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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

180/204

葛西二葉 終

 午前二時、割り当てられた部屋の中でカニは目を覚ます。
 寝惚け眼で背格好が一番近いアイリーンから借りた学校指定のジャージを捲り上げ、
ポリポリと腹を掻きながら身体を起こしぼんやりと天井を見つめる。

「あー……」

 カス蛇の寿命何とかなるかも発言からすぐ、場は解散となった。
 彼がもう少し考えをまとめてから説明すると言ったからだ。
 カス蛇本人しか分からない方法で、無理に聞き出すことも出来ない。
 一筋の光が見えたのだし今はそれで十分だからだ。

 消耗した紫苑、直径数十キロメートルの隕石を完全に消滅させ精も根も尽き果てたカニ。
 二人――と言うより仲間達からすれば前者を慮り解散と相成った。
 その際にカニも空き部屋を使うよう言われ最低限の生活用具を手渡された。
 アイリーンから借りた着替えやコンビニで調達して来た下着、石鹸、シャンプー、リンス、タオルなどがそうだ。

「身体が重い……はぁー……思えば真正面から力を使い果たしたのってこれが初めてじゃないか……?」

 基本的に策を弄するのがカニだ。
 アレクとの戦いでもそうだったし、紫苑との戦いでも時間経過で色々と使うつもりだった。
 まあ、後者は超短期決戦で詰みに持っていかれたので日の目を見ることはなかったが。
 兎に角、そんな性質のカニは大概の場合、消耗し切る前に勝負を終わらせる。
 アレク戦後も疲れてはいたが、戦闘が出来ないほどではなかった。
 が、今は無理だ。幻想の領域でならばともかく、現世であのサイズの隕石を欠片も残さず消滅させるのには全力を振り絞るしかなかった。

「寝る前に腹には入れたが空腹、だけど何か食べるのもしんどい」

 冷蔵庫に入れてあったミネラルウォーターを一息で飲み干しゴミ箱に放り投げる。
 それなりに距離があって、尚且つ見てすらいなかったが一発必中だ。

「しかもこんな時間に目ぇ覚めて……ドラマかバラエティでもやってりゃ良いんだが……」

 他国ならいざ知らず、日本ならば新規とまではいかないが再放送がやっていただろう――三月三十一日までは。
 が、一国が滅び畳み掛けるようにアレクが殺されその翌日に火種が放り込まれ混乱の渦に叩き込まれてしまってそれどころではない。
 完全な自業自得なので仕方ないと言えば仕方ない。

「いや、それでもテレ東なら……テレ東ならばやってくれる」

 淡い期待を込めてテレビを点けるが、残念ながらテレ東は点検中で放送を中止していた。
 カニは嘆息し、テレビを消して部屋を出る。

「にしても、私が部屋の外に出ても誰も反応無し、か。それだけ信頼してるんだな、紫苑を」

 個人的な感情はあれども、紫苑の決定には従う。
 固い結束だ。しかし、それは決して盲信ではない。
 彼が間違っているとなれば仲間達は何をしてでも止めるだろう。
 あくまで納得が出来る範囲内のものに限る。

 カニは書庫から小説を一冊取り出して、そのまま拠点表層部の屋上へと足を運ぶ。
 今夜は美しい満月。春に入ったとは言えまだ冷たい夜気を感じながら月光で読書としゃれ込むつもりなのだ。
 御誂え向きのベンチに腰掛け、ほうと息を吐けば白い靄が夜に溶ける。
 かつてないほどにカニは穏やかな気分に浸っていた。

「――――おや、月見ですかカニ」

 さあ小説を読もうと手をかけたところに、鈴の音よりも澄んだ声が響く。
 やって来たのは薄紅の寝間着を身に纏った紗織だった。

「ああ、妙な時間に目が覚めてな。そう言うお前は監視……ってわけでもなさそうだ」
「ええ。本当に、何となく外に出ただけです。どうせなら春風さんと会いたかったんですがね」

 皮肉げな笑みを浮かべてカニの隣に座る紗織。
 所作一つ取っても品が良いところは相変わらずだった。

「月下の逢瀬とは少女趣味も甚だしいなぁオイ」
「失敬な。とうに少女ではありませんよ、私」
「いや、そう言う意味じゃなくて……まあ、男を知って多少は意識の変遷があったようだが」
「男を知ってなんて偉そうに。そう言うあなたは生娘でしょう?」
「色ごとにゃ興味が無いからな」

 アレクに勝った時は疲労もあったが、絶頂しそうなほどに気持ちが良かった。
 ああ言ったもので性的興奮も感じるのならばそりゃ普通の色ごとに興味も沸かないだろう。
 まあ、今ならば分からないが――それはまた別の話だ。

「ふぅん……それより、見事に負かされましたねあなた。本気の春風さんはあなたより一枚上手だったようで」

 カニを容赦なく詰ませた紫苑の策。
 手紙でそれを知った時、紗織は背筋に冷たいものを感じていた。
 普段ならば善性が邪魔をするだろうが、カニへの対応は急務であり非常事態。
 手段を選ばずに本気で一個人を嵌めにかかった紫苑はとても恐ろしい――それが率直な感想だった。

「ああ、用意していた思惑の上を往かれちまった。用意してたもんもぜーんぶ無駄だ」

 とは言っても、アレクに使用したような心を攻める戦法は通じなかったのでどの道意味は無かったのかもしれない。
 昨日己の前に立った紫苑は、世界すらも滅ぼす覚悟を持っていたのだから。

「ざまぁねえです」

 実に手厳しい言葉だ、まあやったことを考えればこれでも優しい方だが。
 実際、カニを刑罰で裁くとすれば百回死刑にしても足りないくらいだ。
 が、そもそもからして絞首、薬殺、銃殺、それらがまるで通じないので殺せるかと言う問題もあるが。
 カニの身体に傷を付けられる人間は極少数で、その少数は総て紫苑の縁者だ。
 彼が生かすと決めた以上はその少数の人間も従うだろう。
 なので実質、カニを死刑にすることは不可能と言える。

「ひでえ奴」
「あなたには負けますよ」

 それはそれとして、紗織には気になることがあった。
 この場所にやって来たのは気紛れだが、此処で顔を合わせたのならば丁度良い。
 返答如何によっては紫苑の意思を無視してでも仲間を動かしてカニを排除するつもりで居る。
 通常ならば下策だが、今の消耗し切った状態ならば十二分に勝ち目があると知っているから。

「カニ――――あなた、このまま負けっぱなしですか?」

 夏にアレクに敗北を喫した際、カニはリベンジを誓いそれを履行した。
 それも、最低最悪な形で。今回も同じことが起こらないとどうして言えようか。

「ああ、私は負けっぱなしだよ。証明が欲しいならば、紫苑を除く全員で私を袋にすれば良い」
「? 意味が分かりませんね、どう言うことですか?」

 正直に答えるとは思っていなかったが、それでも何かを読み取るつもりだった。
 しかしカニからの返答はまったくの予想外。
 信じられないのならば、ではなく、証明が欲しいのならば自分を袋にすれば良いとはどう言うことなのか。

「酒呑童子戦で自覚した。私の祈りが生む力をな」

 レベル1とレベル99ではどう足掻いても勝てない。
 が、レベル90程度にまでなれば小細工で差をひっくり返すことが出来る。
 どうにか出来るレベルにまで差を詰める、それがカニの力だ。

「今の私は、昨日戦った紫苑よりほんの少し弱い程度にまで自力が上がっている」

 それでも神魔の力を持つ七名が全員の合計値に比べれば不足している。
 単独の力で言えばアレクをも超え、トップに立って居るが複数人の合計値と比べるとどうしても劣ってしまう。

「もしも、お前を含む七人が私を襲えばお前らの合計値にまで近付くだろうな――――これまでならば」
「これまで、ならば?」
「頭の巡りが悪いな」

 皮肉な笑みを更に深め、

「――――私は此処で頭打ちだ」

 事実を突きつける。試したわけではないがカニには確証があった。
 紫苑に負けを認めた瞬間、自身の中で何かが変化したのだ。

「頭打ち……そんな、何故……?」
「私が紫苑に勝ちたかったのは、あいつを特別視していたのは自分と重ねていたからだ」

 勝つためならば何でもやる、何処までもする、
それに加えて魂が同等ないしは一番近しい熱量を持っていることを無意識に感じ取っていたからだ。

「自分自身とはどうやっても勝負出来ない。
だが、紫苑に勝つことは自分に勝つことでもある……みたいなことを前に言ったよな?」
「ええ。相手の意思も無視して勝手に認定してましたね」

 それが切っ掛けで絶交したのだから覚えていないわけがない。

「仮に私が勝っても、そこで終わることはなかっただろう。
紫苑に勝つことを至上としていても、生きている限り私は勝利が欲しいからな。
が、結果はこの通り私の負け。完膚なきまでの敗北」

 生まれて初めての心からの敗北。
 特別に想っていて、尚且つ言い訳のしようもないほど心身共に詰まされた。

「負けたのは二度目だが、一度目とは違う。私はこの敗北を特別視している……んだと思う。
私は紫苑に負けた、それは二度と覆らないって思いたい、のかな?
だからあの時の紫苑以上にはなれないようになってしまった――って私は考えてる」

 それを聞いた紗織は一瞬ポカンとして、次の瞬間には腹を抱えて笑い出した。

「アハハハハ! あなたも十分少女趣味じゃないですか」

 心身共に自分を負かした相手は特別だから――言葉にしてみればそれだけだ。
 これを少女趣味と言わずして何と言う?
 精神や生き方、無形の心が力になる以上、どうしたってその認識に引っ張られてしまう。
 だからカニにはこれ以上が無いのだろう、まあ今でも十二分に強いので何の問題も無いが。

「るっさいな……」

 言われて初めて認識したのか、カニの顔は赤い。
 そっぽを向いてしまった甲殻類を見てクスクスと笑う紗織。
 まるで、友人だった頃に戻ったかのようにこの場の空気は穏やかだ。

「まあ、そう言うことなら良いですよ。信じましょう。
まあ、よっぽどのことが無い限り春風さんの決定を覆す気はありませんでしたし」
「抜かせ。私がちょっとでも反骨心を見せてたら殺る気だったんだろ?」
「あなたの反骨心は私達からすれば十分によっぽどですよ」

 ハッキリ言って厄介なことこの上ないと言うのが一番付き合いの長い紗織の率直な意見だった。

「とは言え、味方となればそこそこに心強いですよ」
「そりゃどうも。が、紫苑にセイギノミカタって枠に嵌められたから以前のようなことは出来んがね」

 グランゾンもビックリの弱体化である。
 仲間になってHPやENが減ったどころの騒ぎではない。
 手段を選ばないのが何よりもの強みのカニからそれが失われたのだから。
 まあ、だからこそ紫苑は出せる限りの全力で彼女の位階を引き上げたのだろう、正攻法でも役に立つようにと。

「それでも個人としての戦力ならばあなたが一番でしょう」

 不意を打たれたとは言え紫苑の幻術によりあれだけ長い時間幻を見ていたのだ。
 その上で考えればよーく分かる。
 カニとの戦いで紫苑は彼女の認識を弄る方の幻術は使っていなかった。
 それはつまり効果が無いと判断したからだ。ゆえに世界改変の幻術を多用していた。
 地力が違うのだ、圧倒的なまでに。

「そうは言っても弱体化だろうよ。私自身、そう言う真っ当な戦いはあんまりしたことないし」
「その割には春風さんとの戦いで真正面からやっていたようですが」
「私は長期戦になると踏んでたんだよ。で、時間経過で色々仕掛けを発動するつもりだった」
「突発的な戦いだったのに仕掛けあったんですか?」
「何時そうなっても良いようにとの備えだけはな」

 まあその備えも今となっては無意味なものだが。

「ふぅん……まあ、詳しくは聞きませんよ。どうせゲンナリすることになるでしょうし」

 昔からそうなのだ。初めて出会った時から、毎度毎度カニが披露する小細工に辟易とさせられて来た。
 それでも何だかんだで友人関係が続いていたのだから人の縁とは実に不思議なものだ。

「私も不要になったもんを語るつもりはないさ」
「そうですか。ところでカニ、今の私達は何なんでしょうね?
山中で袂を分かったのに、今こうして再び同じ旗の下に居るわけですが」
「それは……」

 互いに顔は合わせない。どうにも、照れ臭いのだ。
 紗織の言わんとしていることはカニにも分かっているのだが言葉にするのはどうにも。
 だから、少しだけ卑怯なことをするしかない。

「……春風紫苑が言いそうなことだけどさ」
「はい」
「友達なら、喧嘩しても仲直りするんじゃないか?」
「確かに、春風さんならそう言うでしょうね」
「だったらまあ……そう言うことだと思うがな」
「ええ……まあ、そう言うことでしょうね」

 つまりはそう言うことだ。これ以上いがみ合う必要が無いのならば以前の関係に戻れば良い。
 二人は互いにそっぽを向いているが、その顔は笑顔だった。
 何だかんだで本当の友情と言うものはどうあっても崩れはしないのだ。
 尚、虚構の絆を築いている男も破壊出来ない状態にある模様。
 どれだけ壊したくても自身の性と相手が赦してはくれないのだ。

「まあそれはそれとして、春風さんのことが好きとかそう言うことはありませんよね殺しますよ」
「どんだけだよお前……」
「良いから答えなさい」

 カニの首筋に糸を引っ掛ける紗織、やる気満々じゃないか。
 ほんの数秒前の友情は一体何処へ消えたんだ。

「そう言われても分からんよ。生憎と色恋には疎いもんでね」
「玉虫色の答え……政治家ですかあなたは!」
「ちげーよ。政治家を操るのは良いけど自分が政治家になるつもりは無い」
「操るのは好きって……ロクデナシですね」
「そう言うなよ。お前の惚れた男も今回、裏から政治家操ってただろ? 恐らくはギルドの各支部長を介して」

 人質作戦を敢行したのは三国の指導者――と言うことになっている。
 が、そうさせたのは三国のギルドの長であり、その背後から糸を引いていた紫苑だ。
 詳細な説明こそされていないが、それが分からぬほどにカニも馬鹿ではない。

「そうさせたのは誰です?」

 他者の意思を尊重する甘さこそが紫苑の長所であり短所。
 それは筋金入りで、捻じ曲げさせたのはカニに他ならない。

「まあ、私だな。ある意味ここまで想われて評価されて女冥利に尽きると言うべきか」
「おいコラ甲殻類。ホントに大丈夫なんでしょうねえ?」

 額に青筋を浮かべ攻撃的な笑みを浮かべる紗織は良家の御嬢様には見えない。
 が、カニからすれば見慣れた光景で懐かしさすら覚えるほどだ。

「さあな。男と女、どうなるかなんて分からん。現時点では何も言えんよ」
「……はぁ。何か落ち着きましたね、牙が抜けたと言うべきでしょうか? まあ、良いことなんでしょうけど」
「燃え尽き症候群とでも言うべきかな。どうにも気が抜けていかん」

 仕事一筋で生きて来たのに定年退職を迎えてしまったお父さんの気持ちを味わうカニだった。

「幻想に勝利を、とかで燃えないんですか?」
「どうにもなぁ……いや、負けたからには駒として働くつもりだし勝ちたいとは思うよ?
が、紫苑ほどに価値ある勝利かと言われるとどうにも……」

 ブレーキの無い暴走列車が敗北だったが、どうやらブレーキを手に入れたらしい。
 紫苑が与えた敗北が自制を与えたようだが、同時にそれは劣化でもある。
 勝利への飽くなき渇望こそが力の源泉だったのだから。
 まあ、弱体化しても十分に強い辺り卑怯と言えば卑怯だが。

「それより、もう少し楽しい会話でもしようや。
負けは認めたが、負けたこと自体はこれでもショックなんだ。一々傷を穿り返すな」
「良いでしょう。これまで聞く機会が無かったんですが、あなた家族とか居るんです?」

 初めて出会ったのが十歳で、それもアンダーグラウンド。
 紗織はその時には社会的に死んでいて、家族とも縁を切っていた。
 が、カニはどうなのだろう? 木の股から生まれたわけでもないので当然家族が居るはずだ。
 そして家族が居るのならば十歳の娘がアンダーグラウンドに飛び込むことを良しとするわけがない。

「いや、今は居ない。一応親類縁者はむかーし存在していたがな」
「死んだんですか?」
「ああ。お前に出会う一年ぐらい前に両親殺して家出した」

 まさかの親殺し三人目である。
 冷蔵庫のプリン食べたから、みたいなテンションで口にしたのが凄まじく恐ろしい。

「……殺した?」
「うん。別に情なんぞ無かったが一緒に居て情が沸く可能性も無きにしも非ずだろ?
弱みとなる可能性が僅かでもあるのならば排除して当然だ。で、殺したわけ。
他の親類縁者は二千万ロリーズ組んでる時にチョコチョコ出かけて処分して身辺整理を終わらせた」

 自分に連なる者を皆殺しにすることを身辺整理なんて言わない。
 広辞苑を引いたって身辺整理の項目にそんな物騒な記述は無い。

「よくもまあ……呆れますね」

 今更人殺しに嫌悪感を抱くほど紗織はヤワではないし、何よりそんな資格が無いことを自覚している。
 幼少期より暗い世界に触れ、妹を憎悪し殺そうとして、アンダーグラウンドでも何人も殺した。
 人殺しが人殺しを責めるほど滑稽なことはない。

「子供の頃からそんなに勝利が大事だったんですね。切っ掛けとかはあったんですか?」
「無い。気付けば勝ちが欲しかった。切っ掛けとかそう言うものが存在していないんだよ私も、紫苑も」

 特に理由もなく尋常ならざる深度で祈りを体現出来るからこそ二人は強いのだ。
 紗織らのように幻想の存在を宿さずとも独力で神魔と渡り合えるほどに。

「おかしいのは私達だってのも分かる。ある意味世界の爪弾き者、バグみたいなもんさ」

 そして、それも紫苑を特別視する理由の一つなのだろう。
 自分に勝つと言う表現は実に的を射ている。
 世界でたった二人のバグ、同一存在と言っても過言ではない。

「その物言いは色々と気に入りませんが……」

 納得と言えば納得だ。春風紫苑に葛西二葉、二人の力は常軌を逸している。
 片方は世界改変、片方は理論上際限なく強くなれる――どう考えても普通じゃない。
 まあ、今は前者も後者も枷が嵌まってしまっているが。

「だってそうだろう? 特異さに関しちゃあっちのが上だ。
文字通り世界を変えてしまうほどの祈りが何の切っ掛けもなく存在していて、
尚且つそれは正しくない、人であれ人であれ人であれと同等の祈りで以って封じているんだぞ?」

 多くの経験を経てならばそれも理解出来るし厚みも出て来る。
 が、何の経験も無く在るがままに途方も無い質量の祈りを抱いていると言うのは特異としか言えない。

「それは……まあ、そうですけど……」
「私達は過渡期に生まれた突然変異なんだろうよ。今の世を見ればそれも納得出来る」
「では、これから先も春風さんやカニのような人間が?」
「や、それは無いだろ。一月一日以前の世界、一月一日以降の世界、二つに跨ってなきゃな」

 これから生まれる人間は幻想回帰の世界しか知らない。
 それが当たり前の世界だ。が、今の世を生きる殆どの人間は両方を知っている。
 言い方を変えれば世界が大きく動く瞬間に立ち会っているのだ。

「人類の歴史のほんの一瞬、此処百十数年だ。バグが生まれるとしたらそこだろう」

 そして、そんなバグのような人間が居たのならば幻想側もアプローチしているはずだ。
 が、実際にそのアプローチを受けたのは春風紫苑と葛西二葉の二名のみ。
 ゆえに他にも強大な戦力が何処かに居ると期待するのは無駄だろう。

「もしくは……」
「もしくは?」
「逆も然りだ」
「人の世界に変わる瞬間、ですか?」
「ああ。つっても、それがどれだけ先かは甚だ疑問だがな」

 今の世界が何時変わるかなんて分からない。
 そもそも変えられるのかと言う問題もある。ようは何も分からないと言うことだ。

「っておい、また真面目な話になってるぞ」
「私って根が真面目ですからね」
「どの口が……と言うか私の身の上話からどうして此処まで話が飛んだんだか」
「じゃあ次はあれです。好きな歌人について語ってみます?」
「JKの話題じゃねーよ。アーティストとかなら分かるけど歌人って何だ歌人って」
「と言うかあなたまだ女子高生なんですか?」

 正直、何時までも学校に籍を置いているとは思えない。
 当の昔に退学していても、いや退学させられていてもおかしくはないだろう。

「そう言えば……除籍されてそうだな」

 葛西二葉と言う名と本当の姿を晒してはいなかったが、ギルド経由でバレたはずだ。
 悪名高い生徒の籍をわざわざ置いておくほど学校側も酔狂ではない。

「私はJKですが、あなた無職じゃないですか」
「無職ってのは何か違うくないか?」

 互いに思うところはあれども、友達は友達。簡単に切れる関係ではない。
 それを証明するかのように友との語らいは夜が明け、皆が起き出すまで続いた。
 眠くならなかった二人はそのまま一緒に食堂に向かい、他の面子を驚かせたが、彼らも深く聞くことはなかった。
 紗織とカニが友人関係にあったことは全員が知っている――野暮は無し、つまりはそう言うことだ。

「さて……聞いて良いかな?」

 朝食を食べ終えて一服の時間になったところで代表して天魔が切り出す。
 彼女の視線は紫苑の右腕――つまりはカス蛇に向けられていた。

「昨日は忙しかったからアレだけど、紫苑くんの寿命をどうにかする方法って何なのさ?」
『もう少し待て。俺様も色々と考えをまとめているし……まあ、感じ取っているもんでね。もうちょい待て』

 カニを除く全員の顔に苛立ちが浮かぶ。
 気になって気になってしょうがないのに何処まで引っ張るのか、クイズ番組じゃないんだぞ。

「概要だけでも話してくれませんかね?」

 栞が更に踏み込むが、今度は無視されてしまう。
 殺意が迸り紫苑の右腕に向けられるがカス蛇からしたら何てことはない。
 何せ肉の身体は既に無く、攻撃する手段すら存在していないのだから。

「(お前ホントに大丈夫なんだろうな!?)」
『大丈夫大丈夫、カッスを信じてー』

 会話モードを切り替えてそんなことを抜かすカッスだが、ふざけているようにしか思えない。

「(一番信用ならんわ!!)まあ、蛇にどうこう言ってもしょうがない。なあルドルフ、今日は暇か?」
「む、私?」

 自分がピンポイントで指名されるとは思っていなかったのかルドルフはキョトンとしている。
 まあ実際、誰でも良いと言えば誰でも良かったのだがこの中で適任は誰かと言えば彼しか居ないと言うのが紫苑の考えだった。

「ああ。今朝方メールがあってな。明後日、俺の就任式が行われるらしい。
テレビでも放送されるらしいんだが……流石に制服じゃマズイだろう?」

 紫苑の演説とカニ問題の解決もあり、世界は一先ずの落ち着きを見せていた。
 とは言え割と危ない均衡の上にあることには変わり無い。
 ゆえに、大々的に式典を催すことで更なる安定を狙っているのだろう。
 そんな場に制服で向かっても――まあ、学生の正装なのでありと言えばありだが浮くのは間違いない。
 何より、他の列席者は皆大人でビシっと決めて来ることは予想に難くない。
 明らかに見劣りする制服を着て行くなど紫苑には赦せないのだ――見栄的な意味で。

「ギルドの人らがスーツやら小物を用意してくれるらしいが、俺にはよく分からない。
コーディネーターのような人も居るかもしれないが、親しんだ人間に見繕って貰った方が気も楽だ。
ルドルフは正装が必要な場に幾度も出ているだろう? 良ければ見繕ってくれないか?」
「ふむ……まあ、構わんぞ。卿の言うようにそう言う場にもそれなりの数出ているからな」

 なので当然服装の良し悪しについてもしっかりと心得ている。
 更に言えば紫苑との付き合いも長く、彼に似合うものを選ぶことが出来るだろう。
 そう言う意味でルドルフをチョイスしたのは間違いではない。

「って言うかさ、前にルドルフくんに仕立てて貰ったのあるんじゃないの?
僕らに贈られたのは戦闘でボロボロになっちゃったけどさ。紫苑くんのは無事だろうしそれ着てったら?」

 以前ルドルフが仕立てたものと言うのはアイリーン戦で使用したものだ。
 天魔が言うように紫苑以外の面子はズタボロにされてしまったが彼のものは無事で今もクローゼットに眠っている。

「いやいや、駄目ですよ天魔さん。確かにあれも品質は良いですが……」
「うむ。礼装であると同時に戦装束でもあったからな。派手と言うか、挑戦的な感じにしたのだ」

 端的に言って今回の用途には合っていない。
 あんな服装が似合う場所なんてマフィアの会合くらいしか無い。

「と言うか紫苑さん、そう言うことならば私と姉様でも大丈夫では?」
「ええ、御役に立てるかと」
「いや、二人は女だろう? ルドルフは同じ男だからな」
「それより紫苑お兄さん、私がスーツを仕立てましょうか?」
「アリスちゃんスーツまで作れるん!?」

 服飾関係で言うならばアリスはこの場において随一だ。

「折角ギルドの人達が用意してくれてるんだ。無碍には出来んよ。と言うわけでルドルフ、今から頼む」
「任された。バッチリ見立ててやろう」

 ルドルフを伴い拠点を出て地下駐車場へ。
 ルドルフは背中に刺さる女性陣の視線が怖かったものの、頑張ってスルーした。

「ところで紫苑、身体は何とも無いのか?」

 一日経った今でも頬の皹は消えていない。
 身体が砕けると言うのはルドルフも経験していたが、あれはかなりの苦痛だった。

「正直な話、ダルいしあちこちが軋んでて痛いし辛い……が、耐えられないほどではない」
「卿の忍耐力は尋常じゃないから大抵のことには耐えられるだろうが……あまり無理はするなよ?」

 無理はするな、何度も何度も言っているのに聞いてくれない。
 困った友人だと思いつつも、言葉をかけることを止められないルドルフだった。

「善処する」
「やれやれ……まあ、卿の気持ちも分からんでもないがな」

 男と言うのは意地の生き物だ。
 ルドルフ自身にもそう言うところはあるし、理解出来ないわけでもない。
 ゆえにこれ以上口うるさく言うのは無粋だ。
 案じてくれる女が居るのに男がゴチャゴチャ言い過ぎるのは良くない。

「男は総じて意地っ張りだ。理解を示してくれて嬉しいよ」
「ま、私も男だからな。ところで、葛西二葉をあそこに置いて来て良かったのか?」

 紗織とは仲直りしたようだが、残る面子とは……。
 ルドルフ自身も正直、未だに良い感情を抱けていないのに紫苑大好きッ子の群れに残して来て大丈夫なのか。
 帰って来たら拠点が物理的に消滅していたなんて笑えもしない。

「どちらも賢明だよ。此処で騒ぎ立てることの愚をちゃんと分かっている」

 それが出来ないならいよいよ以ってどうしようもない。

「ふむ……まあ、それもそうか」
『愛の重い女共でもか?』
「(そこまでの馬鹿なら駒としても使えん。燃えないゴミの日に出すしかないだろう)」
『え、燃えないのあの人達?』
「(ああ。萌えないし燃えない。火にかけたら有害物質とか出そうだし……護ろう地球!)」

 そう言う紫苑も燃やせば放射能より酷いものが排出されそうだ。
十七時、十八時、十九時の三話投稿になります。
+注意+
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