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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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聖書の蛇 前

 紫苑とルドルフが去ってすぐ、カニとメンヘラーズは高天原へ来ていた。
 イザナミと蛭子命が居るので拠点から直に行くことが出来るのですぐだ。

「悪いね、場所借りちゃってさ」
「いえ、あたし達は別に構いませんけど……」

 母親と一番上の兄もしくは姉である蛭子命が何も言わないのだ。
 高天原のボスとは言え天照に拒否権は無い。

「それじゃ二葉お姉さん、構わないわよね?」
「別に良いさ。それより、良いのか? わざわざ一対一で」

 高天原へやって来た目的、それは蟠りを解消するためだ。
 紫苑が有用だと認めて自身の命と引き換えに残そうとした戦力。
 その決定に文句は無いが、これまでの悪行――とは言っても大量虐殺とかそう言うことではない。
 紫苑に心労を掛け過ぎたと言う面でメンヘラーズ達はまだ蟠りを捨てられない。

 が、いざ戦いとなればその好悪が足を引っ張る可能性がある。
 それは紫苑にも迷惑がかかることであり、絶対に避けるべきだ。
 なので一対一で全力でぶつかり、その力を証明して貰うと同時に蟠りを捨てようと言うのだ。
 カニ自身も好悪が足を引っ張って十全に力を発揮出来ない現状は良ろしくはないと思っていたので渡りに船だった。

「葛西さんはともかくとして、他の皆は死んでも治したるから安心しとき」
「死んでもって……それは大丈夫なのかしら?」
「と言うか麻衣ちゃんも結構露骨だね。葛西さんはともかくって」
「や、ちゃうねん。そう言う意味ちゃうって! 確かにええ感情は抱いとらんけど! 能力の問題!」

 と、そこで全員が気付く。麻衣の純化について詳しく聞いていなかったことに。
 魂の損傷を治すことは出来なかったが無理矢理に肉体を繋ぎ止めて死を避けた回復魔法。
 尋常ではないことは確かだが、詳細については本人以外分かっていない。

「麻衣さん、能力の問題とは?」
「この手に触れた大切な人の命だけは何が何でも助ける――それがうちの祈り。
改めて言うのも恥ずかしいし、うちにとってはライバルでもあるけど皆はうちの大切な人なんよ。
此処には居らんけど紫苑くんは当然としてルドルフくん、ルークくんも同じや。
で、全員に一度は回復魔法かけたことあるやろ? つまり、命を感じたことがあるってわけや」

 大切だと想い、これまで回復魔法をかけたことがある相手ならば遠隔でも回復魔法を施せる。
 その手に触れた命の温かさを知っているから。
 その人間限定ならば魔力消費も格段に少なく回復魔法で全快にさせられる。
 魔力を込めればそれこそ、死人であろうともそう時間が経っていなければ完全蘇生が可能だ。
 が、純化を発動している状態では大切な人以外に回復魔法をかけられないデメリットもある。
 純化と言うのは切り捨て、大切な人を何が何でも救うと言うことはそれ以外を切り捨てると言う意味でもあるのだ。

「とまあ、うちの能力がこんなもんで……葛西さんは、ねえ?」

 そもそもからして麻衣がメンヘラったのはカニが原因なのだ。

「別に構わんよ。無くても一対一なら問題なく捌ける」

 それに何より、アムリタのストックはまだまだ所持している。
 最も、それを知っているのはこの場においてカニオンリーだが。

「が、指定させて貰うならば外道天魔が最後だとありがたいがね」

 そこはアイリーンではなくて? カニの考えはやはり読み難い。
 この中で一番付き合いが長いであろう紗織にも何を考えているのかは分かっていない。
 もしこの場に紫苑が居たならば何某かの意図を看破していたかもしれないが……。

「良いよ、僕が最後だね。何考えてるかは知らないけどそっちに不利な条件なんだ、それぐらないなら呑むよ」
「ほう……私が何ぞ要らんこと考えてるかもしれんぜ?」

 ニヤニヤと隠し切れない不敵が滲む笑顔を浮かべるカニ。
 分かっている、何か考えていることぐらいは理解している。
 その上で打ち破ってやると天魔は言っているのだ。

「それぐらい承知の上さ」
「なら、そうね。私から行かせてもらおうかしら?」

 一歩前に出たのは雲母で、異を唱える者は誰も居ない。
 一番手は彼女に決定のようだ。カニと雲母は皆から離れて静かに向かい合う。
 闘志が表れ睨むような目つきの雲母と、涼やかにそれを受け流すカニ――実に対照的だ。

「構えないの?」

 雲母は居合いの構えを取っているが、カニはポケットに両手を突っ込んだまま。
 ホルスターに仕舞ってある大鋏を抜こうともしていない。

「よくよく考えなくても、私、別に構えとか無いんだよ」

 潜った修羅場と培った経験、そして何よりもその頭脳を用いてこれまで戦って来た完全なる我流。
 同じ我流でも剣を使う以上は正眼、上段、様々な構えがある雲母と違って本当にそう言うものが無い。

「そう……でも、手加減はしないわよ」

 その言葉を無視してテクテクと雲母の下まで歩み寄り左足を大きく上げ、

「御託は良いからさっさと始めようや」

 刀の柄を踏み付けた。明らかな挑発だ。
 瞬間、純化とイザナミの力をフルに発揮し最高スペックにまで跳ね上がった雲母が力付くで居合いを放とうとするが……。

「! 動かない!?」

 足の裏で押さえつけられた柄、刀がどうやっても抜けない。
 完全に力負けしているのだ。雲母は刀から手を離し背後に逃れようとするが、

「神様の力を得るのも良し悪しだな」

 それよりも早くにカニは柄を踏み付けた左足を基点に跳ね上がり右足で雲母の即頭部に蹴りを叩き込む。
 凄まじい衝撃を頭部に与えられ吹き飛ぶ雲母。
 大地を転がりながらすぐに体勢を立て直そうとするが、
立ち直るタイミングに合わせて接近したカニの貫き手がその心臓を抉り取り紅い花を咲かせた。
 あまりにも呆気ない決着に誰もが唖然とするが、すぐに麻衣が純化を発動させ雲母を蘇生させる。

「踏み付けられた時、意地になっただろアンタ。
驚かせてやるって考えて無理矢理居合いを放つつもりだったが、そりゃ悪手だ。
そもそも無遠慮に接近を赦す辺り、緩んでる。更に言えば離脱をはかるタイミングも微妙に遅かった」

 瞬殺に呆然としている雲母に向けてカニは容赦ない指摘を下す。

「それは何故か、驕りがあったからだ。自分でも気付かないような驕り。
イザナミと言う神と同化したことで、力が急激に跳ね上がったせいだろうな。
手に入れた力が大きければ大きいほどに驕りが生まれる可能性は高い。
同化する以前のアンタならば、判断自体はもっと早く下せたと思うがね」

 離脱を決めるタイミング、イザナミと同化する以前ならばもっと早かったはずだ。
 大き過ぎる力が"多少は力押しで何とかなる"と思わせその辺りの勘を鈍らせていた。

「……返す言葉も無いわ。良い勉強になった、ありがとう」
「そりゃどうも。これで鈍らが少しは鋭くなることを期待してるよ」

 同じ陣営で戦う以上、スペックを十全に発揮してもらわねば困る。
 カニの指摘は何も雲母だけに向けられているわけではない。
 彼女と同じく幻想と同化した他の面子にも向けて言っているのだ。
 その証拠に、思い当たる節があるのか天魔もアリスも醍醐姉妹も神妙な顔をしている。
 アイリーンだけは唯一、日が浅いこともありそうでもなさそうだが。

「さあ、次はどい――――」

 地面から伸びた岩の腕が雲母を殴り、離れた場所に居る皆の下に弾き飛ばす。
 同時に土のドームがカニを覆い尽くし爆破が始まった。
 ドームが爆ぜると同時に新たなドームが形成され爆発すると言う無限連鎖を生み出したのは、

「卑怯とは言わないわよね?」

 邪悪なロリことアリス・ミラーだった。
 アリスは指摘を聞きながら純化と蛭子命の力を併せて発動しカニの出鼻を挫くように無限コンボを叩き込んだ。

「二葉お姉さんが言いたいのはこう言うことでしょう?」

 容赦しない、微塵の緩みもなく相手を詰ませろ――それが勝利を得るための最低条件。
 カニが言いたいのはそう言うことで、アリス自身もそれを実践している。
 その結果がこの嵌め殺しだ。全方位からの絶え間ない連続爆破、あまりにもえげつないのだが……。

「――――八十点だな」

 カニは力づくで総てを吹き飛ばした、彼女には僅かな傷しかついていない――地力の差である。
 覚醒一歩手前の紫苑と同格の力を持った今のカニを抑えるには単純に出力が足りない。
 この光景を見ていた者は自分だったら同じことが出来るか? と己に問い、同じ答えを出す。
 出来るがもう少し深手を負っていたと言うのが共通見解だ。

「大陸で手に入れた人形を使わなかったのは此処がその場面じゃないからよ?」

 嵌め殺しを破られたアリスも内心で冷や汗を掻いていたが、表面上はすまし顔のまま。
 そうして、恐らくは減点対象になったであろう事柄について弁明をする。

「ま、確かにそうだな。私が壊しちゃ意味が無い。分かっているなら百点だよ」

 カニも当然知っている、アリスが大陸で倒した幻想の死体を人形にしていたことを。
 マイナス二十点の減点はそれを使わなかったことに対してのもの。
 が、アリスが理解出来ているのならば問題は無い。

「それはどうも。十分有用性が見れたから私はこれで良いわ」

 苛立ちはあるが、此処まで役に立つのならばそれで良い。
 アリスはスパリと割り切って蟠りを捨てた。
 さて、残るは醍醐姉妹とアイリーン、そして大トリの天魔だ。

「では私と栞が御相手しましょう」

 次に名乗りを挙げたのは醍醐姉妹だった。
 純化と女神姉妹の力を併用してカニに向かう醍醐姉妹だったが、結果は真正面からボコられて気絶。
 キューと目を回して寝ているさしおりとの戦いから間を置かずに今度はアイリーン。
 これまでの四人の中ではアイリーンが一番善戦したと言って良いだろう。

 自身の武芸に加えてスカアハのサポートを用いた各種魔術。
 それらを併用してかなりの痛手を負わせることに成功。
 カニとてセンスが無いわけではないのだが、こと戦闘技術に関してはどうやってもアイリーンには届かない。
 出力差に頼る戦い方で真正面から押し切るにしてもアイリーンは強いし巧い。

 結果として中々押し切れずにダメージが増えてゆく。
 が、それでもどうにかこうにか隙を突いてアイリーンの腹に強烈な一撃を見舞う。
 さしもの彼女も気を失う結果となり敗北。
 これで残るのは、この中で一番厄介な能力を持っている天魔のみとなった。

「強いね、正直、腹立だしさとかよりワクワクして来たよ」

 三対六枚の翼が歓喜と共にうねりを上げ、黄金に染まった瞳は禍々しい明星の如く。
 幻想の格としては聖書の蛇ことカッスと同格であり、この場では一番上のルシファーを宿す天魔。
 とは言え、カニが警戒しているのはルシファーではない。真に警戒すべきは、外道天魔の力だ。
 これまで戦った五人は強い、確かに強いが絶対値が変化することはない。

 気の昂ぶりで何時もより多くの力を出せたとしても、定まった限界がある。
 鍛錬やら何やらで上限を増やすことは出来るが一朝一夕では不可能。
 が、天魔はそれが可能だ。絶対値が変化する――と言うより絶対値が存在しないのだ。
 機能が喪失したのに強くなると言うのは喪失を補うだけの強化を成せてしまう。それがどれだけ不条理なことか。

「悪いが、私もいい加減しんどいからとっとと終わらせてもらうよ」
「やってみなよ、出来るもんならね」

 言うと同時にカニはめいっぱいの力を込めて空へ跳んだ。
 天魔も僅かに遅れて後を追うが、

「!?」

 天魔の前後を気絶して倒れていたはずのさしおりとアイリーンが挟み込む。
 どう足掻いても人は予想外の事態に僅かながらでも反応してしまう。
 そして、一流同士は決してその隙を見逃さず、

「――――糸を使うのは何も紗織とその妹だけってわけじゃないのさ」

 カニはアイリーンごと天魔の心臓を蹴り貫いた。
 まだ、完全に死んではいないものの後は逃げれば良いだけ。
 それだけでカニの勝利が確定する以上、最早これ以上続けることに意味は無い。
 天魔は自分を前後から挟むさしおりとアイリーンを抱いたまま地上に降りて麻衣に回復魔法を促す。

「……ごめん、種明かしを頼めるかい?」

 心臓の修復を終えた後で天魔がそう切り出す。
 アイリーンとさしおりがどうしていきなり自分をサンドしたのかについては分かる。
 カニの言葉通りだ。が、何故わざわざそうしたのかが理解出来ない。
 使えるものは使うと言うことなのだろうが、そもそも何故自分を最後尾に回したのかもよく分からないのだ。

「順を追って説明するなら、私的にお前の純化が一番厄介なんだよ」
「僕の純化?」
「ああ。攻撃を受ける度に何某かの機能を喪失するが、同時に更なる強化が成される。
そりゃ一発で心臓とかを引いちまったら別だが、何から消えるかは完全にランダムだ。
運が良ければ私と真正面からやり合えるだけ強化される可能性もある。
運が悪けりゃ逆だが、私は確実に打てる手がある時に不確定要素に賭ける気は無いんでね」

 外道天魔の攻略法は速攻だ。純化状態の彼女の重要器官を速攻で破壊すること。
 それが一番楽な方法で、だからこそカニはそれを選んだ。

「だから最後に回させてもらった。隙を突くための道具を得るためにな」

 隙を突くための道具、それこそがさしおりとアイリーンである。

「気絶させた時にコッソリ糸を絡み付けておいて……京都で酒呑童子にかました小細工と同じだわな」

 京都で酒呑童子に使ったのは死体に糸と爆薬を仕込み、酒呑童子の動きに連動するように死体が飛んで来て包囲爆破。
 今回使ったのは爆薬を仕込んでいないだけで他は同じだ。

「こっち側に来た以上、使い捨ての盾は使わんが使い捨てにならんのなら遠慮なく使わせてもらわにゃな」
「あ……も、もしかして……あの、うちが死んでも大丈夫とか言ったから?」
「ああ。最初は普通にやるつもりだったが、おかげで楽が出来た」

 つまり、あの僅かな時間でこの攻略法を思いついたと言うわけだ。
 咄嗟の機転が良過ぎると言わざるを得ない。

「さて……不満ならまだ付き合えるが、私としても前日からの疲れもあるんでな」

 まだ続けて、疲れ切ったところを倒すのも一つの手だ――カニはニヤケヅラでそう言い放った。
 紫苑ほどではないが、プライドが高い面子からすればそんな恵んでもらうような勝利は当然納得出来ない。

「良いよ、勉強になったしやっぱり紫苑くんへ散々迷惑かけたのも……。
うん、赦すってのは変だから飲み込むよ。これからよろしく、二葉」

 よろしくよろしく、と改めて挨拶を交わして行く中で、

「ちょっとカニ。仮にも友人を盾にするのは如何なものでしょうか?」

 純化を解除して二人に戻った紗織が青筋をおっ立てて抗議する。

「えー? 私の友達はあんな良い感じに熟れてるのじゃないしー。名前だって醍醐紗織であり、さしおりじゃないし」
「だからそのあんまりにもあんまりな括りを止めなさい!」

 その後は高天原で軽く歓待を受けて、それから拠点へと帰還。
 帰る頃には夕方になっており、紫苑とルドルフも拠点に戻っていた。

「おかえり皆。と言うか、何処に行ってたんだ?」
「あの甲殻類の力がどんなもんか試しに行ってたのさ」
「十分有用性は見れたし、二葉お姉さんともこれからは仲良くするつもりだから安心してちょうだい」
「(殴り合って認め合うとか脳筋だなぁ……関わり合いになりたくねえ)」

 とは言え、後々のことを考えれば必要なことではあった。
 紫苑もそこは分かっている。メンヘラーズが自分を好き過ぎるあまりにカニに蟠りを抱く。
 蟠りを抱いたままではスムーズに連携が行かなくなる可能性があるので、その解消としては悪くは無い。

『さて、そろそろ夕飯時だが全員揃ってるようだし少し構わないか? 寿命の件について話をしたいんだが』

 全員が飲み物片手に寛いでいるところでカス蛇が切り出した。
 もう少し時間をと言っていたが、存外早くに済んだらしい。

「それはありがたいですが、もう大丈夫なんですか?」
『まあな。調べるべきは調べ終わった』
「なら、勿体ぶらずに教えて欲しいわね。紫苑お兄さんにはそう時間が残されていないのだし」
『良いぜ、単刀直入に言うならば――――エデンの東』

 分かる人間にはそれだけで十分だった。
 紫苑、ルドルフ、アイリーン、アリス、カニの五名は即座に答えに行き着く。
 同時に、紫苑とカニを除く三人の顔色が曇る。

「ご、ごめんなさい……あの、紫苑ちゃん達は分かっているようだけど……」
「うちらまったく話についてけんのやけど……」
「エデンの東ではケルビムと呼ばれる天使と、炎の剣がとあるものへと至る道を塞いでいるの」
「そのとあるものこそが、紫苑の命を繋ぐ鍵なのだろうが……」

 それは確かに紫苑の命を永らえさせるだろう、だが同時に彼の矜持を穢すものでもある。
 本心としてはそれを口にして欲しいが……。

「(ふひ、フヒヒ……そうだ、そうだよ! お前、そう言えば聖書の蛇だったなぁ!
確かにそうだ。知恵の実があるのならば、それだってあるに決まってる!!!!)」

 紫苑は今、幸福の絶頂に居た。
 知恵の実、カス蛇、聖書の蛇――――それらがあるならばあって然るべき。
 何故今の今まで気付けなかったのか、カス蛇が役立たずなせいだと決め付ける紫苑。
 何処までも身勝手な男である。

「鍵の名は生命の樹、その樹になる果実を食すと神にも等しい存在になると言われている。
まあようは不老不死だよ、分かり易く言えばな。寿命なんて概念が消え失せてしまう」

 カニの言葉に全員が喜びと戸惑いを露にする。特に初期メンバー四人はそれが顕著だ。
 "時よ流れろ――――老いさらばえてもお前は美しい"
 かつて紫苑が語った言葉を覚えているからだ。そしてそれは当人も覚えている。

「(どうやって、どうやって食べざるを得ない流れに持って行こうか……!)」

 俗の極み屑こと紫苑にとって不老不死は夢だ。
 永遠に美しいままの己で在り続けるなど考えるだけで勃起もの。
 ゆえに何が何でも食べようと必死で頭を回転させているのだが表面上は難色を示したままだ。

『(ま、そこは俺様に任せな)』
「(マジで? 信じるからなカァッス!)」
「あの、その……食べる食べないの結論は今は出さないとしても、カス蛇。何故今まで黙っていたの?」

 アリスは何が何でも紫苑に生命の実を食べさせるつもりで、その説得の時間が欲しいのだ。
 ゆえに一旦結論を棚上げにするように話題を転換する。

「そ、そう。あなた、蛇」

 アイリーンも同意見のようでアリスに追従。
 それは他の面子も同じ気持ちらしく、ホっと胸を撫で下ろしている。

「うむ。初めて卿と紫苑が出会ったのがエデンだったのだろう? つまりは行けると言うことだ
寿命が十年と知らされた段でそれを言っていても良かったのではないか?」

 もっと早くに知らせてくれていれば、説得の時間も長く取れた。
 アリス、アイリーン、ルドルフの三人は暗にカス蛇を責めているのだが当人は何処吹く風だ。

『先ず初めに行っておくが、紫苑とその他の連中があの時期にエデンに来れたのはおかしいことなんだよ。
なあルシファー、去年の今頃、限りなく回帰に近付いているとは言えエデンに続く道が現世にあったか?』
『無いね。僕の領域だって僕が招かない限りは入れないし、君の領域も同じだろう?』
『その通り。俺様に招く気があったなら話は別……いや、それでも無理だな』

 そもそもからしてあの時期のカス蛇は記憶が磨耗していた。
 虚無の毒に侵され自分が誰なのかすらも曖昧模糊。
 漠然とした願いこそ抱いていたが、そのために動くことなど出来なかった。
 更に言えばエデンは特殊な場所だ。厳密な意味でカス蛇の領域ではないので、招くことも出来ない。

「? では何故紫苑さん達はあなたの領域に行くことが出来たんですか? 救助に行った桃鞍先生もそうです」
『さてな……予想がつかんこともないが……なあ、ロキ?』

 何故そこでロキ? 一同が疑問を露にするが、

『フフフ……そうだねえ。ま、いずれ分かるかもしれないし今は良いだろう別に』

 ロキも意味深なことを言うだけで答えは告げない。
 軽くイラっとしたが、それでも気を取り直して話を進めることに。

『それに、だ。紫苑の余命が知れた時点で知らせても意味は無かっただろうな』
「何故?」
『あの楽園は主無き領域だ。父なる神は既に居らず、アダムとイブは言わずもがな』

 カス蛇のせいでアダムとイブは楽園を追放されてしまった。
 以降、あの楽園は捨てられたまま。カス蛇とて縁が深いものの、神やアダムとイブほどではない。

『俺様はアダムとイブが去った後も楽園に残り、そのまま虚無に呑まれた。
そのおかげであの場所とも多少の縁があるものの、エデンの真の主にはなり得ない。
今でもあの場所を感じ取ることは出来るが、ルシファーや他の連中みたいに此方側から道を通すことは出来ないのさ』
「ちょっと待ってください。ならば結局、私達はエデンとやらに行くことが出来ないのでは?」

 行くことが出来ない、つまりは生命の実は得られず紫苑の寿命はどうにもならず。
 期待させておいてそれか! と紗織が険しい顔で喰ってかかるが、

『おっと、話は最後まで聞きな。状況が変わって、エデンへ行くことは可能になったんだよ』
「……原因は、私か?」

 全員の視線がカニに集中する。

『御名答。流石に、幻想陣営に居ただけに多少は話が分かるじゃねえか。
そう、その通り。葛西二葉がやらかしたことで、状況が変わったのさ。
世界から僅かな範囲だが、中国と言う大陸が一時、限りなく幻想に近付いた。
更には、葛西二葉とアレクサンダー・クセキナスと言う強大な力のぶつかり合いが歪みを起こしたんだ』

 自身の魂の熱量で神魔を焼き尽くせる葛西二葉、人神合一の極致にあったアレクサンダー・クセキナス。
 両者の衝突は僅かながら世界の風向きことを変えることとなった。
 言ってみれば誤差の範囲だが、間を置かずに更なる一撃が加えられたことで完全に状況は変わった。

『そいつはとても小さな歪みで、放置しておけば正される類のものだった。
が、それが正されるよりも先にもう一度、デカイぶつかり合いがあった……分かるな?』
「紫苑くんと二葉、かい?」

 現在過去未来、総てを見通しても紫苑とカニほど強い魂を持つ人間は居ない。
 前者は完全覚醒ではなかったものの、それでも一対一ならば勝てる可能性がある者はカニぐらいの隔絶した力を持っていた。
 そんな紫苑を倒す可能性を秘めていたカニについては語るまでもないだろう。

『そう。もしも、幻想の領域でやり合って居たのならば話は別だったろう。
だが、コイツらは現世でやり合った。そのおかげで、歪みが更に加速して完全に固定された』

 世界を砂時計としてイメージすれば分かり易いかもしれない。
 これまでは人類側に砂が溜まっていた状態だが、ある時を境に引っ繰り返り幻想回帰によって両方の砂の量が完全に拮抗。
 そして、時間経過と共に人類側の砂が幻想側に溜まって行っているのが現状だ。
 が、紫苑とカニの戦いにより砂が落ちる口が広がってしまった。

『幻想側の本格的な干渉が始まるまで、百年二百年は間違いなく早まっただろうな』
「(キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!)」

 カス蛇が告げた事実が紫苑を苛む。
 改めて言うまでもないが、世界の危機を早めたことに対する罪悪感とかでは無い。
 単純にその事実が広まれば自分の体裁が悪くなることを恐れたのだ。
 顔を青くする紫苑を見て皆が慰めようとするが、どう声をかければ良いか分からずオロオロしている。

『そのおかげで、再びエデンへの道が見えた』
「……世界の危機を早めたのならば、意味が無いだろう」

 力なく項垂れる紫苑。可哀想なあてくし! 作戦を発動することにしたようだ。

『ハ、だが何も悪いことばかりじゃねえ。そのおかげで、人類に勝ちの目が見えた』
「(流石だな俺!)」

 この切り替えの早さよ。そして別に紫苑一人の功績ではないだろうに。

「どう言うことだ?(俺って人間は凄いと思ってました)」
『生命の実を手に入れるってことは、何もお前の寿命問題を解消するだけじゃねえんだよ』

 話が飛躍し始めたところでカニが割って入る。

「それについても詳しく知りたいもんだが、順序立てて説明して欲しいな。まず、どうやってエデンに行くんだ?」

 幻想が本格的に干渉出来る土壌が出来上がる時間が早まったところでエデンへの道が拓かれたとは思えない。
 あの場所こそが、今に至る総ての始まりの場所なのだから。

「百年二百年後ならエデンへの道も拓かれるだろうが、今はまだ無理だろ?
私や紫苑以外の面子は百年先二百年先も生きてるだろうけど、紫苑は死ぬぞ」
「(死ぬとか言うな!)」

 実際に死ぬし、死に逃げ作戦発動とか言ってたじゃねえか。

『後、八ヶ月……十二月だな。その辺りまで待てば、砂時計の孔を完全に破壊出来る。
幻想側には不可能なことだが、こっちにゃ強烈なアクションが出来る人間が何人も居るんだからな。
葛西二葉、外道天魔、アリス・ミラー、醍醐栞、醍醐紗織、ルドルフ・フォン・ジンネマン、
アイリーン・ハーン、逆鬼雲母、んでベアトリクス・アッヘンヴァル――この九名だ。
この九名が全力で力を使えば、幻想と現実の境界を完全に破壊出来る』

 幻想側が境界を破壊することは不可能だが、人類が現世から干渉を起こせば境界は完全に破壊出来る。
 そうすれば百年先、二百年先を待たずともエデンへの道が拓かれるのだ。
 が、それは同時に百年先、二百年先までの猶予を消し去ることでもあった。
 境界が破壊されれば幻想陣営も本格的な攻勢に出られるのだから。

『他の連中にも聞きたいな。俺様の見立ては間違っちゃいないだろ?』
『まあ、実際そうだろうね。八ヶ月後なら更に僕らの側の空気が色濃くなっているはずだ』
『ホントはもっと時間を待てば確実なんだろうが、彼の寿命の問題もあるからその辺りがギリギリ破壊に手が届くラインだろうね』
『六割……いや、七割。例え完全破壊は成らずとも、エデンには届く』

 ルシファー、ロキ、スカアハの智慧者三者がカッスの論を支持する。
 彼らはカス蛇が何を考えているのか、生命の実を話題に上げた時点で看破していた。
 そして、その上で異を挟まなかった――それはカス蛇の考えを肯定しているからに他ならない。

「ちなみに、あなた達は何も無いのかしら?」

 アリスの言うあなた達、と言うのは残る神様達のことだ。
 彼らは話が始まってから一度も口を開いていない。

『だ、だって……私、子供だから難しいことよく分からないもん……』
『我は西洋のことには疎いから話題に着いて行けん』
『わ、私と姉様は箱入りですから……』
『……どうぞ、そう言う話題の間はお気になさらず』

 ジャパニーズゴッドは閉鎖的だった。
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