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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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あの醜く肥え太り性根が腐った俗物のお前は何処に行ったんだよ……

 ルドルフ・フォン・ジンネマンは戸惑っていた。
 何時も通りに起床し、仲間達と共に朝食を摂り今は食後のフリータイム。
 皆が思い思いに寛いでいる穏やかな時間――だというのに親友である紫苑の顔色が半端なく悪い。
 やつれているし、肌も何処か乾燥しているように見える。

「(だが、対照的に彼女らは……)」

 隙あらば言葉で殴り合ったり直接殴り合ったりと愉快な修羅場を繰り広げるメンヘラーズ。
 なのに今日はどの顔も機嫌が良さげで和やかにお茶などしばいている。
 ここから導き出される結論は――――

「(いかん、涙が出そうだ……)」

 ルドルフは目頭を押さえて天井を見る、じゃないと涙が出てしまいそうだから。
 肉食系どころか暴食系と評するしかない連中に親友が無残に食い荒らされた。
 その事実にどうしようもなく哀れみを覚えてしまうのだ。

「(一途に自分を想ってくれる見目麗しい女性……男としては冥利に尽きるが度を超えると……)」

 その点ベアトリクスは慎ましやかで、負担になるようなことは一切しない。
 そう考えると昔からもう少し優しくしておくべきだったかとルドルフは少しばかりの後悔を抱く。

「ん、んん! 紫苑、何をしているのだ?」

 慰めの言葉をかけて死者に鞭打つのも忍びない。
 ルドルフは努めて冷静に紫苑へと語りかける。
 彼は先ほどからずっとパソコンを弄っているようだが一体何をしているのか。

「? ああ……少し、メールをしてたんだ……」

 身体に圧し掛かるどうしようもない倦怠感。
 それでも嫌な顔一つせずにコミュニケーションを拒絶しないのは流石である。

「メール?」
「フランス支部のアネットさんとな。欧州の近況なんかも教えてくれてるんだよ」
「ほう……何か変わったことは?」
「やっぱり諸外国は色々大変らしい。国土も広いし人口も多いところがある」

 平時ならばそれは良いことだが、この状況では一概に良いとは言えない。
 国土が広ければそれだけ護るのも大変だし、人が多ければ諍いも増える。

「日本は恵まれている、か」
「ああ」

 信長や秀吉、ジャンヌ・ダルクなどといった英雄を従える春風紫苑と頼もしい仲間達。
 それらもまた日本の安定に一役買っているといえるだろう。
 実際に京都での新撰組の狼藉や関東での狸乱心。
 騒動は幾つもあったが悉く丸く収まっている。おかげで人心の乱れも最小限で済んでいるといえよう。

「というか卿、フランス語出来たっけ?」
「出来ない。が、あちらさんは日本語が堪能だからな、お前と同じくらい」
「ほう……アネット氏も日本好きか」
「さあ? そこまでは知らないが……日本語を覚えるくらいだからそうなのかもな」

 母国語プラス英語という人間は珍しくないが、日本語というのは珍しいだろう。
 ルドルフのような日本好きと考えるのが自然だ。
 ギルドの関係だとしても英語は必須だからそちらで話せば良いし日本語をわざわざ覚える必要は無いのだから。

「お前にしてもアネットさんにしても母国語以外をほぼ完璧に喋るのはすご……ん?」
「どうした?」
「いや、これを……なあ、こんな話聞いたことあるか?」
「どれどれ……子供が生まれない?」
「ちょっと詳しいことを聞いてみる」

 即座に返信をするとすぐに先のメールで話題に上がった子供が生まれない異変について詳しい情報が返って来た。
 三が日明けから日本では子供が一人も生まれないという異変が起きていたらしい。
 こんなご時世であろうとも妊娠している女性は多々居るのだが、皆一様に時間が止まったように変化が起きない。
 三ヶ月なら三ヶ月のまま、九ヶ月ならば九ヶ月のまま。
 予定日をとうに過ぎているのに生まれないなんてケースも存在しているらしい。
 通常そんな状態になれば母胎の健康が危ぶまれて当然だろう。だがそれも無いのだ。
 至って健康、そしてお腹の中に居る子供も時間が止まったように変化しないこと以外おかしいところはない。

「ちょっと待て……私はこんな話知らんぞ?」
「……俺達には、伏せられていたんだろうよ。アネットさんはそれを知らず話題を振ったらしい」

 畑違いということもあるだろう。
 幾ら便利屋扱いとはいえ紫苑とその仲間達は基本的には分かり易い戦闘以外では役に立たない。
 加えて、余計な心配をかけないようにとの配慮もあったのかもしれない。

「なあ紫苑、これはかなり深刻な事態なのでは?」
「ああ……だからこそ、ニュースなんかでもやってないんだろうよ。混乱を生むだけだ、情報規制をしているんだろう」

 子供が生まれない、それは短期的に見ればおかしいなで済むが長期的な視点で見ればそうではない。
 子供が生まれない――種が絶える可能性があるということだ。
 既に生まれている人間はやがて死ぬし、これから生まれて来る者が居なければ滅んでしまう。

「(おいおいおい、俺がパパになる可能性が減ったってことじゃねえかヤッター!!)」
『そこじゃなくね?』

 そんな馬鹿なやり取りをしつつ更に詳しい内容に目を通す。
 どうやら生まれていないのは日本人夫婦の子供であり、外国人の子供は生まれているらしい。
 また、両親どちらかが日本人でもアウトのようだ。
 他所の国に移動させてアクションを起こさせようとしたが変化なし。
 端的に言うならばこのままでは日本人絶滅待ったなしである。

「ですがこれはかなりマズくありませんか? ことがことですし、何時までも伏せておくわけにも……」

 振り向けば他の面々もパソコンを覗き込んでいた。
 どうやら紫苑とルドルフの話が聞こえていたらしい。

「紗織お姉さんの言う通りね。ネット辺りでは噂ぐらい出てるんじゃない?」

 紫苑の膝の上に潜り込んで来たアリスがそんなことを口にする。
 確かにその可能性はあるだろう。
 だが、少し考えればそんな話題を出せばギルドに睨まれることぐらい分かるはずだ。
 戦えない一般人ならば冒険者を統括しているギルドに睨まれる真似はしないだろう。
 そして冒険者の場合もそう。下手に火種を蒔いて混乱を招けば……。

「流すとしたら幻想側に着いた冒険者が混乱を狙って……だろうが……」

 日本においてそういう冒険者はかなり減っている。
 皆無というわけではないが、他所に比べればかなり少ない。
 そして少ない敵も潜伏を余儀なくされていて、ネットなどに書き込んで居所を割られるような愚を犯すとは思えない。

「何にしてもこりゃ僕らの管轄じゃないよ。ああでも、晴明は協力したのかな?」
「しただろうな。進展があったかどうかは……」

 例の殺人鬼を調べる際に幾らか意見を求められたはずだ。
 この異変は明らかに幻想の区分なのだから。

「まあ、俺達の領分ではないな。でしゃばって迷惑をかけるのは駄目だ。鎌田さん達ギルドを信じるしかない」

 本音は説明するまでもなく他力本願である。
 だが、そうはいかないのが世の常。

「? 皆、どしたん?」

 紫苑と麻衣を除く前衛の面子の空気が張り詰める。
 彼らの視線は総て食堂の入り口に注がれており……。

「――――御免」

 しゃがれた声と共に現れたのは筋骨隆々の禿爺だった。
 かなりのやり手であることは窺えるが、それでもこの場の面子には及ばないといったところか。

「(……いや待て、嘘だろ?)失礼、どちら様でしょうか?」

 紫苑には心当たりがあったが、他の面子はそうではない。
 知らぬ気配が拠点に入り込んだので警戒していたのだ。

「分からぬのも無理はない。儂だよ春風の、藤堂である」

 誰だよ? というのが紫苑を除いた者らの感想だった。
 藤堂って何処の藤堂だよどんな藤堂だよ教えて藤堂。

「あの……紫苑くんの知り合いなん?」
「……ああ。随分、様変わりしているようだが、面識はある」
「その節は大変な無礼を働いた。改めて謝罪させて欲しい」

 無礼を――の時点でメンヘラーズの殺気が迸る。
 昨夜のアレコレもあり、気持ちが高まっているのだろう。
 自分の旦那に舐めた真似をしたと奥さんヅラっぷりが加速しているらしい。

「いえ、あの時は俺も随分礼を欠いていました。目上の人間に対する態度ではなかった」
「儂が敬意を払われる価値も無い爺だったまでのこと。謝られると儂の立つ瀬がない」

 紫苑は纏わりつく疲労も相まって最悪な気分だった。
 劣等生は劣等生のまま、屑は成長しない、駄目な奴は何時まで経っても駄目――それが真理だと信じている。
 だからこそ藤堂の変貌が赦さない。何だこれは、まるで更正したみたいではないか。
 こんな不条理が赦されるのか? とガチでキレている。

「すまないが二人で通じ合われても私達は分からないのだが……」
「悪い。えっと……」
「構わん。儂から説明しよう。君らは以前平泉で義経公と戦ったな? 平泉に行く羽目になったのは儂のせいだ」

 藤堂は過去の愚行を包み隠さずに総て打ち明けた。
 メンヘラーズに心臓を握り潰されそうな殺気をぶつけられても淀みなく己の非を認め続けた。
 どうやら本当に成長しているらしい、そしてその原因となったのは――――

『お前は本当に人を成長させるなぁ』

 尚、本人は微塵も成長しない模様。
 紫苑は自分の信じる真理をそのままに生きているようだ。

「(最悪だ……あの醜く肥え太り性根が腐った俗物のお前は何処に行ったんだよ……)」

 心の中でさめざめと涙を流す紫苑。
 優しかったお前は何処に行った――とかいう台詞ならまだしも性根が腐った俗物て……。

「というわけだ。儂のくだらんプライドで君達にも迷惑をかけたことを詫びさせてくれ」

 深く頭を下げる藤堂。以前の彼ならば決してしなかった行動だ。
 頭を下げられた方も誠意ある謝罪ゆえにガタガタと騒ぎ立てることは出来ない。
 下手に無様を見せれば自分達の頭に泥を被せるだけだと分かっているから。
 ゆえに、

「紫苑さんとは別に、代表して謝罪を受けます」

 当事者の一人でもあった栞が藤堂の謝罪を受け入れる。
 ここら辺は流石に良家の御嬢様というべきか。
 良家という点ではルドルフも同じだが彼の場合は親や祖父が居るのでそこらはまだ劣る。

「かたじけない」
「して、藤堂さん。どうして此処に?」
「……順序立てて話さねば色々と拗れてしまう。少しばかりの爺の話に付き合ってもらえるかな?」
「勿論」
「感謝する」
「(ん?)」

 ふと、自身の裡に潜むカス蛇が僅かに反応する。
 少しばかり気になったが藤堂の話に集中するべく無視をすることに。

「支部長に暇を言い渡された儂は過去の己を辿ることにした」

 自分は腐ってしまった、
寛厳や紫苑とのやり取りでそれを実感した藤堂はかつての己を取り戻す旅に出た。

「仲間と共に駆け抜けたダンジョンに潜ったりと……実に年甲斐も無い。
醜く衰えた己を痛感したよ。儂は本当に駄目になってしまったとなぁ」

 輝かしい昔日、そこに戻るには余りにも心身が重過ぎた。
 心にも身体にも贅肉がつき過ぎたのだ。

「(そのまま駄目で居れば良かったんだよ! 無理するなよ爺さん!)」
「こりゃいかんと一先ず往時とはいかずとも、見苦しくない身体を作ろうと出雲へ飛んだ」
「紫苑お兄さん、出雲って島根よね? 陸の孤島で文明が無いって噂の」
「こらアリス、島根をディスるのは止めなさい」

 なんて注意をしているが紫苑も島根を未開の地だと思っていたりする。

「儂は出雲の出で、それに……霊験あらたかな地なら禊も行えると思ってな」

 故郷をディスられたが藤堂はあっさりスルーして話を続ける。大人で良かったと言わざるを得ない。

「今思うと霊験あらたか……と思わんでもないが」
「(つーことはこの爺さん、元は御偉いさんなのに真実を知らされてなかったってわけか)」
「そのまま出雲で幻想回帰を迎えてな」
「ギルドから復帰の要請があったのでは?」
「うむ。今の儂ならばと評価してくださったのだろう。だが儂も老いた。
故郷を護りたいと欲が出てしもうてな。元の役職には戻らず一冒険者として出雲に配置してもらった」

 そうして町を襲うモンスターや不埒な冒険者を取り締まっていたのだが……。

「故郷で骨を埋めるつもりだったのだが……」
「が?」
「申し訳ないと思うが先ほど君らが話していたことを聞かせてもらった。儂がここに来たのはその件でな」
「何か知っているので? いや、それ以前に何故俺達の下へ? ギルドに行った方が良いんじゃ……」

 藤堂がギルドを通して此処へ来たのではないことは間違いない。
 もしギルドを通しての訪問ならば事前に連絡があっただろう。

「それも含めて後で説明しよう。儂は三日前、ある者から異変の詳細を聞いた」
「ある者とは?(回りくどいな……これだから爺は嫌いなんだ)」

 回りくどさでいうならば紫苑もどっこいどっこいである。

『――――俺様だよ』

 誰でもない、更なる第三者の声が耳に響く。

「(一人称で俺様とか……絶対ロクデナシだぜカァッス!)誰だ!?」
『(テメェコラ紫苑、俺様のことディスってんのか? アァン?)やっぱりかぁ……』

 カス蛇は藤堂の裡に幻想が潜んでいることを何となくではあるが察知していた。
 しかもそれは、余り好きにはなれそうにない奴だ。

「藤堂、卿も紫苑と同じように……」
「いや、あくまで一部分を埋め込んでおるだけよ」
『そうだ。あくまで俺様の身体は実在している。完全に溶け込ませているわけではない』

 藤堂の中に居る幻想はカス蛇やプロメテウス、ヘルのように肉体を完全に捨てて同化しているわけではない。
 あくまで身体のほんの一部分――髪の毛程度の小さな欠片を埋め込んでいるだけ。
 そうしているのは藤堂という人間をスピーカー代わりに自分の声を届かせるためだ。

『俺様は素戔男尊、人の子春風紫苑よ。お前には世話になっているな』
「素戔男尊……三貴子の末弟ですか」
「そのような方が春風さんに何の関係が?」

 素戔男尊――栞や紗織からすれば聖書の蛇やプロメテウスよりも身近な幻想だ。
 何せ自国の神話に出て来る神の中でもかなりのビッグネームであり良く知られている存在なのだから。

『直接の面識は無いが酒呑童子を完全に滅ぼしてくれたからな。
あれがもし、生き続けて今に至っていれば父親共々俺様に喧嘩を吹っ掛けていたことは想像に難くない。
ただでさえ親父の存在だけでも鬱陶しいのに息子まで相手に出来るかってんだ』
「親父……ああ、そういえば酒呑童子の父親はヤマタノオロチなんて説もありましたね」
『ケッ……そのまま丸呑みにされりゃ良いんだ』

 カス蛇が悪態を吐く。関係ないとはいえ蛇殺しの神が気に入らないのだろう。

『あ? 何だその態度は? テメェは頭も一つしかねえみたいだしサックリ殺ってやろうか?』
『抜かせやDQN! テメェとは年季が違うんだよ、逆にバックリ喰らってやるわ!』

 カス蛇には喰らい付く身体が無い件について。

「カス蛇、それに素戔男尊も……落ち着け。話が進まんだろう」
『チッ! 紫苑に免じて見逃してやらぁ。テメェも態度を改めな。
アポも取ってねえくせに態度がデカイんだよ、何俺様とか言っちゃってんの?』

 そういうカス蛇も何自分を俺様とか言っちゃってるのだろうか。

「(DQN相手にキレるとは煽り耐性の無い奴だなぁお前)喧嘩を売るな」

 そういう紫苑も煽り耐性が無い件について。

「藤堂さん、素戔男尊があなたに異変を?」
「ああ。その顔だとある程度の予想はついているようだが……。
素戔男尊、あなたから話すと良い。儂はあくまで足でありスピーカーなのだから」
『分かっている、感謝するぞ藤堂。さて春風紫苑よ。まず俺様の立ち位置を明確にしておこう』

 敵か味方か中立か、その立ち位置は重要だ。
 単純に懐の中に飛び込んで来たから味方と判断するのは頭がおめでたい人間だろう。

『人間は憎い。憎くて憎くてしょうがない。
都合の良い時だけ縋り付いて、用が済めば消えてくれ……だものなぁ。
殆どの神魔は人間を嫌っているし、俺様もその例には漏れない。
だが、好悪とは別に矜持というものもある。人間は憎いが人間に負けたのは事実。
一度完全に駆逐されて手も足も出なくなった――それは完全敗北に他ならん。
負け犬がまだだまだだと騒ぎ立てるのは矜持に反する。ゆえ、俺様は傍観を選んだ。
人間が戦って滅びるか、戦って我らを滅ぼすか、流れに委ねている』

 つまりは中立ということだ。
 だが、こうやって会いに来て何某かの願い、あるいは忠告を授けようとしているのは領分からはみ出している。
 ゆえ、今回に限ってのみ中立的味方と言い換えることが出来るだろう。

「成ほど、確認だ素戔男尊。あなたが憎んでいるのは全人類か? それとも日本人か?」
『無論、日本人だ。ううむ、俺様が日本人と口にするのも何か妙な感じが……』
「それは何故?」
『分かっているだろうに問うか春風紫苑。いや、だからこその確認か』

 素戔男尊、DQNといっても問題はない程度にアレな神だが話せないということもないらしい。
 そのことに少々の安堵と生意気な! という苛立ちを抱えつつ紫苑は目で先を促す。

『俺様はこの国の神だ。他所の国の人間に好きも嫌いもあるまい。
例え我らの凋落が人類の総意であったとしても、それは変わらん。
もし日本人が完全なる信仰を捨てなんだら、唯一我らだけは逃れていたかもしれんしな』
『カハッ、そんな都合の良いことあるもんか。これだからDQNは考えが甘い』
『あ゛?』

 素戔男尊が語る人間は日本人で、カス蛇が語る人間は人類という種そのもの。
 こういう視点の違いも観察する分には悪くない。

「話がずれる、黙っていろカス蛇。素戔男尊、続きを(足引っ張るなよ役立たず)」
『(ぐぎぎ……! す、すまん……)』

 蛇殺しを好きになれない。だが苛つきを堪えられないのは未熟の証。
 カス蛇は素直に反省し、沈黙の世界に身を委ねた。

『……続きも何も今話したのが総てだ。お前の予想から外れることはないだろうよ』
「そうか。仮にあなたが積極的に人間を滅ぼしに出たとしても……」
『ああ、この国の人間を根絶やしにするだけだ。他? そんなもんその国の神がやれば良い。
仮にも信仰を受けていた神ならば他所の神に頭を下げて手伝ってもらうべきではないと俺様は考えている』

 どちらかといえば素戔男尊の考えは異端寄りだろう。
 人の、ではなく幻想にとって。
 素戔男尊はヤンキーだ、ヤンキーだからこそ己の信念やルールといったものを曲げない。
 分かり易く、だが敵対すれば面倒極まると言っても良い性格だ。

「うむ。もう一つ確認だ。戦って滅びるか、戦って我らを滅ぼすか――先ほどあなたはそう言った。
だからこそ、ここに来たのだと考えても良いんだな?」
『無論。今起きている異変は俺様の好むところではない。やり方がせこ過ぎる。
このままそちらが打開出来ねば百年もあれば日本人は滅びるだろう。
それを認めぬのならばかかって来い、そう思わなくもないが仕掛けた側が気に入らん』

 百年――それは人にとっては長い時間だが神々にとってはそうではない。
 何もせねばたったそれだけで日本人は確実に滅びるのだ。
 いや、戦える人間が居なくなるのはもっと早いので実際は百年も要らないかもしれない。

「滅びを餌に己の領域に引き込み罠を仕掛けて殺すのならばあなたは認める。
だが、そもそも戦う気が無いのだな? こんな異変を起こした馬鹿は」

 素戔男尊は無言で肯定を返す。今回の件は彼の流儀に反するものなのだ。
 神であるならば神らしい振る舞いをするべき。
 罠というだけならば許容も出来たがそうではない、戦う気が更々無いのだ。
 そんな誇りも何もない神など認めない。
 そんな軟弱な性根だからこそ幻想に貶められたのだと謗られても仕方ないと考えている。

『そうだ。臭いものに蓋とばかりに断絶の呪いをかけて後は知らん振り。
何たる惰弱! そもそもからして俺様は奴が大嫌いなのだ!!
そのようなことだから信仰が薄れ敗北者の烙印を押されたと言っても否定出来んだろう!?
一度負けたくせにちょっかいを仕掛けるのもそうだが、戦いすらする気が無いとは……!』
「(うるせえ……DQNやっぱうぜえ……)落ち着け素戔男尊、荒ぶる神よ。
あなたの矜持に反する振る舞いをあなたと縁のある者が行っているから怒りも当然だろう。
だがな、そうやって一々激昂するのは違う。駄々を捏ねる子供と変わり無い」

 周囲の人間は改めて春風紫苑という人間の肝の太さに感心と呆れを抱いた。
 神々と相対しても一歩も引かないのは知っていたが……。
 それでもこうやって落ち着いた状態で改めて思うと剛胆過ぎるだろう。
 神々と対等の目線で会話をしているのだ。
 素戔男尊の怒りに呼応して漏れ出る神気は僅かなりとも意識してしまうものなのに紫苑はケロっとしている。
 神槍が傅き、聖書の蛇が自分や神々にも伍すると評した魂を持っているというのがこの上なく理解出来た。

『む……すまんな。身内が余りにも情けなさ過ぎて……いや、言い訳はせん。
醜態を晒した、侘びを入れよう。すまなかったな春風紫苑』
「そうやって憎い人間の一人である俺にも謝罪が出来る――やはりあなたは神なのだな」
『持ち上げてくれるな。俺様の乱行は知っているだろう?』
「若き日は神であろうとも過ちを犯す……親近感が沸くよ」
『フハハ! 不敬な男よ』

 そういいながらも素戔男尊は楽しそうだ。
 人間は嫌いだが一個人である春風紫苑を好いているのだろう。
 ヤンキーなスーちゃんからすれば紫苑は確たる矜持を持ち凛々しく雄雄しく戦っているという認識だから。

「それはすまないな。で、やったのは父親か? 母親か?」
『父親だ』
「やはりな」
「……異変を起こしたのはイザナギということでしょうか?」

 代表者である紫苑の邪魔はしまいと沈黙していた栞だったが、つい疑問が漏れ出てしまった。

「イザナミだったら解せないだろう? 納得出来ないわけでもないが」
「確かに……そうですね。やり方が迂遠過ぎる。どうにも印象が強過ぎたようです」
「すまない、卿らは一体何を納得し合っているのだ? 話に水を差すのは申し訳ないが……」
「いや良い。意思の統一は必要だろう。素戔男尊、軽く脱線するがよろしいか?」
『良きに計らえ』

 この場で説明に向いているのは紫苑と醍醐姉妹だろう。
 三人は軽く目を見合わせてから語りだす。

「伊邪那美命言、愛我那勢命爲如此者汝國之人草一日絞殺千頭。
爾伊邪那岐命詔、愛我那迩妹命汝爲然者吾一日立千五百産屋」

 朗々と謳い上げる紫苑だが意味が分かる人間は少ない。

「今春風さんが仰ったのは古事記の一節です。
イザナギとイザナミが最後に相対した際の……決別の言葉」
「あなたがそんな酷い振る舞いをするならば私はあなたの国の人間を一日に千人殺します。
お前がそうするのならば私は一日千五百の産屋を建てよう――意味はこんな感じです」

 イザナギの訳はともかくとして、イザナミの訳はちょっと笑えない。
 口にしたのは栞だったが紗織であっても笑えない。
 というかこの姉妹は容姿も相まって日本最古のヤンデレの台詞が妙に似合うのだ。

「もっと簡単に砕くとお前が千人殺しても俺が千五百生まれるようにすっから人間滅びねえから! だな」
「成るほど、とっても分かり易いぞ」
「でも待ってよ紫苑くん。何でそれで犯人がイザナギなの?」

 嫌っているのはイザナミなのだから、今回の異変の犯人もイザナミではないのかと疑問を呈する。

「そこです外道さん。栞が引っ掛かったのもそのイザナミの印象が強かったから」
「ですがよくよく考えれば回りくどすぎませんか?
千人殺すというような方にしては素戔男尊が語る犯人像はどうにも消極的じゃないですか」

 ヤンデレにしては手温過ぎない? 要訳するとこうだ。
 ヤンデレの攻撃性を舐めてはいけない。
 百年後に日本人滅びる? 馬鹿野郎、そんなまどろこっしいこと言ってられるか今日で滅ぼすわ!
 バイバイ死ねェ! ぐらいの攻撃性があって然るべきなのだ。

「ああ、成るほど……」
「何故私達を見て凄く納得したような顔をするんでしょうか?」

 そりゃあんたらの立場に置き換えて考えたからだろうよ。
 具体的な想像はこんな感じだ。
 仮に紫苑がお前以外を愛する、お前だけは絶対愛さない! と言ってのけたとしよう。
 メンヘラーズは何をするだろうか? 紫苑と無理心中?
 甘い甘い、好きな気持ちは消えていないのにどうして傷付けることが出来よう。
 自分と紫苑以外のあらゆる命を抹殺するのだ。
 そうして世界で二人きりになってしまえば紫苑の愛は誰にも注がれないし、上手くいけば自分が独占出来る。
 ルドルフはメンヘラーズがそれぐらいやると本気で信じていた。
 それぐらいヤンデレの攻撃性は高いのだ。

「し、紫苑がイザナギだと目していたのは神話の像と重ならんからか!」

 十の瞳がルドルフを射抜く、かなり剣呑だ。
 だからお前らはヤンデレなんだバーカ! と言えるほど性根が腐っていないルドルフは即座に話題を切り替えた。
 実に賢明な判断といえよう。

「いや、それだけではない。ナギとナミのやり取りを更に砕くと生死を司っているとも思えないか?
イザナミが死を与えるならばイザナギは生を……今回の異変は誕生に関わるものだろう?
であればイザナギの方が自然かと思ったんだ。
勿論、国産みだからやろうと思えば役割を逆転させることも出来るんだろうがな。母は誕生のシンボルでもあるし」

 これで意思統一は成された、そう判断した紫苑は改めて藤堂――に憑いている素戔男尊に向き直る。

「で、俺達に話を持って来たのは何故だ?
ギルドを通さずに……この事態を打破出来るのは俺達だと判断したのか?」
『うむ』
「その具体案は?」
『無い!』

 「おい」藤堂を除く全員が口を揃えて素戔男尊にツッコミを入れる。
 藤堂は頭痛がするのかテカテカの頭を押さえて苦い顔をしていた。

「……だから藤堂さんはギルドに話を入れなかったんですね」
「うむ。具体的な方策も無いし、素戔男尊の性格を考えればなぁ……」

 話を通すのもまだるっこしい、とっとと紫苑達の下へ急げ!
 そう急かされる藤堂の姿がありありと見える。

「何より、素戔男尊が認めているのは君だ。それ以外の人間に何で教えてやらねばならんと言われて……」

 そんな相手の使いにされたのだから藤堂も不運といわざるを得ない。

「(ガチで面倒臭い神だなオイ)」

 流石ゴッドDQNである。

『確かに俺様に策は無い。だが、お前ならば何とか出来るのではないか?』
「あなたは俺を買い被っているようだな」
『そんなことはない。お前は智慧と勇気を振り絞り、強靭な意志の力を以って己を支え困難を打破して来たではないか』

 だから出来る――素戔男尊の言葉は何よりも力強かった。
 DQNとはいえ流石は神だ。言葉に確かな力が籠っている。

『で、どうだ? あのいけ好かない親父殿を何とかする術は思いつかんか?
ああ、語るまでもなく俺様がここに来た意味を考えてもらえば直接戦闘は意味を成さんぞ?
総力戦ならばあるいは父をも討ち取れるかもしれんが、奴は天岩戸に引き篭もっている』

 ヘタレの上に引き篭もりとはガチで救えない男である。

『あれは力づくでは開けられんし、直接対峙出来ても親父殿を害そうとすれば他の神も黙っていない。
そうなるとグンと勝率は下がる……かといって放置しておくのは俺様の精神衛生上良くない。
それにお前達人間にとっても父の呪いは何とかせねばならん類のものだろう? どうするね』

 全員の視線が紫苑に集まる。
 彼は瞳を閉じて熟考、朧げな答えが見えると同時に凄まじい勢いで筆を走らせ策謀の下絵を書き上げた。

「――――イザナミに会いに往くぞ」
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