挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

187/204

死ね、心の底から死んでくれ

 七月も半ばをとうに過ぎた。学生ならば夏休みに入り大はしゃぎしていただろう――去年までは。
 今年はそうもいかず、一応学生である紫苑も今、職務の真っ最中だった。
 紫苑の本部長就任に伴いギルド大阪に設置された彼専用の執務室。
 ガンガンにクーラーを効かせた室内で山と積まれた書類に目を通す紫苑。

『あー……涼しいわぁ……』
「(お前さぁ、暇ならちょっと俺の身体使って代わりに仕事しろよ)」
『や、俺様爬虫類だし』

 都合の良い時だけ蛇ヅラをするカッス。心の中に盛大な舌打ちが鳴り響くが勿論ガンスルー。

『と言うか、もうそろそろ終わりじゃん。この積んであるのも殆ど決裁済みだろ?』

 ここ数日、紫苑はギルド大阪に泊まり込んで仕事をしている。
 拠点に居てメンヘラーズと絡むよりはマシだからだ。

『今日で終わらせてまたちょっとお休み貰えるんだし……がんばれ♪ がんばれ♪』
「(死ね、心の底から死んでくれ)」

 スネークライフで紫苑のテンションは急転直下。
 それでも書類に目を通し、是非を判断しているのだから器用な男である。
 本当ならば目も通さずポンポンと判子を押したいのだが、見栄を気にする紫苑にはそれがどうしても出来ない。
 ある意味で真面目だ、不純だけどすっごく真面目だ。

「失礼します、本部長」

 凛とした声が聞こえ顔を上げるとそこにはカマキリが居た。
 手には追加の書類があったが、それでもその量は少ない。誤差の範囲だろう。

「本部長は止めてくださいよ鎌田さん。どうにもくすぐったい。
(フヘヘ……良い気分だなぁ。大人が下に居るってのは! ねえ、どんな気持ち?
若造が一足飛びどころか超ワープで大出世して上司になって敬語使わなきゃいけないってどんな気持ち?)」

 紫苑を知れば絞殺したくなるほどに不愉快な気持ちになるだろう。

「いや、そう言うわけにはいきませんよ。今は僕の上司なんですから」
「そんな短い付き合いでも無いでしょうに……本当に真面目な人だ」
「何、本部長には負けますよ」

 世界規模で敷いている陣の進捗状況が書かれた書類が差し出される。
 紫苑はそれを受け取り、軽く目を通す。
 モンスターの襲撃は散発的にあったようだが、総て護衛の冒険者が退けたらしい。
 陣には傷一つなく、遅れも無い――順調と言えよう。

「ふむ……この調子ならば余裕を持って完成させられそうだ」

 だが、真に特筆すべきは四月に話をしてから一月足らずで新たな体系を確立させた知恵者達である。
 人が使う魔法と体系の違う幻想の術を複合した大魔法陣。
 これが発動出来ればどんな底辺の冒険者でも使えるレベルにまで至る。
 具体的に言うと純化を発動させた冒険者並のスペックだ。
 そして、一流どころならば更なる強化が――防戦に徹すればそれなりの時間、踏ん張れるだろう。

「ん、どうしました?」
「ああ、いや……」

 解せない、そんな顔のカマキリ。

「どうにもやる気を感じられないと言うか……もう少し本格的な妨害があるんじゃないかと思ってましたので……」

 散発的な襲撃で魔方陣完成を阻止出来るわけがない。
 もう少し本腰を入れて襲撃して来ても良いのでは? カマキリはそう言いたいのだ。
 勿論、破壊でもされたら困るが、順調過ぎるのもそれはそれで不安を煽る。

「基本的に、舐めてますからね。連中は、人間を」

 総てがそうではないとは言え、幻想は人を見下している。
 そして、見下すに足る力を持っている――紫苑からすれば赦し難いことだ。
 可愛らしい表現を使うのならばおこと言うやつである。

「更に言えば、相手の策を必死こいて妨害する……まるで人間みたいでしょう?」
「? どう言うことでしょうか」

 紫苑の言わんとしていることがイマイチ分からない。
 そんなカマキリを心底見下しつつ屑せんせーは軽く講義を始める。

「俺や二葉だけでなく、それなりに道理が分かる人間ならばまず間違いなく魔方陣完成を妨害するでしょう」

 不利になる要素は徹底的に潰す、そうして勝つ可能性を高めるのが定石だ。
 その努力を怠ったものに勝利の女神は微笑まない。
 まあ、今のご時世に勝利の女神が人間に微笑むとは思えないが。

「勝つために必死になる、どれだけセコイ、卑怯と謗られようとも必要なことは絶対にする。
人間って言うのは万能じゃない。だからこそ、そんな努力を欠かすことは出来ません」

 それが追い詰められた状況ならば尚更だ。
 最善を尽くそうと足掻いてもがいて、そうやって欲しいものを手に入れる。

「多くの幻想の根底にあるのはかつて自分達を追いやった人間への憎悪だ。
憎くて憎くて、それこそ未来ごと奪ってやりたくなるような人間と同じ真似が出来ると思いますか?
出来ない、彼らにはそれが出来ない。心底から嫌悪する相手と同じことをするなんて不可能だ。
感情的にも、そして彼らが持つ強大な力を鑑みてもね。傲慢と取るか潔癖と取るかはその人の主観次第でしょう」

 意思ある者の天敵たる紫苑の評価は往々にして正しい。
 目が曇るとすれば、自分好みの相手――そう、黒姫百合のような相手と調子に乗って増長してる時だけだ。
 ゆえにフラットな状態で下した幻想への評価は実に的を射ていた。
 紫苑はそんなくだらないプライドを持つ幻想を心底から愚かしいと思っている。
 自分だってくだらないプライドのために動いているくせに――同族嫌悪だ。
 ある意味でそれが紫苑が彼らにとても近しいと言うことの証明とも言えよう。

「ふむ、ならば散発的な襲撃の意味は?」

 人間と同じような真似が出来ないならばいっそ最初から手を出すなよ、カマキリの指摘も正しい。

「まったくノータッチだったら人間が調子乗るでしょう?
さりとて大兵力を動員することは出来ない……そんな背反が見て取れる。ま、俺の予想ですがね」

 得心がいったと頷くカマキリを見て紫苑は再び書類に目を通す。
 シェルターの建設状況も良い感じだ。
 アリスだけではなく、普通の手段でも作っているのだがこの分なら避難シェルターも間に合うだろう。

「本部長」
「ん?」
「僕らは……勝てる、でしょうか?」

 ギルドの職員とは言え、カマキリも人間だ。当然、不安だってある。
 来る十二月二十五日に予定されている人と幻想の最終戦争。
 未来を掴むために戦うことを選んだ己は今でも正しいと思っている、それでも不安であることは否定出来ない。
 人類史上、最大規模となる戦争――過去に二度行われた世界大戦など比ではないし理由も違う。
 人間同士の戦争は奪い合いだが、今回のこれは生存を賭けた戦いだ。
 命にとって最も根源的な争いでありながら、人間は随分そこから遠ざかっていた。

「カッコ良く勝てる――なんて言ってあげられれば良いんでしょうが、生憎と俺はそうは言い切れない」
「……本部長は、不安じゃないんですか?」

 泰然としている紫苑に不安の色は見えない。
 それを見てカマキリが自分の心が弱いだけと思ってしまうのは無理もないだろう。

「いや、不安だよ。それでも俺の背には十数億の祈りがある」

 人類史上初の快挙であろう、総ての人間からの支持。
 今を生きる人間の総てが紫苑を望んだ、紫苑の背を追うことを選んだ。

「沢山の人が俺を信じてくれた、そして俺も皆を信じている。その事実が俺に自信をくれる」

 嘘こけ、何時だって売るほどに無駄な自信に溢れているだろうが。
 あまりに大量過ぎて捨て値で売っても捌けるかどうか……。

「誰かを信じ、自分を信じることが出来たのならば後はもう己に出来る最善を尽くすしかないだろう」

 不安に揺れる暇もありゃしない、そう言って晴れ晴れとした笑顔を魅せる紫苑。

「……本当に、本当に強い人ですね、あなたは」

 眩し過ぎて直視出来ないと苦笑するカマキリ――それは夏の日差しのせいではなかろうか?

「強い、と言うより恵まれてると言う方が正しいんじゃないかな」
「恵まれてる?」

 客観的に言って、紫苑が恵まれているとは言い辛い。
 早くに家族を亡くして天涯孤独。多くの試練に襲われその度に血反吐を吐きながら踏破して来た。
 試練の中でそれこそ比喩でも何でもなく命を削り、余命幾許も無いボロボロの身体に。
 もう十分だ。お前はよくやった、ここらで休んでも誰も責められはしない。
 なのに歩みを止めず、世界の命運を一身に背負って戦いに臨もうとしている。
 十代の少年が背負うにはあまりにも酷な運命だ。

「生半なことじゃ解けない、キツク結んだ固い靴紐。そいつは歩き続けて居ればいずれは解ける。
我武者羅に歩いている時には気付けないけれども靴紐が解けたと言うことはそれだけの距離を歩いたんだ。
ゆっくりでも確かに進んでいるんだと、解けた時に初めてそれに気付くことが出来る。
自分が歩いた距離を喜びと共に知ることが出来る、そうしてまた歩き出すことが出来る」

 それは入学時の自己紹介で語ったことだ。
 カマキリもそれは知っている。クラスの人間しか知らないことだが、名が売れるにつれ紫苑の逸話も世に広まったから。
 ちなみにそれ関連で体育祭でした紫苑の女装フォトなども出回っていたりする。

「俺はそんな風に生きたいと、去年入学した時に自己紹介で語りました。
そうして、その通りに生きて来たって自分では思ってます」
「そうでしょう。誰にもそれを否定することは出来ないと思いますよ」

 美しい生き方だ、こんな風にあれたら素敵だろうとカマキリは羨んでいる。

「本部長就任、それが一つの転機、靴紐がまた解けた瞬間だったんでしょう。
靴紐を結ぶために立ち止まり、自分が歩いた道を振り返ってみると――――皆が居た。
ルドルフ、天魔、栞、麻衣、アイリーン、アリス、ルーク、紗織、雲母さん、二葉、鎌田さんもそう。
沢山の人が俺の傍には居た。途上で取り零したものも多いけど、それを超える多くを俺は得ることが出来た。
また俺が歩き出した時に転びそうになっても、支えてくれる人が両手で抱えきれないくらいに居てくれる。
恵まれている、そうとしか言いようが無いでしょう? 始まりは遥か後方へ、その距離が誇らしくてしょうがない」

 人生と言う名の旅の途上で得られた実りは何にも代え難い。
 無駄ではなかった、春風紫苑と言う人間の生は決して無価値なものではなかった。

「俺ほど恵まれてる人間、世界にはそう居ないと思いません?」

 茶目っ気を滲ませたウィンクにカマキリも笑顔になる。
 恵まれていると言うならば己もそうだ。こんな上司に巡り合えるなんて幸運極まったと言っても良い。
 紫苑と共に居るだけで誇らしい気分になれる――カマキリはこれまで抱えていた不安が消え去ったことを感じていた。

「あなたと同じ時代に生きられた人間もこの上なく恵まれてると思――――本部長!?」

 ピシリと頬の亀裂が若干大きくなった。顔面が蒼白になったカマキリを紫苑は手で制する。

「大丈夫。カス蛇やルシファー、ロキ達の見立てではまだまだ保つから」
「……そうは言われてもやっぱり心臓に悪いですよ」
「はは、そりゃ申し訳ない。さて、ここらでちと一服にでもしましょうか。鎌田さんも一緒にお茶、どうです?」
「はぁ……そうですね。僕も御相伴に預からせて頂きますよ」

 過剰に反応して気を遣わせる方が良くない、
そう判断したカマキリは誘いに乗り二人でギルド大阪の食堂に向かおうとするが……。

「紫苑ちゃん、お茶持って来たわぁ」

 気の抜けた声と共に雲母が部屋に入って来る。
 そう、彼女は一応ギルド大阪の職員なのだ。見た目JCでもれっきとした社会人である。

「雲母さん……どうも」
「丁度良い時間だと思って……あら、鎌田さんも居たのねえ。湯呑みとお茶菓子、もう一つ持って来るわ」
「あ、これはどうも」

 お盆をテーブルに乗せて再び部屋を出て行く雲母を見送り、

「……何か、不法就労させてるみたいですよね」
「中学生が働くって違法じゃないんですが……まあ、ギルドとなると……僕もミスマッチだと思います」

 雲母は若返ってからも普通にギルドで働いていたが同僚は超ビビッた。
 肉付きの良い、女盛りの同僚がまさかのアンチエイジング。
 すわ何ごとか!? と恐々したのはカマキリも同じ。
 あれからそれなりに日も経つが中学生にしか見えない雲母が制服を着て働いているのはどうにも妙な感じだ。
 そして、イザナミと同化した後でも騒ぎが起きていたりする。
 アンチエイジングした同僚の瞳からハイライトが消えた――理由は説明されたが怖いものは怖いのだ。

「お待たせ。さ、鎌田さんもどうぞ」
「すいません」

 紫苑の隣に雲母、対面にカマキリと言う形でテーブルを囲む三人。
 雲母も休憩がてら此処に来たらしく、一緒に飲んで行くつもりのようだ。

「紫苑ちゃん、お仕事はどうかしら?」
「順調ですよ。この分だと今日の夜には一段落して、明日から休みに入れそうです」
「本部長の身体が一番ですからね、ゆっくり休んでください。ちなみに御予定などは?」
「特には……他の皆も忙しいですからね。拠点で一人のんびりしてるだけかと」

 アリスは言わずもがな、シェルターの建設で、ルークもそれに同行。
 さしおり、ルドルフ、天魔は家の伝手などを使って決戦に備えての公共事業をバックアップするのに忙しい。
 アイリーンは冒険者達を鍛えて欲しいと言うことであちこちで指導中。
 麻衣はアイリーンにどれだけボコられてもすぐに回復出来るよう薬箱として同行中。
 久しぶりに伸び伸びとした時間が過ごせると紫苑はほくそ笑んでいる。

「それなら、明日と明後日……時間をくれないかしら?」
「(え、嫌だよ。何が悲しゅうてババアに付き合わにゃならんのだ)構いませんが……雲母さん、仕事は?」

 ギルド職員としての仕事は肩代わりもしてくれるだろう。
 そもそもからして、雲母は務め人としては凡用だし。
 が、アイリーンと同じく凄腕の冒険者としての指導もある。

「大丈夫よ。アイリーンちゃんが手伝ってくれるようになってから融通も利くようになったし」
「(マジかよ……働けば良いのに……)して、明日明後日となると泊り掛けですよね? 一体何処へ……」
「田舎に、ね」
「……ああ」

 得心がいった。雲母と出会ったのは丁度この時期だ。
 紫苑の後悔リスト上位なので、言われればすぐに思い出す。

「女威ちゃんとアリスちゃんも来てくれるわ。まあ、アリスちゃんは明後日合流だけれど」
「となると明日から俺と雲母さん、桃鞍先生で?」
「ええ。とりあえず、明日はあっちの御家の御掃除ね。明後日にお墓参りに行こうと思うの、皆で」

 後にずれれば忙しくなることは目に見えているので、今のうちにと言うことだろう。
 今は亡き我が子の墓に参るのも今回で最後になる可能性は十分にある。
 雲母もクリスマスの決戦に向けて心残りを少しでも無くしておきたいのだろう。

「分かりました。喜んで御付き合いします(まー、ババアとツーショットじゃないなら……嫌だけど我慢するか)」

 女と二人きりになれば、いや二人きりにならなくても面倒なお勤め(隠語)をする可能性が出て来る。
 肉体的な快楽が皆無と言うわけではないが、精神的には拷問以外の何ものでもないのだ。

「あっちでは夏祭りもやってるから浴衣も持って行きましょう」
「はい」

 しばし茶を飲んだ後で、休憩は終わり仕事を再開する。
 眼精疲労がパないことになっていたが、とっとと終わらせたいので紫苑は精力的に仕事に取り組んだ。
 こう言う勤勉さは素直に凄いと思うが、動機が動機なのでどうにも複雑である。
 そうして食事休憩を取りつつも仕事を続け、日付が終わる前にはノルマを達成。

 拠点に戻るのも面倒だった紫苑は宿舎のシャワーを借りて執務室のフカフカソファーで就寝。
 元々泊り込みも視野に入れていたので着替えやら何やらも十分。
 そして朝一で拠点に戻り旅支度を整えて雲母と共に天王寺駅へ。
 認識阻害の符を使っているものの、双方向の知り合いには認識出来るのですんなりとモジョと合流。

 乗換駅までの乗車券と特急券を買って三人は電車に乗り込む。
 この時世でも電車が運行しているのは稀有と言えよう。
 実際、諸外国ではまだまだ交通機関が麻痺していることが多いのだから。
 三人は座席を回転させて向かい合い、楽しそうに近況を報告し合う。

「しかし……前に少し会った時も思ったが……本当にあの頃のままだな」

 モジョは変わらずモジョで三十×歳、独身のままだが同窓の友は見た目だけは十四、五のそれ。
 何とも複雑な気持ちになってしまうのは無理からぬことである。

「若返った時は、制服までセットだったのよ? 不思議でしょう?」
「不思議も不思議だが、その目も不思議だ。いや、不思議って言うか怖い」
「もう……女威ちゃんったら酷いわぁ」

 プー、と頬を膨らませる雲母。
 これで瞳にハイライトがあればさぞや可愛かっただろう――中身三×歳だけど。

「どうにも、不思議な気分だよ。にしても、前に直接会ったのは若返った時だったか?」
「ええ」
「私達はあれからも、そこまで大きなことは無かったがお前達は、随分と忙しかったようだな」

 労うような視線に苦笑する紫苑。

「幾つかは大々的に放送されたり何だりしたから知っているが……」
「(つーかメシアに向かってタメ口とは何ごとだ、舐めんなよ?)」

 舐めてるのはどっちだと言いたい。

「東京で春風が腹を切った時は肝が冷えたぞ。
あの時、丁度薬師寺先生と学校に詰めてて一緒に見たんだが薬師寺先生も随分とお前を心配していたよ」
「申し訳ない。狸に策を気取らせない苦肉の策でして」

 だがまあ、自身の腹部を傷付けるのは初めてではないのだ。
 去年の今頃も雲母を正気に戻すために紫苑は自身の腹を聖槍で貫いている。
 そして、その傷は今でも克明に刻まれている――聖槍が自分の主であると主張するように。

「本当に無茶をする子供だよ……こんな生徒を持ったのは後にも先にもお前だけだろう」
「記憶に残るでしょう?」
「まったく……」

 苦笑しつつ、モジョは感慨深い気分に浸っていた。
 去年の春に泣いていた少年が何時の間にか世界を背負うまでに大きくなった――凄いの一言しかない。
 担任と言うわけではないがこんな生徒と出会えたのは幸運と言えるだろう。

「ところで女威ちゃん、最近鍛えてたりする?」

 今日も今日とてジャージ眼鏡ではあるが、見る人が見れば一目瞭然だ。
 それが長い付き合いの雲母ならば尚更である。

「ん、ああ……私も一人の冒険者として戦うつもりだからな。鈍った身体を今の内に研いでおこうと思ってな」

 大魔方陣による強化を受ければモジョクラスなら一線級の働きをしてくれるだろう。
 今の状態でも紫苑のと愉快な仲間達と言う規格外を除けば指折りの力を持っているのだから。

「この前もハーンが学校に来た時に一手指導してもらったが……ボロボロだったよ」
「しょうがないわよ。アイリーンちゃんは多分、人間で最強よ? 私も前にコテンパンにされたわ」

 純化や同化した幻想と言う要素が入れば分からなくなるが、それを抜きにすればアイリーンの最強は揺るがない。

「ああ、そうか。一緒に暮らしているんだったな。他の子達はどうだ?」

 ヤクザもそうだが、モジョも生徒達のことが気にかかっていた。
 伝聞で活躍こそ聞けど、それは生の声ではない。どうしても不確かになってしまう。

「皆、元気よ。元旦から色々あったけど、誰一人として欠けることなくどんどん成長してる。勿論、私も」

 雲母も他人を鍛える合間にメンヘラーズ達とやり合って自身の研鑽に励んでいた。
 おかげでカニに指摘された無意識の驕りも既に消え去っている。

「それは重畳。春風とその仲間達は最高戦力だからな」

 一人一人が容易く国を滅ぼせてしまうほどの豪傑達だ。
 もし、紫苑と言うリーダーの下に居なければさぞや危険視されていたことだろう。

「ちなみに、純粋な興味で聞くのだが何でもありならば誰が一番強いんだ?」

 モジョとて元はバリバリの冒険者、それも前衛だ。
 その拳足で多くのモンスターを屠って来たバリバリの武闘派である。
 なので当然、戦いと言うものを好んでいる節がある――だから独身なんだと言ってはいけない。

「一対一って想定ならばまず間違いなく二葉ちゃんね。ルドルフくん以外は一対一で全員やられちゃったし。
あの子は私達みたいに神様なんかは宿していないけれど、素の魂が規格外だそうだから」
「二葉……ああ、彼女か」

 勝つためならば最悪の汚名を被ることも厭わない強い少女――それがモジョのカニに対する評価だ。
 まあ、実際は違うのだが紫苑ペテンが効いているのでしょうがない。

「で、残る私達で言うならば……ちょっと、甲乙付け難いわねえ。
私なんかは速さと言う面でならば一番だわ。純化と、それとイザナミのオプションである八雷神による強化もあるから」

 直向に愛しい彼の背中を目指して駆け続ける――その祈りによる加速は随一だ。
 そこに八雷神による強化も重なれば誰も追い付けない。
 高天原でカニと試合った際も、間髪入れずにあの居合いを放っていれば腕の一本は確実に取れていただろう。

「応用の幅が大きいのはアリスちゃんと栞ちゃん、紗織ちゃんね。
爆発力が大きいのは天魔ちゃんとルドルフくんで、二人は魔術なんかも使えるわ。
アイリーンちゃんは元々の戦闘力が底上げされて更にそこに魔術を加えて安定して強い。
本気で戦ったのならば誰が勝ってもおかしくはないと思うわ」

 他の物質を意のままに形を変えて操ることが出来るアリス、さしおりの糸は特に応用の幅が大きい。
 特に前者は無限爆破や人形使役なんてことも出来るのだ。厄介なこと極まりない。
 ルドルフはか弱き魂の数如何によっては凄まじい出力を誇るだろう、そして今はそれに耐えられる器も出来ている。
 天魔もそう、削れるに従って跳ね上がるスペックは運の要素も絡むが面倒なことこの上ない。
 アイリーンは総合的に強いし純化によるゲイ・ボルクもどきも使える。
 隔絶した差が無い以上、誰が勝ってもおかしくはないのだ。

「ただ、その上で一番って言うなら……」
「ん? 葛西二葉じゃなかったのか?」
「暫定一番、よ。だって何でもありなんでしょう? それなら一番強いのは紫苑ちゃんだわ」

 暫定一番のカニを敗北させたのは紫苑だ。
 ペテンではあるが、その凄まじい力については世界中の誰もが知っている。

「かかれば完全に騙される幻術、私達ならある程度防げるんだけど……」

 不意を打たれてしまえばどうにもならない。
 実際、紫苑がイギリスへ飛ぶ前に神魔を宿す連中を全員幻の中に叩き込んでいて、幻術にかかっている間は完全に無防備だ。
 そこを突かれれば成す術もなく死んでしまうだろう。

「それでも脅威に変わりないわ。あからさまなのはともかく、ほんの一瞬距離なんかを弄られちゃったら……ねえ?」
「そうだな。それは確かに恐ろしい」

 命懸けの死闘の中で距離感を狂わせられることは死にも直結することだ。
 恐ろしさが分かるだけにモジョも深く頷いている。

「でしょう? でも、それだけじゃないわ。真に警戒するべきは世界を欺く方の幻術。
女威ちゃんも見たでしょ? 無いものをいきなり出現させたりとか」

 アリスが使う力はあくまで元となった大地なり何なりがある。
 しかし、紫苑の場合はそれが要らない。無から有を作り出すことが出来るのだ。

「あれの応用の幅は広いなんてものじゃないわ」

 半径百キロメートル以内の人間を遠く離れた日本にまで一瞬で転移させるなど笑えない。
 彼ら全員がイギリスに居た事実を無かったことにして、日本に居たと世界に誤認させたなんてどんな出鱈目か。
 そして他人を何処へでも飛ばせるならば自分自身も出来るに決まっているし、紫苑は実際に使っている。
 拠点を出る際に一回、カニとの戦闘でも何度か短距離を転移を繰り返して彼女を翻弄した。

「……確かにあの巨大な蛇やらドラゴンだけでも十分な脅威に見えたな」

 何なくカニに殺された龍の群れだが、あれ自体のスペックも高い。
 純化の位階に到達していない冒険者ではどれだけ束になっても敵わないだろう。

「そうね。でも、一番恐ろしいのは完全に無かったことにされて消滅させられることよ」

 世界にそんな人、あるいはモンスターなんて居ませんよ? と思い込ませて消滅させる。
 インチキ効果にもほどがあると言っても過言ではないだろう。

「消す存在が強大であればあるほど、
世界の認識も強いから消すにしても並大抵のことじゃないし消耗も激しいけれど一対一なら、ねえ?」

 どれだけ消耗していようが関係は無い。
 純粋なスペックで負けているので雲母達ならば問答無用で消されてしまうだろう。
 何が性質悪いって、防ぐ手段が最低でも同格の魂であること以外に存在しないのだ。

「二葉ちゃんは、自身の魂の熱量だけで消滅を防げるけど私達は無理よ」

 そもそもからして神魔を宿して初めて神魔とやり合えるようになったのが雲母達だ。
 しかし、紫苑やカニの場合はそんなものに頼らずとも自身の魂の熱量のみで張り合える。

「あくまで今話しているのはイギリスで戦ってた時の紫苑ちゃんのことだけど……」

 紫苑は完全に覚醒していたわけではない。
 ほんの一欠けらの空白があったせいで完全体ではなかった。
 だと言うのにあれだけのことが出来るのだ。もしも完全に覚醒してしまえばどうなるか、考えるのも恐ろしい。

「ま、兎に角そんな感じで何でもありの一対一なら紫苑ちゃんが一番強いと思うわ」
「……納得だよ。しかし、その春風が一番弱くもあるんだから不思議なものだな」

 ニュートラルな状態の紫苑は一言で雑魚。何せ後衛の麻衣にすら勝てないのだから。
 幻術が使えず使えるのは産廃強化魔法オンリー。単純な戦闘ならば赤子の手を捻るように軽く打ち殺せるだろう。

「在り方一つで最強にも最弱にも変わる……まるでジョーカーのようだ」

 これだけ褒められているのだ、

「(ふへへ……お前ら下民共と俺は違うんだよ! 人間関係以外は恵まれてる俺ェ!
そうだよそうだよ、俺が本気出せばお前らなんぞ指先一つで地獄の底へヒャウィゴーさね!!)

 当然この男が調子に乗るのも無理からぬことだ。

「しかし、それだけの力は……雲母達が言うところの純化になるのか?」
「ええ、多分……規模が違い過ぎるからアレだけど、神様の力とかじゃなく独力だから純化にカテゴリーされると思うわ」

 人間規格で言えば雲母達の純化も大概だが紫苑とカニの場合は桁が違う。
 そして、だからこそ雲母は紫苑が完全に覚醒しない理由が何となく分かっていた。
 自分達が初めて純化に至り、解除した時に感じたのは恐怖だった。
 あのまま突き進んでしまえばどうなるのか。ただただ恐ろしいとしか言いようが無い。
 自分達でさえそれなのだ。格が違う魂を持つ紫苑が完全に至ってしまえば想念の怪物に成り果ててしまう。
 紫苑と同格であるカニでさえたった一度の戦いのために十数億の命を平然と磨り潰してしまえるのだ。
 被害の規模が甚大になることに疑いの余地は無い。

『思う、じゃなくて実際にその通りだよ』
「あら、カスちゃん……」
『と言っても、この間の紫苑やお前らに関してはある意味で不純でもあるわけだが。
何せ帰り道が用意されてるんだからなぁ。真に純粋なのはカニぐらいじゃねえか?』

 そのカニにしたって紫苑に与えられた敗北により型に嵌まってしまった。

「そう……でも、その二葉ちゃんが味方になったんだし心強いわね」
『どうかな? 赤い怪物は人になったが……フフフ、極まった想念の怪物と戦る機会もあるかもしれねえぞ?』

 ちょくちょく不穏なフラグを立てるのが好き過ぎるだろうこの爬虫類。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ