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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

172/204

あくまで俺は手を汚すつもりなんて無いんだからね!

 少年は生まれた時から拭えない違和感を抱いていた。
 どうにも、周りの人間と噛み合わない。
 相手側は何の疑問も抱いていないが、少年だけはどうにも気持ち悪くてしょうがなかった。
 気持ち悪さの理由に気付いたのは十六を数えた頃で――――自分以外の人間は自分の意思で生きていなかったのだ。

 見えない大きな何かに操られている――とまではいかないものの、何某かの干渉をされている。
 その証拠が少年が言葉だけではなく別の何かで意思を疎通するための文字と言うものを開発した時だった。
 文字の有用性、現代の人間ならば語るまでもないことだろう。
 少年はその利を大人や子供達に懇々と説明した。

 決して難しい言葉を使わず、誰にとっても分かり易い言葉で良い部分を説明した。
 だと言うのに文字と言うものは採用されず、一笑に付された。
 意味が分からない、無駄なことばかり、獲物の一つでも狩って来いと。
 それでも諦めずに文字を普及させようとしたら、集落の人間にこぞって袋叩きにされた。

 確かに少年は狩りや農耕、祈祷なんかには熱を入れていなかった、それは事実だ。
 しかしコミュニティに属する人間として最低限の仕事は果たしていた。
 だと言うのにこの仕打ちはおかしい。純朴な集落の同胞達の蛮行は明らかにおかしい。
 少年は次の日、痛む身体で集落の人々と話をした。

 今度は文字のことなど微塵も話題に出さずに。
 するとどうだ? 同胞達は以前と同じく普通に接してくれた。
 昨日の出来事なんて存在していなかったかのように、どころか少年の怪我を心配する始末だ。
 獣にやられたのか? 優秀だからとて一人で無理をするではないよと。

 少年はその日から思案に暮れ、時折集落の生活レベルを上げる提案を出しては袋叩きにされた。
 酷い時には本当に殺されるかと思ったほどだ。
 少年が岩に文字で書き溜めた彼らにとっては画期的とも言える数々の提案も総て破壊された。
 そして少年はこれ以上続けるとヤバイなと判断したところでピタリと――周囲にとっての奇行を止める。

 正直少年は気が狂いそうだった。自分の意思で生きていない人々、異端な己。
 それでも彼は強かった。折れずに、探求を始めたのだ。
 狩りの際に事故を装って姿を消し、集落を離れ日本各地を旅し始めた。
 普通に旅をすると言えば自分の場合は殺されてしまうかもしれないと考えたからだ。

 そうして、各地に点在する集落を巡り出した結論は――――真っ当なのは自分だけ。
 何処の集落に行っても少年の故郷に居た人間と同じで自分の意思が希薄だ。
 少年は旅の中で多くの知った。例えばそう、これまでは髪が黒い人間だけだと思っていた。
 だが他の集落には金や赤、茶、も居て肌の色も白かったり黒かったり黄色がかってたりと様々な人間が存在している。

 見聞は広がり、多くを知り、それでも尚、核心には迫れず。
 だからと言って少年は真実を求めることを止めはしなかった。
 徒労に終わろうとも自分と同じような人間を探すことを止めず。
 手がかりになりそうなことがあればどんな困難にでも立ち向かった。

 そんな旅の途上で少年は、ある決心をする。
 彼の集落や他の集落で細かな違いはあったものの共通したルールが幾つか存在していた。
 その一つにこんなものがある――――"決して大地の下には往くな"と言うものだ。
 それを思い出し、同時に、何故あからさまなタブーを破ってみなかったのかに疑問を抱く。

 やはり自分も、完全に何者かの手を抜け出ているわけではないらしい。
 そう感じた少年は日々怯えながら地下への入り口を探す。
 穴を掘るにしても手や即席の掘削具などでは限界があって不可能。
 ゆえに逆転の発想で入り口を探すことに決めた。

 往くな、と言うことは往ける手段があるということ。
 つまりは大地の下に続く入り口が何処かにあるはずなのだ。
 そう判断した少年は更にあちこちをくまなく探索して入り口を求めたのだが――見つからない。
 困ったことに入り口らしきものは何一つ存在していなかった。

 八方塞、もしかしたらこのまま自分も意思を無くしてしまうのでは?
 そんな暗い考えが頭をよぎり始めた頃、転機が訪れる。
 ある時訪れた見知らぬ土地で地震に遭い、地割れが起きたのだ。
 裂け目に飲み込まれた少年が見たのは……。

「何だこれ……こ、こんなものが地下にあった……の、か……?」

 少年の知識ではその光景を表現する語彙が無かった。
 しかし、現代人からすれば簡単に表現出来る――――大阪の街、だ。

「凄い……こ、こんな場所……どう考えても僕らの暮らしより、ずっと進んでいる……何だあの天を突く塔は!?」

 通天閣です。そしてぶっちゃけそこまで高くないです――現代人の感覚からすれば。
 しかし少年の価値観からすれば驚天動地の事態だった。
 自分達が暮らす大地の下にこんな場所があって、それも格段に文明レベルが高いのだから驚いて当然だ。

「これは……文字、だよな……? それもこんなに沢山……」

 あちこちにあるのは文字だ。
 自分が考案したものよりも、ずっとずっと洗練されている。
 そのことも気になるがそれよりも少年の興味を引いたのは、

「……人の気配がまったく感じない」

 それだ。これだけ進んだ文明で、さぞや良い暮らしをしているであろう人間が誰一人として居ないのだ。
 いや、人どころか獣も鳥も命と言うものが微塵も感じられない。

「滅びたのか?」

 だとしても、この街には大規模な争いがあったようには思えない。
 では人間は一体何処に行ってしまったんだ?
 少年はそっとまっ平らな大地に手を添える。

「放置されてどれだけの時間が経ったんだ?」

 そこら辺がまったく推察出来ない。
 ほんの少し前まで人が住んでいたとしか思えない気もするし、もう気の遠くなるよう時間人が居なかった気もする。
 何にしろ少年は世界の真実に近付いたことを確信していた。

「……調べるか」

 少年はこの文明の痕跡を調べることに決める。
 彼は聡明で、ひらがなやカタカナ、ある程度の漢字を理解するまでそう時間はかからなかった。
 持っていた食料と水が尽きる頃にはそれらを理解し、ある程度の文化と言うものを理解。
 コンビニやスーパーにあった保存食や水などで食い繋ぎながら必死に調査を進めた。

 何もかもが未知であり、何もかもが素晴らしい。
 智慧と言う禁断の果実に取り憑かれたように少年はかつて在った文明を暴いてゆく。
 その中で知ったのはこの文明は二十五世紀の終わりまで継続していたと言うこと。
 だが、この文明が二十六世紀を迎えるよりも先に終わりを迎えてしまった。

 しかし、その原因が分からない。
 パタリと、ある日、一瞬で終わってしまったかのように記録が無いのだ。
 "大阪"と呼ばれた街を離れて他所へ行きそこで調べてみようかとも考えた少年だがすぐにそれは却下した。
 驚くべき精度で情報が共有されていた文明なのだ、多分何処に行っても同じことだと。

 それよりもやるべきことがあった――――戦いの技術を向上させることだ。
 少年には確信があった、この地下にこそ総ての元凶が存在しているのだと。
 どう考えても分かり合えるとは思えない、何せ他人の意思を束縛しているのだから。
 確実に戦うことになる、そして自分は勝利しなければならない。

 そうして人々に自由を齎すことが己の使命なのだと少年は悟った。
 自身を過去の文献に照らし合わせると冒険者と呼ばれる人種らしくしかも戦闘向けの前衛適正。
 であれば迷うことは何も無いと独学で戦闘技術を磨き続けた。
 その天稟は旧き文明が存在していた頃の冒険者とは比べるべくもない。

 少年がそのまま過去に行けば世界の守護を担える一人になっていたことは間違いないだろう。
 それこそ単独で神魔を屠れるほどに――そして、少年自身も己の力に対する自負を持っていた。
 強くなるにつれ想いは強くなる、やはり自分は聖なる使命を課せられた人間なのだと。
 そうして少年から青年になるほどの時間が経過する頃にはその力は極まっていた。

 これ以上は望めぬ、これ以上は無い、己は至ったのだと青年は確信した。
 そして彼は元凶を討つことに決めた、正体は分からぬが、既に居場所の目星はついている。
 強くなるにつれ、この大阪のある場所から強い何かを感じていたのだ。
 青年は十分な休息を取り、体感的には朝一番でその場所を目指した。

「学舎か……確か、冒険者が通っていたと言う……」

 辿り着いたのは当時、各地に存在していた冒険者育成学校だった。
 大阪にもそれがあるのは資料などで知っていたが、どうして元凶はこんな所に居るのだろうか?
 疑問に思いながらも少年は閉ざされた正門の前で深く深呼吸をする。
 これから何があっても驚くな、必ず勝利を掴むのだと己に言い聞かせ。

「よし!!」

 不退転の決意を込めて正門を蹴り開けようとするが、

「ッッ!?」

 見えない何かに阻まれ、蹴りが門扉を破壊することはなかった。
 本気で蹴れば都市一つを丸ごと吹き飛ばしてしまえるような蹴りなのに。

"――――マナーがなっちゃいないな"
「誰だ!?」

 直接脳に語りかけているような誰かの声。
 誰だと言いつつも青年は理解していた、この声の主こそが元凶なのだと。

"門は蹴り開けるなんて一体何処で習ったんだか……入れてやるから、御行儀良くしてな"

 その声と同時に音も無く正門が開かれ、校内への道が開かれる。
 青年は淀みない足取りで元凶の気配を感じる場所を目指す。

「……」

 校舎の中は今にも生徒達の明るい声が聞こえてきそうなほどだった。
 それでも存在するのは元凶一人のみ。
 青年は黙々と歩き続け1-Aと言うプレートが掲げられた教室に辿り着く。
 そして、ゆっくりと扉を開けて中に踏み入り……。

「いらっしゃい。見ての通り、俺一人しか居ないが……まあ、ゆっくりしていけよ」

 青年には目もくれず席に着きぼんやりと黒板を眺めている喪服の男が一人。
 何もかもが溶けてしまいそうな雪のように真白い御髪にヘーゼルの鋭い瞳。
 全体的に鋭利さを感じさせる美貌、歳の頃は二十代前半と言ったところだが――見た目通りではないだろう。
 二桁の数字を遥かに超越して永き時間を重ねた厚みを感じる。

「……お前は、神、なのか?」

 幻想回帰と言うものが起きたのは知っていた。
 そこから順当に考えていけば文明を滅ぼしたのは神で、目の前の男も数多存在する神の一人と言うことになるだろう。
 青年自身も集落に居た頃から神を信仰していたし、その存在を信じている。
 だからこその問いかけだったのだが……。

「――――」

 男はようやく青年に視線を向ける。
 何処かキョトンとした表情で青年を見つめていた男だったが、

「プ……アハハ! ックク……神、神か。俺が、カミサマなんてものに見えるのかお前は?」

 堪え切れないとばかりに笑い始めた。
 何処か疲れを滲ませていて、くたびれた笑いだったが、青年はそれを馬鹿にされたと受け取った。

「……じゃあ、アンタは何なんだよ? 人の意思を奪い、人形のように操るアンタは何者だ!!」
「何者って? 見ての通り、人間だよ」

 さも当たり前のように男はそう答えた。それ以外の答えなどあるものかと。

「――――何時までも諦め切れずに足掻き続けている往生際の悪い、ただの人間さ」

 その言葉の裏に秘められているものの重さ? 大きさ? それに一瞬、青年は呼吸を忘れる。
 彼は完全に呑まれていた。元凶に会った瞬間に殴り飛ばしてやろうと意気込んでいたがそれは既に遥か彼方。

「!」

 青年は怯えたように自身の手を見る。そして、そこに確かな厚みを感じて胸を撫で下ろす。
 彼は一瞬、自身が何の厚みも無い平面の存在だと錯覚してしまった。
 白髪の男が途方も無い厚みを備えた存在であると思ってしまったせいだ。
 ゼェゼェと恥も外聞もなく息を荒げる、膝を突かなかっただけまだマシなのかもしれない。

「お、お前が……人間、人間だと……?」

 敵意を込めて睨み付けるが、それが虚勢なのは一目瞭然だ。
 虚勢を張ることで自分が折れないように奮い立たせているだけ。
 男はそれを看破していたが、特にそこに触れることはなかった。

「ああ」

 男は再び青年から視線を外し黒板を見始めた。
 何も書かれていない黒板、
この場所が学校としての機能を果たしていた頃は使われていたであろうそれも今は……。

「……おい、お前幾つだよ?」
「さあ? 二千を超えた辺りから数えるのも億劫になってな。それからは自分の年齢について考えることもなかった」

 最低でも二千歳、だが実際はそれよりも遥かに上だろう。
 数えるのも億劫になるほどに気の遠くなる時間を男は過して来たのだ。

「人間は永く生きても百年程度だよ……まあ、上の世界じゃもっと短かったけどな」

 それに、と語気を強め青年は自分を奮い立たせ男を糾弾する。

「――――他人の意思を奪って操り人形にするような輩を僕は人間だなんて認めない」

 ことここに至って男が無関係などと考えるほどボケちゃいない。
 青年は理屈を超えてこの男こそが総ての元凶であると強く確信していた。
 何も説明されていないし、何一つ解明出来たわけじゃない。
 それでもそう言う次元を超えて真実だと理解出来る。

「まあ、正論だな」

 男は自分が元凶であることを否定することはなかった。
 と言うより最初から否定する気も無いのだろう。あったらもう少し取り繕っているはずだ。

「その通りだよ。己を信じ、他者を尊重して生きてゆく……ああ、それこそが人間だものな」
「……ふざけているのか?」

 青年からすれば男の態度は舐め切っているとしか思えなかった。
 それでもまだ、仕掛けずに居るのは青年が男を計り終えていないからだ。

「いいや別に? 俺は至極真面目だよ」
「人と目も合わせようとしないような奴が真面目だって? 笑わせる」

 そう吐き捨てる青年に男は苦笑を漏らした。
 彼は楽しんでいるのかもしれない、久方ぶりに交わす会話と言うものを。

「そう言ってくれるな……これでも俺は今、結構ショックを受けてるんでな」
「フン! この僕がお前の繰り糸から逃れたことにか?」

 青年は唯一男から取れているアドバンテージがそれだと思っている。
 自分以外綻びが無い、ほぼ完璧な支配。
 そこから逃れられたことが男にとっての予想外であり自分にとっての強みだと疑っていない。

「いいや、逃れたのがこの程度の奴だったのかって意味でだよ」

 男はあっさりと青年のアドバンテージが幻であると否定した。
 青年はそれが強がりであると思いたかった――それでも男の言葉に虚飾は微塵も感じられない。

「何だと……?」
「まあ、全員が全員そのレベルならばまだアリっちゃアリだが……個人でその程度なら先は見えている」

 青年に語って聞かせていると言うよりは独り言の方が正しいのだろう。
 ぼんやりと黒板を見つめたまま小さく溜息を吐くその背は酷く疲れているように見えた。

「これだけ、これだけ時間をかけて初めて俺の前にやって来た人間が……」

 此処に来て男は初めて、その表情を歪める。
 血が流れ出るほどに噛み締められた唇にキツク閉じられた瞳。
 ある意味では青年がそうさせたのだが、別に彼の力と言うわけではない。

「訳の分からないことを……!」

 青年は男を計るために会話をしていたが、遂にキレてしまった。
 元々、未熟なコミュニティの中で未熟なコミュニケーションしか取って来なかった彼だ。
 多くを学んだ気になっていても、相手の人格を見極められるような目を養えるわけがない。
 それが、この男ならば尚更だ。誰にも見抜けぬであろう彼を計ろうとするのがそもそもの間違いなのだから。

「――――は?」

 勢いのままに殴りかかった青年だがその腕が半ばから消失する。
 初めから存在していなかったかの如く――――消え去った。
 何が恐ろしいって、痛みすら無いことが恐ろしい。

「上に戻らず――つっても、戻れんだろうがな。
大人しく此処で俺にちょっかいをかけずに居るのならば見逃してやる」

 依然として座したまま、だが青年の腕を消したのがこの男であることは疑いようも無い。
 それは警告だったのだろう。しかし青年は……。

「ふざけるな! 誰がお前みたいな下衆野郎の言うことを聞くかよ!!」
「そうか」

 自身の顔面目掛けて放たれた青年の回し蹴りを足を消すことで回避する。
 別に当たったところで掠り傷一つつかないのだが、青年に降伏の意思が無い以上は徹底的にやらねばならない。

「!」

 瞬間、青年は残った片足で全力で跳んだ。
 窓をブチ破り校庭に退避したのだが、既に男は先回りしていた。
 男は何も無い空間から自身の得物である黄金の光を放つ槍を抜き放ち、その切っ先を少年に向ける。

「――――消えろ」

 それだけ、たったそれだけで青年はこの世界から何の痕跡を遺すこともなく消滅した。
 この国に住まう人間はもう誰一人として覚えていないだろう――真実に至りかけた青年が居たことを。
 青年が感じた"厚み"が違うと言う感覚は奇しくも的を射ていた。
 平面に書かれた絵を消すことなんて三次元の存在にとっては朝飯前なのだから。

 つまるところ、それだけの隔たりが青年と男の間にはあって、それは決して埋められないものだった。
 その結果がこれだ。ああだこうだと理屈をつけるまでもなく単純に次元が違っただけ。
 男はほんの少しだけ空を見て、すぐに教室の中へと戻って行った。
 さて、そんな戦いとも呼べぬ何かがあっさり終わった頃、THE・屑こと春風紫苑は……。

「(やっぱ昨日、もうちっと脅しつけて遊んどきゃ良かったなぁ……)」
『あれでも足りないの!?』
「(まー、叩けるだけ叩いても良い場面だったし?)」

 御灸を、と言う意味では紫苑の行動も正しくはある。
 が、その動機と心情からして腑に落ちないこと山の如しだ。
 少なくともこんな野郎に説教されても素直に改めようなんて思えるわけがない、絶対に。

「春風さん、御茶の御代わりは如何でしょう?」
「ん、ああ……貰うよ」

 今は午後三時、まったりとした御茶の時間である。
 何一つとして出来ることが無いのならば不謹慎だろうと何だろうとトコトン休む――それが今の彼らの方針だ。

「では失礼して」

 急須から茶を注ぎ、再び紫苑から離れる。
 珍しいことに今日は誰もが紫苑から少しばかり距離を置いて遠巻きに眺めていた。
 その理由は、

「やっぱり普段よりボーっとしてますね姉様」
「ええ」
「ぼんやりと事情は聞いたけど、そりゃ紫苑お兄さんからしたら失望ものだしショックも大きいわよ」

 ボソボソと内緒話を始める仲間達。
 上の空である紫苑には聞こえていないと思っているがそれは大いなる間違いだ。
 あくまでショックを受けてボーっとしているフリをして鬱陶しい仲間達の干渉を跳ね除けているだけである。
 今だっておやつを食べに食堂に来ただけで、終わればそれっぽいことを言って再び部屋に篭もるつもりだ。

「何と言うか……紫苑がトップに立つことの是非はともかくとして、祖国の人間がアレなのは私的に超ショックだ」
「ああ、そういやドイツの人も居たんだっけ」

 他国の人間の一人であるルドルフからすればそれもショックだった。
 日本は大好きだが、祖国への愛もしっかりあるだけに尚更だ。

「それでもうちらんとこよりマシちゃう?」
「寛野厳、紫苑さんをトップに就けるためとは言え私達を話題に上げて恫喝するとは……」
「と言うか私、紫苑ちゃんに協力しているだけで別に日本のためとかそう言うんじゃないんだけど」
「当たり前よ。何が悲しくて国なんかのために頑張らなきゃいけないの? 私は何時だって紫苑お兄さんのためにしか動かないわよ」

 ルドルフはともかくメンヘラーズ、ジャンヌ、そして豊臣方は確実にそうだろう。
 そして日ノ本の神々もあくまで紫苑を介しての助力をしているのが現状だ。
 今回の一件も正しいことを言っているのは忌々しいことに紫苑である。
 人のくだらないやり取りに理解を示せない神々からすれば見限るには十分な材料だ。

「そう言えばハーンさんの御国の代表は?」

 他国人と言えばアイリーンもそうだ。

「ううん、殺してた」

 そしてやっぱり意味が分からなかった。もうここまで来るとわざとやってるんじゃなかろうか?

「ちょっとアリスちゃん、通訳御願いでけへん?」
「ああ、アレよ。ううん、居なかったみたい。でも居てくだらないことやってたら殺してたわ――って言いたいのよ」
「卿と紫苑だけだな、アイリーンとまともにコミュニケーションが取れるの」
「分かって欲しい人に分かれば良い」

 ドヤ顔のアイリーンだが、どう考えてもコミュニケーションと言うものを舐め切っている。
 意思疎通を疎かにすることの愚は人類がこれまで何度も証明しているのに。

「まあ、それはともかくとしてだ……紫苑が今回のことで余程腹に据えかねているのは事実だ」
「でしょうね。又聞きですが、それでも十分に春風さんの怒気を感じられますし」
「私達ならともかく、紫苑お兄さんが過激な脅しに出るんだもん。その苛立ちも明白だわ」

 私達ならともかくと言う言葉が何とも空恐ろしい。
 いやまあ、アリスやさしおり辺りならば喜んで恫喝をかますだろうが……。

「実際のところ、卿らはどう思う? ギルドのこれからについて」
「独立かアレクさんの後任を立てるかについてかい? 僕は正直、紫苑くんで良いと思うけどねえ」

 常識的な問題を踏まえた上で天魔は紫苑がトップで良いと思っている。
 彼女はそう言う博打的要素のある選択が大好きなのだ。
 更に言えば常識的な手を打ってどうにかなるような段階はとうに過ぎ去っている。

「私は独立で良いと思うわよ。そもそも紫苑お兄さんに負担掛け過ぎだわ、大人のくせに」

 現時点でも紫苑は無形の期待を背負い過ぎている。
 この上、ギルドのトップになったとすれば更に多くの名も顔も知らぬ人間の期待を背負い込んでしまう。
 アリスからすれば紫苑に無理をして欲しくないので絶対にトップには立って欲しくなかった。

「うちも……アリスちゃんと同じかなぁ。一人で頑張り過ぎても遠からず自壊するだけやもん」

 麻衣の素直な気持ちを言えば紫苑にはもう何もして欲しくない。
 十年と言う時間を心安らかに過して欲しいのだ。
 ギルドのトップになったら安息は訪れない。仮にトップを立てるとしてもそれは紫苑以外を望んでいる。

「私も独立……かしらねえ」

 日本と言う足場を絶対にする方が良い、それが雲母の率直な意見だった。
 紫苑が住まうこの国さえ無事ならばそれで良い。
 総てを掬い取るなんて絶対に不可能だし、無理をすれば更に彼の寿命を縮めてしまうかもしれないから。

「分からない」
「同じく、自分も分からない」

 アイリーンとルークは保留だった。
 前者は当然紫苑を気遣う気持ちがある。しかし同時に人類ために戦う意思を尊重したくもある。
 ゆえに答えが出せない。ちなみにルークの場合は選択肢が分からないからである。

「私と姉様は紫苑さんがアレクさんの後任になるのが一番良いと思っています」
「少なくとも春風さんの試しを受けることなく折れたような方々には任せておけません」

 平時ならば醍醐姉妹も常識的な意見を採用していただろう。
 が、先にも述べたようにそんなものが通用する段階ではない。
 必要なのは象徴、求心力があり、尚且つ実績のある人間は世界でただ一人――紫苑だけだ。

「うーん、今のところ意見は半々やねえ。ルドルフくんはどっちなん?」

 天魔、醍醐姉妹の三人とアリス、麻衣、雲母の三人で丁度半々。
 アイリーンとルークが保留なので後はルドルフの意見如何によってこの場での結論は出る。
 まあ、多数決で優勢になったからとてその意見を紫苑に押し付ける気は更々無いが。

「トップを立てると言う意見には賛成だ。が、紫苑かどうかはまた別問題だと考えている。
真っ当なことを言ってられるような状況ではないとは言え、軽視して良いわけでもあるまい?」

 それも正論だ。常識を軽視し過ぎるとそれはそれで軋轢が生じてしまう。
 大の大人が顔をつき合わせて考えても中々に解決が難しい問題である。
 我が強く妥協を嫌う紫苑パーティの面子では到底解決出来そうに無い。
 そして、だからこそ紫苑と言う人間が要になる。もしも彼が加わっていれば話は早かっただろう。

 少なくともこの場に置いての意思統一は容易い。
 信の置けるリーダーが決めた判断に従う――それだけだ。
 よっぽどの間違いが見えない限り、彼らはそうするだろう。これまでがそうだったように。
 そう言う意味で春風紫苑は見事に主柱としての役割を果たしていると言えよう。

「ちなみに、神々の意見はどうなのだ?」
「ああそうだね。君らのも教えてよ」
『僕はほら、自由が信条の悪魔だからして……各々が好き勝手やれば良いんじゃないの?』
『私も同じだね』
「いや待てロキ。卿、一応神族だろう。魔王と同じで良いのか?」
『邪神とかそう言う形容もされてるし魔王ともそう大差無いさ』

 自分が神であることに特にこだわりは無いようだ。

『……私とサクヤは箱入りなので難しいことは分かりません』
『お父様とかなら分かるかもですがー……私達には、ねえ? イザナミ様はどうなんです?』
『厳密に言えば我らも絶対の頂点と言うものは存在していないからな。が、個神的感情で言えば紫苑以外におるまい』
「蛭子命、あなたは?」
『子供にそんな難しいこと聞かれても困るわ』

 一丸となってことに臨む、一致団結、そんな言葉があるがそれは幻想なのだろう。
 人間も幻想も決して一枚岩にはなれない。
 トップに立つ資格のある者が居るとすれば集団を限りなく一枚岩に近付けることが出来る者だけだ。

『まあでも僕らから言えることがあるとすればさぁ、その御偉いさん達の意思をさっさと統一した方が良いんじゃない?』
『ただでさえ君ら人間は個としての力が弱いんだ。私らのような存在が敵なのだから』
『ねえねえアリス、今大阪には各国のギルドの長が居るのよね?』
「? そうだけど」
『つまるところ一斉に始末出来るチャンスでもあるんじゃない? 全員でコッソリ暗殺してアリスの力で人形にしちゃえば……』
「話は早いわね。人形にしてしまえば進んで死に向かう覚悟も出来るでしょうし紫苑お兄さんにも迷惑かけないもの」

 何て邪悪なことを考えるのかこのロリーズは。
 そしてメンヘラーズもそれはそれでアリかもみたいな顔をしてるな。

『大盛り上がりじゃねえか……なあ? つかさ、紫苑紫苑』
「(ん?)」
『さっきから考えごとしてるみたいだけど何か思いついたの?』
「(ああ、まあな――――とりあえずこっちも人質作戦使ってみようかなって)」

 誰がトップに立っても良いけどやっぱりコイツだけは駄目だ。

「(あ、勘違いするなよ? するのは俺以外の奴であくまで俺は手を汚すつもりなんて無いんだからね!)」

 世界で一番酷いツンデレである。
十七、十八、十九時でそれぞれ一話ずつ投稿します。
+注意+
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