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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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カーッ! 気持ち悪ッ!!

 九月のある日のこと。紫苑は東京から京都に向かう電車の中に居た。
 今日の護衛はカニで、彼女が居れば大抵のことは何とかなるだろう。

「二葉、核の接収状況はどうだ?」
「ああ、総て回収出来たよ」

 予備や解体待ちも含めて世界に現存する核兵器は約一万七千。
 紫苑は各支部長らに政治家との交渉を任せ、それら総ての核を接収した。
 理由は幾つかある。まず第一に、大戦の折りに核兵器を破壊でもされたら放射能汚染で酷いことになるから。
 例え勝利したとしても戦後、世界が放射能塗れになるなんて笑えない。

 第二に、攻撃用として使うため。上位の幻想、カニや神魔と同化した連中もそうだが彼らは核を防げる。
 が、上位より下に居る連中にとっては核の熱量と言うのはそれだけで脅威だ。
 ゆえに紫苑は決戦の際に、エデンにて接収した核兵器を総てぶっ放すつもりでいた。
 無論、自身に害が被らないようにしっかりと対策をした上で。

 幻想の領域で使用するのならば放射能汚染も知ったことではない。
 そこそこ使える兵器ならば出し惜しみは無しだ。各国の為政者達もそれには納得してくれた。
 接収した兵器は今現在、ニブルヘイムや高天原、安土、人間側に着いた幻想達の領域に保管している。
 それらの核兵器には総てロキら知恵者達により改良も施されているので使用すれば覿面の威力を発揮するだろう。

「改修状況も上々。科学と魔道の融合、良い塩梅だと思うぜ」
「そうか……ならば良い」

 駅弁をパクつきながらの会話だが、あまりにも物騒過ぎる。
 ちなみに紫苑が食べているのは牛タン弁当でカニが食べているのは蟹飯だ――若干共食い臭いがスルーしよう。

「ちなみに、原子力発電所は?」

 ダンジョンからの恩恵によって廃れたとは言え、世界では幾らか原子力発電所が存在している。
 そこも狙われれば厄介極まりないのだが、そこら辺は先の核の件も含めてカニに一任していた。

「問題ない。全部廃炉にしたよ。ま、代替を用意するのにかなり金を使ったが……まあケチってられる状況でもない」

 各国からの援助もあり、代替の発電所もスムーズに建造された。
 これで原子力発電所があった地域の生活が脅かされることもないだろう。

「不安要素はこっちで色々潰してる。万事抜かりは無い、安心してくれ」
「分かってる。お前ならば大丈夫だと俺も一任しているんだ」

 ある意味で紫苑はカニを信用している。
 彼女の勝ちに対する執念は恐ろしい。不利になる要素は悉く潰して来る。
 その勝利に対する姿勢は敵側であれば面倒極まりないが味方だと随分負担が楽になると言うものだ。

「おやまあ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」

 素直に喜びを表現するカニ。やはりと言うべきか何と言うべきか、この娘も……。

「お前が俺を高く評価しているように俺もお前を高く評価しているだけのことだ。
じゃなきゃ、あんな真似をするもんかよ……二度やれって言われても絶対無理だよ」

 紳士の国でやらかした死に逃げ作戦のことである。

「互いに意識し合っているってことか……なあ、知ってるか?」
「何が?」
「ラプラスって観測魔の話なんだがな。私とお前はどの可能性世界においても敵対しているらしいぞ」
「ほう……(だろうな! こんなのと馴れ合うなんぞ真っ平御免だよ!)」

 紫苑はカニを評価していても、好きなわけじゃない。
 元来優秀な人間は反吐が出るほど嫌いなのだ。
 非常時だからこそ我慢して使ってやっていると言う認識の下に今は耐えているだけ。
 最終決戦で自分以外が死んで勝利を掴んで終わると言うのが紫苑の望む最高のハッピーエンドである。

「陣営、勝敗、それらはその都度変わっちゃ居るがぶつかれば必ずどちらかが表舞台から消えている」

 だが、今自分達が生きているこの世界において初めて例外が生まれた。
 春風紫苑と葛西二葉が手を組む――あり得ない可能性だ。
 しかしそれは現実として成立しており、それが意味するところは……。

「良きにしろ悪しきにしろ、どちらかは終わってみるまでは分からんが……風が吹いてるぜ、確実に」

 紫苑とカス蛇の邂逅、紫苑とカニの融和、例外だらけの世界だ。
 これまで起こり得なかった新たな未来が生まれる可能性は十二分にある。

「そう、か。楽観は出来ないが、少しばかり期待が持てそうだよ」
「だろ?」
「しかし……どの世界でも敵対して必ずどちらかが潰えていた、か」
「運命のライバル関係みたいだろ? 少年漫画的な」

 少年漫画のライバルはもっと正々堂々としている気がしないでもない。
 主役にしたってライバルにしたってコイツらは王道を外れ過ぎているだろう。

「まあ、それはそうだが……感知出来ない世界のこととは言え、女の子と殺し合ってるってのは良い気分しないな。
お前は正直、かなりアレだが可愛い女の子ではあるし、中身もまあ……ある意味で純粋と言えなくもない。
そんな子と手を取り合うんじゃなくて殺し合うしかないって言うのは我がことながらどうにも、な」
「――――」

 紫苑のホストムーブにカニは言葉を失った。
 自分がアレなのは自覚しているしそれでも尚、女の子であると言う認識のまま。
 これまで直向きに勝利だけを見つめて突っ走っていたカニは思いの外初心だった。
 ほんのり頬を赤くして困ったように窓の外を見るその姿だけを見れば本当にただの女の子である。

「あ、あー……うん、その……やっぱお前、結構悪い奴だよな」

 笑えないレベルで頭がキレて自分を詰ませたくせに、天然でこんなことを言ってのける。
 本当に本当に悪い奴だ――カニは照れを隠すように紫苑を責めた。

「ま、自覚してるよ。悪い奴じゃなきゃ、あんなことは出来ない(やれやれ、ちょっとサービスし過ぎたかな)」

 カニが自分に惚れていることを当然のことながら紫苑は気付いていた。
 その観察力は伊達ではないのだ、そしてその上で一山幾らの鈍感主人公ムーブをやっている。

「そう言うことじゃないんだが……変なとこで鈍感と言うか……いや、それで良いのか」

 バランスが取れているのかもしれないと気が抜けたように笑うカニ。
 分かっているのだ、自身の勝利への渇望と同じように紫苑の愛が大き過ぎることを。
 真っ当な恋愛が出来るような構造ではない。そしてだからこそ、

「……強引が過ぎる女で丁度良いのかもな」

 そうも思う。紫苑の周りに居る女は誰も彼も好意を隠さず強引過ぎるほどに愛を謳っている。
 それぐらいが丁度良いのかもしれぬとカニは一つの納得を得た。

「(いや、良くねえよ)」

 小さな小さな呟きだったが紫苑イヤーは当然拾っていた。
 そしてカニが言わんとしていることも正確に理解していた――もう何なんだろうこの男。

「ま、それはそれとしてだ。一応今日の予定を確認しておくか」

 スケジュール帳を取り出すカニ――護衛の時は秘書も兼ねているのだ。
 基本的に何でも出来る才人だし紫苑ともツーカーなので適任と言えよう。

「京都に着いたらまずは新撰組の連中から直接、どんな具合かを確認。
その後に一緒に市中の見廻りってことになってるが……まあ、散歩みたいなもんだわな」

 紫苑が新撰組と共に見廻りをするのはぶっちゃけてしまうとアピールだ。
 あの春風紫苑が信を置き使っているのだと言う。
 それで少しでも反感を減らそうと言うセコイセコイ作戦である。

「終わったら夜まで京都のあちこちで慰問ってことになってるが体調如何では幾つか省くつもりだ。体調はどうよ?」
「今のところ問題は無い。と言うか、そうそう体調を崩すことはないよ」

 対カニ戦の反動による崩壊は抑えられた。
 だが、それも無理矢理壊れそうなものを繋ぎ止めているだけで不具合はあちこちある。
 身体が軋みを上げたり視界がブラックアウトしたりはするが、しかしそれも慣れてしまえばどうと言うことはない。
 元々取り繕うのが病的なほどに上手い男だし、不老不死と言う希望も柱となっているので平気の平左だ。

「それに、戦いに比べると随分楽だ。どうってことはない」
「……まあ、お前は身体的な痛みだったり苦しみには強いしなぁ」

 カニも強いと言えば強いがそれは頑健な肉体あってこそ。
 紫苑の場合は一般人よりちょいと上程度の頑健さしか無いがその精神の強度が頭抜けている。
 簡単に言うとパネェ根性論で総て耐えているのだ。
 ちょっとぐらいの体調不良ぐらいは何でもないだろう。

「話を戻すが予定通りに慰問が終われば夜は会食。それで今日の予定は消化出来る。
ホテルに戻れるのは日付が変わるちょっと前ぐらいだろう。翌日も京都だが昼からだしゆっくりは出来ると思う」
「うん、分かってる」

 これは仕事だ、しかし紫苑にとっては御褒美のようなものである。
 見廻りや慰問先ではチヤホヤされ、他人の金でクソ高い料亭で飯を食う。
 多少の煩わしさはあるものの、それが終われば高級ホテルのスイートルームで一泊。
 俗物な紫苑からすれば堪らない予定だった。

「(ゲヘヘ……!)」
『うわぁ、とっても小物っぽい笑い声だぁ』

 愉快な未来を想像しながら道中を楽しんでいれば到着なんてあっと言う間だった。
 京都駅に到着すると駅構内がVIPの登場に沸き上がったが、これもまた紫苑の機嫌を良くする。
 プライベートでは認識阻害符を使っているが、あれはあんまり好きではないのだ――だってチヤホヤされないから。
 紫苑は愛想を振り撒きながら烏丸中央口に向かい新撰組へと合流。

「御待ちしておりました」

 入り口付近で土方と何人かの隊士と合流。
 紫苑の姿を見た途端に膝を突いて忠を示す、これは完全に紫苑に従っていると衆目にアピールするためだ。
 提案したのは鬼の副長で、分かっていると言わざるを得ない。
 こう言う繊細なことを出来る人間と言うのは有用だ。

「すまない、待たせた。それじゃあ土方さん、見廻りに行きましょうか。話は歩きながらってことで」
「ええ」

 紫苑とその脇に土方、カニを置いて徒歩で市内を歩き始める。
 紫苑と両脇の二人は当然として、後ろに続く隊士達もイケメン揃いなのには当然、理由があった。
 何のかんの言っても顔が良いと言うのはそれだけで武器になるのだ。
 ゴツイのが歩き回っていれば威圧感を与えてしまうが美男であればそうはならない――華があるから。

 土方や近藤もそこらはしっかり理解している。
 なので立場ではなく顔が良いものを見廻りの際に先頭に置くように気を付けている。
 全員が全員美男子ならば良いのだが、どの時代にも顔面偏差値と言うものはあるのだ。
 そう言う意味で近藤は局長ではあるが、美男子と言うわけではないので見廻りにはあまり行かない。

 代わりに彼は剣を使う冒険者相手に剣術の指南などを行っていたりする。
 顔が良くて尚且つ剣の腕も立つ総司や土方は両方だ。
 その他の隊士らもそう、集団戦法は新撰組の十八番なのでちょくちょく冒険者らの指導に勤しんでいる。
 地道な活動ではあるが、決して無駄なことではない。

「そう言えば、気になっていたんだが……出奔したと言う斉藤一はどうしてるんだ?」

 道往く人々に愛想を振り撒きつつ、以前から気になっていたことを問う。

「ん? 斉藤一って居ないのか?」

 事情を知らないカニがキョトンと首を傾げる。
 斉藤一と言えば沖田らに並んで剣の腕が立つと言われる新撰組の主戦力だ。
 それが居ないと言うのは少々困るだろう。

「ああ……色々あって居ないんだ。一応戻って来ないかと打診はしたんだが……」

 事情が事情なので近藤が元に戻ったのなら斉藤も戻って来る――土方や総司はそう考えていた。
 考えていたのだが、そうはならなかった。
 何とも微妙な表情で押し黙る土方だが、やがて意を決したように事情を説明する。

「出奔中に色々あったらしく、今はかぐや姫と二人で幸せそうにやっている」
「(何でだよ、何でかぐや姫だよ。斉藤一何やってんだ?)かぐや姫?」
「と言うか実在したんだな、かぐや姫。物語の中だけだと思ってたわ」

 竹取物語は創作、そう考えていた時期が俺にもありました。
 と言うのはさておき、どうやら月の姫君は確かに存在していたらしい。
 ならばあの求婚者達への無茶振りも総て事実なのだろうか?

「局中法度で腹切らせないで良いのかよ?」

 局中法度に厳格なイメージのある土方、カニの疑問も当然である。

「いや、出奔した事情もあったしなぁ。別に女と出来てるぐらいで腹は切らせんよ。
まあ、童女と懇ろなのはどうかと思うが……それも個人の趣向で踏み入るのもどうかと思う」

 土方は真面目だし、鬼と呼ばれるほどに厳格だ。
 さりとて話が分からない堅物ではない。基本的に真面目だが柔軟な考えも出来るのだ。
 でなくば新撰組の副長は務まらない。

「ふぅん、だが現世で幸せになってるってんなら……敵になる可能性は?」

 カニの瞳に冷酷の色が浮かぶ。返答如何では今日のうちに始末をつけるつもりだ。
 が、それは杞憂である。もしそうならば土方が早期に動いていただろう。

「問題ない。ハジメも姫もいずれ来る終わりは承知の上だし、ハジメも決戦の折には戦うつもりらしい」
「そうかい。ならまあ、問題は無いか」
「(と言うか童女ってとこに突っ込まなくて良いの? 斉藤一ロリコン?)」

 よしんばロリコンだとしても紫苑が言えた義理ではない。
 同年代とは言え見た目完全に小学生のアリスとアレコレしているのだから。

「まあ、現世で少しでも幸せを享受しているのならば何よりだよ」
「ああ……と言ってもアイツは、俺達が死んだ後も普通の人生を送っていたがな」

 幕末が終わり明治がやって来た後も斉藤一は普通に生きていた。
 普通に生きて普通に警官やって普通に子孫まで存在している。
 新撰組の中では恵まれた人生を送ったと言っても良いだろう。

「はは、そう言う土方さん達はどうなんだ? 今、楽しいか?」
「無論。大儀がために剣を振るう、しかもそれが真実の正しさの下でならば本懐だよ」

 幕末当時は幾つも正義があった。
 近藤の言うように各々が世のために最善を尽くしただけだと土方も納得はしている。
 とは言え、絶対の正しさを掲げて剣を振るうことに憧れが無いわけではない。
 その点、今度の大戦はバッチリだ。人が未来を切り開くための一助となれる――武士の本懐だ。

「近藤さんも今を生きる者達に剣を教えるなどして十分に今を楽しんでいる」
「そう言えば近藤さんは元々剣術道場の主だったか」
「ああ、天然理心流の四代目だ。俺と沖田も門下生で随分しごかれたよ」

 昔日に思いを馳せる土方の表情は鬼の二つ名に似合わず優しい。

「天賦の才を持つとは言え女の沖田や、曰く付きの俺をよく受け容れてくれたもんだ」
「曰く付き?」

 はてと首を傾げる紫苑とカニ。
 一応土方の逸話等も知っているが曰く付きと呼ばれるほどのものがあったようには思えないのだ。

「行商中に様々な流派を学んだが、あくまでそれは独学。基本が喧嘩殺法なんだよ俺は」

 照れ臭そうに頬を掻く土方。それを聞き、成るほどと二人は頷く。
 伝えられるところによると土方は足下の砂を蹴り上げ目潰しをして相手を斬ったり、
首を絞めて殺すなど剣術に囚われない戦い方をしていたと言う――確かに喧嘩殺法だ。

「どうにもその癖が抜けず他所の道場では煙たがられてなぁ」
「まあ確かに格式とかを謳う連中には良い顔されんわな。私は良いと思うがね」

 勝てばそれで良いじゃんなカニからすれば格式だとか正々堂々なんて言葉は塵屑のようなものだ。
 そして土方もそう言う気質であったがために、正統派からは疎まれていたらしい。

「まあな。が、近藤さんだけは違った。俺の持ち味を伸ばす方向で指導してくれたんだ」
「近藤さんは良い指導者だったんだな」
「ああ。おかげで随分強くなれたよ。まあ、自由が過ぎたから俺は中極意目録までしか到達せなんだがな」

 土方は強くなったが、それは天然理心流を極めたと言うことではない。
 なので天然理心流の修得については皆伝とまでいかなかったようだ。
 ちなみに沖田は天然理心流だけでなく北辰一刀流の皆伝も果たすほどに剣術と言う面では秀でていた。

「貴重な話だな。折角だ、もっと聞かせてくれよ土方さん」
「うむ、喜んで」

 その後も談笑しつつ数時間ほど見廻りを続け、土方らと別れる。
 彼らと別れた後はギルドの公用車で京都のあちこちを回って慰問に勤しむ。
 あちらこちらで人々を踊らせる手腕は見事の一言だ。
 疲れを見せることもなく慰問を総て終えた後は料亭で会食。

 そこでも料理に舌鼓を打ちながら良い具合に大人達を舌で転がして万事を滞りなくこなす。
 会食が終わりホテルに戻る頃にはすっかり夜も更けていた。
 紫苑は用意されたスイートルームに備え付けられている豪華な風呂で身体を休めつつ明日の予定に思いを馳せる。
 明日で丁度、酒呑童子討伐から一年。あの戦いの犠牲者達のために慰霊祭が開かれるのだ。

 カニが京都行きの護衛に選ばれたのもそれが理由である。
 一年前に酒呑童子を討伐したのは紫苑とカニの二人だ。
 後者は少々悪名もあるが、衆目の認識では人類のために非情の道を歩んだ悲劇の英雄だ。
 ゆえに慰霊祭への出席も何ら問題は無い。

「(あー……他人の金で豪遊するって本当に楽しいわ)」
『俺様としては林檎が無かったのが不満だね。俺様居るの分かってんだから誰か気ぃ利かせろよ』
「(林檎用意されても俺が素直に喰うと思うなよ?)」
『ひ、ひでえ……』

 存分に湯で身体を休め、脱衣所へ向かう。
 さてはてこの後はルームサービスでも取って優雅に過ごそうかしらん? などと考えながら脱衣場を出ると、

「よう、案外長風呂なんだな」

 バスローブを纏いソファーで寛ぐカニが居た。

「……どうやって入ったんだ?」
「電子ロックだろうが何だろうが、私にゃ意味を成さん。そう言う方面への知識もあるからな」

 クツクツと笑うカニだが、ようは不法侵入と言うことだ。
 確かに盗聴器やらも駆使していたので機械方面には強いのだろうが……何でもありだなこの女。

「まあ良い。で、何の用だ?」
「そう色気のないことを言うなよ。夜更けに女が一人で訪ねて来たんだぞ?」
「やれやれ……何か飲むか?」
「いや良い、持って来てる。お前もどうだ?」

 差し出されたのは瓶ラムネだった。四六時中一緒に居たのに一体何時買ったのだろうか?
 疑問に思いつつもカニの対面に座してラムネを受け取る。

「明日で、一年になるのか」
「ああ」

 初めて会ったのはそれよりも前だったが、共闘したのは酒呑童子戦が初だった。

「酒呑童子、中々の強敵だったな」

 今のカニからすれば片手で振り払える程度の障害でしかないがあの当時は違う。
 幻想回帰も起きていなかったので、酒呑童子は最強クラスの敵だった。

「そうだな。俺もお前も最初は押され気味だった」

 幻術で惑わし、攻撃を与えてはいたが決定打にはならず。
 紫苑自身も見栄のために人々を逃がすので精一杯だった。

「私としては珍しいことに、勝算も何も無いまま挑んだ戦いだったからな。無理もない」
「今に比べれば随分と楽な状況ではあったが、あの時の俺にとっては絶望的だったよ」

 綺麗に散るはずだったが、世の中上手い具合には運ばない。
 生き延び一時の栄光は掴めたがその数ヶ月後には更なる厄介ごとに見舞われてしまった。
 それでも今は不老不死が見えているので生きてて良かったとは思えるのだが……。
 何が最善だったのかは紫苑本人にも分からない。
 あの一件が無ければメンヘラーズの恋慕を加速させることもなかっただろうし。

「だが、私とお前は勝った。土壇場で、目が覚めたんだな……お互いに」

 紫苑とカニ、共に覚醒を果たしてからは一方的だった。
 あれほど強大だった酒呑童子が成す術もなく殺されてしまったのだから。

「あそこでようやく、私はお前が何なのか、抱いていた感情に気付いた」

 同格の魂を持ち、振り切れてしまえば目的のためなら手段を選ばない性を持つ。
 ギルドに提出したレポートから見てもそれは間違いがなかった。
 だからこそ、勝ちたいと思ったのだ。春風紫苑に勝つことは己に勝つことでもある。

「お前から最高の勝利を奪い取りたい、お前こそが最高の敵手だ……ってな」
「(クッ! 振り返ってみれば何て迷惑極まりない女なんだ!!)」

 今回に限っては正論である。
 紫苑からすれば勝手に目をつけられて勝手に絡んで来る鬱陶しい奴でしかないのだ。
 カニは飢餓を覚えていたからこそ紫苑に惹かれたが紫苑は別に飢餓など覚えていなかったのだから。

「あれから、巡り巡って今じゃこうしてサシで雑談するような仲になってるなんて……。
あの時の私にゃ想像もつかなかっただろう。言ったって信じてくれないよ」

 あの時点でカニはどちらかが消える以外で決着はあり得ないと腹を括っていた。
 だと言うのに盛大なペテンで卓袱台返しをされてしまい今に至る。
 滑稽だ、滑稽ではあるが不快ではない。これもまた、アイリーンが言うところの快い敗北なのだろう。

「紫苑」
「ん?」
「あの時のキスな――――ハジメテだったんだよ」

 からかうような、それでも何処か期待するような笑顔と眼差し。
 メンヘラーズなら此処でイった瞳とイった笑顔を向けるのだろうがカニと言う女は存外乙女のようだ。

「えっと……ありがとう?(お前からして来たんだろうが知ったこっちゃねえよ)」

 乙女心に気付いていながら無視をするとは下衆の極みである。

「そうじゃないだろ」

 唇を尖らせながらも何処か楽しそうだ。
 酒を飲んでいるわけでもないのに酔っているようだ、或いはこの雰囲気に。

「なあ紫苑、前は最高の敵手、今は……何だと思う? 私にとってのお前って」

 言いながらカニは己に対する不甲斐無さに自嘲してしまう。
 勝つためならばどれだけ大胆なことも出来るのに、色ごととなればこの体たらく。
 友人の紗織などはバシっと真正面から本懐を遂げたと言うのに。

「(好きな人ってか? カーッ! 気持ち悪ッ!!)仲間……いや、共闘相手?」

 何処までも真っ直ぐ性根が腐ってるとしか言いようが無い。
 好意に気付かれていて、その上で気付かないフリをさせるとか振られるよりも酷過ぎる。
 どれだけ女心を軽視していたらそんなことが出来るのだろうか?

「お前は……」

 ああ、やっぱりだ。恋愛方面ではまるでキレが無いこの男に察しろと言う方が酷だろう。
 むしろ変に聡かったら嫌だ――何て考えてるカニさんですが、バレバレですよあなたの気持ち。

「俺は?(もう良いから帰れ。俺はフカフカのベッドにダイビングして惰眠を貪りたいんだよ!)」

 昼前まで寝て優雅にブランチを摂るのが紫苑の理想である。

「そう、ハジメテの相手だ」

 迂遠な言い回ししか出来ない己に唾を吐きたい気分だった。
 相手を欺くための言葉ならば幾らでも出て来るのに伝えたい想いは中々言葉に出来ない。
 乙女回路フル回転のカニはゆっくりと言葉を選んで慎重に紡いでゆく。

「さっきのキスもそうだが、それだけじゃない」

 もしも友人の紗織ならばどうしただろうか?
 きっと美しい言葉で自身の恋慕を飾りながらもドストレートに伝えたのでは?
 そう考えると途端に不甲斐無くなって逃げ出したくなる。
 それでも逃げ出さないのは、此処しかないと直感的に理解しているからだ。
 勝利を重んずるがゆえに流れと言うものに聡いカニは此処で伝えねば一生伝えられぬと分かっていた。

「初めて私を負かした相手だ」
「アレクさんもそうじゃないのか? 紗織とアレクさんから以前聞いたことがあるんだが……」
「いや、あれは違う。状況的には詰んでいたが心が折れちゃいなかった」

 だから此処で殺さないと酷いことになるぞと脅し付けたのだ。
 そして実際その通りになってアレクはこの上ない苦渋を飲まされてしまった。

「だからちゃんと仕返しもしたしな。今生きているのは私で死んだのはアレクサンダー・クセキナス」

 勝者がどちらかなど語るまでもない――不敵な笑みを浮かべて言い切った。
 と、同時に後悔した。何を話しているんだ、こんな色気の無い会話は違うだろう、と。
 色気の無い方向に紫苑が誘導していることには気付いていないカニだった。

「だが、紫苑は違う。力で私を上回り、何をどう足掻いても勝てぬ状況にまで私を詰ませた」

 違う違うそうじゃない。何とか上手い具合に話を持っていけないのか?
 自問自答するカニだが色ごとにだけは不得手のようで、打開策が思い浮かばない。

「……そう言われると、俺が酷く悪辣な男に聞こえるな。いや、実際その通りなんだが」

 またしても紫苑の邪魔が入る。意図的にやっているのだから性質が悪い。
 ある意味でロンドンでの戦いと似通った状況である。
 カニは何かを言いたくても言えないような状況に追い込まれつつあるのだ。

「悪辣だよ、何もかもを捨てたお前はな。まあ、そこまで追い込んだのは私で誇らしくもあるんだがな」

 このままでは何かフワっとした空気のまま終わってしまう。
 二手先三手先を読み切っているカニが危機感を抱く。
 恋は戦争と言うが正にその通りだ。此処まで頭を使うのは久しぶりだった。
 一歩間違えれば恋愛敗者になってしまいそうで一瞬たりとも気が抜けない。

「(ん、恋は戦争……勝敗、勝ち負け……)」

 そこまで考えてカニは身体の力が抜けたような気がして来た。
 そうだ、下手に女の子らしく取り繕うなんて自分らしくないじゃないか。
 私は私、命からがら自分を真っ当して来たのだ。そして、だからこそ紫苑と出会えたのではないか。
 であれば下手に飾る必要は無い。自分らしく、ありのままに、あるがままに伝えれば良い。

「(む、何か晴れやかな表情になった……何を考えているこの女……?)」
『ねえ、君ら恋の駆け引きやってんだよね?』

 二人のやり取りを一番近くで見ている第三者カス蛇は甚だ疑問だった。
 何でこんな心理戦まがいのことをやっているのか。
 恋ってもっと甘くて酸っぱいものじゃん? などと考えているがこの蛇こそ一体何なのだろう?

「追い込み、悪辣となったお前に私は心身共に砕かれ膝を折った」

 なるたけ甘い方向に舵を切っていた時とは打って変わって舌が軽やかに回りだす。
 やはり慣れないことはするものじゃないと確信する。

「生涯初の敗北、初めて心の底から受け容れることが出来た敗北。
それは今の私を見ても確かだろう? 卑怯臭い能力は頭打ち、私を負かしたお前の実力で止まっている」

 それはすなわち、紫苑を神聖視しているからに他ならない――年頃の乙女のように。
 普通の乙女とは違って物騒な神聖視だ、私を負かしたこの男こそが至高、ゆえに他は必要無いだなんて。
 だがそれも自分らしい――今は心の底から誇らしく思う。
 友人のように女性らしい愛らしさなんて皆無だけれど、それでも良いのだと。

「昔の人間は良く言ったもんだ――――惚れた方が負けってね」

 そう言って少し乱暴に紫苑の唇を奪った。
 身を乗り出す際にバスローブが肌蹴て身体が露になったが関係ない。
 どうせこの後二人とも裸になって汗を掻くのだ、バスローブは汗を流した後にでももう一度着れば良い。

「(ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 最悪だこのアマ!!)」

 春風紫苑、常勝の男、しかしラブバトルにおいては全戦全敗中だった。
+注意+
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