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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

133/204

信じる者が救われてねえwww

 その光景を何と評すれば良いのだろうか? 紫苑は己に問いかけた。
 出来の悪い三文芝居を見ているような、だがしかし、今の世の縮図を見ているかのような光景。
 テレビの向こう側には世界で一番小さな国家、
かつてフォース的なサムシングの暗黒面を体現する聖人も居たというバチカンという国があった。
 そのバチカンが現在――――天使の軍勢による襲撃を受けていた。

「(ぶはははははははははははははははははwww信じる者が救われてねえwww)」

 もしも周りに人がおらず、誰にもバレないのだとしたら紫苑は腹を抱えて哂っていただろう。
 腹筋が捻じ切れるほどに哂っていただろう。
 力の限りに嘲笑をぶつけていただろう――うん、最低だコイツ。
 少なくとも一つの国が理不尽な暴力に晒されているのを見て発露する感情ではない。

「(っていうかこの状況でも放送する根性がすげえwww)」

 食堂で朝食を摂っている仲間達は皆、無関心な者も居るが少なくとも嘲りは浮かべていない。
 深刻そうな顔だったり、他の御国は大変そうだという憐憫だったりと真っ当な感情を発露している。

「(報道魂ってか? バッカだねえ。たかだかそんなもののために命を危険に晒すなんざ)」

 くっだらねえ見栄のために何度も命を投げ捨てて来たお前が言うな。

『にしても、容赦ねえなぁアイツら』

 バチカンに居る者らは別に天使そのものを信仰しているわけではない。
 だが、彼らの信仰と天使は深く結び付いている。
 画面の向こうで応戦している冒険者らは、敬虔な信徒だったのだろう。
 だからこそ天使と戦うという事実がどうしようもなく恐ろしく、困惑戸惑い絶望が透けて見える。

「(敵対する奴にゃあ、容赦しないってか。
つか、それ以前に本気で信じてなかった奴らに手加減する義理も無いだろうし)」

 敬虔な信徒といっても、幻想回帰を起こす前は神は完全に死んでいたのだ。
 人の認識――自覚はなくとも人間は誰一人として神が本当に居ると心の底から思えなかった。
 であれば天使らが手心を加える理由は無い。

「(にしても何だってわざわざこんな映像を流して――ああ、ギルドか。となればそろそろ……)」

 瞬間、蒼天は炎の赤に染まり早い黄昏が訪れた。
 黄昏に飲まれて焼滅する天使達、
千どころでは利かない敵を一瞬にして屠るなんて真似が出来るのは世界で唯一人しかいない。

「(アレクサンダー・クセキナス……)」

 バチカンの空に出現したのはアレクだった。
 あちこちを転戦し数の暴力を覆している彼の姿は救いの神の如く。

『おうおう、アレもようやるわ。あちこちでこんなことしてんだろ?
にしても紫苑、ギルド云々ってのはどういうこった? 教えてくれよ』
「(簡単なこった。バチカンが天使に襲われて陥落しかけるなんて映像を普通流すか?)」

 流さない。衆愚に絶望を与えたところで何の意味も無い。
 昨今では神々の裁きに従い滅びを受け容れるべしなんて破滅主義者も出て来ている。
 そんな輩を調子づかせるような真似をしたところで何の得も無い。
 であればこの放送には意味があったと考えるのが自然だろう。

「(多分これはアレクってより他の幹部連中の仕業だろうなぁ。
アレクがすぐに向かうから、それまでしっかり絶望を撮り続けろってね)」

 絶望が深いほどに希望はより輝く。
 アレクという英雄の存在を利用して戦意を高揚させるつもりなのだろう。

「(実際、テレビ見てる連中は思っただろうな……人間は大丈夫かもって)」
『成るほどねえ、確かにそりゃアレクの仕業じゃねえだろうな』

 人を救いたいと思いながらも諸々の事情でアレクは個々の選択を優先させる節がある。
 ゆえにこんな策は練らないと言える。
 だが、他のギルド幹部にとっては別だ。
 利用出来るものは何でも利用して人の勝率を少しでも上げようとするのは当然の帰結。

「(……なーるほど)」

 だが紫苑は更にその先を看破した。
 ギルドのプロパガンダというのはそこそこ頭が廻って捻くれているならば誰でも見抜ける。
 だが、その先にある誰かの意図は読めないだろう。
 前提としてその人物を知っているか否か、知っていても更に先のビジョンが見えなければ意味が無い。

『どうした?』
「(――――カニだよ)」

 ウ●コでも見たかのような、心底嫌そうな声。
 紫苑は天使のバチカン襲撃という事柄の裏に葛西二葉の影を見た。

『はいぃ?』
「(何だテメェその大昔の刑事ドラマの刑事みてえなニュアンスは殺すぞマジで)」
『良いじゃん、俺様達相棒なんだし! それよりどういうこった?』
「(豚は太らせてから喰うに限るってことだ。分かり易くいうと、勝利のための布石だよコレ)」

 天使がバチカンを蹂躙する、それは絶望の絵だろう。
 分かってはいても、神々は人を見捨てたのだと理解していても、バチカン襲撃はそれを強く認識させるような事柄だ。
 折れる人間は多いだろう、だがアレクの登場によってそれは持ち直す。
 それこそがカニの狙いだった。

『あー……とことん調子に乗らせて、効果的なタイミングで折った時のダメージを大きくしたいわけね』
「(ああ、そういうこった)」

 わざわざ希望を見せてから絶望に叩き込む。
 効果的だろうそれは、効果的過ぎるだろうそれは。

「(間違いなく、そのうち……すぐってこたぁねえがアレクは殺されるだろうな)」

 アレクにはヒーローとしてまだまだ活躍してもらねばならない。
 希望の種子をあちこちにばら撒かせて花が咲き始めるまで頑張ってもらわねばならない。

『希望の花が顔を出したところで、その根っこを抉り取るってか。ウッハ、えげつねえ』
「(性格の悪さが透けて見えるな)」

 カニという存在を知っていて辿り着きやすかったとはいえ、
あっさり彼女の目論見を看破してる紫苑は性格が悪くないとでもいうつもりか?

『おまいう。しかし、成るほど……憎悪のままに襲ってるとしか見えねえもんなぁ』

 人の意思が介在しているとは中々気付き難いだろう。
 ましてや一個人が天使の軍団を使い捨てに出来るほどの地位にあるなど予想出来るものか。

「(にしてもあの甲殻類は今、どの辺の位置に居るんだろうな)」

 紫苑は信じている、確信している。カニが幻想の中で強い発言力を持っていることに。

『さぁな。だがこれは全部、お前のためだぜ紫苑』

 からかうような口調だが、内容は正鵠を射ている。
 カニが幻想側に居るのは紫苑から勝利をもぎ取るためで、
このバチカン襲撃も、いずれ来るアレク殺害も、カニからすれば紫苑との戦いを見据えてのもの。

『よっぽどアレはお前を自分と同じ位階に引き摺り上げてえみてえだな』

 もっとも、カス蛇は紫苑を覚醒させるつもりなどさらさら無いが。

「(……尻に火ぃ点ければ跳ね上がるとも思ってやがるのか。
俺だってチートになりてえよ! 俺TUEEEEEEEEEEEEEEEEEE! してえよ!?
でもそうすると今の自分が死ぬわけだろ? んなん死んでも嫌だわ!!)」
『となるとこのままアレをどうにかしなきゃいけねえわけだが策はあるのかい孔明』
「(あるわけねえだろ!)」

 強いていうならばカニがアレクと殺り合うことは確かなので、
その時にどうにかこうにか彼女を殺してもらうことぐらい――他力本願寺である。

『だろうな』

 紫苑という男はひっじょーに面倒臭い。
 頭は回るのだが、目前に命の危機が迫らねばフル稼働出来ない――傲慢だから。
 そして傲慢さはどうやったって捨てることが出来ない。
 己こそが至高という狂念に基づくものだから。

「(とりあえず頑張ってアレクにアレをぶっ殺してもらわにゃな)」

 テレビの向こうで喝采を浴びているアレクに舌打ちをかましつつ願いを込める。
 人に頼るのは悪いことではないが、態度ってものがあるだろう態度ってものが。

「――――御馳走様」

 茶を飲み干し、手を合わせる。
 よく噛んで食べる紫苑はパーティの中でも比較的食事が遅く、見れば他の面子は既に食事を終えていた。

「お粗末様です」

 今日の食事当番だった紗織がニコニコと笑っているが、これがまた気に入らない。

「(テメェ、わざわざ私が作ったアピールか!?)」

 ケチのつけ方が酷過ぎる。

「何時も美味しい食事をありがとう……さて、このまま食休みといきたいが……」
「そうもいかないんだよねえ。いやホント」

 知恵の輪をガチャガチャさせていた天魔が嘆息する。
 つい一週間ほど前に東京で頑張ったばかりなのだが、また仕事だ。
 これまでのに比べると多少脅威は無さそうだが、それがまた面倒臭い。

「連続怪死事件の調査……私思うのだけど、これって警察のやるべきことじゃないかしら?」

 と、文句をぶつけるのは他人を怪死させることも容易い邪悪ロリ。
 連続怪死事件――それがギルドに認識されたのは関東でのあれこれが終わった辺りだった。
 ことの始まりは岐阜県で発見された変死体だ。
 その死体は身体中を食い破られて死んでいた。
 まあそれだけならこのご時世だし珍しくもない。変死体とは呼べないだろう。
 だが話はそこで終わらない。今度は岐阜にある別の街で全身を切り裂かれて絶命した死体が見つかった。
 それもまた不思議ではない。他にも多数死体が発見されたがやはり不思議ではない。
 そう、死体自体は不思議ではないのだ。問題は殺害方法。
 変死体と呼ばれている死体の死因に共通点は無い。
 だが、一つ共通点があった――――どうやってその死因を与えられたかが分からないのだ。

 街中で全身を切り裂かれた者も居た、しかし犯人を見た者は誰も居ない。
 死ぬ瞬間を見た者は居るのに犯人は誰も見ていない。
 一人でにバラバラになったようにしか見えないのだ。
 不可思議な力を持つ冒険者か、あるいはモンスターか。
 予想は立てられているがどれも確証を得られていない――というよりどれもしっくり来ないのだ。
 そして未解決のまま舞台は移り変わる。
 最近になって大阪でも似たような事例がチラホラ見られるようになったのだ。
 一人一人をチマチマ殺している殺人犯とはいえ、被害者の中には手練の冒険者も居た。
 なのに抵抗すら出来ずに殺されている。普通の警察や冒険者では手に負えない。
 そう判断するのも仕方ないこと。であれば手に負えそうな者に調査を任せるのが自明の理というもの。
 大阪でそんな冒険者が居るとしたらそれはもう紫苑を除く愉快な仲間達しら居ないだろう。

「警察で手に負えないから私達に任されたんですよアリスさん」
「分かってるけどぉ……」

 アリスが不満なのは働かされることではない。
 紫苑と一緒に動けないことが不満なのだ。

「じゃあ改めて確認するぞ。俺と雲母さんが町内を。
栞は堺市の東区、紗織が西区、天魔が南区、アリスが北区、アイリーンが中区だ。
ルドルフとルークは岸和田で麻衣は留守番……うん、改めて思ったがバラバラだな」

 だがそれには理由がある。
 犯人がガチで無差別に殺しまわっているからだ。
 紫苑と雲母が割り当てられた町内以外では総て事件が起きている。

「えらいフットワークの軽い殺人鬼やなぁ……」

 雑魚モンスターならば何処にでも出現する。
 しかし、知性あるモンスターはそうもいかない。
 あちこち出て来ることも出来るが短期間に連続してというのは厳しいだろう。
 そして雑魚には不可思議な殺し方が可能な能力があるとは思えない。
 となると自然に、下手人は冒険者ということになる。

「紫苑お兄さん、質問でーす」
「何だアリス?」
「怪しい冒険者を見つけたらその場でDIEする?」

 DIEするな。

「いや、あくまで尋問程度に留めておけ。アリスならばそれが出来るだろう?」

 洗脳の力を使えば吐かせることは容易い、わざわざDIEする必要は無いのだ。
 アリスもそこは分かっているが構って欲しくて質問したのだろう。

「出来るけど……紫苑お兄さんが一緒じゃなきゃ暴走しちゃうかも」

 テヘ♪ と笑うアリスだが笑えない。
 ストッパーが居なきゃ軽く殺しちゃうよ? って言ってるんだそりゃ笑えないよ。
 どっちが殺人鬼なのか……。

「ほほほ、ミラーさん? あまり春風さんを困らせてはいけませんよ」
「うるさいわね。首筋に糸をかけないでちょうだい鬱陶しい」
「喧嘩をするな。その他の皆、俺含むだが……俺達は怪しい冒険者を見つけても写真を撮るぐらいで留めておいてくれ」

 そうして後日、身元を割り出してアリスの洗脳で調査をするというのが基本方針だ。

「他の場所でも豊臣の人達が調査をしてくれている……腐らないで頑張ろう」

 手がかりも何も無い、完全に一から手探りで調べるしか無い現状。
 正直かなり面倒臭いだろう。だが紫苑はキャラ的に面倒だとか言えない。
 なのでこんな当たり障りの無い台詞しか吐けなかった。

「もし、万が一それらしい現場に遭遇し犯人らしき者を見つけても下手に手を出すなよ。
助けられそうならば被害者を助けて欲しいが、それでも皆が死んでしまっては意味が無い」
「木乃伊取りが木乃伊に――というわけだな? うむ、心得ている」
「よろしい。定期連絡はメールで、変わったことがあれば電話で――良いな?」

 全員が頷く。

「ではこれで解散。俺は雲母さんが到着次第ここを出るが皆は早速出てくれ」

 解散宣言と共に全員がアジトを出て行く。残されたのは紫苑と麻衣の二人だけ。

「……はぁ、うちも行きたかったんやけどなぁ」

 ポツリと麻衣が不満を漏らす。

「すまない。だがやはり、万が一のことを考えるとな」

 純化を使える面子はそうそう滅多なことが起こらないだろうし、
修理すれば問題無いルークは良いが麻衣はそうではない。
 この怪死事件の調査をさせるには少々荷が重過ぎる。
 それは紫苑も同じなのだが、彼の場合は正確には調査をするわけではないのだ。
 わざわざ被害が出ていない町内を歩き回るのは仲間達の気遣いだった。
 紫苑は基本的に忙しい、何時だって騒動の渦中で四苦八苦している。
 そんな彼をこんな時にまで働かせるのは申し訳ない。
 だが休んでいろと言っても納得はしないだろう。
 なので折衷案として町内の捜査ということで落ち着かせたわけだ。
 何せ犯行は何処で起こるか分からない、もしかしたら怪しい奴が町内に居るかもしれないのだから。

「うん、ごめん。ワガママゆーたな」
「いや、気持ちは分かるし……少し過保護になっているかもしれん」

 自分を過保護してるから他人を過保護する余裕なんてないだろうに。

「何なら、俺達と来るか?」

 町内でいきなり当たりを引くなどとは思えないし、
万が一があっても雲母が居るし、目立つという問題点はあるが信長やジャンヌも居る。
 麻衣を同行させたところで問題はないだろう。

「ええん?」
「俺も麻衣の気持ちは分かるからな。皆に気遣われて町内の調査ということになったが……」
「あー……うん、せやね」

 ぶっちゃけ紫苑らに同行しても調査云々は出来ないだろう。
 何せ町内では被害が起きていないのだから。
 だから本当にただの散歩になる可能性が高い。
 それでも拠点に居るよりかは気も紛れるはずだ。

「ほなら、御言葉に甘えさせてもらおかな?」
「ああ。皆には多少心苦しいが、な」

 二人で茶を啜りつつ雲母を待つ。
 彼女は仕事がありまだ戻れていないのだ、社会人って大変。

『今日の予定は散歩かぁ……』
「(良いじゃねえか。何もしなくて良いんだしよ)」
『何もしなくて良い……ねえ』
「(お前まさか、当たりを引けるとでも思ってんの? バッカでーwww)」

 大阪全域に出没するであろう殺人鬼。
 それとバッタリ出くわす可能性なんて宝くじに当たるよりも低いだろう。
 だが、

『……お前がそんなこと言うとなぁ』

 これまでの経験則からしてカス蛇はある種の予感を感じていた。
 調子に乗っている時に限って厄ネタがやって来るのだ。

「(何ワケ分かんねーこと言ってんだか)麻衣、何を見てるんだ?」

 ノートパソコンを覗いていた麻衣が顔を上げて苦笑する。

「ああいや、ちょっと暇やったし情報サイト見とってんよ」
「ほう……どれどれ」

 麻衣が見ていたのは冒険者専用の掲示板だった。

「やっぱり例の殺人鬼についてもチラホラ話題になっとるみたいやわ」
「人の口に戸は立てられないと言うし、仕方の無いことだ」

 殺人鬼の情報に目を通していくと、やはり幻想側に着いた冒険者であるという説が有力だった。
 ちまちま一人ずつ隠れてやるような卑怯者、人間の屑など殺人鬼の評判は散々だ。
 まあ殺人鬼の評判が良かったらそれはそれでこの国が色々な意味で心配になるが。

「紫苑くんの名前も結構出とるなぁ」

 雑談スレなどでは春風紫苑の名前も多く出ていて、概ね好意的な評価ばかりだ。
 中には良い子ちゃんっぷりが鼻につく偽善者などという書き込みもあった。
 しかしそれらは「じゃあお前は策だとしても腹切れるのかよ」「元旦の時、真っ先に彼は立ち向かったけどお前は?」などという反論で封殺されている。

「……何とも言えない気分になる。というか、ジャンヌのことまで出ているが、何処で知ったんだ?」
「外国の人も書き込んでるんちゃうかな? いや、よー分からんけど」
「(ふぅ……俺ってばマジ英雄。参ったなー、困ったなー、流石俺だなー)」

 やったことだけを並べ立てるなら英雄待ったなしなのだが、どうにも納得出来ないのはその性格ゆえか。

「というか皆のこともチラホラと書かれとるやん」

 美男美女というのはそれだけでかなり得をする、華があるのだ。
 天魔も醍醐姉妹もアイリーンもアリスもルドルフも、みーんな容姿が優れている。
 書き込みの中にはファンだという者までチラホラと。

「(ケッ……お前ら騙されてるよ!)」

 衆愚を一番騙しているのはこの男だ。

「んー、うちのことは書かれてないなぁ。やっぱ後衛やし地味なんやろか?」

 ちょっと残念そうな麻衣だが、

「そんなことはない。例え他の誰かが知らずとも、麻衣が皆を助けてくれていることを俺達は知っている」

 実際その回復魔法は要所要所で役に立っている。

「幻想回帰を起こす前も、起こしてからも随分と世話になっている……ありがとうな」
「え……や、別にそんな……」

 恥ずかしそうに俯く麻衣。
 好きな男と二人きりというシチュエーションだけでも嬉しいのに、褒められたらもっと――ということだろう。

「ところで気になってたんだが、どうして麻衣の回復魔法は触れなきゃいけないんだ?」

 通常回復魔法はわざわざ触れずとも行使出来るものだが麻衣のそれは直接触れねばならない。
 これまでも疑問に思っていたのだが詳しく聞く機会がなかった。

「それがよう分からんのよ。いやね、先生とかにも聞いたことあるんよ?
せやけど不思議やねえで済まされてん。原因は不明で……もうちょい融通が利けばええんやけどなぁ」

 麻衣としてもそこら辺は疑問であり不満だった。
 普通の回復魔法の使い手のように杖で遠距離から出来た方が便利だからだ。

「そうか……だがまあ、媒介を必要としないのはお得なんじゃないか?」
「お得て! ふふ、まあ確かにそうかも」
「俺が前に使ってて今も一応持ってる本あるだろ? あれなんて十数万だぞ」
「わ、案外するんやねえ」
「ああ。けど、前衛よりは幾らかマシだろうが」

 紫苑の銭ゲバセンサーによるとアイリーンが使っている槍はン百万は確実で、ルドルフが以前使っていたものもそれぐらいだ。
 今使っているものだって材料はタダだが仕立てるのには百万近くかかっている。
 雲母の日本刀も業物で、八桁寸前ぐらいはいってるはずだ。
 栞と紗織の糸に関してはそれどころではないだろう。
 器官を製造するのにも金がかかるし、それを埋め込むのにも金がかかる、八桁は固い。
 天魔もそうだ、無手ではあるが戦闘に耐えうる義肢の値段はかなりするはず。
 アリスは言うまでもなく人形代で大幅浪費。
 そう考えると貰い物のロンギヌスで戦っている紫苑とそもそも装備が必要無い麻衣はかなり得だろう。
 そう思えば紫苑と麻衣は破格と言えよう。

「改めて思ったけど冒険者はお金かかるねえ」
「そうだな。その分リターンも大きいが……(ヤバイ、何で俺こんな仕事に就こうと思ったんだろう……)」

 あっさりセールストークに引っ掛かったからではなかろうか?

『まま、そのおかげで俺様と出会えたんだし良いじゃねえか』
「(あ゛?)」
『何でも無いっす。それより麻衣の回復魔法だが……』
「(あん?)」
『触れなきゃならないってことに何某かの意味があると思うぜ俺様は』

 破格の回復魔法を使えるという時点で純化に至る素養はあるのだ。
 であれば、触れなければならないというのもそこに関係しているというのがカス蛇の見立てだった。

『ま、今のままでも十分使えると思うがね……産廃強化魔法使ってる誰かよりは』
「(るせえ! 俺は前衛だとか後衛だとかそういう小さな括りで勝負してねえんだよ!!)」

 前衛でも後衛でもないなら既に冒険者じゃないだろそれ。

「あ」
「どうした?」
「いや、何か堺の辺りでユニコーン見たとかどうとか……」

 麻衣はユニコーンがどういうものかあまり理解していない。
 精々が頭に角の生えた馬という認識だ。

「なあなあカスくん、ユニコーンって強いん?」
『(急に話を振るなよビビルわぁ……)あ? 強くはねえが、結構役立つぜこいつは』
「やくに、たつ?」

 イマイチピンと来ないらしく紫苑が補足に入る。

「伝承ではユニコーンの角は万能の霊薬の材料になるらしくてな。蛇が言ってるのはそういうことだろう」
「へえ……せやったら栞ちゃんら堺におるし、ついでに頼んでみる?」

 手を叩いて良い考えだと笑う麻衣だが、致命的な問題があった。

「(だけど俺はお口をチャックするぜ)」

 世の中はセクハラに厳しいのだ、下手な発言で自分を追い込むつもりなどさらさら無い。

『いや無理だろそりゃ』
「え、何で?」
『――――だってアイツら処女じゃねえもん』

 蛇には法律も何も関係無い、セクハラで訴えられても怖くも何ともないぜ!

「え……しょ……」

 すぐに理解出来なかったようだが、ようやくカス蛇の発言を飲み込んで咀嚼し……。

「~~~~ッッッ!!」

 顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 年頃の少女らしい反応だ。男が縛られていると聞いて興奮するような輩とは大違いである。

「……いや待てカス蛇。よくよく考えなくても、力づくで捕らえられるんじゃないのか?」
『無理無理。あれ生粋の処女厨だから非処女が近付いたらガチで逃げる。ガチで逃げたあれは超速いぜ』
「うぅ……」

 何処となく気まずい空気が流れる。
 チラチラと自分を見る麻衣が鬱陶しくて鬱陶しくてしょうがない紫苑。

「お待たせえ……ってあら、どうしたの?」

 救いの女神現る。仕事を終えた雲母が拠点に戻って来たのだ。

「私はもう出られるけど紫苑ちゃんは大丈夫?」
「ああ、それなんですが麻衣も同行させて良いでしょうか?」
「麻衣ちゃんも?」
「ええ」

 軽く事情を説明すると雲母は笑顔で同行を快諾した。
 元々優しい人なので命の危険が無い限りは最大限意向を汲んでくれるので予想通りの返答といえよう。

「じゃあ麻衣ちゃんもよろしくね?」
「はい! 御願いします!」

 こうして三人は地上に上がり、街を練り歩き始めたのだが……当然目立つ。
 すれ違う人が紫苑や雲母を見てひそひそと噂話をしている。
 これまでは避けて来たが、何時までもこのままじゃいけない。
 せめて生活圏内に居る人間にだけでも慣れてもらわねば、
今回の町内調査という名の散歩の目的にはそんな意図も含まれていた。

「あ、あの……おにいちゃん」

 緊張しているのか気後れしているのか、直接話しかけて来る者は居なかった。
 しかし一人の男の子が意を決したように紫苑の下に駆け寄って来る。

「ん? どうした」

 片膝を突いて子供と視線を合わせる紫苑。
 見下ろされていると人は圧迫感を覚える、それが子供ならば尚更。
 だからこそ、大人は子供と話す際にこうやって目線を合わせるのが良いと言われている。

「おにいちゃん、がんばってるんだよね?」

 言いたいことが上手く言えない、でも伝えたい。
 そんな男の子の気持ちは紫苑にもしかと伝わっていた。

「そうだな……俺は自分に出来ることを精一杯やってるよ」
「……こ、これあげる!」

 男の子が紫苑に差し出したのは一枚のシールだった。
 よくよく見ると男児に人気のあるヒーローが描かれている。

「良いのか?」
「うん、これからもがんばってね! おれもがんばるから! たたかえなくても、がんばっておうえんする!」
「ありがとう」

 わしゃわしゃと少し強めに男の子の頭を撫でてやると彼はくすぐったそうに目を細める。

「これ、カッコ良いな。好きなのか?」
「うん! レアでおれのたからもの!」
「そうか……だが、俺だけ貰うのも悪いな。よし、これをやるよ」

 左耳のピアスを外し、それを男の子の小さな手の平に握らせる。

「おにいちゃん、これなに?」
「これは俺達の仲間の証だ」
「おれ、なかま?」

 手渡されたピアスを眺める少年の顔には隠し切れない喜びが混ざっていた。

「そうだ。君も頑張ってくれるんだろ?」
「でも……おれつよくないし、おうえんぐらいしかできないよ?」
「それでもだ。そうやって頑張ってって言ってくれる人が居るから俺も頑張ろうって思えるんだ」

 だから俺達は仲間だ、微笑みながら軽く少年の胸に拳を当てる。
 実に微笑ましい光景だ。まるで物語の一ページを見ているかのよう――勿論演出DEATH。

「お、おれがんばっておうえんする! がんばってとっくんするとっくん! それで……それで!」
「はは、ゆっくりで良いよ。それに、剣を持って戦うことが偉いわけじゃないんだ。命は大切にしろ」
「うー……」
「それより君はここらに住んでるのか?」
「うん!」
「じゃあさ、また俺を見かけたら話しかけてくれよ。君みたいに話しかけてくれるのって結構嬉しいんだ」

 苦笑する紫苑を見て、遠巻きに眺めていた人々も何となくその気持ちを察する。
 望む望まざるとも担ぎ上げられて神聖視される……それは決して幸せなことではないのだと。
 信長がテレビで言っていたように、春風紫苑はまだ大人でも何でもない子供なのだ。

「わかった! あ、ならいまからいっしょにあそぼ!」
「はは、そうしたいが俺も今日は用事があってな。またにしてくれ」
「うん……あ、もいっこきいていい?」

 立ち上がってこの場を去ろうとした紫苑だが、男の子に引き止められてしまう。

「何だ?」
「あっちのおねーちゃんはぴあすしてるけど、あっちのおねーちゃんはしてないよね。なかまじゃないの?」

 少年の視線は雲母に向けられていた。
 元々あのピアスはパーティ五人で揃えたものなので彼女がしていないのは当然なのだが……。

「……どうしよう麻衣ちゃん、私、結構ショック」

 硝子の三十代にとってはクリティカルヒットだったようだ。
+注意+
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