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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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逆鬼雲母

 二月十日、四日後にはバレンタインデーだ。
 こんなご時世でと思うかもしれないし、実際その通りだが他の国はともかく日本は別だ。
 そんなイベントに熱に現を抜かせる程度には余裕を取り戻していた。
 幻想回帰から一ヶ月と少しとはいえ、その間に起こった事件の数々が人の心に余裕を取り戻したのだ。
 今もテレビではバレンタイン特集が流れている。

『だからさぁ、俺様としては林檎系のスイーツを特集して欲しいわけよ』

 食堂でぼんやり本を読んでいる紫苑だが相棒のカッスはテレビに不満を表明していた。
 改めて思うのだが一体どうやって見ているのだろうか?
 紫苑の目線は本に向けられておりテレビには向いていないのに。

「……聖書の蛇だから?」

 紫苑の膝に座って居るアリスが呆れたように呟く。
 聖書の蛇だから林檎というのは安直が過ぎると言いたいのだろう。

『や、特に関係は無いよ? 単純に美味かったから好きってだけで』
「どうやって?」

 紫苑の近くでアルスターサイクルを読んでいたアイリーンも割って入って来る。
 今日も今日とて元気にコミュ障ってるようで何よりだ。

『すいません、そういう脈絡も無い質問止めてくれませんかね。何言ってるか分かんねえんだよ』
「美味いって言うけどあなた食べられるの? どうやって? って言ってるんだと思うぞ」

 本から視線を外さずに解説を入れる紫苑。
 今日も無駄に察しの良さを発揮しているようで反吐が出る。

『ああ、そういうことね。紫苑の食べてるものの味とかがダイレクトに来るんだよ。
それで何時だったか林檎を食べて嵌まってさぁ。
紫苑の母校で校長が出したアップルパイが超美味いの何のって』
「……? ああ」

 同じ場に同席していたアイリーンも思い出す。
 そういえば母校で講演をした際にアップルパイがお茶菓子で出されたと。

「何というか、卿は……大物なのに結構俗なのだな」
『俗っつーなら俺様はまだマシだよ。下半身に節操の無い神なんかに比べるとな』

 それは比べる対象が悪過ぎる。

「というかな。林檎系のスイーツが特集されていても俺はお前のために出かけるつもりは無いぞ」
『おいおい、可愛いマスコットのささやかな願いくらい叶えてくれよ』

 可愛い……? マス、コット……? 全員が胡乱な視線を紫苑の右腕に向ける。
 一般的な感性からすれば蛇は可愛いなんて表現の似合う生物ではないしカス蛇ならば尚更だ。
 人間に原罪を背負わせた張本人であり、可愛らしさも皆無。
 こんなものをマスコット呼ばわり出来るほど狂った感性はしていない。

「そういえばカス蛇、お前は何時だったか俺が生きているうちに総てを片付ける……とか言ってたな」
『ん? ああ』
「具体的には何をするつもりなんだ? まだ秘密か? 俺は知っての通り十年ぐらいで死ぬぞ」

 それでもお前の目論見は崩れていないのか? 紫苑は暗にそう言っている。
 誰もが聞きたがっていたが、そうなるとカス蛇の宿主である紫苑の前で余命に触れねばならない。
 なので誰も聞けずにいたのに当人はあっさりと問うた。

「(右腕チラチラ見られてて鬱陶しかったからなぁ……方便でも何でも良いから答えてウザイの消せ)」
『(アイサー!)まだ秘密だ。けど、まあ問題は無いだろうぜ』

 自信を匂わせる返答。そこに虚飾は混じっていないように思えた。

「ふぅ……胡散臭い奴だ」

 再び本に目を落とす、これ以上は聞かないという意思表示だ。
 カス蛇自身も話すつもりはないだろうし、周りの人間もこれで一先ずは納得しただろう。
 だったらこれ以上くだらない問答を重ねても意味は無い。

『うるせえよ。それよりさっきから何読んでるんだ?』
「料理本」
『料理本? お前、自炊出来ないだろ? 知ってるぜ俺。
邪悪ロリらと一緒に住み始めるまではずっとインスタントだったじゃねえか。
たまに出前なんかも取ってたけど……真っ当な料理を作ってるとこなんて見たことないぞ』

 実際その通りなのだが紫苑という男は事実であろうとも他人に指摘されると腹が立ってしまうのだ。

「紫苑お兄さんって結構不摂生だったのね」
「……まあ、男の一人暮らしだからな」
「でも料理本読んでるゆーことは料理覚えるつもりなん? それならうちらが教えるで?」
「いや、そういうんじゃなくてこれは料理の本だがレシピ本というわけじゃないんだ」

 大昔の人間が食べていたものを再現し、
写真に収めそれを解説するといった体でこの本は構成されている。
 料理本というよりは、料理の歴史本という方が正しいだろう。

「へえ……こんな本もあるんやねえ。書庫にあったん?」
「ああ。ランダムで手に取ったのがこれだったんだが中々面白いぞ」

 この拠点にある書庫には主に神話や民間伝承が多く収められている。
 だが、それだけでは味気ないと思ったのか
定期的に訪れるギルドの職員が本を増やしているらしく今紫苑が読んでいるものも新しく追加されたものだった。

『あ、オイ! テレビ見てみろよ』
「話を振っておいてもう興味なしかお前」

 うんざりしながらテレビに目をやると、
特集は終わっており何時の間にやら御堅い情報番組が始まっていた。
 話題となっているのは誰あろう、春風紫苑。
 偉ぶったコメンテーターやらが口々に紫苑を褒め称えている。
 人とは、日本人とはかくあるべし、若者の規範、歯が浮きそうだ。
 真実を知らぬまま酔っ払っていると言わざるを得ない。

『ようどんな気分だ?』
「見知らぬ人間が俺を語るってのもおかしな話だ。まあ、意図は分からんでもないが良い気分じゃないな」

 表面上は苦い顔をしているが、腹の中では大歓喜である。
 自己顕示欲の塊である紫苑からすればこんな風にテレビに取り上げられて賞賛されるなんてシチュエーションは涎が出るほど嬉しい。

「戦意高揚、意識操作、統治者からすれば紫苑の存在はありがたいだろうて」

 これまでは誰も敢えて触れはしなかったが、紫苑がテレビで取り上げられているのは知っていた。
 そしてその意図も。政治家にとっては混乱する国を纏める偶像として紫苑ほど使いやすいものはない。
 イザナミの裁定以前もあったが、裁定以降はその頻度が爆発的に増えた。
 日本人全員が裁定を見ていたからだろう。

「同調圧力にしか見えませんね。紫苑さんの望みはそうではないのに」

 辛辣な評価を下す栞、その目はとても冷ややかだ。
 春風紫苑はあくまで自主性を尊んでいる。
 自分のようにこう生きろなどと一度も口にしたことはない。
 救いの手を差し伸べることもあるけれど、それはあくまで双方向。
 かつてアリスが言ったように紫苑の手は半ばまでしか伸びていない。
 その手を掴み取ろうと思えば自分からも手を伸ばすしかない。
 双方の手が伸びて掴み合って初めて救いは救いとして機能する。
 その本質を理解せず薄っぺらな言葉で語られてしまうことが悔しい。
 お前達は一体何を見ていたのだと。

「げ……おいおい、僕らまで取り上げられてるよ」

 その言葉通り話題が進むにつれて天魔達の写真が表示され彼らについても言及され始めた。
 基本的に見目麗しい面子ばかりなので使う側としてもありがたいのだろう。

「というかうちらの写真何処から持って来たん?」

 幻想回帰以降は人目に触れる機会も多くなったが、
番組内で使われている写真の中にはそれ以前のものまである。
 紫苑などは幼少期の写真どころかその家族のものまで使われていた。

「デカブツルークの写真が少ないのはやっぱりビジュアル的な問題かしら?」

 どうしてこのロリは気付いていても誰も言わないことをわざわざ口にするのだろうか。

「……」
「まあ、何だ……元気出せルーク(お前はテレビ映えしねえもんな)」

 一番テレビ映えするのは紫苑だろう。何せ常に見られていることを意識して振舞っているのだから。
 世界を勝手に道化芝居の舞台に使って自慰行為に耽っている屑野郎に勝てる者は居ない。

「私も少ないですが……まあ、それは致し方ないでしょうね」

 紗織の場合はビジュアル的には文句なしだが単純に写真が少ない。
 闇の中で生きて来た時間の方が長いので当然だ。

「プライバシー」
「プライバシーも何もないってか? まあ平和な世の中ならそれも護られたんだろうがな」

 ムっとしているアイリーンを宥める。
 だが彼女の言うことも尤もだ。何せあんな風にテレビに取り上げられているが彼らには一言も無かったのだから。

「だがギルドも頑張ってくれてる。俺達が直接出演するようなことは防いでくれてるんだからな」

 政府としてはあらゆるメディアを使って紫苑らを取り上げたいだろう。
 だがそれに待ったをかけているのはギルドだ。
 彼らは十代の少年少女がプロパガンダに利用されることに難色を示している。
 大人の良識、そして紫苑らの人となりを知っているからだ。

「だったらこういう放送も止めて欲しいもんだよ」
「あまり無理を言うな。ギルドだって人間社会の枠組みの中にある組織なんだ」

 為政者には勝てない、それは普遍の事実だ。
 秩序が完全に崩壊していればギルドがどさまぎで覇権を握ることも出来ただろう。
 だがそうはなっていない。ボロボロになりながらも人の秩序は続いている。
 であればそれを崩すような真似は出来ない。

「常識的に考えれば冒険者を有するギルドが世界守護の要。
実際の武力なんですからね。ですが、だからと言ってギルドが強い発言権を持つとそれはそれで問題になります」
「人類の多くは一般人で、多数派だ。もしも冒険者が強い立場になれば当然軋轢が生じる。
ただでさえ幻想という敵が居るのに人間同士で争いの火種を蒔くわけにはいかないだろう」

 栞の解説を引き継いだ紫苑がそう締め括る。
 結論を述べるならばベストではなくても今の状態が一番良いのだ。
 人間という生物の性質を鑑みるに理想的な状態は作り出せない。
 最善というものは夢のようなもので、次善が現実である。

「はぁ……煩わしいね、色々と」
「だからと言って人間が一旦元始に戻れば良いというわけでもないだろう?」
『その"ままならさ"が人間なんじゃないのか? 文句を言うよりもそれを愛するべきだと俺様は思うね』
「やだ……蛇が人間を語ってる現状が何だかとってもムカツクわ」
「というか智慧を与えてそのままならさを生み出したのは卿だろうに」

 そんな風に駄弁っていると全員の携帯に着信が入った。
 はてと首を傾げつつそれぞれが画面を覗き込むと一通のメールが。
 差出人は学校で、中身は授業の再開についてとあった。

「授業再開のお知らせか」

 といっても、今更幻想回帰以前の冒険者のイロハを学ぶわけではない。
 あくまで実戦形式。実技オンリーでの授業となるらしい。
 それも今までのようにダンジョンに潜ってがメインではなく対人により個々の戦闘技能向上を目指すようだ。

「これは私達も出た方が良いのだろうか?」
「いえ、別途で私達専用にメールが来てますよ」

 内容としては実に簡潔、騒ぎになるかもしれないから申し訳ないが出席は控えて欲しいとのことだ。
 だったら最初から再開の知らせなど送るなと思うかもしれないが、それは気遣いである。
 どれだけ有名になろうとも君達は一学生で我れらが学び舎の可愛い生徒なのだと。
 現実問題として出席は難しいが、それでも気持ちくらいは伝えたいということだ。
 無論、彼らにも学校側の気持ちは理解している。

「ただ、もう少し落ち着いたならば俺達に顔を出して欲しいとも書いてあるな」
「他の学生のやる気に繋がるって書いてるけど……そりゃまあ、紫苑くんや皆はそうやろうなぁ」
「でもさ。ちょっと前に学校にコッソリ忍び込んで色々やったのに顔を出すのも恥ずかしいよね」

 深夜の小さな冒険を思い出し苦笑する天魔。
 あの時はここまで早くに状況が落ち着くとは思っていなかったのだ。

「ですがこうして日常が戻っていくことは喜ばしいじゃないですか」

 そのために戦っているのだから。
 全員が全員、善性の人間というわけではない。
 それでも日常に埋没して喘ぎ、無用な混沌を願うような不感症の悪人でもない。
 好きな人と寄り添って何でもない日々を生きる。願いはそれだけ。

「日常で思い出したのだけれど、ハゲは彼女とよろしくやっているのかしら?」

 一時期相談に乗った身としては気になるらしい。
 他の女性陣も興味津々のようで、女連中はそのまま恋バナへと雪崩れ込んでいく。
 残った男三人はやることもないのでボードゲームでもするかということになり少し離れたテーブルでゲームを始める。

「提案しておいて何だが、私は人生ゲームをやるのは初めてだ」
「自分も同じく」
「そう身構えることはない。ルーレットを回してテキトーにやるだけの遊びだよこれは」

 ジャンケンでルーレットを回す順番を決めてゲームスタート。
 最初はルークからだ。彼のその太い指からしたらルーレットを回す摘まみの何と頼りないことか。
 壊さぬよう細心の注意を払い摘まみを回すとカラカラとルーレットが回りだす。

「五か……む、むむぅ……?」

 コマを進めて五マス目にやって来たルークだが、そこに書いてある内容がイマイチ分からない。
 いや、意味は理解出来る。だがその内容はとても遊戯に相応しいものではない。

「何だこれは、取り違えが発生する?
ルーレットを回し奇数ならば裕福な親の下へ、偶数ならば極貧の家庭に……おい紫苑、これは何だ?」
「どうやらこのバージョンは赤ん坊から始まるらしいな」

 そういう問題ではない。
 何だって取り違えなんていう昔の社会問題が此処でピックアップされているのか。

「むぅ、ニだから極貧の家庭に……か」
「多分、それは小学校入学の際に受験とかに関わって来ると思うぞ。
金銭的な問題で公立にしか行けないとか、要所要所で金銭問題が発生するだろう」

 そんな世知辛い人生ゲーム嫌だよ。

「次は私だな。四――おい、いきなり捨てられたぞ私」

 ルドルフが止まったマスも世知辛いことこの上ない。
 薬物中毒の母親に赤ちゃんポストに預けられて母親は逮捕。
 身寄りも何も無いので施設で育つことが決定したようだ。

「ハード過ぎるな……俺は三。あなたの誕生祝いで全員からご祝儀十万を貰う、か」
「ちょっと待て。自分、極貧家庭の生まれだぞ?」
「私も施設なのに十万も毟られるのか」

 というかこの段では全員金を持っていないのでルドルフとルークは借金を背負うことになった。
 赤ん坊のうちから借金を背負うとかしょっぱ過ぎる。
 何で穢れを知らないうちから世の中の苦い味を覚えさせられねばならないのか。

「(うきゃきゃきゃ! これが日頃の行いざまぁす!)」

 もしそうならば紫苑のコマは悲惨な人生を送るべきだろう。

「というか赤ん坊の誕生でご祝儀十万を渡すという関係性が分からない。
私は施設の子供だから親類縁者というわけでもないだろうし……」
「自分の両親も貧乏なのを自覚しているのに何故十万も払うのか」
「そこらは人生ゲームだからとしか言えんな。さ、次はルークだぞ」

 その後も甘くない人生を送っていく三人。
 母親が風俗で働き出すルーク、施設内でのイジメで引き篭もるルドルフ、
母親の浮気で育児放棄されてしまう紫苑――こんなものを社会に送り出したメーカーはちょっと土下座するべきだ。
 それでも厳しい人生の荒波に呑まれて死ぬこともなく三人は健やかに育っていく。
 小学校、中学校と乗り越え一番ノリで高校受験マスに辿り着いたのはルドルフだった。

「成績を認められて名家の子息子女も通う名門私立への推薦が通る……ちょっと待て」

 ルーレットの結果でそうなったのだが、ルドルフとしては納得が出来ない。

「私、中学時代に紫苑と暴走族をやって校長の車を大炎上させたり好き勝手やっていたぞ?」
「内申ボロボロだよな」

 紫苑は自分ならばそんなアウトサイダーを名門校に推薦はしないと頷く。

「しかも途中で止まったマスによると、中学に通ったの実質最後の一年ぐらいだぞ。
最初の二年は素行不良の限りを尽くしていたのに何で成績良いんだ?」

 自分の人生ながらまるで意味が分からない。
 ゲームだからといってしまえばそこまでだが、もう少し整合性が取れるようにするべきではなかろうか。
 こんな一発逆転人生あり得ないもの。

「天才だったのではなかろうか?」

 もしくは族をやっていて学校に殆ど行ってなくても、影で必死に勉強していたか。
 自主学習で名門の推薦を取れるほどの成績を獲得する不良ってシュールにもほどがある。

「というか施設出身の不良がそんな学校に行ったらイジメられると思うんだが……。
得てして名家の子供らは性格悪いぞ。社交パーティとかに出ると何時も辟易す――は!?」

 ふと、殺気を感じて振り向くルドルフ。
 遠くのテーブルでは栞と紗織が人殺しの目で彼を睨み付けていた。
 どうやら名家の子供は性格悪いと言われて怒ったらしい。

「(殺気混じりのガンを飛ばしてる時点で性格は良くねえよ)」

 実際、性格はともかくしおりんとさおりんの御嬢様二人は共に殺人経験者である。
 口が裂けても善人とはいえないだろう。

「あ、あれだな……甘やかされて育った子供らは、だな!」

 そういう意味では醍醐姉妹はハードモードである。

「さて、次は俺か。受験マスに――――お、行った」

 受験マスに辿り着きもう一度ルーレットを回す。
 出目によって進学先が変わるのだ。
 暴走族をやっていた春風少年は……。

「冒険者学校へ進学か……今と同じで何か変わり映えがしないな」
「それ以前に卿、冒険者でありながら族なんかやってたのか? 被害甚大ではないか」
「力の正しい使い方を学ぶために入ったということにすれば良いのでは?」
「ルークのその案採用」

 そんな風に自分達でもストーリーを作っていくのも人生ゲームの醍醐味である。
 その後も少し遅れてルークが受験マスに辿り着くのだが、出た目は就職。
 やっぱり家庭事情を考慮してなのだろうか?

「新人研修のために三回休みか……まあ、自分の働きで家族が楽になるならば……」
「ルークは中学も真面目に行っていたのにどうにも運が無いな」
「真面目な人間ほど損をするということか?」

 そんな嫌な人生の縮図をゲームにする悪趣味に草不可避だ。
 こんなものを子供にプレイさせて悪影響が出たらどう責任を取るつもりなのか。

「ニ、学校一の美人に好意を持たれる――おいおい私ラブコメ始まったぞ」
「ルドルフの通っているのは名門だから相手も当然御嬢様だよな? 逆玉じゃないか」
「いや待て。そういう相手ならば既に許婚が居る可能性も……」
「実際私も居たしな。となると此処からベタなラブストーリーが繰り広げられるのかもしれん」
「自分が見たドラマでは腕っ節の強いヤンキー気質の少年が攫われた御嬢様を奪還したりしていたな」
「望まぬ婚姻を結ばされそうになったら直接攫いに行ったりもしそうだ」
「ううむ、私の人生波乱万丈」

 男達の愉快な妄想は加速していく。
 紫苑でさえも最初は付き合いのつもりでそこまでやる気はなかったのだが今は割りと楽しんでいたりする。
 そんな楽しさが女性陣にも伝播したのか、少女らも気付けば男達を取り囲んでボードを眺めていた。

「次は俺か。三、初めて行ったダンジョンで自分以外が全め……おい、おい!」
『すげえな。まんまなぞってるぞお前』
「全滅させた張本人だろう卿は」
『ハハハ、それよりオイ。まだ続きあるみたいだぜ』
「? 悲しみの中で覚醒を果たしたあなたはモンスターを蹴散らし仲間達の骸を背負って帰還。PTSDで二回休み」

 これもまた微妙に有り得たかもしれない可能性だ。
 PTSDはともかく覚醒、カス蛇が居なかったら紫苑も確実に覚醒していただろう。

「ということは私が二回連続で回せるのか」

 意気揚々とルーレットを回すルドルフだが、

「事故った!? 一回休み……これでは全員休みではないか!」

 全員が一回休みの状況ならばもう意味は無いだろう。
 再びルークに順番が回る。

「初任給が出た……これは家に入れなければな」

 孝行息子ルークここに極まれりである。
 というかすっかり駒に感情移入してしまっているようで本当に嬉しそうだ。

「お、テストで一番を取ったから小遣い三万円ゲットだ。
しかしこれは施設の先生が出してくれたのだろうか? だとしたら申し訳ないような気もする」

 予算が豊富で子供達にも満足のいく小遣いを出せる施設というのは少ない。
 これは自分より年下の子供達に還元するべきかとルドルフは迷っている。
 此処までのめり込んでしまうのは馬――素直だからだろう。

「退院するのもルーレットか……トラウマが拭えず、入院続行。
治療費として十万円――おいこれボッタクリじゃないか? 保険はどうなってる」

 精神科に入院している紫苑は未だ退院出来ず。
 リアルの紫苑ならば速攻で拭えるどころか、
そもそもトラウマにすらならないのに盤面上の紫苑はメンタルが弱いようだ。

「……これって、子供がやって楽しいのかしら?」

 黙って見物していたアリスが素朴な疑問を口にする。
 確かにある程度年齢がいっていればブラックな部分も楽しめるだろうが、
プレイ状況を見るに低年齢の子供らが楽しめるようには思えない。

「つーかよく見たらこれ箱にR-18って書いてるんだけど」
「大人向け?」

 取り違え、薬物中毒の母親、赤ちゃんポスト、不倫なんてワードが出るし納得のR-18だ。
 子供がプレイしても理解出来ないのだろうコレ。
 プレイしてる子供が薬物中毒って何? と親御さんに聞いても困るだけだし。

「多分そうなんでしょう……いえ、私はそういうのやったことないのであれですが」
「私も栞と同じでそういう遊びはしたことがないわね」
「人生ゲームはやったことあるけど、もうちょい普通やった気ぃするわ」

 そんな感想すら耳に入らず男達はゲームに熱中していた。
 ルークは上司から見合いを勧められ、ルドルフはイジメ問題に立ち向かっている。
 そして紫苑は、

「……精神の均衡を崩し入院延長。
しかし、歳若いナースの献身的な介護で二人の間にほんのり愛情が芽生える。
同情から始まる恋もありかもしれない――――って舐めてるのかこれ?」

 年上のナースとフラグをおっ建てていた。
 どうやら恋人マスだったらしい――精神科で恋人が出来るとかどうなのだろうか?
 恋人のところは●●となっており、好きな名前を入れてね! と書かれている。

「天魔天魔天魔」
「アリスアリスアリス」
「アイリーンアイリーンアイリーン」
「栞栞栞」
「紗織紗織紗織」

 目敏く説明を見つけたメンヘラーズが呪いのように己の名前を呟く。
 それだけで楽しい空気が一瞬にして霧散してしまった。

「ヒィッ……!?」

 紫苑に向けて念と言葉を飛ばすメンヘラーズの気迫に呑まれルドルフが小さな悲鳴を上げる。
 どう考えてもこんな輩がPTSDの患者の心を癒せるとは思えない。
 良いとこミザリーが限界だ。

「(黒姫百合……でどうだろうか? 俺の大天使なんだが)」
『(まさかとは思いますが、その「黒姫百合」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。
もしそうだとすれば、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないと思います)』

 精神科に入院しているし――ってやかましいわ。

「(うるせえよ! ん?)」

 ふと、誰かの視線を感じる。
 覚えのあるそれはこの場に居る面子のものではなく、
食堂の入り口に目をやると雲母が身体を半分だけ出して手招きしていた。

「あら、雲母さん……呼んでるのは紫苑さん、でしょうか?」
「ギルドの用事だったりするのかな?」
「さあ? とりあえず少し席を外すから誰か盤上の俺のことを頼む」

 背後で繰り広げられる盤上の紫苑争奪戦を尻目に紫苑は雲母の下へと歩み寄る。

「ちょっと、良いかしら?」
「? ええ」

 雲母の背を追ってカモフラージュ用で今は使用されていない上層へと上がる。

「また何か問題が?」

 使われていないリビングで向かい合ったものの、雲母は俯いて何も喋らない。
 業を煮やした紫苑から話題を切り出すがどうやらそれも違うらしい。

「(何しに来たんだこのババア……)」

 うんざりした内心を覆い隠して雲母の顔を覗き込む。
 彼女は何やら思い詰めた表情をしており、どうにも危うさが見え隠れしている。

「何か、あったんですか?」
「……」
「(ダンマリを止めろ言っているだろう!)」

 言ってないだろう。

「……ねえ、少し、後ろを向いてくれる?」
「え、ええ。分かりました」

 戸惑いながらも言われた通りに雲母へ背を向ける。
 すると、柔らかで温かな感触が背中に押し当てられた。

「母、さん?」

 自分の前には雲母の両手――今紫苑は抱き締められている。
 強くはないが、それでも何処か振り解き難い奇妙な抱擁。

『当ててんのよ』
「(嬉しくないのよ)」

 雲母本人は至極真面目な空気なのにこのコンビは何処までもお気楽だった。
 しかし豊満な胸の感触を味わっているのに微塵も嬉しくないとはさすがである。
 確かにそのバストの持ち主は色々アレだがそこに目を瞑れば熟れて甘くなっている食べ頃の果実なのに……。
 見た目で人を判断せず中身で判断するといえば聞こえは良いが、ねえ?

「……紫苑ちゃんは、大きいわねえ。お母さんなんかよりも、ずっとずっと立派だわ」

 くぐもった声が紫苑を耳朶を揺らす。顔は見えないが泣いているのだろう。

「私は、ホントに駄目なお母さんだわ……甘えてばかりで……何の役にも立てない……」
「そんなこと!(あるけどさ)」
「良いの、分かってる。私は、紫苑ちゃんが居なければ立って居られないんだもの」

 精神的な柱である紫苑が死ねばどうなるかなど予想に難くない。
 また壊れてしまうであろう核心が雲母にはあった。

「お母さんとしての役割も果たせず、それでも紫苑ちゃんはどんどん立派になっていく」

 イザナミとの邂逅、それが一つの転機だった。
 雲母は母親として自分が欠けていることを更に強く意識させられた。
 甘やかすことしか出来ないのだ、自分は。
 今までそうする必要が無かったとはいえ、いざ厳しく接しなければならない場面になった時それが出来るか?
 出来ない、きっと出来ない。
 我が子の意思を尊重し、一歩引いた立場で見守る――それすら出来ていないのだから。
 母親失格、その言葉がずっと脳裏を駆け巡っていた。

「変わらなきゃ、成長しなきゃいけないわ。紫苑ちゃんが引き上げてくれた私。
だけど、私はまだ心の何処かで囚われたまま。
過去に置いて来たものと向かい合って清算しなきゃ先へは進めない」

 紫苑の余命を知ったことで雲母もある種の踏ん切りがついた。
 ケリを着けねばならない相手が居るのだ。

「母さん……」
「だからねえ、もう少しこのままで……」

 身体全体で感じる紫苑の命、その温もりが雲母の心身を満たしていく。
 怖い、怖い、でも、もう無視は出来ない。

「――――御願い、お母さんに勇気をちょうだい」
+注意+
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