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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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春風紫苑 陸

「お前はカミサマにでもなったつもりか!? 人を夢の中に叩き込む? ざっけんな!
それで生きてるって言えるのか!? 幸せだって言えるのか!?
人の歩みを否定して家畜のように飼い慣らす……そんなもん、俺は認めねえ!!!!」

 かつてないほど声を荒げる紫苑に仲間達は僅かながらの冷静さを取り戻す。
 静かに、静かに絶望の泥が剥がれてゆく……。

「そうしなければ人類は滅ぶ」
「だから俺達は未来をこの手に掴むために戦っている!!
迷いながら、正しいのかって自問しながら、血反吐吐いてでも少しでも前に進もうとしているんだ!!」

 それを否定するお前のやり方なんて絶対に認められない。
 紫苑の瞳には揺ぎ無い意思の炎が燃えていた――まあ中身スッカスカだけど。
 実際のところ、紫苑としてはシオンのやり方に思うところは無い。
 それどころか良いとすら思っている。全人類を管理する――最高だ。

 常に高みから愚民を見下ろしその人生すらも己の手の中。
 釈迦の掌で踊らされる孫悟空が如き滑稽さ。それを愉しみながら高みで笑える。
 嗚呼、想像するだけでも愉しく愉しくてどうにかなってしまいそうだ。
 そりゃ億年以上も続けられるはずだよ――紫苑もシオンも心底腐っているとしか言いようが無い。

「そりゃ痛みや苦しみだってあるさ……でも、それを乗り越えて進むことが出来るから人は貴いんだ!
なあ……お前は、それを忘れたのか? 父さんや母さん、祖父さん……いいや、それだけじゃない。
他にも居たはずだ。掛け替えのない、必死に今を生きていた誰かが居たはずだろ?」

 涙声でシオンを説得にかかる紫苑――勿論、見せ掛けである。
 一戦を交えなければ意味がないことは分かっているのだ。
 これはあくまでポーズ。それ以上の意味は一切孕んでいない。

「何で……何で、そんなことが出来る!? 尊敬すべき先達を踏み躙るような真似が……どうして、出来るんだ……!」

 耐え切れなくなった涙腺から涙が零れ出す。
 今からでも遅くない、馬鹿な真似は止めてくれ、紫苑の嘆願にシオンは……。

「はぁ……(良い、良いぞ俺!)」

 溜息を吐きながら大絶賛だった。そう、紫苑の振る舞いはパーフェクトに近い。
 いいやパーフェクトだ! だって俺は完璧だから! シオンは今にも紫苑を抱き締めたかった。

「我がことながら嘆かわしい。綺麗な言葉を吐くことだけはいっちょ前だな。
甘さを捨てろ、そんなものじゃ誰一人として救えないんだ。それを分かるんだよ」

 諭すようなシオン、議論は平行線、決して交わることはない。

「甘さ、優しさ……それは否定されるべきものじゃないだろう。ああ……そうだ、お前は俺じゃない」

 大切なものを捨ててしまって頑迷になってしまったシオン。
 同じ顔、同じ声、同じ名前――それでも心が違うのならばそれはもう別人だと断じる。

「心の何処かで、お前は俺だから分かってくれると思ってたよ……でも、駄目なんだな」
『あっちの紫苑の考えは読めねえけど、すっげえ茶番臭がするんだよなぁ』

 実際茶番である。巻き込まれた世界が本当に可哀想だ。

「最善を目指す努力を捨てて、易きに流れたお前を俺は認めない」

 そう告げて紫苑は仲間達に向き直った。泣き笑いの表情で、それでも確固たる意思を秘めた瞳で。

「悔しいが、俺は無力だ。直接戦う力なんて微塵も無い。不老不死になっても使えるとしたら盾ぐらいだろう」

 されることはないだろうがもしも肉盾にされたらすんごい勢いでキレるだろアンタ。

「だから何時も通り、何時ものように皆に頼るしかない」

 俺の役に立て、そして最終的には死んでくれ――それが本音である。

「皆、情けない俺を助けて欲しい――――皆の力を俺に貸してくれ」

 その嘆願が、仲間達の心を覆い尽くしていた絶望の泥を完全に払い除けた。
 代わりに湧き上がるのは闘志の炎。
 ああそうだ、例え絶望的だろうが何だろうが知ったことか。

「フッ……言われるまでもない。紫苑、卿だけではない私もあ奴を赦せんと思っているのだ」
『ハハハ、やる気満々じゃないかルドルフ。まあ、私もだがね。折角出会えた愛しい人に魅せ付けてやろうじゃないか』
「あ、あの人の……話す、未来に、希望は無いです」
『その意気ですわよベアト。決して怯んではいけない』

 幸せになると約束したのだ、ならばあんな男に屈するわけにはいかないだろう。
 シオンの語る未来に幸せなんて一欠片たりとて見えないのだから。

「好きな人と同じ顔ってのは確かにやり難いけど僕が惚れたのは紫苑くんで、アイツじゃないもん」
『同じ顔で同じ声だからって絆されるほどビッチじゃないもんね、君はさ』

 早朝に話し合ったばかりじゃないか。紫苑を幸せにすると。
 あんな男が居れば、もしも自分達が負けてしまえば紫苑はどうなる? 間違いなく幸せにはなれないだろう。
 だったらもう答えは決まってる――戦うのだ、どれだけ強い相手でも。

「誓いは不滅」
『誓約履行』

 己が誓いを立てたのは自分の知る春風紫苑であり、何時か何処かの春風紫苑ではない。
 ゆえにシオンを倒すことに迷いなんて感じない。

「紫苑さんに似て非なるあなたに一つだけ教えてあげます。誰も救えない?
そんなことありませんよ。だって私達は生きているんですもの」
『その生きているこの子達が私達姉妹を救ってくれたんですよ』

 シオンの世界において自分達のどちらか、あるいは両方が死んでいる。
 しかしこの世界において自分達は生きている――それは救われていると言うことではないのか?

「私は紫苑ちゃんの優しさのおかげでもう一度立ち上がろうって、生きようって思えたのよ」
『我もまた同じだ。紫苑がおらねば我の憂いが消えることはなかっただろう』

 シオンが語る甘さじゃ誰も救えないと言う論法は間違っている。
 自分達こそがその証明なのだ。それは揺ぎ無い真実である。

「紫苑お兄さんは甘いわ、だってこんなどうしようもない私にまで手を伸ばしてくれたもの。
紫苑お兄さんが居なきゃ私はきっと酷く意味の無い生涯を終えていたでしょうね」
『アリスを救ってくれて感謝しているわ。だってアリスが居なければ私も救われなかったもの』

 もしかしたらシオンもかつては紫苑と同じだったのかもしれない。
 だが、今に至る過程で多くのものを切り捨ててそうなってしまったのだと考えると少しばかり悲しくなる。

「うちらはあんたを認めへん。あんたを認めることは今まで生きて来た自分への否定にも繋がることやから」

 今までの道のりが嘘じゃなかったと信じたい、信じている。
 だからこそシオンを否定しよう。自分の正しさを貫き通すために。

「そっちの私は負けたかもしれないが……生憎と、こっちの私は勝たせてもらう。負けるのは一度だけで十分だ」

 例え目の前に居るシオンがあの日戦った紫苑より強くても関係は無い。
 理屈ではない、最早理屈ではないのだ。そうと決めたからそう在るだけ。
 仲間達はそれぞれの啖呵を切って、あの日渡された小瓶を取り出し中身を一気に飲み干す。
 不老不死への葛藤は後回しだ。今はただ、この男を倒さねばならない。

「独り善がりなお前にはもう分からないかもしれないが、明日は明るい日だって信じる気持ちが大切なんだ。
(ん? 今コイツら何飲んだんだ? 赤かったけど……トマトジュースじゃねえよなぁ……ま、いっか!)」

 その楽観が何時だって禍を招いているのにどうして学習しないのか。

「お前を倒して俺達は先へ往くよ――――明るい未来にな」

 シオンの生きた時間に比べれば赤子以下の大見得を聞き届けた彼は、

「ハ」

 嘲るように、でもほんの少しだけ羨ましそうに笑った。

「どの道、俺以外は殺す気だったんだ。お前達のような頭抜けた力を持つ奴は邪魔だからな」
「(頑張って俺!)」

 腐れ縁を清算出来る最後のチャンスである。

「俺の血を飲んで、幾らか面倒にはなったようだが……それで勝てるとでも?」

 シオンを相手取る上でまず厄介なのはその幻術だ。
 拮抗した実力であれば脳に作用する幻術は防ぐことも出来るのだが彼とメンヘラーズプラスαの間にある差は大きい。
 これでは確実にやられてしまうだろう。
 完璧な幻術にかかっている間に高火力の一撃で完全に消されてしまえばそれだけでゲームオーバーである。

 そしてもう一つ厄介なのが世界を欺く方の幻術だ。
 彼我の実力差が開いていれば存在そのものを消すことも容易い。
 だがしかし、紫苑の血を飲んだことでそれら二つの問題に関してはクリア出来る。
 無論、紫苑の血を飲めば誰でも防げると言うわけではない。

 ある程度の地力が無ければ紫苑の血などトマトジュースにも劣る代物だ。
 二つの厄介な業を完全に防ぐことが出来るのは神魔と同化した者達だけである。
 そこそこの効果を齎す程度ならば純化に至った者ならば問題は無い。
 麻衣もそう。彼女の場合は紫苑の傍を離れないことで完璧に防ぐことが出来る。

 実質、紫苑の血の恩恵を受けられるのはこの場に居る面子と現世に居るアリスの被造物でもあるルークのみだ。
 それ以外の者では飲んだところでシオンどころか覚醒一歩手前の紫苑にも届かないだろう。
 カス蛇もそれを理解しているからこそ突入する可能性がある面子にのみ血を配ったのだ。
 後々、紫苑に大そうキレられるだろうがそこはスルーするつもりだ。

「――――格の違いってもんを教えてやるよクソガキ共」

 何年経ってもクソガキなコイツにだけは言われたくない台詞である。

「教えてみろやぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 真っ先に仕掛けたのは天魔だった。
 紫苑や麻衣を巻き込まぬようにと距離を離すため全力の体当たり。
 見えない壁に阻まれてはいるものの大地を削り飛ばしながらシオンの身体を遥か後方へと運ぶことに成功する。

「必勝の槍、受けてみろ!!!!」

 オーディンから奪ったグングニル、神槍は既にルドルフを主と認めていた。
 全力で投擲された必勝の槍グングニルがシオン目掛けて飛翔する。

「ほう、そりゃグングニルか……ん?」

 ふと、足下が凍り付いていることに気付く。

「か、確実に当たってもらい、ます!」

 出し惜しみは無し、全力全開の氷結魔法である。
 シオンは今、機動力を奪われた状態で必勝の槍に狙われている状態だ。
 客観的に見れば追い詰められていると言っても過言ではないだろう。
 が、

「だから?」

 億年の時を経て極まったシオンにとってはこんなものピンチでも何でもない。
 最後に死ぬかもと思ったのは自身の世界でカニと戦った時だけだ。
 シオンが軽く手を翳すと先ほどと同じように見えない壁に阻まれグングニルが防がれてしまう。
 それでも対象を貫かんと進もうとするグングニルだが見えない障壁には亀裂一つ刻めない。
 それどころか、

「な!?」

 グングニルは急にUターンとしてルドルフの手元に戻ってしまう。

「お前らは騙せずとも、そいつを騙すことは出来るんでな(何これグングニル? 爪楊枝の間違いじゃない?)」

 出鱈目もここに極まったと言えよう。
 あろうことか無機物であるグングニルに幻術を仕掛けてしまったのだから。
 グングニルは自身がシオンを貫いた幻覚を見たのだろう、そして役目を果たしたと誤認してしまった。

「よっと」

 椅子から立ち上がるような気軽な体で足下の氷から抜け出す。
 そもそもからしてこの程度、拘束にすらなっていなかったのだ。

「何て出鱈目……!」
「言ってる場合か……!」

 さしおりとカニが両サイドから攻撃を仕掛けるもするりと回避されてしまう。
 遊ばれている、そうとしか言いようが無い。
 何せシオンは未だ己が得物すら見せていないのだから。

「雲母!」
「ええ!」

 アイリーンと雲母の両手に雷が迸る。
 前者はスカアハの、後者は八雷神の力である。とりあえず当てねばどうにもならない。
 ゆえに最速の攻撃をと言うことで二人は雷を選んだのだが、

「届くか(こんなもん静電気レベルだわ!)」

 二人が放った雷に対してそれを飲み込む極大の雷で返杯されてしまう。
 世界改変の力なのだろうがチートが極まり過ぎだ、もう何でもありじゃないかこの男。

「それは囮よ!!」

 これまでの攻撃は総て布石だった。アリスが最大の力を以って連鎖爆破を行うための。

「お?」

 ドーム上の壁に覆われたかと思えば絶え間ない爆撃が始まる。
 かつて高天原でカニに繰り出したものよりも何倍も精度を高めているので威力も段違いだ。

「死ね死ね死ね死ね死ね死になさぁああああああああああああああああああい!!!!」

 総ての力を使い切ってしまっても良い、それほどに力を込めたアリスの攻撃だ。
 が、これもまた布石だったりする。彼らは決して忘れてはいない。
 覚醒一歩手前の紫苑でも出来たことが完全覚醒し莫大な年月を経たシオンに出来ないわけがないのだ。

「ハハハ、こりゃ盛大な花火だ」

 気の抜けた声が響いたのはアリスの背後からだった。

「危ないアリス!!!!」
「ッ!」

 アリスの上半身が薙がれ、消し飛ばされる。
 別に喰らっても問題は無かったのだがシオンは転移による脱出を選んだのだ――服が汚れるから。

「さて、次はど――――」

 力なく倒れ伏す下半身に背を向けた瞬間、

「あったりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 シオンの側頭部に決して軽くはない衝撃が奔った。
 よろめいた敵を見逃す間抜けはこの場に居ない。
 即座にそれぞれが全力で一撃を当てての離脱を喰らわせた。
 有効打と言えるほどではないがまったく通じなかったわけでもない。それなりの手応えはあった。

「強過ぎて足下がお留守なんじゃないの?」

 そうシオンを挑発するのは死んだはずのアリスだった。
 まやかし? いいや、彼女は確かに一度死んだ、一度死んで――蘇っただけだ。
 純化状態の麻衣はどれだけ離れていようとも命が消える瞬間を把握することが出来る。
 ゆえに復活させることが出来て、アリスは攻撃を喰らわせることが出来た。

「強過ぎるがゆえに連携と言うものを知らない、或いは忘れてしまったあなたでしょうが私達も捨てたものじゃないでしょう?」

 示し合わせたわけではない、そもそもそんな時間は無かった。
 これはそれぞれが空気を読みながら即席で連携を取った結果である。
 いがみ合うメンヘラーズでさえ非常時には完全に呼吸を合わせることが出来るのだ。

「天魔お姉さん、中々迫真の演技だったわよ? 危ないアリス! って」

 ド派手な全力攻撃を以って印象付けを行い布石の最終段階でシオンに狙いを定めさせる。
 アリスが攻撃したのだから彼女に殺意が向く可能性は高かった。
 その上で一度完全に殺させる、殺させた上で麻衣の回復を待ち不意打ちをかます。
 その際に生き返ることを悟られてはいけない。ゆえに天魔は危ないアリス! などと叫んだのだ。

「ま、僕だって女だもん。嘘の一つくらいはつけるさ」

 連続ヒット&アウェイを受けて吹き飛ばされたシオンはとうに体勢を立て直していた。
 それでも微動だにしない。それに不安を感じているがゆえに軽口を叩いて見せるが虚しいだけだ。

「……桝谷か(俺のご尊顔と芸術的なボディにようも薄汚い攻撃をしてくれたなクソ共が)」

 ポツリと呟き左手を麻衣が居る方向へ向けて突き出した。
 すると何も無い空間から巨大な龍が出現し麻衣へ向けて雄叫びを上げながら突貫するが、

「――――読んでいましたよ」

 龍は麻衣が居る場所へ辿り着くよりも前、半ばほどで微塵切りにされてしまう。
 そう、さしおりが事前に糸の結界を張り巡らせていたのだ。
 タイミング的には自身のヒット&アウェイが決まって直ぐだ。
 シオンならば誰がアリスを回復させたのかを確実に読み切ると信じていたから。
 もしもビームのようなものであっても当然、問題は無い。糸の結界にはそんな攻撃を防ぐ術式も刻んであったのだ。

「ふむ……成るほどな」

 コキコキと首を鳴らし、うんうんと頷く。
 シオンが最後に戦闘らしい戦闘をしたのはもう随分と前だ。
 歪みから脱却した名も無き青年を殺した――のは戦闘には数えない。あんなものは塵掃除程度の些事でしかない。
 最後に槍を抜きはしたが大物感を出すために使っただけなのでやはり塵掃除は塵掃除だ。
 戦いの神に立会いを挑まれた時もそう。その時点で既に尋常ならざる領域に達していたので楽勝だった。

「葛西二葉、アレクサンダー・クセキナス以来だな(いやー、強過ぎてすまん!)」

 久方ぶりにエンジンが入った、ようやく意識が戦闘と言うものに向き始めた。
 その変化は戦っている者達にも感じ取れるもので、

『いよいよ本腰か。僕よりもよっぽど魔王らしいね、彼ってば』

 もしも天魔と同化していない状態であっても一人ではアレに勝てない。
 天に弓を引いた明けの明星ルシファーですらも素直にそう認めてしまうほどの強者、絶対存在。
 魔王と言う表現を使ってしまいたくなるのもしょうがないだろう。

「RPGであんなん出たら苦情殺到だよ。クソゲーの烙印は免れないね」

 レベルがカンストしていなければワンターン先制キルで終わらせられる。
 そんなラスボスが居たならば苦情待ったなし、メーカー側は即座にパッチを出さねばなるまい。

「納得」

 紫苑の誕生日の際にカス蛇が最強と評した存在は正にその通りだ。
 陳腐かもしれないが最強と言う表現しか見つからない。
 確かにこの男ならば総ての幻想とも渡り合えるだろう――こんな時でもアイリーンの言葉は少なかった。

「侮っていたらしい。俺もここからは真面目にやらせてもらおう」

 言うやその左手にシオンの得物である聖槍ロンギヌスが召喚される。
 紫苑が使うそれとデザインはまったく同じなのだが纏う光があまりにも異質。
 絆で紡がれた紫苑の黄金は眩く、未来や希望と言うものを想起させるのに対してシオンのそれは正反対。
 総てを焼き尽くす無慈悲な黄金、ただただ恐ろしい。

「一つ、お前達に聞きたいことがある」
「スリーサイズでも聞きたいのか? 生憎と惚れた男以外にゃ教える気は無いんでね」
「この中に、誰か一人でも月に行ったことがある奴は居るか?」

 カニの戯言をスルーして投げられた問いはあまりにも意味不明なものだった。
 今の時代、月面にも金さえ積めば行けないことはないが行ったことのある者は極少数だ。
 さしおりやルドルフ、ベアトリクスなど金持ちは行けるかもしれないがその彼らにしたって月面旅行には興味が無いので行ったことはない。

「そうか、無いか――――なら、喜んでくれるかな?」

 聖槍が強く光を放った瞬間、エデンが一気に暗くなった。
 一体何ごとかと空を見れば遥か上空にあまりにも巨大な質量を誇るナニカがあった。
 一瞬、誰もが困惑し、直ぐにその正体に思い至る――――あれは月だ。

「ルドルフ、ベアトリクス! 急げ!!」

 カニが叫ぶのと同時に二人は紫苑と麻衣が居る場所へと駆け出していた。
 不老不死である紫苑が死ぬことはないだろうが麻衣に関しては流石に危ない。
 ルドルフとベアトリクスは二人の下に辿り着くと同時に二人を抱え上げて空へ空へと飛び続ける。

「ロンドンで砕いたのとは段違いだぞ!? 少しでも削る、着いて来い!!」

 護衛に回った二人を除いた面子は即座に飛び立ち月へ攻撃を仕掛ける。
 が、直径三万四千キロメートル表面積三千八百万平方キロメートルの巨大に天体に比べて彼らはあまりにも小さい。
 全霊の攻撃を何度繰り返したところで激突までに月を消せるわけがない。

「アリス、君の力でどうにかならないのか!?」
「今やってるわよ!!」

 月と言う巨大な物体を原材料にして大量の人形を製造してはいるがとても追い付かない。

「こ、こんなものをどうしろと……!」

 大量の糸を用いて薄皮を剥ぐように月を削り取っていくがまるで減った気がしない。
 剥がれて落下した月の欠片がエデンを傷付けていくが本体が落下するのに比べれば大分大分マシだ。

「間に、合わない……!」

 これ以上は無理だ、そう判断した四人も月の表面を滑るように飛翔して月の上へと逃れ出る。
 そして遂にはエデンへ激突――凄まじい衝撃がエデンを蹂躙し、上空に逃れた者達にも襲い掛かった。
 紫苑と麻衣を護るために張り巡らせた積層防壁も気休め程度にしかならない。
 麻衣は自身と、防御をするよりも彼女に回復を繰り返させた方が効率が良いと死に続けている皆を回復させ続ける。
 どれほどの時間、衝撃に陵辱され続けただろうか? 総てが終わる頃には皆、満身創痍だった。

「はぁ……はぁ……ま、まだまだ回復させられるけど……な、何回もこないな攻撃されたら……」

 即座に傷付いた仲間達を全快させるが何度も何度も月を落とされたら魔力も底を尽きてしまう。
 純化によって魔力の消費もかなり少なくなったのだが今の月落としだけでもかなりの回数回復魔法を行使した。

「はははは、寸分違わず月を再現したんだがどうだった?」

 破壊され尽したエデンの大地に佇むシオンにはまったくの無傷だった。

「……私、これから先、月が嫌いになりそうだわ」
「雲母お姉さん、私はもう嫌いになったわ」
「絶対……絶対、月面旅行になんて行きません。地球万歳!!」

 絶望とかそう言うものを通り越して最早呆れるしかない。
 月を創造して落下させるなんて一体何の冗談だ?
 そんなことを言う奴が居れば平時であれば間違いなく精神病院への入院を勧めるべきだ。

「(なあカッス……)頭、おかしいんじゃないか?」
『(ん?)こうまでぶっ飛んでると笑うしかないやね』

 シオンの強さはもう出鱈目過ぎてギャグの領域に突っ込んでいると言っても過言ではないだろう。
 まあ、当事者からすれば決して笑えはしないだろうが。

「(俺って――――すげくね?)」
『(え、今の見て感想それですか!? あんた何回か死にましたよね!?)』
「(いや、俺不老不死だから消し飛ばされても復活するしぃ?)」

 表面的なポーズとして紫苑は麻衣を護るように抱き締めていた。
 そのおかげで彼女自身は何度か死に掛けたものの死ぬ寸前で自身のリカバリーが出来ていた。
 とは言え、盾になった紫苑の方は何度も何度も身体を半分ぐらい物理的に削られていたりする。
 そしてその度に不老不死となった恩恵を受けて肉体を再生。

 もしもこれが他人のやったことならば烈火の如き勢いでキレていただろう。
 しかし紫苑の認識においてシオンは自分なのだ。そしてシオンの方も紫苑を自分であると認識している。
 ゆえに自分には反吐が出そうなほどに甘い紫苑がキレることはなかった。
 それどころか月落としなんて真似をする自分を誇ってすらいる。

 どうだ見晒せ猿より若干マシな下等人種よ、これが春風紫苑である――と。
 頭がおかしいとかそう言うレベルじゃない気もするがそれが春風紫苑なのだ。
 自己への愛がカンストしても止まらずバグの領域にまで突っ込んでいる。
 そのおかしさと来たら幻想であるカッスもドン引くほどだ。

「(つか、マジヤバクね? パネェっしょこれフゥー!
だって俺ってば今も常時、世界の壁を超えてあっちの日本に幻術かけ続けてるわけっしょ?
だってのにこれだよ? おいおい、ごめんね? 何かもう俺ってばそこらの劣等とは出来が違うって言うかぁ?)」

 何かすんごい頭の悪そうな若者口調が癪に障ってしょうがない。

『やだ、本気でムカツクわこの人……でも好き』
「(気持ち悪ッ!)」

 さて、紫苑とカッスがこんな気の抜けたことを話している間にも戦いは続いている。
 ルドルフとベアトリクスはそれぞれ紫苑と麻衣を抱えて離れた場所にまで退避させているのでまだ一緒だが。

「……ここら辺で良いだろう。まあ、先ほどのような攻撃が来れば別だが。
紫苑、麻衣、私とベアトは戦線に復帰する。二人はここで信じて待っていてくれ」
「ま、麻衣、さん……また、御世話になると思います」
「うん。それがうちの役目や。任せて」

 純化に目覚めた当初こそカニに対しては発動しなかったが今は違う。
 日々を共に過ごすうちに大事な存在となっていった。
 何時だったかわざと指を切らせてそれを回復した後で純化で試してみたところ見事に発動したのだ。
 そしてそれはベアトも同じ。自身の大切な範疇に居るルドルフの大切な人ならば――と思い試してみたら成功。
 ダブル紫苑が使うチート幻術には及ばないものの、麻衣も十分チートと言えよう。
 自身の認識が定まっていれば純化による恩恵を与えられる相手が拡大するのだから。

「行くぞ、ベアト!」
「はい!」

 二人が戦線に復帰すると、雲母を主軸に攻めている真っ最中だった。
 その速度は仲間達の中でも随一で、サポート次第では幾らでも切り込めるのだ。

「クッ……見えていない、のよねえ?」

 三次元機動を行い縦横無尽に斬り掛かる雲母、しかし未だに薄皮一枚傷つけることが出来ない。
 間違いなくシオンの知覚からは外れているはずなのにどうして当たらない?

「! 違う、そいつ見えてるわ雲母お姉さん!」
「え」

 明らかに目で追えていない、だと言うのに見えている?
 いやだが、見えていなければ防げはしない攻撃を幾度も繰り出した。
 だがどうやって見ている? 心の眼、或いは勘? いや、勘ならば見えていると言う表現はおかしい。

「完全なる管理者ってことは、日本のどんな細かな場所でも知覚範囲に入れているはず」

 自分達には見えていないが、シオンはあちこちに目を配置していると言うことだ。
 その目のどれかが雲母を捉えることが出来れば攻撃に対処することも可能と言うことだろう。

「多分、聖槍を召喚した辺りで目をばら撒いたんだと思うわ」
「見た目は小学生だってのに、中々頭が回るようじゃないか」

 それは遠回しな肯定だった。

「どれ、そうだな……正解した御褒美に、次は雨を降らせよう」

 纏わり付く雲母を振り払うように聖槍を一閃、同時に再び上空に脅威が出現する。
 雨の形容に相応しい数の核爆弾だ。
 一発二発ならば問題は無いが、あれだけの数が炸裂すればどれほどの熱量に達するのか。
 しかし、

「油断大敵」
「ふ、防ぎます!」
「ロキ!」
「あまり私達を舐めないでください」

 アイリーン、ベアトリクス、ルドルフが放った氷の魔術が八割の核を完全凍結させる。
 これならば落ちたところで何の問題も無い。
 そして残る二割はさしおりが糸で完全密封、爆発してもその衝撃が外に漏れることはないだろう。

「ほう、対処するか」

 核の雨に代わって氷塊の雨が降り注ぐ。
 さしおりが密封した核は爆発したもののその爆発は総て内側で圧し止められた。

「言ったでしょう? あまり舐めるな、と」

 氷塊が大地を叩くのと同時に全員が全員、空高く舞い上がっていた。
 そして、

「吹き飛びなさい」

 氷結魔法をかけた三人が凍結を解除するの同時に雲母が雷を降らせた。
 雷が核にぶつかれば当然――――爆ぜる。
 爆ぜる瞬間にアリスが巨大なドームを形成することで熱波と放射能は総て内側に閉じ込められた。
 今のタイミングならば転移も不可能だろう。
 ちなみに紫苑と麻衣は四人が核を防いでいる辺りでアリスが造った即席のドラゴンの背によって上空へ逃がしているので無事だ。

「(や、野郎……俺に何てことを! 頑張れ俺! 負けるな俺ェ!)」
『紫苑さん、応援する相手間違ってます!』

 この男はいっそ核の炎に焼かれていた方が良かったのかもしれない、どうせ死なないんだし。
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