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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

177/204

葛西二葉

 四月六日、アメリカ合衆国、ロシア連邦、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国。
 その三ヶ国の指導者による共同声明が発表された。
 これまでは冒険者の機嫌を損ねないように、他にも諸々の理由で有耶無耶になっていた線引きについてだ。
 人類側に着いた冒険者と幻想側に着いた冒険者。

 実際に人を襲ったと言う冒険者は即刻名前も顔も何もかもが晒されているが、
幻想側に着いた冒険者総てを把握出来ているわけではないのだ。
 あるいは、どちら側にも着いていないが旗向きが悪ければ幻想側に着こうとしている潜在的な敵。
 それらと人類の味方を区別するための登録が冒険者に課せられた義務となった。

 当然、反発もあるだろうが指導者達はそれでも尚、行わなければならぬと強弁を振るった。
 現在、人類は未曾有の危機を迎えていること。
 一致団結して戦わねば中国の二の舞になってしまうこと。
 自分達が生きている間に世界が滅びかねないこと。

 熱い言葉で国民に現状を叩き込み、その上で希望を持たせるようなことを口にする。
 確かに今は圧されがちではあるが、それは人類がまとまっていなかったから。
 まあ確かに、本当の意味で一致団結すればそれなりにはやれるだろう。
 とは言えそのまま世界を救えるほどの力は無い。

 が、流される大多数の人間と言うのは誰かにそう言って欲しかったのだ。
 指導者達が凛として確信を持っているかのように強く語れば縋ることが出来る。
 紫苑もお得意のアジテートだが、別に彼だけの専売特許ではない。
 政治家と言うのは大なり小なりアジテーターとしての顔を持っている。

 そして、一国の指導者になるからにはアジテーターとしての力がより要求されるわけだ。
 特にアメリカ、ロシア、イギリスなどのいわゆる強国の指導者はそう。
 舌先で人を踊らせる能力が低ければ大統領選に勝てるわけがない。
 と言うわけで、そんな一流のアジテーターの言葉で心の弱い多くの人間はそうなのかと流された。

 特に、登録法を議会に提出するとかではなく断行した姿勢などが頼もしく見えたのだろう。
 平時ならまだしも今は人類の歴史で最も苦しい戦時中。
 強烈なリーダーシップと受け取られるのが当然である。
 そうして世論は冒険者登録へと流れて行った。

 人類側ではあるが、登録とかそう言うことに難色を示していた冒険者も大きな流れには逆らえない。
 冒険者で常人より強いとは言え、彼らも人だ。
 諸々を捨てて幻想側に着く勇気が無ければ抗うことは出来ない。
 指導者達の言うことにも一理あることも抗えない一因だ。

 実際、アレクと言う人類最強の武力を失った今、人はより強固に団結すべきなのだ。
 指導者達のやったことは理に適っているし、何よりこれはあくまで敵味方を識別するためのもの。
 登録したからと言って強制的に何らかの義務を負わされることは現時点では無い。
 それに団結と言う観点でも、登録と言う枠の中に居れば冒険者同士の連帯感も強まる。

 登録の義務化は多少の不満はあれども、問題は無い政策と言えよう。
 発表の翌日に三国以外の政府が追随したことからもそれが窺える。
 そして、政治家の決めたことにギルドは逆らえない。
 ギルド側も積極的にその支援をして、発表から二日後には大多数の冒険者が登録を済ませた。

 雲行きが怪しくなったのは四月九日からだ。再び三国の指導者が共同声明を出した。
 それによると六日の時点で既に人類の敵として晒されていた冒険者達の親類縁者を秘密裏に拘束していたと言う。
 拘束された者達は収容所に入れられて隔離されているらしい。
 どう考えても反発が出て来そうなやり口だが、

「これは保護である」

 と言うのが指導者側の言い分だ。
 登録されていない、元々敵として確認されている冒険者はその個人情報を開示されてしまう。
 そうなった場合、怒りの矛先が本人だけに向くとは限らない。
 その身内は当然として、知人友人にまで暴力の魔手が及ぶかもしれない。

 建前上はそれだが、馬鹿じゃなければ今回の行動が何を意味したかぐらいは分かるだろう。
 そう――――人質だ。人間と言うのは強くない、肉体をどれだけ鍛えようとも心と言うのは中々に鍛えられない。
 人類を捨てて幻想に着いたからとて、完全に未練を捨て切れた人間がどれだけ居るだろうか?
 生きるためと割り切ってしまえば良いが、そうするにはまだ時間が足りない。

 人間の世界は一国が滅びたとは言え、未だ顕在。
 人類の希望になり得る要素が幾つか存在していて、だからこそ裏切った者らも後ろ髪を引かれてしまう。
 もっと酷い状況になるまでは完全に割り切ることは難しいだろう。
 とは言え、拘束と言う強行に打って出たのはあくまで言い出しっぺの三国のみ。

 他国は、流石にそれは問題があるのではと二の足を踏んでいる。
 が、いずれは他国も強国に倣って同じ流れに乗ることは時勢を見れる人間には明白だ。
 また、今回の登録は何も既に裏切っている者達のみに向けたメッセージではない。
 登録を済ませた冒険者達にとっても無視出来ない事柄だ。

 裏切ればどうなるか、端的に言うならそれだ。
 当然、周りの人間からも無形のプレッシャーがかかるだろう。
 それら総てを振り切って幻想側に着くとしても、相当の覚悟が必要だし何より受け入れられるかと言う問題もある。
 とは言え、何も冒険者達にとっては悪いことだけではない。

 一般人は自覚している、冒険者に護られている自分達を。
 ゆえに、裏切ったら私達もああなるんだぞ!? などと言う強弁は振るわない。
 振るう人間も居るだろうが、そりゃ馬鹿だけだ。大多数は甘い顔で擦り寄るだろう。
 一例だが、男には女を宛がい、女には男を宛がう――聖人でない限り欲望はあるのだから。

「……ここ数日の流れ、どう考えても足を引っ張られていますね」

 食堂で拘束の報を聞いた紫苑パーティ。
 栞が苦い顔でそう切り出し、少しばかり裏が読める人間がそれに頷く。

「米、英、露――三国の連中は紫苑の就任を良くは思っていないらしいな」
「春風さんの言では、意見の一致を見たそうですが……腹の中ではロクなことを考えていなかったようです」
「しかもこの手際の良さ。紫苑お兄さんの就任が決まるより前からコッソリ準備してたんじゃない?」
「まあそう考えるのが自然だよねえ」

 三日に紫苑の就任が決まって、既に六日が経過した。
 それだけの時間があれば政府の承認も得られるだろうに、あろうことかこれだ。
 三国以外の賛成派は恐らく、それよりも先に紫苑就任をと働きかけたのだろう。
 だが、大国が揃って流れを作り出したことで賛成派の国の政府はそちらに寄ってしまった。
 と言うわけで食堂に居る全員が苦い顔をしているのだが、

「(よし――――計 画 通 り)」

 ぶっちゃけ今回の流れを作り出した大戦犯は紫苑である。
 この流れを作り出すようにギルドの長達に言い付けたのだ。
 まあ、彼らは今、幻術にかかっているので自分の意思でやったと思っているが。
 策の全容がカニにバレるわけにはいかないから、念には念を入れて解除されるのは総てが終わってから。
 そして、その時に記憶は蘇り長達も策の成功を実感出来るようになる。

『目論み通りだなぁオイ』
「(ああ……後は、リアクションを待つだけ……だな)」

 勿論、紫苑がこんなことをさせたのは団結とかそう言うものを求めてではない。
 むしろそう言ったものを求めるのならば今回のこれは下策だと切り捨てるだろう。
 彼の狙いは別にあって、それが巧妙に隠されているだけ。
 論理立てて説明されねばカニ本人以外には決して分からない狙いだ。
 そして、そのカニにしたって現状では読み切れるかは分からない。

「(俺の狙いが的中しているのならば、奴は出て来る。読み切られていても出て来ざるを得ない。
仮に的外れだとしても……出て来る。お前からすりゃ絶好の仕掛け時だよなぁ?)」

 何にせよカニを引き摺りださないことには話は始められない。

『仕掛けて来るとしたら、何処だと思う?』
「(英国――かな? 他の収容所を潰すってんならアメリカとロシアは問題ねえ。
数を送り込めば良いんだから。が、英国の場合は円卓の馬鹿共が居るって話だからな。
奴が直接出向いて潰すだろうよ。つっても、読み通りならアイツにとっても最善手ではないだろうがな)」

 どちらにしろ、決戦の時は近い。
 紫苑は静かに、人生最後になるかもしれない玉露を味わっていた。
 傍から見れば怒りを鎮めようとしているようにしか見えない演技なわけだが。

「紫苑さん、どうしますか?」
「……何も出来ない、だろうな。長達の承認を得ているとは言え、俺はまだトップに立ったわけじゃない」

 実権も何も無いのだから今の流れをどうにかすることは出来ないと頭を振る。
 まあ、流れを作り出したのは誰あろう春風紫苑なのだが。

「あの女……! 何処までも迷惑をかけてくれますね……!!」

 紗織が怒りも露に唇を噛み、紅い血がポタポタとテーブルを濡らす。
 一連の流れ、その元凶はカニだ。
 別に誰がどうなろうと知ったことではないが想い人に心労をかけるのだけは赦せない。
 中国の一件から、紗織のヘイトは上がりっぱなしだ。友人だっただけに、その反動で怒りは止まるところを知らない。

「いっそ、幻想の領域に殴り込んであの女の首を獲るってのはどうだい?」
「私達が袋叩きにされるのがオチだろう。奴と戦うのならば、此方の世界でないと面倒な介入を招く」

 全員がアレクレベルならば、まだカニの首を獲って撤退と言う可能性もあるかもしれない。
 だが、この場に居る面子はまだその領域には至れずに居る。
 いずれはアレクをも超えるだろうが、単純に時間が足りていない。
 プロメテウスと同化し、数十年の時を経てアレクは最強へと至ったのだ。

 その点、この場に居る面子は幻想と同化して一年も経って居ない。
 唯一、一年を超えているのは紫苑だが、それにしたって意味は無い。
 何一つとして有効な手を打てない、それほど歯痒いことも無いだろう。
 誰もが苛立っている中でほくそ笑んでいるのは紫苑だけだ。

「……紫苑、聞きたい」
「どうした、アイリーン?」
「私達に、反撃の機会は来る?」

 せめてそれだけでも知っておきたい。でなくばこの状況に耐えられないのだ。
 揃いも揃って血の気の多い連中だけに、現状に対してマジでキレる五秒前なのである。

「ある」

 紫苑は強く断言した。まあ、一人だけ視点が違うので当然だ。

「(つっても、お前らが……じゃねえけどな。俺の一人舞台だ、目立つのは俺だけで良い)」

 薄汚い紫苑の本音はともかくとして、リーダーの言葉によって少しばかり皆の頭も冷える。
 自分達には見えないが、彼には見えているのだ。
 春風紫苑と言う男は決して根拠の無い放言をする男ではないから。

「ちなみに、具体的に何時とかは聞いても良いのかい?」

 それも聞かせてくれれば、もっと落ち着ける。
 そんな思いを込めての問いだったが、それは無駄だ。天魔達が関わることは出来ないから。

「もうすぐ――――いや、今だな」

 葛西二葉、英国襲撃――その報が携帯に届き、それを見た紫苑が凄絶な笑みを浮かべる。
 突然の発言に呆気に取られる仲間達だったが、それは序の口だった。

「し、紫苑ちゃん……? か、髪が……髪が!?」

 足を組んで座っている紫苑の頭髪が徐々に白んでゆく。
 白と黒で半々に分けられていたそれだが、白がドンドン黒を侵食しているのだ。

「(カァッス!)」

 完全に拮抗している見栄と保身が今の雑魚紫苑を形作っている。
 神便鬼毒酒は見栄――幻想側の力を強制的に強めることによって、
紫苑がその力の一端を使えるにしているのだが使わなくても発動することは出来るのだ。
 見栄への狂心が強まった際にカス蛇が邪魔をしなければ良いだけ。
 そして今、紫苑は先に見える最高の瞬間を得ること想像して、この上なく昂ぶっていた。

『あいあい、分かっているよ』

 とは言え、完全に覚醒してしまえば自分は自分で無くなる。
 ゆえにカッスの役目は限りなく完全に近い状態でストッパーになること。

「――――」

 誰もが息を呑む、春風紫苑から放たれる圧力に言葉が舌先で解れてゆくのだ。

「ふぅ……」

 前髪をたった一房だけ残して、紫苑の頭髪は総て純白に染まってしまった。
 それが意味するところは、

「ば、馬鹿! き、君は何をやってるんだい!?」

 酒呑童子戦の比ではないレベルで反動がやって来ると言うことだ。
 完全に染まってしまうのならそれでも良かった。
 そうすれば、紫苑の寿命問題は解決するから。
 だが、一房だけ残った黒を見ればその気が無いのは明白。
 解除して、反動を受け止めて人として終わると言う何よりの意思表示だ。

「紫苑さん……どうして、何で……一体何を考えて――――」

 全員が紫苑に駆け寄ろうとするが、それよりも早くに紫苑は聖槍ロンギヌスを召喚し立ち上がった。
 文字通り、格が違う相手に全員の足が止まる。
 この場に居る面子が束になって襲い掛かったとしても倒せるかどうか、今の紫苑はそのレベルに居るのだ。

「……すまんな、後のことは頼んだよ」

 聖槍一閃、誰にも当たっていないのに全員が叩き付けられた幻に溺れ眠ってしまう。
 紫苑は懐から死後の演出のために用意していた全員に宛てた手紙を取り出し、テーブルの上に乗せる。

「(んじゃカッス……往くべや)」
『おう、まあ何処までも付き合ってやるよ』

 瞬間、紫苑の姿が拠点から掻き消え、拠点の遥か上空に出現する。
 拠点に居る己、ではなく拠点上空に己は居る、と世界に誤認させることで転移を可能にしたのだ。

「(……長距離転移は出来るかなぁ? ちょいと……いや、かなり不安だ)」

 ギルドに行って転移装置を使うのも悪くは無いが、
如何せんこの状態では変な不具合が起きて妙な場所に飛ばされる可能性も無きにしも非ず。
 ゆえに紫苑は京都で使った時よりも更に巨大な白蛇を創造することに。
 突然上空に現れた怪獣のような蛇を見て、地上が随分慌しくなっているが紫苑からすれば知ったことではない。

『しかし……紫苑、お前ってよっぽど俺様が好きなんだな!』
「(あー? 何寝惚けてんの?)」
『いやだって、空飛ぶ乗り物つったら龍とかじゃん? なのに、わざわざ蛇!』

 蛇が空を飛んでいると言うのもおかしな話だが、そこは不思議パワーで片付けるとしよう。

『しかもこれ、俺様にそっくりじゃん!?』

 京都の時もそうだったが紫苑が創造する蛇はカス蛇に酷似している。
 なので好意を持たれてると勘違いしてもしょうがないのだが……。

「(いや、俺そこまで蛇と関わったことねーもん。お前ぐらいしかインパクトある蛇知らねえもん)」

 確たるイメージとして顕現させ易いと言うだけで好意等は一切無い。

『そ、そこは嘘でもさぁ……』
「(まあ良い――――往くぞ!!)」

 紫苑の意思に呼応し、蛇は一瞬で最高速に達し空を突き抜け宇宙空間に突入する。
 ぶっちゃけると特に理由は無い。単純に全能感を味わいたかっただけだ。
 されはさておき。覚醒し、最強の座に至ったことで紫苑は強くカニの存在を感じていた。
 自身と同熱量の魂を持つ邪魔者、ゆえにその方角へ向けて飛べば良いだけ。

「(うひひひひwwwこの万能感たまらねえwww)」
『紫苑、君は――――何処に墜ちたい?』
「(あの女の居るところだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」

 紫苑が搭乗している白蛇ほどの質量がそのまま地上へ落ちればどうなるか。
 母なる地球に甚大なる被害が及ぶだろう。
 一瞬このままイギリスを更地にしてやろうかと言う誘惑に駆られる紫苑だが寸でのところで我慢。
 ロンドン上空に出現した時点で蛇はその巨体を翻し頭と尾の位置を入れ替える。
 その際にロンドン上空に蔓延っていた雑魚モンスターを幾らか轢き殺したが無問題。
 化け物には人権もクソも無いので轢き逃げし放題だ。

「(おい見ろカァッス! 俺様注目の的だぜ!?)」

 突然、空から現れた白蛇とその頭上に立つ紫苑にカニを含めて多くの人間が呆気に取られた。

『俺様とか言うなよキャラ被んだろうが!』
「(ふぅん……円卓の騎士、か。そこそこ役に立ってるようで何よりだ)」

 蛇の頭上から遥か地上を見下ろせば中々の力を感じる騎士達がカニと対峙している。
 今は彼女と同じく空を見ているが、これまで頑張って戦っていたのだろう、皆ボロボロだ。

『聞けよ!』

 カス蛇の言葉を無視して紫苑は音も無く地上に転移し、カニの眼前に立つ。
 そして彼女が何かを言うよりも早くに紫苑が口を開く。

「お前が此処に現れたと聞いて、何もかもを振り捨てて来てやったぞ。
どうしてイギリスに居るのかは知らんが……俺にとっては好機だ。まさか、目の前の勝負を捨てはしないよなぁ?」

 カニは薄ら笑いを浮かべながら冷静に敵手を観察していた。
 そして、自分の意図が看破されておらず紫苑が衝動的に此処へ来たのだと確信する。
 が、それは大いなる間違いだ。嘘の吐き合いで紫苑に勝てるわけがない。
 そう言う意味で、カニは最初から紫苑の土俵に乗せられていると言っても良いだろう。

「黒が消え、完全に白髪になってるな……嬉しいよ、私のためにそこまで至ってくれてよぉ。
ああ、逃げるつもりは無いさ。もう少しばかりこの場を引っ掻き回してやりたかったが優先すべきはお前」

 そして、紫苑から逃げるのは並大抵の労力ではないし仮に幻想の領域へと逃げ込んだとしよう。
 自身も強化されるが紫苑も更に強化されてしまうのだ。
 更に強化された紫苑に暴れ回られて絵図が狂っても困る。
 であれば、現世で決着をつけるのが最上。

「そいつは重畳。俺も、此処でお前を討って士気向上を図らせてもらう。
三十一日から今に至るまで、お前の影響で随分と世界は騒がしくなってしまったからな(おいカッス)」

 元凶を此処で討って沈静化させてもらう――心にも無い言葉だ。
 そんな狙いは何処にも無いのに。

『あいよ』

 これまでカス蛇は持てる力の殆どで紫苑の魂を固定していた。
 だが今は、ほんの一欠片しか護っていないので自由に使える力はそれなりになる。
 ゆえにカニがそうしたように一騎討ちの様子を全人類に叩き込むことが出来るのだ。
 まあ、今も幻の中に居る残留組は叩き込まれても認識出来ないだろうが。

「不退転かよ」

 紫苑の裡から感じる幻想の波動、それはカニにも覚えがあった。
 すぐにこの戦いが中継されていることを看破し、
紫苑が何が何でも此処で己を仕留めるつもりであると誤認する。
 カニが先手先手を取ってアレクを詰みに追いやったように、
紫苑も先手先手を取って深く静かにカニを詰ませようとしている――それに気付かぬ限り勝利は無いだろう。

「ああ……だが、その前に邪魔者を排除させてもらおう」

 軽く槍を掲げた瞬間、二人が居る場所より半径百キロメートル以内の人間とモンスターが消滅する。
 人間は自分が知っている場所に転移させ、モンスターはそれそのまま、無かったことにした。

「突然、見知らぬ場所に出たことで混乱しているだろう。
戦いの巻き添えにしないためにも避難してもらった……事後承諾になったことは謝罪しよう」

 混乱している人間へ語りかけ、一応のフォローを入れる。
 後はこの発言を聞いた人間がどうとでもしてくれるはずだ。

「ヒュー! 怖気が走るな、その力。出鱈目極まりない」
「その割には笑っているぞ?」
「ああ……アレクサンダー・クセキナスが前座にしかならないようなお前から勝利をもぎ取れるんだ、嬉しいに決まってらぁ」

 今の紫苑の位階に合わせ、カニもまた更なる強化が成されていた。
 ただ、その強化の度合いはアレクの時の比ではない。

「(小細工を弄して何とかなるレベルじゃないから、勝てるレベルにまで強化されたのか……?)」

 カニは一瞬、疑問に思うもののすぐに思考を放棄する。
 どの道、やることは決まっているのだ。
 あらん限りの手を尽くして最高の敵手である春風紫苑を屠り勝利を得るだけ。

「だから……なあ!!」

 至近距離から放たれたノーモーションの蹴り。
 紫苑は狂ったように上昇した身体能力でそれを見抜き蹴りを潜り抜けるようにして前方に逃れた。
 空を切った蹴りはそのまま市街地を破壊して紫苑の遥か後方にあったビッグ・ベンを破壊してようやく止まる。

「アッハ!」

 背後に回り込んでいた紫苑の左足が高く高く上がっていた。
 どの程度のものか測るために防御してみるか? 一瞬そう思うカニだったがすぐに却下する。
 測るなんて目的で攻撃を受ければ後々に響くかもしれない。ゆえに回避を選ぶ。
 バックステップで後斜め上に飛んだのと同時に踵落としが地面に炸裂。

「(き、きん持ちEィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!)」

 カニの判断は正しく着弾地点から半径数キロメートル内に存在する建造物総てが
衝撃の余波によって吹き飛び、真下に加えられた力はマントル手前までを貫いた。
 幻術も何も使っていない、素のスペックでこれだ。
 見ている側からすれば怪獣大決戦にしか思えないが、この程度はほんの挨拶代わり。此処からが本番だ。

「悪いが容赦はせん」

 上空に退避したカニ目掛けて地上から対空ミサイル――ならぬ対空ドラゴンが発射された。
 東洋龍のをモチーフにした黄金の龍八頭が顎を広げてカニに殺到する。
 どうでも良いが龍やら蛇やらを創造して戦う――何処までも他人任せが染み付いた戦い方である。
 別に直に肉弾戦闘やっても強いのに……賎しい人間性がありありと見えてしまう。

「ハハ! そりゃ重畳! 本気のお前とやりたいんだからなぁ! さあ! どう捌くね? これを!?」

 迫る八つ首の龍、しかしその眼前にアレクにも使用した肉の盾が展開される。
 短時間にそこまで大規模の世界改変は行えないと読んでいて、それは実際その通りだ。
 非常識な龍の群れを出した後で肉の盾にされた人間総てを転移させるなどは出来ない。
 ゆえに、

「――――救える者は救う、救えぬ者は救えない」

 龍はそのまま人々を飲み込みそのままカニを喰らわんとするが、

「ハ! 二度、効くとは思っちゃいなかったがその通りだったな!!」

 拳と蹴りの嵐が龍に叩き込まれて地に堕ちる。
 地に堕ちた龍は初めから居なかったかのように溶けてしまう。
 カニは歓喜していた、完全に甘さが消えた春風紫苑の誕生を世界中の誰よりも祝福していた。
 それはそれとしてドラゴン達のあまりにも呆気ない最期に少々疑問を抱くカニだったが、

「! 派手な撒き餌か!?」
「(ちげーよバーカ)」

 背後に気配を感じて振り向けばそこには槍を構えた紫苑が居た。
 枯れは渾身の力を以って槍を突き出しカニの心臓を貫かんとする。

「ッッおお!!」

 身体を捻り心臓への一撃を回避。
 代わりに腋付近の肉がゴッソリと抉られてしまうがこの程度ならば取り返しがつく。
 回避しざまに紫苑の腹にドギツイ膝蹴りを叩き込み彼を吹き飛ばす。
 そして紫苑が体勢を立て直すよりも早くに小瓶を取り出し一気に流し込む。
 するとどうだろう? 最初から存在していなかったかのように身体が修復される。

「それは……アムリタか?」
「ああ。と言うか、驚いてないんだな」
「それぐらいの備えはしているだろうよ」

 自分がカニの立場であったのならば最大限幻想を利用している。
 薬品やら何やらを強請りまくって手に入れるぐらいはやって当然のことだ。

「(さぁて……どうするかねえ……)そっちが同じ立場でも?」

 ケタケタと笑いつつも、カニはこれからどう攻めていくかを考えていた。
 くだらないお喋りの時間は相手を休ませることにもなるが、その程度は気にしていない。
 ラプラスに見せられた並行世界においても七日七晩かかってようやく決着がついたのだから。
 カニは持久戦になることを自覚している、そしてそれはアドバンテージであると自覚している。

 例えば持久走をする時、距離を事前に知らされているか知らされていないかで随分と変わるはずだ。
 肉体的な意味ではペース配分、精神的な意味では着実にゴールに近付いていると言う実感。
 が、知らされていなければペースはどう配分すれば良いか分からないしラストスパートだってかけられない。
 そして精神的な意味でも終わりが分からないと言うのは重く圧し掛かって来る。

「当たり前だろう」

 ゆえに、七日七晩と言うある種の指標はアドバンテージ足り得るのだ。
 最初から飛ばし気味の紫苑に対してカニは要所要所で手を抜けば良いだけ。
 精神的優位に立って居ると自覚するだけでも随分違う。
 そして何より、立場の違いと言うのも大きなアドバンテージになる。

 別に幻想のバックアップが得られるとかそう言うことではない。
 護るものの有無だ。三月三十一日の一件から世界はどんどん悪い方向に転がっている。
 紫苑の立場からすれば早いところ情勢を好転させたいはずだ。
 なるべくならば早期に葛西二葉を倒したいと思っていて、それは持久戦においては焦りへと繋がる。

 対してカニにはそのような焦りが生まれる要因が――あるにはあるが、今この場に置いては関係ない。
 少なくとも彼女自身はそう考えていて、自分が完全なる優位に立って居ると考えている。
 彼我の立場を比較してみれば紫苑にはマイナス要因が大き過ぎるのだ。
 などとカニは考えていて、常識的な観点からすればそれは正しいのだが――――総て丸っと勘違いである。

 彼女の論は紫苑が善の人間であると言うのが大前提なのだ。
 だがしかし! 大阪で生を受けド田舎で育った生まれながらの神面魔心春風紫苑が善人であるはずがない。
 そして何より、そもそもからしてカニと紫苑では見ているものが違う。
 同じ土俵の上で勝負をしているかと思ったら大間違いだ。あの春風紫苑が真面目に戦うわけがない。

「そうかいそうかい。存外、強かだもんな、お前は。私と同じ戦法を思いつくぐらいだし、本質的にはこっち側だ」

 己の望むもののためならば何でもすると言う意味ではカニと紫苑は同じだ。
 決定的な違いがあるとすれば紫苑の祈りは彼以外には分からないものであると言うこと。
 誰もが表面的なものだけを真実だと誤認させられている。
 そして、それこそがこの戦いの勝敗を分けることになるのだ。

「同じ穴の狢ってか? ハ……まあ、否定はせんよ(俺が上! お前が下! それが宇宙の法則だ馬鹿野郎!!)」

 対話を交しつつも陸、空問わずで衝突を繰り返す二人。
 霧の都倫敦は最早見る影も無いほどに破壊し尽くされている。
 現地人からすればたまったものではないだろう、しかし此処でカニを倒さねばお先真っ暗。
 世界中の人間が今、春風紫苑の勝利を望んでいる――まあ、盾にされるかもと言う恐怖にも襲われているが。

『何時仕掛けるの?』
「(今でしょ!)……気付いたことがある」
「あん? 何だって!?」
「お前の攻撃から感じる殺気、どれも真に迫るが……中身が無い」
「はい?」

 もう十二分に人外魔境のバトルを繰り広げてやった。
 此処からは道化が脚本演出主演を務める滑稽劇の始まりだ。

「気の多い女の恋は報われない――そう言うことさ」

 一途に紫苑を想っているメンヘラーズは微塵も報われていない件について。

「葛西二葉――――お前の虚飾を暴いてやる」

 これまた痛烈な皮肉である。
+注意+
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