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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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明星 終

 外道天魔は大馬鹿者だ。
 命を賭け金にして生きるか死ぬかの境界で遊ぶことが好きで好きでしょうがない。
 そんな人間を形容する言葉は馬鹿の一言でこと足りる。
 魔王とのゲームに躊躇いなしに挑む辺りも馬鹿だ馬鹿。紫苑が居ればマックスの嘲笑を浮かべていただろう。

 あるいは剛胆とも言える。
 真っ当な人間ならば殺された上に自分という存在を完全に奪われるというリスクのある戦いを楽しめない。
 この戦い、驚きや困惑はあれどもその裏には必ず喜びがあった。
 どうすれば良い? どうすれば勝てる? 僕はどうなる? ゾクゾクするようなスリルが総身を駆け巡る。

 そんな感情を抱いて戦っていた、チキンレース戦法にしたってそう。
 外道天魔らしい戦い方だ。どちらに天秤が傾くか分からない。
 一つ間違えば自分が死んでしまう、だが同時に勝つ可能性もある。
 二つの可能性を内包しながらも不安定且つ不穏。彼女からすればそれが良いのだ。

 外道天魔は遊びにおいて確実を求めない。ああすればこうなる、こうすればああなる。
 道が決まっているなんてつまらない。不確定であるからこそ燃えるのだという持論を持っている。
 そしてそれこが陥穽だった。確実を求めず絶えず揺れ動くことを好むその性が敗北への片道切符。
 外道天魔が外道天魔のままでは確実に敗北する運命にあった。

「キヒ……アハハ! な? 終わりって言っただろう」

 目には見えないが血飛沫と肉片が地面に落ちる音が耳に届く。
 その量から推察するに間違いなく二人分――つまりはルシファーのそれもということだ。

『カハ、ハ……どうして、気付いたん、だい……?』

 息も絶え絶えのルシファー。
 天魔もそうだが心臓を失ってもすぐに絶命しないのはその肉体のスペックと強靭な精神がゆえだ。
 常人なら心臓をぶち抜くというだけでショック死するだろう。

「フフフ……まだ君は僕の立場を奪っていない、つまり僕は僕のままで僕には素敵な想い人が居るのさ」

 もしも天魔が彼女のままに愉しんで一か八かの賭けに出ていたらこの結果は無かった。
 自分の心臓を貫いて勝手におっ死ぬというくだらない結末が待っていただろう。
 だがそうならなかったのには理由がある、ルシファーの心臓が破壊されたのにはからくりがある。

「曰く、悪魔は勝利の鍵をその人間が気付き難いものにする……ってね」

 ゴボっと血液が口から零れ出すが言葉は止めない。
 これは自慢である。明けの明星なんて大そうな二つ名を持つ魔王様に自分の男を自慢してやりたいのだ。

「僕とまったく同じ性能でまったく同じ思考回路を持っている……それは正しい。
だが同時に、君は任意で僕と君をシンクロさせることも行っていた。
それは基本的に君側が任意で行うものだが、ある条件で僕がシンクロさせることも出来るよう設定していたんだ」

 今にして思えばあの頭突きで最後の視界が閉ざされたことは幸運だった。
 もしも視界が残っていて、疑惑を確かめるために軽く自分を傷付けてもシンクロは起こらなかっただろう。
 そうして更なる疑心暗鬼に囚われていた可能性が高い。
 あそこで視界を閉ざされてしまったからこそ、追い詰められて活路が開けたのだ。

「僕が僕のまま心臓を貫いていれば、それはただの自殺だっただろう。
一番僕らしくない行動こそが、僕から君をシンクロさせる条件だった」

 すなわち確信。正しく勝利をもぎ取れるという絶対の確信こそが必要だった。
 不確定を好み秤が揺れる様を見て愉しむ天魔にとって一番つまらない考え方だ。
 だからこそ、それは勝利の鍵足り得る。

「紫苑くんは言った、勝負を受けた段階では勝てない仕組みになっていると」

 それは悪魔の契約を受けた人間によって様々だが、天魔にとっての勝利の鍵は意識の変革だった。
 そのままでは勝てない、確信という一番らしくないものを武器にして初めて勝利を掴めるのだ。

『それはまた……僕らに対する理解が深いようで嬉しいねえ……』
「だが、同時に悪魔は絶対に勝てない、絶対に負けてしまうような勝負も持ちかけはしない。
必ず勝利の鍵を用意する、そしてそれはさっき言った通りだ」

 こういう場に置いて尤も天魔から遠いものが勝利の鍵として設定されていた。
 絶対の確信こそが天魔サイドからのシンクロ条件。

『そう、君が好まない確信をこそ僕は鍵として設定した……。
だけど、言うは易しで行うは難しだ。どうやって疑いもなく絶対の確信を持つことが出来たんだい?』

 ルシファーはそこが気になる。
 いや、これまでの会話から何となく察してはいるが敢えて言葉にしてもらいたいのだ。
 自分が渇望しながらも、ついぞ得られなかったものを持つ天魔に。

「……確かに、僕の独力ならば確信は持てなかっただろうね。
答えに辿り着けはしても、心の何処かで僕は確実を嫌う。何処かで博打を望んでしまう」

 だが、今回答えに辿り着けたのは天魔一人の力ではない。

「紫苑くんと悪魔の話をしてたから僕は答えに辿り着けた。
あの話からして、これ以外の答えは無いって思った。紫苑くんの言葉が答えはこれしか無いって言ったんだ」

 だったら信じる以外の選択は無い。

「水が高きから低きに流れるように」

 信じよう。

「夜が明ければ朝が来るように」

 信じよう。

「時間の砂が落ち続けるように」

 信じよう。

「生れ落ちた命が、やがて死を迎えるように」

 信じよう――否、信じるまでもない当たり前なのだ。
 天然自然の摂理の如くに己の惚れた男は正しい。
 トコトンまで信じ抜けないのならば恋する乙女なんてやっていられない。

「――――惚れた男を疑うような女がいるかっつー話だよ」

 目は見えないが、きっと天魔は不敵なそれではなく何処までも美しい笑顔を浮かべているだろう。
 そう思うとルシファーは自分が笑顔になるのを止められなかった。

『は、ハハハ……! アハハハハハハ!!』

 これでは勝てる道理があるわけがない。
 成るほど、確かにその通りだ。共に背反の性を抱えながらも我と彼の間には決定的な違いがあるのだから。
 改めて分かり易い言葉で告げられると反論する気すら起きない。
 明けの明星ルシファーは爽快感と共に己の敗北を受け容れた。

「さぁて……どうする、ルシファー? 僕は勝ちだと思ってるが……このままじゃ死ぬ」

 そう、報酬である融合を果たす以外に命を繋ぐ術は無い。

「けど、負けを認めないならばそれでも良い。どっちみち、君も一度死ぬからねえ」

 完全な死ではないとはいえ、再び肉体を形成するまで気の遠くなるような時間が必要だろう。
 ただ、この肉体が死した後に乗っ取られて成り代わられることへの不安が無いでもない。
 が、そんな浅ましい真似をするような相手ならば大丈夫だ。
 紫苑や自分と同じ愛に生きる女達が何とかしてくれるだろうという絶対の信頼が天魔にはあった。
 例え完全に外道天魔と認識された状態であっても、きっと何とかなる。
 その背反の愛が紫苑を害する前に潰えてしまうはずだ。

『フフフ……君が言ったことだろう? いや、君の愛しい人が言った言葉かな?』

 大いなる闇の王がそんなケチ臭い真似をするはずがない。

『――――悪魔は誠実なのさ』

 ヨロヨロとフラつきながらもルシファーは倒れ伏す天魔に近付く。
 目は見えないが、強い強い――明け星のような気配があるから迷うことはない。

「なら――――契約を履行してもらおうか」

 二人の手が触れ合う。その瞬間、凄まじい光輝と闇が天魔の身体に流れ込んだ。
 もしも害意を持っていれば一瞬で爆ぜていただろう。
 だが身体を流れてゆく光も闇も共に優しく、天魔を讃えるようにその身体を癒していった。
 純化が強制的に解除され、何時もならば時間のかかる回復も一瞬で終わる。

「おお……!」

 五体を満たす、かつてない活力。
 背なから飛び出した三対六枚の白と黒の翼が力強い羽ばたきを起こす。
 爛々と黄金に輝く瞳はさながら明け星の如く。

『気に入ってくれたかい天魔』
「ああ、申し分無い。わざわざ魔王との遊びに乗った甲斐があるってもんだ」
『何言ってんのさ。ちゃんと愉しんだんだろ?』
「でも勝つためにはその愉しさを捨てなきゃいけなかったじゃないか」
『それでもトントンさ』
「まあそういうことにしとこう。しかしその喋り方は何だい? 別に素に戻ってくれても良いよ」

 と、そこで思い出す。あの巨大な姿でも喋り方が人間のそれに合わせたものだった。
 ならばあの喋り方が素なのか? だが現世に適合するためとも言ってたし……。
 うーんうーんと首を傾げる天魔。彼女の疑問はルシファーにも伝わっていた。

『あれはいきなり偉ぶった口調になっても困るだろうって配慮だよ』
「じゃあ今は?」
『フレンドリーさを演出するために君の話し方に合わせてるのさ』
「まあ、好きにしたら良いさ。ところで僕にはタトゥーとか無いの?」

 紫苑ならば右腕に蛇のタトゥーが、アレクならば左腕に炎のタトゥーが刻まれている。
 聖書の蛇とプロメテウスを象徴する刻印だ。
 ルシファーと融合したからには自分にも何かあるのでは? 当然の疑問だ。

『あるよ。ズボンをちょっと下ろして御覧』

 流石に人の目があるところでは天魔も躊躇っただろうが今この場に居るのは自分とルシファーのみ。
 言葉通りにジャージのズボンを下げてみると、下腹部辺りにヘキサグラム――六芒星のタトゥーが刻まれていた。

「まぁた際どい位置に……」
『それでも見られるのは同性の友人か、紫苑くんぐらいだろう?』
「まあそうだけどさ」
『それより、そろそろ帰るかい?』
「いや……もう少し、此処に居たい」

 フワリと浮かび上がり空と大地の狭間寝そべる天魔。
 人間に飛翔する機能などないため戸惑うかと思ったが、違和感なく飛ぶ機能を使えているようだ。

「此処、落ち着くよねえ」

 形は違えどもこの場所は背反を象徴している。
 同じく背反を抱える天魔からすればルシファーの領域は実家の如く落ち着く場所だった。

『ああ、我ながら気に入ってるよ。いざという時のセーフゾーンとしても使って良いよ』
「良いのかい? 僕以外でも」
『良いさ。言っただろう? ホストに貢ぐアラサー女の如く協力するってね』
「そう。なら必要な時は遠慮なく使わせてもらうよ」
『うん、御自由に。ああそうそう、一応説明しておくけど翼の数が力の目安だと言って良いだろうね』
「翼の数?」
『幻想の領域で今君が出せる全力が、六枚。現世に行けば二枚くらいになるだろう』
「大幅ダウンか……」
『それでもこれまでの君に比べれば雲泥の差だよ。何せ、腐っても魔王の力だからねえ』
「ちなみに六枚以上を出せたりするのかな?」
『それはこれからの君の成長次第だ』
「成るほど、伸び代はあるわけだ」

 ならば問題は無い。これからも精進し続ければ良いだけなのだから。
 天魔は新たに手に入れた力を実感しつつ、更なる努力を決意する。

「ちなみにさぁ、今の僕とアレクサンダーさんがやったらどうなる?」
『君の負けだ。憑いてる側である僕とプロメテウスでは圧倒的に僕が勝ちだけどね。
あっちは年季が違う。抜群の親和性と力の使い方を心得ている。
十回やって二回ぐらい偶然勝てたらラッキー程度だと思っておくと良い。今のところは』
「さらりと自分がプロメテウスより強いって言うんだね」
『事実だもの。こっちは悪魔の王であっちは大勢居る神の一柱じゃん』

 他所の神話に喧嘩を売るような発言だが……まあ、悪魔なので問題無いか。
 ヘコへコ媚び売るような悪魔なんて悪魔らしくしないし。

「……」
『……』

 ふ、っと話題が途切れる。
 気まずくはないが、これはある種のチャンスだ。
 話題が尽きたのならば割と聞き難いことを聞くのも悪くないだろう。

「ねえルシファー、君が僕に成りたかったのは羨ましかったからだろ?」

 本人からすればあまり指摘されたくないことかもしれない。
 天魔はそう思っていたのだが、

『うん、その通りだよ』

 ルシファーは否定することもなくあっさりと天魔の言葉を肯定する。

『僕は僕の愛を誇りに思っているし、忌まわしくも思っている。
だが、惜しむらくは僕の愛が向かう先――――父なる神の想いを知ることもなく消えてしまったことだ』

 その小さな不満が表れた言葉が「我らが神はあなたの想い人のように言葉を尽くしてくれませんので」だ。
 天魔もその言葉でルシファーが自分に羨望を抱いていることに気付いた。

『僕のような存在はやろうと思えば心を読むことだって出来る。
だけどそれにしたって格の問題がある。同格や格上には通じない……君の想い人のようにね。
彼はそれに気付いているのかいないのか、ちゃんと言葉と行動で自分の意思を示している。
こういうところ、人間ってのは良いよね。君らは言葉にすることの大切さを知っている』

 正確には言葉で人を騙すことの大切さを知っている、だ。

『我らが神の御心は僕程度じゃ推し量ることも出来ない。
だから嘘でも良い、何か一言が欲しかった。否定でも肯定でも良い……僕の気持ちに答えて欲しかった』

 だからこそ、羨ましい。外道天魔という唯の人間の少女が酷く羨ましい。

『君は君の背反を真っ向から想い人に伝えて、その上で明確な信を得ている。
こっちへ来る前のやり取りとか……かなりの嫉妬もんだったよ』

 答えをくれたら嬉しい、肯定してくれたのならばもっと嬉しい。
 春風紫苑は全知全能ではない。それでも己の愛を肯定してくれるかもしれない存在は稀有だ。
 移り気と笑わば笑え。だが、愛を向ける対象は既に無くて、かといってその後を追うことも出来ない。
 ルシファーは愛の無い生の無意味さを知っているからこそ契約を持ちかけたのだ。

『ぶっちゃけると寂しかったのさ。だから、君に成って僕の背反を誰かに抱き締めて欲しかった』
「……まあ、気持ちは分かるよ」

 春風紫苑という人間が稀有なことは天魔自身もよーく分かっている。
 自分や他の面倒臭い女達の心を真っ向から受け止めて救ってくれる人間なんて世界で彼一人だ。

「僕や皆にとって、紫苑くんこそが楽園なんだ」

 当人ですら嫌う性ですら否定せずに向き合ってくれる。
 その上で否定もせず、それで良いのだと優しく笑ってくれる。

「僕らがどうしようもなく間違ってしまっても、紫苑くんが引き上げてくれる。それはきっと何よりも幸福なことだよ」
『分かっているよ。だから僕は君に成りたかったんだからね』
「フフフ……乗っ取ったりしてみるかい?」
『そこまで堕ちる気は無いよ。精々、この中で温かい陽だまりを感じさせてもらうとするさ』
「ハハ、じゃあそろそろ帰るとしようか。紫苑くんも心配してるだろうし」
『うん。今度は超特急で帰るとしよう。天魔、意識を集中させて御覧。現世へ通じる道をイメージするんだ』

 ルシファーの指導で扉を開き、天魔はそこを潜って現世へ。
 今回は行きのように長い走馬灯を見ることもなくすんなりと拠点へ辿り着く。
 戻って来た天魔を見てダンテが驚いているが、

「(帰って来やがったこのアマ! 流れ的に死んでるんじゃねえの!? つか何その翼!?)おかえり、天魔」

 紫苑はあくまで(表面上)笑顔だった。
 心配なんてしていなかった、当然戻って来ると信じていたと言わんばかりの御化粧だ。

「ただいま、紫苑くん」
「き、君は……天魔、なのか……?」

 困惑気味のダンテ、だがそれも無理からぬこと。
 今現在の天魔は瞳が爛々と黄金に輝き、背中からは白と黒の翼が生えている。
 出て行く前と明らかに違う部分――それもルシファーを思わせるパーツが増えているのだ。
 困惑しない方がおかしいだろう。

「ああ僕だよ。これは戦利品、ルシファーと契約を結びその上で勝負を行って得た正当な報酬さ」
「悪魔と契約を!? き、君は何を考えているんだ! 相手は明けの明星ルシファーだぞ!?」
「(パワーアップかよ! そんなイベント要らないんだよ目立つなふざけるな死ねェ!)落ち着いて下さいダンテさん」
『そうだぜ……にしても天魔、お前も俺様達と同じになったわけか』

 その言葉がにダンテがギョっとする。
 俺様達と同じ――つまり、聖書の蛇であるカスと紫苑のようにルシファーと融合したということに他ならない。
 とても看過出来るものではないだろう。
 信仰云々の前に魔王を身体に住まわせるなど真っ当な大人が心配しないわけがない。

『まあね。それよりボス、安心してくれて良いよ。悪魔は誠実だ。敗北した以上、僕は天魔の意思に従う』
「ま、そういうことだ。心配してくれるのは嬉しいけど余計な御世話だよ」

 これ以上面倒な問答をするつもりはない。
 天魔の明確な意思表示にダンテは何も言えなくなった。
 そもそもからして借りがある相手だし、何より己とは踏んだ修羅場が違う。
 その天魔が問題無いという以上、これ以上は余計だろう。
 何せ紫苑までもが静観しているのだから。

「……分かった。だがルシファー、お前に聞きたい。私の部下の肉体は何処へやった?」
『ん? 気付かなかったのかい? この拠点の医務室に転移させといたよ。今はまだ寝てるだろうけどね』
「……そうか。紫苑、天魔、すまないがもう少しここに滞在しても良いだろうか?」
「構いませんよ。医務室は廊下の案内板を見ればすぐ分かると思いますので」
「ありがとう。では、少し見舞って来るよ」

 色々話したいこともあったが、本来の部下が戻って来たのならまずはそっちを優先すべき。
 それが上司としての役目だとダンテは食堂を出て医務室へと向かった。

「そんなに時間は経ってないみたいだけど……皆はまだ帰って来ないの?」
「ああ。栞と紗織は、家の方の仕事が忙しいみたいでな。
アリスとルーク、雲母さん以外の面子も家族との時間があるだろうしすぐには帰って来ないだろう」

 天魔も出て行き、そして他の面子もしばらく帰って来なければ良いのに……。
 紫苑は表面上愛想良くしながらも大きく溜息を吐く。

「じゃあしばらくは二人きりってわけだ」

 ルシファーの力を停止させ、翼と瞳を元に戻す。
 オンオフの切り替えが容易いのはルシファーが天魔に協力的だからだろう。

『僕も居るよ?』
『俺様も居るよ?』

 同居人達が自分の存在を主張する。

「(はぁ……ルシファーは力を貸してくれるのにお前と来たら……)」
『(いやいや、俺様も力貸してるよ? 酒呑童子に勝てたの俺様のおかげじゃん!)』
「(昔のことを何時までも……はぁ、女々しい爬虫類だこと)」
『(昔のことって言うならお前だって過去の一方的な怨み辛みは忘れてねえじゃん)』
「(そりゃパーフェクト聖人たるこの俺への無礼だぞ、忘れるわけないだろ)」

 このぐうの音も出ない畜生っぷりよ。

「あー……そういや君らも居たね」
『さっき一緒になったばかりなのに酷くないかい?』
「力をくれるのは嬉しいんだけどなぁ……こう、プライベートとか……ねえ?」
『エロいことする時は視界を閉ざして二、三時間寝てるから心配要らないよ』

 気の利く魔王である。

「そう? それなら良いんだけど」
「(よ く ね え よ)」
『そもそも僕ら人間じゃないし……ねえ?』
『ああ、見えてても正直だから? って感じだよな』
「(死ねよ化け物二匹)」

 頭痛に苛まれつつ、冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを天魔に放り投げる。
 この辺りの細やかな気配りが厭らしい。

「ん、ありがと」
「どういたしまして」

 渡されたスポーツドリンクはすぐに空になった。
 そう長い時間ではなかったが、集中力を高めていたので随分消耗していたらしい。

「ねえ紫苑くん」
「ん?」
「改めてありがとう。君のおかげでルシファーに勝てた」

 脈絡の無い発言に首を傾げる紫苑。
 天魔とルシファーの戦いについてまだ詳細を聞いていないのでそのリアクションも当然だ。

「ほら、何時だったか悪魔の話をしてくれただろう?」
「ああ……あれか。役に立ったか?」
「勿論。あれがなきゃ僕は死んでただろうね」
「(話 さ な き ゃ 良 か っ た)」

 多大な後悔が紫苑を襲う。
 もしもあの話さえ無ければ天魔は負けていたのに――言い訳のしようもない糞野郎である。

「紫苑くんの言う通り、悪魔は誠実だったよ。伊達に魔王なんて名乗ってないね」
「そうか……だが、勝利の切っ掛けとなったのは俺の言葉でも実際に掴み取ったのはお前だよ天魔」

 だから礼は要らないとスカしてる紫苑だがその内心は察して余りある。
 何時も通りに醜く勝手なことを考えているのだろう。

「フフフ……じゃあ、僕と君で掴み取った勝利ってことにしとこうか」

 と、そこで天魔は自分の義肢が砕け散っていることを思い出す。

「紫苑くん、着替えがてらちょっと義肢の交換して来るよ」
「ああ」

 紫苑に断りを入れて食堂を出る。
 途中で医務室を覗くとルシファーが使っていた女性が安らかな顔で眠っていた。

「なあルシファー、君はあの人の身体を借りる代わりに何を与えたんだい?」

 自室に戻りタンクトップとズボンを脱ぎ捨てる。
 衣類を散らかすのはだらしなさの表れなので改めるべきだろう。

『個人情報……と言いたいけどまあ良いか。彼女はボス――ダンテに恋をしてるのさ』
「はぁ? 妻子持ちなんじゃなかったの?」
『ああ、勘違いしないでよ。あくまで彼女の片思いでダンテの家庭をどうこうしようって気は無いさ』

 そもそもカトリック的にも常識的にも妻子ある男をどうこうしようというのはアウトだ。
 ダンテの秘書を務めるだけあって、ルシファーが身体を借りた彼女もしっかりした人間である。

『忍ぶ恋とでも言うのかな? 上司と部下の関係でも傍に居られればそれで良い……いじましいだろ?』
「まあ、確かにそうだね」
『彼女は天使達の襲撃でダンテの中に葛藤が生まれたのを察していた。
そしてそれに心を痛めていてね……何とか救ってあげたいと思っていたんだ』

 ベッドの下に置いてあったトランクからスペアの義肢を取り出してガチリと嵌める。
 義肢を接続する際の何とも言えない感覚に顔を顰める天魔。

『それを僕が叶えてあげた。春風紫苑に会うという道を示してね。
まあ、流石に大の大人が子供に縋りつくのはどうかと思ってたし、
何より紫苑は重責を負う立場だから余計な負担はかけたくないとも思っていたようだが……ね?』

 そこをチョチョイと誘導して日本行きを決断させた。
 長期休暇についてもルシファーがあれこれと細工をしたからこそ受理されたのだ。

『そして見事ダンテは吹っ切れたわけだ』
「……ああ、途中でトイレとか言って姿を隠してたのはそういうわけか」
『うん。僕が居るせいで話が拗れても厄介だからねえ。約束はしっかり守らないと』
「でも大丈夫なのかい? ダンテさんの部下ってことは彼女も……」
『ああ、カトリックだ。そんな彼女が僕の手を借りたのは教義的にアウトだが、君が言わなければそれで良い』

 ルシファーの力を借りた彼女は自身の上司であり想い人でもあるダンテに素直に告白するだろう。
 だが、信仰を振り切り大事なものを見出した今の彼ならば部下を罰するとかそういうことはしないはずだ。
 つまり八方丸く収まって万事解決、ハッピーエンド!

「そう……なら良いさ」
『ああ……っておや、下着も替えるのかい?』

 ブラとパンツも取り払って真っ裸になった天魔は箪笥の下着エリアを睨み付ける。

「なーんか、皆今日一日ぐらい帰って来ないような気もするし……ねえ?」
『やーらしーんだー』
「ほっとけ。ああ、そういえばさ。君って魔王じゃん?」
『うん、魔王だよ。それが何か?』
「いや、王様居なくなって平気なのかって思ったんだ。他の悪魔がどういうスタンスかは知らないけどさ」

 統率者を失った集団はどうなるのか、別の頭が生まれるか瓦解するかのどちらかだろう。

『問題無いよ。僕は魔王だが、特に命令したりとかそういうことはしないからねえ。
自主性を尊重してるのさ。だから僕が居なくても好き勝手やるだろうよ。
人間に味方する者、人間に興味は無くて天使を敵視する者、どちらも憎いから両方ぶん殴る者。
やりたいことはそれぞれだろうし、口を挟む気は無い。代わりに僕の行動にも口を挟むなってのが僕のスタンスでね』

 尚、それでも邪魔をして来る相手は力づくで排除する模様。

「自由だねえ」
『悪魔だからねえ』

 悪魔が行儀良く右に倣えをしている方がおかしいのだ。
 己の我欲のままに、真摯に、滑稽に、浅ましくも品を忘れずに動くことこそが悪魔の本懐である。

『それよりまだ決まらないのかい?』
「うん……服とかだったら良いんだけど、下着はねえ……」

 未だに下着エリアを睨み付けたまま微動だにしない天魔。
 年頃の少女が自室とはいえ、全裸で仁王立ちしたまま下着を物色するという絵ヅラは色々な意味で酷い。

『ふぅん……にしても、多種多様だねえ……何か隠すことを目的としていない下着とかもチラホラあるし』
「まあ、大昔に比べれば下着も色々バリエーション増えただろうねえ」
『ああ、軽くカルチャーショックだよ。人間は面白いなぁ。というかさ、ふと思ったんだ』
「あん?」
『こういう下着が生まれたのって聖書の蛇――カス蛇のおかげじゃん?』
「そうなの?」

 ちょっと詳しければ分かることだが、生憎と天魔はそういう知識を所持していない。

『そうさ。蛇がアダムとイブを唆して智慧の実を喰らわせることで彼らは羞恥心を覚えた。
裸のままで居る自分に違和感を覚えたんだね。
そうして無垢さが失われた彼らは恥ずかしい部分をイチジクの葉で覆い隠したんだ』
「へえ……葉っぱで隠すってなーんかそういう芸人居そうだよね。葉っぱ一枚あれば良いって」
『そんなヤッターな芸人居るかな? ま、それはともかくこの逸話を踏まえた上で考えて欲しい』
「うん」
『――――聖書の蛇は下着の生みの親と言っても差し支え無いんじゃないかな?』

 カス蛇が聞けばどういうリアクションをするのだろうか。
 何とも反応に困るのではなかろうか。下着の生みの親って……。

「成るほど、つまり僕らが多種多様な下着で紫苑くんに迫れるのは彼のおかげってわけか」

 それは何か違うのではなかろうか?

『そう考えると女性にとっては偉大だよね、聖書の蛇』

 人間に原罪を背負わせて今日の世界を創ったと言っても過言ではないカス蛇。
 何かすっごい大物感が滲み出ていたのに、下着の生みの親と言われてしまえば一気に小物感が滲み出した。

「確か林檎好きって言ってたし、今度お供え物でもしようかな?」

 ルシファーとの会話は特に関係ないだろうが、ようやく下着が決まったらしい。
 天魔は選び取った下着を着けて先に用意していた衣服に身を包む。

「とりあえずダンテさんとそのお連れさんが居なくなった辺りで迫ろう」
『バレンタイン近いし、いっそ全裸で身体にチョコでも塗り付けたらどうだい?』

 食べ物で遊んではいけません、魔王であろうとも守るべきルールである。
+注意+
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