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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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山奥でロリと戯れよう

 ゴールデンウィーク初日、紫苑らは深い山の中に居た。
 秘湯が売りの御宿に行くためなのだが……

「(交通機関ねえのかよ! 徒歩かよ! 現代ッ子舐めんな!!)」

 あるわきゃねえだろ。だから秘湯ってんだよ。

「良い空気だな……澄み切っている。臓腑まで洗われているようだ」

 ご満悦のルドルフも含め四人はリラックスし切っている。
 紫苑も別に疲れているわけではないのだ。
 伊達に冒険者の肉体を持っていない、多少の山くらいは楽に踏破出来る。
 だが、それとは別に楽をしたいと思うのが人間と言うもの。

「御宿の方には夕方までに着けばよろしいんですよね?」
「うん。やから、のんびり山を散策しながらでも問題はないよー」

 女二人がそんなことを話している横ではルドルフが川に飛び込んでいた。
 貴公子然とした見た目だが、存外稚気にも溢れているらしい。

「普通の山に来るなんて、そう言えば初めてだなぁ。ダンジョンなら行ったことあるけどさ」

 孔の向こうに存在するダンジョンは何も石壁造りのものばかりではない。
 時にはおどろおどろしい山の中や、砂塵吹き荒ぶ荒野に出ることもある。
 だからこそ普通の山と言うのが新鮮なのだ。

「(……熊みてえな奴に襲われたっけか)」

 何度目かの授業でダンジョンを探索していた時のことだ。
 山の中で空からいきなり熊が降って来た。
 比喩でも何でもなしに降って来たのだ。
 分厚い毛皮は打撃も糸で造った刃も通らず、
ようやく倒したと思ったらイタチの最後ッ屁とばかりに毒の霧を撒き散らして絶命。

「(この山ならそんなこともないだろう……)」

 そう思うとダラダラと山の中を往くことも悪くないかと思えて来た。

「山紫水明とはよく言ったものだな。心が安らぐよ」

 危険が無いと思えば山も悪くない、紫苑の頬が微かにだが緩む。

「日は暖かく、風は涼し。良いものですね」
「(すかしてんじゃねえっての)そうだな。時間を忘れそうになる」

 木陰で草団子を食べている天魔、川遊びをしているルドルフと麻衣。
 それらを一歩引いた距離から眺める紫苑と栞。
 穏やかな光景ではあるが何処か学生らしくない。

「紫苑さんは山は初めてですか?」
「いや、昔親に連れられて行った覚えがある。
山中の開けた場所に菜の花畑があってな。とても綺麗だった覚えがある」

 何て言ってるが、幼少の紫苑も今と基本的に変わっていない。
 山歩きなんかをさせられて内心では何時もと変わらず悪態を吐いていた。
 両親はそんな我が子の心情も知らずに楽しそうに笑っていたのだから……救えない。

「亡くなられた御両親とですか……どんな方だったんですか?」
「どんな方、か……(と言うか気になってたがどうしてコイツそんなこと知ってるの?)」

 両親が居ないことを実際に話したのは天魔だけだ。
 栞にもルドルフにも麻衣にも話していない。
 だと言うのに彼女は何故知っているのか、出身中学も把握していたりと気味が悪い。
 いや、調べたと言うのは分かる。
 醍醐の家の力を使えばすぐに判明するだろう。
 しかし、何故それを調べたのかが紫苑には分からない。

「(前も思ったが……マジでストーカー? 辛いわー……イケメン辛いわー……)」

 なんてウザイぼやきを垂れ流しつつ、両親の記憶を辿る。
 紫苑の両親は顔に自信を持つコイツの親だけあって父母共に美形だった。
 父からは鋭い目つきと形の良い唇など全体的な顔の形を、
母からは栞のそれとも遜色ない黒髪と日本人にしては珍しいヘーゼル色の瞳を受け継いでいる。
 珍しいことに紫苑は美形に生んでくれた両親にはとても感謝しているのだ。

「(人間、何のかんの言っても面だからな。不細工なんて生きてるだけで損だし)」
「すいません、辛いことを思い出させてしまいましたか?」

 紫苑の沈黙をどう受け取ったのか、栞は申し訳無さそうに頭を下げている。
 その姿を見て良い気分になるコイツはとことん駄目な奴だ。

「いや、そんなことはない。懐かしい思い出を辿っていただけなんだ」

 山の話をしていたからだろう、その時の記憶を思い出した。

「母さんは、歌が上手かった。それを知ったのはさっき話した菜の花畑でだ」
「へえ……」
「気分が良くなったのかな? 花畑の中心で歌い始めたんだ」

 尚、紫苑(小)はそれを冷ややかな目で眺めていた模様。

「童謡の朧月夜――だったかな。何とも安直な気はするが、聞き惚れたよ。俺も父さんも」

 紫苑の脳裏には何時もは表情を余り変えない父親が、
微かに笑っていたのを見て気持ち悪かった記憶が蘇っていた。
 あんまりにもあんまりな子供である。

「父さんは……そうだな、余り喋らない人だった。表情も常に固くてな」
「ふふ、紫苑さんはお父様似なのですね」
「(ん、さりげに馬鹿にしたコイツ? あんな顔だけ野郎と一緒にするなよ)そうかもしれん」

 お前は顔に加えて口があるだけじゃないか。
 母が居て父が居なければ生まれて来ることすら出来なかったと言うのに……
 何とも親不孝な息子だ。

「ただ、俺が機嫌を悪くして不貞腐れてる時、よくお菓子を買ってくれた。
何時もそうなんだ。眉をハの字にしてな、困った顔で俺に手を差し伸べるんだ。
お菓子を買いに行くぞって合図なんだが……困った父親だよ。何も言わないんだからな」

 そんな父を見てコミュ障にだけはなるまいと誓った幼いあの日。

「良い御両親だったのですね」
「ああ(遺産も沢山遺してくれたしな)」

 散々ディスってはいるが、紫苑は紫苑なりに両親を愛していた。
 居なくなった現在では過去のものとして既に愛情は消え失せているが、それでもかつては確かに愛が存在していたのだ。
 決して真っ当ではないひねくれた愛情があった。
 まあ、それならば無い方がマシかもしれないが。

「……」

 しばし、無言の時間が流れる。
 木々のざわめき、風の音、川辺ではしゃぐ声、それらだけがこの場を満たしていた。
 だが、ふっと何か思い至ったように栞が口を開く。

「菜の花畠に、入日薄れ、見わたす山の端、霞ふかし」

 瞳を閉じ、胸に手を当てて歌を紡ぎ始めた栞。

「(……何いきなり歌っちゃってんのこの女。頭がお花畑なのかしら?)

 両親を懐かしんでいた紫苑に、せめて歌だけでもと言う心遣い。
 栞自身も歌に自信があり、実際に上手いのだが奴の心には響いていないようだ。

「春風そよふく、空を見れば、夕月かかりて、にほひ淡し」

 清浄な山の空気に溶けてゆく済んだ歌声。
 気付けば川辺に居たルドルフらも栞の歌に聞き入っている。

「里わの火影も、森の色も、田中の小路をたどる人も」
蛙のなくねも、かねの音も、さながら霞める――――朧月夜」

 如何でしたか? そう問いかけるように笑う栞。
 それがドヤ顔にしか見えない紫苑は内心で唾を吐く。

「(ケッ……歌上手いアピールとかいらねえですよ)素敵な歌声だった。母を思い出したよ」

 実際、黒髪ロングの大和撫子然とした容姿はとてもよく似ている。
 これで栞の瞳が鳶色でなくヘーゼルだったならば更に近付けただろう。

「お粗末様です」

 優雅に一礼して朗らかに笑うその顔がまたムカつく。
 徹底的に他者を認めないその姿勢は、
ともすれば幼少期に何か深刻なトラウマを負ったからか?
 そう思ってしまうが別にそんなことはない。ナチュラルに他者と馴染まないだけだ。

「さて、そろそろ行こうか。川遊びなら明日でも出来るからな(ガキ臭いことこの上ないぜ)」

 紫苑の号令で一行は再び宿を目指し始める。

「なあ、一つ聞いて良いかルドルフ」
「ん、何だ?」
「――――その格好は、どうした?」

 宿への途上でずぅっと気になっていた問いを投げる。
 ルドルフ・フォン・ジンネマン、この男――――何故か甚平を着ているのだ。
 紫苑も白のハーフパンツに黒の半袖シャツと随分ラフな格好で、
山歩きをするような出で立ちには見えないがそれでもルドルフほどではない。
 涅槃、と背に書かれた藍色の甚平姿のルドルフは端的に言って馬鹿だろう。

「ほう、ようやくか」

 ルドルフが待ってましたとばかりに目を輝かせる。
 ずっと質問して欲しかったようだ。

「(ああ……聞いて欲しかったんだ……普通にウザイ)」
「以前から和装に興味はあったのだが機会が無くてな。
しかし栞に色々と教えて貰って行き着けの店を一つ紹介してもらったのだ」

 その場でモデルのように一回転するルドルフ。
 実際面もスタイルも良いからモデルでも不思議じゃないのだが、漂う馬鹿さが拭えない。

「でも、山歩きに着て来ること無いんちゃう?」
「ええ……その、確かに私達は着物であろうとも問題無く山を越えられますけど……」
「普通に不釣合いだよね。出来ればこのままスルーしていたかったよ」

 女三人には不評のようで、碧眼が寂しげに揺れている。

「……そんなに気に入っているのか?(ザマァwww)」
「ああ、良くないか? 何故日本人はこれを着ないんだ?」
「夏祭りや部屋着で使っている人間は居るんじゃないか?」

 加えて流行り廃りもある。

「そうか……ジンベイもサムエも素晴らしいのになぁ」
「だからってわざわざ山の中で着るこたぁ無いと思うけどね」
「この素晴らしさを伝えたかったのだ」

 むしろ逆効果ではなかろうか?

「まあでも、風呂上りで寝間着に言うんなら……ええんちゃうかな?」

 さりげなくフォローを入れる麻衣、自己主張も激しく無いし良い子だ。
 これで紫苑が妬むほどの才が無ければ彼に口説かれていたかもしれない。
 まあ、才が無ければAクラスにも入らずに出会いの機会も無かっただろうが。

「それより、着いたみたいですよ」
「む……少し想像していたのと違ったな」

 山中の開けた場所に建っていたのはペンションだった。
 紫苑の想像では隠れ家的な旅館だったのだが……

「あ、あっちから湯気見える! ええなぁ……温泉、すぐにでも入りたいわ」
「同感だ(まあ、温泉があるならどっちでも良いか)」

 代表して紫苑がクラシックなドアチャイムを鳴らすと、
一分もしないうちに恰幅の良い中年女性が迎えてくれた。

「ああ、いらっしゃい。話は聞いてるよ! さ、入った入った」

 中々に豪快な女性のようで、紫苑の背をバンバンと叩いて入室を促している。

「失礼します(背中叩くなクソ婆が!)」

 外観から予想は出来ていたが、中は広くちょっとした小学校くらいの大きさだ。
 紫苑は受付でチケットを渡し、宿泊簿に名前を記入し鍵を受け取る。

「夕飯は午後の六時に食堂で。
遅れた場合でも一応取ってはおくが出来たての方が美味しいよ。
それと温泉の入浴時間は午後零時までで、始まるのは六時からだ」
「分かりました(とりあえず荷物置いて一風呂浴びるかねえ……)」

 全員に鍵を渡して、それぞれの部屋に行こうとする紫苑に待ったがかかる。

「何ですか?」
「今日は御客さんら以外にも二人ほど宿泊客が居るのさ。可愛い兄妹でね。仲良くしてあげなよ」
「(ハッハッハ、余計な御世話だクソ婆。見知らぬガキなんざ知るかよ)分かりました」
「頼むよ――って、噂をすればだね」

 勢いよく開かれる扉、飛び込んで来たのはそれはそれは可愛らしい女の子だった。

「ただいまおば様! 聞いて聞いて、私ねお花摘んで来たのよ♪」

 背中まで伸びた金髪に碧眼、藍色のエプロンドレス。歳の頃は十歳ほどだろうか?
 その少女は世界的に有名な童話の中から飛び出して来たのかと錯覚するほどアリスだった。

「おば様にプレゼントしてあげる」
「はは、ありがとよアリスちゃん。それよりほら、ご挨拶ご挨拶」

 そこでようやく少女は紫苑らに気付いたらしく、ニッコリと笑みを浮かべる。

「初めましてお兄さん、お姉さん。私はアリス・ミラーよ。仲良くしてくれると嬉しいわ」

 スカートの端を摘まんでチョコン、とお辞儀する姿に紫苑を除く面子が口を抑える。
 だって仕方ない――――可愛過ぎるのだから。

「お初にお目にかかる、フロイラインアリス。私はルドルフだ」
「初めまして、醍醐栞です。よろしくね、アリスちゃん」
「うちは麻衣! 気軽に麻衣お姉ちゃんって呼んでーな」
「僕は天魔だ。よろしく頼むよお姫様」

 慈愛溢れる眼差しで自己紹介をした四人とは対照的に、

「(ふはぁ……鼻につく御ガキ様ですこと! あーやだやだ。
ガキだからって無条件でチヤホヤされるとか思ってんじゃねえよ。
何そのスカート摘む仕草? 言っておくけどそんなのが赦されるのは今だけだからな。
テメェが大人になる頃にそんなのやっても痛いだけだから!
つーか欧米人って劣化早いからテメェもとっとと不細工になるんだぞ?
ってか名前何ですって? アリス? アリス? だからそんな服装?
頭のおめでたい親御さんですわねー。不思議の国(笑)にでも行けば良いじゃないですか。
言っておくけどな、俺はそこのロリコン共と違ってガキに迎合する男じゃねえからな。
絶対チヤホヤしてやるもんか、反吐が出るぜ! 熊にでも食われろバーカ)」

 春風紫苑はどこまでも春風紫苑だった。
 何時にも増して毒を吐いているのは子供が大嫌いだからだ。
 無条件で何をしても赦される風潮がある子供など唾棄すべきもの。
 ついでに言うならコイツはアイドルとかも嫌いである。
 馬鹿な客に媚売ってチヤホヤされるのがそんなに好きか枕ビッチが!
と毎回テレビの前で毒づいているくらい嫌悪している。
 紫苑は兎に角チヤホヤされている人種は平等に嫌いなのだ。

「あれ、そちらのお兄さんはどうしたの?」

 キョトン、と小首を傾げる仕草すら見ているだけでマジギレ寸前だ。

「あ、分かったわ! 私が可愛くてビックリしてるんでしょう?」

 ヒラヒラとスカートを泳がせながら回るアリス。
 第三者視点でこの場の光景を見ていれば絵本の一ページと錯覚しそうだ。

「ねえ、アリスは――――可愛い《・・・》わよね?」

 皆に笑顔で同意を求めるアリス、紫苑を除く面子は皆微笑ましそうに頷いている。

「うむ、可愛らしいぞ。こんなに愛らしい御嬢さんは初めてだ」
「ええ、とっても可愛いですよ。まるで絵本から飛び出して来たかと思いました」
「せやな、めっちゃ可愛いわ! ギュってしたくなるくらい」
「同感。君はとっても可愛いよ。将来素敵なレディになるだろうね」
「おばさんの小さい頃よりずっと可愛いわな。男の子にもモテモテだろうねえ!」

 皆が口々にアリスを褒め称える。
 それが更に紫苑の逆鱗をガリガリと削っていた。

「(カーッ……ペッ! ガキを甘やかしてんじゃねえよ駄目人間共が。
こう言うガキに迎合する奴らが居るからクソガキ共はつけあがるんだっつの。
誰か一人くらい調子乗ってんじゃねえよボケが! ぐらい言ってみろや。
どいつもこいつも腑抜けばっかりだ。あーやだやだ……こんな風にはなりたくないもんだぁ!)」

 何も言わない紫苑を見て不安に思ったのか、アリスの眉がハの字を描く。

「……アリス、可愛くないの?」

 その一言で全員から何黙ってるんだ、どうした? と言った具合の視線が向けられる。
 これは正に針の筵。空気に合わせなければ体面に関わるだろう。
 内心で忸怩たる思いを抱えながら紫苑は微かに笑顔を浮かべる。

「いや、君はまるで――――お人形さんみたいだよ(・・・・・・・・・・)

 お人形さんみたい、と言うのは子供を褒める時によく使うだろう。
 可愛いと言った類の意味合いを持つ言葉なので当然だ。
 しかし、紫苑はそうは受け取っていない。

「(人形って気持ち悪いだけだよな。日本人形もビスクドールもまともめてキモイわ)」

 お人形さんみたいだと口にしたのはせめてもの抵抗だったようだ。
 何が何でも可愛いとは言いたくない――――子供より子供じゃねえか。

「(ハハ、精々浮かれてやが――――!?)」

 一瞬、ほんの一瞬だがアリスから表情が消え、
サファイアの目が瞳孔、白目含めて完全なる闇色に染まったように見えた。
 見間違いか? そう思って皆の反応を伺おうとして――――止める。
 全員の視線が紫苑に向けられていたことに気付いたからだ。

「えへへ、嬉しいわ♪ でも、どうして素っ気無かったの? アリスのこと……嫌い?」

 刹那に見たものが嘘かと思えるような笑みでアリスは問う。

「(……帰りたくなって来た)いや、違う。お兄さんは器用な性質じゃなくてな。
君みたいな年頃の子にどう反応すれば良いかイマイチ分からないんだよ」

 その言葉に皆が笑い出す。

「はは、何とも卿らしいなぁ」
「紫苑さん、子供に性質だなんて言葉は分かりませんよ」
「せやね。簡単な言葉使わなあかんよ」
「(ファーック! 黙れクソガキのご機嫌取りしてるお前らが俺に話しかけんな!)」

 困ったような顔で頬を掻きながら紫苑は只管自分以外の人間を罵っていた。

「だから、その……何だ? お兄さんは君を楽しませてやれるような男じゃないんだ。ごめんよ」

 意訳すると俺に近付くなボケ! だ。

「ううん、気にしないわ。私、お兄さんのこと大好きよ!」

 紫苑のお腹に手を回し顔を擦り付けるアリス、
ロで始まってンで終わる性癖を持つ人間なら幸せ過ぎて死んでいたかもしれない。
 だが、されている当人にとっては地獄だ。
 ただでさえ嫌いな子供、それに加えて先ほど見せた変貌。
 お近付きになりたいと思えるような人種ではない。

「子供は苦手だが子供に好かれる、か。フフ、卿の人柄は彼女にも伝わっているらしい」
「ええ、誠実さを感じ取っているのでしょうね。子供だからこそ」
「(お前らマジで三回くらい死ね)」

 腹部に感じる子供特有の温かさが只管に不愉快だった。

「ねえお兄さん、お兄さんのお名前は何て言うの? 私に教えて」
「春風紫苑だが……」
「しおん、シオン、紫苑――――紫苑お兄さんね!」

 名前を連呼される度に上がる阿修羅ゲージ、
そろそろ"殺"と背中に浮かび上がりそうなくらいに紫苑はキレている。

「紫苑お兄さん、抱っこして!」

 その言葉を聞いた途端に膝蹴りをかませと脳が命令を下す。
 しかし、鋼の保身ガードに阻まれて何とか踏みとどまることが出来た。

「――――アリス、ワガママを言うものじゃないぞ」

 どうやって断ろうかと思案していると、野太い男の声が耳に届く。
 入り口に目を向けると二mを超える身長と、
ギッチギッチに搭載された筋肉を持つオールバックの巨漢が立っていた。
 金髪碧眼、恐らくはアリスの兄なのだろう。

「えー! 嫌よ嫌! アリスは紫苑お兄さんに抱っこしてもらうの!」
「……初対面の人に迷惑をかけるんじゃない」
「ふんだ! お兄ちゃんなんて嫌いよ。紫苑お兄さんの方がずーっと大好き」

 離れるものかとばかりに強く抱き付くアリスだが、
紫苑からはもうそれをウザイと言えるほどの余裕が消えていた。

「(キャァアアアアアアアアアア! 何これ!? アメコミから出て来たの?
超怖い!! つーかアゴ超シャクれてる! 何? 地獄のクッキングパ●?)」
「ああ、失礼しました皆さん。自分はルーク・ミラー、アリスの兄です」

 丁寧な自己紹介に紫苑らも名乗り返す。
 ルークは紫苑の腰に抱き付いて離れないアリスに困った目を向けている。

「申し訳ありません、紫苑さん。自分の教育不行き届きで」

 そうだよ馬鹿! と心の中で罵る余裕も無い。
 だってルークくん見た目半端なく怖いから。ゆえに――――

「いえ、俺も子供とどう接すれば良いか分かりませんが……それでも思い出しましたから」

 ハ イ パ ー 保 身 タ イ ム 突 入 で あ る。

「思い出した? 何をです?」
「俺の父も俺と同じで子供の相手が得意じゃなかったんです。でも――――」

 そこでタメを作り、何かを懐かしむように瞳を閉じるのがポイントである。
 紫苑はもう役者として食って行った方が良いのかもしれない。

「俺がワガママを言うと、困った顔で応えてくれました。
寡黙な男で優しい言葉はくれませんでしたが、それでも手を握ってくれたんです……こんな風に」

 そっと抱き着いているアリスの手を握る。

「抱っこ、だったかな?」
「うん!」
「じゃあしっかりお兄さんに掴まっててくれ」

 心底嫌だが仕方ない、と断腸の思いでアリスを抱え上げる。
 見た目通り彼女は軽く、羽のようにと言う形容詞がピッタリだ。

「ルークさん」
「何でしょう?」
「うちは父が俺を甘やかして、母が俺を叱ってくれました。だから赦してやってください」

 柔らかな笑みをルークに向ける紫苑だが内心ではもう……いっぱいいっぱいだった。
 絶対にこのゴリラの機嫌を損ねてはいけない! 頑張れ俺! ってな感じだ。

「ルークさんが叱っていますから、俺が彼女を甘やかすことを赦してください」
「――――お優しいんですね、あなたは」
「そうよ、お兄ちゃんより紫苑お兄さんの方がずっとずっと素敵だわ♪」

 紫苑の首に両手を回し、頬に唇を落とす。
 照れくさくなったのか、アリスはそのまま紫苑の首筋に顔を埋める。

「いや……そんなことはないと思うがな(後で絶対消毒しよう。あーバッチィ)」
「そんなことあるもん!」
「むぅ、困ったな。父さんもこんな気持ちだったんだろうか」

 困った顔で笑う紫苑に皆が柔らかな視線を向けている。
 でもアイツはこう言うホームドラマみたいな空気が大嫌いだ。
 ドロドロとした昼ドラとかを見て、
人間の薄汚さに大笑いする紫苑にとって今の状況は苦痛以外の何ものでもない。

「ねえねえ、紫苑お兄さんは何日ここに居るの?」
「(今すぐ帰りたいわ!)二泊三日――いや、今日と明日泊まって明後日に帰るつもりだ」
「アリス達と同じね! じゃあねじゃあね、今日のお夕飯は一緒に食べましょ」
「あ、ああ」
「それとそれと一緒にお風呂にも入りたい! 紫苑お兄さんのお背中流してあげるわ♪」

 怒涛のラブコールを微笑ましく見ていた宿の主人だが、
未だに荷物を置いてないことに気付け助け舟を出す。

「はいはいアリスちゃん。お兄ちゃんに甘えるのは良いけど、まずは部屋に行かせてあげな」
「うむ、そうだぞアリス。見たところ皆さんは来たばかりだ」
「えー……うん、分かった」

 渋々と言った表情で頷くアリス、
ようやくクソガキを降ろせると紫苑は安堵の溜息を吐く。

「(宿泊中はこのガキと一緒とか俺マジついてねえ。
旅行に来たのに疲れるってどう言うこと? こんなの絶対おかしいだろ!
日頃から清く正しく生きている俺ばかりがどうして貧乏くじを引くのか)」

 自分ばかりが辛い目に遭うと嘆く紫苑、若干不幸な自分に酔っているようだ。

「それじゃあアリス、俺は荷物を置いて一息吐くから……また後でな」
「うん!」
「夜は皆で遊んだるから楽しみにしといてや」
「本当?」
「嘘など言わんよ。ルドルフ・フォン・ジンネマンの名に誓って」
「鞠遊びなども良ければ御教えしますよ」

 そう口にして五人はそれぞれの部屋に入って行く。
 残されたのはルークとアリスの兄妹と女主人だけになった。

「それじゃあ、私も風呂掃除して来るからね。アリスちゃん、お花ありがとうね」
「喜んでくれて私も嬉しいわおば様」
「ふふ、じゃあまた後でね」

 女主人も消えて二人きりになり沈黙の帳が降りる。

「さて、アリス」

 まず最初に口を開いたのはルークだった。
 仏頂面なのは変わりないが、今は何処か無機質な印象を覚える。

「いや、御主人マスター
「何かしら?」

 アリスもまた空気が変わった。先ほどまでの幼さは完全に消え失せていた。
 温かみのある碧眼は絶対零度の蒼に変貌している。

「――――間引くのは全員で構わんのか?」
「デカブツルーク、口を慎みなさい。間引くだなんて人聞きが悪いじゃない」
「そうかな? もし死ねば間引かれたことになるのだからそう変わらんだろう」

 酷く物騒な会話だ。場の空気が春とは思えないほどに冷たい。

「それで、どうなんだ? 間引くのは全員で良いのか?」
「いえ、春風紫苑――――紫苑お兄さんは私が直に見定めるわ」
「ほう? そりゃまたどう言う心境で?」

 皮肉げに唇を吊り上げたルークの脛をアリスは思いっきり蹴飛ばした。

「あなたは自分の仕事だけ考えてれば良いのよ」
「やれやれ……了解だ。ならば、春風紫苑だけを残せるように立ち回ろう」
「仔細は任せるわ」

 そう言ってアリスは紫苑が入って行った部屋を見つめ凄絶な笑みを浮かべる。

「――――楽しいお茶会にしましょうね、紫苑お兄さん♪」

 山奥のペンションでは殺人事件が起こるのがセオリーだが……はてさて、どうなるやら。
+注意+
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