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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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春風紫苑 肆

 午前十一時十分、そろそろ拠点を出ねばならない。
 今日は迎えの車もなくそのまま現地へ向かうのだが拠点を出る寸前、

「実はな、少し前にクリスマスケーキを手配したんだ」

 紫苑がそんなことを言い出した。

「とても一人じゃ食べ切れない、二人でも三人でも……此処に居る全員でなきゃ食べ切れないような大きさだ」

 その言葉に仲間達は一瞬キョトンとするが、すぐに優しい笑顔に変わった。
 本当にこの男は人の心を煽るのが上手い。或いは髭の伍長よりも。

「――――全員で帰って来るぞ。生きろ、俺はそれだけを皆に望む」

 キリリ! とした表情で言ってのけるが爆笑ものだ。
 クリスマスケーキを手配したのは本当だが、それは自分のお祝い用である。

「――――応!!!!」

 それを知らぬ仲間達は腹の底から気炎を吐いた。
 そうして人類の命運を背負った少年少女達は空に舞い上がる。自前で飛べない紫苑と麻衣に関しては晴明の飛行符によるものだ。
 彼らはそのまま無言で飛び続け太平洋上へと飛び出す。
 事前に決めていたポイントに辿り着くと、紫苑を中心に円を描き力を持つ者達は静かに精神の集中を始める。

「デカブツルーク、あなたの役目は分かっているわね?」

 瞳を閉じ、境界を破壊するための力を溜めながらアリスが静かに確認を取る。

「ああ」

 ルークの役目は人形達の統制だ。
 中国大陸でゲットした死体、それからもちょこちょこ幻想の領域に侵入しては殺して死体を奪ってを繰り返し人形を作り続けていた。
 それは総て今日のため。人形には敵を倒せと言う命令をインプットしてあるが柔軟性は無い。
 ゆえにルークだ。魂を持ち成長までしてのけるアリス・ミラーの最高傑作。

 アリスはルークに人形の統制権を与えていた。
 世界中に配した"目"で戦況を窺いヤバそうな場所があればそこに人形を送り込む。
 そして自身もまた敵の排除に努める、それがルークに課された役割だ。
 彼は神魔と同化していないのでエデンへ突入するには力不足、だが現世で戦う力をとしては重要である。

「……敵を殺して生き残りなさい、紫苑お兄さんが悲しむもの」
「ああ――――アリス、お前の武運を祈っているよ」

 今を以ってしてもアリスを想う気持ちが兄としてのものなのか彼女に作られた人形ゆえなのかは分からない。
 それでもアリスを案じる気持ちは本物で、彼女にもそれは分かっている。

「言われるまでもないわ」

 気休めの言葉、それでも言霊と言うものがあるのならば気休めでも何でも口にしておくべきだ。

「晴明」

 天魔の呼びかけに応えて晴明が姿を現す。
 彼女は元々高位の幻想と人のハーフなのでエデンへの戦力としては申し分無い。
 しかし、晴明に任されているのは現世での戦いだ。

「うむ、安心せい。そなたらの留守はわらわ達がしかと守ろう」

 天魔達が帰って来た時には既に消え去っているかもしれない。
 ゆえに、これが最後のお別れとも言える。

「ああ、頼むよ。君には、随分と世話になった。僕が純化に至ったのも君との一件でだしね」

 そこから晴明は過剰労働じゃね? ってくらいに働いてくれた。
 今日に至るまでにも人類が戦えるようにと尽力してくれた――感謝の言葉しかない。

「そんな君に何も返してやれないのは申し訳ないけど……」
「フフフ、礼なぞと……気にするでない」

 次の瞬間、

「――――もう既に貰っておるしな」

 場の空気が一気に零下に突入した。
 女の情に濡れた瞳で紫苑を見つめる晴明からはこの上ない幸せオーラが漂っていて……。

「き、きききき君! し、紫苑くんに手ぇ出したな!?」

 取り乱すメンヘラーズ、しかし逆に集中力が高まるのだから不思議なものだ。

「同意の上だしー、とやかく言われる謂れは無いのう。そなたらみたいに押し倒したわけでもないし」
「え、じゃあ紫苑さんが積極的に!? そんな……何て羨ましい!」

 コロコロと喉を鳴らし勝ち誇る晴明。確かに晴明の願いを承諾し、紫苑は彼女を押し倒した。
 が、それが酔ってムラムラしていたので性処理のためだったとは予想も出来ないだろう。

「ほっほっほ……まあ良いではないか。そなたらには未来があるのだから」

 勝利を掴んで生き残る可能性をメンヘラーズは有している。
 が、晴明に関しては勝っても未来は無い。多くの幻想と共に押し流されてしまうだけだ。

「そなたらはまだ子供だ、くだらぬ煩いごとが終わったら今度こそ子供らしく生きよ」

 紫苑に余命を告知した時に抱いた母性は、彼と一夜を過ごすことで花を咲かせた。
 生前に咲かせていたならば子供達とも何かあったのかもしれないが――人生そう上手くはいかない。
 だがそのままならなさこそが人と言うものなのだろう。

「そして――――幸せにおなり」

 雲母を除けばまだ二十も数えていない十六、七の子供達ばかりだ。
 偶々、才に恵まれ力を受け容れる土壌があったからこそ矢面に立って居るが本来は大人が担うべき責務。
 決死の戦いなんてもの、子供には似合わない。だからこそこれを最後にして欲しい。
 晴明の言葉には齢を重ねたからこそ生じる重みがあった。
 だからこそ、茶化すこともなく子供達は静かに頷いた。

「ううむ、何か似合わぬことを言ってしもうたな」

 照れ臭かったのだろう、ほんのり頬を染めて子供達から視線を逸らしている。
 そして子供達はそれをおかしそうに眺めている――良い空気だ。
 良い意味で決戦が間近に迫っているとは思えないような空気だが、これで良いのだろう。

「……そろそろだ。紫苑、先ずは大魔方陣を起動させな」
「ああ」

 聖槍の穂先を海上に向けた瞬間、世界規模で刻まれた大魔方陣が浮かび上がる。
 晴明らが大魔方陣の起動に設定した鍵は二つ。一つは聖槍ロンギヌス。そしてもう一つは、

「(チッ……何で俺が……)」

 強く強く拳を握り締める、それこそ爪が食い込むほどに。
 裂かれた皮膚から血が噴き出し拳の隙間から静かに滴り大魔方陣に付着した。
 第二の鍵である紫苑の血が注がれたことで遂に総てのロックは外れ陣が発動。
 無尽蔵とも言える星のエネルギーを源に鳴動する大魔方陣は総ての人類にその恩恵を与え続けている。
 これはかつて中国での戦の折、天空に浮かんだ太極図と同じで起動してしまえば破壊することは不可。
 総てが決するまで決して消えることはないだろう。

「こっちは終わりだ。皆、後は頼むぞ」

 紫苑の言葉に応えるように全員の瞳が開かれる。
 爛々と輝く瞳、身体に纏わりつく光はその個人を象徴したもので酷く鮮やかだ。

「……極限まで力を収束するって言うのは、大雑把な僕には結構キツイな」
『だから僕がしっかりサポートしてあげる。気を抜いちゃ駄目だよ天魔』

 ただただ徒に力を放出したところで境界は破壊出来ない。
 極限まで力を細く細く強く強く研ぎ澄まし、それを一点に集めねばならないのだ。
 そう言う力の扱い方が不得手な天魔は額に汗を浮かべている。
 この中でそう言うことを得手としているのは繊細なさしおり、アリス、カニぐらいだ。
 残るアイリーン、雲母、ベアトリクス、ルドルフなどは天魔と同じようにそれぞれのパートナーの力を借りている。

「このくらい?」
『うん』

 研ぎ澄ます段階はこれで終わり。後はこの力を一所に集めるだけだ。
 それぞれの身体から放たれる光の奔流がゆっくり、ゆっくりと中心に居る紫苑の聖槍へと集い始めるく。
 虹の七色よりも多い色彩が聖槍の下で絡み合い大きな力へと変じてゆく。
 紫苑は静かに穂先を空に向け、

「――――開戦の号砲だ!!」

 集った力の奔流を放った。
 聖槍から伸びた光の柱が天を穿ち半径数キロにも及ぶ孔を形成する。
 正午十二時ジャスト――――現世と幻想の境界は完全に破壊された。
 今はまだ此処からしか出ては来れないだろうが一時間もすればこの孔は地球全土に広がるだろう。

『来るぜ来るぜ来るぜ――――来たァ!!!!』

 元旦の時と同じように、しかしその質は段違いの敵勢が孔より出ずる。
 それらの敵は紫苑達を無視して世界へと散らばって行った。
 紫苑らの排除は上位の者に任せると言う意思表示だろう。

「……オーディン」

 第一陣が去った後、カニにとっては覚えのある気配が孔の向こうから近付いて来た。
 自ら先頭に立ち、雲霞の如き軍勢を率いて攻め来たるは戦の神。

「紫苑、卿らは構わず突っ込め。そして一刻も早くエデンに往くのだ。此処は私とベアトで対処する」

 ルドルフの判断は早かった。別にかつての憧れから来る感傷と言うわけではない。
 現実問題としてオーディンクラスの相手ならばこの中に居る誰かが相手をせねばならないのだ。
 エデンと現世、自分がどちらでより強く力を発揮出来るかと言えば人の魂が散華するこの現世だ。
 散華する魂による強化や回復を行える自分は――嫌な打算ではあるが一番消耗を抑えられる。
 消耗を極力抑えて後からエデンに行ける存在はルドルフ以外には居ない。ゆえに彼はオーディンの相手を買って出たのだ。

「……分かった、行くぞ皆(精々役に立ってから死ねよ)」

 視認可能な距離に近付いた時点でルドルフは他には目もくれずに真っ先に飛び出しオーディンに襲い掛かる。
 その脇を紫苑と仲間達が抜けて行き、目の前の雑魚を蹴散らしながら孔の中へと飛び込んでゆく。
 エデンに続く道は決して容易ではないだろうが仲間達ならば突破出来るはずだ。
 深い信頼があるからこそルドルフは目の前の敵にだけ集中することが出来る。

「お前達の尺度では久しぶり、と言うことになるのかな?」

 巨馬に跨りグングニルでルドルフの一撃を受け止めながらオーディンは笑う。
 どうにかこうにか押し切ろうと力を込めているのだがビクともしない。

『私達にとっては昨日のことのようにも思えるけどね――おにいちゃん』
「ロキか。あれから私も色々考えてな。ようやっとグングニルを回避したカラクリが分かったぞ」

 どちらかが滅びるかもしれない戦いの最中において、オーディンはオーディンだった。
 新たな知識が増えたことへの喜びと看破してやったぞと言う優越のままに微笑んでいる。

「二度は使えんぞ、あんなその場しのぎ――さてどうする?」
『それならそれでやりようはあるさ。ねえ、ルドルフ?』
「ああ」

 鬩ぎ合いの最中、急激に脱力しオーディンの槍を潜り抜ける。
 そうして左手に溜めていた凝縮された炎の魔術を至近距離で叩き込もうとするのだが、

「残念、それぐらいで虚を突いたとは言えんな」

 オーディンが右手で発動した水の魔術により相殺されてしまう。
 だがしかし、これは狙い通りだ。

「――――いや、虚は突けたと思うぞ」

 瞬間、オーディンが跨っていた巨馬の首が斬り落とされる。
 一体何処から? オーディンは己の知覚の外から繰り出された攻撃に僅かながら驚きを見せた。

「将を射んとすればまず馬を、わらわ達の国の諺よ。
そなたは首を吊り多くを知ったそうだが知らぬことも多いようだ。大海に出た蛙と言ったところかえ?」

 隠行によって完全に伏せられた一撃を放ったのは晴明だった。
 彼女はルドルフにオーディンを任せて自分は周りの敵に集中しているように見せかけて意識を外させて居たのだ。
 ゆえに不可視の一撃を通すことが出来た。

『一対一じゃない! なんて文句は言わんよね? おにいちゃん♪』
「無論。これは戦争だ、一対一でやるものではないだろう」

 殺された愛馬を放り捨て宙に躍り出たオーディン。
 彼が跨っていた馬はスレイプニルと言いロキの子供でもあるのだが彼は特に気にしていないようだ。

「とは言え、愛馬を奪われたのは少々癪だ――ゆえ、返礼させてもらおう」
「!」

 オーディンがグングニルを天に向けた瞬間、七つの極光が天より降り注ぐ。
 それは雷、当たれば致命に近き負傷は免れないだろう。
 何処ぞの武将ならば斬って見せるかもしれないが生憎とルドルフは雷に挑むような馬鹿ではなかった。

「クッ……! 味方を巻き込もうともお構いなしか!?」

 ルドルフどころかベアトリクスや晴明、そしてオーディン自身が率いる軍勢をも巻き込む絨毯雷撃。
 こんなものを日本列島で使われていれば一体どうなっていたことか。
 ルドルフは一瞬だけ想像を巡らせたがすぐに頭から追い払った。好んで地獄の風景を想像する趣味は無いのだ。

『これは序の口だ。オーディンが何の神か忘れたのかい?』
「?……!」

 一瞬疑問を抱くがすぐに答えに思い至る。
 絶え間なく降り注ぐ雷撃の間を縫いながら視界を広げて見れば四方数キロ先より巨大な竜巻が迫って来ていた。
 ルドルフらを圧殺せんとばかりに隙間なく接近する竜巻――そう、オーディンは嵐の神なのだ。
 先ほどまでの好天候は何処へやら、風雨吹き荒び雷鳴轟く嵐の海に早変わりである。

『酷い有様だ。しかし、良いシチュエーションだと思わないかい?』

 ロキは当然のことながらオーディンの侵攻を読んでいた。
 義兄は待ち受けるよりも攻め入ることを好むから、確実に一番槍を切って来る、戦いの場所は間違いなく現世になるはずだと。
 ゆえに当然、オーディンへの対処方法も考えていた。
 ルドルフもそれを知っていたからこそ、消耗が少ないと言う理由以外でもオーディンを引き受けたのだが……。

「ああ、後一押し何かあれば……だが、解せないこともある」

 何故オーディンは日本へと侵入しない?
 彼が嵐の神としての権能を振るうのならばその方がずっと良い。
 護るべき人間が居る場所ではルドルフ達は十全に力を発揮出来ない。
 日本には人間に味方する神々も居るがそれらと渡り合いながら嵐で人間を削ることが出来たはずだ。
 だと言うのにオーディンはわざわざこの場に止まってルドルフの相手をしている。

 手加減をしている? いいや、そんな手合いではない。少なくとも今回の一戦に限ってはそんなことあり得ない。
 ならば他に理由があるはずだ。しかしその理由が分からない。
 だが、知らねばならないと本能げ警鐘を鳴らすのだ。早く気付け、と。
 ルドルフは言いようのない不安を抱えながらオーディンを見つめる。

「勇敢なる戦士、ルドルフ・フォン・ジンネマン。もう少し付き合ってやっても良かったのだが……」

 中国大陸での戦いの際にルドルフが見せた決死、オーディンはそれを評価している。
 ゆえに戦いの神としてルドルフの全力を余すことなく受け止めてやるのも悪くはないと思っていたのだが……。

「お前と同化した神がロキでなければ良かったのにな」

 総てはこれに尽きる。面倒な手合いであるロキは早期に排除せなばならない。
 そしてそのロキは人間ルドルフ・フォン・ジンネマンと同化しているので諸共に排除せざるを得ないのだ。
 オーディンは心なしか残念そうな表情でグングニルに力を込め始めた。

「卿、とことん嫌われてるな」
『それでも憎まれっ子として世に憚ってやるさ……それより、後一押しとしてこれは丁度良い』

 極限まで力を注がれたグングニルがルドルフに向けて投擲された。
 しかし、ルドルフとロキのコンビはこれを好機と見た。

「手筈通りに頼むぞ!」

 心臓目掛けて飛んで来たグングニルを回避するがグングニルはすぐに方向転換を行いルドルフを追い始める。

『任せてくれ。君こそ、頼むよ?』

 ロキの誘導に従って飛び回るルドルフを執拗に狙うグングニル。
 ベアトリクスは眼前の敵を屠りつつチラチラと不安げに恋人を見ている。

『大丈夫ですわベアト。これは作戦通りですもの』
「わ、分かっています、けど」

 ベアトリクスがやるべきことは他の雑魚がルドルフの下に行かぬよう阻み続けること。
 それは分かっているのだが、不安はどうしたって消えてくれないのだ。
 グングニルは必殺必中の槍で当たってしまえば……。

『誰でもない、あなたが信じなくてどうするの! 愛しているのでしょう?』

 ルドルフとロキの作戦を知っているのはベアトリクスとヘルだけだ。
 紫苑らはまったくもって聞かされていない。それはひとえに心配をかけたくなかったから。
 だからこそヘルは叱咤する、総てを知るお前がルドルフを信じなくてどうするのだと。

「ッッ……そう、ですね。ありがとう、ございます、ヘル」
『フフフ、吹っ切れたのならば果たすべき役目を果たしますわよ』
「うん……ヘル、竜巻の進行速度が予想以上に速いです。これでは……」

 ルドルフの逃げ場、細工をするための空間が狭まってしまう。
 どうにか出来ないかと相棒に助けを求めるベアトリクス。

『完全に止めることは難しいけれど、フルパワーでなら速度を弱めることぐらいは出来ますわ』

 ただ、そうなると敵に対して使う攻撃が疎かになってしまいベアトリクスがタコ殴りにされる可能性が高い。
 ヘルはそう懸念していたが、

「わらわが居ることを忘れないでくりゃれ?
何をしようとしているのかは知らんがしばしの間、わらわがそなたを護ってやろうぞ」

 十二神将やその他百鬼夜行の死神で軍勢に対処している晴明にはまだまだ余力があった。
 現世と幻想の境界が破壊された今、九つの尾を持つ大妖狐としての力が強まっているのだ。

「あ、ありがとう……ございます」
「構わん。そら、竜巻を止めるのであろう? ささっとするが良い」

 会話をしている最中にも雷は落ちるし敵の攻撃は止まらない。
 それでも余裕があるのは晴明が自身の尾を使って敵を屠り雷を逸らしているからだ。

「は、はい!」

 祈るように両手を組むベアトリクスの身体より力強い銀光が放出される。

「凍て付けぇええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 四方より迫る竜巻の眼前に天まで届く氷の障壁が出現し、その侵攻を阻む。
 ガリガリと一秒ごとに削られているが常に力を注いで修復し続けることで時間は稼げる。

『セーメイ、私とベアトはしばし動けませんので御願いしますわよ?』
「ああ、任されよ」

 縦横無尽に振るわれる九つの尾が敵軍を切り裂きベアトへの攻撃を防ぐ。
 攻めの守りを体現している晴明にまで攻撃を届かせられるのはこの場においてはオーディンのみだ。
 戦いを続けている間にも高位の幻想が孔より出ては来たがそれらは皆、他所に散ってしまっている。
 幻想側とて一箇所のみに戦力を集中させるわけにはいかないのだ。

「一体、何を考えているのか……」

 少々目障りな小蝿を払うようにオーディンが愛剣を振るうと晴明の百鬼夜行、十二神将が一瞬にして消し飛ぶ。
 それだけの規模の攻撃でありながら味方には被害が及んでいないのは流石と言えよう。
 まあ、雷で無差別攻撃やらかしといて今更と言う気がしないでもないが。

「それは分からんが、お前達の思い通りにことは運ばせんよ」

 片手で未だ回避を続けているルドルフに、もう片方で晴明達に向け攻撃魔術を放つ。
 火、風、水、土の基礎属性を初めとして氷などの応用も含めた多属性を孕んだ攻撃魔術は当たればぜ死は免れない。
 と言うことは当たらなければ良いのだ。

「フン、多様な属性を操るのがそなたの専売特許と思うてくれるなよ?」

 視認するのも困難な速度で印を結び色鮮やかな光波を放つ。
 それはオーディンが放った魔術に対応した属性を孕んでおり、相克の概念を利用して総てを相殺してのけた。

「東洋の魔術師か……名は?」

 相克の概念を利用していようとも、出力で勝れば無視も出来る。
 それでも自身の放った魔術は相殺された。つまるところ晴明はそれだけの実力を持っていると言うことだ。
 ゆえに少々の敬意を抱いてしまうのもしょうがないだろう。

「陰陽師と言えい。まあ、わらわも本業のそれとはちょいと違うがの」

 晴明の陰陽術は少々正道から外れたものが多い。
 正統派の基礎を築きその時代に広めたのは晴明ではあるが本人はそれをあまり使わない。
 何せ九尾の狐と人間のハーフなのだ。九尾の力を使った方が良いに決まっている。
 晴明が使う陰陽術は自身が編み出した正統派に九尾の力を加えた独自のもので本人以外には誰も使えない。
 ただ、普遍性が失われた代わりにその出力は桁違いだ。でなくばオーディンの魔術を相殺出来るわけがない。

「それと、何やら上から目線で褒めてやろうか的なおーらを出しとるが……甘いわ戯け」

 スッ、と細く長く白い人差し指を天に向ける。
 意図が分からぬままオーディンも釣られて視線を上げると、

「!」

 無数の隕石がオーディンに向けて降って来ているではないか。
 あの速度では回避行動に出れば多少は避けられるが幾つかは当たってしまう。
 そう判断したオーディンは即座に両手を掲げて障壁を展開する。
 彼にとっても力を秘めた星の雨は脅威なのだ。

「やられた分をそのまま返杯し相殺するだけでは芸がなかろ?」

 隕石が障壁に衝突する度に耳をつんざく轟音が絶え間なく響き続ける。
 何せ降り注ぐ隕石は一つや二つではないのだ。百、二百、いやそれ以上か?
 マシンガンのように空から放たれ続ける隕石は一体何処から持って来たのか。

「ほほほ、星を詠むのも陰陽師なれば星を墜とすのも陰陽師よ」

 そんな陰陽師が居てたまるか。
 この晴明が繰り出す流星群は元々あった術ではなかったりする。
 これは紫苑がカニと戦った際に超巨大隕石を落とそうとしたのに触発されて編み出した術である。
 紫苑のように大質量のものは不可能だが、その代わりに数で勝負と言うわけだ。

「どうだ? これならば時を稼ぐに丁度良いであろ? 絶え間なく降りしきる星の雨で行動が抑制されるからのう。
ただまあ、難点があるとすれば此方も攻撃が出来んことだな。接近すれば余波に巻き込まれるし。
かと言って遠距離攻撃をするにしても致命を与えるほどの威力ならば星の雨を消し飛ばしてしまうかもしれんからな」

 ドヤ顔でベアトリクスにウィンクをかます晴明だがベアトリクスはドン引きだった。

「こ、怖い……怖いです……」

 才に恵まれ力を持つベアトリクスだがその心根は本質的に戦いに向いていない。
 なので何処までも容赦の無い攻撃を前にすると怯えが出てしまう、例えそれが味方のものでも。

「さて……」

 隕石を降らせる術式を継続しながら片目を閉じる。
 すると晴明の脳裏に紫苑達の様子が浮かび上がった。
 あらかじめ大魔方陣には中継術式も組み込んでいたのだ、シェルターの中に居る一般人には絶え間なくその様子が見えている。
 そして戦っている者達には任意で見えるようにしてある、常時別の光景が映り込んでいれば集中が殺がれるからだ。

「? どう言うことだ?」

 紫苑らは今、エデンへと続く異次元空間の中に張り巡らされた障壁を突破している最中だった。
 何も無ければそのままエデンへ直行出来るのだが障壁があれば一足飛びには行けない。
 障壁があること自体は想定内だ。しかし、解せないことが一つ――――何故敵の姿が無い?
 莫大な数の障壁が絶え間なく展開されてはいるがそれだけだ、紫苑らを阻む敵は誰一人として居ない。

「……妙だのう」

 全戦力をエデンに集結させている? いや、おかしい。
 それならば最初から障壁を展開するために力を使うよりも温存しておくべきだ。
 障壁を張るならば同時に紫苑らの力を少しでも殺ぐために戦力も用意しておくのが普通だろう。
 どうにも中途半端だ。これは何処かおかしい。晴明は背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。

「どんな意図がある?」

 敵方の考えが読めないことほど嫌なものはない。
 普通は完全に読み切れずとも多少なりとも予想と言うものが立てられるはずなのだ。
 しかし、今ある判断材料からは何の考えも浮かんで来ない。

「むむ!」

 ああでもないこうでもない思考を巡らせていたがそれは強制中断させられた。

「ど、どうしました?」
「……侮っておったわ。あのオーディンとやら、そう簡単に型には嵌められんようだ」

 術を得手としている晴明だからこそ分かった。
 体系は違うものの術と言うのは一定の論理の下に成り立っている。
 オーディンが展開している障壁の術式が急速に組み替えられているではないか。

「――――堪能させてもらったがこれで終わりだ」

 障壁は極光となり降り注ぐ隕石を総て消し飛ばし宇宙空間へと突入。
 突入後に拡散し、流星群に使えそうな宇宙の塵を粗方消し飛ばして極光は消滅した。

「そして、あちらも終わりのようだな」

 スッ、とオーディンが指差す先には……。

「ルドルフ!?」

 左胸に食い込んだグングニルを必死で押し止めているルドルフの姿があった。
 渾身の力で引き剥がそうとしているのだがグングニルは徐々に徐々に心臓へと近付いている。
 力任せにどうにかすることは不可能。ベアトリクスらにだって打つ手は無い。
 グングニルに攻撃を当てて弾き飛ばすにしてもそれだけの出力で攻撃すればルドルフも巻き込んでしまう。

「往生際が悪いぞロキ、そしてルド――――」

 十三階段を上り切る寸前のルドルフは、それでも不敵に笑った。

『いいや、それは違うよオーディン』
「――――詰んでいるのは卿の方だよ」

 遂に仕掛けが発動する、戦闘領域に浮かび上がるは独特の癖を持った巨大な陣。
 それはルドルフとロキが逃げ回りながら密かにこの空間に描いていたものだった。
 晴明に注意が向いていなければ或いは気付けたかもしれないが、所詮それは"もしも"の話。
 現実問題として二人の仕掛けは完全に成立してしまった。

「これは強制転――――!?」

 最後まで言い切ることもなくオーディンの姿が戦域から消失した。
 そして数分が経過すると嵐は止み、オーディンの軍勢も消え、グングニルもその勢いを無くす。

「…………はぁ、成功したようだなロキ」

 心臓の半ばほどまで喰い込んでいたグングニルを引き抜き傷を癒す。
 今のルドルフは心底から安堵していた。
 ロキの助力はあれどもアース神族の王であるオーディンを正面から打倒するのはかなり難しい。
 それこそ大量に散華した魂を使って極限まで強化せねばならぬほどに。
 だからこそ、奇を衒った方法に頼るしかなかった。

『私の悪戯は大体成功するのさ。悪いねおにいちゃん♪』

 クツクツと笑うロキ、事情が分からぬのは晴明だけだ。

「そなたら、一体何をしたのだ?」
『ん? おにいちゃんを強制的に飛ばしただけさ――――私の倅の口の中にね』

 オーディンにとっての鬼門はフェンリルで、そのフェンリルはロキに従順だ。
 かと言って普通に連れて来て嗾けていてもオーディンを殺すことは出来なかっただろう。
 ゆえに少しばかり捻りを加えてみた。
 自身の領域に待機させたフェンリルの口内に陣を描き、こちらで描いた強制転送の陣と連動させる。
 此方で飛ばされれば直接フェンリルの口の中に収まるので後は食べさせれば良いだけ。
 さしものオーディンも一瞬は戸惑うはずで、その一瞬があれば十分フェンリルはオーディンを喰らうことが出来る。

「ああ、成るほどのう……」
「あくまで此方が追い詰められた状況でなければ成功する可能性は低かったろうが、上手くいって良かったよ」

 優勢であると言うことはそれだけで無意識の驕りが生まれてしまうもの。
 それが人を見下す幻想ならば尚更、オーディンはそこを突かれて破れたのだ。

「晴明」
「相分かった。此方は任せるが良い」

 頼もしい返事に笑顔を見せ、ルドルフはグングニルを手に空を睨む。

「――――往くぞ、ベアト」
「うん!」
+注意+
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