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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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そうだよそうだよ、俺こそが救国の美少年だよ!

 雲母のアンチエイジング、ルシファーお宅訪問、神代の愛憎に巻き込まれた二月が終わり三月に突入。
 未だ肌寒く春の兆しは見えないものの、もうすぐ紫苑らも進級する時が来る。

「(……そういや、学費って振り込まなきゃいけないんだろうか?)」

 晴明謹製の認識阻害符を使って拠点の地上部分にある屋上で日光浴をする紫苑。
 殆ど学校にも行ってないのに学費を払わなければいけないのは嫌なようだ。
 散々稼いでいるくせに本当にセコい男である。少しは経済活動に貢献するべきだ。

「(俺さぁ、去年の京都の一件で入院してから殆ど学校行ってねえんだぜ?)」
『つーか、学費ぐらいなら免除してくれるんじゃねえの? そんだけのことはやっただろ』
「(じゃあ連絡の一つもあって良い気がするんだがな。もうちょっと学校側は俺をVIP扱いしろよ)」
『教育に携わる者が露骨な贔屓しちゃ駄目だろ』

 爬虫類に正論を言われる人類とは如何なものだろうか。

「(そこを超えて贔屓されるぐらいのことはやっただろって話だよ!
どうせ十年先には死んでるんだし、今のうちに俺のことをチヤホヤするべきだろどう考えても!
世界で最も影響力のある百人とかにも選ばれるレベルで俺、半端ねえよ?
もうそろそろ俺の半生を綴った伝記とかも出て良いと思うんだ)」

 たかだか十六年しか生きていないのに伝記とは片腹痛い。
 伝記が出版されるとしたらそれはきっと紫苑の死後だろう。

『一冊お幾ら?』
「(一万円ぐらいでどうだろうか?)」

 誰も買わんだろうそれは。ワンコイン程度の良心的な値段にするべきだ。

『そんなに金が欲しいのか』
「(欲しいね。というか、幻想回帰以降も俺って色々活躍して来たじゃん?
あれって報酬とか出てんのかな? ここんとこ記帳にも行ってねえから分かんねえんだよなぁ。
ああでも貰ってたら税金関連の知らせが来るだろうし……いや、そこもギルドでやってくれてるのか?
つーかさつーかさ。俺が解決して来た事件やら一件辺りどれぐらいの報酬が妥当だと思う?)」
『俺様正直人間の金銭感覚とかよー分からんしなぁ……まずはジャンヌのだろ?』

 そう言いながらもあれこれと考える辺りカス蛇は付き合いが良い爬虫類である。
 割と得難い相棒なのだが、紫苑はそこら辺、まったく気付いていない。

『街一つが消し炭になって、パリでもあのまま暴れさせてたら結構な被害になったろうから……。
うーん、最低でも億は行くんじゃねえの? 五分割されたとしても億は確実だと思う』
「(だよねー! そうだよそうだよ、俺こそが救国の美少年だよ!)」

 救国の乙女は火炙りにされたわけだがこの男はどうなるのだろうか。

『次は大阪のだけど、あれはそこまで金貰えんだろうな。
そもそも調査に向かった段階では豊臣連中は何もしてなかったわけだし?
強いて言うなら大阪城占拠だが、それにしたってあの段では観光に来る奴らも居なかったろうし』
「(いやでも、俺のおかげで大阪の防衛力が上がったわけじゃん? 豊臣を篭絡したの俺だよ俺)」
『んでも億はいかんだろう。でも徳川のはあれも億単位いくだろうな。
首都東京が占拠された挙句に人質も大量に取られてたし。フランスのと同等だ』
「(ふむ……まあ、俺も腹とか切ったわけだしそれぐらいは最低でも貰わにゃな)」

 実にくだらない話題で盛り上がる一人と一匹。
 彼らが言うように一つ解決する度に金銭を得ていたならば現在の総資産は凄いことになるだろう。
 税金対策に美術品やらを買い漁るべきかもしれない。

「(徳川の次は……まー……あれか、覚の力を手に入れた通り魔だな。
ぶっちゃけあれは下手人が一般人な上に被害も大したことねえから百万くらいが関の山か)」
『妥当妥当』
「(でもイザナミのあれは最低でも数十億は行くと思うんだがどうだろうか?)」
『人種そのものが絶える可能性あったわけだしな。もう一桁上げても不思議じゃねえよ』

 紫苑をヨイショするカス蛇、煽てに弱い小物はどんどん増長していく。
 ある意味で本当に扱い易い男である。

「(だよな! だよなぁ! いやぁ、やっぱ俺って偉大だわ眩暈がするほどに!)」
『つーかさ、仮に今の予想通りに報酬貰ってるとしたら預金すげえことになってるよな。
いや、それが無くても元々億単位の報酬があったわけじゃん? 学費ぐらい屁でもねえだろ』

 元々紫苑は割りと裕福な男だった。
 両親と祖父の遺産に、Aクラスの授業で稼いだ報酬。ギルドの依頼で攻略したダンジョンの報酬。
 それに加えて酒呑童子討伐による特別報酬。税金やらで差っ引かれても数億はあった。
 そしてそれだけあればもう一生働かなくても大丈夫だろう。
 何せ紫苑はケチだ、贅沢をしても精々がちょっと良い店で外食するぐらいだし。

「(馬鹿野郎。一円を笑う者は一円に泣くんだよ。しょぼい学費であろうと俺はケチりてえんだ!)」

 それは決して堂々と言うことではない。

『ああそう……でも、もしこれまで解決して来た事件で報酬とか出てたらさ』
「(うん)」
『青森の林檎農地とか買占めようぜ。聖書の蛇足る俺様をマスコットにして林檎売り出そう』
「(食べれば智慧がつくってキャッチコピーでもつけるのか?)」

 原罪三十パーセントプラスというコピーでもありかもしれない。

『露出狂の人間に食べさせれば性癖が改善されるという効能を謳ってみたり?』
「(アダムとイブは別に露出狂じゃないだろうに……だが、ブランド商品とかは悪くないな)」

 金の匂いがする話は大好きだ。
 紫苑の頭の中では自分のネームバリューを使った妄想が駆け巡っていた。
 まあ、妄想するだけで実際に商売に手を出す度胸などは無いのだが。

『そう言えば……』

 一通り妄想をし終えて賢者モードに突入した紫苑。
 傍らの文庫本に手を伸ばし、さあ読書でもするかという時だった。
 カス蛇が何かを思い出したような声を上げる。

「(あん?)」
『もうちょっとで新学年突入なわけだが、同時に俺様と出会って一年になるんだよな』
「(あー……そういえば、四月の何日かで丁度一年か……)」
『一周年記念ってことで何かお祝いとかしようぜ! 林檎尽くしでさ!』
「(だから俺は別に林檎が特別好きなわけじゃねーんだよ。何でお前のために食べなきゃいけないんだよ。
つーか一周年記念とかアホか。恋人でもあるまいに……何で疫病神との出会いを祝わにゃならんのだ)」
『俺様とお前の仲じゃねえか』
「(うるせえ! 家賃も払わねえクソ爬虫類にしてやることなんて何一つねえんだよ!)」
『冷たい奴だなぁオイ。俺様は悲しいぜ』

 肌寒くはあるが空は蒼く、日は暖かい。
 緩やかに流れていく時間。ふと気を抜けばそのまま眠ってしまいそうだ。
 中身の無い話をする一人と一匹は実に緩んでいる。

「(そうかいそりゃ何よりだ。ところでカッス)」
『何だよ?』
「(お前と同一視されてるサタンという魔王――そいつは存在してねえんじゃねえか?)」

 突然の話題転換にキョトンとするも、これはこれで面白い話題だ。
 相も変わらずこの男はおかしなところに気が付くものだとカス蛇は笑う。

『どうしてそう思った?』
「(魔王ルシファーが居るからだよ。奴がサタンという線も考えたが、多分違う。本人に聞いてもそう答えるだろうよ。
だったら悪魔を束ねる魔王が二人も居るってか? いやそれも多分違う。気になるのはお前がサタンと同一視されていることだ)」

 これは別に本題ではない、本題に入る前の前提の話題である。
 これまではスルーして来たが一周年の話が出たことで丁度良いから疑問を解消しておこうと紫苑が気紛れを起こしたのだ。

『ほうほう、それで?』
「(つまるところ魔王と見紛うほどにお前は強いってわけだ。
現に神の子の力が残っていた聖槍が力を使い果たさなきゃ瀕死に出来なかったわけだしな。
それほどの、それこそルシファーに比肩するほどの力を持っていたからこそ"サタン"なんて架空の魔王が生まれた)」
『ふむ、まあそうだろうな。実際のとこ、俺様もサタンなんて魔王は知らんし。で、それが本題じゃねえだろ?』
「(ああ、俺が聞きたいのはそんな恐ろしい魔王と肩並べるようなお前の領域にどうして俺達が行けたかってことだ)」

 確かにあれから一年と経たぬうちに幻想回帰が起こった。
 だが、あの段階では聖書の蛇のような大物が居るような領域まではどうやっても辿り着けないはずだ。
 その証拠に、

「(今は別だが、あの時期は転移装置を使っても特殊な孔――強い幻想が住まう領域には飛べなかった。
だからわざわざ俺達は現地まで行って山登りやらかったるいことしてたんだしな。
だってのに、学校の転移装置なんぞでどうしてお前の領域へ飛べる?
事故? 不可能なことはどうやっても起こらんだろうよ。俺はどうにもそこが腑に落ちない)」

 そもそも転移事故事態が稀なのだ。それこそ飛行機が事故で墜落する程度には。
 それだけ稀な事故が発生して、聖書の蛇の領域に辿り着くというのはどれほどの確率だ?

「(聖槍というファクターか? いや、にしてもなぁ……)」
『ああ、聖槍は後もう一つも無関係ってことはねえだろうが、極小さな要因だろうよ』
「(! じゃあやっぱり何かあるのか?)」
『あると思うぜ。ただ、俺様にも分からん。折に触れて俺様もお前と出会った理由を考えてたが……分からんのだ』
「(んだよ……役立たず。つか、お前が俺を呼んだとかじゃないんだな)」
『当たり前だ。そもそもあの段で俺様はお前の存在すら知らなかったんだから』

 カス蛇が絡んでいるかどうかを確かめるために紫苑は問いを投げたのだ。
 自分が今のような状況に置かれたのはカス蛇のせいだが、出会いは事故のような形だったからそこまでキレることも無かった。
 だがもしもカッスの故意ならば紫苑は何が何でもカス蛇を殺すつもりだった。
 喉に引っ掛かっていた小骨が取れて紫苑は小さく溜息を吐く。

『俺様と紫苑が出会ったこともそうだが、どうにも腑に落ちないことが多いんだよなぁ……』
「(何だ、まだ何か疑問あるのか。俺はお前を殺す労力を使わずに済んですっきりしたんだが)」
『え? 故意だったら殺す気だったの?』
「(うん。俺が死なずにお前だけを殺す方法を本気で探すつもりだった)」

 蛇にも負けぬ陰湿さと陰険さを持つのが春風紫苑だ。
 八つ当たりだろうと言い掛かりだろうとお構いなしである。

『こええなぁ……』

 割と洒落になってないのでカッスも本気でビビっていた。
 紫苑が持てる能力の総てを一個人の排除に向けたとすればそれは何よりも恐ろしいことだから。

『そ、それよりよぉ……俺様の疑問なんだが、ちと聞いてくれねえか?』
「(あ? 別に良いけど……何でどもってんだよお前)」
『な、何でもねえし!』

 ゴホンと咳払いをして仕切りなおすカス蛇。
 しかし、咳払いをする爬虫類というのも何だかとってもシュールだ。

『人類と幻想の対立構造――――どんな決着を迎えると思う? 率直な意見を聞かせてくれ』
「(率直も何も人類が滅んでそれで終わりだろ)」
『一般人、じゃなくて人類そのものか?』
「(ああ)」

 人類に愛着なんて持っておらず、自分だけを愛している紫苑にとって人類の存亡なんてどうでも良かった。

「(一般人が完全に駆逐されるまでどれだけ時間がかかるかは分からん。
ただ、百年二百年じゃあ終わらんだろうけど結末は滅び以外に無いだろうな。
で、滅ぼした後だ。幻想に味方した冒険者は生き延びるか? いいや、それも無いね)」

 確かに冒険者は自分達に近しい存在だ。
 だが、冒険者も人だ。逃れようもなく彼らは人類だ。

「(しばらくは共生が続くだろうが、連中は必ず冒険者に恐れを抱くようになる。
何せ、かつて自分達を駆逐したのは人なんだからな。
数を減らして管理していようとも、どうしたって頭をよぎるはずだ……また、あんなことがってな。
目に見えている破綻だ。そうして冒険者も駆逐されてこの世界は幻想のものになるだろうよ)」

 人類が消えるということは紫苑自身の偉業も消えてしまうということだ。
 それは口惜しい。だが、どうやっても覆せないのだからあれこれ考えてもしょうがない。
 人類が続く限り偉大な自分の名が語り継がれるくらいで赦してやると紫苑は割り切っている。

「(率直な意見とか言うが、こんなん目に見えてるだろ。
俺じゃなくてもちょっと頭が回る人間なら予想はついてるだろうよ。
ただ、それを言葉にしないだけ。アレクのオッサンは結果を分かった上で覆そうと足掻いちゃいるが無駄だ。
一個人の足掻き程度で堰き止められるような流れじゃない。厳然たる事実はどうやっても覆りゃしないよ)」

 実に冷めた感想だが、それが真実なのだ。
 紫苑が語った内容はカス蛇も同意するところで、だからこそ疑問だった。

『そうだ、その通りだ。だから、おかしいんだよなぁ』
「(何がさ?)」
『紫苑、お前も並行世界って概念ぐらいは分かるよな?』
「(分岐世界だろ? SFは詳しくないが、並行世界の概念ぐらいは知ってるよ)」

 だがそれがどうしたと言うのだ? いや待て、そう急かすなよとカス蛇が喉を鳴らす。

『並行世界を語る上で時間軸は無意味だ。
今、この俺様達が居る時代は二十五世紀だが、他の世界では更に先だったりもっと昔ってこともある』
「(つまり?)」
『何処かの世界では既に結果が出てなきゃおかしいんだよ――――人類滅亡という結果がな』
「(かもしれんが観測するのは無理だろ。それが並行世界なんだから)」
『いんや、観測魔辺りならば出来るよ。それに、人類滅亡という結果に限っては観測が出来るんだよ』

 首を傾げる紫苑。どうでも良いが、声に出さず会話しているためとても不気味だ。
 いきなり顔を顰めたり首を傾げたりと不審ムーブにしか見えない。

『そりゃ世界大戦が起こった起こらない程度の分岐ならば観測も不可能だろう。
が、人類滅亡というのは世界にとって余りに大き過ぎる事象だ。
人はこの惑星に住まう命の一つでしかない、なんて言う生命賛歌を掲げる馬鹿も居るがそりゃ違う。
確かに人の歴史は地球の歴史に比べりゃほんの一瞬程度さ。
だが、その一瞬程度で人以外の命よりも重さを得た。人類の滅亡は世界の一大事だ』
「(ふぅん……で、何で大きけりゃ観測出来るのさ?)」
『統合が起こるからさ。大き過ぎる事象が何処かの世界で起こった場合、その世界を基点に他の世界も変わるのさ』

 カス蛇の言葉には段々熱が宿り始めていた。
 それだけ人類というものは彼にとって比重の大きいものなのだ。

『人類が滅びたとすれば、他の並行世界でもすぐにでも人類滅亡が始まるんだ。
そうして人類が滅び幻想だけが残ったという形で世界は続いていく。
だがどうだ? 今も俺様達が生きるこの世界では人間が居るじゃねえか』
「(つまり、人類滅亡という事象はどの並行世界でも起きていないと?)」
『ああ、万年先であろうとも人類が続いているってわけだ。おかしくねえか?』

 カス蛇はどうにもそこが腑に落ちない。
 いや、人類が生き残る可能性があるということは喜ばしいのだがそれとこれとは別だ。
 どうやって人類が万年先も続いているのかが皆目見当つかない。

「(定められた大きな流れを堰き止める何かがあるってわけか)」
『ああ……それが一体何なのか、まるで分からない』

 万年とは言わずとも二千年もすれば今の現世と幻想は逆転するはずだ。
 そうなれば幻想が我が物顔で人を蹂躙し始めるに決まってる。
 それだけ憎しみが深いのだ。そうなった場合、人類滅亡待った無しである。

『どうにもケツの座りが悪い……』
「(いや、蛇にケツってあんの? っていうか何処がケツ?)」
『俺様のケツについてはどうでも良いんだよ。それより、お前はどう思う?』

 大きな流れすら堰き止める何か、
紫苑に正答を求めているわけではないが少しばかり刺激を貰えればという目論みがあった。

「(つってもなぁ……予想がつかねえよ。一体どうすれば万年先も人類存続させられんだよ。
あれか? 幻想側からゴッソリ引き抜いて人類側に着かせるとか? いや、それは無いよなぁ)」

 三貴子ですら最初は人に良い感情を抱いてなかったのだ。
 それでも不干渉を決め込んでいた辺りは優しいと言えるが決して好意的だったわけではない。
 多くの幻想にとって人類は嫌悪と憎悪の対象であり、相容れる方が稀。
 紫苑がこれから余命をフルに使って引き抜きに動いても滅びを変えられるほどではないだろう。

『無いな。お前みたいにポンポン口先で幻想を篭絡出来る奴が稀なんだよ』

 同じことをやってみろと言われて実際に出来る人間は皆無だろう。
 常軌を逸した見栄と胆力、心の動きを把握するための洞察力、演技力、腐った性根などを備えている人間など紫苑ぐらいだ。
 というか奴以外でそんなものを備えている人間が居たら嫌だ。

「(当たり前だ。俺は凄いんだよ、誰よりもな!)」
『じゃあ凄い紫苑さん、何か他に考えは無いのか?』
「(急かすなよ……他、他ねえ……)」

 紫苑もカス蛇が別の切り口を求めているだけで正解を求めていないことは察している。
 とはいえ、別の切り口というのも中々思いつかない。

「(強いて言うなら……流れを堰き止めてるのはよっぽど不自然な何かだぜ)」
『不自然?』
「(在るべき流れを無理矢理押し止めてるんだぞ? 不自然としか言いようが無いだろ。
それと、その何かだが……多分、個人じゃないかな? 大きな流れからも逸脱出来るような個人。
それが神か魔王か人かは分からんが、個人の意思が介在しているとしか思えん)」
『まあ、確かに凡百や天才程度じゃ流れを堰き止めるどころか別の方向に変えることも出来んしなぁ』
「(ああ。少なくとも複数じゃないと思う。他の力を借りなきゃどうにも出来ないような輩が世界の流れをどうこう出来るわけがない)」

 とはいえ、そんな不自然な何かならば真っ先に潰されるはずだとも思う。
 在るべき流れに修正しようと幻想側が不自然な何かを排除せねばおかしい。

「(幻想と真っ向からやり合えるほどの力を持つか……いや、それでも個人の力はたかが知れてる。
おいカス蛇、ちょっと聞きたいんだが人類存続のラインは何処だ? 男と女が一人ずつ揃ってりゃセーフなのか?)」
『んなわけねえだろ。何かテレビで世界がもしも百人の何ちゃらとかあるよな?
百人まで割り込めば滅亡は待った無しだよ。最低でも先進国一つぐらいの人口が必要だ』

 そして、それほどの規模ならばますます解せない。
 どれだけの力を持っていようとも所詮は個人。
 個人の力で一国丸々を完全防衛するなんて不可能だ。
 どう足掻いても徐々に人口は減っていって、滅亡の流れに乗ってしまう。

「(となると幻想側と何らかの取引をして存続を認めさせた? いや、だとしてもおかしいな。
幻想側に完全に安全だと思わせた上で取引を反故にすれば痛い目に遭うと思わせるほどの力があって、
尚且つ、立場上は上である幻想ともよっぽど上手く付き合えるような器用な奴でなきゃ)」

 そんな都合の良い存在が居るとはとても思えない。
 思考は完全に袋小路へと至っていた。紫苑はお手上げだと降参を口にするが……。

『――――』
「(? おい、どうしたカス蛇)」

 感じるカス蛇の心情は衝撃、あまりの衝撃に唖然としてしまっている。
 だが一体何処に衝撃を覚えたのかが紫苑には分からない。

『……っく、クハ! ッハハハ! 不自然、不自然かぁ。そして怖気が奔るほどに器用。
不自然なものを不自然なまま継続させる……嗚呼、答えは一つしか無えじゃねえか……。
いやいや、どうしてこんな簡単なことに気付かんかね。いや、俺様もまだ認識が甘かったのか。
そうだな、そうだよなぁ。並行世界を全部巻き込んで……フフフ、成るほど、やっぱり出会いは運命だったのか』

 カス蛇は今、完全に疑問を氷解させた。
 そして自分の勝利をも確信する。負けるわけがないのだ、お膳立ては既に成されているのだから。

「(訳が分からん。つかキモい)」
『ックク……ひでえ言い草だよ』

 さて、諸々の事象に疑問を抱いているのは何もカス蛇だけではない。
 日本から遠く――それこそ位相すら隔てたとある幻想の領域を往くトリックスターも同じだ。
 そう、北欧のド変態――ロッキである。
 彼が今居る場所は自身の領域ではなく、他の者の領域。

 そこは何とも不可思議な空間だった。
 前に向かって歩いているのに後退しており、後退しているのに前進している。
 左へ行けば右に進んでいるし、右に進んでいるかと思えば左に。
 空間を埋め尽くす千か、万か、億か――無数の瞳があらゆる可能性を観測しているためだ。

 この空間で自由に行動が出来るのは観測魔ラプラスのみ。
 他の者、例え神々や魔王であろうともこの空間では自由が利かなくなってしまう。
 だからこそ、ロキも人の尺度で言えばそれなりの期間を彷徨い続けている。
 そう、ニブルヘイムにてルドルフらとやり合った後、すぐに此処へやって来たのだが今を以ってしてもラプラスの下へは辿り着けていない。

「やれやれ……人間とは顔を合わせても私とは嫌だと言うのかいラプラス」

 飲まず食わずで睡眠すら取っていないが、人ではないロキにとっては何でもなかった。
 強いて言うならばあらゆる観測が成されるこの空間が苦痛ではあったが、それでも千年程度なら留まって居られる。

「話を聞いておくれよラプラス。これはあらゆる分岐世界を観測出来る君とじゃないと無理なんだ」

 答えは返って来ない。それでもロキは舌を回すことを止めない。

「人の滅びは不可避だ。それが正しい流れだからねえ。
この世界の今の時間軸では幻想回帰からそう時間も経っていない。
私達幻想と呼ばれる者らが本腰を入れて動くには時が足りないわけだ」

 カス蛇が紫苑に漏らした疑問そのままだ。
 もっとも、ロキはこれまではそんなことにすら気付けなかったわけだが。

「が、別の分岐世界でもっと先の時間軸に在る世界ではどうだろうか?
二千年も経てば私達は現世で自由に行動が出来るようになるはずだ。
そうなれば後は坂道を転がり出した石の如く、結末に向けて一直線になる。
そうして人は滅び世界が統合され、この世界でも人類が滅びるだろう」

 なのにこの世界では未だに人類が存続している。
 それはつまり別の分岐の先の時間軸でも人類が存続しているからに他ならない。

「だが、そうなっていない。あらゆる世界が何処かを基点とした歪みに引き摺られている。
白か黒かの決着は出ず、灰色のまま無為に時間を重ね続けて行ってるのが現状だ。
基点となった世界が何処かは分からないが、そこ以外のもっと先の時間軸を往く世界でも同じだろう。
如何なる事象が重なってかは分からないが、万年先でも変わらず灰色の世界が続いている」

 これは明らかなる異常だ。
 地球は回るし宇宙は今も膨張を続けている、それを止めることは誰にも出来ない。
 出来ないはずなのに、それを邪魔している者が居る。
 地球が回り宇宙が膨張を続けていくという誰にもどうにも出来ないような当たり前の領域を歪めている者が居る。
 ロキはそれが誰だか、何者かを知りたかった。だからこそラプラスの領域にやって来たのだ。

「異常なのは、誰もその考えに至っていないということ。
憎悪の海で目が曇っているとかそういう次元じゃない。賢者は幾らでも居る。
が、その賢者らですら人類が今を以って存続している理由に気付けていないのだ。
確たる結果が出ていないがゆえの歪みによる影響だろう」

 ロキ自身もそうだ。ある時、ふっと頭をよぎるまで思考の外にあった。
 いきなり現状の不自然さに思い至ってしまったのだ。
 どうして自分は歪みによる影響から脱却出来たのだろうか。
 そして、

「何故、私は此処に来るまで自身が抱いた疑問を他の誰かに話して一緒に考えるという案が思い浮かばなかったんだろうね」

 それも疑問だった。
 ロキは議論を好まないわけではない。議論し、考えを深めることの有用さを知っている。
 義兄であり賢者の一人であるオーディン辺りに相談し議論を重ねるのが手っ取り早い。
 なのに不自然さに気付いたロキが取ったのはラプラスに会いに行く、だった。

 確かにラプラスはこういう話をする上で専門とも言える。
 だが、それ以外の考えが思い浮かばなかったというのはおかしい。
 ラプラスに会う前に他の誰かと話をして、より考察を深めてからでも良いはずなのに。
 それをせず、直接出向くしか考えが思い浮かばなかったのは異常だ。

「異常の理由はゆがみの影響なんだろう。
不自然さに思い至って八割方歪みから解放されたが、残る二割のうち一割ぐらいはこの空間に来たことで消えた。
君が観測魔だからだろうね。君の恩恵に預かったわけだ。さて、此処まで言えばもう分かるだろう?」

 残る一割を消すためにも話をして欲しい。
 胸に巣食うこの疑問をどうにかしてくれ、助けを乞うようにロキはラプラスを求めた。

「今回ばかりは私も誰かに迷惑をかけるとかそういう気じゃない。
誓うよラプラス、私に君に悪戯を仕掛けたりなんてしない。本当だ、嘘じゃない」

 ラプラスが顔を見せないのは自分が嫌われているから、警戒されているから。
 ロキもそこらは分かっていた。なのでこうして、しかと言葉にした。

「――――良かろう。話すだけならば付き合ってやる」

 老人にも若者にも子供にも見えるし性別だって男にも女にも見え、
身に纏う衣服すらコロコロと変わり続けているように見える不可思議な存在――ラプラスが姿を見せる。

「ありがとう。なあ、君ならば流れを堰き止めている何かの正体が分かるのではないか?」
「ふむ、何故知りたいのだね?」
「無論、知的好奇心だ。気になっていることを放置するのは気持ちが悪くてしょうがない」

 そう答えた瞬間だ。この空間に存在するラプラスの瞳、それら総てが、

「な!?」

 ヘ ー ゼ ル 色 に 染 ま っ た。
 あらゆる方向からロキを射抜くヘーゼルの瞳。彼は金縛りにあったように動けなくなった。
 冷や汗が流れ、口の中が急速に渇いてゆく。
 瞬きも出来ずに眼球が痺れ、指先は感覚を喪失し開いているのか握っているのかすら分からない。

「ラプ……ラス……?」

 いや、違う。ラプラスという観測魔を通して別の何かが干渉しているのだ。
 ロキは一目で分かった。その存在の強大さを。
 あれはヤバイ。神魔、英雄、現存する幻想が総力でかからねば倒せない。
 いいや、それにしたって道連れだ。相搏って諸共に消滅するだけ。

 そして、それだけの規模の戦いが起これば何もかもが灰燼と化す。
 幻想は真の意味で不死だ。それは時間をかければ再び肉の身体を持って復活するから。
 しかし、それまでは死んでいる。総ての幻想と総ての人間が同時に総て死に絶えれば……。
 一体何が起こるのだろう? 果てない時間をかけて幻想が蘇った時、どうなっているのだろう?

 いいや、そもそも復活出来るのか? 想像するのも恐ろしい。
 まったく予想がつかない完全なる未知の果てにあるものは誰にも分からない。
 ロキは震える身体を抱き締め、それでも気丈にヘーゼルの瞳を見つめ返す。
 プライドと、それ以上に惹かれるものがあったからだ。

「は、ハハ……嗚呼、うん。そうだ、話を、話をさせてくれませんか?」

 怯えと歓喜の波に呑まれるロキ。一つの邂逅が成されているその時紫苑は、














「(いやぁ……今日は実に平和だ。メンヘラ共も出かけてるし!)」
『あ、黒猫が前を横切った! それにあちこちに大量の烏が!』

 不吉の予兆に見舞われながら暢気に茶を啜っていた。
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