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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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靴紐の生まれた日

 亡骸を抱えたまま荒野を往く紫苑と監督官。

「そう言えば先生、何故強制転送を?」

 生徒手帳にある標を向こう側で捉えたのならば強制的に校舎へ戻れるはず。
 しかしそれをせずにわざわざ監督官が来た、紫苑にはそれが解せなかった。

「何処に飛んだかは分かったんだが……それ以上は把握出来なくてな。
それで一番動ける私がここへ来て、直接連れ戻しに来たんだ。
ああ、安心しろ。私が転送して来た場所は辛うじてあちら側でも把握が出来る」

 つまりそこに辿り着くまで安全ではないと言うことだ。
 幾ら教師が居るとは言え安心は出来ない――――と考えながらも紫苑は気楽だった。
 何せ骸を抱いていて両手が塞がっているのだ。
 矢面に立つなら教師である監督官しか居ない。
 死体を捨てろと咎めないのは、ここから先は自分が何とかすると言う意思表示。
 つまりは紫苑はもう何もしなくて良いのだ。

「そうですか……」
「ついてない、とは言わんよ。冒険者をやっていれば不測の事態なぞ腐るほどある。
だが、そんな事態に遭遇した時、どう対処出来るかが冒険者としての適正だと私は思う。
その点――――お前は立派だよ春風。その歳にしては本当にしっかりしている」

 監督官の声に慰めの色はなく、純粋に評価しているようだ。

『あの女、目が節穴なんじゃねえか?』

 ガラス玉だと言われてもしょうがないだろう。

「(だぁってろ爬虫類)
「まずここに来た時点で怪しいと感じ、撤退を進言したことが一つ。
二つ、己が失敗から目を逸らさずに直視していること。
赤木らを強く止めなかったこと、黒田にすぐ着いていかなかったことが完全な間違いではないが正しいわけでもない。それをしっかりと理解している」

 赤木らに関しては黒田が残ると言った時点で止める気などなかったのだが、まあ当然のことながらそんな紫苑の思惑が分かるはずもない。

「そして何より――――誰かのために泣ける。それは冒険者以前に人として正しいことだよ。
弱さ、甘さかもしれないが私は貴ばれるべきものだと思っている。今日の涙、しっかり覚えておけよ」

 根っからの教師なのだろう。教え導くその姿勢は実に素晴らしい。
 問題があるとすれば生徒に学ぶ気が欠片もないことか。

『こ、この女……なんつーか……馬鹿だなぁ』

 呆れを通り越して感心しているかのような声色で蛇が呟く。

「(阿呆、俺が一枚上手だったんだよ)」
『すげえ自己顕示欲な。その癖、ビビリで意地汚いなんてもはや救えねえぜ』

 人外の者にここまで言われる人間もそうはいないだろう。
 そう言う意味ではある意味春風紫苑と言う少年は稀有なのかもしれない。
 まあレアリティが高いから言って良いとは限らないが。

「なあ春風、お前は冒険者を続けるか?」

 トラウマレベルの事件にいきなり出くわしたのだ。
 入学初日に辞めてしまうのも無理はない。

「いえ、辞めません。今日、俺の目の前で散った命。それは取り返しがつかない。
だけど、何時か別の形で誰かの命を繋ぎとめられるかもしれない。
この道で失ったものを、この道で拾い直したいんです。ここで逃げたら何も変わらないじゃないですか。
あまりにも甘くて愚かで弱い自分と何時か決別するためにも俺は冒険者を続けます」

 涙で赤くなった瞳に宿る強い意思の炎に一瞬、言葉を失う監督官。

「そうか、ならば戻り次第お前をAクラスへ推薦しておこう」

 その一言で紫苑の顔色が一変する。

「……謹んで辞退させて頂きます。俺はそのクラスに入れる器じゃありません」

 Aクラスと言うのは最上位のクラスである。進学校などでもそうだろう。
 最上位と言うことは特別目をかけられている――つまりは厳しいのだ。
 そして冒険者学校は良い大学に入るための学校ではない。
 Aクラスに入ると言うことは有り体に言って命の危機が増えると言うことに他ならない。

「単純に実力が足りないし、俺にはそれ程先があるようにも思えません。
個人差はあれどもどうやったって才能の限界と言うのは出て来る。
地平線の向こうまで踏破出来るものがいるとしても……俺は違います」

 精々が近所のコンビニレベルだ。

「過信をしない、それは良いことだ。しかし、才能の果ては自分で決めるものじゃない。
それにそもそも生徒の才を伸ばすのは教師の役目だ。
春風、お前は真面目で勤勉だ。だからこそ己を省みることが出来る。お前は上に行く人間だよ」

 別に反省などはしていない。
 紫苑の口から出た殊勝な言葉の数々は総て責任転嫁でしかないのだから。

「確かにお前が前衛ならば少し考えていただろう。だが、お前の適正は後衛だ。
確か身体強化などの魔法を使うんだったか? であれば多少拙くても問題は無い。
そこらは追々磨けば良いものだしな。大事なのは的確な判断能力だよ。
後衛の人間に求められるのは戦況を見渡し、些細なことにも目を配り、危機管理を行うこと」

 その点であれば紫苑はかなりのものだろう。
 自分が死にたくないからこそリスクを必死で潰していくから。

「臆病過ぎてもいかんが……お前は良い塩梅のようだからな。
自分では気付いていないのかもしれないが元々お前は精神的に強かったのだろう。
その強さが今日の失敗で更に磨かれた。さっき見せたお前の瞳には強い意思を感じたよ」

 それは違う、紫苑は気合の入ったビビリくんである。

『その仏頂面が仇になったな』
「(完璧なポーカーフェイスが足を引っ張るとは……!)」

 内心で歯噛みする紫苑を他所に監督官はすらすらと言葉を紡いでゆく。

「確かにAクラスに入ると言うことは大きな期待を背負うことになるだろう。
将来的に戦力になると思われているのだからな。しかし、だからこそ待遇も違う。
Aクラスだけが唯一授業をしっかり受けることで給料を貰えるのだから」

 制度としては旧き時代にあった自衛隊の高等学校に似ているだろう。
 高校生であるが、自衛官でもあるゆえに給料だって支給される。
 恐らくはそれを参考にしたのかもしれない。

「(そういやそうだっけ……普通にバイトするよりも何十倍も効率良いらしいな)」

 ネットで調べた知識を掘り起こして損得勘定をする。
 紫苑の頭の中では如何にして自分が安全圏から甘い汁を吸うことが出来るのか。
 それのみが只管に思案されている。

「厳しくはあるが、より高みを目指せる環境に身を置ける……。
今日のような後悔を二度としないためにも、お前はそうした方が良いと私は思う。
この道で失ったものをこの道で拾い直すのだろう? ならばそう悪い選択肢ではないよ」

 Aクラス推薦には先ほど紫苑が吐いた言葉も理由となっていた。
 つまるところ自業自得。

「それは……(今日のような思いをしたくないから安全なとこでいたいんだよ!)」
『面倒な男だなお前ってよー』
「(うるさい! しかしそうだな……Aクラスとなると優秀な人材が多いよな?
だったら話聞かない馬鹿もそう多くはないだろうし悪くないかもしれない。
けどAクラスに入ってそのまま都落ちせずに卒業すると進路が変え難くなるんだよな)」

 優秀な冒険者になると見込まれてAクラスに入るのだ。
 進路指導などにおいても、民間企業に就職しますとは言い難い。
 もし言ったらどうだろう? 金を貰っといて何だそれは……と思われるかもしれない。
 世間体を気にするええかっこしいの紫苑にはそれが耐えられない。

「(待てよ……今回仲間を喪い、卒業までにも誰かが俺のパーティで死んでくれれば……
化け物の相手は怖くないけれど――――仲間を喪う恐怖に耐えられません、とか言えば良くね?)」

 情に訴えると言うのは未来においても有効だ。
 これが外国の冒険者学校ならともかく紫苑が在籍している学校は日本の大阪にある。
 であれば案外いけそうな気もするぞ? 紫苑は内心でほくそ笑む。
 希望的観測アリアリで確実性もないが若い彼は気付かない。

「そうかも、しれませんね。反省を活かす環境としてAクラスならば――悪くないかもしれません」
「ああ。だがあまり気負うなよ? それに確実に入れると決まったわけでもないしな」
「(それならそれで問題無しだ)ええ、大丈夫です。何処でだって最善は尽くせますから」
「ふふ、良い子だなお前は」

 監督官の言葉に頬を緩める紫苑、彼はお世辞に弱いのだ。

「いえ、そんな……あ、そうだ」
「ん? どうかしたか」
「俺の右腕を見てください先生」
「タトゥーのことか? 別に校則でも禁止されちゃいないが……お前、パンクロックでも聴くのか?」
「俺が彫った刺青じゃありませんよ」

 紫苑は間違っても刺青を自ら入れようとは思わない。
 何せ刺青があるせいで保険が効かない可能性も出て来るのだから。

「実は黒田のところに辿り着いた時、蛇に辛うじて息があったんです。
今思うと浅慮極まりないですが……激情のままに槍を取り、トドメを刺しにかかったんです」
「確かに浅慮だな。黒田も含めて四人を屠った相手が死に体とは言え、
後衛のお前が武器を手に取って襲い掛かるなんてな。ま、分かってるならそれで良いが」

 それで? と目で続きを促す監督に頷き、紫苑はフェイクを混ぜ仔細を語り出す。

「割と呆気なく死んだは良いんですが、殺した後でこのタトゥーが浮かび上がったんです」

 喋る相手だった、蛇が生き残るためにくっついて来たとは言わない。
 少なくとも人語を介するモンスターなど聞いたことがないし、しかもそんな相手が自分と一蓮托生になったなど話せない。
 下手をすればモルモットなんてこともあり得るのだから。

「特に身体の不調などもないんですが、こう言う事例は他にもあるんでしょうか?」

 真実を話さない癖に情報だけを求めると言うのは欲張りだろう。
 しかし本人視点では止むを得ないことなのだ。

「ああ、あるぞ。倒したモンスターの力を手に入れたりなんて事例もな、少ないがある。
そう言った場合、そのモンスターを象った刻印などが浮かび上がるそうだ」

 それは世界最強と呼ばれる冒険者のことだ。
 タトゥーがそう言う事情の代物ならば尚更Aクラスに入れるべきだと監督官は確信した。
 ひょっとしたら想像以上に化けるかもしれない。

「そうですか……」

 監督官の言葉に安堵する紫苑。
 しかし、真実を述べていない以上安易に安心は出来ないだろう。
 それでも誰かの言葉で安心だと言ってもらうのは精神的にありがたい。

「(検査をしても喋るモンスターだったとか分からないだろうしな)」

 それにそもそも新入生に殺されかけたモンスターだ。
 そこまで凄い奴ではないのかもしれない、そう考えると紫苑の気分は更に楽になった。

『害は無いって言ったじゃねえか』
「(人外の言葉を鵜呑みにするほど俺ぁめでたい思考をしてないんだよ)」

 そうでもないだろう、紫苑の頭は十分におめでたい。

「よし、着いたな。転送を行うが準備は良いか?」
「はい」

 了解の返事を口にすると同時に例の感覚が紫苑を襲う。

「今戻った。春風を除く四名は死亡、遺体が残っていたのは黒田だけ。他三名は喰われたらしい。
彼らの親御さんへの対応は任せたぞ。それと春風、あっちの先生に黒田の遺体を」

 転移装置がある部屋に戻ると監督官は待機していた教員にすぐさま報告をする。
 人死にが出ることも珍しくない職業ゆえにその様子は実に手馴れていた。

「転移事故についてもしっかり調査しておくよう。原因が分かるまでは該当装置は停止。
下手に起動してあんな場所へ行ってしまえば被害は更に広がるからな」

 室内ではざわめきが起こっていた。
 それは主に先に試験を受け終えて帰って来ていた生徒らのものだ。
 彼らの瞳には好奇の色が浮かんでいる。
 死人が出たこともそうだが、たった一人で生きて帰って来た紫苑が気になるのだ。

「木崎先生、他の者らの組み分けは?」

 Bグループの担当教諭は監督官に問われ、淀みなく答えを返す。

「総て終了しています。一応残してはいましたがすぐにでも該当クラスへ行かせられますよ」
「結構。では終わっていないのは春風だけか?」
「ええ、しかしこの場合は再試験でしょうか?」
「いや、おあつらえ向きに他グループの教員達も来てくれているからな」
「と言いますと?」

 他の生徒など目に入っていないかのようにすらすらと言葉を紡いでゆく二人、
この場に残っている生徒らは皆、ポカーンと大口を開けていた。

「向こうで合流した時に春風から色々話を聞けた、帰路に着いた後もな」
「ほう、測れましたか?」
「私なりに、な。だから多少私見は混ざるが先生方にも聞いて欲しい」
「成るほど。先生の話を参考にしてクラスを決めるわけですか」
「ああ。幸いなことに春風、彼は後衛職だからな。色々融通も利き易い」

 紫苑は黙って先生方の言葉に耳を傾ける。

「(どうなるか……どっちでも良いけど、やっぱりAはなぁ……)」
『とことん根性のない野郎だなお前。いや、俺様マジで好きになって来たぞお前のこと』
「(大抵こう言う場合は同族嫌悪沸くと思うんだがな。何お前、ナルシスト?)」

 ナルシストの蛇とは何だろう?
 鏡見て今日も俺様イケメンだ……とか言うのだろうか?
 蛇の美醜なんてワケ分かんねーよ。

「と言うわけだ。後衛に必要な適正は兼ね備えているが如何に?」
「そうだねえ。押しの強さが足りないような気もするけど、初めて組んだ人間だものね」
「学生レベルでなら問題はないでしょう。それにそこらもこれから伸ばせば良いだけですし」
「それより俺ぁ仲間のためにガチで泣けるってとこが気に入ったぜ」
「後悔を糧に更なる飛翔を――悪くないと思いますぜ。とりあえず一年のうちはAクラスでも」
「気になることもありますしね」

 教師達の会話は筒抜けだ。
 これは他の生徒のやる気を掻き立てる意図があった。
 加えて、話を聞いたことで紫苑自身の人柄に対する評価も上がっている。
 彼は空気が変わっていくのを察知し、内心でガッツポーズ。

「(ヤバイ、流石俺。凄いぞ俺!)」
『でもよぉ、評価上がりまくって足抜け出来なくなっても良いのか?』
「(あ……そ、そうだ。いやでも大丈夫。足抜けのシナリオもバッチリあるから!)」

 希望的観測に基づくシナリオなどただの楽観でしかない。
 そこら辺に頭が回らないのは若さゆえだろう。

「ならば春風はAで決まりだな」
「おめでとう春風くん。君はBグループで唯一のAクラス入りだよ。
さ、これで全員の振り分けは終わったし皆それぞれのクラスに向かってくれ」

 Bグループ担当教員が手を叩くと生徒らは慌てて動き出す。

「(決まったものはしゃあない……とりあえずここらでもう一つ評価上げとくか)あの、先生」
「ん、何かな?」
「黒田や他の皆の葬儀が決まったら教えてくれませんか?
一時とは言え仲間だったわけですし、何より生き残った者の責任として……」

 葬儀に出て、遺族に説明せねばならない。そう言って紫苑は目を伏せた。

「ふむ、本当に責任感が強いね。分かった、ちゃんと伝えるよ」

 優しい笑顔を浮かべて教員は紫苑の頭を撫でた。

「ありがとうございます」

 万が一遺族に責められても自分の人生に関わりのない人間の罵詈雑言など紫苑には欠片も響かないし当人もそこは自覚している。
 あくまで教師への媚売りのための発言なので目的は既に達成されたと言えるだろう。

『そういや、よぉ。俺様を瀕死にしやがったあの小娘』

 Aクラスへ向かう道中、蛇が思い出したように語り始めた。

「(黒田か?)」
『ああ、あの小娘の持ってた槍を貰うこととか出来ねえのか?』
「(何言ってんだ? そもそも俺は後衛で武器はコレだよコレ)」

 腰に括り付けてある本を叩いて見せ付ける。
 紫苑が使う武器は本だ。無論ただの本ではなく魔法の発動を補助する媒介である。

『それよかあの槍のが良い媒介になると思うがねえ』
「(そうなのか? だとしても貰えるわけないだろ)」

 懐に隠せる首飾りはともかく槍は流石に無理だろう、勝手に盗めない。

『いやよぉ、亡き仲間の遺志を継いでこれからも生きていきたいからとか言えば良いんじゃねえか?』
「(お前も案外狡いこと考えるな。いやだが、悪くはないかもしれない)」

 あの槍が媒介としても単純に役立つと言うし、加えて美談を匂わせ周囲の人間の評価も買うことが出来るのだから。

「(葬式ん時にでも遺族に掛け合ってみるか)」

 断られて当然、承諾されてラッキー程度の気持ちで臨めば良いだろう。

「(ところでさ、蛇よ。お前に名前は無いのか?)」
『俺様の名前? そう言う概念は知っちゃいるが馴染みの無いもんだからなぁ』
「(なら俺がつけてやろう。これから付き合ってくんだし無いと不便だろ?)」
『ほう、どんな名をつけてくれってんだよ」
「(産廃、あるいはカスでどうだろうか?)」
『何お前、喧嘩売ってんの?』

 心なしか右腕のタトゥーに青筋が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか?

「(やかましい! 存在そのものが厄ネタのお前なんぞにはカスで上等だ!)」
『ホント、マジでムカつく野郎だなテメェ!!』

 爬虫類と漫才を繰り広げる人類、ちょっと未来に生き過ぎていてついていけない。

「フン……っと、着いたな」

 Aクラスの教室前に辿り着いた紫苑は、扉に手をかけ深く息を吸い込む。
 中で待っているのは己と違って正真正銘の実力者達だと分かっているからだ。

「よし」

 静かに扉を開けると、教室内には紫苑を除く全員が集まっていた。
 Bグループの組み分けが最後だったので仕方の無いことだが、どうにも居心地が悪い。

「(待たされて怒ってたりしないかなぁ……いや、この俺を待てたんだからむしろ光栄か)」

 ちなみに紫苑が同じ立場なら確実にイラついている。
 だって器が小さい男なのだもの。
 だと言うのに光栄だなんだと言うのだから何様なのかこの男は。

「む、来たかね。春風くん、事情は聞いている。大変だったようだな。さあ、席に着いてくれ」

 純白のスーツの上からでも分かる筋骨隆々の身体、短く刈り揃えられた御髪、
サングラスから透ける鋭い眼光、担任教師の風貌は紫苑を恐れさせるには十分なものだった。

「はい(何あれ、ヤのつく自由業の人?)」

 一つだけ開いている席、言うまでもなく紫苑の席だ。
 彼が着席するのを見て担任教師が重々しい口調で語りだす。

「薬師寺蔵王だ。これから一年間、諸君らを受け持つことになった。よろしく頼む」
「(やくしじざおう……ヤクザだ! ヤクザじゃんヤッパリ!)」

 あだ名はヤクザで決まりである。

「言うまでもなく、諸君らは選ばれた人間だ。
新入生の中で特に優秀と認められたからこそ、Aクラスに在籍する権利を得た。
だがどんな宝石も研磨せねば意味が無い。今の諸君らは原石だ。
石ころのままならば来年の今頃はBクラスに落ちているだろう」

 淡々とやる気を殺ぎに来たヤクザに紫苑は内心で舌打ちをする。
 が、他の生徒らは皆、決意に満ちた表情でヤクザの話を聞いていた。
 早速浮き彫りになったこの格差。
 紫苑がAクラスの面々に比べて足りないのは実力だけでなく品位も足りてないらしい。

「一年間、諸君らに給金を払う以上都落ちされては困る。
何せ無駄金を払ったと言うことになるのだからな。そうならないよう精進したまえ。
価値なしと断ぜられることを厭うのならば努々、私の言葉を忘れないことだ」

 実力はないし、危ないことは嫌い。
 だけども価値なしなどと馬鹿にされるのも嫌いと言う半端なくめんどい人間、それが春風紫苑である。
 ゆえに努力はするだろう、彼なりの形で。

「さて、私の話はこれで終わりだ。次は諸君らの話を聞かせてくれ、自己紹介を頼む」
「(趣味とか言えば良いのだろうか?)」

 ちなみに彼の趣味は小銭貯金である。
 子豚貯金箱も既に十八代目を数えている、それほど小銭を貯めるのが大好きなのだ。

「ルドルフ・フォン・ジンネマン。我が槍は神話に謳われる大神オーディン!
彼の槍をも超える――――と、言いたいが今はまだ未熟だ。
ゆえ、こうして袖触れ合った卿らと共に切磋琢磨したいと思う。いずれ新たな神話を築くために」

 金髪の美丈夫がいきなりそうブチかました。
 名前の順じゃないの? とか、何言ってんの君?
 新たな神話? ちょっと中学二年生は卒業した方が良いんじゃない?
 紫苑は鉄面皮の裏で大爆笑していた。

「(やべえ……高校生なのに中学二年生のそれと変わらねえよアイツ。皆も笑いを堪えて――――)」
『いないみたいだぜ』
「(へ?)」

 カスの言葉に紫苑が勢いよく顔を上げると――――皆真顔だった。
 真剣な表情でルドルフに拍手を送っている。

「(え、嘘? 俺が空気読めてない感じなのか?)」

 そんな紫苑の疑問を他所に自己紹介は続いていく。

「醍醐栞と申します。孔が開いてから五百年余りが経つでしょうか。
黎明期のように民草に大きな被害は出ないようになりました。
護国の大儀を担う方々も増え民草をお護りするための人足は十分と言えます。
であれば私は発展のために尽力しとう御座います。
孔から得られる多くの未知は、民草の暮らしに大きな潤いを与えてくれますからね。
私はこの国の更なる発展、その一助となれるような冒険者になりたいと思っています」

 これから一年どうぞよろしく御願いします、そう締め括って栞は美しい一礼を取った。
 所作一つ取っても庶民ショミーンとは一線を隔している。

「(何良い子ちゃんぶってんだよ気分悪い。と言うか……あの醍醐とか言うの……)」

 他人の後ろ暗い部分を嗅ぎ付けることにかけては犬畜生並。
 ゆえに紫苑は栞が抱えている何かに気付くことが出来た。

『俺様的にはお前のがよっぽど良いけどな。何あいつら、さぶいぼ立つんですけどー』
「(蛇だろうがお前)」

 紫苑にとってこの教室の中で一番心の距離が近いのはカスだ。
 しかし一番近しいのが人間でなくて蛇と言うのは如何なものだろうか?

「俺ぁ鬼瓦武蔵ってんだ。この血の渇きが消えるまで化け物どもを殺し続けるぜ。
つっても百や二百殺したところじゃ収まりもつかねえ。連中が絶滅するまで殺し続けるっきゃないのかね。ま、望むところだがな」

 やたらと物騒な挨拶に慄いているのはやはり紫苑だけ。
 しかし彼にとっては武蔵の血生臭い目標より気になることが一つ。

「(お……お……)」
『お?』
「(鬼武蔵だぁああああああああああああああああああああああ!!)」

 鬼瓦武蔵、略せば鬼武蔵。もう何て言うか一部の人間にとってはドン引きの名前だ。
 門番を意味なく殺したり、兵士に点数つけてシューティングゲームしたりと、DQN極まりない行動を取っていた戦国武将のあだ名なのだから。

「大前巴です」
「(何か語呂悪い)」
「女子は淑やかに、それは分かっています。
が、強さと淑やかさは両立出来るものではないでしょうか?
私は最強の女になりたいと思っています。そして何時か最強の男と結ばれたいとも」

 照れくさそうに笑う巴だが、紫苑からすればドン引きだ。
 最強の女って言う項目はどう考えても女子力に含まれていないのだから。

「(しかし、どうしよう……)」

 巴の後も、気宇壮大な目標だったり野望だったりが飛び出す自己紹介。
 こんな空気で僕の趣味は小銭貯金! などと言えるハートは紫苑に備わっていない。
 かと言って遠大な目標なんかもありはしない。

『意識の高い十代とか逆に鬱陶しいよな』
「(意識高いとかって表現何で知ってんだよカス)」

 そんな会話をしていると自己紹介はもうすぐそこまで迫っていた。
 紫苑は鉄面皮を崩してこそいないが、内心はもうあっぷあっぷ。

「(頑張れ、頑張れ俺! 何かフワっと良いこと言うんだ!!)」

 遂に紫苑に順番が巡って来た。
 うるさいくらいに鼓動する心臓を抑えながら立ち上がる。

「俺には皆ほど遠大な目標はない。そしてその力も無い」

 腰から下げていた魔道書を手に取る。

「――――彼は戦うことを好んだのだから、力は彼自身に宿るように」

 朗々と呪文を紡ぎあげる紫苑、ここで力を示すのは彼なりの演出だ。

「死することを望まなかったのだから、死は彼を遠ざかるように」

 彼が強化する対象、それは――――ヤクザだ。
 適切な評価を下してくれるであろう教員に強化の魔法をかけている。

「力を水のように腑へ、油のように骨髄へ染み通せ。纏いし力は汝が敵を屠る剣となる」

 呪文が完成し魔法が行使される。紫苑はそれを確認してヤクザに視線を向けた。

「端的に言ってこの精度では頑張ってCクラスがやっとだろう。春風の力はAクラスに適格ではない」

 A、B、C、D、E、五に組み分けが成されている。
 紫苑では真ん中に来るのがやっとだと言う。

「そう、そんな俺にどうして神を超える、人類の発展に尽くすと言えるだろうか?」

 パタンと魔道書を閉じて机に置いて一息。

「だが、そんな俺でも心がけていることはある。固く、固く結んだ靴紐。
生半なことでは解けないだろう。だが歩き続けていれば何時の間にか解ける」

 迂遠な言い回し、生徒らは未だ真意を測りかねているようだ。

「我武者羅に前だけを見て歩いていたら気付かないだろう。
それでも靴紐が解けたと言うことはそれだけの距離を歩いたって証明じゃないだろうか?
ゆっくりでも確かに進んでいるんだと誇っても良いことなのだと俺は思う」

 だがヤクザは得心がいったようで、興味深げに紫苑を見詰めている。

「解けた時に初めて自分が歩いた距離を知り小さな達成感が胸を満たす。
だからもう一度強く靴紐を結びなおして再び歩き出すことが出来るんだ。
俺はそうやって地道に、それでも確かに一歩一歩進んで時々喜びを噛み締めながら歩き続けたいと思っている」

 綺麗な綺麗な言葉、そこには本音など一切含有されていない。

「今日、俺は靴紐が解けた。そこに喜びはなく、あったのは無力感だけだった」

 仲間の死に伴う後悔、それもまた成長なのだろう――紫苑以外の人間には。

「もう、こんな思いをしなくて良いように……そう噛み締めて再び靴紐をキツク結び直した」

 言葉を連ねていく紫苑だが、その身振り手振りは大袈裟ではない。
 極自然なもので実に場に合っていた。本当に小賢しい演出である。

「たった今から俺は再び歩き出す、このAクラスで。だが生憎、俺は弱い。
時には先を歩く皆に手を引いてもらうこともあるかもしれない。その時はよろしく頼む」

 深々と頭を下げる。

「(どうだ? 何か良い感じのこと言えたと思うんだが……)」

 そのまま数秒静止し、ゆっくり頭を上げ始めた紫苑を襲ったのは――――

「ッ……!」

 万雷の拍手だった。
 音だと言うのに目が眩みそうになるほどのそれに紫苑が驚きを露にする。
 これまでの自己紹介で贈られた拍手の音とは桁が違う。

「卿の言葉、胸に響いたぞ。そして我が身の未熟を恥じよう。
遥か高みを目指す私が卿に劣っているとは言わん。だが……些か浮ついていた。
しかりと大地を踏み締めながら歩くことの意味を教えられたよ。紫苑、卿に感謝を」

 オーディンを超える(笑)とぶっ放したルドルフが紫苑に感謝の言葉を述べる。

「素敵な御言葉、胸に染み渡りました」

 桜色に染まった頬を綻ばせながら賞賛を贈る栞。

「あ、ありがとう。あー……俺の自己紹介は以上です」

 照れ臭そうな演技をしつつ、紫苑は自己紹介を終えて席に着く。
 欠片も信じていないことをこんな風に語れるのはある意味では才能と言えるかもしれない。
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