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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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春風紫苑 漆

 核の連鎖爆発によりシオンへ決して軽くは無い傷を負う。
 が、それでも自己治癒能力を活性化させてしまえば表面的なダメージも放射能による汚染も拭い去れる。

「……やれやれ、アイツらもっとしっかり障壁を張れねえのか」

 絶対障壁を展開しながらこの戦いを見守っているであろう上位の幻想達を謗る。
 これは疑念を無くすためだ。どうしてさっさと片付けてしまわない?
 そんな疑問を抱かれるよりも先にお前達のせいで全力を出せないと予防線を張っている。
 どれだけ強くなろうともこう言うセコイやり方が変わることはないらしい。

 まあ、全力で子供達を消し飛ばそうとすれば絶対障壁が消えてしまうのは確かなのだが。
 ただ実際は障壁が消えるような攻撃をしてしまえば当然、外に居る幻想も巻き込む上に紫苑に強化魔法を使われてしまう。
 建前上はそう言うことにして幻想を無能だと責める厭らしいやり口だ。
 幻想に対して苛立ちを見せる際は心底不機嫌そうな顔をすることがポイントである。

 あー困ったなー、アイツら皆殺しにしてえんだけど出来ねえわー。
 味方がもっと有能だったらなー、参ったなー、と言うアピールのためだ。
 幾ら幻想が人類に対して極大の憎悪を抱いていようともここまで来れば流石に哀れである。
 二人の春風紫苑が抱く薄汚ねえ我欲のままに利用されるなんて……どっちが悪だか分かりゃしない。

「メタトロン、もう少し強度を上げられないのか?」

 八人の攻撃を捌きつつ少しばかり焦れた声色を作り幻想の代表者に語り掛ける。

『無茶を言うな……これ以上のものは不可能だ』

 シオンが居た世界のメタトロンはシオンの力を認めていた。
 並行世界の己からの要請で協力することになったとは言えこの世界のメタトロンは当初、懐疑的だった。
 この男に全面協力をする必要があるのか? と。
 しかし、月落としを見せられた辺りからようやくその力に畏怖を抱いた。
 そこからは全力で障壁を張り続けているのだが……これが精一杯らしい。

「現世に侵攻している連中を呼び戻してもか?」
『焼け石に水だ。唯一もう少し強度を上げられそうなオーディンは彼奴らに殺されてしまったしな』

 一時間や二時間で復活出来るはずもなく、強化案は却下された。

『そもそも、今の状態でも十二分に圧しているだろう? 焦らずじっくり詰みに行けば良い』

 シオンの優位は微塵も揺らいでいない。
 子供達の死亡カウントが二桁をとうに突破しているのに対してシオンは重傷すら負っていない。

『長い時間、敵と呼べる者が居ないせいで戦いから遠ざかっていたようだが……じっくり腰を据えて挑む、それが肝要だ』
「……すまない、その通りだ(かかったな阿呆が! と言うのはともかくとして。やっぱ馬鹿だコイツら)」

 自分を諭しにかかっているメタトロンを腹の中で嘲笑う。
 完全に味方と思い込んでいる。いや、後々疑念を抱くタイミングは出て来るだろう。
 そして、その上でメタトロンが取るべき行動も織り込み済みだ。
 総てが上手く回っている、確実にその時は近付いている――そう考えるだけで絶頂してしまいそうなシオンだった。

「くっちゃべってんじゃねえよ!!」

 分解されて二振りの刃となった鋏による連続攻撃がシオンを襲う。
 それを片手で捌きつつも遠距離から援護をしている者らへ反撃する。

「チィッ……! やはり決定打にかけるな」

 天魔の頭部と心臓を穿ち殺されるが傍に居たルドルフはまるで気にしていない。
 両手両足の指でも足りぬほどに殺され続けているので慣れたのだ。

「ッハ……! いやいや、何度殺されてもキツイねえ」

 即座に復帰した天魔が不敵に笑う。
 他の面子にとって死は限りなく零に近いマイナス要素でしかないが彼女だけは違った。
 純化を使用したまま死ねば一旦総てがリセットされる。
 喪失した箇所も時間を置かず回復する、つまるところ積極的に純化による超強化を行えるのだ。
 わざと攻撃を喰らって削れるだけ削り、その分だけ強化してシオンを攻める。
 ヤバクなったらわざと致死攻撃に突っ込んで死に一旦総てをリセット――効率的な戦法である。

「反則臭い能力を使う奴ばかりだな」
「あなたほどじゃない」

 カニと交代したアイリーンが槍の一撃と共にツッコミを見舞う。
 シオンは強い、強いし技術と言うものもそれなりに備えてある――が、アイリーンほどではない。
 絶大な力を持つがために彼は技術と言うものをそこまで磨きはしなかった。
 この場に居る面子の中で言えば上位には入っても最上位にはなれない。
 ゆえに聖槍で近接戦闘を繰り広げるもののアイリーンには致命傷を与えられない。

「(んー……もうちょい、か?)」
『何が?』
「(ひ・み・ちゅ・★)」
『あんた不老不死の身体手に入れてからホントご機嫌だな!』

 一時間、二時間と時間が流れてゆく。
 その異変に真っ先に気付いたのは一体誰だっただろうか? いや、誰でも良い。
 徐々に徐々にだが、八人の動きが研ぎ澄まされていってるではないか。
 時折シオンにヒットする攻撃のダメージも徐々に徐々に大きくなっている。

「強くなってる」

 短時間でのあり得ない急成長を実感する、それは決して気のせいではない。
 それを一番分かり易く証明しているのが天魔だ。
 最大で三対六翼までしか出せなかった彼女の翼が六対十二翼にまで増えているではないか。
 翼の数はそのまま力に直結している、つまり天魔は戦いを始めた当初よりも強くなっている。

 現世と幻想の境界を破壊したから? いいや違う。
 完全に幻想の空気を得ての全力で三対六翼だったのだ。これはどう言うことだろう?
 短時間でも多少の成長あり得るかもしれないがこれは明らかに伸び幅が違う。
 異常だ、どう見ても異常だ。考えられる原因があるとすればそれは、

「……紫苑さんの血、でしょうか?」

 彼らが飲んだのはこちらの紫苑の血であってシオンの血ではない。
 が、しかし。紫苑とシオンは同一存在であり魂による繋がりもあるのかもしれない。
 それでも紫苑はシオンを否定し生命の実を食しているし、尚且つ同一存在――近過ぎるがゆえに影響を受け難いのだろう。
 ただ、そうではない者達は? 紫苑の血を飲んだシオンを除けば最強クラスの人間達。
 あらゆる要因が絡み合った末の予想外の強化、それが今の状態なのでは?

「どっちでも良いわさしおりお姉さん。重要なのはそこじゃないでしょう?」

 どんな理由であれ強くなったのならば問題は無い。
 今一番しなければならないことは何だ? シオンを倒すことだろう。

「……そうですね。しかしそのさしおりは止めなさいと何度言ってるんですか!!」

 身体が半回転するほどの勢いで腕を振るい糸の竜巻を放つ。
 これまでであればさして有効な攻撃ではなかっただろう。
 が、今は届く――シオンの身体をズタズタに引き裂けている。

「な、仲間割れは駄目よさしおりちゃん?」

 糸の竜巻に黄泉の炎を灯す。風と炎の相乗効果は更にシオンの傷を深めた。

「(ふぅ……こんだけ強化すれば、そろそろ大丈夫かな?)」

 自身の身体が切り刻まれていると言うのにシオンは冷静だった。
 突然の強化にだって驚いていない――――だってやったのコイツだから。
 八人の強化を誰もが偶発的なものだと考えているが元凶はこの男である。
 彼らの体内にある並行世界の自身の血を介して魂に干渉し位階を引き上げていたのだ。
 それは何故か、その答えはこれから行う演出のためである。

「その首貰ったぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 シオンの真上から竜巻の中に飛び込んで来たのはカニだった。
 大上段に振り上げられた大鋏は落下の速度と共にシオンへ向けて振り下ろされる。

「ッッ!!」

 上方からの攻撃を聖槍ロンギヌスで受け止めた瞬間――茶番が更に加速する。

「……ッ!」

 キィン、と甲高い音が脳内に鳴り響く。
 それは八人だけではなく紫苑や麻衣――それだけではない現世に居る総ての人間の脳内に響き渡った。
 その感覚を共有出来ないのは人間と同化していない多くの幻想達だけだ。

「な、何だ……これは……!(俺の演出が遂に始まったようだな)」

 混乱に追い討ちをかけるようにしてそれは始まった。

"俺は祈っているよ、その苦悩の果てに辿り着く歓喜がお前を満たすものであると"
"ぐす……あ、あり……えっぐ……あり、がと……ありがとう……"

 それは過ぎ去った時間、何時か何処かであった情景。
 あれは天魔だ。外道天魔が初めて自身の性を紫苑に打ち明けた時のこと。
 知っているのは天魔本人と紫苑のみだ。しかしこれは……。

「これ、僕の記憶……? ちょ、個人情報!」

 次々と流れる、天魔にとっては大切な大切なメモリー。
 初めて紫苑とキスをした瞬間、初めて自身の祈りと向き合えた瞬間、初めて紫苑にその思いの丈をぶつけた瞬間。
 どれもこれも決して色褪せることはない思い出の宝石だ。
 ところで、R-18的な記憶が流れなかったのはPTA的な何かが働いたからだろうか?

"――――ひとりぼっちの悲しい女の子が居たことを"
"……泣かないで、優しいあなた"

 今度はアリスの大切な思い出と言う名の紫苑にとっての後悔が流れ始めた。

"御願いお兄さん、助けて。アリス、ひとりぼっちは寂しいの"

 紫苑は今この瞬間、どうして殺っておかなかったのかと心底悲しんでいる。
 仮に殺ってしまった場合、今の状況は無かったかもしれないのだがそこは理解しているのだろうか?
 いや、してないだろうな――だって馬鹿だもの。

"アイリーン・ハーンは何があっても春風紫苑の味方で在り続ける。
寄り添い続けよう、例え世界の敵になったとしても。
どんな絶望的な戦いで、誰が彼を見捨てようとも、自分だけは見捨てない。
例え神が敵であろうとも私は槍を取ろう。槍が折れたらこの両の腕で薙ぎ払う。
腕がもげれば両の足で蹴り飛ばす、足が潰れれば噛み付いてやる。
死したのならば魂魄となって戦い続ける。誰のためでもない春風紫苑のために"

 アイリーン・ハーン、

"お父様、お母様――――私達を産んでくれてありがとう"

 醍醐栞、醍醐紗織、

"しっかり生きよう――――命の続く限り、精一杯生きよう"

 逆鬼雲母、

"春風紫苑にも負けぬ。北欧の邪神にも負けぬ。死者の国の女王にも負けぬ。
信じている、私の惚れた男は世界で一番素敵な男なのだと言ってくれた。
これは私にとって都合の良い解釈なのだろうか? もし、そうでないならば。
私は信じても良いのだろうか? 卿の声無きメッセージを信じても良いのだろうか?"

 ルドルフ・フォン・ジンネマン、ベアトリクス・アッヘンヴァル、

"でもなぁ――――うち、紫苑くんから離れたくないんよ"

 桝谷麻衣、

"昔の人間は良く言ったもんだ――――惚れた方が負けってね"

 葛西二葉――いいや、それだけではない。
 大きく目立っているのが彼らの記憶と言うだけで他にも多くの人間の小さな記憶が流れている。

「い、一体何が起こってるんだい? これは何だ!?」
『……共鳴現象だよ、こんなことが起こるのを見るのは僕も初めてだ』

 凄まじい熱量を有する魂がぶつかり続けた結果、共鳴現象が起こった。
 それは紫苑達を信じる人間をも巻き込んだ大規模な共鳴。

『魂に刻まれた掛け替えのない、その人間にとっての決して忘れられない記憶。今僕らが見ているのはそう言うものさ』

 多くの人間の記憶はその魂がか弱いため目立つことはないし量も莫大。
 そのせいで一瞬、何かが見える程度だが天魔達規格外の魂を持つ者達は違う。
 彼らの想いの強さは常人の域を凌駕し、それに呼応するように鮮明に映し出された。

「(……俺の十七年、波乱に満ちてたなぁ。ゴルゴダ登るよりキツイってマジで)」

 今は紫苑の記憶が流れ出している。
 彼が言うように確かに波乱に満ちていた、特に冒険者学校に入学してからはそれが顕著だ。
 常人が経験するよりもずっとずっと濃い密度の時間を過ごしている。

『ところでさぁ、都合が悪い記憶は流れないんだなこれって』
「(ああ、この現象を引き起こしたのはあっちの俺で、俺も多少は介入出来るらしい。
だからバッチリ閉ざしといた。まあ、そうしなくてもどの道流れはしなかっただろうが……一応な)」

 紫苑の閉心っぷりはそれこそ神魔にさえ暴くことが出来ないのだ。
 共鳴現象が起きたとは言え都合の悪い映像が流れるわけがない。

『え、あっちの紫苑が起こしたってどう言うことだよ?』
「(まあ見てな)」

 遠くに見えるシオンの顔は表面上、焦燥に満ちていた。
 予想外のことが起こった、これはマズイ、そんな意思がありありと見て取れる。

「おやおや、ようやくその澄まし顔が崩れたねえ。何か見られちゃマズイものでもあるのかい?」
「まだ卿の記憶は見えていない、となるとこれから流れ出すのかな?」

 若干ではあるが精彩を欠き始めたシオンを見て精神的優位に立った――と勘違いしているだけだ。
 それはさておき。事情を知る人間達はともかく、知らない幻想達は完全にハブである。

「どうやら、始まったらしいな」

 並行世界の春風紫苑にとっての始まりは炎の中だった。
 五歳の時に両親と共に出掛けた初めての海外。楽しい観光になるはずだった。
 だが、不幸と言うものは何処からともなくやって来て総てを攫って行ってしまう。
 春風一家が訪れた国でテロが起こったのだ。

"あ、あぁ……ああ……! とうさん、かあさん……起きてよ、ねえ……御願いだよ!!"

 爆発の余波から愛する我が子を護らんと両親はシオンを抱き締めたまま絶命していた。
 それでも信じられずに何度も何度も父と母を呼ぶ幼い彼の姿は酷く哀れだ。
 当然のことで言うまでもないかもしれないが、これも演技である。
 周りに息のある人間が居ることを知っていたので悲劇の幼児を演出しているだけ――屑はやっぱり屑だった。

「(へえ、俺んとこは事故だったけどあっちの俺はテロだったのね……良いシチュエーションだわぁ)」
『先生! 並行世界とは言えあんたの両親ですよ!?』

 戦火の中で涙を流し続けるシオン、立ち上がることは出来なかった。
 降り掛かった絶望があまりにも重過ぎたから。
 いっそここで死んでいれば幸せだったのかもしれない。それでも彼は救助された。
 救助隊がシオンを助け出した時、既に意識は無くその御髪は純白に染まっていた。

 救助隊や医師達は多大なストレスによってこうなってしまったのだろうと親を喪った幼子を哀れんだ。
 しかしそれは違う、あの戦火によって彼は覚醒を果たしたのだ。
 人を幸せにしたい、春風紫苑を知る者達はあの戦火がその想いを強く自覚させるには十分な経験であったと予想した。
 が、勿論そんなわけがない。春風紫苑が抱く祈りはそんな綺麗なものではないのだから。

 あの戦火の中でシオンは死ぬと思った、割とマジで。
 自分が死ぬ、そう考えた瞬間シオンはこう想った――――タダでは死にたくない!! と。
 やるならばせめて人々に讃えられ永劫記憶に残るようなそんな死に方じゃなきゃヤダー! と。
 命惜しさよりも見栄が上回った瞬間、シオンは完全に覚醒を果たした。戦火から生き残れたのもそのおかげだ。

 目覚めた力を無意識に行使し、自分に死が及ばないよう戦場を操作した。
 そのおかげでシオンは生き残ることが出来たのだ――憎まれっ子世に憚るとはこのことである。
 そこから先はこちらの紫苑とも似通った道筋を辿っている。
 日本に帰国した後は祖父に引き取られて中学入学までを新宮で過ごす。

 唯一差異があるとすれば健康診断の時にその高いスペックが発覚したことぐらいだろう。
 生まれてすぐに冒険者か一般人か、冒険者ならば内在魔力などが判別出来る。
 魔力の値などは特に大きく変動することもないのだが覚醒したシオンは違った。
 莫大な魔力と常軌を逸した身体能力を有していることが判明――勿論奴は調子に乗りました。

「それが……あなたの辿った、道、なのね」

 切り結びながらも雲母の表情は複雑だ。
 幼くして両親を理不尽に奪われればそりゃ確かにどうにかなってしまう。
 かと言って今、シオンがやっていることは赦せない。雲母の心境は他の仲間達にとっても共通した見解だった。
 そんな様子を他所に、場面は更に移り変わる。今度は祖父の死だ。

 これもまた紫苑と同じく冒険者学校入学前の冬だった。
 この世界では安らかに死んだ祖父だが、シオンの世界では違った。
 義娘と息子を理不尽に奪われた悔恨に死の間際まで苦しめられていたのだ。
 そこでシオンは看護師や医師の目があったこともあり、幻術を行使して祖父を安らかに逝かせた。

 その記憶を見せられている者達はシオンの行いを所詮幻だ――と切り捨てることは出来なかった。
 幻であろうと何だろうとあの老人は確かに死の間際にほんの少しだけ救われたのだから。
 そこからシオンは粛々と祖父を弔い大阪へと帰還し入学までを喪に服しながら過ごした。
 ここでも一つ差異がある。紫苑は普通に入学をしたがシオンは特待生として入学した。

 その桁違いのスペックは純粋な戦闘能力で言えば世界最強アレクともタメを張るのでは?
 そう噂されるほどだったので受験免除で学費も免除の好待遇は当然である。
 入学してからの振り分けすら免除だ、Aクラス以外に選択肢が無いから。
 紫苑の場合はここで事故を起こしエデンへ飛ばされカッスと出会ったのだがシオンには何もなかった。

「(流石だな俺ェ!)」
「(ありがとう俺ェ!)」

 そして通じ合う馬鹿二人。
 紫苑とシオン、今見ているものは同じでも物理的な距離はかなり開いている。
 だと言うのにこれだ。重ねて言うがテレパシーなんてものではない。
 単純に自分ならそう言うだろう、言って欲しいだろうと思って独り言をほざいてるわけである。

『うわぁ……何だかなぁ……』

 紫苑とシオン、決定的に道が別たれたのはパーティ結成時だ。
 紫苑の場合は外道天魔、醍醐栞、桝谷麻衣、ルドルフ・フォン・ジンネマンとパーティを組んだがシオンは違う。
 あまりにも隔絶した能力ゆえに異例とも言える単独パーティとなったのだ。
 下手に組ませても互いにとって良い効果を齎さないと担任教師のモジョが判断したのである。

 ヤクザではなくモジョが担任なのもシオンと言う規格外が居るからだ。
 さて、単独パーティとなったことで幾つもフラグが折れることになる。
 外道天魔、醍醐栞の救済だ。シオンの世界において彼女らは単なるクラスメイトに過ぎない。
 紫苑はホーミング地雷から逃れられたシオンを心底から羨んだ。

 この世界においてはパーティ結成後、すぐにギルドの選別に出すパーティの選出があった。
 そこで紫苑はハゲやアイリーンを下して他校との戦いにまで漕ぎ付けたのだがシオンは違う。
 常識的に考えてやるまでもなく結果は分かっている。
 ストレートで大阪代表となったシオンはそのまま他校との戦い駒を進めた。

 他校との戦いもやる必要は無いと思うかもしれないがギルドには意図があった。
 幻想の空気色濃いダンジョンに潜る冒険者、シオンは内定済みだが他にも宝石があるかもしれない。
 なので彼と戦わせてその内容如何で抜擢しようと考えたのだ。
 そのため紫苑らの時とは異なり総ての戦いがギルドの人間が見ている中で行われた。

「……やっぱり、私とは出会うことはなかったのね」

 アリスが複雑そうに呟く。彼女が言うようにシオンの記憶の中に自分は居なかった。
 長崎代表はアリスとは別の知らない誰かで、他の学校の者達もそう。
 鎧袖一触、総てシオンに呆気なく蹴散らされてしまった。
 唯一、これまでと違う様相を見せたのは――そう、葛西二葉との戦いである。

"おいコラ、テメェ……何処行くつもりだぁ……!"

 カニを含めた五人を叩き潰したシオンはそのまま背を向けて去ろうとしていた。
 が、立ち上がったカニが悪鬼の如き形相で彼を睨み付けている。

"成るほど、続けるわけだな?"

 ここで初めてシオンは自身の得物である聖槍ロンギヌスを召喚した。
 ちなみに彼がロンギヌスを手に入れたのは小学校の時で、家の蔵で偶然見つけたのだ。
 どうやら黒田の手には渡らなかったらしい。

"ったりめえだ私が負けるかクソがぁああああああああああああああああああああ!!!!"

 自身と同格の魂に触れたことでカニも早期覚醒を果たす。
 二人の戦いは三日三晩続いたが、勝利したのはシオンだった。
 これで選別は終わり、学生の中から選ばれたのはシオンとカニが率いるパーティとなる。

「……並行世界とは言え自分が負ける姿を見るのは良い気分じゃないな」

 シオンの蹴りで吹き飛ばされながらも蹴りの威力ではなく並行世界の己の敗北で顔を顰める。

『にしても、この時期にこんな化け物二人が出て来るとは……アレクも驚きだったろうな』

 選別を超えて一定の情報を開示されたシオンは単独でダンジョンに潜るようになった。
 安土で信長を殺し、平泉で義経を殺し、関東で将門を殺し、京都で晴明を殺し――絶対幻想殺すマンとはこいつのことだ。
 あらゆるフラグがバッキバキに折れて行く中で新しく立ったフラグもあった。
 他校との戦いの際に叩き潰したパーティから一人の少女が大阪に転校して来たのだ。

"久しぶり……ってほどでもないかな? 元気、だった?"

 六月、こちらで言うならばアリスが転校して来た時期に少女はやって来た。
 パッと見は中学生――いや、下手をすれば小学校高学年ほどの少女はとても愛らしかった。
 ヘーゼルの瞳、背中まで伸びた紫がかった綺麗な黒髪にあどけないが可愛らしい顔立ち。
 少女の名は、

"確か、君は……逆鬼依都姫(いつき)さんだったか?"

 シオンが口にした名前に反応したのは雲母だった。
 まさかと言う想いが胸中を満たす。彼女はそのまさかが当たっていることをこれから知る。

"うん! 今日から同じクラスだしよろしくね?"
"それは構わないが、どうして大阪に?"
"んー……あなたが気になったから、かな?"

 当時のシオンは影のある美少年ムーブをしていて、
敬意を持たれているし親しみも持たれているが最後の一線だけは踏ませないような空気を纏っていた。
 この依都姫と言う少女はその影に何処か胸が痛み、居ても立っても居られずに大阪へ来たのだ。

"えへへ、同じクラスになれて良かったよ。あ、このクラスの桃鞍先生って私のお母さんのお友達なんだ"
"逆鬼のお母さんも冒険者だったのか? と言うか、桃鞍先生と同じなら……"

 随分早くに出産したのでは? と言い掛けて口を噤む。

"そう、お母さんは十代前半で私を産んだんだよ。お父さんは酷い人で私がお腹に居る時に逃げちゃってね?
それでもお母さんは必死に私を育ててくれたんだ。内職とかいっぱいして。
私が五歳くらいの頃、ある程度手がかからなくなったから冒険者を始めてつい最近まで現役だったんだよ"

 これ、お母さんのお古なんだ――そう言って依都姫が見せたのは雲母が今正に振るっている太刀だった。
 そう、逆鬼依都姫と言う少女は"もしも"の可能性なのだ。
 こちらの世界で死産したのは男児だったが、あちらの世界では無事に出産し女児が生まれた。
 そのことに思い至った瞬間、雲母は酷い眩暈に見舞われる。
 吹っ切れたとは言え"賢明"な自分の可能性を見せ付けられたのだ。ショックを受けないわけがない。

"お母さんは何も言わなかったのか? いきなり転校だなんて……"
"うん。私も若い時は随分馬鹿をしたからだってさ"

 こうして、春風紫苑と逆鬼依都姫の縁が交わり始めた。
 彼女は積極的にシオンに接し、彼が抱える闇を知ろうと努力した。
 その甲斐もあり、終業式前にはシオンが用意していたカバーストーリーを知ることになる。
 両親を喪ったこと、理不尽があること、どうして人は幸せになれないのか。

 お得意の綺麗ごとを泣きながら語るシオンを依都姫は優しく抱き締めた。
 そうして、母がそうするようにその頭を撫でてやり温かな声で語り掛ける。
 私には難しいことなんて分からない。それでも、あなたが優しい人だと言うことは分かる。
 無理かもしれないけれど、少しでもその痛みを分かち合いたい――と。

 紫苑と違いシオンはハイスペックが極まっている。
 ゆえにAクラスにストレートで入れるような輩であろうとも自分の方が上だと絶対の優越を持てた。
 紫苑とシオン、共通する女の好みとしてはまず第一に自分より劣ること。
 次に男である自分を立ててくれること、容姿もそれなりに整っていること――そう言う面で言えば依都姫はガッチリ嵌まっていた。

「(お、俺なのに女運が良い……だと……?)」

 年頃だしぃ? このイケメンに彼女の一人二人居ないのはダサくない?
 と言うチンケなプライドを擽られたシオンは依都姫を口説くことに決める。
 が、急いてはことを仕損じるとばかりにあくまでゆっくりとだ。
 遊びに誘ったり一緒に勉強をしたりと二人で時間を重ねてゆっくりと絆(偽)を深めてゆく。

 メンヘラーズはその様子を複雑そうに見守っていた。
 並行世界のとは言え春風紫苑が特定の女の子と仲良くしているのは色々な意味でショックだ。
 こっちの世界の紫苑は色恋に疎く誰にでも優しいのに対してあちらは依都姫を明らかに特別扱いしている。
 更に言えば救われてばかりの自分達に対して依都姫と言う少女はシオンの心を救った。

 一番ショックだったのはそこだ。
 紫苑とシオン、抱えているものは違えども自分達は今のところ紫苑の心を軽くは出来ていないのだから。
 精神的ダメージで言えばメンヘラーズの中でも雲母が一番酷い。
 性別は違えど生まれなかったはずの我が子が生まれていて幸せそうに暮らしている。

 嬉しいと言えば嬉しいが、同時にショックでもある。
 それだけでも結構なダメージなのにその娘がシオンの心を救ったのだ。
 自分は迷惑をかけるばかりで何一つ恩を返せていないのに依都姫は違う。
 雲母は欝になりそうな自分を奮い立たせようとするが、イマイチ効果は無かった。

「(大天使はもう戻って来ないのに……羨ましい……)」

 馬鹿がさめざめと涙を流していると、遂に二人の関係は新展開を迎える。
 八月も後半に差し掛かった頃、登校日のため学校に出たシオンと依都姫。
 二人は放課になった後も教室に残り一緒に弁当を食べながら他愛もない話に花を咲かせていた。
 話せども話せども尽きぬ話題、春風紫苑が本気を出せば余裕である。

 さて、日が暮れ出した頃、このシチュエーションを待っていたシオンは遂に行動に出た。
 突然黙りこくって何かを考えているような彼を見て首を傾げる依都姫。
 勿論、この沈黙も演出の一つだ。恋の駆け引きにしては些か以上に邪悪だが。
 まあ、これがシオンなりの恋愛の仕方なのだろう。

"……依都姫"
"う、うん"

 改まるシオンに触発されて依都姫の身体も固くなる。
 茜色に染まった教室の中で向かい合う少年少女、実に絵になっている――これが偶然ならば。

"俺――――君が好きだ"

 それは紛れも無い告白だった。

"父さんや母さん、祖父さん、友達とかに感じる好きじゃなくて……もっと、特別な、初めてだこんな気持ち。
どうしようもないくらい依都姫が好きだ。これが男として一人の女性を求める好き、なんだと思う。
君は俺にとって世界で一番特別な人だ。その……あの、だから……良ければ、恋人に、なって欲しい"

 シオンの顔が赤いのは夕暮れのせいではないだろう。
 依都姫は胸を抑え、高鳴る鼓動を感じながら自分の想いが実ったことを知る。

"わ、私で……良ければ"
"依都姫じゃなきゃ嫌だ"

 そうして二人はどちらからともなく抱き合い、

"依都姫"
"紫苑"

 互いの名を呼びそっと口付けを交わす。
 二人を包み込む黄昏は優しく、恋人達を祝福しているかのように美しい。
 何にも代え難い幸福、この時の二人はその幸せが何時までも続くと疑いもなく信じていた。
+注意+
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