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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

184/204

誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて幸せじゃないよ!

 日本に戻ってから数日、長として仕事をこなしながらも紫苑は穏やかな日々を送っていた。
 七面倒臭いであろう政治家の相手や投票システムの構築は総て支部長に丸投げ。
 やることと言えば決裁ぐらいで、それにしたってあまり多くは無い。
 それ以外でするべきことと言えば、決戦を選んだ場合、如何にして人類側の戦力を支えるかを考えることぐらいだ。

「とりあえずハッキリ言って一般人は必要だけど、いざ戦闘となった場合は邪魔よね。
シェルターか何かに放り込んで置くのが一番だと思うわ。どうかしら紫苑お兄さん」
「邪魔と言う表現はあれだが、心置きなく戦ってもらうためにも避難はさせておくべきだろうな」

 今も顔をつき合わせてこれからについて話し合っているのだが、基本的に紫苑から何かを提案することはない。
 知恵者は他にもカニ、ロキ、ルシファー、スカアハなどが居るからだ。
 まあ役一名はコミュ障なのでその通訳をする必要はあるが。
 ちなみにこの会議に列席しているのは全員ではない。
 栞や紗織、麻衣、雲母、ルークなどはこの場に居ない、単純に向いていないからだ。
 ルドルフや天魔、アイリーンは居るが彼らの場合は彼ら自身と言うより彼らに憑いている者が重要だから出席しているだけだ。

「今から造らせてクリスマスまでに間に合うとは思えないけど、そこは私が動くわ」

 アリスの純化があれば地下に巨大シェルターを作ることくらいワケ無い。
 蛭子命の力を借りて出力を上げれば一日にかなりの数が作れるだろう。

『ちょっと君に質問があるんだが良いかな? 君が何かを造る際、細かい構造は弄れるんだよね?』
「ええ、凝ったデザインにしろって?」
『や、そう言うことじゃなくてね。シェルターを造る際に結界も仕込んだら良いんじゃないかと思ってさ』
「……それは良い案だけど、そもそも私にはそう言う力無いわよ?」
『日本でもあるだろう? こう、石の配置や特定の様式に沿って何かをすれば魔除けになるとかさ』
「構造を弄るだけで簡易の結界が張れると言うならば大丈夫よ。構造自体は幾らでも弄れるわ」
『ならば私の知る魔術や晴明の陰陽術、色んな体系の術式で使えそうなのをピックアップしておくとしよう』

 各種体系の魔法、魔術、陰陽術、仙術、様々な名で呼ばれる術を上手く複合させれば強力な結界が出来るだろう。
 問題は複合が可能かどうかだが、頭の良いのが揃っているので希望は持てる。

「一般人の護りも重要ではあるが、直に戦う冒険者のばっくあっぷも必須であろ?」
「そうだな。晴明、何か良い案でも?」
「うむ。恒常的には使えんが、一回限りの大戦であれば地脈やら何やらを利用して世界規模の強化を行えんかとな」

 大地に立って居るだけで強化され続けるそんな大規模な強化魔法を施そうと言うのだ。

「そのためには現世の、今の人間が使っている魔法とやらについても詳しく知りたいのよ」

 結界もそうだが、強化に関しても人と幻想の業を複合してまったく新しい体系を作るつもりなのだ。
 それは並大抵のことではないが、やる価値はある。そして、結構までに間に合わせる自信も。

「分かった。そう言う研究をしている機関に資料を寄越すよう要請しておく」
「うむ。わらわ、ロキ、スカアハ、ルシファーの四人で何とかしてみるからの。期待して待っておれ」

 その面子だけで足りなければ高天原の神々に協力を仰いでも良いし
英国にはマーリンが居る、他の地域でも人に与した幻想が居るしそれらにも協力を要請するつもりだ。

「(はぁ……何もせんで良いって楽だわ)」

 早速パソコンを操作して各国の研究機関に要請を飛ばす紫苑。
 これまでは自身が身体を削ってばかりだったのでこの程度の仕事は仕事のうちにも入らなかった。

「それなら私も協力しよう」
「ぬ、二葉よ……そなた、そう言うことは得手ではないだろう?」

 カニはその馬鹿高いスペックと頭脳にものを言わせて敵を屠るタイプだ。
 魔法による支援やら何やらが出来るとは思えない。

「ここだよ、ここ」

 トントンと自身の額を指で叩くカニ。

「これでも私は向こうの陣営に居たんだぜ? あちこちから知識は仕入れてある」

 理論は知っていても、カニにはソレを形にすることは出来ない。
 だが、然るべき者に理論を渡してやれば使いものになるはずだ。

「成るほど、ならば覚えている限りのものをり……りす……」
「リストアップだな? と言うか婆さん、無理に横文字使うなよ。痛々しいから」
「誰が痛々しいだと!?」

 そんなこんなで順調に話し合いを行い、気付けば午後一時を過ぎていた。
 昼飯も食わずに会議を行っていたので、此処で一旦小休憩を取ることに。
 全員で食堂に向かうと昼食当番の雲母と麻衣がサンドイッチを用意していた。

「しかしアレだな、私や天魔、アイリーンは本当にお飾りだ」
「まあ僕らって言うより僕らに憑いてる奴らが会議の主役だしねえ」
「まだ良いだろう。俺に憑いてるのは一言たりとも役に立つ発言をしていない」
『だって俺様門外漢だし』

 まったく知識が無いかと言えば嘘になるが、それでも専門家ほどではない。
 そもそもからしてカッスは蛇なのだ。爬虫類が魔術やら何やらに詳しいと言うのもおかしな話だろう。

「はぁ……まあ、元々お前には期待していないがな」
『ひっでえの』
「と言うか、だ。紫苑、お前午後からは休んでて良いぞ」

 ツナサンドを口に放り込みながらカニがそんなことを言う。

「まとめ役は必要っちゃ必要だが、今のところは意見が分かれることもないしな。
何より、私が居る。完全に同じ思考形態ではないとは言え、代わりは勤まるだろう」
「通じ合ってるアピールにイラっとは来るけど、二葉お姉さんの言う通りよ」
「そうだねえ。最近もクソ忙しかったし、紫苑くんはゆっくりしてなよ」

 四月に入ってから――いや、正確には三月三十一日からずっと慌しかった。
 常人であればぶっ倒れているようなスケジュールをこなせたのは、ひとえに紫苑が常軌を逸した見栄っ張りだから。
 それでも身体に疲れは蓄積されているし、定期的に麻衣に魔法をかけてもらわねばお陀仏一直線だ。

「それはありがたいが……いや、ならば甘えさせてもらおうか」
「うむ。紫苑、卿は自由に休日を過ごすと良い」

 そんなこんなで昼食を終えた紫苑は、一直線で書庫に向かった。
 お菓子とジュース、本を読む場所で飲食はマナー違反だが此処は公共の場所ではないので問題はないだろう。

『休みもらったのに読書かよ』
「(だって特に趣味とかねえしなぁ……)」

 趣味らしい趣味と言えば読書と、美術館巡りぐらいだ。
 が、後者は外に出なければいけないしそれはかなり面倒臭い。
 だったら大人しく書庫に籠って読書をしていた方がマシだと言うことで紫苑は御籠りを決めた。

『酒でも飲んだらどうだ?』
「(高い酒かっ喰らってグースカ寝るのも悪かねえけど、此処に酒とか置いてねえもん)」

 食材やその他諸々はギルドが定期的に此処に運んでいる。
 ギルドの職員もこの拠点に居るのが一人を除いて未成年であることは知っているので当然、アルコール類は持って来ない。
 一応雲母は成人で、彼女が頼めば酒も届くのだろうが本人は特に酒好きでも何でもないので望み薄だろう。

「すいません、少しよろしいでしょうか?」

 そんなことをカッスと話していると、書庫にさしおりが顔を出す。
 これから出かけるのか、室内で着る簡素なものではなく少々華のある格好をしている。

「(よろしくねえから帰れバーカ)ああ、構わないよ」

 紫苑としてはこれから日本の文豪と言う名の屑の作品を呼んで作者を哂うつもりだったのだ。
 それに水を差されて不機嫌なのだが表情からそれを読み取ることは不可能だろう。
 と言うか読書の楽しみ方が歪んでいるとかそう言うレベルじゃない。

「春風さんは今日はもう御予定などはありませんよね?」
「ああ」
「それなら、私と姉様に付き合ってくれませんか?」
「それは構わないが……何処かに行くのか?」

 姉妹はほんの少しの逡巡の末に、行き先を告げる。

「お墓参り……です」

 誰の、とは愚問だろう。栞が殺した父母と紗織が殺した倉橋と彼女のために命を捨てた香織の墓である。

「私と栞が和解した段階で向かうべきだったのでしょうが、気付けば伸び伸びになっていまして……」

 気付けば、などと言っているがそれは嘘だ。
 栞も紗織も互いを赦し合えても両親に対する複雑な思いは捨て切れなかった。
 そのせいでずっと足が遠退いていたのだ。
 今回ようやく向かうことにしたのは変わり続ける世界の中に身を置き続けることでようやく決心が出来たと言うところだろう。

「俺が同道して良いのか?」
「はい。私達を救ってくださったのは紫苑さんですから」
「御願い出来ますか?」
「分かった。準備をして来るから待っていてくれ」

 自室に戻り着替えを済ませ、認識阻害の符を持ち地上へと向かう。
 今回は私用なので、醍醐の家から運転手を用意するらしい。

「良い陽気ですね紫苑さん」
「ああ」

 柔らかな午後の日差し、風に舞う桜の花弁と甘い香り。
 これぞ春! と言わんばかりの容姿に顔を綻ばせる醍醐姉妹は花のように美しい。

「こうしていると戦いの日々を忘れてしまいそう」

 風にそよぐ黒髪を押さえながらクスクスと笑う紗織。
 この姉妹、やはり育ちの良さが随所に表れている。
 何気ない仕草一つ取っても気品に溢れ、血の良さと言うものがよーく分かってしまう。
 ザ・パンピーたる紫苑からすれば鼻についてしょうがない。

「良いことじゃないか。何時も何時も戦うことばかり考えていたら鬼になってしまいそうだ。
(コイツら御嬢様然としてっけどよー! 俺のこと押し倒してるからな!?)」

 心中で唾を吐く紫苑、春の陽気に似合わぬ男である。
 名前は春風紫苑で爽やかーな感じがするのに内面は何時でも総てが枯れ切った不毛の冬そのものだ。

「まあ、それを紫苑さんが言うんですか?」
「何時も何時も難しい顔をしていますのに」
「……自分ではそうでもないと思うがな」

 困ったように頬を掻く紫苑。やはりと言うべきか、刻まれた亀裂がどうにも目立ってしまう。
 常識的に考えて人間の骨ではなく肉体そのものに皹が入るとか明らかな異常事態である。

「私達からはそう見えませんわ。なので、お墓参りの後は少し私達の家で御茶でもしませんか?」
「それは良い考えね栞。庭の桜でも眺めながらゆるりとした時間を過ごしても罰は当たらないわ」
「ふむ……なら、御言葉に甘えさせてもらおうか」
「ええ、是非に」

 そうこうしていると迎えの車がやって来て三人はそれに乗り込み墓所を目指す。
 墓は意外と近い場所にあったらしく、三十分ほどで醍醐家の墓がある寺へと到着する。
 三人は寺の前で降りて、トランクに積んであった花と線香、掃除道具などを持って墓の前へ向かう。

「……」

 両親の墓を前だと言うのに姉妹の表情は固い。
 来る決心がついたとは言え、いざ来てみると緊張してしまうようだ。

「(プププ……! お前らの人生歪めた張本人の墓だもんなぁwww)」

 姉妹がこうなるであろうことを予想していた紫苑は非常に大満足だった――クソ野郎め。

「とりあえず、掃除でもしようか(あー、良いもん見れた)」

 紫苑の言葉にコクリと頷き、三人で墓周りの掃除を始める。
 その間もさしおりは、ずっと両親のことについて考えていた。
 自分達の人生を歪めた張本人、正直に言えば憎しみはある。
 だが、憎しみだけで完結してしまうほど簡単でもない。ただ憎いだけならば唾でも吐いて終わりだ。

『そういやさぁ、今気付いたんだけど……紫苑、お前って爺さんの一周忌やってねえよな?』
「(やってないけど何でお前は一周忌なんて言葉知ってるんだよ)」

 本来ならば少し前が祖父の一周忌だったのだが、この状況だ。
 紫苑も田舎に行くわけにはいかないし、行くつもりもなかった。
 世間体を気にしてそこらはちゃんとやるつもりだったのだがこの状況ならば行かずとも変に思われることはないだろう。

『良いじゃん別に。で、やらんくて良いのか?』
「(やる暇もねえし、やらんでも良い状況なら俺はしない。だって面倒じゃん?
何だって死人のためにこの俺がわざわざ貴重な時間を割いてやらにゃいかんのだ)」

 基本的には死人に価値を見出さない紫苑らしい発言だった。
 まあそれでもアレクのような人間ならば死後にも利用価値はあるのだが。

『クールだねえ……いやまあ、少なくとも寺で言うことじゃねえけどさ』
「(るせえ)よし、こんなもんか」

 まったく手入れがされていなかったわけでもないので掃除自体はすぐに終わった。
 此処からが姉妹にとっての本番だ。二人は揃って墓前に花を供えると、静かに一歩下がり、紫苑の両脇へと控える。
 そうして不安な心を落ち着かせるようにそれぞれが彼の手を握った。

「……御久しぶりです、母様、父様」

 紗織にとっては今回が初めての墓参りだった。
 黒姫百合であった頃は下手に醍醐の人間に気取られまいと場所は知っていても避けていたからだ。

「こうして、墓前に立つと……色々な感情が込み上げて来ます」

 それは憎悪であり、哀切であり、赫怒であり、後ろめたさ。
 とても一言では表現しきれない感情が胸の裡を渦巻いていた。

「あなた達が善良な両親であれば、何処にでも居る当たり前の父と母ならば……」

 過ちは起こらなかっただろう、確実に。
 栞も紗織も仲の良い姉妹として普通の人生を過ごしていたはずだ。

「あなた達のおかげで、私は親友を喪い、妹と殺し合いまでしてしまいました。
そこに至るまでにも多くの人間を殺めたし踏み躙った。
それ自体は私の罪だとしても、発端となったのはあなた達二人です。
好いた殿方にだって随分と迷惑をかけてしまいました。まったく……最悪ですよ。
過ちのおかげで春風さんと出会えたのだとしても、それでも好んで間違いなんて犯したくはなかった」

 誤った道の上で得たものが無いかと言われればそれは嘘になる。
 戦闘経験だったり、葛西二葉と言うどうしようもない友人だったり――――何よりも愛しい男だったり。
 得たものは確かにある。だが、喪ったものも多い。それらはもう二度と拾えないし、拾う資格も無い。
 分かってはいる、分かってはいる。しかし、紗織が言うように好んで間違いを犯したかったわけではないのだ。

「……姉様だけじゃありませんよ、父様、母様。私も随分と苦労をしました」

 両親を殺したのは栞で、そうなる切っ掛けを作ったのは紗織だが元凶は両親である。
 両親を殺し、姉まで死亡したと思い込んでいたあの時期は栞にとって地獄だった。

「あなた達を殺した罪悪感、姉様を殺した罪悪感、幼い私は毎日のように悪夢を見ましたよ」

 そこで心が折れてしまえばきっと楽だったのだろう。
 が、心を折って現実から逃避するには醍醐栞と言う少女は強過ぎた。

「休むことも出来なかった。家を維持するために倉橋と共に奔走し、慣れないことばかりしました。
学校に行く暇もなくて、覚えることが多過ぎて、毎日毎日吐き気を堪えながら生きていた……。
何処にも逃げ場が無くて、正しいことをしないとと自分に言い聞かせ身を削って……時間を浪費した。
今思い出しても頭痛がしますよ……地獄だった。負い目の鎖に縛られて息をするのも苦しい。
ねえ、想像しましたか? あなた達の過ちが私達姉妹をどれだけ苛むことになるかを」

 酷い頭痛と眩暈が栞を襲う。繋いだ手から感じる愛しい男の体温が無ければこの場で倒れていたかもしれない。
 それほどまでに彼女にとってこの場は鬼門なのだ。
 これまでも墓の手入れは家人任せで、足を運んだのはこれが二度目。
 一度目よりはマシだが、それでも今だって辛くてしょうがない。

『ドロドロやのう……』
「(金持ってるのも良し悪しってことだわな……チョー受ける!)」

 顔面蒼白なさしおりを見ているだけで紫苑は幸せだった。
 何なら二人の顔をおかずに米を二、三合はペロリと平らげられる。
 趣味の悪さもここに極まれリで、正直、さしおりの両親なんて目じゃない屑だ。

『ちなみにさぁ、紫苑ならばどうしたよ? コイツらと同じ立場だったらさ』
「(ん? まあ、そうだなぁ……もっと多くの人間を巻き込んで総てを白日の下に晒しただろうな。
断腸の思いで父母を断罪する、悲劇の少年……みたいな感じで。
コイツらの家のデカさを鑑みるにテレビ局やら何やらも巻き込めるだろうしな。
で、両親豚箱にぶち込んだ後は後ろ暗い家業をバッサリ切り捨てて表の部分だけを残す。
つってもあくまで俺が喰ってけるだけの小規模な事業だけをな。んで後はイージーモードで暮らすよ。
ああそうそう。何なら、歳食った後に自伝とか書いても売れそうだよな、衆愚には受けそうだし)」

 吐き気を催すレベルで醜悪である。
 何が酷いって、当時十歳の紫苑でも思いついたかもしれないことが酷い。
 そして、これだけ酷い性根をしていれば栞も紗織も随分楽だったろうに……。

『小規模な事業だけって……何でさ?』
「(周りの助けはあるだろうが、それでも嫉妬を買うような真似はしたくねえ。
後は、両親とは違うって部分をアピールだ。
欲を掻いて後ろ暗いことにまで手を伸ばす親と、あくまで親が何時か帰って来る場所だけを残す子供。
ほうら、美談の出来上がりだ。いやいや、素敵だねえ……あー俺もそんな人生送りたかった)」

 耐え切れずに胸の中に飛び込んで来た姉妹を抱き締めながらも紫苑は紫苑だった。

「……ごめんなさい、紫苑さん……わ、私達から行きたいと言い出したのに」
「(ホントにな)いや、構わない」

 ポンポンと二人の頭を軽く叩くように撫でるその姿には偽りの父性が滲んでいた。

「当事者ではない俺には想像もつかない重いものをお前達二人は背負っているんだ。
逃げたって誰も非難しないのに、それでもお前達は此処へやって来た。
苦しみながらも、自分の言葉でちゃんと両親と向き合おうとしているじゃないか。
それは勇気ある決断であり、俺は尊敬するよ、心の底から。
俺で良ければ幾らでも付き合う。だから焦らず、ゆっくりとで良いから……伝えたいことを伝えよう」

 こう言うフォローを入れさせれば右に出る者は居ない。
 が、そもそもからしてこんなことばっかりしてるからメンヘラに目を付けられるのだ。
 そこら辺をそろそろ改めた方が――ああ、無理か。

「春風さん……」

 乱れていた心が、徐々に徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
 本当にこの人には救われている――紗織は改めて深い感謝の念を抱いた。
 きっと自分と妹だけではこのまま逃げ出していたかもしれない。
 そして、此処で逃げてしまえばもうずっと逃げっぱなしになってしまう。

 それは生涯拭えぬ傷となるだろう、そして自分も妹もそれを望んではいない。
 幸せになるために自分達は生きているのだから。
 紗織は萎えかけていた心に活を入れて自分を奮い立たせる。
 此処で逃げてしまうことは過去に膝を屈することで、そんな人間に紫苑の傍らに居る資格は無い。

「栞」
「はい、姉様」

 姉妹は以心伝心だ。姉が考えていることは当然、妹にも分かっている。
 二人はゆっくりと紫苑の胸から顔を上げ、再び墓を見据え、大きく深呼吸をする。

「父様、母様、紹介しますね……この方は、春風紫苑さん」
「壊れかけた――いいえ、一度完全に壊れてしまった私達の絆を再び繋げてくれた人です」

 当人達でさえ、もう昔日の姉妹関係には戻れないと思っていた。
 だけど、紫苑が諦めなかったおかげで自分達はまたこうして仲の良い姉妹に戻れた。

「あなた方のせいで憎み合い、殺し合い、一度は破綻してしまった私達ですけど……」
「私も姉様も、その呪いを逃れることが出来ました。今もそう、紫苑さんが背中を押してくれたから……」

 本人としてはそのまま断崖絶壁に突き落としたかっただろう。

「覚えていますか? 何時か、御二人にも話したことありますよね? 私と栞の夢」
「素敵な人と結ばれて幸せなお嫁さんになりたい」

 可愛らしい夢ではあるが、その夢を持つ二人は可愛い性格ではない。

「憎み合っている時は忘れていたけれど私達も始まりの夢を思い出すことが出来ました」
「私と姉様の、大切な大切な思い出」
「随分と回り道をしました。だけど、見ての通り、私達は元の姉妹に戻れました」
「素敵な旦那様も見つけたんですよ?」

 落ち着いた心で考えてみれば言いたいことはシンプルだった。
 二人は顔を見合わせ、頷き合い、静かにありのままの想いを言葉に乗せる。

「お父様、お母様――――私達を産んでくれてありがとう」

 例えクソみたいな両親でも、自分達が此処に生きているのは父母が居たから。
 それは確かな事実で、そこから目を逸らすわけにはいかない。
 感謝の言葉を口にした瞬間、姉妹の胸の裡にあった淀みが総て洗い流されていく。
 晴れ晴れとした心は、春の空のように澄み渡っていた。

「私達、幸せになります」

 ペコリと頭を下げて二人は墓前に背を向ける。

「もう、良いのか?(何が幸せになりますだ! 誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて幸せじゃないよ!)」

 確かにその通りだが紫苑が犠牲になるのならば別に構わない。

「はい、伝えたいことは伝えましたから」
「私も姉様も、もう大丈夫です」

 紫苑に向けられた笑顔はこれまでのどれよりも一番美しい笑顔だった。

「そうか」
「さ、行きましょう春風さん。しんみりとした空気は忘れてお花見ですお花見」

 羽根のように軽くなった心、このまま何処へでも行けそうだ。
 姉妹は紫苑の手を取り、墓所を後にする。そして当初の予定通りに醍醐邸へ。
 姉妹に手を引かれてやって来た庭園には、それはそれは見事な桜が咲き誇っていた。

「ささ、こちらへ」

 靴を脱いで茶と菓子が用意された赤い敷物の上に座る三人。
 傍らには赤い傘もさされており、野点の準備はバッチリと言った感じだ。

「このような形式を取っていますが、あまり気にはせず気楽にしてくださいな」
「ああ、すまない」

 点てられた茶を受け取り、軽く喉を潤す。
 正直に言えば苦いのだが、この茶が高価なものであることは明白。
 そして紫苑は味よりも値段を見る男なので大満足だった。

『綺麗な桜だな……』
「(俺の方が綺麗だよ)」

 ちょっと深刻なレベルで気持ちが悪い。
 桜と色男、絵になるなーとか思ってる紫苑が本当に気持ち悪い。世のナルシストでもここまで酷くはないだろう。

「見事な桜だな(俺を飾るにはちょっと不足だが、我慢してやるか!)」
「お気に召して頂けたようで何よりです。私と姉様も昔はよく此処でこうやって桜を眺めたんですよ?」
「あら、そうだったかしら? あなたは花より団子に夢中だった記憶があるのだけど……」
「もう、姉様!」

 紫苑を挟んでじゃれ合う二人。両親との対話を経てより絆が深まったようだ。
 この桜よりも美しい姉妹の絆、だがしかし、紫苑にとっては鬱陶しいものでしかない。

「二人の小さい頃、か。(俺の足下にも及ばないが)可愛かったんだろうな」

 蒼い空を流れる雲、涼やかな風が運ぶ花の香り。
 傍らには見目麗しい少女二人、桃源郷のようなシチュエーションだと言うのに台無しだ。

「春風さんったら御上手ですね」
「素直な感想だよ。二人は小さい時、どんな感じだったんだ? 思い出話の一つでも聞かせてくれよ」
「思い出話、ですか」

 唇に人差し指を当てて小首を傾げつつ栞は昔を思い返す。

「では姉様の恥ずかしい御話でもしましょうか」
「ちょっと栞!?」
「さっきの仕返しです。あれは……そう、確か五歳ぐらいの時でしたか」

 思い出すだけでも笑えるのか、栞の頬がヒクついている。

「寝る前に母様が夏だからと醍醐の屋敷に伝わる怪談を話してくれたのです。
語り口が上手だったので、私も姉様もとても怖い思いをしました。
当時は二人で一つの部屋に寝ていたのですが、正直不安で不安でしょうがなかったです。
その日は母様達と一緒に寝たかったのが本音ですが、怖いなら一緒に寝る?
と言われて姉様共々意地を張りその日は震えながら二人で床に就いたのですが……」

 紗織も当時のことを覚えているのだろう、顔を真っ赤にして俯いている。
 他人の恥部が大好きな紫苑も少しは楽しくなって来たようで興味津々だ。

「夜中、姉様がトイレに行きたいと私を起こしたんです。
私は別にトイレに行きたくはなかったのですが、どうしてもと言うことで着いて行くことにしました。
手を繋いで部屋を出て、トイレに行くために庭に面した廊下を通った時のことです。
栞! 今、庭に何か居た! って叫ぶんです。寝惚け眼の私は気のせいじゃないかと言ったんですが……」

 幼女紗織はそれでも納得が出来なかった。
 怪談を聞いた後で、しかも子供だ。居ると思ってしまえば気になってしょうがない。

「姉様は居る居ると騒いで恐る恐る二人で庭に出て、何かが見えたと言う木陰の辺りに向かいました。
そこには確かに何かが居て、私も小さく悲鳴を上げたんですが姉様は違いました。
大声で叫んでその何かをいきなり蹴り飛ばしたんです。
蹴り飛ばされたのは実は住み込みの使用人二人で、夜中にこっそり逢引をしていたようなんですよ。
でも姉様はそれが人だとは思わずもう半狂乱。その声に両親や他の使用人も目を覚まして私達の下にやって来ました」

 と言うかその蹴り飛ばされた二人は生きて居たのだろうか?
 紫苑としてはそこが気になってしょうがない。

「両親や使用人達は姉様に落ち着くように言ったんですが、姉様は叫びっぱなし。
自分に向かって来た人達までお化けだと思ったんでしょうね。
向かって来る人間を殴って蹴って私を除く全員が気絶させられました。
それでも収まらず私が止めようとしたのですが、恐怖で振り切れた姉様には敵わずあっさり倒されました」

 そう言って栞は着物の裾を捲り上げて太股を露出させる。

「此処に小さな傷があるでしょう? その時に姉様につけられたものです」
「それはまた……(だっせえwww両方だっせえwww)」
「しかし話はこれで終わりません。狂乱した姉様はそのまま外に出て行ったんです。
で、近くをパトロールしていた警察に見つかったわけですよ。
警察は姉様を落ち着かせようとしたようですが、落ち着かず。
断片的に得られた情報から家に強盗が入ったと勘違いして屋敷に急行して倒れている家人を見つけます」

 そうして警察の勘違いはますます加速したわけだ。
 結局、誤解が解けたのは家人が目を覚ましてから事情を聞いてから。

「本当に大騒ぎになりましたよ」
「う、うぅ……は、春風さん! 次は栞の話をしますね!?」

 その後も姉妹は思い出話に花を咲かせ、空が茜色になり、話疲れて眠るまで笑い声が絶えることはなかった。
 紫苑に寄り掛かりすやすやと穏やかな寝息を立てる姉妹の表情はとても安らかで、

「(今俺が動けばコイツら頭打つよね? そんで記憶喪失になって俺との縁切れねえかな)」

 それを台無しにするのがこの男である。

『そんな都合の良い展開があるとでも?』

 紫苑にとって都合の良い展開なんて訪れてたまるか。
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