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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

152/204

次こそしっかり殺せよテメェ

 今日は二月十四日――乙女の聖戦バレンタインデー。
 二月も半ば、色々あったが乙女達は今日この日を何ごともなく迎えられた。
 何処かへ出張らねばならないという予定も無いし、完全にフリーだ。
 というわけで、メンヘラーズプラス麻衣は気合いを入れてチョコを作ろうとしていた。

「さて、チョコパーティということですが……メニュー、どうしましょうか?」

 個人個人でチョコを渡すという案もあったが、結局それは廃案となった。
 紫苑が一番喜ぶような形は何か。
 全員で楽しくパーティをする方が喜ぶだろうということで意見の一致があった。
 なのでバレンタインパーティという形になったのだ。

「流石にチョコばっかりやと飽きるから、工夫が大事やよねえ」
「品目ごとに甘さの調節はしっかりするべきだと思うわ」

 雲母の言葉に全員が頷く。
 全部が全部、甘いチョコではすぐに飽きが来る。
 ビターなのや少し風味を変えてみるなどの小細工は必須だ。

「フォンデュ」

 アイリーンは今日も今日とて言葉足らずだった。
 が、そこはもう付き合いもそれなりに長くなっているのでこれぐらいならば紫苑以外の面子も察せる。

「フォンデュは鉄板だよね。チョコ単体じゃないから割と飽きが来ないし」
「フォンデュのチョコは甘めが良いわね果物とかを潜らせるわけだし」

 天魔とアリスがそれぞれの意見を述べる。
 否定の声も上がらないのでフォンデュは決まりということだろう。

「具財は果物、パン……他に何かありましたっけ?」
「栞、マシュマロとかクラッカーもありじゃないかしら? それと果実系は酸味が強いものが良いと思うわ」
「それは良いですねえ」
「パン系ゆーとラスクとかバゲットもアリやなぁ」
「職場の子にチラっと聞いたんだけど変り種で野菜とかお餅も良いらしいわよ」
「ネタ系も混ぜてみると良いかもね」

 修羅場っていないと本当に和気藹々だ。
 あれはどうだこれはどうだと実に楽しそうである。

「お姉さん達、フォンデュの具材はそこまでにして他のレシピも決めましょ」
「ケーキ系も鉄板やなぁ。シフォンにパウンド、ノエル……」
「ザッハトルテもありねえ……女威ちゃんが好きだったのよ」
「え? あの先生そんなの好きなの? あの野暮な見た目で?」
「天魔さん、それは失礼ですよ」

 ジャージ眼鏡でザッハトルテを食べているモジョを想像したのだろうが確かに失礼だ。
 どんな見た目であろうとも何を食っても良いじゃないか。

「そういえば雲母お姉さん、桃鞍先生にその姿は見せたの?」

 ゆるふわ系の私服に身を包む雲母はアリスよりは年上に見えるが、他の面子と比べれば年下にしか見えない。
 そんなJCスタイルをもう友人に見せたのか。
 見せたのならばどんな反応をしたのか、アリスはそこが気になってしょうがない。

「ええ、女威ちゃんに会いに行ったらびっくりしてたわぁ。
おま! きら……雲母!? 嘘、何だ!? 何があった!? って感じで」
「そりゃ驚くでしょうね。私も姉様がいきなり若返ったら何ごとかと思います」
「三十路の先生からしたら肉体が若返った雲母さんは……うん、結構羨ましいんじゃないかな」
「嫉妬」
「外道さん、ハーンさん、あまり年齢のことに触れるのは失礼ですよ」

 桃鞍女威、御歳三×歳。友人である逆鬼雲母も勿論同い年。
 だというのに雲母だけが超常アンチエイジングによって青春時代の肉体を取り戻してしまった。
 微妙なお年頃の女としてはさぞ複雑なことだろう。

「そういやさ、若返りのアイテムとかあったよね?」
「変若水ですか? あれは若返りというより全盛期に肉体を持っていくだけですし私達が飲めば多分歳を重ねますよ」
「変若水……栞、そんなのもあるの?」
「ええ、何処ぞのパーティが手に入れたというのを夏頃に聞いたような覚えがあります」
「ちゅーか話がどんどん別んとこいっとるやん」

 麻衣の一言で姦しいお喋りが止まる。
 そうだ、よくよく考えなくても何を作るかを決めている真っ最中ではないか。

「とりあえずケーキ系は色々バリエーションあるし、知っている限りのチョコケーキを作りましょ」
「後はクッキーとかもあるわねえ」
「オーブンを使う順番も決めねばなりませんね」
「作る担当もだね。僕はあんまり複雑なのは無理だろうから、そこらは考慮してくれるとありがたい」
「手の込んだのは私や雲母お姉さん、栞お姉さんに紗織お姉さんで作る?」
「ですがミラーさん、私、洋菓子作りがそこまで得意というわけではないので……」

 各々の分担を決めて動き出す乙女達。
 ちなみに、だが男達は拠点には居ない。だがそれも当然である。
 何せ今日は乙女達の戦場だ。男が出る幕は無い。彼らもそれは分かっているので既に出かけている。
 ルドルフとルークは晴明謹製の認識阻害符を手に遊びに。紫苑は……。

「最後に会ってから、随分と大変だったようだね」

 ギルド大阪の屋上で来日しているアレクサンダー・クセキナスと顔を合わせていた。

「(まあな、お前と違って俺はパネェ偉業を幾つもやってるんだよ糞野郎)
いえ、大変というのならば俺より他の皆ですよ。皆が居なければ何一つ成し遂げられなかった」

 ベンチに腰掛けて空を眺める男二人。
 それぞれタイプの異なるイケメンで、客観的に見ればとても絵になっている。
 もっとも、アレクは無自覚で紫苑は自覚ありだが。

「それに大変って言うならアレクさんも同じでしょう。
休む暇もなくあちこちを飛び回って敵を屠ってを繰り返して……身体は、大丈夫なんですか?」

 アレクの操る炎は魔法とはまた違うものだから魔力は消費しないかもしれない。
 かつて彼が一人の人間だった頃はそうだったかもしれないが、今は違う。
 それでも何の消耗も無しに万軍を消し炭に変えられる炎を使えるわけがない。

「まあ、多少しんどくはあるよ……だが、多少疲れる程度で多くの命を救えるんだ。
だったら、安いもんだ。私が多少疲労する程度で救われる命とは比べ物にならない」

 多少の疲労、その言葉に偽りは無い。
 これがプロメテウスと融合した頃ならば話はまた別だったろう。
 だが、長い時間かけて完全に力をものにしたアレクにとっては強大無比な力の行使も多少の疲労でしかない。

「(自慢か? 嫌味か? あんたって最低の屑だわ!)それでも身体は大事にした方が良いですよ」
「それを君が言うかね?」

 苦笑気味のアレクに合わせて紫苑も苦笑を浮かび上がらせる。

「お互い」
「ああ」

 馬鹿だ――二人の笑い声が重なった。
 良い空気だ、本当に良い空気だ――表面上は。紫苑が善なる存在ならば良かったのに……。

「それでも歩いて来たこの道に私も君も後悔なんて無い」
「振り返った時に気付く、歩いて来た距離を誇らしいと思いますよ」

 嘘だ、紫苑の歩いて来た道を振り返っても後悔という石ころしか転がっていない。
 どうしてこうなった! どうしてこうなった!! と四六時中誰かのせいにしているこの男に誇りなどあろうものか。

「……君は、若いのに凄いなぁ」

 自分には重ねた時間があった。だが、紫苑はまだ二十年も生きていない。
 だというのに強靭な心を以って何からも目を逸らさずに生き続けている。
 賞賛と嫉妬が入り混じった胸の裡から零れ出た言葉は凄いの一言だった。

「実り多き出会いが今の俺を作っているだけですよ。凄いんじゃなくて、俺は運が良かったんだ。
どんな出会いも何一つとして無駄じゃない。心の底から幸福だと思えますよ」
「だから余命を宣告されても穏やかで居られるのかい?」
「穏やかってわけじゃありませんよ。やっぱり、ふとした瞬間にどうしようもない不安が襲うこともありますからね」

 手の平を太陽にかざす。冬の冷気にも負けぬ暖かな光が身体を包み込む。

「それでも、生きるしかない。生きられるところまで生きるしかない。
生きることは総ての命に課された使命だから――――俺は自分の生に真摯でありたい」
「己の生に真摯で、か。君と話をしていると、とても十代の少年と話しているとは思えないよ」
「……まあ、老け顔なのは自覚していますよ」
「そういう意味じゃないんだがな」

 アレクは胸ポケットに入れていたシガーケースからお気にの煙草を取り出す。
 しかしライターは持っていないらしい。
 百円ライターでも買いに行くのか? そう思った紫苑を見てアレクはニヤリと笑う。

「こういう使い方も出来るのさ」

 指の先から小さな火の球が浮かび上がる。
 基本的にとんでもない熱量を秘めているアレクの炎だがライター程度にまで抑えられるらしい。
 万軍を消し飛ばす熱量からライターレベルまで、幅が広いということはそれだけ制御が大変ということだ。
 それを難なくやってのけるアレクはやはり只者ではない。

「もっとも、最初の頃は上手くいかなくて顔を何度か焦がしたこともあるがね」

 茶目っ気たっぷりのウィンク。紫苑のヘイトが二千三百六十五万上昇した!

「君も、一本どうだい?」

 甘い煙を漂わせていたアレクだったが、折角だしとシガーケースを差し出す。

「……興味が無いと言えば嘘になりますが、良いんですか?」

 健康を害する煙草、余命を知る前の紫苑ならば手を出すことはなかっただろう。
 だが、どうせ長生き出来ないのならばと今は気にしていない。
 むしろ煙草を吸う絵になる自分カッケーを想像して悦に浸りたいとすら思っている。

「大人としては駄目なんだろうけど……こう見えて私、昔は結構な悪ガキだったんだ」
「はは、意外だな……じゃあ、一本だけ」

 シガーケースから煙草を取り出し、アレクの人力ライターで火種を灯す。
 煙草自体を吸うのは初めてだが、どういうものかぐらいは分かっている。
 まずは軽く吹かして具合を確かめる――甘い、ほんのり混じる苦味とクリームの甘い香りが口腔を満たす。

「どうだい?」
「……初めてだけど、何だか不思議な感覚です」

 次は肺まで煙を吸い込む。
 若干クラリと来たが、酩酊感にも似た感覚は悪いものではない。

「ふぅ(どうだカッス、煙草を吸う俺……まるで映画のワンシーンのようだろう?)」
『俺様映画とかに詳しいわけじゃないんでノーコメント』

 というかどれだけ絵になっていても中身を知るカッスからすれば滑稽でしかないのだ。
 正直に言えば機嫌を損ねるしで、この男は一体何処の女王様だ。

「悪ガキって言ってましたけど……何というか、凄いサクセスですね」
「はは、確かにそうだね。娼婦の息子が今じゃ冒険者を統括するギルドの長……随分遠くへ来たもんだ」

 紫煙の向こうに過去を見ているのだろうか。
 アレクの瞳は何処か遠く、寂しげな色を滲ませている。

「子供の俺はもう遠い日の向こうに行ってしまった。此処に居る私は何処へ行くのだろうね」
「(すかしてんじゃねえよ)アレクさん……」
「いや、すまないね。しんみりさせてしまった」

 失敬失敬と笑うアレクに先ほどの陰は見えない。
 長く生きていれば感情の切り替えもスムーズに出来るようになってしまうのだ。
 それが良いことか悪いことかはともかくとして。

「にしても、日本の現状には改めて驚かされるよ。
勿論ギルドの長として報告は受けていたがこうやって直に己の目で見て強く思った。
この国にはほんの少しずつ、平和が戻り始めている。あちこちを飛び回っていたから、余計にそう思うよ」
「……いずれ、この平和が世界にも広がって在りし日を取り戻せれば良いんですがね」
「ああ。そのために私達は戦っているのだから」

 アレクは紫苑を護るべき子供だと思っている。
 だが同時に背中を預け合える盟友だとも思っている。
 元々その評価は高かったが、元旦から今日までの足跡を見て改めて確信を持てた。

「ええ……俺は直接敵を倒せるような力はありませんがね。
(それでもお前より成果上げてるから俺は世界最強より偉いってことだよね?)」

 その面の皮の厚さが羨ましい。
 百科事典を成層圏まで積み重ねても紫苑の面の皮の厚さには届かないだろう。

「直接戦える、それもまた一つの力だが君の力はもっと貴いものだよ」
「俺の……力?(知ってる知ってる。この宇宙でもっとも貴いもんね俺)」
「ああ、君の真価はその背中だよ」

 備え付けの灰皿に煙草の端を軽く叩き付けて灰を落とす。

「君の背はその背を見る者に自分も頑張ろうと思わせる力がある。
力強い歩みが、皆の心に希望の種を植えてくれる……だからイザナミ神も未来を赦したんじゃないのかい?」

 紫苑が見せる希望の光。
 その光に当てられて多くの人間が良い方向に変われると思ったからこそイザナミは赦したのでは?
 彼女と直接の面識は無いアレクだったが、自分の考えはそう的外れではないと思っている。

「私もそうさ。君から勇気を貰った。君と、君の仲間達の歩みに背中を押された」
「……ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです」
「お互いの足りないものを補い合っていこうじゃないか。それが人間というものだ」
「(何偉そうに語っちゃってんだよくせーんだよマジで)そうですね」
「ああそうさ。しかし、喉が渇いたな。紫苑くんは何が良い? 奢るよ」
「そうですね……じゃあ、コーヒーで」
「了解」

 屋上に設置されていた自販機でコーヒーを二本買ってベンチに戻る。
 そして同時にプルトップを開けてコーヒーを飲み始めるのだが……。
 一服してコーヒー飲んでって完全にオッサンのそれである。
 が、彼らは自分の行動がどういうものかを特に深くは考えていない。

「アレクさん」
「ん?」
「カニ――――葛西二葉について、どう見ていますか?」

 折角、アレクと直接話す機会があるのだ。
 彼がカニをどう捉えているのかを知っておくべき、そう考えた紫苑が努めて深刻そうな顔を作り問いを投げた。

「……まあ、良いタイミングで私を殺しに来るだろうね」

 葛西二葉の名を聞いてアレクが思い出すのは、あの夏の夜だった。
 紗織の話を聞いている最中、自分を殺そうと機を窺っていた真っ赤な少女。
 あの段でアレクはカニを強い魂を持った少女ぐらいにしか認識していなかった。
 だが、京都での戦いの映像を見てその認識が一変することになる。

「紫苑くん、紗織さんから聞いたかもしれないが私は一度葛西二葉と顔を合わせている」
「ええ(そん時に殺しておけば憂いも無かっただろうに……この屑めが)」
「正直な話、あの段階で私は葛西二葉という人間を誤認していた。嫌な言い方だが殺ろうと思えば何時でも殺れるとね」

 だが、同時に強い戦力にもなると思っていた。
 勝利に固執するカニならば幻想の存在を認めるはずがない。
 雄雄しく猛々しく神々の喉下に喰らい付くと思っていたアレク――だがそれは誤りだ。
 何もかもがズレている。その間違いを正すべく、カス蛇は舌を回す。

『お前があの女に亀裂を刻んだんだぜ、アレクサンダー・クセキナス』
「私が?」
『あの女は何の切っ掛けも無しに、気付けば勝利を渇望していた。それこそ生まれた瞬間からかもなぁ』

 そしてその通りに生きて来た。
 呼吸をするように勝利を得続けて来た。彼女が敵と定めた人間は例外なく破滅の一途を辿っている。
 カニにとって勝利とは当たり前のこと。だが、そんなおぞましい勝利に彩られた彼女の人生に幾つかの例外が現れる。
 まずは春風紫苑、理由は分からないし殺ろうと思えば殺ろうと思ったのだがそうはしなかった。

『お前は明確にあの女に敗北を刻み付けたんだよ』

 カニはアレクに出会う前、彼我の実力差がどれだけ開いていようともえげつない策でそれを埋めて来た。
 アレクサンダー・クセキナス、世界最強。
 あの時点で使える手を幾ら使っても届きはしない絶対の頂。

「敗北……戦ってすらいないのだが……」

 アレクの認識では戦端を開く前に収めたということになっている。
 だがその認識は見下しとも取られかねない。

『そりゃお前の視点ではな。だが、カニは敗北だと認識したんだよ。
そして、純化に至っていながらも発動して来なかった力の扉が開いた』
「……アイツも、純化をしてたのか?」
『ああ。だが、必要となる場面が無かったから力自体は発動していなかったんだよ……多分な』

 多分とはいうが話に聞く限りでは、そして京都でのカニを見る限りでは間違っていないという自信があった。

『アイツは生まれて初めて、今あるものじゃ勝てない存在を知った。
呼吸をするように勝ちを得られないことに気付いた。
だが、その常軌を逸した勝利への飢餓は諦念を赦さない、赦せない。
今あるものじゃ勝てないのならば欠乏を補ってやれば良い』

 それこそがカニの真価で、それが如実に現れたのは対酒呑童子戦である。
 あお戦いで初めて彼女はその恐ろしさを垣間見せた。
 共闘していた紫苑でも気付かなかったことだがカス蛇だけは気付いていた。

『策やら何やらで埋め難い実力差があるのならば、埋められる程度の差にまで強くなれば良い。
勝利するために強くなれば良い。勝利の邪魔になるものは排除してしまえば良い』

 あの場において勝利の邪魔をしていたものは二つある。
 まずは己の地力の差。次に神便鬼毒酒による汚染。
 邪魔にしかならない要素をカニの力は消し去った。

「……ちょっと待ってくれ。ならば彼女は無敵ということかね?」

 あり得ないと頭を振るアレク。
 勝利の足を引っ張るものを切り捨てて強くなり続ける……怪物だ。
 そんなものをどうやって止めれば良いのか。

『そこまで都合の良いもんじゃねえ。あくまで倒せる可能性にまで持って行くってだけだよ。
言っただろ? 埋められる程度の差にまでってよ。
現に酒呑童子戦ではアイツを上回る戦闘能力を手に入れたってわけでもねえだろ?
あくまでダメージを与えられて普通に戦える程度のパワーアップだ』

 勝利を渇望しているのならば相手より強くなれば良い――そう思うかもしれないがそれは少し違う。
 敗北の可能性を内包していてこその勝利だ。
 絶対に勝てるのならそれはもう勝ち負けの次元を超えてしまっている。
 欲しいのはあくまで勝利、カニは決してそのラインを逸脱することはない。

『が、理論上は……だ。どんな最高神にでも勝利する可能性を秘めているってことにもなるなぁ』
「幻想の――神々や魔王の力を使わず独力で、か」
『そうだ、独力でだ。それほどの熱量を持っているんだよ、あの女は。人間で伍するのは紫苑ぐらいだろう』

 異常な人間二人。世界に出現したバグ。
 神々の力を宿しているわけでもないのに己が魂の熱量だけで神魔を焼き尽くすことが出来る。
 それはどれだけ異常なことだろうか。こんな存在があり得て良いわけがない。

「(グギギギ……! 赦せねえ……! そんなチート認められるかよ!?)」
『(そういうお前もかなりのチートなんだが……)』

 能力の応用、その幅に関して言えば紫苑は群を抜いている。
 世界改変――最早それは神の御業に尤も近い力を振るえるのはチート紫苑だけだ。

「(使えなきゃ意味ないだろうが!!)」
『(まあまあ)で、アレクサンダーよ。そんな厄ネタにお前は目ぇつけられてんだぜ?』

 仮にアレクが居なくなったとしても精神的主柱というのならば紫苑が居る。
 今以上に綺麗ごとを言ってあちこちで頑張れば何とかなるだろう。
 だが、武力という意味での柱は唯一無二だ。
 世界最強、万の軍勢も蹴散らしてしまえる最強の男アレクサンダー・クセキナス。
 彼が殺された――そうなれば間違いなく士気は下がる。不安が広まる。
 今平和を取り戻しつつあるこの日本にだって影響は及ぶ。

『よう、どうなんだよ?』

 対策はしているのか、暗にそう聞いているのだ。
 それは勝つための対策は勿論、負けて死んだ場合のことも含まれている。

「私は全力で抗うだけだ、殺そうと言うならばそうするしかない。
私がもしも死んだとしても……まあ、それなりに手は打っているよ」

 それが上に立つ人間の責任だ。
 自分は死なないなどと驕って何もしないような人間がトップに居られるわけがない。

「アレクさん……(それなりって何だそれなりって。次こそしっかり殺せよテメェ)」
「そう不安そうな顔をしてくれるな紫苑くん。何、私は大丈夫さ」

 無骨な手が紫苑の頭に乗せられる。
 ワシャワシャと少し乱暴な撫で方だが、何処か優しさを感じさせる手つきだ。

「私は自分が死ねばどうなるか、私がどんな立場に居るのか、ちゃんと理解している。
その上で、死ぬつもりはない。生きて生きて戦い続けることが私の使命だからね。
だからなあ戦友よ、笑ってくれ。あなたならきっと大丈夫とね。そうすれば私は頑張れる」

 かつては恋人も居たが、今は居ない。
 プロメテウスと出会った日に総てを失ってからは脇目も振らずに駆けて来た。
 それ自体に後悔は無いが、今になって"もしも"の可能性が浮かんで来る。
 もしも普通に結婚をして、子供が生まれて、幸せな家庭を築いていたら……。

「――――子供の期待に応えるのが大人の役目だからね」

 昔の自分のようにやんちゃな子供が生まれていただろうか?
 それとも自分を反面教師とした賢い子が生まれていただろうか?
 そんな想像が頭をよぎるようになったのは弱さかもしれない。
 目の前に居る自分よりも、よっぽど強い男の子に"もしも"の可能性を重ねてしまうのもきっと弱さだ。
 アレクは内心で自嘲しつつ紫苑を見る。

 白と黒で分けられたサラサラの黒髪に、
ともすれば冷たさを感じさせるが決してそうではない顔立ち。
 己を見つめ返すヘーゼルの瞳は光の加減で色が変わり、少しおかしい。
 歳相応とはいえないが、それでも自分から見ればまだ子供で……。

「アレクさん?(俺にホモのケはねえかんな。いや、男でも惚れる美形だってのは分かるけど」
『(あなたが何を言っているのか分からないわ)』
「いや、何でもないよ。少しばかり物思いに耽ってしまっただけさ」
「やっぱり疲れてるんじゃ……」
「ハハ、かもしれないな。だからもう少しオッサンの世間話にでも付き合ってくれ」
「ええ、勿論(勘弁しろよ。俺の貴重な時間を何だってこんな中年のために……)」

 こうやって紫苑の余命が無駄なことに使われていると笑いが止まらない。
 決して奴の視点で有意義な時間を過させてはいけないのだ。

「あ、付き合うって言っといて何ですが……俺から話題振っても良いですかね?」
「大丈夫だよ」
「俺は結構英雄や神様なんかと関わる機会がありますけど、他所の国でもやっぱりそういう連中が動いてたりするんですか?」

 幾ら何でも日本だけが集中攻撃なわけがない。
 他所の国でも――そう、例えば中国とかで呂布とか関羽が暴れてたりするかもしれない。
 そういう情報が入って来ないので知らないが、無いということはないだろう。

「ああ……流石に神魔の直接的な干渉はあまり無いが英雄というなら結構居るね」
「例えばどんな?」
「紫苑くんはマーリンを知っているか?」
「アーサー王物語に出て来る魔術師ですね?」

 マーリンという男は強力な魔術や戦術を修めており、万能の才人とも呼べる存在だ。
 その才を如何なく発揮しアーサー王を支えるのだが、彼の最期は実に哀れ。
 愛した女に騙されてそのままデッドエンド。
 自身の未来を分かっていながらも阿呆な終わり方をした男として紫苑の中で好感度は高い。

「そうだ。そのマーリンが彼の国のギルドに接触し、アーサー王の復活が近いことを教えたらしい」
「ということは、アーサーや円卓の騎士達は……」
「人間の味方をしてくれるらしい。ありがたいよ、本当に」

 伝説に謳われるアーサー王と円卓の騎士が人類に着く。
 それはとても心強いことだ――――まあ内部分裂をしなければという但し書きはつくが。

「ただ、ルーマニアでは串刺し公が暴れていたりするんだがね」
「ヴラド三世……」
「人も神も何もかもが憎いと無差別に殺し回っているが安心してくれ。あちらにも屈強な冒険者達は居る」

 紫苑らにお鉢を回すつもりはないらしい。
 まあ、いざとなればアレクが出張って放火すれば良いだけだし。

「後、耳に入っているのはスカアハだな。数少ない神の事例だよ」
「へえ……そりゃまた、アイリーンへの良い土産話になりそうですね。詳しく聞かせてください」
「良いよ。まずスカアハのスタンスは中立。人にも幻想にも組していないしどちらにも敵対していない」
「?」

 人類側ならば人を護るだろうし、幻想側ならば人を殺すだろう。
 だがスカアハは中立で、しかもヴラドやかつてのジャンヌのように全方位に向けて殴りかかっている中立ではない。
 そんな中立的立場のスカアハが一体何をしたのだろうか?

「どういうことだ? って顔だね。なあ紫苑くん、スカアハと言えば?」
「影の国の女王で呪術師――まあ、殴り合いの方が得意みたいですが(ぜってーゴリラみてえな女だよな)」
「そう、だがもう一つ顔があるんじゃないか?」
「……ああ、教師としての顔ですね?」

 スカアハはクー・フーリンを初めとして高名な戦士達を数多く育て上げている凄腕の教師なのだ。
 眼鏡をかけて教鞭と棍棒を持つメスゴリラが紫苑の脳裏に浮かび上がる。
 もし本人が此処に居てこの屑の考えていることが分かっていれば助走をつけて全力で殺しにかかること間違いなしだ。

「正解。アイルランドを中心に素養のありそうな人間に腕試しを仕掛けて弟子を探している真っ最中らしい。
今のところ目ぼしい人材は見つかっていないみたいで、そろそろ国外進出も考えているようだ。
ちなみに死人は出ていない。ボコボコにされてはいるがね」
「ようだって……外、出られるんですか?」
「ああ。死した人間の皮を被って現世に溶け込んでいて、力は殆ど使えないが行動の制限は緩いらしい」

 目ぼしい人材が見つかっていない、
つまり腕試しを仕掛けられた人間は敗れているということだ――――殆ど力の使えないスカアハに。

「私も顔を合わせたことがあるが……あの御仁、色々とインパクトが強かったよ」
「面識があるんですか?」
「一応ね」
「誘われたりは?」
「しなかった。曰く、私はもう完成しているそうだ」

 既に完成されているものに手を加える余地は無い。
 素材としてアレクは実につまらないだろう。自分の色を混ぜられないのだから。

「もしかしたら日本に来て、紫苑くんの仲間の誰かに接触するかもしれないね」

 外道天魔、ルドルフ・フォン・ジンネマン、醍醐栞、醍醐紗織、アリス・ミラーにルーク・ミラー、
逆鬼雲母――――そして大本命のアイリーン・ハーン。
 才気に溢れ、尚且つそれに驕らず精進する彼らは教える方としては極上の素材だろう。
 アレクは冗談めかしているが、案外有り得るかもしれない。

「確かに(まあ俺に関係ないとこでなら何やっても良いですよ、好きにしろよメスゴリラ)」

 もうすっかりスカアハのあだ名がメスゴリラになっている。

「まあ、特に害が無いようだしそうなっても安心です」
「それは良かった。ところで今日はバレンタインだが……もう貰ったのかい?」

 ニヤニヤと紫苑の横腹を小突くアレク。
 その髭引っこ抜いたろかボケェ! と思った紫苑だがグッと我慢。

「いえ……でも、今日はバレンタインパーティやるらしいです」
「ほう、そりゃ良いね」
「良ければ一緒にどうです?」
「そうしたいが会食の予定やらも入っていてねえ……やれやれ」
「そうですか(なあ、カッス)」
『(あん?)』
「(なーんか俺の分だけ薬とか盛られてそうな予感がビンビンするんだけどそんなことないよね?)」

 日が暮れて夜が深まった頃、紫苑はその予想が正しかったのを知ることになるだろう……。
+注意+
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