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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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偉そうな奴らをイジメるって本当に楽しい!

 アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、日本、ドイツ、インド、オーストリア、スペインの九つの国に設置されているギルドの長九人。
 そして本部南極からアレクのナンバー2であり暫定的な本部長が一人に紫苑を加えての十一人が顔を揃えている。
 当然十代は紫苑一人だけで平均年齢はものっそいことになっているのだがそれは本筋とは無関係だ。

「寛野さん、アレクさんの遺言とは……?」
「ええ、しかと説明致しますよ。と言うわけで説明を御願い出来ますかな? 副部長」

 全員の視線が一人の女に向けられる。
 全体的に鋭利さを感じさせる美貌だが目力が半端無いその女の名はアンネリエ・ベックマン。
 一言で言うならば、

「(性格がキツ過ぎて売れ残るババアって感じだな……アレクを立ててたからあんま露出はしてなかったっけ)」

 そんな感じ。見た目こそ三十前半に見えるが紫苑の記憶ではもう四十を超えていた。
 メディアなどへの露出は少ないが、堅実なナンバー2と評価されている。

「……アレクサンダー・クセキナス前本部長は自分が死した場合、
速やかに全支部に遺言を送信するよう私に指示をしていました。ミスタ紫苑以外は既に目を通しましたね?」
「ネリー、余計な前置きは結構ですわ。そもそも見ていなかったら集まろうなんてことにはなりませんでしょう」

 アネットはアンネリエと仲が良いのか愛称で呼んでいる。
 「売れ残り同士傷でも舐め合ってるんですか?」と紫苑は腹の中で大笑いだ。
 真面目な場でも他人をディスるのを止めないこの悪癖よ。

「失礼ならば単刀直入に前本部長は己の後任に――――ミスタ紫苑、あなたを指名しているのです」

 その瞬間、紫苑は静かに、且つ速やかに全員の顔に視線を走らせた。
 紫苑を除く十名のうち、肯定的な顔色をしていたのは僅か三名。
 それ以外の者らは否定的な感情をほんの僅かにだが滲ませていて、紫苑はそれを完全に看破した。
 肯定者三名の内二名は語るまでもなく寛厳とアネット、そしてどういうわけかアンネリエもそうだ。
 紫苑はアンネリエと面識が無いし、何よりお堅そうな彼女がこんな人事を認めるとはどうしても思えなかった。
 それでも肯定的な感情を示していたのは何故か。高速で回転する思考は即座に答えを導き出す。

「(この喪女――――アレクに惚れてたな)俺、ですか……?」

 喪女と言うのは語るまでもなく紫苑の勝手な印象である。
 というか高速で頭を回してそんな下世話な答えを導き出す必要はあったのだろうか?

「そうです。遺言の是非、ひいてはギルドのこれからの在り方について話し合うことが今回の会談の目的です」

 紫苑をトップに就けるのか、そもそも本部長、ひいては本部というものを無くし各々の裁量で自国のギルドを治めるのか。
 それを話し合うためにわざわざお偉方は日本にやって来たのだ。
 会談場所として日本が指定されたのは現在世界で一番安全な国だからである。

「日本は遺言を支持するつもりです。と言うより、それ以外の選択肢は日本人にはあり得ませんでしょう」
「同じくフランスも。ムッシュの功績、並びに人格、総てにおいて適任かと」
「本部も同じく。南極の職員、ならびに直轄の冒険者はミスタ紫苑を支持します」

 真っ先に寛厳、アネット、アンネリエが支持を表明する。
 勿論、感情に突き動かされて支持をしたわけではない。
 それがまったくの零とは言わないが、あくまで紫苑を頭に据えることが齎すものを見てのことだ。

「我が合衆国は反対だ」

 反対意見の先頭に立ったのはやはりと言うべきか世界の警察殿だった。
 ガッシリとした体格にビシっと着こなしたスーツ。
 爽やかさを感じさせる顔つきではあるが紫苑の評価は、

「(大抵のところで一番になれる優秀な奴ではあるがそれだけってとこで、大きな場では一番になれない。
陳腐な表現で語るなら秀才と天才で、本人もそれを自覚してて良い具合にコンプレックスになってそうな奴だな)」

 どうして見た目だけでそこまで読み切れるのか。
 勿論、紫苑なりに判断材料はあるのだが、その材料からして常人には分かり難いものだ。
 例えば今、判断材料にしたのは声のトーンや表情と言ったものだ。
 紫苑が新しいトップに立つと判断した時点での否定的な顔、そして今口にした反対という言葉のトーン。

 まず前者、否定は否定でもそこには何某かの理由があって然るべきだ。
 例えばドイツの代表である赤毛の女性も否定的な顔をしていたが、それは紫苑を気遣ってのもの。
 若干十六歳で、三十を超える前に命を終えてしまう子供にこれ以上重責を背負わせるのは如何なものかという否定。
 対してアメリカ代表アシュトン・ブラックの否定には嫉妬が込められていた。そして、

「(そんな自分を誤魔化すようにこれから俺の功績をやや過剰気味に認めながら、
ちゃーんと常識的な理を語るだろうな、あくまで自分は正しい意見の下に反対してるんだって。
つーか別にそんなことする必要ねえだろうに。理由はどうであれ国からも反対するよう言われてんじゃねえの?)」
『そうなの?』
「(多分な。まあ、言葉を交わしたわけじゃないから詳細には分からんが……まあ見てなよ)」

 十分詳細だと思うんだが――気持ち悪いぐらいに。

「確かにミスタの功績は偉大だ、私も彼を尊敬しているし合衆国でもその声望は高い。
事実として彼がこの数ヶ月――いや、それ以前の京都での一件からか。
それらを見ても古今並ぶ者無きと評しても決して過言ではないだろう」

 やや過剰気味の賞賛。

「が、それと今や世界の盾である冒険者達を統括するギルドの長に就けるかどうかはまず別問題だ。
ミスタは今十六歳。ハイスクールに通っているような年齢で、当然組織なんてものを運営したことは無い。
ギルドと言う組織の重要性と規模、それを鑑みるに十六歳の少年が適任かどうか考えれば分かることだろう」

 常識的な理由――アシュトンはこれ以上口を開かない方が良いかもしれない。

「御言葉ですがブラック。仰ることも分かりますが、ならば適切な人材をサポートに就ければよろしいのでなくて?」

 アネットが反論の言葉を口にする。

「何が適切かどうかも分からない、判断材料が無いのだからね。
サポートを就けても鵜呑みにするしかなくなる、そしてそれは傀儡だ。
勿論それは悪意ある傀儡ではなく、善意だし、結果的に傀儡になってしまうだけだろう。
ならば今から学ぶ? 遅過ぎる。今、早急にリーダーシップを執るべき人間が必要なのだ。
事態はそれだけ切迫している。しばらくは傀儡のままだなんて悠長なことが赦されるべき時ではない」

 正論だ、この上なく正論だ。
 頷いている面子は他にも居るので米国代表の意見はそれだけ正しいと言うことである。

『わぁ! 紫苑お兄さんの言う通りだね!』
「(そうだろう? カス太くん)」
『カスタくんって何かカスタードを想起させるから止めてくんね?』
「(急に素に戻るなよ……)」

 他の人達は真面目に話をしているのにこの一人と一匹は……。

「何よりもミスタ、彼には余命の問題もある。十年丸々勤まったとしてもまた次を選ばねばならない。
十年と言う短い時間でまた頭が入れ替わる、それは不安を与える材料になるのではなかろうか?」

 正論正論正論、ドがつくほどの正論である。
 が、カス蛇からすれば先に紫苑の分析を聞いていただけに滑稽としか思えない。

「ふむふむ、それではブラックさんは誰が長になるべきだと考えておられるので?」

 寛厳はやっぱりニコニコ笑顔だ。
 この場に居る人間は大抵が真面目な顔をしているのに一人だけ。
 その余裕が不気味であり、動じないと言う点では頼もしくもある。

「最低でも格支部の長、それとミスベックマン――その中から選ぶのが普通だろう。
確かにミスタアレクサンダーの後任と言うことでハードルは高い。
だが、誰も就かねば酷いことになる。現実問題として我々の中で選ぶしかないとも言えるね」
「(ようはお前がやりたいってこったろ? 更に言えばこのドサクサで影が薄い世界の警察様の存在感をアピールしてえんだろ?)」
『いやいや、この状況で流石にそんな……』

 国同士のくだらないあれこれをするほど馬鹿じゃなくね? カッスは小さく笑う。

「(此処でそんなことするから人間は馬鹿なんじゃねえか。
世界の危機に一致団結なんて出来るほど御行儀良くはねえよ人類は)」

 と言うよりも単純ではないのだ、人類は。
 善と悪の二つで総てを割り切れぬのと同じで常に雑多な感情が渦巻いているのが人間。
 その感情というやつは良い方向に働くこともあれば悪い方向に働くこともある。
 が、その悪い部分だけを切り捨てるのが正しいかと言えばそれはまた別だ。

 人間の愚かさを排したところで発展は無い。愚かであるがゆえに人間は優れているのだから。
 矛盾しているようだが矛盾こそが人間の性である。
 今回の一件もそう。こんな時に権力争いをするなんて酷い馬鹿とも言えるが逆に考えてみよう。
 こんな時でもそんな馬鹿を出来るだけの貪欲さが人類にはあるのだと。

「この中で選ぶと仰いましたねミスタブラック。
私、アンネリエ・ベックマンはミスタ紫苑支持を変えるつもりはなく、それ以前に私はトップの器ではありません」

 ナンバー2に居てこそ真価を発揮出来る人間というものが居て、アンネリエはそういう人間なのだ。
 彼女自身もそのことを自覚している――実に優秀な人間と言えよう。
 そして、だからこそアレク在任時にナンバー2に抜擢されたのだろう。
 己を知る、言うのは簡単だが己を知り分を弁えることを実践出来ている人間がどれだけ居るのか。
 ちなみに出来ていない人間の筆頭が紫苑である。

「ならば私達の中で決めさせて頂こう」
「何を勝手に決めているのやら。ブラック、その厚顔な仕切りたがり屋ぶりは如何にも品の無いアメ公そのものですわね」
「何だと……?」

 アネットの刺々しい言葉に眉を顰めるアシュトン。
 睨み合う二人に紳士の国からやって来たジョンブルが水を差す。

「頭を誰にするで見解が統一されていると思ったらそれは大間違いだ」
「つまりシーザー、君は我々が各々の裁量でギルドを動かすべきだと?」
「その通り。大きな頭が消えた今、本部なんてものは必要無いのでは?
仮に新しく頭を立てたとしても不満が残る現状では上手く機能しないと思うのだがね」

 英国代表シーザーの言にも一理ある。
 意思統一が成されていない今の現状を見る限り頭を立てても円滑に回るかどうか。

「円卓の騎士と言う武力を手に入れたブリテンは強気のようね。
仲間割れが趣味みたいな騎士様達に頼りっきりだと痛い目見るんじゃない?
そもそも、今の英国人はアーサーの頃とは別でしょうに」

 ロシア代表がチクリと英国を牽制する。

「ふむ、ロシアとしては反対だろうね。何せ中国の二の舞になりかねない領土の広さだし」

 他国の増援を得易いように本部があった方が都合が良いのだろう?
 チクリと刺された紳士がザクリを刺し返す。

「どうやらシーザーさん以外にも本部は置かない方が良いと言う見解の方も居られるようですね」

 寛厳が全員を見渡してそう呟く。
 笑顔は変わらないが、何処か冷たさが滲んでおり、ようやく本領を発揮するらしい。

「円卓の騎士、確かに頼もしいですね――――が、所詮元は人間でしょう神や魔に及ぶとでも?
中国の件で限界があるのは周知の事実。英国だけではありませんが……問います。
その場合、日本に――引いては春風紫苑さんとその仲間に救援を頼んだりしませんよねえ?
突っぱねておいて都合の良い時だけ、彼の良心に縋って助けてもらう……いや、利用するなんてそんなことあり得ませんよね?」

 寛厳の放った一石により、広間が静まり返った。
 響き渡るのは老獪な寛厳の含み笑いの声だけだ――この爺、中々に狸らしい。

「外道天魔さん、醍醐栞さん、醍醐紗織さん、アリス・ミラーさん、逆鬼雲母さん。
そしてルドルフ・フォン・ジンネマンさん、彼らが先の戦いで単独で屠った神魔は両手足の指でも足りぬほど。
更に言えば残るアイリーン・ハーンさんや桝谷麻衣さん、ルーク・ミラーさんも有数の実力者。
そんな彼らを投入して凄まじい戦果は上がったものの盤面自体は敗北に終わった。
つまるところ、あれだけの規模の戦いに彼らを投入するよりも自国の防衛に就いて貰った方が得ですよねえ。
まあ、ルドルフさんはドイツの御方ですので祖国を護るためには戦うかもしれませんが。
ですがアイリーンさん、彼女はどうでしょうか? 十中八九、いや確実に想い人のみを護るでしょう」

 アレクを喪った今、頼りになる戦力と言えば紫苑の仲間達ぐらいだ。
 中でも神魔を宿す者達の力は人間が束になってかかっても勝てぬほどに強大無比。
 そんな者達の助力を得られないのは困るだろう。

「現状、この日本は春風紫苑さんのおかげで随分と安定していますからねえ。
英雄や神々も味方で人心も安定している。先日の一件があり確かに不安は広がっていましょう。
ですが、それでもこの国には多くの人間にとっての支柱が存在している」
「……脅しか?」

 アシュトンの形相は凄まじいことになっている。
 そしてそれは他の国の人間も同じだ。実際、寛厳の言っていることは脅しそのものなので無理もない。
 寛厳とアネット、そしてアンネリエは武力を背景にして紫苑が頭に就くことを認めさせようと言うのだろう。
 現実問題として紫苑が有する武力は喉から手が出るほどに欲しいし、何かあった時助けてくれねば困る。

「良心に期待して都合を押し通すような大人の風上にも置けない方々はどうぞ、仰ってください」
「この狸爺が!!」

 民主主義に則っての会談だと思っていたらこんな暴挙に出て来たか、反対派の人間から怒号が上がる。
 その様子を見て紫苑は、

「(ファーwww醜い醜いwwwたまらんのうwwwわひゃひゃひゃ!!)」

 大そうご機嫌だった。良い歳こいた人間がこうも醜態を晒す様は趣味の悪い見世物としては最上だ。
 紫苑はコーラとポップコーンを片手にギャラリーを決め込みたくてしょうがなかった。

「(最高だ! 世界よ、これが人間だ! とかダセエキャッチコピーつけて映画にしてえぐれえだwww)」
『ご機嫌っすね紫苑さん』
「(これが笑わずに居られるかよ? どいつもこいつも現実逃避が御好きなようで……うぷぷ)」

 そ れ を お 前 が 言 う の か。
 確かに些事――とまではいかないがもっと大きな問題より熱中しているのは問題だとは思うが。
 それでも現実逃避云々は紫苑が言って良いことではないだろう。本当に棚上げが御好きなようで。

『つーかさ、丸く収まんのこれ?』
「(収まるわけねえだろ。ヤンキーの他にもトップに立ちたい奴、独立をしたい奴、俺を頭にしたい奴で様々。
意見の統一なんて無理に決まってる。つーか、狸爺は何を勝手に俺の駒を利用して話進めてんだ殺すぞ禿)」

 白熱している大人達を尻目にこの冷めた十代である。
 まあ、紫苑からすれば良い見世物以上の意味は無いのだろうが、あんまりにもあんまりだ。

『どうにかしないの?』
「(するよ。このままじゃ俺も帰れねえし)」
『ふぅん……つか、ギルドのトップの座に興味はねえの?』

 地位、名誉、権力、金銭、そんな俗っぽいものが大好きで責任とか義務とか認知が嫌いなTHE小物。
 それが春風紫苑だと言うのに今回の彼はどうにもやる気が無い。カス蛇としては少しばかり疑問だった。

「(火中の栗を好んで拾う馬鹿が居るかよ……俺としてはどうでも良いんだよなぁ。
まあ、トップに立てばやり易いことも増えるだろうが……バラけた状態でもそれはそれで……。
どちらにしろ、今日俺がすることは明日もこの会談が続くようにこの場を〆るだけだ)」
『明日もって……何で?』
「(俺も色々考えごとがしたいんだよ。その結論如何で俺もどうするかを決めるつもりだ)」
『考えごとって?』
「(さぁな)」

 けんもほろろにカッスをあしらい紫苑はエキサイトしてる大人達をぐるりと見渡し、

「――――良い歳こいた大人が揃いも揃って阿呆ばかりか。致命的な醜態晒す前に舌噛んで潔く自害しろ」

 ふんだんに盛り込まれた毒のある発言を放った。
 紫苑は声量をあげないでも通る声の出し方を知っている。
 なので当然、大人達の耳にも毒は混入され、水を打ったように静まり返ってしまった。

「……何だと? 子供が――――!」

 アシュトンが反論しようとした矢先、紫苑は聖槍を召喚してそれを畳に突き刺す。
 聖槍ロンギヌスの威容は誰もが息を呑むもので、良い演出道具になってくれたとほくそ笑む紫苑。

「俺はあんた方よりも歳若く、知らないことも多い。組織の運営だなんだと言われてもピンと来ない。
が、そんな俺にでも分かることがある。ギルドのトップに立つ、独立を果たす。
前者であろうと後者であろうと覚悟が必要と言うことだ。さて……あんたらにそれはあるのか?
クソくだらねえ言い争いをするような輩じゃあ世界どころか国、国どころか自分の大切な人すら護れるとは思えんがね」

 その言葉には紫苑支持派である三人までもが眉を顰めた。

「……ムッシュ、ムッシュはまだ歳若くこのような――――」
「言い訳は要らん。良いよ、あんたら全員俺が試してやる。覚悟のほどってやつをな」

 立ち上がって聖槍を引き抜き肩に担ぐ。

「さあ、誰からが良い?」
「ごめんなさい、あなたが何を言っているのか分からないのだけど?」
「簡単だよ。神便鬼毒酒の力で一時的に俺は、完全な幻術を使用することが出来るのはギルドにも報告してあるだろう?」

 抑揚の無い声、静かにキレていることを演出するためである。
 そうすることによって、これから起こることで大人達の恐怖を煽るつもりなのだ。
 紫苑は腰のバッグから取り出した神便鬼毒酒――に見せかけた水をゆっくりと飲み干す。

「――――痛みを再現するんだよ」

 それでもまだピンと来ていない様子だが、それも無理からぬこと。
 これから紫苑がしようとしていることは余りにも突拍子が無いことだから。

「国を背負うと言うことは、その国に住まう人々の未来を背負うと言うことだ。
独立を掲げてる連中には俺が体験した痛みを追体験してもらおうか。
これでも一応、この国に住まう人間を代表して未来を掴んで来たつもりだからな」

 その言葉に全員の顔色が蒼白になる。
 ようやく、ここに至ってようやく理解したのだ。これから何をされるのかを。

「さて……俺が体験した痛みと言えば、どれだけあったかな?
酒呑童子討伐直後にやって来た魂へのダメージ、ジャンヌの炎に焼かれたこともあったか。
家康との戦いでは腹も切ったっけ。イザナミの時には骨の髄まで腐らされたな(おいカッス)」

 当然、長達は元は一線級の冒険者なので死に掛けたことぐらいはある。
 腹切りや重度の火傷ぐらいならば――まだ耐えられるかもしれない。
 だが、魂と言う領域への痛みに神が与えたもうた呪いなどは完全に未知だ。
 紫苑は耐えた、耐え切った、しかし自分が耐えられるのか? そう言う疑問が沸くのは当然である。
 何せ春風紫苑と言う男の精神力は誰もが認めるところだ。己のそれが紫苑に比肩すると胸を張って言えるほどに彼らは厚顔ではない。

『(あいよ)おい紫苑、止めとけ。腹切りやら火傷やらはまだ良い。
常識の範疇にあるやつだから良いだろうけどよ。他はマズイと思うぜえ』

 阿吽、ツーカー、何と言うか本当に良いコンビである。

「何でだ?」
『お前は魂が常人とは比べ物にならねえほどに強い。だから揺り返しが起きても命を繋げた。
仮に此処に居る連中がお前と同じ揺り返しを体験したとしてもお陀仏待ったなしだよ。
そして腐食の方もだが、ありゃお前の心が強かったから耐えられたんだ。
今、揺り返しの話をした時にビビってたような連中が耐えられるわけねーよ』

 ようはやった瞬間、確実に死ぬよーってことだ。
 実際のところそれは真実なのだが、敢えて口にしたのは紫苑の要請あってこそ。
 彼がこの場に居る面子を黙らせたいと言う意図の下にフォローを求めたのだと正確に察知したからだ。

『やるなら――そっちも考えてたんだろうが、アレクの方にしときな。
ヒドラの毒は体験したことがねえから完全再現は無理だろうが、実際アレクの身に起きたことは再現可能だろうよ。
脳と内臓一式腐らせてやりゃあ良いだけだ、実に簡単だろう?』

 何人かが口を開こうとするが紫苑の無表情に気圧されて言葉が舌先で解れてゆく。
 完全に感情が消え去った抑揚の無い声、彼らはようやく気付いた――春風紫苑が怒っていることに。

「まあ、そうだな。世界を背負っていたアレクさんは俺がこれから再現する痛みよりも酷いものだった。
なのにあの人は一度死しても、立ち上がって次代のために命の炎を燃やし尽くしてくれたんだ。
あの人と同じ地位に就くんだ、俺が再現する軽いものぐらいならば跳ね除けてくれるだろう。
これでも甘いくらいだ。これから世界はもっと酷い状況になるんだからなぁ。
それを承知でこんな言い争いに熱を上げていた連中ならば当然、逃げはしまいよ」

 カラカラと口の中が乾いてゆく。聖槍が放つ禍々しい黄金の光。
 神にも屈せぬ強靭な魂を持つ男の明確な敵意。
 百戦錬磨の長達をも縛り付けるそれが中身の無い虚飾だと誰が看破出来よう。

「それとも意味が無いと言うか? 精神論だけで総てが片付くとは思わないが……。
それでも、覚悟と言うもの無くして人の上に立てるのか? 立てるわけが無いだろう。
おいどうした、クソジジイにクソババア共。何黙ってやがる? おら、立てよ」

 聖槍の切っ先が一人一人に向けられて行く。
 とうに消えていた敬語だが、更に言葉が荒れているのは怒り具合を示すためだ。

「……」

 答えられる者は誰一人として居らず、沈黙を返すことしか出来ない。
 中には逃げ出そうとタイミングを計っている者も居たが実行されることはなかった。
 この部屋を無数の将と兵が取り囲んでいるのだ。その中にはアイリーンやルークも居る。
 大阪城内部を常時完全に把握している茶々が兵を配したのだ。
 アイリーンやルークは会話こそ聞こえていなかったが駆け付けた幸村の説明によって包囲に加わった。

「誰も答えないのか。じゃあ良い、俺が決める。
(馬鹿を見下して脅しつけるって……た、た、た、た、愉Cィイイイイイイイイイイイイイイイイイ! 嗚呼! 圧倒的強者俺ェ!)」

 どうしようこの屑……。熱くなった薄汚い紫苑ハート、導火線に火を点けるまでも無い。
 不思議なほどハイ! な気分になった男は誰にも止められない。
 紫苑はゆっくりとアシュトンの前に歩み寄り、その切っ先を心臓に向ける。

「我らの中で長を選ぶ――――そう言ったな?」
「!」

 ビクリと肩を震わせ紫苑から目を逸らすアシュトン。
 が、紫苑はそんなことは赦さない。槍の切っ先で顔を自分の方へ向け真っ直ぐアメ公を射抜く。

「自分の言葉に責任を持つ。それは当たり前だ」

 そう言うあなたは責任を持ったことがあるのでしょうか?
 いやまあ、無理矢理責任取らされているけれど――主にメンヘラーズに。

「無責任な放言、それは決して人の上に立つ者がやってはならないことだ。
俺は、仮にも一国のギルドの長を務める人間が自分の言葉にそれ相応の重みがあることくらいは理解していると思っているよ」
『(サドいっすね紫苑さん)ハハハ、おい紫苑。お前怒ってるのかよ?』
「お前は黙っていろ(だって愉しいんだもん★ ま、それはともかく御苦労だった)」

 ネチネチと他人を虐めることが愉しいなんて言うのは性格破綻者の証拠である。
 こんな男に踊らされているのだからこの場に集まった面子も不幸と言うしかない。
 誰も彼もが紫苑と言う渦に飲まれて道化芝居の演者へと成り下がる。
 真に滑稽なのは誰も己が道化役者に堕したことに気付けないこと。

「ああ、すまないな。お喋りな爬虫類が邪魔をして……さて、どれから行きたい?
いや、語るまでもなかったか。アレクさんの後任に就く覚悟を決めていたのならば……なあ?
まあ、アレクさんが喰らったものには劣るだろうが可能な限り再現しよう、全力でな」
「~~ッッ!」

 ガチガチを噛み合わない歯、浮かぶ脂汗。
 毅然と正論を振るっていたアシュトン・ブラックはもう見る影も無い。

「それともあれか、神便鬼毒酒によるタイムリミットでも狙ってるのか?
もしそうならあれだ……もう面倒だ。とりあえず全員に幻術をかけさせてもらうとしよう。
あんたらは覚悟を決めてる人間だ、きっと乗り越えられるだろうが……まあ、一応聞いておこうか。
何か、遺言のようなものがあれば一言一句違わず指定された人間に届けるよ。さあ、言ってくれ」

 溢れ出る魔力に呼応して聖槍の輝きが更に激しさを増す。
 紫苑を除く者らは全員が全員、十三階段を登っているような錯覚に囚われていた。

「……や、止めてくれ! わ、私が……私達が浅はかだった」

 ようやく口を開いたアシュトンが赦しを乞う。
 三十分にも満たない時間だが、彼はもうすっかり憔悴していた。

「は? 何故止めてくれなどと言うんだ? なあ、あんたらもそう思うだろ?
何も言わないってことは受け容れてるってことだもんな――――この試しを」

 そう言うと今度は全員がそれぞれの言葉で赦しを乞うた。
 歴戦の者達でさえ、耐えられなかったのだ。これから起こる(と思っている)ことに。

「……つまるところ、あれか。
お前ら揃いも揃ってなーんも考えずにただくっちゃべってただけか、こんな状況で。
ただ杓子定規でやらなきゃいけないなんてことぐらいの認識だったわけか、こんな状況で」

 有りっ丈の軽蔑と失望が刷り込まれた言葉に大人達は身を縮めることしか出来ない。

「ハッキリ宣言しとく。俺は別に俺が頭になるとかあんたらの誰かが頭になるとか独立だとかに興味は無い。
俺が考えているのは、どの選択が世界に、人々に良きものを齎すかだけだ」

 紫苑が考えているのはどの選択が自分に良きものを齎すかだけである。
 それ以外のことを考えるつもりは無い――いっそ潔いとも言えるだろう。

「どうすれば、俺達人間の未来がこれからも良き形で続いていくか、それ以外を考えるつもりは無い。
だがアレだ……そんなこと考えてるのは俺だけだったらしい。
ああいや、自分のことばっか考えてるのも別に悪いとは言わんよ。
俺だってそうだしな。俺は俺が見たい、見れなくてもそう成って欲しいと願う未来のために戦っているからな。
でも、少し期待してたんだよ。あんたらも、あんたらのような人間ならってな。仮にも一国のギルドの長だぜ?
ああ分かってる。俺が勝手に期待して勝手に裏切られただけだ――――良い歳こいたジジババ共にな」

 常に人を裏切っている男は言うことが違う。
 それはさておき。こんな心臓にパイルバンカーを叩き付けられたようなドギツイ言葉にどう返せば良いのか。
 誰一人として何も言えずに俯き黙ったままだ。

「開き直ってそうですとも言わず、何を沈痛なツラしてんだか……。
ハ、解散だ解散。あんたら、少しは一人でジックリものを考えてみたらどうだ? そんな顔するぐらいならよ」

 聖槍を送還し、部屋から退出する。
 外では待機していた大阪城の手勢やアイリーン、ルークが出て来た紫苑を迎えた。

「紫苑……大丈夫?」

 気遣わしげなアイリーンに力無い笑みを返す。

「アイリーン、ルーク、帰ろうか
(あー……気持ちえがったー……偉そうな奴らをイジメるって本当に楽しい! 最高の娯楽やでえ……)」

 ここ最近のストレスがかなり軽減したらしい――ぐうの音も出ない畜生っぷりに最早安心感すら沸いて来る。
+注意+
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