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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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黄泉路を越えて 終

 現実の世界において既に暦は二月に移り変わっていた。
 高天原に紫苑らがやって来て、随分と時間が経ったが彼らは未だに帰れずに居た。
 いや、紫苑を除く四人らは帰れるのだが紫苑は未だ眠ったままなのだ。
 根の国を踏破しイザナミに対面するまでに受けた汚染が尾を引いて歩くのも辛いような状態で臥せっている。
 そんな彼を捨て置いて帰れるはずがない。

 高天原には無論、癒しの神とて存在する。
 だが格としてイザナミより上は存在せず腐食の気を祓えない。
 同格であり祓いのプロであるイザナギも逃走を選んだ時点で相性は悪いしそもそもアイツは未だに岩戸でヒッキー。
 じゃあ呪いをかけた張本人であるイザナミは? 無理、不可能。
 表面的なものは取っ払えるが骨の髄まで染み込んだのは時間経過以外ではどうしようもない。

 なのでイザナミは清浄な空気が満ちる高天原に平屋をおっ建てて看病を始めたのだ。
 必要があったこととはいえ自分がやったのは間違いないし、紫苑は自分の子供。
 面倒を見るのは当然だということでつきっきりで看病をしている。
 メンヘラーズからすれば面白くないのだが、イザナミは過去現在未来、総ての日本人は自分の子供だと認識している。
 なのでどうにもやり難い。会いに行ったら母と呼べとかいわれたら普通にリアクションに困るのが当然だ。

「はぁ……何か、気が抜けるなぁ……」

 紫苑を除く四人は高天原に居る間は新造された天照の神殿で世話になっている。
 ゴロゴロと寝転がりながら昼飯のおにぎりを食べている天魔はとても行儀が悪い。

「とりあえずちゃんと座って食べましょうよ外道さん。いえ、気持ちは分かりますが……」

 昼飯前に平屋を訪ねて紫苑を見舞って来た四人だが、やっぱりイザナミへの苦手意識が拭えない。
 昼前だったので此処で食べて行くか? 母が作ってやるぞ? などといわれてしまい逃げ帰って来たのだ。

「そうねえ……私なんてほら、勘当されて戻った時にはお母さん死んでたでしょ?」

 ポリポリと漬物を齧っている雲母も困った顔だ。
 そしてそういう事情は笑えないから口にしないで欲しい。

「それに良い歳だから……新しいお母さんというのも、ねえ?」
「雲母さんはまだ良いでしょう。私なんて実の母親殺してるんですよ? なのに新しい母親って……」

 両者共に母親はもう未来永劫無いものだった。
 なのに母親として接せられれば普通に困る。

「つーかさ、あのイザナミさん? 何処見てるか分からなくて怖いんだよ」
「焦点合ってませんからねえ……」
「それ以前に姉様、纏う空気がどうにも……」
「死の気配が濃密過ぎて……いや、分かるのよ? 私達を害する気は無いって」

 とまあ、色々と愚痴愚痴言ってるわけだが苦手意識の根底にあるのはイザナミの説教だった。
 平屋に運び込まれたその日に四人は紫苑を見舞ったのだが、
眠り続ける彼を前にして余命のことを黙っていた不満やら何やらが漏れ出てしまった。
 その際に、イザナミは四人に対してあのテンションのまま説教をかましたわけだ。

『言えば何とかなる類のものか? 命の使い方を決めるのは紫苑のみだ。
己を軽んじていたのならばともかく、自覚した上で黙っていた。
心配をかけたくないから、話すことでお前達が心の均衡を崩すかもしれぬと危惧していた。
しかりと真正面から受け容れられるだけの強さが無いと判断されたのだろうて。
我の目から見てもそう思う。寄り掛かり過ぎだ。愛することは悪くないがな』

 紫苑の余命を受け止めるだけの強さがなかった。
 想い人に弱いと思われていたのはショックで、実際その通りなのだから反論の言葉も無い。

「そなたら昼飯の時くらいは陰鬱な空気を振り撒くでないわ」
「御大将が目覚めてから色々話せば良いじゃねえか」

 愚痴る四人を白けた目で眺めていた晴明と信長はようやっと口を挟む。

「分かってるけどさぁ……つか、二人共帰らなくて大丈夫なの? ジャンヌは戻ったのにさ」
「わらわ達は日ノ本の人間よ。ここの空気は肌に合う」

 幻想の存在はひっじょーに面倒臭い。
 現世に居るのは毒だが、かといって他所の領域で長く居られるわけでもない。
 完全なる虚無の頃であったのならば区分けもクソもなかったが、今は違う。
 ゆえに自分が居たところが一番肌に合うのだ。
 が、晴明や信長は日本人だ。まあ前者はハーフなのだが日本人といえよう。
 ゆえに此処高天原の空気に適応出来る。
 自分の領域ほどではないが幾らでも滞在出来る程度には優しい。

「……晴明さん、あなたは春風さんの余命を知っていたんですよね?」

 紗織が厳しい目で晴明を睨み付ける。だが当人は柳に風でまるで堪えていない。

「告知したのはわらわだからのう。知っておらねばおかしいであろ」
「何とか、何とか出来ないのかしら? 前にそうしたみたいに……」

 前、というのは酒呑童子討伐で臥せった紫苑を回復させた時のことだろう。

「あれは状況が状況だったから可能な処置よ。
表面的な外傷はともかく、魂に関する治癒は基本的に不可能。
わらわと紫苑では魂の格が違うのよ。あの折は弱っておったから処置も出来た。
が、今は違う。ボロボロではあるが翳りは無い。
もう一度あの状態まで追い込めば死に一直線、その状態で何をしようとも焼け石に水」

 つまりはどうしようもないということだ。

「信長、君は良いのかい? 紫苑くんが……」
「まあそりゃ個人として惜しいという気持ちはある……ああ、言いたいことは分かるさね」

 幻想と戦い滅ぼすことが信長の目的だ。
 そのために虚無を踏破し今に至るまで永らえて来たのだから。

「御大将が死んでも戦い続けるだけだ」
「冷たい人ですね」
「魔王だからな。それに、どうかな? 十年で戦いにケリが着く可能性もあるだろう」

 むしろその可能性の方が高いと信長は信じている。
 しかし他の者からすれば到底信じられない。
 時間が経てば経つほどに力を増す幻想だ。
 やるならば早期、しかし早期に片付けるビジョンは何処にも無いのだから十年で終わるなんて夢物語だろう。

「無論、根拠はある。あの蛇よ、あの蛇も余命は知っておったが特に騒ぎ立てず余裕綽々」

 カス蛇が人を勝たせるつもりなのは知っている。
 そのために色々考えていることも。

「そういえば……ですが、紫苑さんもそれは知らなくて……」
「まあ何にせよ、十年だ。まだ時間はある。急いてもしょうがないだろう」

 結局のところはそこに落ち着く。
 ロクに考えもせずに結論を出したって良い結果は出ない。
 メンヘラーズもそこは分かっているのだ。分かっていても感情に折り合いがつけられないだけ。

「それよりそっちこそ一旦戻って報告やら何やらをせんで良いのかよ?」
「大丈夫よ。素戔男尊を通じて藤堂さんに報告は済ませているもの」

 そのせいでアリスやらアイリーンが高天原へ来ようとしたことは問題だが、それも何とかなった。
 紫苑に留守を任されたのに裏切るの? そういわれれば何も我慢するしかないだろう。

「まあうん、僕らの問題は片付いてるよ。気持ちの方も……信長が正しいのは分かってる」

 愚痴愚痴してるのもちょっとした息抜きのようなものだ。

「ええ、むしろ問題は……」

 と、紗織が言いかけたところで扉が開く音がする。
 視線をやれば沈んだ顔の三貴子が立っていた。

「来ましたね問題」

 紗織は心底鬱陶しげだ。一応世話になっている立場なのに。
 三貴子はしょんぼりとしたままそれぞれの定位置に座り大きく溜息を吐く。

「今日もまた会えなかったんですか?」
「ああ……やはり、どのツラ下げて会えば良いのか……」

 運ばれて来たおにぎりを見ることもなく素戔男尊は俯く。

「母にも、紫苑さんにも……あたし達は……」
「うん……」

 三貴子はあれからずっとイザナミに会えずに居た。
 イザナミに会えないということは大恩ある紫苑にも会えないということになる。
 何せ彼女は片時も離れていないのだから。

「家の前までは行けたんだけど……」

 端的にいうならば負い目だ。
 母の想いに気付けなかった不甲斐無さ、それを棚に上げての人への嫌悪。
 神として果たすべき役目を果たしていないのに偉ぶった挙句、嫉妬心から邪魔さえしようとした。
 ここまでの恥、いっそ死んでしまいたいぐらいだ――――死ねないけど。

「母上も俺様達のこと駄目だって思ってるからあの時だって何も言わなかったんじゃねえかなぁ」

 鬱々と沈み込んでいく三貴子が鬱陶しくてしょうがない。
 神様なのだからもっと威厳やら何やらを大切にしろと四人は思った。
 が、人である紫苑にあっさり出し抜かれてイザナミを攻略されたのだから威厳なんて何処にも無い。

「だったら御父君に頼るのは駄目なんですか?」

 イザナギに付き合ってもらって会いに行けば良い。
 栞の提案は一見まともだがそこには問題がある。

「う、ぬぅ……いや、それはなぁ……」

 父にも負い目があるのだ。
 総ての発端が父にあるとはいえ三貴子は全部お前のせいだと擦り付けられるような性格ではない。
 父親であるイザナギにだって負い目を抱いているのだ。
 虚無に堕ちた際に総てを悟り、幻想回帰が起きてから総てを終わらせようとしたイザナギ。
 責任を丸投げにしてしまったという負い目がある。
 更に言うならばイザナギだって他者に会える精神状態なのかどうか怪しい。
 滅ぼさずには済んだが、それを成したのは一人の人間、ちっぽけな人間。
 春風紫苑が矜持を見せたのに自分は……自責の念があるからこそ今も岩戸から出て来ないのだろう。

「メンドイ奴らだなぁオイ」

 天魔がバッサリと切り捨てる。
 じゃあ他の神は? ってことになるがそれもそう上手くはいかない。
 自分からイザナミに会いに行こうとする根性のある神はそう多くないし、
居てもそういう神はこういうだろう「他者に頼らず自分の足で会いに行け」と。

「つーかそなたら、そんなだからイザナミの真意にも気付けんかったのでは?」

 ぐうの音も出ない正論である。
 負い目から会いに行けないというのも目を逸らしているということに他ならない。

「正直、俺らが去った後はどうするんだ? 余計にやり難いぞ?」

 今ならばまだ紫苑への感謝を伝えに行くという名目で会いに行ける。
 紫苑が帰ればイザナミもまた根の国に戻るだろう。
 そうなれば中々会いに行き辛いはずだ。

「まあでも結構時間経ってるしこれ以上、会うのを避けてると困るんじゃない?
礼って名目もさ、今までなら体調が落ち着くのを待ってたって言えるけど……」

 これ以上時間がかかれば礼知らずの誹りは免れないだろう。
 紫苑自身はともかくとして、イザナミはそう思うんじゃないか――天魔の指摘がグサグサと三貴子の胸を刺す。

「……確かにその通りですね」
「でもでもだってって言ってる時間はもう過ぎたんだ……分かっているんだけど……」
「そろそろ腹を括らねばな」

 言われるまでもなく分かってはいるのだ。
 とはいえ、分かっていても心が邪魔をしてしまうのは人も神も変わらないらしい。

「ねえ、三人共イザナミさんに伝えたいことが沢山あるのよね?」

 ほう、と吐息を一つ漏らして湯呑みを置いた雲母が三貴子に向かい合う。
 ちなみに数えるのなら三人ではなく三柱である。

「ああ……」
「会いに行けないのは目的が定まっていないからでもあるんじゃないかしら?
だからイザナミさん――お母さんに伝えたいことをまず列挙してみたらどう?
文字にしながら徐々に自分の気持ちを固めていくのよ」

 雲母の提案は中々に良いものだった。
 伝えることが定まらないから戸惑い、二の足を踏んでしまう。
 無論それ以外の要因もあるだろうが雲母が口にしたこともまた事実だろう。

「三人がお母さんに伝えたいことはなぁに?」

 小さい子供に言って聞かせるような口調に天照と素戔男尊の顔が引き攣る。
 月夜見は割りと自分の立場を理解しているらしく殊勝な態度だ。

「まずは謝罪だな」
「ええ、そこから始めるべきでしょう」
「うん。お母さんに謝らなきゃ」

 うんうんと頷く雲母は本当に保母さんのようだ。

「何を謝りたいのかしら?」

 そこも重要だ。謝るべきことを理解していない謝罪などに意味は無い。
 まあ理解していても誠意を込めていなかった紫苑の謝罪も意味無きものだが。
 あの屑の謝罪が成立したのはひとえに洞察と演技力のおかげで、尚且つそれは三貴子らがやるべき謝罪ではない。
 彼らは申し訳ないと思っているからこそ謝りたいのだから。

「……己の不甲斐無さを謝罪したいです」

 長年、母の想いを酌んでやれなかった親不幸者でごめんなさい。

「救い、罰し、導き、愛するはずの神様である私達が人を憎んでしまったことを」

 もっと早くに気付き手を打てたのならば今の世界は変わっていたかもしれない。
 憎み合わず、人と寄り添う道があったかもしれないのだ。可能性を閉ざしたことを謝りたい。

「そういう諸々の情けなさで失望させちまったことを詫びたい」

 謝りたいことはまとまった。ならば後はこれからどうするかを決めるだけ。

「まずはあなた達にだけ伝えておきます。あたし達三姉弟は不干渉の立場を放棄します」
「そして神たる役目を果たすよ。現世じゃ上手く力を振るえないけど、出来る限りを尽くす」
「それが俺様達、日ノ本の神の役目だ。今更かもしれねえが、遅くはねえと信じさせてくれ」

 晴明や信長、ジャンヌといった英雄らは百パーセントではないが限りなく百パーセントに近い力を現世で発揮出来る。
 しかし純粋な神格たるで高位の幻想である三貴子はそうではない。
 イザナギ、イザナミレベルならば労力はかかるがかなり大規模な干渉が可能だが……無いものねだりだろう。

「まあ、皆さんが力を貸して頂けるならありがたいですが……負担減りますし」

 三貴子らの好意は純粋にありがたいのだが、
どうにもこう……彼らは直情的というかこうと決めたら一直線だなぁと思ってしまう栞だった。
 どの口で言ってんだテメェと思わなくもない。

「ちなみ御聞きしたいのですが他の神々はどうなのでしょう?」

 イザナギとイザナミ、そして三貴子は日本の神の顔のようなものだ。
 それに倣って再び人と寄り添う――と思うのは少々楽観が過ぎるだろう。

「皆が皆、というのは無いでしょうね。あたし達はナギとナミに連なる者ですから」

 責任感もそれだけ強い。
 だが、他の神々が必ずしも三貴子と同じような結論を出すとは限らない。

「それでも基本的に他の子達は不干渉だと思うよ。私達がそうだったように」
「ただまあ禍津神やらは別だろうが……別にお前らが相手しなくても良い」

 禍津神の領域に殴り込んで素戔男尊がどうにかするという手も取れる。

「うちの愚弟は暴れることにかけては一流ですから。後は騙まし討ちと迷惑行為」
「おいコラ糞アマァ……! 褒めてんのかけなしてんのかどっちだ!?」

 どう考えてもけなしているだろう。褒められている要素何処だ?

「とりあえず三人の気持ちも固まったようだしもう大丈夫かしら?」

 三姉弟が揃って頷く。
 雲母の順序立ててという作戦は成功らしい。

「一応僕らも同行するからさ。それなら大丈夫っしょ?」
「御手数を……」
「宿代ということでよろしく御願いします」

 それでもありがたいことはありがたい。三貴子を代表して天照が頭を下げる。
 神々とは敵対するものだった、少なくとも今までは。
 だがここに来てその関係性が変化した。
 一握りであろうとも神を味方につけたのだ。世界は変わる、変わっていく。
 人間の総数からすれば小石以下の矮小な存在である春風紫苑が世界を歪ませる。
 その影響力を正確に把握している者はどれだけ居るのだろうか?

「早速行くにしても手ぶらはまずいよねお姉ちゃん」
「ええ。それは礼を欠いているというものでしょう」

 イザナミの謝罪もあるが紫苑への謝罪と感謝を伝えるのも目的の一つなのだ。
 礼を失するわけにはいかない、そこは彼女も重々承知している。
 天照がパンと一度手を叩くと給仕の神が大皿を持ってやって来る。
 皿の上には沢山の桃が載っており、これを見舞いに持って行くつもりなのだろう。

「見舞いに桃って定番だよねえ。桃缶とか」
「これ天魔、この桃を一缶幾らのと比べてはならんぞ」

 桃というのは邪気祓いの象徴でもある。イザナギもエクストリーム離婚の際に使用したほどだ。
 晴明などは一目見てその桃の価値を看破した。
 邪気の元凶に直接ぶつけるも良し、経口摂取で体内の不浄を祓うも良し、
香水か何かに加工して邪気避けにするのも良さそうだ。

「素戔男尊」
「わーってる」

 大皿を受け取った素戔男尊、別の箱などに移すこともなくそのまま持って行くらしい。
 やはりここら辺はどうにも大雑把というか素朴というか……。
 神殿を出た三貴子と四人はイザナミが建てた平屋を目指す。
 信長と晴明はそんなに人が居ても邪魔だろうということでお留守番だ。
 戦闘で破壊された高天原もすっかり復興されており、道往く神々が珍しそうに人間を見ている。
 好奇の目でこそ見られているが悪感情は感じない。関係が改善されている証拠だ。

「そういえばさ、僕らを助けてくれた八……八何とかって何処行ったのかな? 気付けば消えてたけど」

 ふと、これまで忘れていたことを思い出す。
 人間四人をバックアップした八雷神、彼らは裁定の様子が流され始めた辺りで消えてしまいそれっきりだ。
 一応礼の一つでも言っておくべきかと思ったのだが所在が分からない。

「八雷神のこと? 多分お母さんのところに……は戻ってないかな。看病するのに邪魔だし」
「多分、根の国に戻ったんだろうぜ」
「御礼を言いたいのですが、また後で根の国への道を開いて頂けますか?」

 紫苑が裁定を乗り越えたし、何より汚染の発生源であるイザナミは高天原に居る。
 今ならば根の国に行っても問題はないだろう。

「ええ、構いませんよ。っと、着きましたね」

 彼らの眼前にある平屋は明らかな異物だ。
 何せ建てたのも住んでるのも根の国の住人であるイザナミなのだから。
 どうしたって浮いてしまう。不自然極まりない。

「どうしますか? 私達が声をかけましょうか?」
「気持ちはありがたいけど……うん、やっぱり私達がしなきゃね」

 三貴子は目を見合わせて一つ頷き、

「御免!!」

 と元気良く声を揃えて家主に呼びかけた。
 インターホンぐらい着けとけよと思わなくもない。

「ん、お前達か」

 玄関から出て来たイザナミはやはり死んだ目で何処を見ているか分からないホラー風味だ。
 それでもほぼ全裸ではなくなり看病に適した格好をしているので幾分かマシ……かもしれない。

「彼の見舞いと……お母様に話があって参りました」

 代表して天照が用向きを告げるとイザナミは感情の見えない顔で小さく頷き家の中に戻って行った。
 玄関は開けっ放しなのは勝手に入って来いという意思表示だろう。
 イザナミの背を追って寝所に入ると中には簡素な白の寝間着を纏った紫苑が本を読んでいた。

「やあ、朝もお邪魔したけどまた来たよ。ま、今回は僕らじゃなくて彼らの付き添いでだけど」
「ああ、成るほど」

 読んでいた本を閉じて三貴子に向き直る。
 今の今まで顔を見せなかった三貴子らがどんな心情であるかなど容易く看破出来る。

「(ヘタレ神どもめ)母親なんだ、子供の話はちゃんと聞いてくれるだろうよ」

 三貴子の緊張を和らげる言葉をかけつつも内心では大上段から見下している――平常運転だ。

「すまんな。これ、見舞いの品だ」
「桃か……こりゃ美味しそうだ。ありがとう
(桃て……それが頑張った俺に献上する品ですか? ケッチ臭え神様だこと!)」

 文句を言いながらもちゃっかり受け取る浅ましさこそが紫苑が紫苑たる所以である。

「会いに来るのが遅れてすまねえ。お前にも言わなきゃいけねえことが……」
「良いさ。俺は後でも良い、それより話すべき相手が居るんだろ?
お前らは。俺は桃でも食ってるからやらなきゃいけないことをすると良い」

 大皿の桃を上へ軽く放り投げると栞の糸が桃の皮を一瞬で剥ぎ取った。
 手の平に落ちた桃を齧りつつ紫苑はイザナミに視線を向ける。
 彼女は聞く体勢に入っているのかじっと黙ったままだ。

「お母様、あたし達の話を聞いていただけますか?」
「話すことがあるというのならば聞く」

 厳しくはあるが取り付く島が無いわけでもない。
 イザナミはまだ話が分かる方だろう。
 完全に凝り固まった相手ならば会話をするのにも一苦労なのだから。

「お母さん、ごめんなさい。ずっとずっと気付けなくて。私達の思慮が足りなかった」
「神と呼ばれながらもその責務を果たすことが出来なんだ。
俺様達がしっかりしてりゃ、もっと別の道があったかもしれないのに……こんなところで来ちまった」
「三貴子などと呼ばれながらも、あたし達は目が曇っていました」

 卑屈というわけでもなく、開き直っているわけでもなく、素直な態度で謝罪をする三貴子。
 イザナミは頷くことも、口を挟むこともなく、黙ってじーっと子供らを見つめて静かに謝罪を聞いていた。
 感情が読めないのでどう思っているかは分からず三貴子らは少しばかり不安だった。
 それでも謝らなければならないと最後まで謝罪を続け、これからのことを打ち明ける。

「そうか」

 イザナミの返事はあまりにも素っ気無かった。
 だがそれも当たり前。人ならば多少は言葉を尽くすが神に対しては甘やかすつもりはない。
 根の国から紫苑を連れて戻って来た時に何も言わなかったのもそのためだ。
 自覚、イザナミは何よりもそれを重んじている。
 そして母の気持ちは子供らにもしかと伝わっていた。

「はい。手伝ってくれとは言いません。だけど、これからのあたし達を見ていてくれると嬉しいです」
「ここからまたやり直すよ。人とも……すぐに上手く付き合えるかは分からないけど……」

 紫苑やその仲間達、絆を結べた人間達が居る。
 彼らを通して人に歩み寄ってもう一度やり直す。それが三貴子の総意だ。

「そして紫苑よ。お前にも随分迷惑をかけちまった。
今回の一件、俺様が持ちかけたもんだってのにあろうことか刃を向けるなんて……すまん!」
「(それが謝る態度かテメェ!?
ごめんなさい紫苑様、愚かな塵虫以下の私めを御赦しください一生下僕として働きますから! だろうが常識的に考えて!!)」

 一体それは何処の宇宙の常識?

「矮小な妬心で無礼を働き真に申し訳ありません」
「そしてありがとう。あなたのおかげで私達はお母さんの真意を知ることが出来た」
「ああ、母上の気持ちを酌んでくれてありがとう」
「そして人々の未来を繋げてくれて……本当に本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げる三貴子。
 貴き神が頭を下げているというシチュエーションは紫苑の自尊を満たすものだった。
 驕りで鼻が伸びるのならば月にだって到達していただろう。

「いや、俺だって御三方から話を聞かねば自分の考えを固められなかった。
最初は引っ掛かり程度だったしな。刃を向けたのも……まあ、確かに良い気分ではなかったが理解出来る。
近い場所に居て、会える距離に居た自分達じゃなくて直接的には何の繋がりも無い俺がしゃしゃり出たんだ。
お母さんを取られて良い気分はしないよな。いや、取るって表現も何か変だがとにかく頭を上げてくれ」

 そういうので三貴子は素直に頭を上げるのだが、

「(今のは社交辞令だよ馬鹿! 頭が高いわ糞戯け!!)」

 面倒臭い野郎だ。

「それに、これからは力を貸してくれるんだろう? だったら十分だ。感謝も謝罪も必要無い」

 右手を差し出すと、一瞬キョトンとする三貴子だったがすぐに笑顔でそれに応える。
 天照、月夜見、素戔男尊とそれぞれ握手を交わす――改めて考えると凄まじいことだ。
 神々の存在こそ認知されたものの敵だし、その姿を直に見ることすら稀。
 だというのに言葉を交わして親しげに握手をするなんて貴重の一言では足りない体験だろう。

『なあオイ、ちょっと良いか?』

 良い空気になり、このまま他愛ない世間話に流れ込もうとしたところでカス蛇が口を挟む。
 素戔男尊は若干嫌そうな顔をしているが、
同じ陣営である以上は喧嘩をするつもりはないようで今のところは大人しくしている。

「何でしょうか、異国の蛇よ」
『俺様はカスって名前があるんだよ……ってのはともかくとしてだ。
お前らはこの国の大物だってのは分かる。じゃあお前らだけ押さえておけば良いって話でもねえだろ?
地盤固めをするために協力を取り付けておくべきって神は居るのか?
他所の国のことだから俺様もそう知識があるわけでもねえんでな』

 幻想回帰以降、人の世はガタガタだ。
 日本はマシ――というよりかなり恵まれた立場にあるといって良い。
 だが幻想回帰以前に比べれば色々な面で不足していると言わざるを得ない。
 その状況を改善するために良さそうな神は居るか? カス蛇の言わんとしていることはそれだ。

「地盤固め、ですか。確かに色々と大変そうですものね。
深刻な飢饉こそ起こっていないようですが、今の人の尺度では食料が満ちているとは言えませんし。
となると食料関係の……大宜都比売」
「うぐ!?」

 素戔男尊が胸を押さえて蹲る。
 大宜都比売――素戔男尊にとっては若き日の過ちそのものなのだ。
 端的にいって、昔カっとなって殺った相手である。

「後は保食神」
「はう!?」

 月夜見が頭を押さえて蹲る。
 保食神――月夜見にとっての若き日の過ちだ。
 地味で何やってるか分かんねーよって月夜見だが彼女も結構やらかしている。
 保食神とは素戔男尊と同じく、昔カっとなって殺った相手だ。

「正直、野蛮ですよねあなた方」
「駄目ですよ姉様、キレ易い若者よりキレ易いなどと言っては」

 母親からしてドがつく過激派なのでしょうがないともいえる。

「後は……」

 黒歴史を突きつけられて凹んでいる弟妹を無視して天照は記憶を辿っていく。
 神とはいえ自分と関わりが無い連中をすぐ思い出せるわけではないのだ。

「木花之佐久夜毘売と石長比売――――でしょうか?」
「!」

 天照が挙げた名前に紗織が反応する。百合と名乗っていた時のことを思い出したのだろう。

「何故その二柱なんだ?」

 と、質問を投げたところで紫苑の身体がよろめく。

「今日はこの辺にしておきましょう。あなたもまだ万全ではないのだから無理はなさらず。異国の蛇も構いませんね?」
『ん? ああ。とりあえず名前だけでも聞けたし文句はねえよ』
「酷い熱だね。人間にとっては厳しいんでしょ? ごめんね、疲れさせちゃって」
「ゆっくり養生しろ。俺様もまた見舞いに来るからよ」
「それじゃあ僕らも帰るからお大事に」
「春風さんは身体を癒すことに専念してください」
「他のことは私達が何とかしておきますので」
「無理しちゃ駄目よ紫苑ちゃん?」

 それぞれが優しい言葉をかけてこの場を辞そうとしたのだが、ピタリと動きを止める。
 全員の視線の先ではイザナミが何故か服を脱いでいる真っ最中だった。

「あ、あの……お母様? 何をなされておられるのです?」
「身体が熱いようだし冷まそうと思っただけだが? 我、死体だし」

 死体で冷えピタとか一体何の罰ゲームだよ。
+注意+
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