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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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もっと熱くなれよ!

 期限の一月目である五月十二日、結果が発表される。
 自分の意思を伝えることが出来ない赤子や老人を除くが意思を伝えられる者には全員確認が取られた。
 それこそ刑務所に収監されている犯罪者のような人間にまで。
 政府やギルドだけではなく一般人までもが積極的に協力をしてくれたからこそ出来たことだ。

 その結果、人類史上初めての奇跡が生まれる――――全人類の意思統一が成されたのだ。
 誰もが紫苑と言う輝きに誑かされて戦いの道を選んだ。
 そして、そこからの動きは実にスムーズだった。
 温めていた考えをギルドと政府に開示し、戦いの準備が始まる。

 半年以上先のことだが、準備を始めるのは早い方が良い。
 シェルターの建設や世界規模の魔方陣を大地に刻むための地ならしなどやることは幾らでもあるのだから。
 紫苑の仕事は主に各支部の長へ指示を飛ばすことと書類の決裁。
 政治家などへのコンタクトなども総てその国の支部長に一任しているので、そこまで忙しくなることはなかった。

 まあ、各国への慰問などもあったがそれ自体は仕事と言うほどではない。
 何時も通りに綺麗ごとをほざいて人を酔わせるだけなのだから。
 呼吸をするのとそう変わりは無い、生理現象のようなものである。
 で、あれこれしていると時間が流れるのも早い。気付けば五月も終わりに差し掛かっていた。

「(何で俺、こんなことやってるんだろう……)」

 スケジュールに空白が生まれ、拠点で昼間から飲んだくれていた紫苑。
 暇ならばと麻衣に連れ出され、気付けば家に連れて来られ彼女の両親と対面していた。
 まるで意味が分からない。両親に挨拶とかそう言うことなのだろうか?

「え、えーっと……お、お父さん?」

 まさか自分の娘がこんなビッグな客を連れて来るとは思っていなかった麻衣ママは困惑気味だ。
 いや、娘が紫苑と行動を共にしていることは知っていた。
 知ってはいたのだが、それでも麻衣ママからすれば紫苑は雲の上の存在である。
 そんな相手がいきなり築十六年の我が家に来るとは思わないだろう、普通。
 麻衣パッパに助けを求めるママだが、パパだって困っているのかフイっと目を逸らしている。

『彼女の両親に挨拶とかちょーそれっぽいイベントじゃん』
「(誰が彼女だ。この俺に相応しい女はもう死んだよ!)その、春風紫苑です」

 相応しい女と言うのは語るまでもなく大天使百合ちゃんである。
 何時まで引き摺ってんだこの軟弱者! 男のくせに女々しい! と思わなくもないがこれが紫苑なのでしゃーない。

「ま、麻衣の母です」
「麻衣の父です」

 娘が何時も御世話になっていますと頭を下げるパッパとマッマ。

「もう、何やのん皆。何でそないに緊張しとるん?」

 テメェのせいだよ! と思わず娘にツッコミを入れそうになったマッマだがグっと堪える。
 と、そうこうしているとパッパの携帯が鳴って、

「すまない、呼び出しが来たらしい。春風さん、どうぞごゆっくり。母さん、後はよろしく頼むよ」

 パッパが逃走してしまう。
 いきなり家に芸能人が訪問するとかならまだマシだが紫苑は芸能人なんてレベルじゃない。
 世界の未来を担う救世主が如き存在だ。
 そんな男と同席し続けるだけほどパッパのメンタルは強くなかったらしい。

「あ、逃げたわねアンタ!?」

 思わず声を荒げてしまう麻衣ママだがすぐに紫苑が居ることに気付き恥ずかしそうに口元を押さえている。

「お母さん、とりあえず御飯作ってよー。うちらまだお昼食べてないねん」
「ご、御飯って言われても……ちょっとこっち来なさい」

 麻衣の首根っこを引っ掴んで廊下まで引きずり出した麻衣ママは小声で抗議する。

「私別に特別料理が上手ってわけでもないのよ!?」
「? お母さんの料理は美味しいやん。と言うか変にがちがちにならんでよお母さん。
紫苑くんだってそないな感じで接されるとやり難いやろし、普通でええんよ普通で。
御飯だってそう。ご家庭の味! みたいな感じの方が紫苑くんも好きやろし」
「……はぁ、分かったわよ」

 何故娘が紫苑を連れて来たのかは分からないが、居る以上持て成さねばなるまい。
 春風紫苑と言う人間は自分にとっても恩人なのだから。

「春風さん、何か食べたいものとかありますか?」
「申し訳ない……その、お母さんにお任せします(何で俺が一般家庭の下民に気ぃ遣わにゃならんのだ……ケッ)」

 下民、下民と来たか。まだ取っても居ない狸の皮でどれだけ増長しているんだこの男は。

「普通の家庭料理やったら大概作れると思うし、気にせんでええんよ?」
「そう言うわけじゃないんだが……いきなりだし俺も、な?」

 こちらも知らされていなかった、お前んとこの娘にいきなり連れて来られたんだよと暗に告げているのだ。
 察しの悪い人間ならば良かったが、運の悪いことに麻衣ママは察しが良い人間だった。
 もうこのお天気娘は! と麻衣を見つめているがドーターはガンスルーである。

「が、敢えてリクエストさせてもらうなら……うん、麻衣の家の普通の食事が良い。家庭の味、って言うのか?」
「やって。お母さん、家庭の味でって言うか何時も作ってるようなんでええって」
「はぁ……分かったわ。春風さん、ちょっと待っててくださいな」

 パタパタとリビングを出て行く麻衣ママ。
 もうここに至って変に緊張している方が失礼だと思ったのだろう。割り切りが早くて結構なことだ。

「しかし麻衣、何だって急にこんな……」
「嫌やった?」
「嫌じゃないが、親御さんに迷惑をかけたんじゃないか?」
「友達って言うか恋人って言うか将来の旦那さんを紹介するのは変とちゃうやろ?」

 いや、変です。具体的に言うと友達はともかくそこから後の関係性がおかしい。

「む……」
「それに、ちょっとお母さんらと話したいこともあったんよ。お父さん逃げてもうたけど」
「話したいこと?」
「うん。それで、傍に紫苑くん居ってくれたら助かるなぁ思うたんよ」

 それが何かについては言葉を濁したがどの道、もうすぐ知ることになるのだ。紫苑も深くは追求しなかった。
 ソファーに深く背を沈めて天井を見つめる。麻衣の家は極普通の家だ。
 この家屋を見るだけでもそれがよーく分かる。
 普通の両親の下で普通に愛を注がれ普通に成長したのだろう。

「……良い家だな」

 これで才能が無ければ紫苑は麻衣を好きになっていたかもしれない。
 顔は良く、さりとてかつてはそこまで自己主張が強い女でもなかった。
 百合に次ぐ程度には紫苑視点では中々の好物件である。

「えっと、そうかなぁ?」
「ああ。温かみを感じるって言うのかな……正直、羨ましい」

 客観的な事実だけを語るならば紫苑は早くに両親を亡くし、父と母が居る当たり前の家庭と言うのを殆ど知らない。
 一応家族としては祖父も居たが、祖父と親では随分と違う。
 そしてその祖父とも中学入学を機に同居を解消し、卒業前には死去し天涯孤独の身。
 親戚と言うのも紫苑が知る限りでは居ない。
 まあ、名が売れた今では紫苑の名声に肖ろうと名乗り出る可能性もあるだろうがそう言う人種は家族ではないだろう。

「あ、そっか……紫苑くんて……」

 麻衣もその事実を思い出し、申し訳なさそうな顔をする。
 別に自慢するような意図があったわけではないのだ。

「ああ。一人暮らし自体はアリスが来て解消されたし寂しくはなくなったが……それでも妹みたいなものだからな」

 両親のそれとは随分違う。
 一時期雲母が母を自称していたものの、それにしたって本物ではない。

「その、ごめんなぁ」
「気にするな。羨ましいとは言ったが別に俺は拗ねちゃいない。
確かに一緒に居られた時間は短かったが俺は確かに父さんや母さんに愛されていた。
それは麻衣も知ってるだろう? 夏に田舎に行った時に手紙を見つけたじゃないか」

 第三者から見れば紫苑はグレずに健やかに育ったように見えるだろう。
 が、その実、中身が地獄の汚物だと言うのだから笑えない。
 両親が居れば変わっていたのだろうか? 一応紫苑なりに両親を愛していたのでその可能性も――いや、無いな。
 家族の有無で大きく変わるような可愛い人間ではないのだから。
 もしそうならばメンヘラーズに好意を伝えられ関係を持った時点で更正していただろう。

「ん、せやね……紫苑くんのお父さんもお母さんも素敵な人やったなぁ」

 母親については疑問符が浮かばないでもないが、メンヘラになった麻衣は受け入れたらしい。

「何、麻衣のお母さんとお父さんも優しそうな人じゃないか。
お前が健やかに育ったのも納得が出来る。料理、楽しみだよ」
「えへへ、自慢の――ってほどでもないけどええ両親やよ」

 その後も食事が出来るまで二人はずっと他愛の無い話をしていた。
 そしていざ一緒にお昼御飯――麻衣ママの表情は若干固い。
 紫苑が此処に居ることは諦めたが、それはそれとしてやはり食事が口に合うか不満なのだ。
 メニューは大盛りのチャーハンにこれまた大盛りの唐揚げと酢豚、それに加えてスープとサラダ。

「おー、ホンマに何時も通りや。まあ、量がめっちゃ多いけど」
「あなたが良く食べるからね。冒険者の方って結構食べるんでしょう?」

 紫苑と麻衣、冒険者が二人も居るんだから量もそれなりに作った方が良いと判断したのだ。
 しかし、メニュー自体は本当に気を衒っていない。
 麻衣は昼にガッツリ食べるタイプで、中華系はこれまでもよく作っていた。

「これは美味しそうだ。いただきます」

 手を合わせて早速食事に取り掛かる。
 蓮華を持ってチャーハンの山を掬い取り口の中へ放り込む。
 米はベチャっとはしておらず、パラっと気持ち良く仕上げられている。
 火力がしっかりしているのだろう。口の中に広がる香ばしい味に頬が緩む。

「ど、どうですか?」
「とても美味しいです」

 万人向けの笑顔を作って料理を褒める。
 過剰な言葉で装飾しないのは面倒だからと言うだけでなく、純さを演出するためだ。
 言葉を多く飾らずとも美味しいと言う一言と表情があれば十分だ。

「それは……良かったです」

 ホっと胸を撫で下ろす。麻衣ママも安心したのかようやく食事に取り掛かる。

「あはは、紫苑くん御世辞上手いなぁ」
「いや、御世辞じゃないよ。これは完全に好みの問題だが……」

 唐揚げは短い時間だったために下味をつけられなかったようだが、代わりにソースが幾つかある。
 中でも紫苑が気に入ったのはチリソース。既製品ではなく一から作ったそれはピリリと辛く唐揚げによく合う。

「そりゃ最近の職業柄、世界の美食なんてものも口にしちゃ居るが……根は庶民だからな。
こう言う優しい家庭の味が一番良い。ホっとするだろ? 舌だけじゃなく心も満足出来る――立派な食事だ。
やっぱり羨ましいぞ、麻衣。俺も母さんの味を覚えてないってわけじゃないが……それでも随分記憶も薄れてる」

 麻衣ママがピクリと反応する。

「あの、春風さんの御両親は……」
「はい。随分と小さい時に」
「それは……ごめんなさい」
「気にしないでください。両親が居ないことを負い目と思ったことはありませんから。立派な、父さんと母さんでした」

 両親を持ち上げるフリをして自分を持ち上げているのだ。
 こう言うところが厭らしいこと極まりない。意図せずならともかく意図してこれなのだから。

「はぁ……立派ですねえ春風さんは。うちの子も、もうちょっと……ねえ?」
「そんなことはありません。麻衣は優しい子です。それに、俺にとっては命の恩人です。
いいや、俺だけじゃなくて他の仲間達にとっても。彼女には随分救われてます」

 麻衣ママもイギリスでのあれを見ているので、娘が活躍したことは知っている。
 とは言え、それでも身内であるがゆえに評価が厳しくなってしまうのだろう。

「何せ、どいつもコイツも死に掛けたのは一度や二度じゃありませんからね。
その度に麻衣には無理をしてもらいました。彼女が居なければ今の俺達は居ないと言っても過言じゃないでしょう」
「ちょ、ちょ……や、やめてぇや!」

 親の前で褒められると言うのは嬉しくもあるが、それ以上に気恥ずかしい。
 わたわたと手を振る麻衣は何処か小動物のようだ。

「事実だよ。能力もそうだが、心もそう。お前は人の痛みを分かってやれる優しい子だ。
例え見知らぬ人間でも命が喪われることを心の底から哀しむことが出来る。
誰もが持っている当たり前のものかもしれないが、どうしても忘れがちになってしまう。
麻衣、お前は誇って良いんだ。卑下する必要は無い。そして、そんな優しい子に育ったのは御両親のおかげでもある」

 今度は麻衣ママが顔を赤くする番だった。
 何処までも真摯に自分を評価してくれると言うのは嬉しいが、その相手が大き過ぎる。

「きょ、恐縮です……」
「いえ、だからお母さんも麻衣を褒めてあげてください。
俺も子供の頃、父さんや母さんに褒めてもらって嬉しかった覚えがありますから」

 そう言って親娘は顔を合わせ、どちらからともなく顔を逸らす。
 いざ面と向かってとなると気恥ずかしさが出てしまうのだ。

「っと……話ばかりをしていては料理が冷めてしまう。スープのお代わり頂けますか?」
「ええ、喜んで」

 その後も和やかな食事を続けて一般人であればとても喰い切れない量の食事を平らげる。
 食後の一服にと冷たい水出し緑茶を飲んでいる時に、麻衣は本題を切り出した。

「なあ、お母さん」
「? どうしたのよ」
「改めて言葉にするけど、十二月二十五日――クリスマスに、これまでで一番大きい戦いが始まる」

 全人類VS幻想、現在過去未来、類を見ないほどの大規模な戦になるだろう。
 此処に居る麻衣ママも未来を望み戦いに賛成した一人だ。
 しかしいざ自分の娘の口から戦いについての話題が飛び出すと流石に表情が強張ってしまう。

「そん時、うちも紫苑くんと一緒に……エデンへ向かう」
「……!」

 分かっていた、娘がそうするであろうことは分かっていた。
 だが、紫苑のと共に往くと言うことは一番危ない場所に向かうと言うことだ。
 春風紫苑に生命の果実を食らわせまいとあらゆる幻想が牙を剥き彼の排除に心血を注ぐ。
 当然、近くに居る麻衣にも危険は及ぶだろう。
 親の正直な気持ちを伝えるのならば、娘には危険なことなどして欲しくない。

「ね、ねえ……その、麻衣は戦えないでしょ? あ、あなたまで行く必要は……」
「確かに、うちの純化を使えば離れてても問題は無いと思う」

 が、ずっと純化を使い続けて居るわけにはいかない。
 そもそもからして純化と言うのは都合が良い能力ではないのだ。
 たった一つを胸に抱えた状態が長く続けば想念に喰われて元に戻れなくなってしまう。
 だからこそ、使うタイミングを見極めねばならない。

「せやけど、都合のええことばっかちゃう。あくまで、純化を使うのはヤバイ時や。
それまではうちも普通の回復魔法を使わなあかんし、それは触れやな意味が無い」

 想念の怪物になることを恐れ、完全覚醒を果たさなかった紫苑が良い例だと麻衣は語る。
 まあ、奴の場合は単純に今の自分が死ぬことを恐れただけだが。
 あくまで今の自分のまま綺麗に死にたかったのだ。
 しかしその目論見も結局見下してた相手に足下を掬われる形で頓挫してしまったが。

「麻衣……」
「正直、帰って来れるって確約は出来へん。
皆は死力を尽くして紫苑くんを護るやろし、うちもいざとなったら盾にでも何にでもなるつもりや」

 望むのは完全無欠のハッピーエンド。
 それでも、その結末を掴み取ることは決して容易ではないことを麻衣は知っている。

「もしかしたら、親不孝するかもしれへん」
「――――」

 親不孝――語るまでもない、親より先に死んでしまうことだ。
 麻衣ママは娘の言葉に息を呑む。何時の間に、何時の間にこんな風に強くなっていたのか。

「全部終わって、人間が勝ったとして……それでもうちが帰って来れんかもしれへん。
お父さんもお母さんもきっと、泣くと思う。せやけど、忘れんといて。
うちは世界のために戦ったわけやない、世界を救える男の子ために戦ったんやって」

 チラリと紫苑を見やる、彼も真剣な表情で麻衣の言葉に聞き入っている――フリをしている。

「うちはそんな結末を迎えるとしても後悔は無い。何よりも誇らしいことやって思う。
せやからお母さんらも泣いてもええけど、良くやった! って褒めて欲しいんよ」

 これが麻衣の伝えたかったことだ。
 彼女は今、紫苑のためだけに生きている。が、それでも自身を産んでくれた両親への感謝は忘れていない。
 だからこそ、伝えたかった。今、抱いている自分の決意を。

「麻衣……」
「世界で一番素敵な人に惚れることが出来たんや。その人のために死ぬるも本望や」

 それが桝谷麻衣の偽らざる真の想いだ。
 麻衣ママは静かに目を瞑り、何かを堪えるように息を吐く。
 母親としては死んで欲しくない、危ないことなんてして欲しくない。
 だが、同時にこうも思うのだ。この歳で随分と強くなった娘が誇らしいと。
 自分よりも夫よりもよっぽど強い、自慢の娘だ、背中を押してやるのが母親の役目かもしれぬと思ってしまう。

「――――分かった。麻衣がちゃんと考えて決めたんならお母さんも応援するわ」

 麻衣ママが選んだ答えはこれだった。
 子供も何時かは親元を巣立つ、自分もそうだったように。ならば娘もその時が来たのだろう。
 子供の足を引く親になってはいけない――麻衣と同じく麻衣ママも強く素敵な女性のようだ。

「ありがと!」

 弾けるような笑顔。娘も、その言葉を望んでいたのだ。

「よし、んじゃそろそろ帰ろか紫苑くん」
「いや、まだお父さんには話していないだろう?
お前は残れ。久しぶりに親子水入らずと言うのも悪くはないはずだ。お父さんとお母さんを大切にしろよ」

 そう言って紫苑は麻衣ママに昼食の感謝と麻衣をちゃんと預かることを誓い、桝谷家を後にする。

「(……俺、やっぱ来た意味無かったよな)」

 帰り道でそんなことを考えていたが、まあタダ飯が食えたし良いかと思い直し家路に着く。

『ん? おい、あれアイリーンじゃねえか?』
「(あん?)」

 公園の前を通り掛かったところでカス蛇がアイリーンを見つける。
 言われるがままに紫苑も視線を向けるとベンチに座ってサンドイッチを頬張っているコミュ障が確かに居た。
 スルーしようと思ったのだが、バッチリ視線が合ってしまい仕方無しに紫苑も公園の中へ。

「よう、アイリーン。こんなところで何やってるんだ?」
「御飯」
「ああ、昼飯食ってるのは分かるが何で公園でってことだよ」
「学校の帰り」
「学校……ああ、指導を頼まれたのか」
「そう」

 今、この世界に居る冒険者の中でアイリーンは随一の技量を誇っている。
 スカアハとの邂逅で彼女は技術的にはほぼ完成したと言っても良い。
 とは言え、スカアハの一件を知るのは仲間内だけ。
 学校から生徒達指導を頼まれたのはスカアハの一件を抜きにしてもアイリーンが巧く強いことが周知されているからだろう。

「しかし……妙に疲れてるな。言っちゃ何だが、学校中の生徒が束になってかかって来ても余裕だろう?」

 純化を使う必要すらなく五分とかからず数百名を倒してのけるだろう。
 それだけの実力があるアイリーンなのに、その表情には疲労が浮かんでいる。

「指導だから」

 モシャモシャと卵サンドを食べながらアンサーを返す。
 口元に食べかすがついていて、何かを期待するように紫苑を見ているのだが……この女、案外イヤらしい。

「あー……成るほどな(うぜえ……)」

 それでも無視は出来ず、しょうがなく口元の食べかすを指で取って自分の口の中に放り込む。
 紫苑が期待に応えてくれたことでアイリーンは小さくガッツポーズ――イヤらしい女である。

『つまり……どう言うことだってばよ?』
「(勉強させるんだから速攻で叩き潰しちゃマズイだろ?)」

 相手よりちょっと上ぐらいに力をセーブして戦いの中でコミュ障なりに必死に指摘をせねばならないのだ。
 冒険者学校の一般生徒とは天と地ほどの実力差があるアイリーン。
 そんな彼女がドン底スレスレまで手加減をするのは割と大変だろう。
 全力を出す分には幾らでも出せるが、力をセーブすると言うのは中々難しい。
 それでもある程度、実力があれば話は別なのだが……生徒達にそれを求めるのは酷である。

『そう言うことね』
「お疲れさん。あ、そうだ……クラスの皆は元気だったか?」

 これから先、慰問で冒険者学校を回ることもあるだろう。
 が、それはまだまだ先のこと。目下、紫苑を必要としているのは多くの力無き一般人なのだ。

「元気。ハゲは光ってた」

 紫苑と仲が良かったハゲこと花形元の近況を知らせるのは良いが、あんまりにもあんまりな言いようである。
 元気? あのハゲの頭頂部光ってたぜ! どんな異次元会話なのか。

「そ、そうか……ま、まあ良かったよ。
(そういやあのハゲ、普通に髪生えてても良い頃だが……剃ってるのか毛根死んでるのか……後者だったら良いな)」

 もしも後者だったらば紫苑は一日中ハゲの頭を哂って楽しく過ごせるだろう。

「うん。食べる?」

 傍らに置いてあるパン屋の袋の中にはギッシリと多種多様なサンドイッチと菓子パンが詰め込まれている。
 タダで貰えるのならば病気以外は貰うのが信条の紫苑だ。
 さっき大量に昼飯を喰って腹は膨れているのだが、アイリーンからサンドイッチを受け取る。
 どうしようもなくみみっちい性に涙が出そうだ――情けなさ過ぎて。

「ん、美味しいな……何処で買ったんだ?」
「学校の近くで見つけたパン屋。今度、一緒に行く?」
「ああ、その時は案内してくれ」
「うん」

 モッシャモッシャと二人でパンを喰らう年頃の少年少女。
 紫苑もアイリーンも、クールな印象を与える顔立ちだけにとってもシュールだ。

「そう言えば……アイリーン、ちょっと聞いて良いか?」
「最近、また胸が大きくなった」

 そう言う自己申告が聞きたいわけではない。

「いや、そう言うんじゃなくて……スカアハってクー・フーリンの師匠だよな?」
「うん。メンヘラの素質あり」

 スカアハとクー・フーリンの逸話を辿るにお師匠様にはヤンデレの気質があるのは確かだ。
 しかし、それをアイリーンが指摘するのは如何なものか。

『若気の至り』

 流石のスカアハも物申したかったのか、反論を口にする。
 しかしあれやこれやな逸話を総て若気の至りで済ますには少々厳しい気がしないでもない。
 まあそれでも基本的には先生気質なのでそこまで害は無いのだが……。

「いや、お前の青春はどうでも良いんだよ」
『いや、青春か? クー・フーリン出会った頃にはとっくにオバンなんじゃねーの?』

 紫苑との内緒話オンリーに切り替えているからって言いたい放題である。

「俺が聞きたいのはクー・フーリンが今、何してるかだ。
アイリーンがクランの猛犬に憧れているのはスカアハも知っているだろう?」

 同じく物語の登場人物に憧れていたルドルフは歪んだ憧れから脱却した。
 今ではオーディンなんて数多居る敵の一人としか見做していない。
 だがアイリーンは別だ。彼女だけは純粋にクー・フーリンに憧れていた。
 それこそ、祈りの形に彼の英雄が絡んで来るほどに。

「敵ならば戦う機会もあるかもしれないが……数多く居る敵の中で巡り合える可能性も低い。
が、味方か中立ならば頼めば戦える可能性が高いんじゃないか?
総て上手くいけば幻想が消えてしまう。そうなるとアイリーンは一生、憧れと戦える機会を無くしてしまう」

 だからその前に、憧れと槍を交えるチャンスを与えてやってくれないか?
 紫苑は言外にそう言っているのだ。
 自分を想ってくれていることが嬉しいアイリーンは嬉しさのあまり抱き着いてしまうが……。

『お、おいどうした紫苑! お前、熱でもあるのか!?』

 一番心が近いカッスは本気でドン引きしていた。
 そう言う話の流れでクー・フーリンに触れて良い感じのことを言うならば分かる。
 だが、今回は紫苑からわざわざクー・フーリンの話を振った。
 となると、アイリーンについても触れねばならない。
 好んでメンヘラの好感度を稼ぐ趣味は無いはずなのにとカス蛇は困惑していた――素晴らしい信頼関係である。

「(バーカ! コイツが憧れにボロボロに負ける様が見てえんだよ!
チートオブチートみてえなクー・フーリンにこのコミュ障が勝てるわけねえだろ?
どう足掻いても憧れには届かないと分かったら……想像するだけで何だか楽しくなって来たぜ!)」
『あ、そう言うことね。良かった、今日も紫苑は紫苑だよ!』

 本当に素晴らしい信頼関係だ――眩暈がするほどに。

「紫苑、ありがとう。でも、無理」
「無理って……ああそうか、アイリーンならもう既に聞いてるよな。でも、何で無理なんだ?」
『ホリンは味方。でも、何処に居るかは分からない』

 弟子の気質的に不利な側に着くのは目に見えている。
 クー・フーリンと言う英雄は反骨心の塊のような男だ、人間の味方をして戦うことは確実だろう。

『一人で好き勝手やるのが好きな子だから』

 スカアハもそうだが、クー・フーリンとて武芸だけに秀でているわけではない。
 彼はルーン魔術も得手としていて、居場所を気取られないぐらい朝飯前なのだろう。

「(でもクー・フーリンって騎士団に居たから協調性はあったよな……?)」
『つーか、このオバンに会いたくねえから姿隠してるだけなんじゃねーの?』

 真相はクー・フーリンに会って確かめるしかないが……。
 紫苑もカス蛇もあながち間違ってはいないと思っている。

「そう言うわけで、仕方ない」

 どうやっても探せないならばしょうがない。
 自分のワガママでクー・フーリン捜索隊なんてものを出してもらうわけにもいかないのだから。
 アイリーンはクランの猛犬と戦えないことを残念だとは思っているが、スッパリ割り切っている。

「……お前はそれで良いのか?
(何でそこで諦めるんだよ! もっと熱くなれよ! そんでその炎をクー・フーリンにぶつけてやられて俺を笑顔にしてよ!)」

 純化の祈りにも絡んでいるクー・フーリンをそう簡単に諦められるのか。
 確かに紫苑の言うことも正しい。しかし、アイリーンにはアイリーンの考えがあるのだ。

「良い」
「理由を聞いても?」
「直接戦わなくても、超えられる」

 クー・フーリンを超える――その祈りはハッキリとしている。
 彼と全力で戦い勝利し、後の人生を幸福の中で過ごす、最上はそれだ。
 戦士として、一人の人間としてクー・フーリンを超えたと言っても良い。
 とは言え、何も道は一つだけではない、人生は多様な道を示してくれている。

「紫苑を護り、明るい未来を掴み取って一緒に帰る、そして一緒に幸せになる」

 世界を救える男を護り切って共に幸福な未来を手に入れる、それもまた最上だろう。
 アイリーンの主観と言う但し書きはつくが、クー・フーリンを超える道は幾つもあるのだ。
 だから彼との戦いにのみ固執する気は無い。

「……そうか。お前が納得しているならそれで良い(つまんねえ奴)」

 期待が外れた紫苑のテンションは一気にダウン。
 もしもパンが無ければマイナスゾーンに突入していただろう。
 パン如きでマイナス一歩手前で止まれるとは実に安い男である。

「でも、ありがとう」

 そんな風に気を遣ってくれて――アイリーンは涼やかな笑みを浮かべる。
 紫苑と出会い初めての敗北を知り、紫苑と過ごすうちに祈りを見出せた。
 紫苑と共に戦ううちに今までよりも、もっとずっと成長出来て今に至る――嗚呼、何て幸運なのだろう。
 得難い出会いだ、一番の幸運はきっと、紫苑に出会えたことだ。
 終わりに向かう中で、改めてアイリーンはそう確信した。

「いや、余計な御世話だったようだ」
「ううん……ねえ、これから暇?」
「? ああ、予定は無いな」
「なら、デート」

 紫苑の手を取り立ち上がる。空を見れば何処までも透き通った蒼――今日は良い一日になる。
 そんな確信と共に笑みを浮かべるアイリーンだが、

「(今日は最悪の一日だ……)はは、お付き合いしますよ御嬢さん?」

 想い人はこれである。と言うかお前の最悪は人生で何度あるんだよ。
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