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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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春風紫苑 参

「(俺、起床ッッッッ!!!!)」

 ガバリとベッドから跳ね起きる。時刻は午前九時半。
 朝っぱら鬱陶しいテンションのこの男は御馴染みはるかぜしおんさんじゅうななさい。

「(見ろよカッス、太陽も俺の輝かしい未来を祝福しておるわ!)」
『紫苑さん! 此処地下っすよ! 太陽なんて微塵も当たってないっす!』
「(こまけぇこたぁ良いんだよ! 俺のご機嫌気分に水を差すとかマジ万死)」

 マジあり得ないのテンションで万回の死を強いるとはこの男、一体何様なのだろうか?
 ま、それはさておき。この糞ウゼエテンションの理由は語るまでもない。
 紫苑視点で輝かしい未来が待っているからだ。

「(ふぅ……暗黒時代を耐え抜いた甲斐があった。正しい人間は何時か報われる、世の中って優しいんだな)」
『一体誰のことを言っているんだ……?』

 少なくとも正しい人間と言う条件に紫苑は当て嵌まらない。
 全力で正しさに背を向けて疾走中の男が報われてたまるものか。

「(不遇の時期もあった。報われなくて世界を憎んだこともあった。それでもどうだいカッス)」
『凄く澄んだ声だ……』
「(世界は美しい! 愛に満ち溢れているよ!!)」

 急募、本格的に気持ちが悪いこの男を止められる人。

「(フフフ、今日の俺なら寛大な気持ちで俺以外の人類が未来を掴むことも赦してやれる気がする)」

 それでも"気がする"程度なのか。

『え、じゃあメンヘラーズやその他の仲間達は?』
「(アイツらは別だ。だってもうアイツら人類規格じゃないだろ。多分何かもう別の生き物)」

 それを言うならば紫苑も同じだろう。
 世界改変すら成せるだけの祈りや生命の実を食すことが出来る畸形の魂を持つ男が人類規格に嵌まっているとは思えない。

「(そう言えば……なあ、不老不死ってことは三大欲求する消え失せるのか?)」
『消え失せはしねえよ。あくまで必須じゃなくなるだけ。喰うのも寝るのもヤるのも趣味程度になる感じかな』

 空腹を感じることもなく、ずっと起きていても不調は起きず、性欲も完全コントロール出来る。
 生命の果実を食べることによるデメリットがあるとすれば老いず死なないことぐらいだ。
 そのデメリットにしても紫苑にとっては問題無い要素であり実質メリットオンリーである。

「(排泄は?)」
『喰わなきゃ要らんわな』
「(アイドルはトイレに行かないを地で体現出来るわけか。まあ俺元々トイレ行かなかったけどね!)」
『流石スーパーアイドル紫苑さんだぜ!』

 まあ、偶像と言う意味では確かにアイドルの役目を果たしているけど……。

「(しかしどうだカッスよ。今日の俺は何時もの十割増しでイケメンじゃね?)」

 洗面所の鏡に映る自身の美貌を見てそんな確信を抱く紫苑。
 ひでえナルシストっぷりが何時もの十割増しだ。どうしてくれようかこの男。

『人間の美醜はよく分からんもんで』

 カッスは人間を美しいと思っているがそれは表面的なものではない。
 その在り方こそが美しいのだ。カッスは決して人間を否定しない。
 どんな聖人でもどんな悪人でも等しく愛している。

「(フッ……真に美しいものが何かが分からんとは哀れな奴よ)」

 顔を洗って歯磨きを済ませ、冷蔵庫の中にある林檎ジュースを取り出す。
 この林檎ジュースはカス蛇に期待させるためだけに置いてあるだけで何時もなら決して選ばなかったのだが今日は別。
 紫苑視点で寛容な今日だけはほんのちょっぴり優しくなれているのだ。

「(はぁ……爽やかな林檎の風味がとても心地良いぜ)」
『やっぱり林檎は果物の王様やな!』
「(王様はドリアンだろ。すっげえ臭いらしいけど)」

 飲み掛けのジュースをテーブルに置き寝間着のジャージを脱ぎ捨て私服に着替える。
 何時も通り、動きやすく清潔感がある無難な服装だ。

『あれ? 今日は特別な日だし気合い入れた格好とかしねえの?』
「(いや、だって戦闘の余波とかで破れたら勿体無いし……)」

 人類の命運を賭けた一戦の前にそんなセコイこと考えているのはコイツぐらいだろう。

『ふぅん……ところで、さ』
「(あん?)」
『俺様と紫苑、一緒に居た時間は人間の尺度でもそう長い時間じゃねえけどさ。結構、遠くまで来たよな』
「(やだ、気持ち悪い……)」

 臭い台詞を吐いて良いのは自分だけ、それが紫苑クオリティーである。

『絶対に生命の実を喰ってくれよ? それだけが、それだけが俺様の願いなんだ』
「(うむ、クソの役にも立たなかったお前だが献上品はしかと受け取ってやる)」
『カカカ、そりゃ結構』
「(ところで生命の果実って美味いの? 不味いの?)」

 味と言うのは重要なファクターだ。いや、不老不死を得られるのならば不味くても我慢はする。
 それでもどうせなら美味しい方が良い。美味しいものを食べて美味しい効果をゲットしたいのだ。

『さあ? 喰ったことある奴いねえからなぁ。ちなみに知恵の実は美味かったみたいだぜ』
「(ほう……じゃあ生命の実も期待出来そうだ。どうせなら現地で一つ食って他にも生ってたら持って帰ろうかな)」
『持って帰ってどうするのさ?』
「(フルーツケーキやフルーツジュースの材料にしようかなって。最高の贅沢じゃね?)」

 自分以外には食べることの出来ない至高の果実。
 それを贅沢にも食材として使い極上のスイーツ(笑)を作り下民を見下しながら食べる。
 想像するだけで絶頂ものだと紫苑は哂う。

『……エデンの果実でそんなこと考えるのってお前ぐらいだろうなぁ』

 恐れ多いとかそう言う感情は一切無い。
 自分以外の総てを見下しているがゆえの傲慢さだ。カス蛇もただただ感心するしかない。

「(下郎共とは発想のスケールが違うからな!)」
『ちなみに俺様も下郎のカテゴリーに入るの?』
「(当たり前だろ。人もそれ以外も等しく俺より価値が無い下郎だろうが、常識的に考えて)」

 お前がそう思うのならそうなのだろう、お前の中ではな。

『その常識は何処の異次元のものなんだろう……』
「(さぁて、そろそろ朝飯行くか。家政婦共が用意してるだろうし)」
『家政婦ってアイツらのこと? あんな物騒な家政婦やだよ!』

 家政婦は見たがストーカー的な意味になること間違いなしである。

「(じゃあ奴隷?)」
『奴隷にされてるのは紫苑のような気も……いや、俺様の勝手な予測で混乱はさせられないな』

 愛の鎖で雁字搦めにされて鎖までつけられているような紫苑の方が奴隷では?
 そう思ったカス蛇だがこれ以上深く突っ込めば紫苑の機嫌を損ねてしまうのでそれ以上は何も言わなかった。

「む、紫苑」
「ああ、おはようルドルフ」

 食堂に向かって歩いているとルドルフと出くわす。
 ほんのり目元に隈が浮かんでいるのは――まあそう言うことだろう。詮索は野暮と言うもの。
 紫苑自身も他人の色恋なぞに興味は無く諸共に不幸になれとしか思っていないので触れることはなかった。

「うむ、おはよう。今朝の朝ご飯は何だろうな?」

 ルドルフも追及されずに済んで内心でホッと胸を撫で下ろしているのだが紫苑にはまるっとお見通しである。
 まあだからと言ってそれがどうしたんだって話だか。

「さて? とりあえず、昼飯も兼ねてるだろうから豪華な感じだと思うぞ」

 決行は正午十二時、なので何時ものように昼食を食べている暇は無い。
 それならば朝食兼昼食としてガッツリ系が出るだろうと予想を口にする。

「これでもかと言うほどに食べておかねばな。ハードな一日になりそうだし」
「ああ、朝食はその日の活力に繋がるからな」

 睡眠も――ルドルフとベアトリクス以外は万全だ。
 そしてその二人も朝食後に軽く二度寝をして体調を整えるつもりで居る。

「幸いにして私達冒険者の胃腸は強いからな。朝から揚げ物の盛り合わせであろうとも食べられんことはない」
「まあ、俺はそこまで身体が強い方じゃないが……今日だけは朝から焼肉でも大丈夫そうだ」

 そんなことを話しながら食堂に入ると、予想通り、しかし一風変わった朝食が用意されていた。

「ああ、おはようございます紫苑さん、ルドルフさん。今日はバイキング形式ですので御自由にどうぞ」

 食堂に入って来たのは紫苑とルドルフが最後だったようで、他の皆はテーブルに着いていた。
 それでも食事を始めていないのは全員で食べるためだろう。

「ほう……こりゃ良いな(うーむ、この下郎達、珍しく気が利くじゃねえか)」

 和洋問わず、あっさりこってり、品数も量も豊富に揃えられている。
 とても十数人では食べきれない量だが、少ないよりは多い方が良いので問題は無い。

「それじゃ紫苑くん達も来たし僕らも選ぼうか」

 トレーに幾つかの皿を載せて各々、お目当ての品に向かう。
 栞と紗織はやはりと言うべきか御飯をメインに味噌汁、漬物、焼き魚などの和食から始めるらしい。
 天魔は甘い甘いフレンチトーストをメインにスイーツ系をたんまりと。
 アリスとルーク、ベアトリクスはトーストにバター、目玉焼きにベーコン、サラダなどのあっさり洋風。

 アイリーンと麻衣はガッツリ行くつもりらしくいきなり揚げ物とおにぎりなどを選んでいる。
 雲母とカニはサンドイッチとおかずになりそうなものを何点か。
 やはり好みと言うものがあるので様々な食事一つ取ってもバラバラだ。
 全員出されたものはちゃんと食べるが、それでも今日ぐらいは好きなように食べても赦されるだろう。

『紫苑は何食べるのよ? とりあえずデザートは林檎な!』
「(いや、デザートはプリンだな。林檎ならさっきちょろっと林檎ジュース飲んでやっただろうが)」

 紫苑は熱々のグラタンとクロワッサン、コーンスープをトレーに載せて一旦席に戻る。
 朝から食べるには少々重くはあるが、先ほどルドルフが言っていたように冒険者は身体が丈夫なので案外問題は無い。

「いただきます」

 スプーンでグラタンの表面を覆うサクサクチーズを割って中のホワイトソースと海老、ジャガイモを掬い上げる。
 口に持っていけば火傷してしまうかもと言うほどに熱く、だがとても美味だった。
 このグラタンが何時出来上がったのかは知らないが恐らくはスカアハの魔術で出来たてを維持しているのだろう。
 それは他の料理も同じで、だからこそ時間をかけてゆっくりと食事をすることが出来る。

「毎度思っていたのだが……卿ら、何処で料理を学んだのだ?
そりゃ自国の家庭料理ぐらいならば……まあ、問題はなかろう。が、その範疇外のものは何処で覚えたのだ?」

 具体的に言えば店で作られるのとそう変わらないようなピザなどがそうだ。
 割と有名どころとは言え各国の郷土料理などもバイキングのテーブルに並べられている。
 他にも手の込んだスイーツなどもそう。レシピ通りに作ってみた、と言うにしては美味し過ぎるのだ。
 かと言ってそれらは家庭科で習うようなものでもないので常々不思議だった。

「料理の本とか読んでたら出来るかなーって思ってやってみたのよ」
「基本的にレシピ通りにやれば不味いことにならないもの」
「料理とか作り続けてれば多少こうした方がええかな? みたいなんも分かるし……まあ、感覚?」
「真っ当な味覚を持ち、基礎的な技術を修めていればレシピさえ見れば出来ないことはないかと」

 基本的にメンヘラーズは才に溢れた人間なのだ。
 まあ、天魔やカニは不得手ゆえにまだまだではあるが経験を積めばいっぱしになれる程度には才能がある。
 能力的な意味でメンヘラーズは女子力が高いのだ。内面的なものはともかくとして。

「ロクに料理が出来ん私達からすれば羨ましい話だ」
「そうだな。覚えた方が良いのは分かるんだけど……どうも、なあ?」

 家事の中で掃除や洗濯は問題なく出来る。掃除機や洗濯機を使うのに才なんて要らないから。
 が、炊事に関してはそうもいかない。機械の手である程度楽は出来ても人の手がどうしたって必要になる。
 とは言え紫苑は別に料理を覚える気は無い。今の発言もただ単にルドルフに合わせただけだ。

「ふふ、春風さんが炊事を出来ずとも問題ありませんよ――――私と栞が居ますし」
「掃除洗濯炊事裁縫などの家事は当然として夜伽までバッチリこなしてみせます」

 朝っぱらから夜伽なんてインモラル発言が出たことで紫苑のテンションが急降下。
 心なしか美味しいはずのグラタンまで味が失せたような気さえする。

「あ、駄目。何か今すっごく栞お姉さんと紗織お姉さんを深い井戸の底に突き落としたくなったわ」
「執念深いからその程度じゃ死なんぞ。ホラー映画の如くに出て来るに決まってる」

 ほの暗い水の底から這い上がって来る醍醐姉妹を想像して紫苑は爆笑しそうになった。
 やばい、これまんま大昔のホラー映画じゃん! と。

「御黙りなさい邪悪ロリと怪奇カニ女! 喧嘩売ってるんですか!?」
「それ以外にどう聞こえたのよ。ねえ二葉お姉さん、紗織お姉さんって馬鹿なの?」
「ああ、アイツ結構馬鹿だよ。つーか馬鹿じゃなきゃ惚れた男の前で狂言自殺なんてやらかさねーよ」

 醍醐姉妹、アリス、カニ以外が大人しいのは全員を背中から刺すタイミングを窺っているからだ。

「こ、怖い、です……」

 カタカタと小動物のように震えるベアトリクス。
 紫苑らにとってはもうげんなりとする日常風景のようなものだが彼女にとっては違うのだ。
 マジモンの殺気を飛ばしてとても女がしちゃいけないツラでガンを飛ばし合う。
 平和な食事風景が一瞬にして地獄の最下層へと変わるなど誰が予想出来る?

「……あれだ、ベアト。気にしないことが肝要だ」

 晴れて恋人になったルドルフがポンポンと肩を叩くと「マジかよ!?」みたいな顔で驚くベアトリクス。
 恋人が異常な状況に慣れてしまっていることに彼女は若干どころか、かなりショックを受けたようだ。

「さて、おかわりだな。紫苑、行こう」

 丁度皿を空にした紫苑を誘ってルドルフ達はバイキングテーブルへ。
 尚、その間も目で相手殺す戦いは勃発中だ。もうそろそろ目からビームとか出るかもしれない。

「しかしこれだけあると迷うな……知らない料理も多いし。ルドルフ、何かオススメはあるか?」
「ん? そうさなぁ……これなど、どうだ?」

 ルドルフがトングで差したのはケーキのように切り分けられたパイだった。

「これは?」
「ツヴィーベルクーヘン――ドイツの家庭料理でな、ベーコンとオニオンのパイだ」
「……キッシュみたいなものか?」
「うむ、その認識で間違っておらん。悲しいことに我が祖国ドイツは食文化においてはフランス料理の亜種としか言えんのでな」

 ドイツもかつてはその気候柄、食材が豊富と言うわけでもなかった。
 そのせいで人々から食に対する情熱のようなものが乏しくなり、料理の変化も乏しくなってしまった。
 近代でこそ改善は見られるが、古くから根付いている料理はルドルフが言ったようにフランス料理の亜種のようなものばかり。

「近隣のフランスやイタリアは美食の国なのだがなぁ……」
「それでもイメージ的にソーセージやビールは美味しそうな感じだけどな」

 言いながらツヴィーベルクーヘンを皿の上に二切れほど追加。
 不味かったら後でメンヘラーズとルドルフを力いっぱい(心の中で)罵ってやろうと考えている。

「フフ、典型的なドイツのイメージだな。まあ間違ってはおらんよ」
「地味にソーセージとかは食べてみたいんだよな。色んな種類あるんだろ?」

 紫苑の問いにルドルフは嬉しそうに頷く。彼としても祖国の名物に興味を持ってくれるのは嬉しいのだ。

「うむ。フランクフルター……日本でも御馴染みのフランクフルトやそれより少し粗めに挽いた豚肉を使うボックヴルスト。
子牛肉と香草を使ったミュンヒナー・ヴァイスヴルストや文字通りビールによく合うビーアヴルスト。
種類は千を優に超えていて、私でも総てを把握しているわけではないが味だけは保証しよう」

 そんなことを話していたらルドルフ自身も祖国の味が懐かしくなって来た。
 何やかんやでこれまでは戻れなかったが、

「(総てが終わって私が生きていれば……一度、戻るか)」

 家族の無事などは確認しているものの、それでも直に顔を見たい。

「ああ、そうだ。紫苑」
「ん?」
「食べてみたいと言うならば総てが終わったらドイツに招待しよう。たらふく食べさせてやるぞ」

 家族や祖国の友人に改めて紹介したいのだ、世界で最も尊敬する一番の親友の存在を。

「そりゃありがたい。色んなところに連れてってくれよな?」
「任せろ、とことんまで楽しませてやるさ」

 また一つ、負けられない理由が増えたとルドルフは静かに闘志を燃やす。
 それは実に結構なことだが彼は気付いていない――恋人の視線に。

『ちょっとベアト。男の子に嫉妬するのを何か違いませんの?』
「うー……」

 紫苑からすればルドルフなんて友達でも何でも無い。
 とは言え傍から見れば一、ニを争う大親友と言うイメージだ。友情が行き過ぎて時折ホ●臭く見えることもあるほどに。
 それはベアトリクスも例外ではなかった。
 彼女の目に映る顔を見合わせて笑い合う男二人は絵になるほどに親しい。

「だ、だって……」

 俯くベアトリクスの肩を優しく叩く誰かが居た――アリスである。

「分かるわベアトリクスお姉さん」

 分かるのかよ――と言うのは愚問だろう。
 アリスや他のメンヘラーズに言わずもがな、ちょくちょく男にもジェラってる。

「あ、アリスちゃん……」
「特にベアトリクスお姉さんは昨日、結ばれたばっかりだものね? 構って欲しいに決まってるわ」
「……そう、です。ルドルフ、酷い、です」

 謂れの無い中傷がルドルフを襲う! 少女らの言い分も尤もと言えば尤もだが男の心情も慮るべきだろう。
 純な男ほどそう言う関係になった後で緊張してしまうのだ。
 結ばれた、じゃあこれからは人目も憚らずにイチャつこうぜ! なんて言えるのはチャラい男だけである。
 そしてルドルフはチャラくない。遊び心もあるが、こと男女の関係に限っては純な男だ。
 そんな彼にもっと構って欲しいと言うのは酷だろう。

「……何か私、酷く横暴なことを言われてる気がする」

 ひそひそ話をしているアリスとベアトリクスだがルドルフの耳にはちゃんと届いていた。

「まあ、あれだ……うん、男だから我慢しよう(ザマァ! ホントに駄目な男だなテメェはよ!)」

 駄目さで言えば紫苑の方が上だろう。少なくともこの場の誰よりも腐っている。
 腐敗が進み過ぎてもう直視するのも難しいぐらいだ。

「とりあえず今は食べて忘れよう」
「うむ……そうする」

 その後もゆったりと食事を続け、全員が食べ終わる頃には十一時前になっていた。
 このまま食後の一服――と行きたいが、それをする前にやることがある。
 紫苑カニを除く全員の前には杯が置かれていた、その中に注がれているのは酒ではなく――変若水。
 かつて選別を超えたパーティが持ち帰って来た肉体を全盛期に持って行くとされる霊薬だ。

 しかもこの変若水は直接月夜見から譲り受けたものであり効果は劇的だ。
 戦いに臨む前に少しでも自身を強化するために変若水を飲むことは以前から決まっていた。
 これまで飲まなかったのはギリギリまで強化された力を隠しておくためである。
 紫苑とカニの前に置かれていないのは単純に効果が及ばないからだ。

 変若水が肉体にのみ効果を及ぼすものならば紫苑とカニにも通用しただろう。
 が、これは魂にまず効果が及び、その結果として肉体にも効果が表れるものだ。
 ゆえに規格外の魂を持つ紫苑とカニにはどうやっても効果が及ばない。
 なので飲むのは二人を除いた面子に限られている。

「全盛期の状態に心身を持って行く……ですか。まあ、私と栞は何となく予想出来ますがね」
「ええ。純化状態のあれになるだけでしょう、多分」

 醍醐姉妹からすれば容易く全盛期の自分と言うものが想像出来るのでそう気負いはなかった。

「私も、多分……普通に成長するだけ、よねえ?」

 そしてそれは雲母も同じ。若返ったが肉体的には以前よりも劣っている。
 それを補うように純化による強化が跳ね上がっただけなので肉体も以前のように戻ること想像に難くない。

「紫苑お兄さん見ててね! アリス、絶対ナイスバディになるから!」
「……少しでも僕の胸、膨らまねえかなぁ」

 ペタン娘二人はある意味で緊張していた。
 自分の貧弱ボディが少しでも女らしいそれに変わるように祈っているが……どうだろう?

「匂いは……無い」

 アイリーンも緊張とは無縁だった。
 むしろ味や匂いが気になるらしく犬のように鼻を近付けて匂いを嗅いでいる。

「ところで……これって成長した場合、着ている服とかはどうなるのだろうか? ワンサイズ上を用意するべきか?」
「私は、ヘルが服のサイズを調整してくれるみたいなので、大丈夫、です」

 ルドルフとベアトリクスは若干緊張している。
 そりゃいきなり身体が変化すると言われて緊張しない人間は居ないだろう。

「……自分は飲んでも意味があるのだろうか?」

 人形であるルークは自身が変若水を飲むことに対しては懐疑的だった。
 が、変若水を渡した張本人である月夜見が魂と肉の身体を持っているならば大丈夫だと太鼓判を押したのだ。

「私ら、ハブだな」
「ああ。けどまあ、仕方ない。無理なものは無理なんだから。
(成長しようが若返ろうが知ったことじゃねえや。何せ俺、不老不死ゲット出来ますから!?)」

 十二時が待ち遠しくて仕方ない紫苑は心底白けている。
 こんなくだらないことに時間を割くぐらいならばもう前倒しにしてエデンに行きたかった。

「じゃあ、私と姉様が先陣を切らせてもらいますね」

 そう言って二人は杯に注がれた変若水を一気に飲み干した。
 味は質の良い清酒のようで、するりと喉を通って体内に染み渡ってゆく。

「ん、んん……!?」

 カッ! と身体が熱くなり色っぽい呻き声を漏らす。
 熱は数十秒で収まり、痛みが消えた後に表れた変化は――二人の予想通りだった。

「やはりこうなりましたか」
「さして驚きはありませんね」

 栞と紗織、共にかつての面影を色濃く残しながらも顔からはあどけなさが消えている。
 身長も少し伸び、女性らしい身体つきは更に艶かしく。
 純化との違いは右頬に炎を象ったタトゥーがあるかどうかぐらいだ。

「うぅ……ぼ、僕もあんなバインバインになるんだろうか……」
「大丈夫、大丈夫よアリス。合法ロリは今日で店仕舞い!」

 と言いながらもペタン娘は踏ん切りがつかないようだ。
 誰だって残酷な未来なんて直視したくはないのである。

「では自分も」
「私も」

 次に変若水を口にしたのはルークと雲母で雲母の方は予想通りだった。
 JCボディからかつての女を感じさせる豊満な肢体に変わっただけだ。
 ルークの場合は、

「……おい、卿、更にでかくなってないか?」
「うむ、そのようだ」

 今のルークは二メートル半ばほどの身長と更に増大した筋肉の鎧が全身を覆っていた。
 分かり易く強くなったと思える変化である。
 先の四人のおかげで大体の方向性も見えたので今度は麻衣とアイリーンが変若水を飲み干す。

「ヤッター! 胸大きくなっとる! うはは、身長もちょっと伸びてへんこれ!?」

 麻衣が順当に成長して二十代に突入すればこうなるだろうと言う実に常識的な変化が表れる。
 先の女三人のように色気倍増! と言うわけではないが普通に美人だ。
 そしてアイリーンは、

「うん、視点が高い」

 元々女子にしては身長が高い方だったが今は長身の部類に入る紫苑と殆ど同じ高さになっている。
 そして身長が伸びれば他の部分も順当に膨らむわけで……。
 アンチエイジング前の雲母をも抜いてメンヘラーズ内で確実に総合一位の身体になった。

「よし、私達も飲むかベアト」
「うん」

 ルドルフとベアトリクス、この二人も実に妥当な結果になった。
 普通に二十代の美男美女になったので面白くも何ともない。

『どうせならメタボった中年のオッサンオバハンにでもなってみろよ芸のねえ奴らだ)」

 客観的に見ても容姿が強化されている面々を見て紫苑の苛々はピークに達していた。
 満願成就を前にしているのだからもっと寛容な心を持っても良いだろうに。
 所詮は林檎ジュースを飲むのが限界のちっちぇ男である。

「こ、これはいけるんじゃあないか!?」

 前例を見続けたことで不安を凌駕する希望が沸いた天魔。
 少しだけ震える義肢で杯を持つと、ゆるゆると口元に持って行った。
 そして恐る恐る変若水を口にして、

「――――ヤッター! 胸が大きくなった!!」

 身長は殆ど伸びていないしあどけなさも残ったまま。
 だが確かに、その平坦なバストが成長していたのだ――それでもまあ片手で収まり切るサイズだが。
 貧乳がちょっと小さめの乳に変わった程度の変化だが天魔にとってはそれでも良かったらしい。
 さあ、これで残るは合法邪悪ロリだけとなったわけだが……。

「い、いけるわ! だって天魔お姉さんですらこれだもん! アリスはぐんぐん成長するわ!!」

 どう考えても前フリでしかないのだが本人はそれに気付いていない。

「見てなさい! 今日から私がお姉さんよ!」

 と、意味不明の供述をして一気に変若水を飲み干し、

「何でよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 速攻でフラグを回収した。アリスはまんじりとも変化していない。
 小学生ボディのままで服がキツクなったとかそう言うことは全然なかった。
 メンヘラーズは口元を押さえてアリスから目を逸らし震えている――哂っているのだ。

『だ、大丈夫よアリス! 魂の方には作用しててちゃんと出力上がってる!』
「じゃあ何で私の身体はこのままなのよ!?」
『えーっと……その、あの……身体は成長する伸び代が無かったみたい』

 その瞬間、アリスは声にならない絶叫を上げる。

「さぁて……それじゃ姉様、着替えましょうか――――服がキツクなりましたし」
「そうね。今のままじゃちょっとね――――窮屈だわ」
「私も。だって――――胸がキツイ」
「参ったなぁ――――ピチピチやん」
「私は前に着てた服を取り出せば良いから楽だわぁ――――あ、下着もだわ」
「僕も着替えよっと――――胸大きくなったし」

 決して死体蹴りを忘れないこの熱い一体感である。
 一人一発、アリスを精神的に蹴りつけて部屋を出て行く成長した面々。

「う、うぅ……し、紫苑お兄さん……アイツらがイジメるわ!」

 紫苑の胸に縋り付きワンワンと泣くアリス。
 アリス・ミラーにとってはかつてないほどの屈辱だった。カノッサの屈辱よりも屈辱だ。

「ま、まあ……人は見た目じゃないから(ファー! 最高だ、ちょっと気分良くなって来た!!)」

 美男美女を見せ付けられて降下していた機嫌が若干上向きになる。
 他人の不幸は蜜の味を体現する真性ロクデナシとはこの男のことだ。

『……後一時間もしなうちに世界の命運を賭けた戦い始まるってのに何してんのこの人達?』

 ホ ン ト だ よ。
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