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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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ま、当たり前だな。俺のために犠牲になれよ

 紫苑が醍醐の屋敷で花見をしてる頃、ルドルフ・フォン・ジンネマンはニブルヘイムへと来ていた。
 ヘル、シンデレラ、そしてベアトリクスに意思の確認をするためだ。
 ニブルヘイムは相も変わらず生気が感じられず、死者の国らしい空気を漂わせている。
 生者であるルドルフは若干居心地の悪さを感じつつも女王の城へと踏み入った。

「あ、ルドルフ……どうしましたか?」

 気配がする方向に歩を進めると氷の庭園へと辿り着く。
 庭園ではベアトリクスがシンデレラを抱っこしてあやしている真っ最中だった。

「うむ、ちと用があってな……しかし、その娘……」

 散々ボコられた相手だし、知性があるかどうかも怪しい。
 そんなシンデレラと戯れていて危険ではないのか? そう言いかけたルドルフだが、

「るど、るふ……?」

 一瞬で思考が停止する。あーとかうーしか喋れなかったシンデレラが己が名を呼んだのだ。
 大口を開け、固まってしまうのも無理はない。

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
『キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!』

 親父であるロキまで驚いてんなよ。
 男二人が馬鹿みたいに奇声を上げているのをヘルとベアトリクスは冷めた目で見つめていた。

「喋り、ます。一体、この子を何だと思ってるんです?」
「いや、だが前は……」
「前は前、です。この子、変わりました」

 むぅ、と頬を膨らませるベアトリクス。
 以前よりも表情豊かで、陰気さがなりを潜めているように見える。
 そのことにも驚きながらルドルフはじーっと穴が開くほどにシンデレラを見つめる。
 彼女は以前と同じく包帯のドレスに身を包み顔もよく見えない。
 だが、言われてみれば確かに変わったように思う。
 ニブルヘイムで使う表現としては不適切かもしれないが、生気のようなものを感じるのだ。

「るどるふ?」
「う、うむ……私がルドルフ・フォン・ジンネマンだ。卿は……まだ、名は無いのか?」
「けい?」
「む……卿と言うのは敬称なのだが……ううむ、分からんかもしれんな。まあ気にするでない」
「わかった。きに、しない」

 ベアトリクスに抱かれたまま両手を挙げるシンデレラ。
 何と言うか、諸々に目を瞑れば幼い子供にしか見えない。

『随分と、真っ当な教育をしているようじゃないかマイドーター』
『ええ。ベアトが乗り気ですのよ』
『名前は付けていないだろうね?』
『付けていませんわ』

 愛娘の返答にホッと胸を撫で下ろすロキ。
 が、ルドルフとベアトリクス、人間二人からすればどうにも解せない。

「気になっていたのだが、何故卿らは頑なに名を付けないのだ?」
「そう、です。ヘルの説明は良く分からないけど……あげた方が良い、です」

 子供に名前をつけてあげる、それは当たり前のことだ。
 名前が無いと言うのはそれだけで何かもの悲しい。が、ロキとて何の意味もなく名前をつけていないわけではないのだ。

『かつてならばともかく、私達は幻想に貶められ、歪んでしまったんだよ。
ある意味では正常な状態じゃないのさ。感覚的なものだから何が正常かって言われると説明し難いけど。
そんな状態で子を成すことは私達にとってもどうなるかが分からない。
現に昔ならば知性を有する子が生まれていたはずなのに……この子は、ねえ?』

 今はまだマシになっているが、かつては白痴のような有様だった。
 それは生まれたてだからと言うわけではない。

『生まれた瞬間にこの子を見て「あ、ヤバイ」って思ったのさ。
だから厳重に封印を施した……名前をつけないのもその一環だよ。
名前をつける、人は名前が持つ力を軽んじるようになってしまったけど、私達は違う。
名付ける、すなわち定義する――その存在が何なのかを。
よく分からない子に名前をつけて定義する、つまり枠に当て嵌めたらどうなると思う?』
「どうと言われても……分からん」
『そう、分からない。私にもね。ただ、この子が持つ本来の力を考えれば気軽に名前をつけて良いわけがない』

 人であれば別に花子だろうが太郎だろうが好きにつければ良い。
 が、仮にもこのシンデレラは神と神の間に生まれた子供で両親をも凌駕する力を秘めている。
 そんな存在にとって名前と言うのはとても重要だ。
 名付け方一つで根本から性質が変わったりすることもあり得るほどに名前と言うものは重い。

『下手をすればとんでもない爆弾になってしまうかもしれないからねえ』
「ふむ……人間にはピンと来ない説明だが……」

 ロキの言葉は珍しく真剣味を帯びていた、ゆえにルドルフもその説明に納得することに決めた。
 どだい知識量ではロキに敵わないのだ。反論を見つけられない以上は納得するしかないだろう。

「……やっぱり、よく、分からない、です」
『無意味に名前をつけていないわけではないと言うことだけ覚えていてくれたら十分ですわ。
それよりルドルフ、お父様、どうしてニブルヘイムへ? 何か御用ですか?』

 用も無くわざわざ死者の国に来るほどルドルフも奇矯な人間ではない。
 何某かの意図があって訪れたことは明白だ。
 ヘルの問いにルドルフも自分が此処を訪れた理由を思い出し、表情を締める。

「ヘル、卿も知っているかもしれないが……私達は紫苑を軸に幻想を排除する可能性を得た。
紫苑もそうだが、私も私達に味方をしてくれた者には意思の確認をしたいと思っている。
消えたくないと言うのは当然の感情だし、敵になったとしても怨むことはない。素直な意思を聞かせて欲しい」

 戦うとなればヘルの宿主たるベアトリクスを乗っ取られる可能性だってある。
 ルドルフは我知らず拳を握り締め緊張していたのだが、

『フフフ、愚問ですわルドルフ』

 ヘルはそれを杞憂だと笑い飛ばす。

『ベアトに憑いたのはお父様の御願いでしたけど、私は一個人としてベアトを好きですもの。
敵対してまで生きたいと言う理由も無いし、彼女には幸せになって欲しいと思っています』
「……良いのか?」

 自分達にそれしか手段は無いとは言え、知己が死ぬのは悲しい。
 勝手かもしれないが、それが人間と言う生き物のままならさだ。

『ねえルドルフ、人間って言うのは起伏に富んだ人生を送っていると思いませんか?
ふとしたことで泣き、笑い、怒り、悲しみ、その生は決して平穏無事と言うものではない。
私達からすれば些細なことに右往左往、本当に本当に楽しそう。
私達にはそう言うものが無い。いえ、喜怒哀楽――感情はありますわよ?』

 人間と幻想、与えられた時間に差があり過ぎる。
 片や瞬きをするような短い時間、片や無限に等しい時間。
 無限の時間をたゆたう幻想にと言うのはどうしたって一つの出来ごとに対する重みが少なくなってしまう。

『私はベアトと同化してから、人間の感情の激しさをずっと感じて来ましたの。
そして、それはとっても素敵なこと。私自身も些細なことで一喜一憂するほどに感化されました。
今、私はとても満ち足りていますわ、過去のどんな時よりも。
この、今、私が抱いている想いを胸に逝けるのならばとっても素的な最期じゃありません?
終わりが見えて悲しい、寂しいと感じ、だからこそ一瞬一瞬を大事にしよう。
そうやって最期を迎える――――まるで人間のようでしょう? フフ……本当に私、幸せですわ』

 ニブルヘイムと言う極寒の国において、ヘルの言葉は何よりも熱を持っていた。
 彼女は死者の国の女王でありながら、今、心の底から生命を賛歌しているのだ。

「ベアトリクス、卿は良いのか?」
「私は、既に知ってましたから。春風さんの演説を聞いてから、ヘルとも御話して……彼女の意思を尊重します」

 そして、此処からは自身の役目だとベアトは腕の中に居るシンデレラへと語り掛ける。

「ねえ、あなたは、どう? どうしたい?」

 抽象的な問い、だがこれで十分なのだ。
 シンデレラは多くを知らないが、本質的に大事なことは理解している。
 ずっと傍で彼女を育てて来たベアトリクスだからこその確信だ。

「……」

 シンデレラはヒョコっとベアトリクスの腕の中から飛び出し彼女とルドルフの間に立つ。
 そうして二人の手を握り、一つの問いを投げる。

「べあと、るどるふ、しあわせに、なれる?」

 その瞬間、人間二人は胸の裡から何かが込み上げて来るのを感じていた。
 上手く言葉に出来ない、それでもその感情は……。

「ああ、私は未来を――幸せを掴むために戦っている」
「あなたやヘルの分も、私は幸せになります」
「なら――――いい」

 笑った、のだろうか? いや、笑った。名も無き少女は確かに笑った。
 包帯に隠されていて表情なんてまるで見えないが、それでも彼女は人間二人の幸福を願って笑ったのだ。
 千の言葉よりも雄弁なたった一度の笑顔――紫苑はちょっと見習うべきである。

「ありがとう、私も誓うよ。卿とヘルの分まで必ず幸せになると」
『ねえちょっと私は?』

 散々好き勝手やった変態のことは知らないってことだよ、言わせんな恥ずかしい。

「さて、用件だけ済ませて帰ると言うのも素っ気無い。四人で少し、遊ばないか?」
『ねえその四人に私入ってる?』

 ハブ邪神ロキである。まったく可哀想とは思わない。

「喜んで」
『お付き合いしますわ』
「うん!」

 そうして女三人と共にルドルフはしばし童心に回帰する。
 常時夜で時間が分かり難いニブルヘイムだったので、ついつい熱が入り現世に帰還する頃には深夜になっていた。
 拠点は静まり返っており、照明も落ちている。
 ルドルフも軽く何かを食べてから寝ようとしたのだが、

「ん?」

 ふと、見知った気配を上方に感じ取る。
 拠点の中ではなく拠点表層部の屋上だ、そこには何故か紫苑が居る。
 こんな時間に何をやっているのだろうか? 気になったルドルフは作り置きのサンドイッチを摘みながら屋上へ歩を進める。

「ふむ、月見酒とは風流だな紫苑よ」

 屋上の扉を開けるとそこにはベンチに座り杯を傾ける紫苑の姿があった。
 彼も来訪者に気付いたのか、首だけを動かしルドルフを見ている。

「よう、ルドルフか……良い夜だな」

 蒼い三日月のスポットライトに照らされる紫苑の頬はほんのり赤い。
 アルコールが回っているせいだろう。
 ルドルフは一瞬、ほんの一瞬、同性だと言うのに魅入ってしまった。
 前々から良い男だとは思っていたが多くの困難を踏破し更に大きくなったからだろう。
 以前よりも魅力が増している――ルドルフはそんなことを考え、急に恥ずかしくなってしまった。

「ん、んん! そ、そうだな……隣、良いか?」
「ああ(ははぁん……俺に見惚れてたな? だがホモのケはねえからな!)」

 隣に腰掛けたルドルフは酒瓶を見て小首を傾げる。

「どうしたのだこれ? 此処に酒は置いてなかっただろう?」
「ん、これか? 栞と紗織の家にお邪魔した時に貰ったんだよ」

 姉妹が目覚めたのは夜になってからで、
その際に紫苑がさりげなく以前屋敷で飲んだ酒が美味かったと言ってまんまとせしめたのだ。
 小さい人間性が如実に表れていると言っても過言ではない行いである。

「寝酒にと思ったが、今日は月が綺麗だったと思い出してな……一人で月見酒と洒落込んでいたのさ」

 杯を傾け、喉を鳴らす。未成年ではあるが、それを咎める者は誰も居ない。

「ルドルフ、お前もどうだ? 宵や宵や宵のお月様、月も酔うような良い酒だぞ?」
「うむ、では相伴に預かろうか。少し待っていろ、グラスを持って来る」

 と、立ち上がろうとした瞬間、左手の制御が奪われる。
 いきなり何だとロキを問い詰めるよりも先に左手にグラスが出現。

『氷で作った即席のグラスさ。持ってる部分は冷たくないし、命令するまで溶けることもない』

 どうやら気を利かせてくれたようだ。

「はは、便利だな……ほら、酌だ」

 気前良く他人にあげていてケチな紫苑らしくないと思うが、元々貰い物だし部屋にはまだストックがあるのだ。
 なので今日ぐらいはとほんの少し大らかになったらしい。

「む、すまん」

 氷のグラスに注がれ常温の酒は冷酒に変わる。
 軽く口に含むと、成るほどこれは良い酒だとルドルフも笑顔に。

「美味いな」
「だろう?(俺に感謝しろよ馬鹿金)」

 赤ら顔の紫苑、何時から飲んでいたのだろうか?
 ベンチの傍らには一本空瓶が置かれているのでちょっと前からと言うことはないだろう。
 案外この男、うわばみなのかもしれない――蛇も宿してるし。

「ルドルフ、今まで何処に行ってたんだ? 夕飯時になっても帰って来なかったから俺とルークは心配してたんだぞ」

 メンヘラーズは特に気にしていなかったと言うことだろう。
 何とも世知辛いことである。ちなみに、本当に心配していたのはルークだけだ。
 紫苑が誰かの心配なんてするわけがない。

「ニブルヘイムに行っていた。ヘルと、その娘は私達の選択を支持してくれたよ」
「……そうか(ま、当たり前だな。俺のために犠牲になれよ)」
「ああ」

 多くは語らない。こんなにも月が綺麗なのだ、しんみりとした話題はまた今度で良い。

「そう言う紫苑は栞や紗織と出かけたのは知っているが……二人の家にまで行ったのか?」
「ああ。墓参りの後にな。花見をして来た」
「花見か……良いな。桜が綺麗だものな」
「見事な桜だったよ。品種は知らんが随分鮮やかで、手入れも良くされていて観賞用としては一等品だろう」

 夜風が肌を撫ぜる。火照った身体には良い塩梅で、思わず表情が緩むのも已む無しだ。

「なあ紫苑」
「ん?」
「卿は、平和になったらどうしたい?」

 戦いが終わっても人生は終わらない。総ての試練を踏破した先には未知の未来が待っている。
 その時、紫苑は不老不死の身体を得ていえ、これまで通りにはいかないだろう。
 ゆえにルドルフは聞きたい。一番の親友がどんな未来を描いているのかを。

「平和になったら……か(不老不死手に入ってるんだよな……うへへ)」

 永遠の若さを手に入れた未来を想像するだけで酒が進む進む。

「とりあえず、学校は卒業しなきゃな」

 最終学歴高校中退なんて紫苑のプライドが赦さない。

「学校か……そう言えばそうだな」
「忘れるなよ。皆でまた学校に行こうって約束しただろう?
(総てが終われば俺は史上最高の英雄……学校でも超チヤホヤされるし入学者も沢山増えるだろうな)」

 己の自尊心を満たす未来を想像するだけで更に酒が進む進む。

「む、すまん。しかし卿、学校に行けるのか? ギルドのリーダーとしての仕事もあるんじゃないか?」

 幻想が消えるとしてもすぐにギルドが解体されることはないだろう。
 冒険者と言う人種は残るわけだし、新たな形に生まれ変わるかもしれない。
 もしくは、これまで多くの冒険者が潜り続けていたダンジョンはあくまで幻想の極表層、ジャンクのようなもの。
 新たな幻想となった人類に呼応して新たなダンジョンが出来るかもしれない。

 何にしても、世界で最も偉大な男(予定)をギルドが手放すことはないだろう。
 求心力と言う面では過去のどんな人間よりも上なのだから。
 いや、下手をすれば紫苑が語った統一国家思想が実現されてそこの初代元首になるかもしれない。
 何と言うか想像するだけで怖気が走る未来である。

「ただでさえ出席が危ういのに……卒業出来ないような……」
「いや、公欠になるんじゃないか? そこらは流石に融通利かせてくれるだろう
(と言うか全人類の恩人たる俺を優遇しない未来なんてどう考えてもおかしいだろう常識的に考えて)」

 取らぬ狸の皮算用でよくもまあこれだけ威張れるものだ。

「と言うか、期限は分からないが……俺はそう長く、長を続ける気は無いぞ」
「何?」

 思わずキョトンとなってしまうのも無理はない。
 ハッキリ言って(表向き)紫苑以上にトップに相応しい人間が居ないのだ。
 なのにその彼が長を退くとなると、本人の意思はともかく周りが引き止めるはずだろう。
 それほどまでに極まった紫苑のカリスマ(屑)は凄まじいのだ。
 連絡先を知るクラスメートからもパンクしそうなほどのメールが来るし、テレビやネットでも春風紫苑と言う救世主(笑)を讃える声は大きい。
 世界で最も影響力のあるたった一人が居るとすればそれは紫苑以外には居ない。

「不確定の未来を語るのは何だか間抜けだが、情勢が安定すれば俺は引退するつもりだ」

 この小物、当然地位に対する欲求はある。
 平和になった後のギルドの長なんて涎が出るほど美味しい立場だ。
 本人もそれは分かっている。分かっていて尚、その座を退くつもりなのだ。
 勿論、打算ありきの思考の末にその答えを導き出している。

「俺はことが終われば不老不死、老いず死なずの存在になっちまう。
最初は良いかもしれない。が、時間が経つにつれ……どうかな? 俺の存在が火種になるかもしれない。
どれだけ俺が正しく在ろうと頑張っていても、人の目に不老不死の存在はどう映る?
時が経てば経つほどに不気味な存在と思うかもしれない、違うか?」
「そんなことはない。卿の高潔さは誰もが知っている!」

 紫苑以上に人を愛し、人に尽くした男は居ない。
 その彼に向かって唾を吐くような人間が居ればルドルフは躊躇い無く殴り飛ばすだろう。
 尚、メンヘラーズの場合は四分の三殺しにする模様。

「高潔なだけじゃないよ、人間は。それだけで構成されているわけじゃないんだ」

 薄汚いものだけで構成されているこの男はひょっとして人外?

「それは……だが、卿は……もし、そうなったとしても……良いのか?」

 ルドルフ・フォン・ジンネマンは真っ直ぐな人間だ――紫苑と違って。
 だから、頑張った人には報われて欲しいと願っている。
 そりゃ頑張った人間が全員報われるとは限らない。それは分かっている。
 だが、少なくとも紫苑の頑張りは報われて欲しい――否、報われるべきなのだ。

「汚い部分もひっくるめて人間だ。そして、俺はそんな人間を愛している。
正しさだけを愛するのは違うだろう? 愚かさも愛してこそ本当の愛だと俺は思う」

 ルドルフはその言葉に、深い深い愛情を見た。
 そして、その愛情があるからこそ紫苑は何処までも頑張れるのだと。

「正しい人間だってふとした拍子に間違いを犯す。
愚かな過ちばかりの人間でも最期の最後に正しいことをするかもしれない。
綺麗なだけじゃなく、汚いだけじゃなく、それが人間だ。
過ちを重ねても、それでも省みて、そうやって少しずつ進んで行けば良い。
過度な期待を押し付けるのは違うだろ。そんなことをしても潰れるだけだ」

 まあ何て綺麗な言葉なんでしょう。本当に上っ面だけは見事と言う他無い。

「……」

 紫苑の言葉は正しく、温かみに溢れたものだ。
 それでも友として、何時か未来に紫苑が疎まれるかもしれない可能性があるなどとは信じたくはない。
 苦い顔のルドルフを見て紫苑は小さく笑った。

「例え、世界中の人間が俺を疎んだって……お前は違うだろう?」
「――――」

 月光に溶けてしまいそうなほど淡い笑顔に息を呑む。

「分かってくれる人間は居る。しかもほら、こんなに傍に。
ルドルフも、ルークも、天魔も、麻衣も、栞も、紗織も、雲母さんも、アリスも、アイリーンも二葉も……。
皆は受け容れてくれるって思っているんだが、それは俺の勘違いか?」
「……そうだな。その通りだ。私は何があろうとも卿の友だ」
「なら、十分だ。確かに報われているじゃないか。その時が来てもきっと後悔は無い」

 酒で舌を潤わせて更に続ける。

「それに、そうならないように、少しでもマシになるように俺は落ち着いたら引退するって言ってるんだ。
だからそう不安な顔をするな。折角の美味い酒が台無しになっちまうぞ?」
「む……すまん」
「それとな、不老不死の弊害って言うのは他にもあるんだ」

 空になったルドルフのグラスに酒を注ぎ、次なる問題点を口にする。

「さっきの俺の言い方じゃ、多くの人間が不老不死の俺を疎むって聞こえるが……実際はそうじゃない。
そう言う人も居るだろうが、同時にな、絶対の柱として縋ってしまう人間も出て来る。
俺なら間違わない、老いず死なず未来永劫自分達を導いてくれる――そんな過剰な期待で目を曇らせちまう」

 実際、紫苑の性を鑑みるにそれは決して間違いではない。
 自身の失点となるようなことを何よりも嫌うから、結果として正しい行いが成されるのだから。

「それは歩みを止める行いに他ならない」
「堕落、だな」
「ああ、俺は人を腐らせてしまう可能性のある毒になるつもりはない」

 なので一番、絶頂期に退いて自身の見栄を完璧なものにするつもりなのだ。
 退き際を間違えた人間ほど滑稽なものは居ないと知っているから。

「だから、ある程度の落ち着きを取り戻した後で退く。これは決定事項だ」
「ふむ……成るほど」

 理を以って説かれれば紫苑の言にも納得が出来る。
 未来を憂慮しての引退ならば、賢明な人間ならばきっと賛同を返すはずだ。

「だとしても後任やら何やら、ちゃんと責任を果たしてからだがな」
「分かっている。卿は責任感の強い男だからな」

 語るまでもなく見栄と保身のためである。
 立つ鳥、後を濁さず――そうせねばら誰に何を言われるか分からない。
 自分が影で誰かに文句を言うのは良いが、言われるのだけは絶対に赦せないのだ。

「と言うより、心配ごとがあったら気になってしょうがないってだけさ」
「もの言いようだな。謙遜も過ぎれば嫌味になるぞ?」
「別にそうじゃないんだが……」
「ハハ。して、退いた後はどうするのだ?」

 何時退くかにもよるが、紫苑の理想としては自身の卒業式と同時に引退をしたいと考えている。
 何故かって? そりゃ単純にシチュエーション的に映えるからだ。それ以外の理由は一切存在しない。

「正直な話、プランは無い。高校卒業と同時くらいに引退が出来るならば進学はしてみたいがな。
就職にも興味はあるが、そっちは難しいだろうし。何よりずっと務めることは出来ない」

 就職すれば会社の人間はフルに紫苑を利用しようとするだろう。
 そうなれば確実に面倒なことになる。そんな未来はノーサンキューだった。

「進学か」

 進学ならば問題は無いだろう。
 普通の大学ならば四年間で学舎を出るわけだし不老不死による弊害も無い。

「ああ、勉強自体は楽しいからな。なるべく専門的なことを学びたいと思っている」

 とは言え、そこで得た知識を仕事などで使うことはないだろう。
 と言うよりも起業でもしない限り紫苑が真っ当に就職することは不可能である。

「その後は、そうだな……幸いなことに蓄えはあるし、何処か田舎にでも引っ越すかな?」

 軽井沢辺りに別荘を買って悠々自適な生活を送るのも悪くはない。
 が、大きくなり過ぎた名前が足を引っ張る可能性も考慮せねばならないだろう。
 担ぎ上げようとする人間なんてのは面倒極まる。

「定期的に住むところを変えて、なるべく世間とは関わりが薄い生活をするよ」
「……が、担ぎ出そうとする人間は出て来るだろう?」

 ルドルフ自身も紫苑に対しては家の力を使ってでもバックアップをするつもりで居る。
 そしてそれは他のメンヘラーズも同じだろう。家の力だったり自分の力を使って紫苑を護るはずだ。
 だが、世界には絶対なんてものは存在しなくて、どうやっても面倒ごとは幾らかはやって来るだろう。

「まあ、いざとなれば人が立ち入ることの無い世界の果てでも目指して見るのも悪くはないかもな。
ほら、冒険者らしいだろう? 未開の地に旅立つとか。地球は広いんだ。
完全に未踏の地もあるはずだし、何より不老不死ならば死ぬこともないしな」

 明るく語っているが、紫苑の描く未来予想図は悲観的なものばかりだ。
 ルドルフの視点ではまったく報われていないように見える。
 もっと普遍的な欲を出しても赦されるはずなのに。

『でもよー、んなとこ行ったらチヤホヤされないんじゃね?』
「(バッカ。俺の偉大さは未来永劫語り継がれるだろうし問題はねえんだよ)」

 その足跡に触れた人間を想像するだけでニヤニヤ出来るのだ。何とも安上がりな男である。
 まあ、俗世間で悠々と暮らしたい思いもあるにはあるのだが。

「(まあでも、人の一生分ぐらいは下界でエンジョイするつもりだがな!)」

 下界、言うにこと欠いて下界と来たか。
 この男、もう既に神様気取りである。この傲慢さには眩暈がする。

「それより、俺のことばかり聞くがルドルフはどうなんだ? 平和になったらどうしたい?」
「私か? 私は……まあ、紫苑と同じくとりあえずは学校だな。卿らと青春を楽しみたい」
「その後はやっぱり家を継ぐのか?」

 と言うかルドルフはルドルフで寿命の問題がある。
 永遠の命とまではいかずとも、それでもかなりの時間を生きることになるだろう。
 いや、彼だけに限らず紫苑の周りに居る人間はどいつもこいつも人の規格を超越してしまっている。
 そんな人間がたかだか百年二百年で死ねるわけがないのだ。

「こうなる以前の私ならば、冒険者として楽しんだ後、いずれは……と思っていただろうがな」
「今は違うのか?」
「うむ。どうにも、そう言うものに縛られて生きるのがなぁ……」

 ルドルフにとっても紫苑と出会ってからの一年は実りが多いものだった。
 とても十代な少年が過ごすことはないであろうゲロが出るほどに濃密な時間。
 それはルドルフを成長させ、自身を見つめ直し成長する良い機会となった。

「正直な話、辛過ぎることも多いが今が一番楽しいのだ。
これからもずっと、皆でこのような暮らしをして行きたいと言うのが一番の夢だな……子供みたいだと笑うか?」
「(絶対嫌だよ!)いや、楽しい時間は何時までも続いて欲しいってのは同感だよ」

 それでも人は何時までも同じ場所に止まっては居られない。
 限りなく紫苑に近しいとは言え、遠い遠い時の果てで別離は必ずやって来る。
 いや、もしかすると寿命が来る前に生に飽いて自ら命を絶つ可能性すらあるだろう。

「変わるもの、変わらないもの、変えるべきもの、変えちゃいけないもの……難しいよ。
俺もお前もまだまだ子供だ。モラトリアムはまだあるんだし、ゆっくりと考えれば良いさ」
「そう言う紫苑は随分明確な未来を予想していたではないか」
「ことが成れば不老不死になるんだ。嫌でも考えなきゃいけないのさ」

 グイっと杯に残っていた酒を飲み干し一息吐く。

「まあ、所詮は仮定の話だ。まずは、世界中の人達の意思を確認するのが先だよ。
結果如何によっては今話したことだって全部意味の無いものに変わるし」
「未来が欲しくない人間はおるまいよ。例え始めてしまえば戻れない戦いであろうともな」

 そう言い切ることが出来るのはルドルフが強い人間だからだろう。

「(っとにいけ好かねえ奴だぜ……)とりあえず難しい話は脇に置いて、今日は飲み明かそうじゃないか」
「うむ、そうだな。折角の月見酒だ、楽しまねば損と言うものだ」

 翌朝、紫苑と二人で酒盛りをしたルドルフにメンヘラーズが冷たい視線を向けることになるのだが……まあどうでも良いか。
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