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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

173/204

コミュ障二人 前

 四月二日、午後八時三十分。
 前日に投下されたカニの爆弾で、今日も世界は殺気立って居た。
 幻想に組した人間達の多くが私刑により殺されていたが、それでも総てではない。
 逃げ回っている者や官憲の保護を受けた者も多々居り、混乱は未だ収まっていない。

 ゆえに、一部の人間にはまだ余裕があると言えよう。
 紫苑と来日している各国ギルドの長達は再び大阪城内にとて会議を開いていた。
 そして今回、紫苑の護衛には全員が同行していたりする。
 体力も完全回復しているし、何よりも全員が全員揃ってやることが無いのだ。

 加えて言うならばメンヘラーズの目から見ても紫苑には劣るが会談の列席者は世界にとって重要な人物である。
 そんな者達が一堂に会して居るのだから防備は厚ければ厚いほど良い。
 阿呆な大人達と軽蔑してはいるものの、
同時に彼らはその気持ちが紫苑寄りであることと子供特有の潔癖さから来るものであるとも理解している。

 そして、そんな風に客観視が出来ていれば護衛に就いても何の問題も無いだろう。
 私情を認めず殺せずならば問題ないが、認めることは出来ているしある程度までなら殺すことも出来るのだから。
 それに、そんなマイナス要因を差っ引いても絶大な力を持つ者が護衛に就く意味は確かにある。
 紫苑もそれが狙いで全員が着いて来るとことを認めたのだ。

 そして仲間達もその狙いについては聞かされている。
 紫苑や長達が大阪城に来る時は人目を忍んでやって来たが、護衛組は敢えて普通にやって来た。
 そうすることで人目に触れさせたのだ。紫苑の盾であり剣である仲間達が揃って行動している。
 何かあると考えるのが普通だろう。そして、良からぬ考えを持つ者ならば何某かのアクションを起こすかもしれない。

 相手に動かせて様々な情報を得ると言うのは常套手段だ。
 まあ、些か戦力が過剰なので仕掛けて来る可能性が薄いと言えば薄いのだがそれでも問題は無い。
 抑止となって安全に会談が進められるのならばそれが一番なのだから。
 少なくとも仲間達が護衛に就くことには何のデメリットも無い。

「にしても、話し合いって何時までかかるんやろねえ」
「分からない」

 しとしと降り続く涙雨の中、傘を貸して歩く麻衣とアイリーン。
 割と珍しいこのペアは今、大阪城内の庭園を巡回していた。
 折角、数が居るのだし会談場所の前にだけ詰めているのも非効率だと言うことでこうなったのだ。
 麻衣とアイリーンが組んでいるのも確たる理由あってこそである。
 幻想と同化した連中は回復手段を自前で持ち合わせているし、ルークの場合は人形なので修復をすれば良いだけ。

 となると何かあった時に回復役である麻衣が必要となるのは紫苑とアイリーンだけ。
 そして紫苑の場合は近くに護衛も居るし、いざとなったら信長やジャンヌを呼び出せる上に豊臣方も協力的。
 さしあたってすぐに必要と言う事態にはならない。
 だが、巡回をしているアイリーンの場合は別。ゆえにこのペアが組まれたのだ。

「でも、少しはマシ」
「えーっと……それでも昨日よかマシな話し合いになるゆーことかな?」

 コクコクと頷くアイリーン。
 別に日本語が不自由なわけでもないのにコミュを取る気が無いので非常にやり難い。
 それでもそこそこの付き合いがある麻衣もいい加減慣れたのだろう。
 少なくとも気まずい思いをすることは無くなっており、気楽な気持ちで接することが出来るようになっていた。

「何にせよ、紫苑くんの負担が軽うなるとええなぁ」
「うん」

 それは統一見解だった。無理をするな、何度言っても無理をしてしまう想い人。
 そう言うところに惚れた部分もあるとは言え、見ている方としてはハラハラしてしまう。
 最近はそこら辺も気をつけてくれては居るようだが、それでもいざと言う時は平気で無茶をするだろう。
 やるべき時にやらないで居ることが出来ない人間だから。

「そう言えばアイリーンちゃんの御国……えっと、アイルランドやっけ?」
「うん」
「ぶっちゃけよー知らへんのやけどそっちは大丈夫なん?」
「さあ?」

 同じ外国人でもルドルフとアイリーンではかなり考え方が違った。
 別に祖国を嫌っているわけではないし、紫苑に出会う前ならば帰国して祖国のために戦っていたのだろう。
 だが、絶対の一を見つけてしまった今では正直、構っている余裕は無いし気にもならない。
 なので特別祖国の情報を調べたりはしなかった。

「……それでええのん?」

 頬を引き攣らせる麻衣、メンヘラになっても常識的な部分が完全に消え去ったわけではないらしい。

「心配させたくない」
「あー……うん、せやね」

 祖国を気にする素振りを見せていたら間違いなく紫苑は気を遣う。
 アイリーンは想い人の心労を増やすつもりは無い。
 だからこそ、まったく調べずに済ませているのだ。実際、気にならないし。
 麻衣も言葉は少なかったものの、同じ男に惚れている者同士のシンパシーからかアイリーンの気持ちはしっかり汲み取れた。

「麻衣」
「ん?」
「純化、どう?」

 アイリーンの目から見ても麻衣は以前と比べて段違いに強くなった。
 戦闘能力云々ではなく、心の強さだ。そしてその理由は明白――紫苑に抱かれたからだろう。
 アイリーン自身も抱かれてからは自分が心身共に更に強くなったことを自覚している。
 ゆえに、麻衣が純化に至っていてもおかしくはないと思ったのだ。

「まあ……せやね。たった一つ、それが何かは分かったよ?
でも、想いの深度って意味ではどかな? うちのはいざその時になって初めて心の底から強く想えるもんやから。
今もそう言う気持ちはあるけど、それでも実感やね。必要なのは実感」

 己の始まりからしても純化の形は間違いではない。
 が、だとすると始まりと同じ形をなぞらないことにはどうにもならない。

「……でも、その切っ掛けが訪れて欲しくないのは確かやねえ。
目覚める機会が無い方がええんよ。皆の純化と違ってな。その方が平穏無事やもん」

 麻衣はある意味で特異かもしれない。
 何があったわけでもないのに既に己の祈りを正確に把握しているのだから。
 戦いの中で純化に至ったアイリーンからすれば少しだけ不思議だった。

「けどまあ、うちの能力はきっと役に立つで」
「純化に至れば?」
「うん。祈りの形からしても……何となく想像はつくし、多分それで正しいと思う。せやから役に立つって太鼓判押せるんよ」

 それでも目覚めて欲しくはないけどと麻衣は小さく笑った。
 アイリーンもそれに釣られてほんの少しだけ口角を上げる。

「にしても何かアイリーンちゃんとサシで話す言うのも珍しいなぁ」
「うん」

 と言うかアイリーンと一対一で話す相手と言うのも紫苑かアリスぐらいだ。
 前者は完璧にアイリーンの言葉の意味を察せるし、後者もほぼ完璧。
 逆に言うとその二人ぐらいとしか完全なコミュニケーションが取れないと言う意味でもあるが。

「何か女の子っぽい会話しよか」

 楽しげに笑う麻衣はメンヘラってもやっぱり普通だ。
 歳相応の女の子の顔が一番強い。他は……まあ、うん……アレだし。

「良い」
「せやったら……うーん、最近どんな下着買うた?」
「紐」
「紐ですか!? いやまあ……うん、ぶっちゃけうちも紫苑くんとそう言う関係になったし?
そう言うんも買おうかなーとか思うとったけど……いやぁ……何か、うん……ビックリやわ」

 何時だったか一緒にダンジョンに潜った際に見た? 見せられた色気の無い下着を知っているだけに驚きも一入だった。

「でも冬は寒い」
「そう言う用途の下着って実用性を求めとるわけちゃうからなー。そらしゃーないわ」
「使う時は暖房が必要」
「まあ、始まってしまえば色々な意味で熱くなるけどそれまでは寒いもんなぁ」

 うんうんと頷く二人。
 と言うか会話の内容が思いっきりシモ方面なのだがこれは女の子っぽい話なのだろうか?

「他の皆は勝負下着、どんなん持ってんねやろな」
「知ってる」
「何で!?」
「何回か一緒にってのもあったから」

 麻衣などは割りと顔が赤くなっているのだがアイリーンはずっと素面のままだ。
 頬を染めるどころか殆ど表情筋を動かしてすらいない。
 男らしいと言うか何と言うか、麻衣は呆れ半分感心半分でアイリーンを見つめる。

「た、確かにうちはまだ……そ、そう言うんはなかったけど……そっかぁ……やよねえ。
一緒になれば……そら、下着も見るわなぁ……うわぁ、うわぁ……!」

 心なしか興奮気味の麻衣。女にだって性欲はあるのだ。

「で、どんなんあったん?」
「誰から?」

 アイリーンも存外ノリノリらしく、レスポンスが早い。
 何が凄いってこんな状態であろうとも隙がまるで無いのだから恐ろしい。

「え、えーっと……せやったらさしおりちゃんからで御願いするわ」

 さしおりと言うあんまりにもあんまりな投げやりな名前。
 これは醍醐姉妹を括って呼ぶ時にも本人達が居ないところで密かに使われている。
 栞ちゃん紗織ちゃんと呼ぶのも面倒だし醍醐姉妹と呼ぶのもよそよそしい。
 と言うわけでさしおりと言う括り方が採用されたのだ。本人達が知れば厳重抗議間違いなしである。

「色が……栞は白、紗織は優しい赤」

 姉妹で紅白と言うのは何も下着に限ったものではない。
 昔からそうだったのだ。つけている香水だって白梅と紅梅だし、衣服もそう。

「分かる分かる。確かにあの二人は赤と白好きやもんなぁ。形は?」
「蜘蛛の巣をイメージした感じ、露出は激しい。と言うか殆ど隠れてない」
「あー……成るほど。さしおりちゃんは糸も使うし、妖怪で例えるなら絡新婦って感じやもんなぁ」

 麻衣も言うようになったものだ。

「でも、別のだけど驚いたのは別にある」
「ほうほう、詳しく」

 庭園内に設置されてある屋根付きのベンチに腰掛け本格的に話す体勢に入った二人。
 警戒は怠っていないものの、仲間達が居るからこその小休憩だ。

「二人の私服、和装」
「せやねえ。毎度思うんやけど着るの大変やない? ちゅーかトイレとか難しそう」

 麻衣の言うことも一理あるがそう言うのは習慣だ。
 昔から和装を着て居たので今更普通の私服と言うのもしっくり来ないのだろう。

「で、それの何に驚いたん?」
「始める前に……裾をこう、がばッ」

 裾を持って捲り上げる動作をして一言、

「つけてない、はいてない」

 まさかのノーガード戦法である。ジョーもビックリの闘志だ。

「うぉおおおおおおおい! ちょう待てや! 何かうち覚えあるで!?」

 割と大袈裟なリアクションは羞恥を誤魔化すためだ。
 と言うのはさておき、麻衣の言った覚えがあるとは城峯山の辺りに遠征した時のことである。

「アイリーンちゃんもおったと思うけど、将門さんやっけ?
あの人のダンジョン行く途中で和服の下はノーパンノーブラやって言われて栞ちゃん、めっさ抗議しとったよな!?」
「うん」

 痴女呼ばわりされて正しい知識で訂正していたぐらいだ。
 それほどに和装にこだわりがあるのかと思えばこれである。女心と秋の空とは言うが変わった方向が最低だ。

「し、紫苑くんの反応は?」
「基本照れ屋」

 のフリである。まあ、照れている顔が好きなのでメンヘラーズも過激なことばっかりするのだが。

「だけどあの時は唖然としてた。そして顔真っ赤にして後はもう目も合わせられなかった」
「大成功やけど……あ、あの姉妹は……」

 それで良いのか良家の御嬢様!? と麻衣が突っ込む。
 同時に、城内に居たさしおりが同時にくしゃみをしたのだが実にどうでも良いことだ。

「初っ端からやってくれるわぁ……あ、じゃあ次天魔ちゃんな」
「色は黒」
「鉄板やな。勝負下着としてもそうやし、天魔ちゃんのイメージカラー的にも」
「紐、ポケットオープン、マイクロ、色々あったけど勉強になったのは……」
「なったのは?」

 すっかり夜の会話に夢中の二人だが、当然これは女同士だからだ。
 想い人の前ではこんなはしたない会話は出来ないと心得ている。
 いやまあ、恥らいがあるのなら自分から男を押し倒してんじゃねーよって話だが。

「燕尾服風の下着で露出はマイクロとかに比べれば抑え目」
「燕尾服風……?」
「小さい蝶ネクタイがあしらわれた襟とリストカフス、耳とフワフワの尻尾が別パーツ」
「バニーか! 普通のバニー服やのうて、バニー風の下着か。コスプレと両立させとんのやな」

 うんうん、そりゃ確かに勉強になるわと何度も何度も麻衣は頷く。

「ほなら雲母さん!」
「ラベンダーの色を基調にしたスチェドール」
「おー……あんま奇を衒った感じは無いなぁ」

 とは言え、アンチエイジングする前ならさぞや凶悪な武器になっただろう。
 JCに回帰してしまった今では背伸びしているようにしか見えない。

「うん、だからそこは照れでカバー」
「雲母さんも今まで子供として接しとったからなぁ……そら照れるわ」
「お母さんって呼んでって言ってたりもした」
「擬似母子プレイですの!?」

 ヒャー! と悲鳴だか歓声だか分からない声を上げる。
 もう何と言うか色々な意味で酷い。見てる方が居た堪れなくなるレベルだ。

「じゃあ最後にアリス」
「う、うん……」
「って言うかあれは下着?」
「具体的に御願いするわ」
「一枚の大きな藍色のリボンで大事なところをカバーして胸の前で結ぶ感じ」
「プレゼントはわ・た・し♪ ってか!? カーッ! あざとい、あざといでえ!」

 もう完全なるオッサンである。

「まあ、それはそれとして……なあ?」
「うん」

 と思いきや急に複雑な表情で声のトーンを落とす二人。

「……どう考えても、犯罪やよな」
「どう見ても小学生」

 アリスの前の五人や自分達二人はまだセーフだ。
 が、アリスの場合はどう足掻いても小学生にしか見えないので犯罪臭が半端無い。

「何にしても参考になったわ」
「私からも、質問良い?」
「どうぞどうぞ。うちに答えられることやったら何でも」
「初めてはどうだった?」

 今日の晩飯何よ? みたいなテンションで聞かれても実に困る質問である。
 下着の話をしていたとは言え、流石に行為の話にまで及ぶとは麻衣も予想していなかったのだ。

「ど、どうって……ひ、必死やった。兎に角……その、紫苑くんを感じたくて……」

 無我夢中で、半ば以上意識が飛んでいたような気さえする。

「がっつくうちを……紫苑くんがリードしてくれた感じ?
心身共に満たされたと言うか満たされ過ぎて頭焼き切れるかと思たわ」

 加えてシチュエーションもシチュエーションだ。
 他の面子が落ち着いた時間の中で身体を重ねたのに対して麻衣は極限状況だった。
 切羽詰っていたと言っても良いだろう。

「その、アイリーンちゃんはどないやったん? 確か小旅行先で……やっけ?」
「うん、白浜。一緒に温泉も入った」
「それは……ええなぁ」
「天魔の痕跡を塗り潰すためにひたすら食べた」

 自分と言う存在を魂魄まで刷り込んでやると言わんばかりに盛ったアイリーン。
 やはりハジメテの記憶と言うのは特別なのだろう。その顔はほんのり赤い。

「ほ、ほうほう……そう言えば天魔ちゃんが一番槍やったな」
「羨ましい」

 紫苑の初物的な意味で。

「紫苑くんの初めてってどんな感じやったんやろ……」
「総ては当人の記憶の中」

 尚、その初物を奪った天魔は自宅に監視カメラを設置してメモリーしておけば良かったと地味に後悔していたりする。

「……」
「アイリーンちゃん? どしたんよ?」
「あそこ」

 アイリーンの視線の先にある池のほとりに女が一人雨の中、ポツンと佇んでいた。
 感じる気配は一般人のそれだが、大阪城に居ることが解せない。
 そして何より、何時から居たのかが分からない。
 麻衣はともかくアイリーンは馬鹿な話をしながらも常時気を張り巡らさせていた。

 まず第一に、此処に来た時にあんな女は居なかった、それは間違いない。
 では会話の最中にフラリと現れたのか? だとしたらあの一般人は何者だ。
 アイリーンは立ち上がり静かに槍を召喚する。
 感じる気配は一般人のものでも、自身の知覚を潜り抜けたと言うだけで警戒する理由は十分だ。

「綺麗なお姉さんやねえ……ん? いや、ちょう待ってや。今の大阪城は別に観光のために開放されてないよね?」

 歳の頃は三十手前と言ったところか。
 栞や紗織のそれとも遜色ない美しい黒髪とアリスのように白い肌。
 黒のサテンドレス越しでも分かる豊満な肢体――何かもう色々な意味で怪しい。

「麻衣、下がって」
「う、うん!」
「(重心がまるでブレていない……根を張った木のよう)」

 視線が交わり、女が此方へ向かって歩いて来る。
 三歩前に出て麻衣を庇うアイリーン、現段階では灰色で騒ぎ立てて話し合いの邪魔をするわけにはいかない。
 他の仲間を呼ぶこともそう。戦力を割きたいと言う思惑がある可能性も捨て切れないので呼ぶことは出来ない。
 アイリーンには自負があった。どんな相手であろうとも、少しの間ぐらいならば対応出来ると。
 が、

「え」

 手を伸ばせば相手に触れられる距離にまで互いの領域が交わった瞬間、アイリーンは空を舞っていた。
 次いで遅れてやって来た節々の痛み。丁寧にあちこちを痛め付けられて居る。
 厄介なのは痛みを我慢すれば何とかなると言う類の極め方ではなく、人体の構造上すぐには復帰出来ない痛め方をされている点だ。

「ぐ……!?」

 受け身も取れないまま腹から落ちたアイリーンはようやく動けるようになった。
 彼女は体勢を立て直し距離を取った、麻衣を取り残したのは失策――ではない。

「……」

 一足飛びで十数メートルの距離を取られた。
 それでも女は特に気にした様子もなくじっとアイリーンを見つめている。
 突然の事態に着いていけない麻衣は一瞬アタフタとするが、

「!」

 アイリーンの目がこう語っていた――そこを動くな、と。
 麻衣にだけ分かるように飛ばされたアイコンタクト。麻衣はすぐさま落ち着きを取り戻し冷静に状況を見守る。

「灰色でも処断する」

 そう宣言したアイリーンの蒼い髪が根元から黒に染まり先端に近付くに連れて真紅に染まる。
 口元からは頬までをジグザグ奔る黄色のライン。
 頬に刻まれた三色のラインが光を放つ――そう、アイリーンは一瞬の攻防で見極めたのだ。
 女が一般人であろうとも戦いの技量は隔絶しているのだと。ゆえに全力、微塵も手を抜く気は無い。

「……」

 女はやはり無言、それでも僅かながらにその顔には喜色が奔ったように見えた。

「ふえ!? ちょ、ちょ……何すんねん!?」

 突然、首根っこを掴まれて女の前に突き出された麻衣が慌てふためく。
 麻衣の視線の先ではアイリーンが槍を投擲する体勢に入っていた。
 盾にして防ごうと言うのか――――想定済みだ。
 アイリーンは友人が盾にされたにも関わらず必殺の一撃を放った。

「今度、下着、奢る」

 槍は超速で麻衣の心臓ごと女の心臓を射抜き、二人分の鮮血が舞う。
 崩れ落ちる二人だが、

「普通そこは御飯奢るとかちゃうん!? 下着奢るって言う表現生まれて初めて聞いたわ!!」

 一人はすぐに立ち上がり元気にツッコミを入れていた。
 しかしそれも当然、麻衣は回復魔法の使い手で臓器が破壊されようとも簡単に回復が出来るのだ。

「ちゅーか……あれか、うちが盾にされること予想しとったん?」

 コートとインナーの左胸に開いた穴を撫でつつ麻衣がじと目を送る。

「うん」

 純化状態のアイリーンの必殺は確実に相手の急所を射抜く。
 とは言え、その手段が物理的なものである以上、急所の前にクッションを置かれてしまえばそれごと居ぬか射抜かざるを得ない。
 対象だけをピンポイントにと言うほど融通が利くわけではないのだ。
 ゆえに盾を使われてしまえば投擲が出来ない――ある一部の人間を除いては。

 麻衣はその一部に入る側の人間だった。
 自力で急所を回復させられるのだから魔力が続く限り何回射抜いても問題は無い。
 盾にされたとしても安心して必殺の一撃を放つことが出来るのだ。
 いやまあ、友人としてそれはどうなのかと思わなくもないが。

「うんて……まあ、別にええけど」

 そんな麻衣の言葉を聞き流しながらアイリーンはゆっくりと死体に近付く。
 正直呆気なかった、どうにも腑に落ちない――彼女はそんなことを考えていた。
 既に死体にジョブチェンジした謎の女。
 警戒態勢が敷かれている大阪城の敷地内に侵入したと言うことは順当に考えて会談をしているVIP狙いか。

 そして、だとしたら当然此方側の能力についても把握しているはずだ。
 自身の必殺を披露したのは将門戦以降は無かったが、麻衣が優れた回復魔法の使い手であることは周知。
 防ぐための盾に使っても無意味だとは思わなかったのだろうか?
 確かに、近くには麻衣以外で使える肉盾は無かったが――ああでもないこうでもないとアイリーンは思考を回転させるが答えは出ない。

「うーん、完全に死んどるなぁ」

 麻衣と二人して死体を見下ろす。
 癒し手、戦士、それぞれの見識で死体を検分してみるが謎の女は完全に絶命していた。
 純化状態の必殺を受けても同じく純化状態の冒険者や幻想と同化している冒険者ならばすぐには死なないだろう。
 後者ならばむしろ心臓を射抜かれても再生する恐れすらある。

 が、眼下の女は一般人だ。武芸の技量は卓越しているが肉体的スペックはアイリーンらには遠く及ばない。
 そんな者が必殺の一撃を受ければ絶命して当然だ。
 むしろこれで死んでいなかったら確実におかしい。どう考えても人間じゃない。
 とは言え、やはりアイリーンは色々腑に落ちず難しい顔をしている。

「……とりあえず、侵入者が居たことを報告しよう」
「うん、せやね」

 と、疑問を押し殺しながらも自分がするべきことをしようとした瞬間、

「及 第 点」

 死んだはずの女の瞳が大きく見開かれる。
 アイリーンは即座に槍で今度は頭蓋を貫こうとするが、
それよりも早くに女の傷口から飛び出した黒い影が彼女と麻衣をスッポリと覆い尽くした。
 そして次の瞬間には、大阪城からアイリーン・ハーン、桝谷麻衣、謎の女は完全に消えてしまう。

「うぉおおおおおおお! こ、此処何処やねん!?」

 消えてしまったアイリーンと麻衣、
影に覆われた二人の視界が開けた瞬間に飛び込んで来たのはまったく知らぬ風景だった。
 城壁に囲まれた古代の都市、一言で表現するならばそんな感じだ。

「って、あの女の人もおらへん! アイリーンちゃ……ん?」

 あたふたと騒ぎ立てる麻衣とは対照的にアイリーンは落ち着いていた。
 その顔には納得の色が浮かんでおり、これまでの疑問が氷解したことを示している。

「影の国」
「はい?」
「此処は影の国」

 七つの巨大な城壁に囲まれた何処か生命が希薄なこの場所。
 そして、謎の女の卓越した技量――――どう考えてもあの女は女神スカアハで、此処は影の国でしかあり得ない。

「あの女はスカアハ」
「すか……スカアハ? それって確か紫苑くんが前にチョロっと話題に出しとった……」

 未だ混乱収まらぬ麻衣だがアイリーンは軽く感動に震えていた。
 憧れの英雄クー・フーリンが師事した女神の力に一端とは触れられて、
尚且つクー・フーリンが修行をした影の国にやって来れたのだから嬉しくないわけがない。

「写メ撮っとる場合か!?」

 携帯を取り出し、しきりにシャッターを切るアイリーンを見て麻衣が悲鳴染みたツッコミを入れる。

「落ち着いて。麻衣に危害は加えられない」

 紫苑が何時だったか食事時にアレクから聞いたと言う話をしてくれた。
 その際にスカアハの目的についても教えられていて、その目的からして麻衣は無関係だ。
 何せ彼女は戦士ではない――いや、死地に赴くと言う意味では戦士だが武芸を修めているわけではないのでやはり無関係である。
 教育ジャンキーの興味は総て己に注がれていることをアイリーンはしっかり自覚していた。

「――――そう、無関係」

 二人の前に現れたのは勿論、あの女――スカアハである。
 容姿こそ同じだが先ほどまでとは出で立ちが違っており、
サテンドレスの上に全身をすっぽり包み込む黒い外套を羽織り頭には魔女のような三角帽子が乗っかっていた。

「じゃあ何でうちは……」
「近くに居た」
「それが理由!? ちゅーかスカアハさんでしたっけ!? すんごい既知感覚えるんですけど!」

 具体的に言うなら隣に居る竿姉妹と同じコミュ障な感じである。

「スカアハ」
「うん、こっち」

 が、コミュ障はコミュ障同士で通じ合うものがあるのかたった一言で意思の疎通を可能にしていた。
 麻衣は突然歩き出した二人に驚きながらも一人残されるのは嫌なのですぐにその後を追う。
 人気の無い街を抜けて城内に入り、やって来たのは訓練場のようなところ。これから起こることは明白である。

「修行?」
「及第点だったから」
「紫苑くぅううううううん! アリスちゃぁあああああん! 御願い通訳プリーズ!!」

 二人の言葉を訳するならこうだ。
 「修行をつけてくれるということはお眼鏡に適いましたか?」
 「先の対応は及第点、見所ありだと思います」――うん、こんなもん普通分からない。
 とは言え、スカアハが弟子探しをしていることを知っていれば何となくではあるが理解出来る……かも?

「知りたい」
「起き上がってからの対応」

 「どの辺が評価されたのか知りたいので教えてください」、
「私に投げられてからの対応が良かったと思います」――訳するとこんな感じである。
 この会話をする気が無い女二人には参ったものだ。
 と言うかスカアハは多くの弟子を取っていた指導者なのに言葉足らずで良いのだろうか?
 クー・フーリンも苦労してやって来た影の国の女王がこれだと分かった時、さぞや複雑な心境だっただろう。

「ホリンそっくり。
(訳:人間が言うところの純化ですか? あれを使った時のあなたはクー・フーリンにそっくりでした。
そして、ゲイ・ボルグを質が良いとは言えただの槍で再現出来ていたことにも驚きました)」
「照れる。
(訳:憧れの英雄と似ていると言われると流石に照れますねありがとう。
後、純化のあれですが、自分でもどう言う原理か分かりません。あなたは何か分かりますか?)」

 静かに盛り上がる二人。
 と言うかここまで来ると最早圧縮言語か何かなのではと疑いたくなる。

「憧れの体現。
(訳:純化は祈りを体現するもの、その祈りに深く私の弟子が関わっているから機能も似たのでは?
とは言え、本物のゲイ・ボルグには劣るでしょうね。私の心臓を射抜いた時に棘が出ませんでしたし)」

 さて、この異次元会話を見せられている麻衣は、

「もう嫌、このコミュ障二人……大阪に帰りたい……」

 ホームシックにかかってさめざめと泣いていた。
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