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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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山奥でロリと戯れよう 参

「(俺、いい加減真面目にどうやってカッコよく冒険者辞められるか考えるわ)」
『そのカッコよくってのなければ簡単なのになぁ。プライド高い男だぜお前』

 ラウンジのソファーに座り机を挟んで紫苑とアリスは向かい合っていた。
 勿論、この瞬間も刃は外されていない。
 背中から何時でも心臓を貫けるように一つ、何時でも首を飛ばせるように横から一つ、
どちらにしろ一瞬で殺せる準備は完全に整っている。

「(うるさいうるさい! 今はんなこと言ってる状況じゃねえだろタコが! だからお前はカスなんだ!)」
『お前から話振った上にカスって俺様に名付けたのもお前だろうがタコが!』

 蛇に正論を言われる人間が居ると言うだけで涙が出そうだ。

「紫苑お兄さん、紅茶にミルクと砂糖は?」
「そうだな……たっぷりで頼む。甘いのが好きなんだ」
「ふふ、意外と可愛いのね」

 アリスは手ずからシュガーポットから砂糖を取り出し、カップに注ぐ。
 次いで注がれたミルクもご要望通りにたっぷり。
 子供が好きそうな按配の紅茶はこれで完成した。

「さ、どうぞ召し上がれ」
「頂くよ(っざけやがって……このクソガキがぁ……! 茶ぁよりも甲冑どけろやボケ!)」

 カップに口をつけるが、味なんてまるで分からない。
 紅茶を飲んでいるのか無味無臭の液体を流し込んでいるのかどちらだろうか?

「落ち着いているのね。こう言う時は、何が目的だ? お前は何だ? とか聞くのがお約束じゃなくって?」
「生憎と不器用な男でな。セオリーすら守れない」
「怖くないの? それとも自分が死なないとでも思ってる?」

 冷笑と共に投げられた問い、そんなもの答えは決まっている。

「(怖いに決まっているだろうが! 俺ほどのイケメンが死ねば世界の損失だぞ!?
おいクソガキ、お前は今とても罪深いことをしようとしているんだ。
面良し、スタイル良し、性格良しの三Y揃った人間に何て無礼を働くか!
だからマジで刃を引っ込めてください御願いしますクソガキ様!!)」

 と、今すぐに叫びたいところだが見栄が邪魔をする。
 例え死の淵に立っていようとも見栄を捨てられぬのが春風紫苑と言う男だ。

「仲間が来るって信じてるの?」
「いや、すぐには来れないだろう。お仲間が邪魔しているだろうし」
「なら時間稼ぎ?」
「稼ぐ暇もなくお前の胸先三寸で俺の命は儚く散るんじゃないか?」
「ふふ、そうね。その通りだわ。だからそれらしいリアクションを期待してるんだけど?」

 絶対の勝利条件は一つ――――生き残ること。
 それに付随していく諸々の条件の中には如何にカッコよく生き延びるかなんてのもある。
 みっともなく命乞いをして生き残りたくはない、でも死にたくはない。
 両方やらなければいけないのが小者の辛いところだ。

「不思議のワンダーランドに招かれたアリスもこんな気持ちだったんだろうか」
「現実感の欠如がそうさせているのかしら?」
「かもしれないな。御伽の国で開かれた茶会に参加しているようだ」

 もっとも、紫苑には兎を追って穴に入った記憶などない。
 茶会には招かれたから参加しただけ、しかもそれだって強制のようなもの。
 ついでに言うなら現実感など欠如していない。
 彼は今もリアルに死の気配を感じている。
 何か一つでもミスれば死ぬことくらいは承知の上だ。

『コイツ、やべえぞ』
「(言うまでもないさ。このクソガキ、倫理道徳その他諸々がぶっ飛んでやがる)」

 そんな少女の前で茶を飲んでいる自分の不幸を心底呪いたくなった。
 紫苑は何も悪いことをしていない自分が何故こんな目に遭うのかが分からない。
 確かにそうだ、コイツは性根が腐っているとは言えそれを表に出していない。
 つまり迷惑を被った人間は存在しないのだ。

「それに……(綱渡りの会話だな……カス蛇、お前と俺は一蓮托生だ)」
『おう。で、俺様に何をしろって?』
「(俺を褒め続けろ! ひたすらにヨイショし続けろ! 俺が完全にペラを回せるようにな)」

 ことここに至っては弱音を吐いている暇すらない。
 だからってテンションを上げるために褒めろと言うのも何かおかしな話だが。

「それに?」
「何故か不思議と落ち着いているんだ。さっきの質問に答えよう――――怖くない」
「……それはなぁぜ? 私の容姿に絆されたわけでもないでしょう?」
「さあ? 自分でも何故か分からない。言葉を交わせばそれも分かるかもな」

 興味を抱かせることで更なる会話への足掛かりを得ると言う意図を込めた言葉は、

「ふぅん、それならお話しましょうか」

 見事成功したようだ。アリスの瞳に浮かぶ好奇の色が更に濃くなった。

「(よっしゃあ!)なら、何から話そうか?」
「紫苑お兄さんにお任せするわ。素敵な会話で楽しませてね?」

 お茶菓子の代わりにもならないならば……そう言って嫌悪を喚起する笑みを浮かべるアリス。
 認識した瞬間に心臓が職務放棄してしまいそうな笑顔だ。

「俺がここに一人で居るのは偶然か否か」

 パーティの中で自分一人だけが残ることになったのは、紫苑の提案のせいだろう。
 しかしどうだ? そこに誘導されていない可能性が零だと言い切れるか?
 少なくとも紫苑ならば 相手の生殺与奪を握るためにこうなるよう誘導するはずだ。

「必然ね。偶然なんて要素は何処にも存在していない」
「ならば切っ掛けは?」
「そうね……まず、第一に――――私を可愛いと言わなかったこと」
「(……自信過剰だなコイツ。可愛いと言わなかったって(笑)馬鹿じゃねえの?)」
『すっげえ余裕だな紫苑! 流石だ、お前の肝の太さに感激だぁ!!』

 律儀に褒め言葉を贈るカス蛇に気を良くした紫苑は更に一口紅茶を含む。
 未だに味がよく分からないが、それでも最初よりは紅茶の味を感じる。

「可愛いと言うように思考を誘導したはずなのにね」

 それは話術でそうさせたのか? 一瞬そう考えた紫苑だがすぐにその思考を放棄する。
 その程度の相手ではない。自分が対峙している相手は怪物。
 人道を外れて倫理道徳を投げ捨てた相手が話術如きで済ますはずもない。

「魔法――じゃないな。魔力を感じなかった」
「正解。魔法とかとは別途で、不思議な力が使えるの。言い方は悪いけど洗脳ね」
「(何それ羨ましい)」

 そんな便利な能力があれば人生薔薇色、毎日がハッピーバースデーだ。
 アリスに嫉妬と羨望を抱きながらも紫苑は目で続きを促す。

「一般人ならば意のままに。冒険者でもパンピーレベルならほぼ自由に。
冒険者で尚且つ心が強い相手ならば思考を軽く誘導して言わせたい言葉を口にさせるくらいね」

 それが例の"可愛い"と言う単語だったのだろう。
 確かに昼間ラウンジで紫苑を除く皆はアリスに対して"可愛い"と言った。
 一方の紫苑はお人形みたい、と口にしている。
 意味合い的には同じようなものだが彼女は"可愛い"と言わせるように誘導したのだ。
 加えて、彼女の力は自然とそう思ったかのように言葉が出て来る。
 だがどうだろう? 紫苑は別だ。
 言葉に出したのは"可愛い"と同じような意味を持つ単語。
 しかし内心では僅かであろうとも可愛いなんて思っていなかった。
 まずその時点でおかしい。
 尤も、アリスが違和感を覚えたのは"可愛い"と言う単語を口にしなかったことだけだが。

「それはまた、凶悪(で便利)な能力だ」
「でもあなたには通じなかった。こんなの初めてよ?」
「(ってことは他の連中は皆やられたの? ダッセーwww)」
『流石だぜ紫苑! 周りに流されないお前って……素敵やん?』

 カス蛇のヨイショがキラリと光る。
 これで紫苑のご機嫌ゲージは更にアップしたと言って良いだろう。

「感じる魔力から推察しても単純に才は無く平凡なレベルだわ」
「(ナチュラルに人のことディスりやがってこのアダルトチルドレンが……!)」
『それ何か違うけど紫苑だから赦されるよな!』
「だと言うのに私の干渉を跳ね退けるほどに強い精神を持っている」

 どれだけ強く己を律せばその境地に至れるのか、アリスはそれが知りたかった。
 だが彼女の答えは永劫出ないだろう。
 だって別に紫苑は己を律しているわけでも何でもないのだから。

「洗脳の他にも能力は色々あるけど、興味を引いたのはそれが原因。だからお茶会に招いたの」
「(まだ何かあんの!? クソぅ……これだから恵まれた人間は嫌いなんだ!)」
『ブルジョワってホントクソだな! 紫苑みたいな質素な奴が一番だぜ!』

 ここまで来ると甲斐甲斐しいと言わざるを得ないだろう。
 馬鹿の命令通りにひたすらヨイショし続けるカス蛇に拍手を送りたくなる。
 まあ、当人ならぬ当蛇も死にたくないから必死なのだろうがそれでも賞賛に値する尽くしっぷりだ。

「凡人でありながら、その強い克己心。簡単に間引くのはどうかと思ったの」

 だから直接見定めるべく、今こうして会話をしているのだと哂う。
 今のところは正答を出し続けているがゆえに間引かれていないが……

「(誰が凡人だオラァ! 顔だけでも十分な才能だろ!? よーく見ろぉぉ……!)何故、間引く?」
「そちらでは知れ渡っているか、あるいは知らされていないけど自分で調べているのかしら?」
「(勿体ぶるなよ! ああいや、勿体ぶれ! 色々考えるから!)」
「まあ、どちらでも良いわ。知らないと言う前提で話を進めましょうか」
「(……頭をよく働かせるために糖分は必須だな)」

 皿の上に置かれているチョコチップクッキーを口に放り込む。
 糖分の補給はこれで完了、意外と美味しくて紫苑大喜びだ。

「クッキー、好きなの?」
「……男だって甘味は好きさ。まあ、多少は恥ずかしいがな」
「ふふ、それならケーキも焼いておけば良かったわ」

 会話から察するにどうやらこのクッキーはアリスの手製らしい。
 彼女が手ずから仕上げたクッキー……紫苑は吐きたくなった。

「さて、話を戻すわ。そちらの学校でも四月にパーティ同士の戦いが行われたんじゃない?」
「ああ(ん? と言うことはルークが言っていた冒険者学校の生徒と言うのは本当か)」

 ルークの会話の真偽など、今はどうでも良いことに思えるだろう。
 それでもピースは集められるだけ集めて置いた方が良いのだ。
 いざ絵を完成させる時に歯抜けになってしまわないためにも。

「戦いの勝者は私とその従僕。他のところでも同じように戦いが行われ勝者が選別されているわ」
「(紅茶のおかわりは貰えるのだろうか……)」

 飲み干したカップを机に置くと、フリーの甲冑が新たに紅茶を注いでくれた。
 勿論砂糖もミルクもマシマシの子供紅茶だ。

「その後でも同じ県の中で他にも学校がある場合はそこと戦い各県の代表が選出されている」
「長崎の勝者はお前達か?(わざわざ各県の代表って……)」
「ええ。まあ、大阪だけは例外で複数学校があるのにあなた達が勝者のようだけど」

 ここまで話してもらえば察せ無いほど愚鈍でもない。
 ヤクザの言っていた次の戦いとは他校との戦いのことだったのだ。
 恐らくはアリスも戦わされた意味は見えていないのだろう。
 それでも戦い自体に意味を見出しているから間引きなんてことをしている。

「ああ、成るほど……間引くと言うのはそれか。
舞台に上がれたとしても不足の役者ならばどっちらけの舞台になってしまう」

 紫苑が見たところ、アリスと言う人間は享楽主義の差別主義者だ。
 問答無用で間引かないのは遊びを混ぜているから。
 本来、この問答など必要ないのだ。
 何故か怖くないと言う紫苑の言葉を知る必要なんて何処にもないのだから。
 彼がアリスの立場なら問答無用で殺していたはずだ。

「そう! そうそう、分かってるじゃない」
「となるとアレは――――否、違うな。アレは別途か」

 アリスと言葉を交わしたことで分かったことがある。
 最初はもしかしてトラックを突っ込ませたのもアリスかもしれないと思った。
 だが違う、あちらには遊びが無くてこちらには遊びがある。
 洗脳なんて出来るんならトラックを突っ込ませるのも容易だろう。
 だが、わざわざ自殺までする必要は無い。
 アリスと言う少女はそこまで徹底していないのだから。
 紫苑は頭を抱えたくなった――――キチ●イ二人居るのかよ……と。
 恐らくはトラックのアレも他校同士との戦いに絡んでいると見て間違いない。

「――――へえ」

 益々興が乗ったと言わんばかりに煌くアリスの瞳。
 その光の不吉さは見ているだけで不安になって来るほどだ。

「今の反応、そちらも把握しているようだな。似て非なる存在のことを」
「成るほどね、紫苑お兄さんの武器は強靭な精神とその頭ってわけだ」
「(おいおい、もっと褒めてくれても良いんだぞ?)」
『キャァアアアアアアア!紫苑さぁあああああああああん!!』

 アリスはトラックアサシン(仮)の存在を把握した上で放置している。
 その方が自分の手間が省けるからだ。

「アリスは舞台を盛り上げるため――――否、自分が楽しむため。
そして俺に襲撃をかけて来た相手は恐らく――――勝利するため」

 勝つためなら何でもする、陳腐な言葉だがトラックアサシンはそれを体現しているのだ。
 だから遊びが無いし僅かでも自分の情報が漏れないように一般人であろうと殺す。

「(ダブルキチガ●バーガーとか最悪だ。最低でも二人は倫理道徳放り投げた屑が居るんじゃねえか!)」

 そりゃ紫苑も勝つためには何でもやると言われてもおかしくないことをしている。
 相手パーティに闇討ちかまして拉致監禁したり、
戦う相手に致死毒のフルコースを御馳走したりとやりたい放題だ。
 しかし、それでも踏み外していない道もある。
 少なくとも一般人を使い捨てになんてしない。
 だって――――リスクが大きいから。後は体面が悪い。
 だからこそ紫苑ならばトラックを突っ込ませるなんて言う手は使わない。

「(まだアリスはマシだ。許容範囲だが……顔の見えないキチガ●は別だ)」

 最悪と言っても過言ではないだろう。
 そんな相手と戦うと言うことはこれから先、気の休まる時間が無い。
 何もして来ない可能性も高いが、一度ちらついた影は拭えない。
 そうやって心を攻めて来る方法もえげつないと言えるだろう。

「(まあ、とりあえずはこの場を脱せなきゃ意味の無いことだがな)」
「凄い凄い! ふふ、紫苑お兄さんってばしっかり私のこと見てるのね」
「さて、どうだろうな」
「でもその通り。顔の見えない暗殺者の存在はしっかり把握しているわ」
「だが好都合だから放置している」

 顔の見えない暗殺者を今のところ間引きの対象には加えていない。
 だってそうすればゴミ掃除をしてくれる人が居なくなってしまうからだ。

「ええそうよ! だって便利じゃない。私がわざわざ動かなくても勝手に屑を除けてくれる。
あのね? 私は塵屑の相手なんて真っ平御免なの。
そんな相手と共演するなんて考えただけでも嫌な気分になるわ。
だってそうでしょ? 劣る相手と並べば私自身も同列に見られるかもしれないじゃない。
弱くて意味の無い存在は淘汰されて然るべきだわ。舞台に上がられちゃ困るのよ」

 アリス・ミラーは耐えられない。
 劣る相手と並べられて己も同一視されることが。
 各県の代表と言う括りでいずれぶつかるべき相手、
しかし塵屑同士が潰し合って代表になった者達と自分が同列? ふざけるな。
 そんなことが赦されて良いわけがない。
 ゆえに間引けば良いと言う結論に達した。舞台に上がる役者は一流以外は認めない。
 二流三流は上がることなく消えて行けと言う吐き気を催すような自分勝手。
 愛らしい少女の皮の下にはドス黒い我欲が詰まっていた。

「(あ、吐き気がするわ……お空、綺麗……)」
『しっかりしろ紫苑! 面倒な相手だが気を抜いたら死ぬぞ!!』

 何と仕事熱心な女だろうか?
 その間引きとやらのためにわざわざ紫苑らをここに招待したのだ。
 洗脳の力を使えば容易いとは言え麻衣が福引を引き当てたのは大阪。
 わざわざ長崎から出て来てまでやることかと思わなくもないが……

「(それだけの差別主義者ってわけか。テメェのクソくだらん性癖に付き合わせやがって……!)」

 差別主義と言うならばお前もそう違いはないじゃねえか。
 いやまあ、実行に移していないだけマシではあるが。

「弱者は淘汰されて然るべき、か」

 紫苑は正直、カチンと来ていた。
 誰に迷惑をかけても良いが自分に迷惑をかける……それも命の危機を感じるレベルだ。
 保身家ではあるがプライドも高い彼にとっては耐えられるものではない。

「ええ、真理でしょう?」
「強者の論理――――ハ、何と空虚なもんか」

 挑発交じりの苦笑、エンジンに火が点いたようだ。
 ここから紫苑はとことんまでアリスを虚仮にするつもりである。
 ……自分の命の危機を忘れてませんか?

「――――何ですって?」

 笑顔が消えて残酷な少女の性が顔を出す。
 紫苑の苦笑一つで笑顔が消える、どうやらアリスに煽り耐性は無さそうだ。

「俺が何故お前に恐怖を抱けないかが分かったぞアリス」
「へえ……謳ってみなさいな」
「ああ、謳いあげてやろう。アリス、お前は強者であることを望むか」
「ええ。って言うか実際に強者でしょう? 今この場を見れば分かるんじゃなくて?」

 紫苑の生殺与奪を握っている己は強者だと言うアリスの理屈も分からないでもない。
 だが当人からすれば失笑ものだ。

「頭の巡りが悪いようだな御嬢さん?」
「だったら分かり易くご教授してくれないか弱者のお兄さん?」
「ハッハッハ、弱者……弱者ねえ」

 クツクツと喉を鳴らして不敵に笑う紫苑。
 調子に乗ったら後先考えずにそのまま行ってしまう彼の悪癖が顔を出したのだ。
 今の紫苑の頭の中にはどうやって煽ってやろうかと言う考えしかない。

「弱者で結構、大いに結構。強者が強者足るに必要なことを知らないんだなお前は」
「強者が強者足るに必要なこと?」
「――――弱者が居なけりゃ強者なんて生まれないだろうが」

 優劣が着くのは上位に位置する者より下位に位置する者が居るからだ。
 総てが同列ならばそこには弱者も強者も生まれない。

「よう、どんな気分だ――――弱者様のおかげで存在出来ている気分は?」

 強者と言うのは弱者に依存することでしか存在出来ないのだ。
 弱者は特に関係無い。強者が居なければ弱者は生まれず、
強者が居たとしてもそれは自分達弱者が居るから強者で居られるだけ。
 つまるところ強者と言うのは弱者に食わせてもらっているのだ。

「…………」

 紛うことなき人形の顔になって黙り込んだアリスを見て、更に気分を良くする。
 紫苑はこの程度で煽りを止めるつもりはない。

「強者の論理ほど空虚なものはない。弱肉強食ぅ? ハハハハハ!」

 刃を突きつけられていることも忘れての大爆笑。
 左手で顔を、右手で腹を抑えて"あんまり笑わせないでくれ"アピールだ。

「弱い肉が存在してなきゃおたくらはどうするのかね?
強者の辿り着く先は孤独だ。何も、何も存在しない地平が最後に辿り着く場所だ。
それとも何かね? 自分より劣る強者を認めるのか? そりゃ片手落ちってもんだな。
真に強者として在り続けると言うのならば劣るもの総てを喰らい続ける道しかない。
そうやって暴食を繰り返していけば待っているのは永遠の飢餓のみ。
ハハハハ! 強も弱も何も無くなった場所で独りで悦に浸れってか? 俺なら真っ平御免だ」

 背中に、首に、刃が食い込んでいるが紫苑は気付かない。
 自分に酔いながら相手を馬鹿にする、これ以上に楽しいことはないから。
 それ以外に集中を向けられるほど器用な男ではないのだ。

「――――」

 アリスの無表情の中に、紫苑は僅かな苦悶を見出した。
 本人でさえ気付いていないであろう微細な変化でさえ小者は見逃さない。

「断言する――――お前は独りだ、お前は独りだ、お前は独りだ、お前は独りだ」

 お前は独りだ、そう言う度にわざわざ表情を変化させているのは演出だ。
 楽しげに、切なげに、こんなにも表情を変えるのは紫苑にしては珍しい。

「……止めなさい」

 感情の色が込められていないアリスの抗議、聞こえはしたが当然ガン無視だ。
 ここで馬鹿にしなきゃ何時馬鹿にするってんだ! もう何回か煽れるドン!

「いいや止めない。誰も言わないなら俺が言わねばならないだろう。
(煽るの楽Cィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!! イヤッホーーーー!!!)」

 お前は生殺与奪を握られていると言う事実にそろそろ気付け。

「お前は独りだ――――死ぬまで独り、お人形遊びに興じているが良いさ」

 情感たっぷりに放たれた言葉はアリスの心を見事に射抜いた。

「――――ァ」

 仰け反るように呻く、その顔に浮かぶのは怒りか哀切か……

「分からないとでも思ったか?」

 アリスはパーティメンバーのことを従僕と表現した。
 つまるところ彼女自身の認識において真に同格の存在は居ないのだ。
 しかし、それから目を逸らし強者の終着点からも目を逸らして、
フワフワと甘い夢を見ていたからこそ紫苑の言葉が強く突き刺さったのだ。

「見抜いていたよ、最初から」

 嘘吐け、何を大物ぶろうとしているんだお前は。

「あの町 この町 日が暮れる 日が暮れる。今きたこの道かえりゃんせ かえりゃんせ」

 紫苑は風呂場で教えたわらべ歌を歌い始める。
 ちょうど良い具合に煽りに使えそうだと判断したからだ。

「お家がだんだん遠くなる 遠くなる。今きたこの道かえりゃんせ かえりゃんせ]

 その歌声がアリスの心身を犯し続ける。
 小さな身体を掻き抱いて震えるその姿に紫苑は今にも叫びだしたいくらいだった。

「お空に夕の星が出る 星が出る。今きたこの道かえりゃんせ かえりゃんせ」

 嗚呼、良いザマだぞお前。愉快痛快極まりない。
 こうやって調子に乗っていた人間を見下す快楽はまるで麻薬のようだ。
 紫苑の性格の悪さがこれでもかと言うくらい顔を出している。
 否、顔を出しているどころか全身を露出させてタコ踊りをしているようだ。

「お家はどんどん遠くなっているぞ。さぁて、今来た道を帰れるかな?」
「~~ッッ!」
「――――無理だな。お前はずっと空虚な不思議のワンダーランドに居るが良いさ」

 これまでに刻んだ亀裂、そこに最後の一撃が与えられ……

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 爆ぜた。これでもかと言うくらいに爆ぜた。
 アリス・ミラーと言う少女の脆い部分に刃を突き立てて大出血させた結果がこれだ。
 彼女の口から飛び出した絶叫には形容し難い感情が篭っている。
 哀切、赫怒、絶望、虚無、雑多な負の感情が混ざり溶け合ったそれを何と呼べば良いのか。

「(――――やべえ)」

 頭を抱えて涙を流すアリスの目はひたすらに空虚で、
これから先何が起きても不思議ではないと思わせるには十分だった。
 理性も何もかもを削ぎ落としてしまったことに気付いた紫苑はようやく酔いが醒めたようだ。
 今更ながらに後悔の感情が牙を剥き彼を苛む。
 本当にどうしようもない男だ。

『今更かよ!?』
「(テメェも止めろや!)」
『うるせえ! 俺様もいきなりテメェが馬鹿やらかすから唖然としてたんだよ!!』
「(つーか痛い痛い痛い痛い超痛い! 背中と首にかなり刃食い込んでるぞこれ!?)」

 ハイテンションであったがゆえに気付けなかったが結構な血が流れている。
 ペンションの床を見れば割と笑えない量の血溜まりが形成されていた。

『テメェって奴はマジでどうしようもねえな!! 死んだらどうする!?』
「(うっせえ! 俺はこれからだ! まだまだ俺のターンは終わっちゃいないぜ!!)」

 ハ イ パ ー 保 身 タ イ ム 突 入 で あ る。

「とまあ、俺にはそうとしか言えない――――今のままではな」
「――――え」

 か細い、蚊が鳴いたような声。
 アリスは零れ出る雫を拭いもせずに紫苑を見上げる。
 そこには先ほどまでの酷薄な顔をした彼は居なかった。
 今は何処か優しさを感じさせる悪戯な笑みを浮かべている。

「アリス、手を伸ばさずに俺のカップを動かせるか?」
「……ううん」

 質問の意図は分からなかったが、それでもアリスは素直に答えた。

「つまりはそう言うことだ(頑張れ! 頑張れ俺! ここから挽回……ファイッ、オー!!)」
『絶対挽回しろよ!? ファイッ、オー!!』

 自分を奮い立たせた紫苑は、今度は慈愛溢れる優しげな顔を作る。
 女は天性の役者だと言うがさて……男でも天性の役者は居るようだ。

「俺が手を伸ばしたところでお前には届かない。だがどうだ?」

 と、そこで一つタメを作るのがポイント。

「――――お前が手を伸ばせば別じゃないか?」

 そして一気に畳み掛けに入る!

「一人ぼっちが寂しいのなら手を伸ばさなきゃいけない。
手を伸ばさずに掴んでもらおうだなんてムシの良い話だ。世の中甘くは出来てない。
だが、そう厳しく出来ているわけでもないと俺は思っている。
震えながらも小さな手を伸ばせば、誰かが掴んでくれる程度には優しいだろうよ」

 その言葉がアリスの空虚な瞳を満たしていく。
 彼女は確信していた――――ここで自分達が言葉を交わしたのは運命だと。

「……ふふ、悉く予想以上ね紫苑お兄さん」
「それはどうも。手を伸ばしてくれたならば、もう一曲楽しいわらべ歌を教えるつもりだが?」
「お生憎様。アリスは安い女じゃないの」

 そう言いながらも彼女の頬は赤い。元が白いからこそ余計に赤が際立っている。

「役者として舞台に上がる資格アリ、間引く必要性は無し。ねえ、紫苑お兄さん?」
「何だ?」
「舞台の上で見極めるわ――――手を伸ばすに足る人間か」
「不足だったならば?」
「そうねえ……」

 瞬間、その顔が狂気と恍惚が入り混じった表情に変わる。

「――――空虚な不思議のワンダーランドに引きずり込んじゃおうかしら?」

 瞳は淀み、蕩けて、覗き込んでいるだけで頭がおかしくなりそうだ。

「ふふ、紫苑お兄さん《おにんぎょう》を抱いて夢を見続けるわ。それもまた素敵でしょ♪」

 紫苑の不幸はまだ終わらない……だがまあ、自業自得の極みである。
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