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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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異邦人

素敵なイラストを頂きました、活動報告にURL載せてます!
 スーツというのは着る人間如何によって良くも悪くもなる。
 オーダーメイドならばともかく、量産品ならば着る人間によって宝石にも石ころにもなってしまう。
 つまり量産品のスーツをバッチリ着こなせる人間はかなりスペックの高い人間だと言える。
 此処関西空港でも一際目立っている彼もそう。
 グレーの髪をオールバックにして貫禄ある髭を蓄えたスタイルの良い紳士――ダンテ・アルファーノは量産品のスーツをバッチリ着こなしていた。

「活気があるな」

 航空機の数はかなり減っている。
 上空でモンスターの襲撃を受けた場合、大変危険だからだ。
 とはいえまったく無いとなるとそれも問題なのでそこそこの数は飛んでいる。

「それは当然ですよ猊下。日本は今、世界で一番安全な国ですもの」

 秘書であるルキア・ファーゼルの言葉にダンテは重々しく頷く。
 猊下とはカトリック教会の最高顧問である枢機卿カーディナルの敬称だ。
 ダンテはバチカンの枢機卿であり、今回は完全な私事で来日している。

「今はプライベートだルキア。猊下は止めてくれ」
「ではダンテと? ですが奥様もいらっしゃる猊下にそんなフランクな感じで接するのは……」

 ルキアは典型的なブロンド美人で、ダンテと連れ添っているとパッと見愛人にしか見えない。

「……じゃあボス、とか?」
「それはそれでおかしな感じもしますが、ではボスと」

 ダンテとルキアはそのまま外には出ずに空港内にある土産物屋に足を運ぶ。
 平和ではない国からやって来たせいか、
幻想回帰を起こす前の空気が満ちるこの日本の見るもの総てが懐かしいのかもしれない。

「流石に品物は少ないな」
「それでも幾らかは売っている時点で凄いと思います」

 土産物屋が今も平常通りに営業している国はどれだけあるだろうか。
 そう考えるとルキアの凄いという感想も分からないでもない。

「あ、例の彼のブロマイドが売ってますよボス」

 ルキアの視線の先には春風紫苑の写真が並べられていた、それもかなり種類がある。
 関西人らしく商魂逞しいというべきか紫苑にも金は入っているのかとっても気になる。

「これは、例のオニと戦った時の、でしょうか? 何と勇ましい……ってボス、買うんですか?
いや、私が買うならまだ良いですけどボスみたいな中年が買うのは何だか危険な感じがしますよ」

 ダンテが今並べられている種類を一枚ずつ手に取っているのを見てルキアがドン引く。
 確かにその感想も正しくはあるが上司に向かってそれは良いのだろうか?

「……娘がな、彼のファンなんだよ」

 本性を知らぬ人間からすれば春風紫苑は綺羅星のように輝いて見える存在だ。
 ダンテの娘がファンというのは何も特別なことではない。

「父親としては複雑だったりします?」
「いや、彼のような清廉な男が義息子になるのならば父親冥利に尽きるし安心して娘を任せられる」

 清廉(笑)。だがダンテの言葉は世の父親的に考えてそう珍しいことでもない。
 何せ紫苑はそういう"受ける"振る舞いをしているのだから。

「とはいえ、彼の周りには美しいお嬢さん方が多いし単純に私の娘とは接する機会も無い」

 会計を済ませたダンテは店を出て今度こそ空港の外へと。
 冬の冷たい空気が肌を刺すが、彼はこの痛みが嫌いではなかった。
 棘のような冷気は気を引き締めてくれるからだ。

「しかし……突然の訪問で、会ってくれるだろうか?」

 ダンテの目的は春風紫苑との対談にある。
 そのために無理に休暇を願い出て、わざわざ日本へとやって来たのだ。
 無論、問題が無かったわけでもないがそれでも彼はそれら総てを押し退けた。

「くれるだろうかも何も会えるまで日本に滞在するつもりなんでしょう?」

 バチカンの枢機卿という立場にあるが、
それでも正規の方法で紫苑を自国に招き寄せて会話をしようと思ったらかなりの時間がかかる。
 各国政府だって日本政府に打診しているのだから。
 とはいえ、日本政府も我が身が可愛いので何処にも色好い返事は返していないしそもそも本人には話すら届いていない。

 何処か一国に許可を出せば次々と紫苑を送り込まねばならないからだ。
 なのでダンテの正規の手段を踏んで会うというのも現実問題としてかなり難しい。
 叶ったとしても時間がかかる、ゆえに直接会いに行くことに決めたのだ。
 無作法だという自覚はあるが、それでもダンテはどうしても紫苑に会いたかった。

 特に気負った様子は無いがダンテは不退転の決意で日本の土を踏んだ。
 立場も何も無い、一人の人間として本気で此処に居る。
 秘書であるルキアもそこはしっかりと理解していた。
 上司であるダンテは紫苑に会うためなら七日七晩でも風雨に晒されるだろうと。

「ああ。まあ、そうなのだが……やはりな。どうにも衝動的に出て来てしまったし……」

 会うと言ってもまず何処に行けば良いか分からない。
 順当に考えればギルドなのだが、現状で他国の人間にそう易々と会わせてくれるとも思えない。

「とりあえず、彼が通っていたハイスクールがある街へ行きましょうか」
「そうだな」

 タクシーを捕まえた二人はそのまま紫苑らが通っていた冒険者学校を目指す。
 窓の外を流れる景色は異国人の二人にとってはやはり衝撃的だった。
 普通に街を出歩いている人間が数多く居て、どの顔も笑っているのだ――活気があると言い換えても良い。
 ダンテはその光景を羨ましく思うと同時に、自国バチカンとイタリアの現状を憂いた。

「……」
「隣の芝は本当に青いですね」

 憂い顔のダンテと違ってルキアはすまし顔だ。
 愛国心が無いのか、上司としては咎めるべきなのだろうがどうもそういう気になれない。

「着きましたよ御客さん」

 目を瞑って思いを巡らせていればそれなりの時間が経っていたらしい。
 いよいよ重傷だなと思いつつダンテは代金を払って外に出る。
 学校の正門前はどういうわけかそれなりに賑わっていた。
 不思議に思いつつダンテとルキアも近付くと……。

「……授業を再開しているようだな。それも実戦形式の」

 校庭では生徒らが各々の全力を出して戦っていた。
 だが、それだけでこの賑わいはあり得ない。もう一つ人目を引く要素があるのだ。

「彼女は、外道天魔さんでしたか?」

 一年生全員を相手取って戦っているのはジャージ姿の天魔だった。
 四方八方から繰り出される攻撃をすり抜けて一人一人を吹き飛ばしている。
 明らかに生徒らとはレベルが違う。だが、格上との戦いは生徒らにとっては糧になるものだ。

「ハハハ! ほらほら、僕はここだ。もうちょっと気合入れてかかって来なよ」

 グラウンドに手を着き、そこを基点に回転して蹴りを放つ。
 嵐のような蹴りに生徒らは成す術もなく吹き飛ばされていた。
 天魔が此処に居るのには勿論理由がある――暇なのだ。
 仲間が出払って紫苑と拠点で二人きりだったのだがその彼も後から飛び込んだ用事で出てしまった。
 一人で居るのも暇だからということで学校に顔を出して授業に加わったというのがことの成り行きである。
 学校側としても天魔一人ならばそこまでの騒ぎにはならないだろうし、何よりも生徒らの経験値にもなると飛び入りを参加した。

「強いな」
「ボスは勝てますか?」
「あの状態ならば否とは言わん」

 ダンテは枢機卿であると同時に騎士団の長でもある。
 騎士団とは冒険者オンリーで固められたバチカンが有する軍事力の一つだ。
 騎士団の目的はただ一つ、信仰を護るため。
 世に冒険者という概念が広まった際に設立されて今に至る。
 本来それは日の当たらない秘されていた組織なのだが幻想回帰と同時に表舞台へと上がった――上がらされた。
 ダンテは若き日から平団員としてコツコツ出世を果たし団長に就任すると同時に兼務である枢機卿の地位にも着いた。
 彼は歴戦の戦士なのだ。宗教戦争を行わずとも腕が錆びては意味が無い。
 若き日より特務と称してダンジョン等で戦い続けて来たダンテも一流の冒険者といえる。

「だが、あるのだろう? 純化と呼ばれるその先が」

 幻想回帰の当日にカス蛇は純化についても言及しており、ダンテも当然知っていた。
 そしてその危険性と至るための難易度も。

「具体的な能力は不明ですが春風紫苑の仲間達は皆、その境地に居るようですね」
「殆どが十代の少年少女だろうに……末恐ろしいよ」

 そうこうしていると天魔が更に回転を上げて一気に同級生らを蹴散らした。
 数の暴力を圧倒する個人の力。グラウンドの中央に立つ彼女は息一つ切らしていない。

「とりあえず彼女に接触しますかボス」
「ああ。授業が終わるまで待って……いや、ここで待っていたら不審者に見えるかな?」
「いえ。女生徒の何人かが渋くてカッコ良いおじさんがいるー♪ と好印象な感じなので問題ないかと。
ちなみに私を見てどえれえ美人じゃん! みたいなリアクションしてる男子生徒もチラホラ」
「目立つのは本位ではないのだがな」
「分かる人には分かるでしょうよ」

 枢機卿である以上、当然メディアへの露出はある。
 宗教とかそういったものに興味が薄い日本だからこそ、ちょっと普通のスーツ着るだけでカモフラージュになったのだ。

「それに、まだ此処に居ても不審には思われませんよ」

 天魔の出番はあれで終わりかと思いきや、今度は二年生の前衛が彼女の前に立った。
 どうやら三学年全部を相手にするらしく、帰ろうかとしていた野次馬も留まることに決めたようで目を輝かせている。

「そのようだな。ではもうしばし、見せてもらおうか」

 天魔は素のスペックのまま戦っているが、それでも十分に能力を発揮しているとはいえない。
 その証拠が死んでいない生徒達だ。純化をしていない今のままでも本気で殴れば生徒らは絶命するだろう。
 更に彼らが曲がりなりにも天魔を追えているのも手加減の証拠だ。
 彼女なりに練習になるレベルまで抑えているのだ。

 手加減を屈辱的と思う人間も居るだろう、だがそれは卑屈な人間である。
 手加減をされる己に非を求めず相手に求めるなど愚の骨頂。
 春風紫苑と同じ学び舎に通っているという自負が生徒らにもあった。
 それはぶっちゃけていうならば偶然だ。

 しかし、偶然であろうとも同じ場所に居るのだ。
 であれば負けぬ、彼のように恥じぬ生き方をしたいと子供らが奮起するのも当然である。
 そしてそんな一人一人の輝きはもっと広く伝播してゆく。
 戦いを見守っている者らも好奇だけではなく、勇気を分けてもらいたいから此処に居るのだ。

「……良い空気だな」

 しみじみと呟くダンテ。
 乱戦の中で踊っている天魔が楽しげなのも場に満ちる人の輝きを感じているからだろうと心底から思った。

「次代を担う子供らの輝きは大人にとっても良い起爆剤ですね」

 ルキアの言葉を証明するように授業を監督している教師達の目もやる気に満ちている。
 自分も更に強く、そして子供らをもっと強く育て上げようという気概が伝わって来るのだ。
 もしも紫苑がこの場に居たならば心の中で盛大な舌打ちをかましていただろう。
 春風紫苑という卑小で矮小で愚劣な人間は他者の輝きを認められないから。
 だが、そんな男が他者に輝きを灯しているのだから皮肉が利いている。

「うむ」

 二年、三年が全員倒されると、今度は学年混合で動ける者だけが天魔に向かって行った。
 それが何度か繰り返されようやく始業の鐘が鳴る。
 漏れ聞こえる声から察するにどうやら今日の授業はこれで終わりらしい。
 ダンテがさてどうやって天魔に接触するかと考えていると、

「やあおじさん、僕に何か用かい?」

 生徒らに囲まれていた当人が人の輪を飛び越えて校門の上に着地して話しかけて来たではないか。
 突然のことにギャラリーは騒然としているが天魔は平然としている。

「……何故、私が?」
「色んな視線が僕に向けられてた。凄い、とか、カッコ良いとか、そういう恥ずかしいのとかね。
そんな中に重苦しい視線が混じってりゃ気付くよ。おじさん、真面目そうだから何だか色々抱えてそうだねえ」

 カラカラと笑う天魔にダンテは一瞬呆気に取られた。
 彼女にとっては戦いとも呼べない遊戯の中とはいえ、
それでも多く注がれている視線の中から自分のものを見つけ出すとは思わなかったのだ。
 しかしこれは千載一遇のチャンス。ダンテは即座に気持ちを切り替えた。

「その通りだ。少しばかり、人生相談がしたくてね」

 冗談めかした物言いだが、内容自体は間違っていない。
 天魔はダンテが言わんとしていることが分かったのか小さく頷く。

「僕に御客さんってわけじゃないようだね。お目当ての彼は出てるけど、拠点で待つかい?」
「……ありがたいことだが、良いのか?」
「良いよ。マジな感じみたいだし、強い決意が感じ取れる。僕らのリーダーはそんな人間を決して無碍にはしない」

 言うや、天魔はそのまま校門を蹴って近くのアパートの屋上に飛び移った。
 ダンテとルキアもその後を追って跳躍し彼らは学校付近から離れる。

「ここが君らの拠点か?」

 やって来たのは学校から結構離れた場所にあるマンションだった。

「まあ着いて来て」

 天魔の先導に従い一階の一室に土足のまま踏み入れると彼女はリビングの床を軽く踵で数回鳴らす。
 すると床板が上がって地下への通路が出現。

「地下にあるのかね君らの拠点は」
「うん。でもまあ、ちょっと歩くよ。此処は街のあちこちにある入り口の一つだからさ」

 拠点へと続く入り口は街のあちこちにあるが天魔は総てを把握しているわけではない。
 全部を把握出来ているのは紫苑と醍醐姉妹とミラー主従だけだ。
 大雑把にしか覚える気が無い天魔、ルドルフ、麻衣、アイリーンはちょいちょいしか覚えていない。
 ちなみに雲母は覚える気はあるものの総てを網羅出来ずマップを何時も持ち歩いていたりする。

「今更だけど自己紹介をしようか。僕は外道天魔、おじさんとお姉さんは?」
「私はダンテ・アルファーノ、ダンテで構わない」
「ルキア・ファーゼルです。ルキアと呼んでくださいな」
「ダンテさんにルキアさん、ね。OK、僕も天魔で良いよ」

 今でこそニュースなどは見るものの、幻想回帰以前はそこまで集中して見たことはなかったし、
宗教関係の話題を必死に拾うほど熱心な性質でもない、なので当然ダンテのことは名も顔も知らなかった。
 立場に拠らない一個人として己の必死さを酌みとってくれたことがダンテとしては何よりも嬉しい。
 気付けば自然と小さな笑みを浮かべていた。
 そんな彼を見つめて女二人はキョトンと首を傾げている。

「いや、何でもない」
「地下道を女二人と一緒に歩いててニヤニヤするなんて危ないですよボス」
「君は本当に私の部下か?」
「さあ、着いたよ」

 拠点の前に辿り着いた天魔はパスコードを打ち込んで中へと入る。
 地下とは思えないほどに快適な空間。
 住んでいる人間にストレスを与えられないような配慮が随所に成されている。

「ペットボトルのお茶で良いかい?」

 食堂に入ってもやっぱり人は居ない。
 栞か紗織が居れば美味しいお茶を淹れてくれたのだろうが生憎と留守だ。
 天魔は下手なお茶を淹れるぐらいならばと既製品を勧める。

「いや、お構いなく」
「私は貰います」
「少しは遠慮したらどうだルキア」
「良いじゃないですか施してくれるのならば甘えましょうよ」

 片方に出して片方に出さないというのも招いた側からすれば気分が悪い。
 天魔は冷蔵庫から自分の分も含めて三本のお茶を取り出してテーブルに置く。

「すまない、ありがとう」
「いえいえ。それより座りなよ。紫苑くんも、ちょっと待ってたら帰って来ると思うし」

 ゴクゴクと喉を鳴らして茶を飲んでいる天魔。
 ダンテは今更ながらに彼女の態度が気になった。

「しかし、好意に甘えておいて何だが……私達を此処に招いて良かったのかね?」

 見知らぬ他人を拠点に招き入れる。ともすれば軽率とも取られかねない行動だ。
 ダンテの指摘は尤もだが、天魔には天魔なりの理屈があった。

「おじさんさぁ、それなりの社会的地位にある人でしょ。
会社の重役とかそういう感じはしないけど……何だろうね、でも何かしら重い責任を負う立場の人間だ」

 社会的地位が高いということはそれに伴って責任も大きくなる、当たり前のことだ。

「立場に甘んじているだけの馬鹿じゃない。
責任の重さを自覚して地位に見合う己であろうと努力をしている感じ」

 そしてそんな人間がプライベートでまで連れている部下ならば信頼も出来る。

「だから僕は君らが下手なことをするとは思えない。まあしても僕一人で仕留められるからやっぱり問題は無いよ」

 感覚と事実の両面から判断して天魔はダンテとルキアを招き入れたのだ。
 ダンテは考えなしの行動ではなかったのだと理解し、頭を下げる。

「しかし、何故私が社会的地位の高い人間だと?」
「栞ちゃんやルドルフくんみたいに由緒ある血筋の人間とかそう言うんじゃないけどさ。
僕も厭らしい話をすると金持ちの家の生まれだからねえ。分かるでしょ?」

 社会的地位の高い人間と接する機会はこれまでにも会ったということだ。
 得心がいったと頷くダンテ。そういう人間を見る目を養う環境にあったのならば納得だ。

「その上で問うが、何も聞かんのかね?」
「聞いて欲しいなら聞くけど?」

 ダンテが何処のどなたなのか、どんな悩みを持っているのか。
 それを聞いたところで天魔は何もしないし出来ない。
 彼女は自分が相談ごとを受けるような性質ではないと自覚しているのだ。

「……」
「ね? 話すのも結構躊躇うような悩みならやっぱり僕が聞いてもどうも出来ないよ」
「ああ……そうだな。なら、少し別のことを聞いても良いだろうか?」
「構わないよ」

 茶を飲み干した天魔は手にあるペットボトルをゴミ箱に向けて投擲。
 絶妙な力加減で放られたそれは見事ゴミ箱の中へ。

「君や君の友人が使っている純化とやらについてだ。
概要は一月一日に聖書の蛇が語っていたから分かる。その危険性についてもだ」

 大事なもの一つを残して他一切を切り捨てる。
 言う易し行うは難しの典型だ。そして万が一そうなれても真っ当な人格を保てるのかという問題もある。
 だが、天魔やその仲間達は見る限りでは普通だ。
 純化という力を行使しながらも今こうやって話している限りでは危険性は見えない。

「だが、君らを見ているに利用出来れば強力なものだと思うのだ」

 それも間違いではない。現に純化に至った者らは雑魚とは比べ物にならない英雄や神とも渡り合えるのだから。
 逆鬼雲母に至っては紫苑パーティで一番最初に神殺しを成している。
 まあ、真の意味で殺したかといえばそれは少し違うのだが。

「ギルドが詳細な情報を明かしていないのは素養の無い人間が知っても意味が無い、
ある者にとっては強大な力を手に入れられる可能性もあるが高いリスクもあるからだろう。
だが何時までも放置しておけるほど軽い力でもない。良ければ少し、話を聞かせてもらえないだろうか?」

 ダンテの言葉は一々尤もだ。しかし、経験者にしか分からないこともある。
 天魔はそれを伝えるべくダンテの提案に頷いた。

「まず、純化は都合の良いものじゃない――――だが君が思う以上にだ」
「と言うと?」

 ダンテは責任感の強い男だ。純化を試すとなれば部下などにはさせずまず己でやるだろう。
 それも、暴走した時を考えて何時でも殺せるように準備を整えてから。

「たった一つの祈りを残して総てを切り捨てる。そりゃ想念の怪物に成り果てるってことだ。
たった一つを成すためならば何でもやる、人道に背いていようともね」

 例として一番分かり易いのは誰か、天魔は仲間達の顔を思い浮かべていく。

「そうだね、紫苑くん。彼の祈りは二つある。特異なことらしいけどね」
「人よ幸福であれという祈りか。その結果が齎す力が完璧な幻。
不完全な状態でも閉じられた空間であれば世界の改変すらやってのける神の御業」

 枢機卿として今の発言はどうなんだ? ダンテはそう自問するがすぐにプライベートだと割り切ることにした。

「彼はそれは人の幸福ではないと否定した。
人であれ人であれ、茨と薊の道を往く人であれと……その結果が今の状態なのだろう?」
「うん。紫苑くんは二つの祈りが相殺して想念の怪物になっていない」

 いや、ある意味では怪物なのかもしれないとも思ったが天魔はそれを口にすることはなかった。

「私も彼と概ね同意見だが、それでもその力は素晴らしいとも思う。
人であれという祈りを捨て去り完全に至ってしまえばもっと完全な力を振るえる。
そうなれば……例えば、死した大切な誰かとの再会なども夢ではないのだから」

 神の手によらぬ死者蘇生、それも教義的にどうなんだと思ったが今は一個人だと割り切る。

「平時であれば紫苑くんのその祈りが完全な状態でも上手く回るかもね。
ほぼ総ての人間が彼の力で幸福を享受出来るかもしれない」

 天魔自身は世界改変や幻による脳内での幸福などといったものは好んでいない。
 想い人が好んでいないからというだけでなく彼女個人としても美意識に合わないのだ。
 とはいえ、それが多くの人間にとっては福音足り得ることも理解している。

「だけど純化って言うのはさっきも言ったように想念の怪物だ。
それを成すために効率的な行動を取るようになっちゃう、その上で考えて。今の時代は何だい?」
「それは……」

 平和な世の中ではない、小さな争いはあっても上手く回っていた時代ではない。
 幻想と人のどちらかが滅びるまで終わらない戦争の真っ最中だ。

「さあ、こんな状態で総ての人間を幸せに出来るかい?
現実問題として人と幻想の潰し合いは人が不利だ。
何せ相手は一時殺すことは出来ても真の意味では死なず時間と共に復活するのだから」

 更に言うならば時間経過と共に幻想の空気が色濃くなりもっと不利になってしまう。
 勝ちの目が見えない状態で全人類を幸福になんて出来るわけがない。
 となれば次善の幸福に流れるのが当然だろう。

「……効率化」
「そう。どうにも出来なくなったが人を幸福にという祈りは生きている。
だったら次善に流れるしかない。そしてこの場合の次善は何だろうねえ」

 幻想に頭を垂れて冒険者という"人間"の幸福を守ることだろう。それ以外に何がある?
 そして冒険者という幸福にすべき対象を見定めたのならば後の展開も容易に想像出来るだろう。

「少しでも心象を良くするために一般人を冒険者の手で皆殺しにするだろう。
不完全な状態ですら万の剣を降らせ、鬼をも呑み込めるような蛇を創造出来るんだ。
完全になった状態の紫苑くんがどれだけ恐ろしいかは想像もつかない。
倒せる可能性があるとすればアレクサンダー・クセキナスともう一人くらい、かな?
まあもう一人の方については僕も詳しくは知らないから何とも言えないけど」

 だがそのアレクだって一対一という状況を作らねば不可能だろう。
 そして効率化した紫苑ならば絶対にそのような状況は作らない。
 何だってわざわざタイマンを張ってやらねばならないのか。

「世界改変で核爆弾を雨のように降らせて効率良く人類を滅ぼすなんてのも有り得るかも。
勿論、救うべき、幸せにするべき冒険者らは幻想の領域に避難させて。
雨あられと核が降ればアレクサンダーであろうともどうしようもない。
そうやって人類を滅ぼした後で疲弊したこの星を自身の能力で再び再生」

 これで箱庭は完成。
 後は残った冒険者が万が一にでも幻想に背かないように管理しつつ幸福を与えてやれば良い。
 ぞっとするほど効率的な手段だ。そんなことをされればどうしようもないだろう。

「分かっただろう? 清らかな祈りであろうとも純化ってのはそういうもんなんだ。
紫苑くんの例だけじゃない。例えば愛する一人を守り抜くという祈り。この状況では……ねえ?
純化は原則片道切符。至ってしまえば戻ることは出来ないのさ」

 ダンテの顔は青褪めていた。
 純化というものの恐ろしさを本当の意味で理解出来たからだ。
 人間から葛藤を奪えばそれはもう人とは違う、まったく別種の怪物に成り果ててしまう。

「だが解せない。ならば何故、君達はそうやって居られる?
準かは片道切符なのにどうしてそれをスイッチのように切り替えられるのだ?」
「そりゃ絶対の標があるからさ」

 こともなげに言ってのける天魔だが、ダンテからすれば意味が分からない。

「まず前提として僕らが純化に至るための祈りの根底には紫苑くんの存在がある」

 少しだけ照れ臭そうに天魔は笑った。
 たった一つの小さな微笑、それでもそこには確かな愛が見えた。

「僕も栞ちゃんも紗織ちゃんもアリスもアイリーンも雲母さんもルドルフくんもそうだ。
決して切り捨てられない祈りの中に各々の形で紫苑くんが絡んでいる」

 天魔の祈り、それは背反する葛藤を抱えて生き続けること。
 それは愛する人に己のありのままを愛して欲しいから。
 もし紫苑と出会わなければ天魔は背反する葛藤を抱え続けるのではなく、命をチップにして遊ぶ存在に純化していただろう。
 そうならなかったのは春風紫苑と出会い、彼を愛したからだ。

「で、その春風紫苑って人間はこの上なく強くて弱い人間だ。
こう在りたいという人の理想の具現とでもいうのかな?
彼を見ていると自分も頑張れるんじゃないかって……思うんだよ」

 人としての尊厳に満ちたその生き方。
 誰にも負けぬ輝きを持ちながらも何時だって葛藤を止めない。
 悩んで苦しんでのた打ち回りながらも前に進むその姿から目を逸らすことが出来ない。

「……ああ、その気持ちはよく分かるよ」
「でしょ? そんな紫苑くんが心に居るからさ、僕らは人であることを忘れずに済むんだ」

 春風紫苑の存在が一方通行の道に帰り道をこじ開けている。
 確かな人の輝きが無明の世界に光を灯し、決して消えない絶対の標となって自分達を引き戻す。
 怪物に成り果てるな、人であれ人であれ人であれ――そう語る天魔の顔は美しく、ダンテはしばし見惚れてしまった。

「多分、僕らは特異な例なんだと思うよ」

 純化の正しい末路というのならば天魔を含め紫苑の仲間達は誰一人として型に嵌まっていない。
 そうなるはずなのにならないという時点で特異が極まっているのだ。

「アレクサンダー・クセキナスが若い時に純化に至ったのは知っているかい?」
「いや、知らないが……あの力を見るに、それは確かなのだろう」
「知る限りで一番早く純化に至ったのは彼で、その彼は想念の怪物と化して暴走状態にあったそうだ」

 だから正しいというのならばアレクなのだろう。

「自滅は免れない、そんな状態だったんだけど彼は運が良かった。
紫苑くんに憑いてるカス蛇のような存在がアレクサンダーにも宿った。
プロメテウス、彼が内側からバランスを取ることで純化状態を制御出来るようになったらしい」
「純化、安易に踏み込んで良い領域ではない……か」
「そういうこと」
「危険だと分かってはいたが、改めて君から話を聞けて参考になったよ。ありがとう」
「どういたしまして」

 他人が純化に至って破滅しようが何しようが天魔には何の痛痒も無い。
 それでもこうやって懇切丁寧に話す辺り根は悪い人間ではないのだろう。
 命をチップに遊んでおらず紫苑も絡んでいないと割と良い奴かもしれない。

「にしても」

 これまで空気を読んで黙っていたルキアが口を開く。

「ん?」
「天魔さんは春風紫苑さんのことが大好きなんですね。話をしている時、とても綺麗でしたよ」
「まあね、愛しているし愛して欲しいと想っているよ――――全身全霊で」
「あら御暑い。恋愛に縁の無い私は羨ましくて漏らしてしまいそうです……トイレ、何処でしょうか?」

 無表情でブルブルと震えているのは何故かと思ったら、催したらしい。
 真面目な話の真っ最中だから黙っていたのだろうが限界だったようだ。

「何かブルブル震えてると思ったらトイレかよ!? あっちだから漏らさないうちに急ぎなって!」
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