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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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頭 破 裂 さ せ て 死 ぬ わ

「ま、麻衣……?(何で女って生き物は時々ウルトラCの異次元跳躍かますんだよ!?)」

 チャンン♪チャリン♪チャリン♪とストレスコインが積み重なってゆく。
 千枚集まればワンUP! なんてことは別に無い。ストレスが溜まって苛々するだけである。
 さて、そんなストレスゲージを加速させている紫苑はともかくとして麻衣だ。
 「私、普通の女の子に戻ります」ばりのテンションで放たれた「うち、死にます宣言」をかました彼女は……。

「あはは♪」

 紫苑の胸から離れて一歩、二歩、三歩、四歩後ずさり指鉄砲を作る。
 その行動の意図が読めない紫苑をよそに麻衣はゆるゆると銃口を己のコメカミに突き付けた。

「許可して、紫苑くん。うちがこれからも紫苑くんの傍におることを、今、この場で」

 億単位で人が死ぬような大規模な戦いの後、
さあ休もうかって時に仲間から脅迫されるなんて御釈迦様でも予想出来まい。

「頭 破 裂 さ せ て 死 ぬ わ」
「ッッ!?」

 ギョッと目を剥き驚きを露にする紫苑。
 まさか麻衣の唯一の攻撃手段である過回復で自殺を計るなど流石に予想の範疇外だ。
 邪魔する奴は指先一つでダウンとかそういうレベルじゃない。

「(というか魔力回復してんのかよ!?)」
『純化ってほどでもねえが、振り切れたことで回復したんだろうなぁ……いやぁ、怖いですねえ人間って』

 カス蛇は完全に傍観を決め込んでいる。
 まあ、当事者じゃないので当然と言えば当然だが「いやぁ、怖いですねえ人間って」というのは煽ってるようにしか聞こえない。

「確かに……うちは迷惑かもしらんけど……嫌やよ……紫苑くんから離れるんは……」

 女性らしい傷一つ無い白く細い指先は微動だにせず。
 選択を誤ってしまえば麻衣は躊躇いなく自分の頭部を破壊して自殺するだろう。
 これまで様々なメンヘラと相対して来た紫苑だが、自分を人質にするような相手とやり合うのは初めてだった。
 いやまあ、メンヘラとしてはある意味スタンダードと言えばスタンダードだけど。

「(おいおいおいおい、こええよ……何だあの笑顔……)」

 色んな笑顔を集めてバラバラに切り刻み、
一つの笑顔に仕立てあげたような継ぎ接ぎ感が漂う笑顔を貼り付けたままの麻衣はとても怖い。
 ここ最近、メンヘラの闇とやり合っていなかった紫苑は久しぶりに戦々恐々な気分を味わっていた。

「御願い、うち、強くなる……あんな、紫苑くんが協力してくれるんなら……うちはもっとずっと強うなれるんよ?」
「(強くならなくて良いから今すぐ精神科逝け)」

 深夜の二時にやってる精神科などあるのだろうか?

「紫苑くん」
「……何だ?」
「――――うちを抱いて」

 飾り気の無いど真ん中ストレートだった。
 春風紫苑という男は、どうにもこういう肉食性が垣間見える告白を受けることが多い。

「紫苑くんが、勇気をくれたら、うちは何でも出来る。何も怖くなくなる。
絶対、迷惑はかけへん……絶対絶対紫苑くんの役に立ってみせる。
戦えはせえへんけど、それでも絶対絶対紫苑くんは死なせへん。
どんな状態であろうともうちが完璧に治してみせる。せやから……」

 冬で、夜で、暖房のついていない食堂は当然のことながら寒い。
 だが、今紫苑が感じている肌寒さは決してそれが理由ではないだろう。どう考えても原因は麻衣である。
 普段大人しい奴がキレたらビクってなるのと同じで、普段真っ当な麻衣だからこそギャップが恐ろしいのだ。
 他のメンヘラーズが今更病みを醸し出しても「あーはいはい、対処しますよー」と紫苑も熟練の業を見せてくれるだろう。

 だが、まったくそういう兆候の無かった麻衣に病みを見せられると「マジかよ……」としか言えない。
 対処が出来ないとは言わないが、どうしたって初動が遅れてしまう。
 現に紫苑も今、どう動くかを決めあぐねている。
 どうにかにして抱かずに丸く収める道を探ってはいるが一向に見つからない。

「うちに勇気をください」

 もう駄目だ、抱く以外の選択肢が無くなってしまった。
 それ以外の選択だと速攻で死んでやると麻衣の瞳が如実に語っているのだ。

「天魔ちゃんにそうしたように、アイリーンちゃんにそうしたように、
アリスちゃんにそうしたように、栞ちゃんにそうしたように、紗織ちゃんにそうしたように、
雲母さんにそうしたように……うちも抱いて。壊れるくらい滅茶苦茶にして。弱いうちを殺して」

 そうして生まれ変わらせて欲しい、蕩けた瞳で麻衣はそう懇願する。
 というかわざわざ関係を持った女を時系列順に並べて行く辺りに薄ら寒いものを感じてしまう。

「……俺は、俺はそういう形で女性を抱くのは不誠実だと思っている」

 もっとすげえ不誠実を犯している件について。

「じゃあ死ぬ」

 ポウ……と指先に魔力の光が灯る。
 この即断即決っぷりは本当に桝谷麻衣さんなんでしょうか?

「(このアマァ……!)なあ、今、お前に俺はどう見えている?」

 脅しに慌てふためくのは格好悪い、だからこそ紫苑はあくまで無表情だ。
 正確に言うと痛みに堪えながらそれでも耐えているような無表情。
 そんな感情の動きを表情一つで表現出来る辺り、本当に役者向きな男である。

「余裕そうに見えるか? 何時ものように冷静で常に正しく在らんとしているように見えるか?」

 フッ、と魔力の光が消える。
 綱渡りのような会話、常人ならば胃壁が削れること間違いなしだ。
 何せ麻衣はメンヘラの死ぬ死ぬ詐欺ではなくてマジで死ぬつもりなのだから。

「……ううん。いっぱいいっぱいやと思う。今日……ってか昨日起きたこと。
これからのこと、うちのこと――考えることが沢山ですっごく辛そうに見える」

 だけど自分のことで譲るつもりは無い、麻衣の瞳は雄弁だった。

「ああ、そうだ……正直な話な、お前が死ぬとか云々を差っ引いても……。
抱いてくれって言った時、心が揺れた。
俺自身も此処まで最低な奴だとは思わなかったが、今は誰でも良いから自分以外の温もりを感じたいんだよ。
……もし、起きていたなら身体の関係を持った誰かの部屋に行っていたかもしれない」

 もし仮に今、紫苑が夜這いに行ったとしよう。
 メンヘラーズは疲れなど関係無しに全力で応えてくれるだろう。
 惚れた男の心の傷を癒すため、自身の疲れなど度外視して愛してくれるはずだ。

「お前が抱いてくれって言った時な。俺、何を考えたと思う?」
「……何なん?」
「今この場の状況も全部すっ飛んでさ。"縋っても良いんだ"――って考えたんだよ」

 そんな自分に心底嫌悪が沸くと紫苑は吐き捨てた。

「麻衣のことなんか度外視して、ただただ自分を慰めるためだけにお前を抱こうなんて……最悪だよ。
だがもっと最悪なのは、最悪だって自覚していながらも……今、この瞬間にも縋り付きたくなってる俺が居ることだ。
(お前より俺のがダメージ大きいから正気に戻れ、慰めてごめんね? って言って部屋帰れ)」

 悪足掻きが大好きな男だ。
 と言うより、今の言動とこの状況を鑑みれば紫苑の期待通りに行くわけがない。
 本人も分かっているのに無駄なことをするのだから心底愚か者である。

「――――何の問題もないやん」

 そう、麻衣からすればWIN-WINの図式が成り立ったと言っても過言ではないのだ。

「ええよ、うちが幾らでも受け止めるから。好きなだけ縋ってくれてええよ。
消化し切れん感情を全部吐き出して、全部うちが受け止めるから。
紫苑くんもほんの少しは楽になれるし、うちも強くなれる……なーんも気にすることあらへん♪」

 喜色満面の笑みで紫苑に口付ける。

「(何でだ!? そういう空気じゃねえだろ乱れ過ぎだよ若者の性!!)」

 学生らしいなまっちょろい展開なんてあり得るわけがない。
 さっきの紫苑の発言で退くのは全年齢向けの少年漫画とかだけである。
 現実の今この状況においてはむしろメンヘラに餌をやっているとしか思えない。

『今日は色々あったもんなぁ……そりゃ対応も鈍るわな』

 麻衣がメンヘラったことで生じたギャップによる動揺も付け加えるべきだろう。
 それらのマイナス要因の結果として、もうどう考えてもヤるっきゃねえ展開になってしまった。

「うちの部屋、行こか」
「(いやぁああああああああああああああああああああああ!!)」

 麻衣に手を引かれ食堂を出て、彼女の部屋へと。
 基本的な内装こそ紫苑の部屋と同じだが、小物やらの差異で年頃の女の子らしい部屋となっている。
 まあ、この部屋の主は現在進行形で女の子らしくないことをやってるわけだが。

「(はぁ……酷く気が重い。なあカッス、今だけ身体使わせてやるよ)」
『いやいや、俺様が制御握ったらバレるし、何より俺様だと紫苑の紫苑が機能しねえよ?
だって人間相手に性的興奮催すとか明らかにアブノーマルじゃん。俺様蛇よ蛇』
「(つっかえねえ! って、わわわ!)」

 トン、と少し強めに胸を押され仰け反ったところに麻衣の身体が覆い被さり二人揃ってベッドに倒れ込む。
 互いの吐息が熱くかかる距離で見詰め合う二人。
 もうことここに至って言葉は要らないとばかりに麻衣は再び口付ける。
 しかも今度は先ほどの触れるだけの軽いものではなく舌まで入れたディープなやつだ。

「ん、ふぅ……むぅ……!」

 普通のキスでさえ紫苑とするまでは未経験だったのだ、当然舌入れるレベルもこれが初めて。
 ゆえにぎこちなく、未熟なものだった。
 それでも愛する男の総てを感じまいと舌を必死で動かす様は何処までも愛らしい。

「(俺って何でいっつもこんな悲しい役回りなんだ……あれか、夜食を食べようとしたのが悪かったのか。
自分への御褒美なんてスイーツ(笑)な理由で節制を破ったことで罰が当たったって言うのか……)」

 夜食は関係ないだろ夜食は。

「んっく……」

 紫苑の口内から吸い取った唾液を飲み干す。
 吸われた本人からすれば嫌悪感しか感じない行為ではあるが麻衣は至極満足そうだ。

「あはは、何か……熱いなぁ……暖房つけとるわけでもないのに」

 ペロリと唇を人舐めして、熱を帯びた下腹部に手を当てる。
 もう完全に発情状態である、尚、紫苑は反比例するようにドンドンテンションが下がって欝状態になっている模様。

「(俺、そのうち首吊りそうだわ――ストレスで)」

 大丈夫、首を吊る度胸なんてお前には無いから。
 それはさておき、紫苑はカス蛇に語りかけたつもりだったのだが奴は完全にノーリアクションだ。
 今頃カス蛇は紫苑の深層にて五感を遮断しグースカ眠っている最中だろう。
 まっこと気遣いの出来る爬虫類である。

「んしょっと……」

 馬乗りのような体勢から立ち上がり、ベッドから降りる麻衣。
 深呼吸をして、ゆっくりと服を脱ぎ始める。
 Tシャツとショートパンツを脱ぎ捨てて下着姿になった麻衣は戸惑いがちに紫苑に問う。

「えっと……ど、どうかな? うちの身体……その、そこまでスタイルはええないけど……」

 それは流石に謙遜し過ぎだ。周りに居る比較対象がアレなだけで麻衣も十分レベルは高い。
 おかしいのは雲母がアンチエイジングしたことで総合一位になったアイリーンや、彼女に次いで肉付きの良い醍醐姉妹の方だ。
 その辺りはモデルもかくやなのだし比較しても無駄だ。
 大体メンヘラーズの順位で言えば麻衣はその三者に次ぐので謙遜は下位に喧嘩売ってるようなものである。

 アンチエイジングの代償に豊満な肉体を捨てたものの将来が約束されている雲母はともかく、残る二人。
 少年みてえな身体を持つ天魔、どう足掻いても小学生にしか見えないアリス。
 持たざる者に比べれば十分麻衣は女の子らしい。
 ひょっとしてさりげにディスっているのだろうか? そう考えたらほんの少しだけ愉快になる紫苑だった。

「は、恥ずかしいわぁ……」

 などと言いながらも背中に手を回してホックを外しブラを、淀みない動きで下を……。
 完全に全裸となったことで更に気分が昂ぶったのだろう。
 肌に赤みが差し、息は荒く、紫苑を見つめる瞳は猛禽の如く。

「(……天井のシミを数えてる間に終わらせてくれ)」

 そうして紫苑にとっては苦痛以外を齎さない時間が始まった。
 明日をも見えない奴隷のような心境で表面上は適した演技を続ける辺り筋金入りの役者である。
 暗闇に響く女の嬌声、その度に跳ね上がっていく紫苑の不愉快ゲージ。
 世の男にとっては最高の、クソ野郎にとっては最悪の逢瀬は七時前まで続いた。

 ヤり切った達成感溢れる表情で紫苑に縋り付き寝息を立てる麻衣とハイライトの消えた瞳で天井を見つめる紫苑。
 紫苑は悪態を吐く元気も無いようで、もぞもぞとベッドから抜け出し手早く着替えをして部屋を出て行く。
 向かう先は部屋――ではなく表層部の屋上だった。
 外の空気を吸い、朝の陽光を全身で浴びて気分転換をはかりたかったのだが……。

「(雨かよ畜生! 最悪だ、俺を舐めるなよ天!!)」

 しとしとと降り注ぐ涙雨にキレる紫苑。天も奴を嘲笑っているようだ。

『まあまあ、雨に打たれるお前もイケメンだぜ。よ、水も滴る良い男!!』
「(まあね!)」

 僅かながらご機嫌が上昇する、何とも扱い易い男だ。
 とは言っても世界で唯一春風紫苑の操縦方法を心得ているのはカス蛇だけだが。

「(あー……寒い、寒いけど……火照らされた身体が冷えて少し気持ち良いわ……)」
『しっかしさぁ、紫苑の予想通りなら今日、カニが手を打って来るんじゃん?』
「(ああ)」
『やっぱりお前もギルドに呼び出されたりするだろうしちょっとは寝といた方が良いんじゃねえの?』

 昨日の昼から今の今までぶっ通しで色々な意味で激しいことをして来たので戦闘組ほどではないが疲労は蓄積しているはずだ。
 紫苑の身体を慮っての発言だったが、

「(余計な御世話だ死ね。お前、俺が辛い思いしてる時に狸寝入りこきやがってよぉ!)」

 この対応である。ちなみに辛い思いとは語るまでもなく麻衣とのアレコレだ。

『いやだって、流石にああ言う時は空気を読まなきゃ。というか俺様狸じゃなくて蛇です』
「(屁理屈を……!)」
『屁理屈は紫苑さんの十八番ですよね?』
「(馬鹿! 俺は何時だって正しいことしか言ってねえよ!)」

 その何時だっては一体何時のことを言っているのだろうか?

「(だがまあ……疲れてるのは確かだしなぁ……って、ちょっと待てよ)」
『あん?』
「(いや、俺はこのまま寝るからお前、後は身体動かしてくれよ。んでシャワー浴びて飯食ってベッドで身体休めとけ)」
『風呂と食事すら人任せかよ……いや、俺様人じゃねえけど』
「(るっせえ。もう色々面倒くせえんだよ。じゃあ、後は頼むぜ)」

 言うや紫苑は立ったまま一瞬で肉体と魂を眠りに落とす。
 常々器用な男だとは思っていたがこんなことも出来るようになっていたのかとカス蛇は驚愕する。

『うぅむ……現実逃避の新たなアプローチとして編み出したんだろうか?』

 崩れ落ちそうになった肉体の制御を行い体勢を整え溜息を一つ。
 自分勝手なパートナーに振り回されるカス蛇も大変だ。

『しっかし……さてはて、こっから大変だなぁ』

 縦に裂けた瞳で空を見上げればこれからの世界を暗示しているかのように更に黒雲が厚くなっていた。
 愛おしき人類に訪れる苦難を想い、僅かながら哀愁が滲み出す。

『そういや紫苑に聞いてなかったが、ギルドはどうするんだろうか?』

 各国に設置されているギルドの長はその国の人間が務めているが、その長を束ねていたのはアレクだ。
 そしてそのアレクは昨日死亡した。
 次の頭が選出されるのか、あるいはもうそのまま各国の長が己の裁量で自分の国のギルドのみを治め続けるのか。
 後者は今とそう変わらないが問題は各国間の連携だ。

 これまでは明確な上位存在であるアレクが居たからこそスムーズにいっていた。
 とは言えその彼も今は居ない。明確な上位者が居らず対等な者同士となると意見をまとめるのも一苦労だ。
 ならば前者で、次の頭を選出するのか――その場合にも問題が出て来る。
 前任者であるアレクを超えられるのかどうかだ。

 アレクは別に武力だけに秀でていたから頭を務めていたわけではない。
 人の上に立つ者としての能力を評価されていたから長になれたのだ。
 その能力自体は他の者でも代用が出来るだろう。だが、比類なき武力はアレク固有のものだ。
 人神合一の極致にあり、智慧者のパートナーも居たアレクに比べると次代の長を選出するのは容易ではない。

 彼の存命時よりも更に酷くなった状況で世界の剣たる冒険者をまとめる立場に就く。
 その重責を負えるだけの能力と度胸がある人間が今のギルドに居るとはどうしても思えない。
 それほどまでにアレクサンダー・クセキナスという男の存在は大きかった。
 その後釜に就けるとしたらそれは……。

『……紫苑、ぐらいだわなぁ』

 アレクとは違う面で突出しており、人心を操ることに定評のあるあの男が最も適任だろう。
 が、ギルドという巨大な組織の長にたかだか十六歳の小僧を就けられるかという問題もある。
 常識的に考えて無理だ、真っ当な大人がそのようなことを赦すわけがない。
 紫苑に利用価値が無いかと言えばあるが、だからと言ってギルドの長に据えるかと言えばそれはまた別問題。

『つっても、常識的な対応しか出来んような連中に人類をどうこう出来るとも思わんがね』

 かつて紫苑と凡百の人間に大きな流れは変えられないという話をしたことがある。
 常識的な対応しか出来ない人間は優れた能力を持っていようとも凡百の枠からは逃れられない。

『アレクは後任についてどう差配してんのかねえ』

 何時だったか、アレクが死んだ場合について本人とも話をしたことがある。
 彼はその際、それなりに手は打っていると答えた。
 つまるところアレクには己の死後についてのビジョンも明確にあったと考えるのが自然だ。
 凡百の枠に収まらないあの男が何を考えていたのか思考を巡らせていると……。

『ん?』

 背後に気配を感じて振り返ると屋上の扉が開きルドルフ? がやって来た。

『やあ』
『ルド……いやちげえ、お前ロキか』

 ルドルフも大抵は笑顔を浮かべているが、それでもその笑顔は爽やかなものだ。
 しかし今のルドルフが浮かべている笑みは軽薄でチャラさしか感じない。
 カス蛇ほど明確に特徴は無いが今、ルドルフの肉体はロキに主導権を握られている。

『ああ』
『何だよお前、乗っ取ったのか?』
『失敬な。私と彼は共生関係だよ? 君らと同じくね。寝ているから少し身体を借りただけさ。少し、君と話がしたくてね』
『俺様と?』
『そうさ。丁度良く紫苑くんが寝ていたようで助かった。と言うか、君こそ身体を乗っ取ったのかな?』
『失敬な。気負い過ぎてて眠れないようだったから無理矢理寝かしつけただけさ。
お前が来なけりゃこのまま風呂入って飯食って身体を休ませるつもりだったんだがな』

 さらりとフォローを入れる辺りカス蛇も良い奴である。

『まあ、確かに昨日は色々あり過ぎたからねえ。かなり参ってるのかい?』
『まあな。人肌で多少は癒されたみたいだが、それでも責任感の強い男だからなぁ』
『知ってるよ』

 軽薄さが消え意味深な笑みに変わる。
 そのことに少々の疑問を抱いたカス蛇だが、それよりも先に確かめておかねばならないことがあった。

『俺様に何の話があるかは知らんがその前に一つ……何だって人間に手ぇ貸した?』

 ルドルフとロキが同化した際のことについて聞く機会が無かったのでノータッチだったが、今ならば聞ける。
 ロキという邪神はハッキリ言って迷惑な奴だ。
 そんな奴が自陣営に居るというのは少々よろしくない。
 その真意が何処にあるのかを確かめておくべきだ、これからのためにも。

『お前は気紛れな奴だが、それでも人間と同化するほどに深入りする性質でもねえだろ。
おい、一体何を考えてやがる? いや、単刀直入に聞くわ――――またぞろどんな迷惑をかけるつもりだ?』
『酷い言い草だ』
『これまでの行いの結果だよ』

 さもカス蛇の方が常識があるように見えるが、それは違う。
 ロキからすれば自分よりもカッスの方が世界を掻き回しているのだから。

『確かに私も……まあ、色々やった自覚はあるさ。
回数で言えば私の勝ちだが、やらかした規模で言うならそっちのが上だろ?
今の世界を形作ったのは君の人に対する恋慕ゆえだ。
知恵の実、アダムとイブにあれを喰わせなければ世界なこんなことにはならなかった。
人間が親殺しの咎を背負うこともなかった――――ほら、私の方が可愛いもんだ』
『どうだかな……で、はぐらかすのかよ』
『フフフ……なあ、聖書の蛇よ。君は当然気付いているよな、現状の不自然さに』

 呆れ顔だったカス蛇の表情が真面目なものへと変わる。
 どうにも、単なる警戒からの問いが予想外に深層まで踏み込んでしまったらしい。

『まあな』
『私も歪みによる影響から脱することが出来たおかげで気付くことが出来た。
どうにも気になって仕方ない私はラプラスの下を訪ねて彼もしくは彼女とそのことについて話をしたんだ』
『あの観測魔とか? よく会えたな』

 観測魔ラプラスは戦闘能力こそ低いが中々に厄介な性質を持った傍観者だ。
 その力を利用すれば多くを成せるが、本人は傍観者以外になるつもりは無い。
 力づくで従えようにもラプラスの領域は彼もしくは彼女が望まぬ限り永久にラプラスの下には辿り着けないようになっている。
 では外に出た時? それも無駄だ。かつてラプラスはカニに会いに行ったが厳密に言えばあのラプラスはラプラスではない。
 あくまで目の一つであって端末、それをどうこうしても本体には何の痛痒も与えられない。
 そんなラプラスと直接面通りを果たしたというのは軽い衝撃だった。

『まあね。で、その時に私は"彼"と出会った――ラプラスを介して、だが』
『! お前、まさか……』
『ラプラスの領域に足を運んだ段では気付いていなかったんだがね。
ラプラスと話をしている時に、領域内にあった目が文字通り色を変えて……ラプラスを介して接触出来たんだ』

 ほんのりと頬を染め隠し切れない喜びを滲ませながらロキは"彼"との邂逅を語る。
 男が頬染めてんなよ気持ち悪い――と、紫苑ならばそう悪態を吐いていただろう。

『……どうだった?』
『隠し切れない好奇心と羨望が見えるな。フフフ、聖書の蛇。羨ましいかい?』
『るっせえよ。で、どうなんだ?』

 どう、とは抽象的な問いだが聞きたいことは何となくではあるが分からないわけではない。
 ロキは静かに言葉を吟味し、適切な言葉を選び取って舌に乗せる。

『――――極まってた』
『ほう……』
『時間というのは完全に私達幻想の味方だ。だと言うのに彼はそれに真っ向から逆らっている。
時を経るごとに強くなっていったんだろうね。極まってると表現したが伸び代はまだあるかもしれない。
今は停滞の中に在るが希望が見えれば、一縷の確かな希望に僅かでも手が届くと思えば……』

 その時こそ、自身の総てを絞り出して更なる高みへと駆け上がるかもしれない。
 ロキは嬉しそうに、悲しそうに評価を下す。

『まあ、その時が来るということは彼にとっての本懐が果たされるってことだから……先は無いんだろうがね』

 極まった先にあるものは蝋燭が最後の勢いを見せるのと同義だ、少なくとも彼にとっては。
 本懐さえ果たせれば生き残ることすら考えず、満足して逝ってしまう――ロキは悲しい顔で締め括った。

『流れを堰き止めている方法は、予想はつくが……疲弊、しているのか?』
『してるね。具体的な時間は分からないが、それでもただの人間が今の私達よりも年上になっているんだよ?』
『そんな時間を絶え間なく……か』
『多分ね。眠ることすらしていないだろう、もうずっとずっと……希望を信じて戦っている』

 ロキは別に愛だとか希望だとかそんな綺麗なものを好んでいるわけじゃない。
 むしろ、そんなものは鼻で笑って、気紛れで興じることがあるかないかぐらいだ。
 それでも、

『あそこまで愚かだと素直に敬意を表すしかないよ。他の誰にだって真似出来やしない。
人間って言うのは絶対という言葉から一番遠いところに居る生き物だと私は考えている。
すぐに揺れるしブレるし馬鹿になる。それでも、あそこまで頑なで突き抜けた愛すべき馬鹿は幻想の中にも存在しないよ。
そう言う意味じゃ、彼が一番の幻想なのかもしれないね――そこが皮肉と言えば皮肉か』

 目を細めてみても近くて遠い何処かを見ることは出来ない。
 それでもロキの瞳には確かにその姿が映っていた。
 網膜に刻み付けられた太陽の如くに焼き付いて離れない"彼"の姿が。

『つまるところ……惚れたわけか』
『ああ、ベタ惚れさ。私の名に込められた意味を知ってるか?
閉ざす者、終わらせる者と言うんだが実際のところはこの体たらく。何一つ終わっちゃいない』
『変わらず世界は継続している。もっと素敵な新世界の姿なんて欠片も見えねえもんな』

 神話においてロキは旧世界が滅びる原因となったラグナロクを引き起こす。
 その中でロキはヘイムダルと相搏って死ぬ、その死後にスルトの炎で旧世界は滅び、滅びの中から新しい世界が生まれる。

『そう。だから、なのかもね。ある意味、彼は私に近しいのかもしれない』

 ロキはそっと胸に手を当ててあの瞬間に感じた熱を呼び覚ます。
 しかし何だ……コイツ、まるで乙女だな。

『私も"彼"も直接旧き世界を滅ぼし新世界を拓くわけじゃない。
だが、旧き世界が滅びるためには、新世界を拓くためには決して欠かせないよ、私も"彼"も。
まあ……名に反して役立ってない私はともかくとして、彼の場合は既にその役目を果たしつつある』

 その証拠こそが、

『俺様と"紫苑"か』
『そうだ。君――聖書の蛇と"紫苑少年"だよ。君らこそが歪みを経て多くの分岐が生まれた末の結実だ。
私は君が何を考えているかは分からないが、それでも確かに意味がある出会いなんだよ。
何せ此処と歪みの基点を除くあらゆる分岐において春風紫苑は幻想と同化していないし、何より弱い人間のままじゃなかった。
黄金の聖槍を片手に何時だって先頭に立って戦っていたからねえ。だってのに此処の彼はどうだい?』

 そう、他の紫苑は個としてあまりにも強過ぎるがゆえに他人の助力を必要としていなかった。
 独力でことを成そうとし、また、成すだけの力があったのだ。

『絆、それこそが人間の力だと言わんばかりじゃないか』

 心底愉快そうに笑うロキ、その笑顔には一切の邪気が込められていなかった。

『ククク……まあ、そうだな(ウッハァ……気持ち良く踊ってるなぁコイツも)』

 ある意味羨ましいとカス蛇は感心する。

『率直にね、羨ましいよ。いや、"紫苑少年"にはそこまでそそられないけど……。
"彼"の行動の結果として出会ったのが君なんだから……まるで"彼"に選ばれたみたいでさ、ちょっと妬ましい』
『カカカ、そいつは気分良いぜ。ま、何にしてもお前がこっち側に着いた理由は分かったよ』
『それは重畳』

 と言ったところでカス蛇とロキは盛大なくしゃみをする。

『何時までもこの身体を雨に当たらせてるわけにはいかねえな。俺様の方はそっちと違ってタフじゃねえし』
『いや、私の方もかなり消耗してるから雨に打たれ続けてたら風邪引いちゃうかも』

 紫苑はともかくとして、ロキはいっぺん勝手に身体借りてごめんなさいとルドルフに謝るべきだ。
気付けばブクマも四千を超えてて気が引き締まる思いです。
同時にすんごい嬉しくもあり、これからも楽しんで読んで頂けるよう頑張ります。
この物語も後、三十話ちょっとなので褌を締め直して完走まで気合い入れて行こうと思います。
今日は十七時、十八時、十九時の三話投稿となります
+注意+
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