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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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葛西二葉 弐

「私の虚飾……? それに、気の多い女、ねえ……随分と気障ったらしい言い回しじゃないか」

 纏わりつく鎖を鋏で切り裂きつつ、怪訝な視線を送る。
 いきなりワケの分からないことを言い出した紫苑、何が狙いなのかを慎重に見極めているのだ。

「俺は一途だからな、馬鹿みたいにそれしか見えていないから気付けなかった」

 確かにある意味では何処までも一途だ――主に自分への愛に。
 歪んでいない真っ当な他者への愛に目覚めればもう少しマシになるのだろうが……。
 まあ、紫苑の更正についてなどクッソどうでも良い話だ。

「落ち着いて考えるとな、どうにも腑に落ちない点が多々あるんだよ」

 危なげなくカニが繰り出す鋏を捌いている紫苑だが、その実、結構余裕は無かったりする。
 スペックは跳ね上がったものの、紫苑は基本的に戦闘と言うものを行ったことがない。
 なので当然、技術やら何やらがあるはずもなく、スペックに任せて対応することしか出来ないのだ。
 どうにかなっているのは紫苑のスペックと、持久戦を決め込んでちょいちょいカニが手を抜いているからである。
 なので見た目ほど余裕ではないのだが、あくまで余裕なんですよと言う体を崩そうとはしない。
 流石は見栄の化身だ、徹底している。

「ふむ、何がだよ?」
「大陸での、俺達にとっての死闘、お前にとっての前哨戦――――思い返すと、お粗末に過ぎないか?」

 十分徹底していた――と思うかもしれないが、まだ徹底出来る部分はあった。
 それが紫苑の見立てだ。勝つために何でもやるのに微妙に手を抜いている、それはとてもおかしいことだ。

「あの日の最終目標がアレクさんの殺害にあったとしよう」
「本命はそうじゃないが、実際、間違っちゃいねえよその認識で」

 肯定と共に毒液の雨を降らせるカニ。
 本人も濡れているが免疫があるのだろう、でなくばこんなものは使うまい。

「(嘘こけタコが)とは言え、前哨戦を疎かにするのは違うだろう?」

 即席で自身の上に天蓋を作るが毒液の雨はそれをあっさり溶かして紫苑の身体に染み込んだ。
 服が溶け、肌が黒ずんで行き、中身を腐らせる。
 さりとて今の紫苑にとってはそう大したマイナス要因でもない。
 長期戦になれば不利になるが、元々長期戦などするつもりは無いのだから。

「孫悟空や四神、四凶、崑崙の主やら天軍の長――まあ、そんな神々やら魔についてはまだ良い。
しっかりと手綱を握ると言うのも難しいだろう。だが、英雄連中はどうだ?」

 殷、周、秦、前漢、後漢、魏、呉、蜀、唐、元、明、清、有名どころだけを挙げてもこの数だ。
 実際はこれ以上の数の、過去に存在していた国家の主と彼らが率いる軍勢が動員された。
 しかし、時代が近い、あるいは流れを酌んでいるなどの要因が無い限り彼らは皆バラバラだ。
 連携もクソも無いまま、無軌道に殺しまわっていた。

「董卓とその手勢は人殺しよりも女漁りに夢中だったそうだ……おい、それで良いのか?
醜聞も酷いが董卓と彼が率いる軍は精強だ。元々異民族やら何やらを相手取っていたしな。
そんな連中を使わないのはどうにも腑に落ちない。言うことを聞かない? そんな馬鹿なことがあるかよ」

 カニには力がある、それこそ董卓を脅し付けるほどの力が。

「相手を傀儡にするような術、薬、お前が居る陣営ならば思うがままだろう?
何ならコルキスの魔女にでも惚れ薬を用意してもらって、お前に惚れさせ用済みになるまで使い潰せば良い。
何にせよ、神ならばともかく元は人間の英雄達の手綱を握れないほどお前は腑抜けていない。
その程度の輩ならばアレクさんが殺されるわけもないしな」

 つまるところ、紫苑の推測通りであるならば統制の無さは意図したものだったと言うわけだ。
 さて、カニのリアクションはと言うと――当然の如くに揺るぎが無い。未だに薄ら笑いを浮かべている。
 が、別に彼女とて余裕があるわけではないのだ。
 紫苑が何をしようとしているか分からず、彼に話させることでその意図を看破しようとしている。

「そして、更に解せない点がある。何だって王様連中を戦場に出したのか」

 頭がやられてしまえば消えてしまう、知らなかったわけがない。
 家康も自ら戦場に出て居たが、それは現世で軍勢を維持するため。
 しかし、三月三十一にの大陸においてはその必要はなかったはずだ。
 何せ、神魔すらも自由に顕現させられるのだから軍勢だけを送り込んでも何の問題もなかった。
 なのに、彼らはわざわざ戦場に出て来た、これは一体どう言うことだ?

「あの段階で神などの上位の幻想とやり合えたのはアレクさんを筆頭にして、天魔、アリス、雲母さん、栞、紗織の六人だ。
当然、その六人は上位の幻想とやらざるを得ない……が、アイリーンやルドルフも居た。
あの二人だって相当強い。アイリーンに至っては純化も使わずに桃園の兄弟を瞬殺するぐらいだ」

 それ以外にも大陸には兵と将を蹴散らして王を討てるだけの冒険者が居たかもしれない。
 常勝を狙うのならば軍勢の要たる王は幻想の領域に避難させるべきだ。

「一人王が討たれれば最低でも万単位の兵が減る。多けりゃ百万なんてのもあり得るだろうな。
心臓を剥き出しにして戦う馬鹿が何処に居るんだ? 避難させておくべきだろうよ。
お前にとっちゃ皇帝だろうが何だろうが所詮は勝利のための駒でしかない。
我が強い連中の意思を尊重だとかそう言う甘ったるいことはしないだろ、絶対に、何があっても」

 所詮は駒だから気にせず磨り潰したと言う見方も出来るかもしれない。
 が、カニと言う女ならば磨り潰すにしても徹底的に搾り尽くしてからだ。

「ふぅん……で、お前は何が言いたいんだ?」

 朧げながら紫苑の狙いが分かった――ような気になっているカニ。
 彼女はもう一つ、陥穽に気付けば紫苑の策を看破出来るかもしれないが……。

「ま、それはさておきだ」

 カニの問いをサラリと受け流して場を仕切り直す。

「どうして、戦場を中国に設定したんだろうな」

 ロキの情報により、カニが協力者であるオーディンの居城に滞在していることは知っている。
 ならば、彼らの色――北欧神話が根深い国を選べば良かったのでは?
 ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランドに、バルト三国、ブリテン諸島、アイスランド。
 全部合わせても中国の総人口には及ばずとも、それだけの国を消せば大打撃だ。

 経済的な打撃を狙った? いやいや、だとしても中国一国よりも複数落とした方が後々響いて来るだろう。
 むしろ、中国は残しておくべきだった。
 世界で一番人口の多い国、綺麗に滅ぼさずに適度な打撃を与えるだけで良いのだ。
 その上で、四月一日にやった裏切り者を放逐するような策をぶちかまして混乱させれば良かった。

 人が多いと言うことは、それだけ人心が乱れやすいと言うことだ。
 滅んでいなければ世界中で一番早くに無秩序の毒が拡がるっていただろう。
 そして、中国が荒れると言うのは日本にとっても無関係な話ではない。
 近場の国で、尚且つ割りかし平和であると言うのはそれだけで妬みを買ってしまう。

 混乱する国の現状を打開すべく、中国の指導者が日本侵略なんて馬鹿げた案を打ち出せばどうなるか。
 当然、日本は迎撃するだろう。そして紫苑らも動かざるを得ない。
 そして圧倒的な力で中国を退けた瞬間、日本は孤立する。
 一国の侵略を十名にも満たない数で跳ね除けられるだけの力が日本には存在する。

 改めて分かり易い形で世界がそれを認識するのだ。
 英国のように自国で幻想の加護を受けていたってそう、幻想と言ってもアーサー達は元は人間。
 日本のように神の加護を受けているわけではない。庇護を求めて難民が来るかもしれない。
 が、日本の国土はそう広くも無いのですぐにキャパシティオーバーになってしまう。

 ならば初めから受け容れない方が良い。
 自国の人間だけを――為政者ならばそう判断するだろう。自国だけが肥えていれば良いと。
 ある程度平和な日本、混乱する他国、二極化する世界。
 一致団結など夢のまた夢。中国を残していれば、そんな使い道もあったのだ。なのにカニは中国を選んだ。

「俺にはイマイチ分からない……分かるとすれば、今の大陸は酷い有様だが、将来的には好立地になるってことぐらいだよ」

 どてっ腹に叩き込まれた前蹴りにより紫苑が墜落し瓦礫の海に沈む。
 それでも彼は言葉を止めない。瓦礫の中で空を仰ぎながら紡ぎ続けてゆく。

「まず、国が滅んだことで完全な空白地帯になったこと。
そして、あの国の英雄や神魔の大半が殺されてしまったこと。
神が蘇るとしても千年、二千年ぐらいはかかるだろうな……その間、大陸に干渉することは出来ない。
これから先、時間が経つにつれ脅威として浮き彫りになる上位の幻想の介入を避けられるんだ。
統一国家――そんなものを作って人類が反撃に討って出るには最上の場所だよなぁ」

 幻想の空気が濃くなり、神々が顕現出来るようになったとしてもそれは段階を踏んでだ。
 最初のうちはその神と関わりの深い国にしか出ることは出来ないだろう。
 そして、中国の神魔は大半がアレクを筆頭としたチート勢により殺されてしまった。
 神々が顕現出来る段階に至ったとしても肉体を取り戻していなければ介入は出来ない。

 英雄は言わずもがな、元人間の幻想は殺されればそこで終わり。
 今回の戦で過去の王朝の殆どが壊滅したことによって神魔と合わせて随分な数の敵が減ったことになる。
 今の大陸は完全なる空白地帯だ。建て直し、人類の砦を築くには十分な土地である。
 総てとまではいかないが、多くの人種を収納出来る広さ、更には隣国が安定した日本。

 有事の際にも今回のようにすぐに増援が来てくれる。
 それに何より日本全体を覆う女神達の加護による繁栄の気、その恩恵を僅かながらとは言え受けられるのだ。
 権利を主張する者の居ない大陸を各国が共同で占拠し統一国家の樹立を宣言し人間を移住させる。
 そして、そこを中心に新たに人類の生活圏を広げてゆく。

 一旦は人類の生活圏が狭まるわけだが、デメリットばかりではない。
 狭まったことで防衛網を敷き易くなり、護りを強固にすることが出来るし、限界だと言うラインを細かく設定出来る。
 つまるところ、今の大陸は反撃の牙城を築くには打ってつけなわけだ。
 これを聞いている政治家達も今頃、ハッとしているだろう。

「……」
「お前が中国を戦場に設定せねば、そうはならなかった。
お前の目論見通りに俺達が邪魔者を排除せねば、そうはならなかった」

 ようやく、ようやくカニは理解した――――己が誘き出されたことに。
 紫苑が今暗示したように、彼女は将来的に幻想を敵対するつもりで居る。
 春風紫苑と言う最高の敵手を倒したからとて、その勝利への渇望が止むことは無いからだ。
 完全に覚醒したことで既に寿命なんてものは超越してしまっている、ゆえに彼女は永遠に勝利を求め続ける。

「……狸め」

 満たされることはない器、底の無い桶で水を掬い続ける哀れな奴隷――それが葛西二葉の本質だ。
 ゆえに、今回紫苑が行ったことは到底看過出来ないものだった。
 人類に敵対する冒険者への人質作戦、今はまだ表立って動きは無い。
 だが、一年先、二年先――幻想から人類へ寝返る冒険者が増えて来るのは目に見えている。

 人類を裏切った負い目、家族や友人知人が何時殺されるか分からない状況に追い込んでしまった罪悪感。
 それらが毒のように回りだした頃、総てとは言わないが多数の冒険者が寝返ってしまう。
 が、それではいけないのだ。将来的な戦力が減ってしまうから。
 カニは幻想側で冒険者同士をつがわせて次代の戦力を作り出そうとしている。

 人類側では何時死ぬか分からないが、幻想側でならば安全に増やすことが可能だ。
 先を見据えて戦力を増やしつつ、今紫苑が言った統一国家を秘密裏に人類側の為政者に接触し進めるつもりだった。
 そうして準備が整ったと判断した段階で、カニは人類側に寝返るつもりだった。
 やらかしたことは大きいが、先を見据えてのこととどうとでも言い訳は出来るし、何より構想ではもっと先の話だ。

 百年、二百年、そのくらいの時間はかかると踏んでいた。
 そしてその頃には過去のことも多少は薄れているし、人類側としても絶対戦力たるカニに従わざるを得ない状況になっている。
 彼女は紫苑を討った後、その仲間達が敵討ちとして自分を狙って来ると確信していた。
 紫苑の仲間達VS自分一人と言う構図を作り出すことで、自身の更なる強化まで目論んでいたのだ。

 神魔を宿す最強の位階にある人間ら複数を相手取れるだけの力。
 それは絶大だ、カニとの戦いで紫苑の仲間達が死んでしまえば人類は戦力を更に失う。
 それこそが先に述べた絶対戦力たるカニに従わざるを得ない状況だ。
 感情的な問題を無視しなければ人類に未来は無いのだから受け容れざるを得ない。

 そして、そんな計画を練っていたからこそ人類側が打ち出した人質作戦が邪魔だった。
 ゆえに三国の収容所に襲撃をかけた、アメリカとロシアには別の手勢を送り込み、自身は一番梃子摺るであろう英国へ。
 収容所に入れられた人間を皆殺しにすることで幻想側の冒険者達の未練を断ち切るのだ。
 しかし、それだけでは不足だ。非道さに裏切る人間も出て来るかもしれない。

 ゆえにカニは英国を完全に滅ぼすつもりだった――絶対の恐怖を刻み付けるために。
 勿論、人類側の戦力を殺ぐのだから上策とは言えない。
 が、やらざるを得ないのだ。でなくば裏切ってしまう。
 そんなことをしなくても幻想側の冒険者を洗脳するなり何なりしてしまえば一番手っ取り早いのだが……。

 それが出来ない事情があるのだ――そう、神々の意思である。
 彼らは冒険者達が自分の意思で恭順して来て忠誠を誓っているかを見ているのだ。
 洗脳などと言う手段に出れば、その時点で洗脳をした冒険者達は処断されてしまう。
 ゆえにこんな面倒な手段で縛り付けるしかなかったのだ。

「狸か……そう言えば、そう呼ばれた男を俺達は倒したっけな」
「格が違うってか? まあその通りだが随分嫌味な男だよ」

 カニは自身への失望で死にたくなっていた。
 "お前が此処に現れたと聞いて、何もかもを振り捨てて来てやったぞ。
どうしてイギリスに居るのかは知らんが……俺にとっては好機だ。まさか、目の前の勝負を捨てはしないよなぁ?"
 意図が看破されていないと誤認してしまったのだから。
 最高の幻術を操る男、欺くなんて今の紫苑には朝飯前なのに、それに考えが至らなかった。
 相手の土俵に引き摺り込まれたことにも、今の今まで気付けない――――何て無様。

「"気の多い女の恋は報われない"――――最高の皮肉だなぁオイ」

 人類、幻想、どちらからも自分の居場所を無くして圧殺するつもり。
 カニは紫苑の狙いをそう判断し、挽回の一手を打つために頭をフル回転させるが――ところがぎっちょん!
 紫苑の狙いはそんなところには無い。まだまだ誤認している。真実はほど遠い。

「(阿呆が、テメェはもう詰みなんだよ)忘れてないか? 俺はこうも言ったぞ、お前の虚飾を暴くってな」

 さあ、さあさあさあ! 誰も彼も踊れ踊れ踊り狂え!
 我も道化、彼も道化、皆悉く滑稽劇に興じる道化なのだからせめて、道化らしく滑稽に踊って見せてくれ!

「葛西二葉――――お前はアレクサンダー・クセキナスとグルだったろう?」
「――――」

 これまでの発言でも十分驚かされたが、今度こそ完全に脳が静止した。
 自分とアレクがグル? 気でも狂ったのか? 何を言っているんだ?
 困惑するカニを他所に春風紫苑は箍の外れた舌を回し続ける。

「現実問題、この世界で正確に人類の未来を見据えている者はどれだけ居るだろう?
国の舵を取る為政者達ですら、危機感が足りていないかもしれない。
現実問題として、時間は幻想の味方だ。時が経つにつれ人類は不利になってゆく。
一部の強い人間が居ても、それでも総てを護り切れるわけじゃない。それは中国の一件で分かるだろう?
生まれる命より奪われる命の方が多ければ自然と人間は減っていく。
千年後か、二千年後か、どちらにしろ人類の未来は断絶されてしまうだろう」

 世界中の人間に事実の弾丸を振り撒くハッピートリガー春風紫苑である。

「幻想に着いた冒険者だけ助かるだなんて都合の良いことは考えていないよな?
良いか? 神だか何だか知らんが、幻想と俺達が呼ぶものは完全じゃない。
何せ俺達人類に憎悪を抱いているんだからな。憎悪を抱くと言うことは無謬ではないと言う何よりもの証明。
憎むなら恐れもする。自分達に着くと冒険者は助けると言ったが、彼らも所詮は人。
数こそ少ないが、いずれかつてのように自分達をあの虚無へ追いやるのではないか?
さあ、そんな考えが頭をよぎってしまったらもう止められないぞ。そして――――誰も居なくなる」

 人類と言う種はそこで完全に途絶えてしまう。
 残酷な事実をドーン! と突き付けた紫苑は今、完全にハイになっていた。
 愉しくて愉しくてしょうがないのだ。これは我の舞台! さあ、衆愚よ俺を見ろ! ってな具合である。

「それでも人類の未来を諦めたくないのならば、打てる手は総て打つべきだろう。
アレクサンダー・クセキナスは英雄として人類側で、葛西二葉は悪役として幻想側で動き続けた。
先に述べた統一国家思想もその一環だ。が、それだけじゃ足りない。
ものを言うのは人の意思だ……そう言う意味じゃ、俺は甘いのかもしれない。
俺は他人の尻を叩いて戦え! なんてのが苦手だ。あくまで、戦うも戦わぬも己の意思だと考えている」

 考えていないし他人の尻を叩いて利用するのは大得意だ。
 今、この瞬間にもどれだけの人間が踊らせているのやら。

「が、それじゃ駄目なんだ。アレクさんと二葉はそれを理解していた。
危機感の欠如、戦う意思の薄さ、漠然としたままではどうやったって勝てるわけが無いのだ。
統一国家って言うのは何も形だけの話じゃない。
総ての人類が未来を掴むために戦うと言う意思の下に集うべきだと言っているんだ」
「お、お前……お前は……」

 カニは此処に至ってようやく、紫苑の本意に気付く。
 自分を排除しようとしていると思っていた――――とんだ見当違いだ。
 が、分かったからとてこの局面でどう動けば良いのかなんて分からない。
 土台からブチ壊すような紫苑の舌禍に対してどう動くのが正しいのだ?
 力づくで止める? そんな馬鹿な、出来るわけがない。長期戦を覚悟していた相手だぞ?
 用意していた仕掛けもそう、こんな状況に対応出来るものは何一つとして無い。

「全人類に問おう、葛西二葉の悪行を見た際に抱いた感情は何だ?
嫌悪? 恐怖? 怒り? 何にしろ、理解はしただろう?
幻想と言うものは何処までも容赦なく自分達を滅ぼしにかかっているのだと!
決して消えない傷となって、刻まれただろう? 絶望に沈み大人しく死を受け容れるのか。
死にたくないのならば戦うしかないってことぐらい分かるだろう?」

 紫苑の手に握られている聖槍が太陽の如くに光を放っている。
 これは後々の仕込みを行うために力を溜めているのだ。
 傍目からは紫苑の感情に呼応しているかのようにしか見えないのが厭らしい。

「アレクさんが死を選んだのも未来のためだ。
強大過ぎる己に寄り掛かっている現状、今は良くてもそれでは先が無い。
全人類が己の意思で、立たねば未来を掴めないと理解していたからこそ……あの人は死を選んだ!!」

 悲痛な叫びが轟き、大粒の涙が零れ出す。
 役者魂ここに極まれり、大舞台の上に立って居るからこそますます演技が冴え渡っている。

「そして、彼が死んだことによる混乱から人類の意思が統一されるには時間が必要だ。
だからこそ、葛西二葉は四月一日、人類の裏切り者を世界中に放逐した。
裏切り者を嬲り殺しにすることで外れる、暴力の箍、見えない未来への不安。
それが巻き起こす未曾有の大混乱を人類に怨みを抱く幻想に見せ付けることで侵攻を防いだ」

 一時的に侵攻が無くなったのは事実である。それ以外は丸っと嘘だが。

「同時に、混乱を招くことも織り込み済みだったんだろうな……。
あの戦いの翌日、俺は各国のギルドの長に呼び出されてアレクさんの後任に就くよう要請された。
力無き俺だ、アレクさんのように縋ることは出来ない。それでも、象徴としては役に立つと言うことだろう。
俺が知らないうちに背負わされた使命、それは混乱を収め統一国家を作り、人々の意思を束ねることだ」

 そんな使命は背負わされていません。
 と言うのはともかくとして、これが大阪城で紫苑が語った、
"生者に嘘を吐き、死んで逝った者達の最期を捻じ曲げることになる"――と言うことだ。
 そして実際、春風紫苑の大ペテンに生者、死者を問わずに巻き込まれている。

「覚えているか? 葛西二葉がアレクさんとの戦いの中で何度か口にした言葉を。
"勝つためならば何でもやる"――――その言葉の真意が、今、俺が語った総てだ。
(しかし……オイ、幻想連中は何で干渉して来ねえんだよ……! 来いやオラァ!!)」

 紫苑としては神々の襲撃とかを期待していた。
 これだけ盛大にペラを回していれば邪魔をしに来る者も居るはずだ、と。
 そして、それを圧倒的な力で捻じ伏せることで自分を更に飾り立てることを期待していたのだが……来るわけがない。
 特殊な方法を使って一時的に顕現出来ても力を十全に発揮出来ない状態では一蹴されることぐらい敵も分かっているのだ。

「英国襲撃もそう……いや、英国だけじゃないな。アメリカとロシアも襲われているだろう。理由が分かるか?
戦うと言う意思を固めるのならばともかく、国家として主導権を握るだとかそう言う考えが今でも蔓延っているからだ。
今、人間同士のくだらない面子の争いをやってる馬鹿に拳骨を喰らわせに来たんだよ!!」

 怒りとやるせなさを露にする紫苑。
 カニは呆気に取られていた、こんな演技が出来る男ではないと思っていたからだ。

「(ふ、振り切れたら演技まで出来るようになるのか……?)」

 いや、演技力は素です。

「アレクさんや、この女がしたことは決して赦されるようなものじゃない……。
数え切れないくらい、命が喪われたんだからな。それでも!
彼らにここまでやらせる羽目になったのは俺を含む多くの人類が甘いからだ!!
俺達の……多くが、あまりにも情けなくて……未来を掴む可能性が欠片も無いから……」

 葛西二葉を悲劇の英雄に仕立て上げ、人類側の戦力に取り込む。
 紫苑の目的を大まかに語るならばそれだ。
 そして、それに付随する諸問題についても彼は既に解決法を見出している。

「……ククク、素晴らしい妄想だった。が、何だそりゃ? 私は――――!?」

 兎に角抗議しなければいけない、確たる案も無いままにカニは口を開いていた。
 そうせねば紫苑に負けてしまうと思ったから。
 だが悲しいかな、この状況を覆す方策は微塵も浮かんでいない。
 それどころか最後まで否定の言葉を言い切る前に、言葉に詰まってしまう。
 言葉に詰まった理由は、

「そう簡単には認められんよな。人類最悪の敵の汚名を背負う覚悟はそれぐらいじゃ揺るがんだろう」

 つい先ほどまでは完全に純白に染まっていた紫苑の頭髪。
 だが、今はどうだ? 前髪が一房、黒になっているではないか。
 それが意味するところは紫苑が完全に振り切れては居ないと言うこと。
 そして、今の状態を解除した時に確実に死んでしまうと言うことだ。
 カニは二の句が告げず、更なる混乱に叩き落された。
 紫苑はこれを狙って今の今まで幻術を使って前髪を染めていたのだ。

「な ら ば こ れ は ど う だ ?」
「!?」

 その瞬間、カニの総身を絶大な寒気が襲った。

「今、外気圏に直径四十キロメートルほどの隕石を作り出した。
後は合図一つで、秒速百キロでいずれは此処に落ちる――俺が作ったものだ、途中で砕け散ることなくそのまんま地表に激突するだろう。
世界中で今、隕石を止められるのはお前だけだ。俺の仲間達は今、幻の中に居るからな」

 隕石が地表に激突すればどうなるか、多分、人類は滅亡する。
 紫苑はこの隕石を形成するために力を溜めていたのだ。

「う……ぁ……あぁ……」

 紫苑が立てた己が人類の味方になると言うプランを蹴って幻想の領域に戻れば彼には勝ったと言える。
 が、その代償として地球人類は滅び、幻想への対抗手段が消えてしまう。
 己がこの世で何よりも嫌う敗北、それに包囲されて逃げることが出来ない。
 気の多い女の恋は報われない――――正にその通りのことが起きていた。

 本当の意味で純粋に紫苑のみを見ていればあるいは……だがそれは最早潰えた可能性。
 唯一光明があるとすれば、悲劇の英雄になり人類に着くこと。
 そうして一時の敗北を受け容れて将来的にこれから死に往く紫苑にも出来なかった人類救済を果たせば勝利を掴める。
 だが、それもある意味では紫苑の狙い通りで彼の勝利とも言えよう。

「ッッ~~!」

 ハッタリだ、出来るわけがない。そう切り捨ててしまえば楽なのにどうしてもそう思えない。
 紫苑は人類の命運をこの一戦に賭けていることは明白だから。
 でなくば、片道切符の自殺紛いの戦法なぞ取るわけがない。
 カニはかつてないほど爛々と輝いている紫苑のヘーゼルの瞳に凄まじい執念を見た。

 まあ、執念自体は本当だが、別に人類のためとかそう言うのではない。
 紫苑はもしもカニが逃げたらこのまま隕石を落として人類総道連れにするつもりだ。
 だって欲しい結果が手に入らないのならば己の行動に意味は無く、下手をすれば醜聞が残る。
 ならば世界を存続させる意味など無いと言うのが紫苑の本音だ。

「(勝ち負けにこだわるテメェを詰ませるなんざ余裕なんだよバーカ。
俺に固執しながらも、この俺だけを見ずに欲を掻いてしまったのがテメェの敗因だ)」

 互いに敗者となるか、互いに勝利を掴むか、紫苑御得意の選択強制だ。
 紫苑の思惑を蹴れば彼には勝利出来るが、幻想には敗北する。
 紫苑の思惑に乗れば彼には負けるが、最終的にはどちらにも勝てる可能性がある。
 前者が互いに負ける道で、後者が互いに勝てるかもしれない道だ。

『紫苑だけを見ていれば選択も容易なんだろうが、そうじゃないことは今の状況が何よりもの証明だわな』

 つまるところ、答えは一つしかない。

「!」

 紫苑が指を鳴らした瞬間、カニはあらん限りの振り絞り全身全霊で飛んでいた。

「ぐ……ぎぃいいいい……!?」

 熱圏にて、カニと隕石が鬩ぎ合う。
 そして、その光景を世界中の人間が見ていた――――これで勝負は決まりだ。
 汚れ役として人類の敵となった悲劇の英雄葛西二葉の誕生である。

「がぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 渾身の力を以って放たれた破壊光が隕石を飲み込み隕石は跡形も無く消滅。
 紫苑は精根尽き果てて動けなくなったカニを地上に転移させる。

「はぁ……はぁ……」

 座り込み、肩で息をしながら紫苑を見上げるカニ。
 その目には、何故完全に覚醒しなかったのだと言う疑問が浮かんでいた。
 そう、限りなく完全に近い状態でこれなのだ。完全に至っていれば……。

「俺が完全に振り切れれば酷いことになる……だがまあ、この状態でもお前の役には立っただろう?」

 紫苑に合わせてアレクの時よりも引き上げられたスペック。
 それがあったからこそ隕石も砕くことが出来て、それは決して無駄にはならない。
 これからの戦いでも役に立つはずだ。

『決まったな……紫苑』
「(ああ、後は仕上げだ)」

 小さく深呼吸をして、紫苑は最後の仕上げに取り掛かる。

「これが真実だ。俺は、罪を背負って彼女が死ぬことよりも罪を贖うために戦って欲しいと願った。
彼女が人類側に戻ることに……当然、思うところはあるだろう。
やったことがやったことだ、割り切ることは難しいと思う。それでも尚、割り切れと言わせてもらう」

 総ての人類へ向けたメッセージ、これを完遂させることで絵は描き上がるのだ。
 人々が崇めるような至高の己を演出し、そして死ぬ。
 諸々の面倒ごとから逃げつつ、自尊心を満たして死ぬ――それこそが春風紫苑の選択である。
 盛大な自慰行為なわけだが、自慰と認識出来る者は誰一人として居ないので誰にもバレやしない。

「――――総ての憎しみは、俺が持って逝く(死に逃げ作戦発動だ!!)」

 瞬間、紫苑の全身に大きな亀裂が刻まれる。
+注意+
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