」

 心を折ったのもシオンならば奮い立たせたのも紫苑。
 そのことに何処かおかしさを感じながらも、仲間達は萎えかけた心に火を灯す。
 誰よりも己に厳しい二人の男達に報いねばならないだろう。

「――――もういい加減、休ませてやろう」

 ああそうだ、その通りだ。戦い続けた彼を安心させてやろうではないか。
 もう良い、大丈夫。自分達はあなたの助けがなくても歩いて行ける。未来は任せてくれと伝えなければ。

「ああ、そうだね。その通りだよ。僕らがやることを見失っちゃいけないよ」

 自分達が何のために戦っているのかを再確認しよう。

「もう十分頑張ったもんなぁ。休んでも誰も文句は言わへんよ」

 だから、ここから先は自分達が頑張る番だ。

「あっちの紫苑お兄さんは随分人を待たせているようだしね」

 嫉妬してしまうくらい愛された世界一幸せな女の子が待っている。

「会わせてあげなきゃ、駄目、です」
「卿は遅刻の言い訳は考えておけよ?」

 もうずっと待たせてしまっているのだから、会わせてあげなきゃ可哀想だ。

「でも、もう大丈夫よ。もう一人の紫苑ちゃん、私が抱いてあげられなかったあの子のことをよろしくね?」

 親としてシオン以上に娘を託せる相手なんか居ない。

「愛する二人は二度と別たれず、きっと同じ場所へ逝けますよ」

 これだけ頑張ったんだ、報われなければおかしいだろう。

「永遠に寄り添って、幸せになって欲しい」

 愛する二人はもう二度と別たれることなく、優しい陽だまりの中で眠り続けるのだ。

「あんたの望んでいた勝利だ、くれてやるよ」

 自分達の勝ちはシオンの勝利でもある。たまにはこんな形も悪くはない。

「ハ……何を訳の分からんことを」

 赦されるわけがない、あくまでも断罪を望んでいる体で悪役ぶるシオン。

「もういい加減お前らの顔も見飽きたぜ」

 天高く舞い上がり聖槍を掲げた瞬間、凄まじい重力がエデンを襲う。
 それはエデンの外側で障壁を張り続けていた幻想達をも縛り付けるほどに凶悪無比な力。
 ここに来て事情を知らぬ幻想達も理解する自分達に障壁を張らせたのはこのためであったと。
 まとめて始末するつもりなのだ――が、気付いたところでもう遅い。

「――――これで終わりだ、何もかもな」

 外側に居る幻想ごとエデンを無明の闇が包み込む。
 それは時空が歪むほどに無残な超重獄。
 それは何をも圧殺してのける無慈悲な暗黒。
 それは幻想達を苦しめたそれよりも遥かに凝縮された無間の虚無。
 それは、それは、それは、それは、それは――――春風紫苑が歩んだ無明の旅路。
 何もかもを無に還すシオン最大の道連れ奥義である。

「ここが……ここが分水嶺だ! 俺達が未来を掴めるかどうかの……! だから……飛ぶぞ!!」

 心配で心配でしょうがないんだ、この親鳥は。
 自分の造った安寧の鳥篭をおれ達が本当に旅立って往けるのか。

「飛ぶんだ! 現在も過去も未来も、俺達に絡み付く閉塞感を振り払って! 未知なる場所に広がる蒼い空目掛けて」

 だからさあ、魅せてやろう。心配性なこの親鳥に、俺達の羽ばたきを。

飛翔とべぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 圧殺され続けながら放った大号令に総ての人類が応えた。

「(き、キタキタキタキタキターーーーーーーーー!!!!!)」」

 深遠なる闇に包まれた世界に亀裂が刻まれ――――爆ぜる。
 闇が砕けた後には無数の光が星のように空に輝いていた。
 それは人の祈り、誰もが持つ、明日への希望。
 エデンを覆い尽くしていた絶対障壁と、障壁を張っていた高位幻想は死に絶えたが紫苑達は生きている。
 満身創痍で、もう何もかもを絞り尽くした無残な状態だが、それでも生きている。

「ハ……これを、破られたら……もう、認めるしかねえわなぁ……俺の――――」

 その瞬間、誰もが息を呑む。
 空中に居たシオンを極光が飲み込み消滅させてしまったのだ。
 突然のことに誰もが思考を停止する中、そいつは姿を現す。

『途中から怪しいと思って避難していて助かったよ。やはり、裏切り者だったか』

 総ての力を使い果たしたシオンを最高のタイミングで討ったのは――メタトロンだった。
 気付かれぬようにと本来の姿ではなく人の姿を取っているが無数の瞳は間違いなくメタトロンのそれだ。

「(ククク……阿呆が……)お、お前はメタトロン!?」

 驚きを露にする紫苑を結晶状の結界が覆い尽くす。
 これは絶対障壁を個人のサイズにまで縮小したものだ。これで最後の詰めは封じられてしまった。

『テメェ……その力、ヤルダバオトを喰らったな?』

 明らかに強化されているメタトロン。
 彼から感じる悪神ヤルダバオトの気配にカス蛇は顔を顰める――何と醜悪な姿か、と。

『その通り。念には念を入れて、な。さあ、まずは貴様らから処分してくれよう』

 満身創痍、もう戦う力もロクに残っちゃいない。
 この状態でメタトロンとなんてやれるわけがない、それでもここまで来て負けられるか。
 紫苑達はキッとメタトロンを睨み付け闘志を露にするが、

『な!?』

 メタトロンの胸を聖槍ロンギヌスが貫いた。
 ロンギヌスの担い手である紫苑は地上に居るのでやったのは当然、

「――――読めてるんだよバーカ」

 シオンしか居ない。
 彼はメタトロンの不意打ちを読み切っていた。その上で自身がやられたように見せ掛けたのだ。

「(ポっと出のお前がラスボスになれるわけねえだろ!? ラスボス兼ヒーローは俺ェ!
お前は俺が最後にもう一花咲かせるために見逃されたに過ぎねえんだよ分を弁えろ塵屑が!!!!)」

 あるタイミングからメタトロンが離脱していたのは知っていた。
 そしてその意図も読んでいた、その上でシオンはメタトロンを見逃した――自分のために。

『ぐ……! は、離せ!!』
「嫌だね! お前達、早く紫苑の障壁をぶっ壊せェ!!!!」

 メタトロンを羽交い絞めにするシオン。
 最後の力を振り絞った拘束はどれだけ足掻こうとも逃れられず、

『往くぜ紫苑!』
「ああ!(ざまぁああああああああああああああああ! メタトロンざまぁあああああああああああああ!!)」

 仲間達は紫苑を覆っていた絶対障壁を最後の力を振り絞って破壊することに成功した。
 紫苑の身体を奔る光の魔法陣は外側へと拡がりエデン全土を覆い尽くす魔法陣となり、

「――――俺達人間の勝ちだ!!」

 奇 跡 が 流 れ 出 す。
 人にとっての始まりの場所から溢れ出た奇跡は総ての人類を満たし、彼らを新たなステージへ引き上げる。
 人は人であると同時に、幻想の属性をも有し、旧き幻想を淘汰してゆく。

『そ、そんな……馬鹿な、馬鹿なぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 そんな三下染みた断末魔を上げながらメタトロンは消滅した。
 そして十分と経たずに現世に侵攻していた幻想、人間の味方をしていた幻想達も無に還ってゆく。

「――――メリークリスマス(嗚呼……き、気持ちよかったぁ……頑張った甲斐あったわマジで)」

 奇跡を見届けたシオンの身体が力なく地上へと落下する。
 が、真っ先に動いていた紫苑が即座にキャッチ――自己愛の化身なので当然だ。

「……見えるか? あんたのおかげで、俺達は未来を掴むことが出来たんだ(お疲れ俺ェ!)」
「はは……見えてるよ……(俺こそお疲れェ!)」

 正真正銘、魂ごと燃やし尽くす勢いで総ての力を使い果たしたのだ。
 シオンはもう助からない、それは誰の目にも明らかだった。

「どうやら、世界にも異常は無いらしい……この先については分からんが……。
それでも、俺の必殺を凌ぎ切ったんだ。それだけ強いお前達ならば……まあ、何となかなるだろ。
これ以上は流石の俺も見届けられん。もう腐るほど生きたからな……なあ、最後に一つ頼みを聞いてくれないか?」
「……何だ?(カッコ良い! カッコ良いよ俺!)」
「学校に、連れて行ってくれ……俺の世界のは流石に無理だろうがこの世界の学校に……」
「分かった」

 強く頷き、紫苑はシオンを背負って飛び上がり現世へと転移する。
 仲間達もその後を追い、シオンが終わる場所と定めた学び舎の屋上へと降り立つ。
 もう随分戦っていたので、すっかり日が暮れて黄昏が校舎を包み込んでいた。

「なあ……紫苑、お前は俺と同じじゃないって言ったな?」

 もう一人の自分に抱かれながらシオンは最後の〆に取り掛かった。
 とっても絵になる光景なのにこれが意図したものと言うだけで台無しである。

「ああ」
「それは今も、同じか?」
「ああ、今も変わらない。俺は弱くて、皆の力を借りてようやっと前に進めるチッポケな人間だ」
「そう、か。俺も、そう思うよ……俺とお前は違う……」

 でも根っこのところはまったく同じだ。

「俺は、俺の歩いて来た道に後悔は無い……胸を張ってそう言える。
でもな、お前達を見ていると別の道もあったんじゃないかって思うんだ。
独り善がり、お前はそう言ったな? 耳が痛いよ。自覚はある、それでも俺にしか出来ないって……」

 そう思ったからこそ孤独に戦い続ける道を選んだとシオンは力なく笑う。
 彼の選択を誰も否定することは出来ない。
 シオンが居たからこそ無限に連なる世界で人は滅びずに済んだのだから。

「でも、先ずは試してみるべきだった……のかもな。誰かの力を借りて、一緒に歩む道。
そうすればまた別の可能性が生まれていた、かもしれない。正しいかどうかはともかくとしてな」

 総てが結実した今、何が正解だったかなんて分からない。
 或いは人は滅びるべきだったのかもしれない、それが本来あるべき流れなのだから。
 しかし、春風紫苑はそれを許容出来ずに命を懸けてか細い可能性を護り続けた。
 気の遠くなる時間をずっとずっと独りで、血の涙を流しながらそれでも必死で歯を食い縛って。

『それでも、お前のおかげで人類は未来を手に入れることが出来たんだぜ春風紫苑』

 人間の魂と同化しているからか、とりあえずは残留していたカス蛇が素直にシオンを讃える。
 それは偽らざる想いだった。どんな動機であろうとも彼が愛すべきを人類を護ってくれたのだ。

『そうさ。あなたが居なければ聖書の蛇はこの世界の春風紫苑とも出会うことはなかた。
ある意味で自分の尻は自分で拭ったってことになるのかな? 何にせよ、私はあなたを心底から敬愛しているよ』

 ロキが見たかったものは総て見ることが出来た。
 今、彼は何処までも満たされている――やっぱり何だかアレな臭いがする。

『僕なんかよりもよっぽど魔王らしくて』
『我らよりもよっぽど神の如くに』
『そして何処までも人間』
「は、ははは……名だたる神魔に褒められるとはな、流石に照れ臭いや(もっと褒めろ下等生物!)」

 死に掛けだってのにふざけた奴である。

「……もう一人のシオンくん。君の選択が正しかったのかどうかはこれから僕らが見極めるよ」
「幸いにして私達も紫苑お兄さんも時間だけはたっぷりあるもの」

 これから世界が、人がどうなっていくかを見届けるのは自分達の役目だ。
 それが後を託された者の責任だろう。

「そうかい……なら、しっかりと頼むよ……俺とは違うやり方でな」
「ああ、私達は決して他者の意思を殺すような真似はしない。卿に誓おう」

 もう少しで日が完全に沈み、夜がやって来る。

「紫苑、お前はそれで良い……そのままで、良い。
これからも自分だけで何とかしようとせずに、誰かと一緒に歩き続けろ」
「分かっている」

 紫苑の言葉を聞き届けシオンは本当に本当に安らかな笑みを浮かべた。
 もう目もよく見えない、後は最後に何か良い感じのこと言って〆ねばとぼやける頭で言葉を紡ぎ出す。

「嗚呼……何だ、依都姫……俺を、待っていてくれるんじゃなかったか?
こんなとこまでくっついて来て……困った奴だな……ああ、分かってる……今、逝くよ」

 ここではない何処か遠くを見つめる瞳。
 他の誰に見えずとも彼には見えているのだ、誰よりも何よりも愛した女の姿が。

「――――もう二度とお前を離さない(さらば現世! フォーエバー俺!!)」

 その言葉を最後にシオンは光となった。
 散華した巨大な魂は真白い花弁となって、淡雪のように世界中に降り注ぐ。
 彼が居たことを想わせるのは空から降る真白の花と、主を亡くしたもう一つの聖槍のみ。
 一緒に砕け散るかと思えばこれだけは残ったのだ。
 恐らくは自身の主が確かに居たことを知らしめるためだろう。
 聖槍は紫苑に上手く利用してくれと言うかのように淡く光を放っている。

「……ねえ、紫苑お兄さん」
「何だ?」
「もう一人のシオンお兄さんは依都姫お姉さんと、会えたのかしら?」

 夜空を彩る純白を眺めながらアリスは問う。あの人は、最後の最後で報われたのだろうかと。

「会えたさ、きっと」

 払った犠牲は大きく、喪われた命はもう二度と戻っては来ない。

「どうしてそう思うの?」

 残された者達の胸に刻まれた悲しみの傷は決して簡単には癒えはしないだろう。

「だって、笑ってただろ? あんなにも幸せそうに」

 それでも、人々は未来を切り拓いた。明日に繋がる光をその手に掴み取ったのだ。

「そっか……うん、そうよね!」

 確かにその通りだ。紫苑の言葉に全員が頷いた。
 僅かな光明も見えない、終わりすら定かではなかった長い長い旅路の果てにシオンは愛する人の下に辿り着いたのだ。

「ああ(マジカッコ良かったわ俺……でも、唯一不満があるとすれば……)」
『あるとすれば?』
「(コイツらをぶっ殺してくれなかったことかな。でもまあ、俺様ってば不老不死だし? その内腐れ縁も切れるわな!)」

 知らないって本当に幸せですね。
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