挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

192/204

はるかぜしおんさんじゅうななさい

 十二月九日、決戦まで二週間と少しを切った。
 世には何とも言えない緊張感が満ちていたが、今日は紫苑にとっては特別な日だった――そう、誕生日である。
 紫苑さんじゅうろくさいが紫苑さんじゅうななさいになる日なのだ。
 とは言え、誕生日だからと言ってお休みとはならないのが社会人の辛いところである。

 今日も今日とて紫苑はギルドの長としての仕事に励んでいた。
 主に要人との会談やら何やらなのだが、彼は別段それを疎んではいない。
 偉い奴らが自分に頭を下げているのが楽しくてしょうがないからだ。
 サインを求められれば喜んでするし、一緒に写真を撮ってくれと言われればピースサインだってしちゃう。

 ただまあ、良いことばかりではないのが人生だ。
 そう言うお偉方と会うと必ずと言って良いほどに縁談を勧められてしまう。
 中にはその国一番の美少女を養子にしてまで紫苑とつがわせようとする指導者まで居た。
 紫苑と縁戚になれれば、平和になった後も恩恵が大きいと思ったのだろう。

 しかし、そんな縁談を持って来る指導者達はまるで気付いちゃいない。
 自分達がどれだけ危うい橋の上を渡っているのかと言うことに。
 つり橋の板は経年劣化でボロボロだし、橋を支える綱もふとした衝撃で切れてしまうなんてレベルじゃない。
 それほどまでに危険なのだ、紫苑に縁談を勧める――メンヘラーズを敵に回すと言うことは。

 メンヘラーズは比喩でも何でもなく片手間で国を更地に変えられるような手合いだ。
 しかもそれに対抗出来るのは真っ当な良識と力を持つルドルフとベアトリクスくらい。
 それに対抗出来ると言っても多勢に無勢だ。二対七では普通に分が悪い。
 しかも敵の内一人はカニ、純粋な一対一では最強なのだからどうすれば良いのか。

 幾ら知恵者ロキが着いていようとも策でどうにか出来るレベルじゃない。
 ルドルフやベアトリクスに出来ることがあるとすれば、祖国ドイツの権力者が馬鹿をやらないよう働きかけることぐらいだろう。
 大いなる力には大いなる責任が伴うらしいがどうにもならんものはどうにもならんのだ。
 それはさておき、紫苑は仕事と仕事の間に空いた時間をギルド大阪の執務室で休憩がてらコーヒーを啜っていた。

「(ふぅ……コーヒーのCMとかオファー来たらどうしよう)」

 知ったことか。

『芸能界進出だな!』
「(もうそんなレベルとうに超越してるっての。一山幾らの三流アイドル共なんざ目じゃねえよ。
俺が握手券入りの――ってか握手券そのものを発売したら一万ぐらいでも即日ミリオン突破だっつの)」

 それ以上はいけない。

「(そしてセンターを決める選挙でも俺がぶっちぎり一位!)」

 センターも何も紫苑は一人しか居ない。HS48とか悪夢以外の何ものでもないだろう。
 速攻でその命をフライングゲットして諸悪を取り除くしかない。

『すんげえアレな妄想してるっすね紫苑さん!』
「(うるせえ死ねバーカ)」

 カス蛇と話している時だけ、紫苑は小学生のようになってしまう。
 それだけ心を赦していると言うことだろうか? この男のことなのでどうにも断言し難い。

「お休みのところ失礼します」
「鎌田さん? どうした?」
「えーっと、その……そろそろ洒落にならないほどに誕生日プレゼントが大阪に届けられていまして……」

 ギルドのトップに立った以上、そのプロフィールは当然公開されてしまう。
 ギルドのホームページを覗けば写真と簡単な経歴が普通に載っている。
 前任のアレクなどもキメ顔の写真を使ったプロフを載せていた。
 しかも彼の場合は平時にはコラムなども連載していたりする。

 内容は贔屓にしているサッカーチームの話題なのだが、これが中々本職顔負けの論評でサッカーファンからは好評だったらしい。
 それはさておき、紫苑はコラムこそ連載していないが普通に経歴を公開している。
 なので当然誕生日なども広く知られているのだ。
 彼の住所は知らずとも大阪に住んでいることは誰もが知っている。

 なのでギルド大阪には日付が変わってから大量のプレゼントが届けられていた。
 中にはアイドルや役者、芸人なども居てかなり豪華なラインナップになっている。
 ギルドとしては送り返すわけにもいかず往生していた。
 それでも紫苑の手を煩わせまいとしていたのだが……。

「政府要人や、各国の特権階級の方々からも贈られて来ていて、流石に判断を仰がねばと思いまして……はい」

 申し訳なさそうに頭を下げるカマキリ。

「一応、簡易ではありますがそれらの方々から贈られて来たものの目録を作っておきました」
「……見せてくれるか(愚民共が俺に貢いでる! 何て良い気分だ!)」

 困った表情を作りつつカマキリから手渡されたリストに軽く目を通す。
 贈られて来たものもそうだが、贈った人物も半端じゃない。

「爵位とか貰ってどうしろと言うんだ……(まあ確かに俺は貴いけれどもな!)」

 形の無い称号のようなものまで贈られて来ているのだから驚きだ。
 名誉騎士ならばまだしも、それ以上。自国民以外の人間に与えられるには破格と言っても良い。

「さ、さあ……僕にも分からないです」

 目録を作ったのはカマキリだ、なので当然彼も中身については知っている。
 どうしてこんなもん贈って来てんだよ下心丸見えじゃねーかと何度ツッコミを入れたことか。

「忙しいとは思いますが、合間を縫ってメッセージを……」
「いや、個別に送る必要は無い」
「と言いますと?」

 流石に無視出来ない面子で、個別に感謝のメッセージを送るべき。
 そう考えていたカマキリからすれば少しばかり腑に落ちない。

「あんまりこう言うことは言いたくないが、あからさまに囲い込みに来ているものが多数あると思うんだ」
「……その通りかと」

 露骨な下心が見えると言うのはカマキリも納得するところだ。
 貴族の立場などはあからさま過ぎる。自国民に組み込もうと言う意図が透け透けだ。
 勿論日本国民としての立場を捨てさせる気は無いだろう。
 日本国民であると同時に自国の人間でもあると言うことをアピールしたいのだ。

 これは戦後を見据えた囲い込みだ。
 名目だけとは言え紫苑が自国の人間ならば発言力は増大するし後の為政にも利用し易い。
 だからこそ貴族の称号やら土地なんてものを平気で贈って来るのだ。
 無論、下心が総てと言うわけではないだろう。紫苑に対する敬意もちゃんとある。

 が、紫苑は戦後、美しく表舞台から退く気で居るのだ。
 なのにそんなものを貰っても意味が無い。どうせ捨てることになるのだから。
 いや、土地などは貰っても良いかな? などと思わなくも無い。
 優雅な永遠に続く余生を広大な土地の馬鹿デカイ屋敷で過ごすと言うのには憧れがある。

 しかし一つ受け取ってしまうと他のものも受け取らざるを得ない。
 と言うか土地と言うのならば今の時点でも十分な資産があるからそれで買えば良いのだ。
 懐が痛むのには腹が立つものの、貰うよりかはよっぽど良い。
 いや、欲しいことは欲しいのだ――――だって俗物だから。

「個別に感謝のメッセージなんて書けば受け取られたと思ってもしょうがないからな。
自分で言うのも何だが、俺は俺が持つ影響力と言うものについても分かっている。
そんな俺が何処かに肩入れするような真似をすれば後の世に遺恨を残しかねない。
手紙一つだってそう。誕生日プレゼントの感謝を綴った言葉すら利用される可能性は十二分にある」

 影響力が大きいことは良い、大いに自尊心を満たしてくれるから。
 が、その影響力を他者に利用されるのは反吐が出るほど嫌だ。
 自分のおかげで誰かが良い目を見るなんて赦せるわけがない。
 そして何より、利用された結果、自身の名に傷がつくようなことをやらかされても困る。

「……成るほど、ならばどうしますか?」
「ネットを使ってバースデープレゼントに対する感謝のメッセージを発信する。
その中に囲い込もうとして来た人間に向けてその気は無い、返却するつもりだと言う意思を仕込む。
他の人間には分からずとも贈って来た人間にだけには察せるようにな」

 今直ぐに贈り返すのもありと言えばありだが、このクソ忙しい時期にそんなことはやってられない。
 そんなことに人員を割く暇があるならばもっと別のことに使うべきだ。

「返却は戦後になるだろうが、それまではギルド預かりと言うことにしておこう」
「成るほど。ならば他の……そう言う意図が見えないようなものは?」

 その他多くのプレゼントの中にも当然、下心が秘められたものはあるだろう。
 しかし、それらを贈った人間の社会的立場を鑑みればそこまで影響力も無いし物品自体も受け取ったところで問題は無い。
 面倒なのはあくまで為政者達だ。そう言う社会的立場に無いのならば考慮する必要は無い。

「総て贈り返す……のがベストなんだろうが、そうもいかないだろう?」

 厄介な手合いからのプレゼントは例外として。
 それ以外のプレゼントまで返却するのならばそれも総て返却しなければいけない。
 あれだけ受け取ってこれだけ返すと言うのはアウトだ。
 紫苑としては全部送り返しても良いのだが、そうもいかない事情がある。

 差出人が明記されている物もあるが、逆に明記されていない物もあるのだ。
 あくまで名も無き一人としてただただ好意を伝えるためだけに名を記していない物も多数ある。
 それらはどうしたって送り返すことが出来ない。
 いや、とことんまで調べれば出来るかもしれないがそんな暇も人も無い。

 なのでそれらは受け取らざるを得ないのだ。そして、受け取る以上は他の物も同じ。
 厄介な手合いのものならば面倒を避けるためと言えるがそれ以外は不可能。
 結果として、紫苑は莫大な数のプレゼント受け取らざるを得ない。
 まあ、タダで貰えるものだし厄介な手合いからでもないので紫苑からすれば損は無いのだが。

「そう、ですね。しかし保管場所が……今も次々と増えているので……」
「雑な扱いをするみたいで申し訳ないが、冒険者用の収納具に仕舞っておくしかないだろう」

 冒険者が用いるバッグなどは腰につけるコンパクトサイズのものでもかなりの容量を誇る。
 それに贈られて来るもの総てを叩き込んでおくしかない。

「ですが中には食べ物、ケーキだとかクッキー、他にも生鮮食品やらも……」
「それらは一旦、然るべき場所で保管してもらおう。
その後で晴明に頼んで保護の術式をかけてもらって他のと同じように収納しよう」
「分かりました。そのように手配しておきます」
「うん(ところでお前は俺に献上品無いの? 愚劣なる民よ)」

 愚劣なる民よ、って何だか魔王のような言い草である。
 それはさておき、そんな紫苑の思念が通じたわけではないが……。

「それと、僕らも……用意させて頂いたんですが、迷惑でなければ受け取ってもらえますか?」
「気を遣わせてしまったようで申し訳ない……と言うか、僕ら?」
「ええ日本ギルドの職員全員で用意しました」

 カマキリが懐から取り出したのは一枚の封筒だった。

「日本全国にある有名温泉宿の宿泊券と、
同封されているもう一つのカードは各種公共交通機関をフリーに使えるパスです」

 予想以上に贅沢なものだった。

「期限は共に十年です」

 平和になった後に疲れを癒してもらうために用意したものだった。
 そしてそれは自分達が用意したプレゼントを無駄にしないで未来を勝ち取ってくれと言うエールでもあった。

「……ああ、ちゃんと使わせてもらうよ(と言うか俺お一人様じゃないの? 何か複数人OKみたいに書いてあるけど?)」

 それはそう言うことだろう。
 紫苑が照れ臭そうにプレゼントを懐に仕舞い込んだのを見てカマキリもニコリと笑う。

「ええ、じっくり堪能してください。
また別途で送りますけど温泉地好きの職員が個人的に編集したパンフなどもありますから」
「はは、それは楽しみだ」
「であ、僕はこれで」
「うん。本当にありがとう」

 カマキリと別れて少し後に紫苑も職務を再開する。
 ギルド大阪に訪れる要人などの対応しつつ片手間で書類仕事をしていたら気付けば午後七時。
 泊まり込みで仕事に勤しむつもりだったのだが、職員らの反対により紫苑は拠点に帰されてしまう。
 三日もギルドに泊まっていたしそろそろ帰った方が良いと言う気遣いと、

「(どうせあのクソ共が誕生日パーティの用意してるからだろ? だから俺は帰りたくなかったんだよ!)」

 紫苑の仲間達がパーティの準備をしているのを知っていたからだ。
 そして本人もその意図をあっさり看破している。
 地下駐車場から拠点に戻るまでの道中、足取りは酷く重かった。

『良いじゃん、プレゼントとか貰えるぜ?』
「(そら普通の時なら我慢してやっても良いけどぉ……)」

 メンヘラーズとプラスアルファ達と過ごすのを我慢してまでプレゼントが欲しいわけではないのだ。
 何せ今年は莫大な量のプレゼントを貰っているし。
 今更、ちょっと増えたところで嬉しいとも何とも思えないのが紫苑と言う屑だった。

『ケーキは林檎系が良いなぁ……作ってると思う?』
「(俺の誕生日なのに何でテメェの好物が出て来ると思ってんだ? 世の中舐めんなよ爬虫類!)」

 扉に手をかけ、中に入った瞬間――クラッカーが鳴り響く。
 入り口付近には仲間が揃っていて、皆が笑顔を浮かべている。

「お誕生日おめでとう!!」

 声を重ねて紫苑の生誕を祝う。
 彼ら自身の誕生日の時も地味に皆で祝って来たのだが、やはり紫苑の時は力の入り方が違う。
 いや、別に他の者の時だけ手を抜いていたわけではないのだが。

「ああ……ありがとう」

 照れ臭そうに笑う紫苑の手をアリスが引っぱる。

「さ、食堂に行きましょ紫苑お兄さん! ケーキも料理を用意してあるから、後プレゼントも!」
「皆も忙しいだろうに、何だか申し訳ないな」

 食堂の中ではアリスが言うように準備は万端だった。
 幾つもテーブルをくっつけて所狭しと並ぶ紫苑の好物。
 大きなホールケーキには十七本の蝋燭が刺さっており、多分後でライトを消してお約束をするのだろう。

「ささ、主賓の春風さんはこちらに」

 ちょっぴり豪華に飾り付けられた椅子に座らせられる紫苑。
 周りとの格差が見える計らいにちょっぴり機嫌が上昇する。

「よし、とりあえずは蝋燭の火を消してもらおうか」

 全員が席に着いたところでルドルフが指を鳴らす。
 すると照明が消えると同時に蝋燭に炎が灯った――ロキの魔術だろう。

「ほな紫苑くん。ふーっと一息でよろしく!」
「あ、ああ……正直、恥ずかしいんだが……」

 まだ小学生とかならばケーキに刺さった蝋燭の火を吹き消すことにも恥は感じなかっただろう。
 が、もう十七歳で社会的な立場もある身である紫苑の自尊心的にはアウト判定だった。

「何言ってるのさ。一年に一回なんだし、恥ずかしがることないって」
「……分かった。じゃあ、行くぞ」

 このシチュエーションではどの道拒否ることも出来ないし、出来ても空気が読めない奴と思われてしまう。
 観念した紫苑は大きく息を吸い込んで、蝋燭に向けて吐き出した。

「(毎度毎度思うんだが、軽く唾液も飛ぶだろうし正直衛生的にどうなんだろうなコレって。
いやいや、俺の唾液は神の雫だけどさ! フローラルだし道頓堀川だって綺麗になるもん!)」

 コイツの唾液は一体何だと言うのか。

「それじゃ、改めて誕生日おめでとう紫苑ちゃん」

 蝋燭の火が消され、照明が点いたところで改めておめでとうの言葉が飛んで来る。

「卿も十七歳か。何気に誕生日は遅い方だからこれまでは年下だったのだよな」
「ああ……とは言っても、もう並んだけどな」

 ルドルフなどは比較的誕生日が早かったので一足先に十七歳になっていたが紫苑は見ての通り十二月。
 この面子の中では中々に誕生日が遅い。

「それより紫苑、聞くところによると随分プレゼント貰ったらしいな」

 その言葉は当たり障りの無い世間話のように聞こえるが発言者がカニなので当然裏がある。

「まあな。少々厄介なのも混じっていたがそっちはちゃんと対応しておいたよ」
「そうか。まあ、面倒なことになっても私が動くから安心すると良いさ」

 間違いなく囲い込みに来る人間が出て来ることはカニも予想していた。
 誕生日と言う合法的にものを贈ることが出来る日なのだから。
 平時に贈っても拒否されてしまう可能性が高くとも今日ならば。
 紫苑に煩いごとが増えたのならばカニは裏で容赦なく動くつもりで居た。
 そして紫苑自身もそれに気付いていたからちゃんと対応しておいたと言ったのだ。

「もう、お祝いの席なんだから悪い顔しないでよ二葉お姉さん。
さ、紫苑お兄さん、何から食べる? アリスが取ってあげるわ」

 紫苑の両脇に居るのはカニとアリス、恐らくはくじ引きで席順を決めたのだろう。
 若干口惜しそうな他のメンヘラーズを鼻で笑うアリスがまた何とも小憎らしい。

「そうだな、じゃあカリフォルニアロールと唐揚げ、それとエビフライを頼むよ」

 拒否っても良かったのだが、今日は主賓なんだし押し問答が始まるのは目に見えている。
 しょうがなくオーダーを告げるとアリスは笑顔でそれぞれの食品を皿に載せ始めた。

「ちなみに紫苑よ、そのカリフォルニアロールは私が作ったのだぞ」

 フフン! と胸を張るルドルフだが、

「ルドルフお前料理出来たのか!?(裏切られた!)」

 紫苑からすればそれは裏切りだった。同じ家事出来ない組なのに何やってんだテメェ、と。
 普通は出来ないはずなのに頑張って作ってくれたから喜ぶ場面なのにこれだからやってられない。

「うむ、ルークの巻き寿司セットを使ってな!」
「……そう言えば、そんなのもあったな」

 幻想回帰以前に新品の手巻き寿司セットを使って夕飯を食べた覚えがあった。

「ルークくん色んなもん買うてるなぁ……」
「この中で自分は通販番組について一番造詣があると自負している」
「そんな自負いらないわよデカブツルーク」

 別にルークの稼いだ金で何を買おうとも勝手だが、通販狂いと言うのは何だか微妙な気分だ。
 アリスの冷ややかな視線をスルーしつつルークは近場にあったスープを啜る。
 ほんのり額に冷や汗が浮かんでいるのは決して気のせいではないだろう。

「どうだ、美味しいか?」
「ああ、美味しいよ」
「そうかそうか。それは良かった」
「(手巻き寿司如きでドヤ顔してるなよ腹立つわぁ……)」

 たまには他人の好意を素直に受け取っても罰は当たらないと思うが……。
 いや、それが出来るようならば紫苑はもっとマシな人生を送っていたか。
 出来ないからこそこんなところにまで来てしまったのだから。

「ところで紫苑くん、結構プレゼント貰ったって言ってたけどさ。どんなの貰ったの?」
「珍しいもの」

 どうせなら珍しいものの話をしてくれと天魔とアイリーンがせがむ。

「珍しいもの……土地とか、爵位とかがあったな。後は城とか?」

 どう考えても囲い込みに来ています、本当にありがとうございましたと言う代物である。

「爵位、春風さんを貴族にするつもりなんでしょうか?」
「まあそれらのアレなプレゼントは丁重にお断りするつもりだがな」
「どう考えても良からぬ下心がありそうですからね。紫苑さんの判断は妥当かと」

 基本的には和やかな空気が流れていたのだが、爆弾を投げ込む者が一人居た。

「――――女、とかもあったんじゃないか?」

 そう、カニである。その発言に楽しいお誕生日会なのにサバトのような瘴気が立ち上ってしまった。

「……まあ、あった。そう言う御国柄なんだろうな。写真だけだが贈られて来ていた」

 気に入れば即時配達、みたいな形を取るそうだが笑えない。
 そこまでするのかとカッスなどはドン引きしてしまった。

「ちょっとその国、更地にしませんか?」
「駄目ですよ姉様。人は貴重な資源、下手に減らすと後々に響きます」
「一族郎党」
「まあ、それぐらいで済ますのが妥当よね」
「人身売買なんて赦せないわ。しかも紫苑ちゃんにその片棒を担がせようとするなんて」
「カニえもーん、テロとかに見せかけられへんかなー?」
「しょうがないなー麻衣ちゃんは。カニえもんに任せておきなよ」

 大儀名分を掲げてテロに及ぼうとするメンヘラーズに心底肝が冷える。

「い、いや……ちゃんと断ったんだし、文化の違いと言うのもあるから……」

 下手にテロられたら自身の評判にも傷がついてしまうかもしれない。
 それだけは何としても避けたい紫苑は必死でメンヘラーズを止める。
 が、

「フフフ、嫌ですよ春風さん。冗談に決まってるじゃないですか」

 メンヘラーズは軽いジョークだと言って笑うだけ。
 とてもジョークには思えないのだが、恐らくは多分マジだったはず。

「……卿らの場合冗談に聞こえないんだが」
「ウフフ、ルドルフお兄さん何か言ったかしら?」

 自分と同じ蒼い瞳のはずなのにアリスのそれは極寒の冷気を放っている。
 ルドルフはカタカタと身体を震わせながら首を横に振った。

「い、いえ! 何でもないです!」

 美味しいはずの料理なのにまったく味がしない。
 メンヘラーズと言う核兵器より性質の悪い集団は味覚まで奪ってしまうようだ。

「後、変わったプレゼントと言うわけではないが特別嬉しいプレゼントも幾つかあったな」
「ほほう……どんなプレゼントなん?」

 誰かからものを貰った場合、どれも嬉しそうに受け取るのが紫苑だ。
 その彼が特別嬉しいと言うのは気になる、恋する乙女として。

「麻衣は知ってると思うけど、りんって男の子覚えてるか?」
「あー……はいはい、覚えとる」
「その子から貰ったんだがな」

 ゴソゴソと腰に着けていたバッグを漁り、紫苑が取り出したのは手紙と画用紙だった。

「ほら、上手に描けてると思わないか?」

 画用紙に描かれていたのは槍を持った紫苑だった。
 子供ゆえにハッキリ言って下手なのだが、温もりを感じられる仕上がりになっている。

「これは前、助けてくれたお礼の手紙でな。頑張って漢字を使おうとしてるんだが、どうにも苦手らしい」

 嬉しそうに絵と手紙を見せる紫苑に仲間達も思わず和んでしまう。
 絵や手紙も微笑ましいが、それらを貰って心の底から嬉しそうにしている紫苑が微笑ましいのだ。

「他にも子供達から絵だったり折り紙だったり色んなものが贈られて来てな。
それだけは飾っておこうと思って持って帰って来たんだ。良いプレゼントだろう?」
「そうね……うん、紫苑お兄さんにとってはすっごく素敵なプレゼントだわ」

 人の温もりが感じられる贈り物が嬉しくて嬉しくてしょうがない。
 成るほど、確かに紫苑にとっては特に嬉しいプレゼントだろう――あっざとい好感度稼ぎである。

『これするためだけにわざわざ沢山あるプレゼントから見繕って来たんだもんなぁ……すげーよお前』

 労力の無駄遣いと言わざるを得ない。
 一体全体どうしてここまでやれるのか、そりゃ普通の人だって良く見られたいと言う気持ちはあるだろう。
 が、そのためだけに全身全霊を注ぐなんてことは出来ない。
 一分一秒たりとも手を緩めずに見栄を張り続けるなど狂気の領域だ。
 凄いんだか気持ち悪いんだかよく分からない生物である。

「ふふ、紫苑ちゃん。それはお部屋に飾るのかしら?」

 子供の真心が籠ったプレゼントは雲母の心にも深く染み渡った。
 自分が貰ったわけでもないのに嬉しく思ってしまうのは彼女が母性溢れる人間だからだろう。

「ああ、そうするつもりなんだけど……」

 結構量が多く、総てを飾り切れそうにはないと困った顔をする紫苑。

「だったらどうでしょう、食堂や談話室などにも飾ってみては?」
「うむ、それは名案だな。私達も絵を観賞して和めるし」

 中には紫苑だけでなくその仲間達も一緒に描かれているものがあった。
 ルドルフは自分と紫苑が描かれた絵を観てクスクスと笑っている。

「だったら私が後で飾っておくわ。紫苑ちゃん、絵を渡してくれる?」
「ん、よろしく御願いします」

 腰に着けていたバッグごと雲母に渡し食事を再開する。
 テーブルにはかなりの量が用意されていたが人数も多いし全員が冒険者なので一時間もすれば綺麗さっぱり無くなってしまう。
 そしてラストのケーキを食べながらそろそろプレゼントを渡そうかなどと話し合っていると……。

「紫苑さん!?」

 急に紫苑が顔から机に突っ込んでしまう。
 前衛適正のある者らが優れた動体視力で寸前に見たのは意識を失う紫苑だった。
 一体何が!? と全員が駆け寄ろうとしたところで紫苑が顔を上げるが、

「……ちょっとカス蛇、あなた何やってるのかしら?」

 その瞳は縦に裂けていた。
 この特徴が浮かび上がると言うことは紫苑の身体の制御が奪われたと言うことに他ならない。
 アリスを初めとして皆が鋭い視線を向けるものの、カス蛇は薄ら笑いを浮かべてそれを受け流している。

『悪いな。ちょっとアイツにゃ内緒で話したいことがあったのさ。もうそろそ決戦も近いし、タイミングを見計らってたんだよ』
「紫苑さんに内緒で話したいこと?」
「内容次第で殺す」
『こええなぁオイ。ま、それはともかくだ』

 パチン、とカス蛇が指を鳴らすとそれぞれの眼前に小瓶が出現した。
 中は赤い液体で満たされており血のようにも見える。

「これは? と言うか私の前には何故二つも?」

 他の皆は一つしか与えられていないのにルドルフの前には小瓶が二つ。

『そりゃお前の彼女さんの分だよ』
「彼女って……別にベアトリクスとは……」
『男のツンデレにゃ興味ねえからとっとと話を勧めるぞ』
「ええ、そうしてくれるかな。ねえカス蛇くん、これ何なのさ?」
『――――紫苑の血だ』

 小瓶の中身は血のような、と言うか血だった。
 結構前からカス蛇が紫苑が寝ている時などを見計らってコツコツと彼の血液を溜めていたのだ。

『……と言うか御嬢様方は何で顔を赤らめてらっしゃるので?
いや良い、やっぱ良い。深く聞くと俺様夜眠れなくなるかもしれねえし』

 メンヘラーズのことだ。絶対ロクでもない妄想をしているに決まっている。

「ん、んん! そ、それでカス蛇ちゃん。どうして紫苑ちゃんの血が入った瓶を私達の前に?」
『まあ、絶対とは言えないが……決戦の際に、本当の意味で最強の敵が出て来るかもしれない』
「最強とはまた、安い文句だねえ」
『総ての幻想と真正面からやり合えるような奴だ、安くはねえよ』

 水を打ったように静まり返る。
 さらりと告げられたことだが、カス蛇の言葉に嘘を感じさせるものはなかった。

「一体、何者よ?」
『そん時が来たら分かるさ。まあ、兎に角その血はそいつに対抗するのに役立つであろう代物だ』
「紫苑の血が、ねえ」

 薄々、薄々ではあるがカニは最強の正体について勘付き始めていた。
 それでも口に出さないのは確証が無いから、そして……。

『ただし、そいつを飲むことで代償が生じるんだな』
「代償が何よ。紫苑お兄さんのためならば命すら惜しくないわ」
『そいつは結構なことだが命は無くならんよ――――不老不死になるんだから』

 またしても衝撃的な発言だった。紫苑の血を飲むことで不老不死に? 意味が分からない。

『まあ、それ単体で不老不死にはならんがな。
武器としてそいつを飲んで戦いが終わって、勝ったのならば確実にそうなる。
紫苑はお前達が不老不死の業を背負うことに良い顔はしないだろう。だから、今日から決戦までの間に考えな』

 不老不死に対してどう向き合うのかを。
 紫苑を愛していようとも、不老不死になってしまえば永劫罪の意識を背負わせることになり兼ねない。
 メンヘラーズと言えどもこれは難しい問題だった。

『じゃ、俺様は紫苑の意識を覚醒させて制御を明け渡すからフォローよろしく。
紫苑の前に箱あるだろ? 俺様が見繕った林檎スイーツだからプレゼントのためのサプライズって感じで』
「ちょ!?」

 全員が全員、ギョっとしてカス蛇を引き止めようとするが彼はあっさり紫苑に身体を返してしまった。
 言うだけ言って逃げるとかそりゃないだろうと思ったものの、仲間達は即座に小瓶を懐に隠す。

「ん……あれ? 俺、今、寝てたか?」
「え、えーっと……カス蛇が紫苑お兄さんにプレゼントを渡したいからって意識を一瞬奪ったのよ」
「う、うむ! ほら、サプライズと言うやつだ!」
「ほう……アイツが……これは、お菓子か? いや、そもそもどうやって買ったんだ?」

 何とか誤魔化せたと胸を撫で下ろす一同。
 後に紫苑がこの時のことを知って大そうキレることになるのだが、どうでも良い話である――だって紫苑だし。
ハイペース投稿が続いていたのでちょっと休んでモチベーションをアップさせてから最後の十話の執筆を始めるつもりです。
最後まで書き終えたら一部の時のように二日に分けて投稿します。
日時については書き終えてから活動報告でお知らせします。
最後までお付き合い頂けると幸いです!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ