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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

132/204

ロッキ有能

 紫苑とルドルフが去った後、ヘルはニブルヘイム内にある自らの宮殿へと戻った。
 氷のテラスで漆黒の天蓋を見つめるその瞳には一体何が映っているのだろうか。

「定められた生をなぞる家畜、明日をもしれぬ野牛、幸福の秤はどちらに傾かん」

 何時か何処かで教えられた歌を口ずさむ。

「遥か頭上から見下ろす巨人にとっては詮無きこと」

 醜いと判断される特徴はあれども、それを上回る美と気品がヘルにはあった。
 今でこそベアトリクスの身体を使っているが、元の身体もそれは美しいものだった。

「哂う巨人の首を獲らんと我らの王が戦の歌を口ずさむ。廻る車輪、未来を照らす火を贈ろう」

 歌は歌だが、聞いての通り意味などはない。
 これは子供が口ずさむ童歌の類だ。

『……ん』
「あら、ベアト……目覚めたのですね」

 この肉体の本来の主が目を覚ます、
制御権を返そうかと一瞬迷うがまだ身体を動かすには辛いだろうと判断し現状を維持。

『はい……ヘル、今の歌は?』
「何時か父様に教えてもらったルーンの数え歌ですわ」
『ルーン――ああ、成るほど』

 ルドルフの好きな北欧神話――当然ベアトリクスも読み込んでいる。
 語り合う機会は引っ込み思案のせいで訪れなかったけど、その光景は幾度も夢想していた。

『家畜はフェオ、野牛はウル、巨人はスリサズでオーディンがアンサズですね?』

 車輪がラグズで火はカノ、ベアトリクスは記憶の中から答えを見つけ出す。

「そうよ。私はあまりルーン魔術は得手ではないのだけど……父様が、ね」

 ヘルの父親であるロキはルーン魔術のプロだ。
 ゆえに娘である彼女も幾らか使えるが得意というわけではない。

『ロキがその歌を?』
「ええ。自分で作ったのか、ルーンを覚える時に教えられましたの」
『あなたにとってロキは良い、父親です?』
「さあ? イマイチ判断がつきかねますわ」

 愛されてはいるがロキの愛情――どころか存在そのものが捻くれているので断言は出来ない。
 客観的に見れば屑の中の屑だが、ヘルの主観では屑のようなそうでないようなというところ。

『私、ロキに対しては良いイメージ、無いです』

 むしろ良いイメージを持っている奴が居るのだろうか?

「でしょうね。トリックスター……聞こえは良いけど、端的に言えばどっちつかずで迷惑だけを振り撒く馬鹿ですもの」

 自分の父親を客観的に評価するなら迷惑――その一言に尽きる。
 ヘルはロキを愛していないわけではないが、ファザコンというわけでもないのだ。

『ですね。ところで、何か、心配ごとです?』

 ベアトリクスとヘルは一心同体。
 心は完全に読めずとも、ある程度の感情の動きは伝わって来る。
 ゆえにヘルの心が乱れていることが分かった。

「……隠しごとは出来ませんものね。ええ、その通り。少々、引っ掛かることがありまして」
『引っ掛かること?』
「春風、紫苑」

 ぶっちゃけヘルはそこまで紫苑に興味が無かった。
 言葉を交わしていないし、好みでいうならばルドルフの方が好みだから。
 だが、それとは別に引っ掛かるものがあった。

『良い人、ですよ?』

 十二月にルドルフとの仲を取り持ってもらったこともあるのでベアトリクスは良い人という印象を持っていた。
 まあそれとは別にカニに目をつけられた可哀想な人という憐憫も抱いているが。

「人間的には良い人なのでしょう。父様がつまらないと吐き捨てるほどに」

 それは誤解である。中身を知ればロキならば喜んでお友達になり来るはずだ。

「ただ……そう、あなただから正直に申しますが……私は、少し彼に恐怖を抱きました」
『恐怖?』

 およそ春風紫苑に抱く感情からはほど遠いものにベアトリクスはキョトンとする。
 大抵は好意か、あるいは眩し過ぎるがゆえに忌避するかのどちらかだろう。
 何にせよ好き嫌いではなく恐怖というのはイマイチ分からない。
 恐ろしい力を持っているが、それは発揮されることはなく純粋なスペックを並べるならば紫苑は雑魚だ。
 それこそヘルが指一本で殺せるようなファンタスティック雑魚。
 一体何処に恐怖する要素があるのだろうか?

「ええ。私はまあ……立場上、死というものに酷く近く、慣れ親しんだ友だと思っております。
しかし、彼からは酷く異質な"死"を感じ取りましたの。この私がその"死"に怯んだ……」

 死者の国の女王であり、また真の意味で死が訪れない幻想の存在。
 そんな彼女が死に恐怖したのだ。

『異質な死?』

 死は死でそこに異も何もないのではと疑問を呈するベアトリクス。

「そう……何て言えば良いのでしょうか。私と人間であるあなたでは死に対する感じ方が違う」

 大抵の人間は死を恐怖するし、忌避する。
 ヘルの場合は死というものは空気のようにそこにあるもので極自然なもの。

「ですが、先ほど――それが重なった。人がそうするように、私は死を恐怖した」
『それはつまり、自分が本当の意味で死ぬかもしれないと思ったってことです?』
「かもしれませんわ。ええ、死ぬなんてことあり得ないのに……」

 バルドルというモンスターペアレントな両親を持つ神様が居た――って今も居る。
 彼はファッキューロッキのせいで死に、死者となった。
 ヘルはバルドルを蘇らせろとモンスターペアレントに詰め寄られた際に一つの条件を出した。
 総ての存在が彼のために涙を流したら良いよ……と。
 結果としてはロッキのせいでバルドルは蘇らなかったが話の筋はそこじゃない。
 つまるところ神様にとっての死生観なんてそんなものなのだ。
 死んでからも存在し続けているし、そこで完全に終わらないと認識している。
 だが人間は違う。人間にとって死は明確な終わりだ。
 その人間が感じる死を、ヘルは紫苑から感じ取った。

「ですが、そう……あるいは完全なる死が訪れることも救いなのかもしれませんわ」

 終わりたくても終われない、だから虚無の毒に苛まれ続けておかしくなってしまった。
 正気を保っている者もそれなりに居るが、多くは憎悪で狂ってしまっている。
 ヘルもそうだ。憎悪こそ無いが、虚無の毒に侵されてどうにもやる気を無くしてしまった。
 胸にポッカリ穴が開いたように何をするのも億劫。
 そんな無為な生を終わらせてくれるというのならば、それはきっと救いなのだろう。
 とはいっても、

「まあ今はそこまで死に惹かれるわけでもありませんが」

 ルドルフ・フォン・ジンネマン、常夜の世界で命の輝きを魅せ付けた美しい人間。
 ヘルはその輝きに魅入られている。

『……ルドルフは、素敵な人、でしょう?』
「そうね、とっても素敵な人」

 とはいえ別にベアトリクスから横取りしようなんて考えてはいない。
 そもそもからして今は一心同体なのだ。
 ルドルフがベアトリクスを愛してくれるだけで満足出来る。
 元々ヘルはそこまで欲深な神ではないのだ――紫苑と違って。

『ふふ♪』

 ベアトリクスもそこは分かっているし、想い人が助かったのもヘルのおかげだと思っている。
 ゆえに深くは突っ込まず、激しいジェラシーを燃やすこともない。
 何この出来たコンビ? 紫苑の周りに居る殺意高めの少女らは一体……。

『ところでヘル』
「はい?」
『あの子、何処です?』
「あの子……ああ、あの子ですか。そこらで遊んでいるのでは?」

 あの子――抽象的な呼称だが、この場に限ってならば誤解無く伝わる。
 ベアトリクスが話題に上げたあの子とはロキとヘル(抜け殻)の間に出来たシンデレラのことだ。

『駄目です』
「駄目、とは何が?」

 ベアトリクスの言わんとしていることがイマイチ分からないヘルが小首を傾げる。

『はぁ……まあ、確かに、人と価値観も違うんでしょうけど……』

 とはいえ、自分が居る以上育児放棄は赦さない。
 ベアトリクスはグっと心の中で拳を握ってヘルに間違いを指摘する。

『自分がお腹を痛めていないからといって、あの子のお母さんはヘルです』
「それは……まあ、そうですけど」

 ヘルからすれば勝手に自分の身体を使われて生まれたよく分からない存在でしかない。
 なので正直困惑しているのだが……。

『お父さんが屑なんですから、お母さんがしっかりしなくちゃ駄目、です』
「そうは言っても……」

 ベアトリクスが望んでいることは分かる。
 とはいっても人間の親子のような振る舞いが自分には出来るとは思えない。
 どうやって諦めさせるかと思案するも、すぐにベアトリクスが噛み付く。

『駄目、です』
「……」
『生まれてから一度も愛されないなんて悲しいです。お母さんの優しさを知らないなんて辛いです』

 シンデレラにまともな思考が出来るかは怪しい。ベアトリクスもそこは分かっている。
 だがそれでも、母は母の役目を果たすべきなのだ。
 伝わらずとも、伝えようとする努力を欠かしてはいけない。

『確かにあの子、少しだけ変わってます。でも、嬉しそうだったじゃないですか』

 ルドルフが楽しかったか? と聞くとシンデレラはとても喜んでいた。
 楽しいと思えることがあるのならば、そうしてあげるべきだ。

「はぁ……上手く出来るか分かりませんわよ?」
『良いです。私も手伝い、ます。手探りで一緒に頑張りましょう』

 脳裏に浮かぶベアトリクスの笑顔につられてヘルも笑顔に。

「少々お待ちくださいな」

 瞳を閉じ、意識を集中させる。
 肉体こそ手放してしまったけれど未だニブルヘイムは己の領域。
 集中すれば氷の大地に刻まれた亀裂から魂の一つ一つまで認識出来る。

「……見つけた。こっちへ来なさい」

 果ての果てで氷を砕いて遊んでいたシンデレラを見つけ、呼びかける。
 彼女は一瞬キョトンとするが、すぐにヘルの言葉に従って宮殿へと駆け出す。
 その様は何処か子犬のようで、思い入れが無いヘルも思わず可愛いと思ってしまう。

「あう?」

 一分と経たずにテラスに飛び込んで来たシンデレラ。
 なになに? わたしになにかごよう? 小首を傾げる彼女からはそんな言葉が聞こえてきそうだ。
 ヘルは少し躊躇ったが、ベアトリクスに促されて軽く手招きする。

「こっちに来なさいな」
「うー!」

 トコトコとやって来たシンデレラを膝の上に乗せて優しく頭を撫でる。

「……あぅ」

 一瞬驚いたシンデレラだが、すぐにその優しい手に身を任せる。
 姿形は違えども母親を感じているのだろう。

「(これで良いのかしら?)」

 声に出さない会話方法に切り替え伺いを立てる。

『先ずはこれで良いと思います。これから、ゆっくり始めましょう』
「(ふふ……そうですわね)」

 照れ臭さを隠しながらヘルが微笑む。

『ところでヘル、この子にどうして名前をつけないんです?』
「(それは……私の意思というより父様の意思ですわ)」

 ヘルも戯れに聞いてみたことがある、この子の名前は何だ――と。
 だがロキは滅多に見せない真面目な顔で名前は無いし、つけてはいけないと言うだけ。

「(あの父様があんな顔をしていたということは、本当に名前をつけてはいけないのだと思いますの)」
『……少し寂しいですが、それなら仕方ないです』

 ベアトリクス的には名前をつけてやりたい。
 しかし親であり、尚且つ知識が豊富なロキがわざわざ名前をつけてはいけないと言ったのだ。
 それを破ってシンデレラに何かあれば本末転倒。
 名前をつけることを諦める。

「あー♪」

 気持ち良さげに目を細めるシンデレラを見ているだけで二人の心は和んでいった。

「(ねえベアト)」
『何です?』
「(――――良い予行演習になりましたわね)」

 少しだけからかうような声色、

『ほえ?』

 だが当のベアトリクスは気付いていないらしい。
 先のヘルの発言の裏に隠れていたものが読めていないのだ。

「(何時かルドルフとの間に子供が生まれた時のって意味よ)」
『~~~~!!』

 もしベアトリクスが身体の主導権を握っていたならば顔を真っ赤にしてじたばたとしていただろう。

「何を恥ずかしがっているのです?
いずれはそうなりたいと、好いた殿方の子を孕みたいと思っているのでしょう?」

 神格である己には分からないことだが、
人間の女の幸せがどういうものかくらいは分かっている。
 愛する男の精を受け止め、子を成すこと――まあ今の世ではフェミーな団体がうるさく言いそうだが神様の意見なのでしょうがない。

『そ、それはそうですけど……』

 ベアトリクスは自己主張が激しい性質ではないが、それでもささやかな夢くらいは持ち合わせている。
 まずは好きな人と手を握り、いずれ恋人関係になった後、口付けを交わす。
 そこから順々に過程を重ねて夫婦になり、やがて子を成し母と成る。
 私の夢はお嫁さんでお母さん――端的に言うならばそれだ。
 少女染みた夢ではあるが、その無垢な祈りを哂うことは出来ない。
 夢や願いに貴賎なんてなく、どれも、等しく尊いのだから――などとは言わないが、
少なくともベアトリクスの夢は他人に迷惑をかける類のものではないのだから哂うのは失礼だろう。
 さて、人にも女神にもモテモテなルドルフだが、今、彼は……。

「――――言い訳はせん」

 それはとてもとても見事な土下座を披露していた。

『ぬぅ……何と見事なゲザっぷり……! この俺様ですら初めて見たぜこんな見事なゲザ』

 日本どころかアジア圏の幻想ですらないお前が土下座を評価するな。

「(うーむ、とっても愉快だな!)」

 何故このようなことになっているかを説明しよう。
 約定通りに現世の――大阪に帰還した二人はすぐに自分達のアジトに戻った。
 紫苑とオマケのルドルフの行方について話し合っていた仲間達の前に姿を見せたルドルフは、
紫苑を殺そうとしたことも含めて包み隠さず総てを話した。
 そして話し終えた段階で、必殺の土下座をかましたのだ。

「言い訳はしないって言われてもねえ……」

 少女らからすれば紫苑を殺そうとしたことは赦し難い。
 とはいえこうまで潔く身を差し出されては逆にやり難いのだ。
 それにルドルフは仲間でもある。こぞって責め立てようなどとは思えない。

「ベアトリクスが居なければ私は道を踏み外していた、
道を踏み外すということは卿らの愛する紫苑を奪うということに他ならん」

 口には出さないし明確な形ではないけれど、
ルドルフはベアトリクスに対して友愛ではない愛を感じていた。
 だからこそ、少女らが紫苑を想う気持ちも今ならば分かる。

「ゆーても丸く収まったんやし……」
「そうだな。それに、仲間であるルドルフが抱えていた悩みに気付けなかった俺達にも思うところがある」

 だから一概にルドルフは責められないと紫苑は困った顔をする。
 死者の国から帰還しても偽善ムーブには翳りの一つすら見えない。

「被害者の俺が気にするなと言ってるんだ。ルドルフもあまり自分を追い詰めるな。
(つっても、気にするよな? だって責められなきゃ踏ん切りつけられないもんね?)」

 罪を犯した人間――それが善人であればあるほど罰を求めることを知っている。
 善人にとって無条件の赦しは救いにならないことを、紫苑は知っている。
 だからこそ、こんな物言いをしているのだ――――ヘルより腐敗がパネェ。

「いや、それでは私の気が済まん!」

 土下座のまま、自分を罰してくれと願うルドルフは……控えめにいって変態チックだ。
 何だかそういうお店でそういう女王様にお仕置きを強請るブ――いや、これ以上は止めておこう。

「んー……じゃあこういうのはどうかしら?
私達も紫苑お兄さんを殺そうとしたことはスッキリしないし、
かといって感情のままにルドルフお兄さんを殺すこともスッキリしない――だから一発だけ」

 一発だけ殴らせろ、それでチャラということで如何?
 アリスの提案は彼女にしては優しいものだった。
 しかし、それは純粋な善意からというわけでもない。
 一番紫苑が納得し易そうな提案をしただけだ――浅ましい。

「成るほど……ルドルフさん、アリスさんの提案が一番丸く収まると思いますよ?」
「むぅ……うむ、分かった。ならば本気で頼む」

 というわけでルドルフを一発殴ることでケジメとする流れが出来上がった。
 紫苑もこうなるだろうとは思っていたが、
もう少しばかりルドルフの醜態を見ていたかったので酷く残念そうだ。

「じゃあ、僕から行こうかな? ルドルフくん、歯ぁ食い縛ってね」

 気の抜けたトーンでそんな言葉を吐き、天魔は拳を振り抜く。
 右頬に吸い込まれた拳が与える衝撃は凄まじく、下手をすればそのまま首が回転していただろう。

「ぐ……!」

 食い縛った歯が砕ける。
 言われた通りの本気の一撃、少しだけ心が軽くなった。

「えーっと、大丈夫ですかルドルフさん?」

 本気でやらねばやり直しを要求されるだろう、
だが初撃でこれだ、更に本気の一撃を叩き込むのは少しばかり気が引ける。

「も、問題無い……うむ、私も卿らと同じ土俵に立ったのだ」

 その証拠に、この僅かな時間でもう痛みが引き始めていた。
 純化に至ったことで純化状態でない素のスペックも格段に上がったらしい。

「ならばジンネマンさん――――お覚悟を」
「本気でいきますよ?」

 醍醐姉妹の拳がルドルフの両頬に突き刺さる。
 両方から衝撃が来ることで首が廻るようなことはなかった。
 だが、逃げ場の無い衝撃が全身を凌辱し、殴られた箇所とは違う部分にまでダメージが行き渡る。
 気を遣いながらもこんなえげつない姉妹殺法を繰り出す辺りこの姉妹やっぱおかしい。

「あ、あの……ルドルフくん? 生まれたてどころか死ぬ寸前の小鹿みたいに震えとるんやけど……」

 天魔、醍醐姉妹で三人が終わった。
 だがしかし、この場に居るヤバイ面子ではまだアリスとルーク、アイリーンが残っている。
 その中でも特にヤバイのがアイリーンだ。
 単純な膂力でいうなら随一、かつて弱体化した状態でもあれほど恐ろしさを見せ付けられた。
 そんな女の本気の一撃とはもう笑えない。

「い、いいいいいける……!」

 実際、これぐらいしてもらわねば釣り合いが取れない。
 それほどまでにルドルフ・フォン・ジンネマンという男は自分の行いを悔いている。
 普段はお気楽な振る舞いだが、こういう場合、真面目に成り過ぎるのだ。

「じゃあ、次は私ね。死なないでねルドルフお兄さん」

 タン、と軽く床を蹴り跳ね上がる。
 アリスが選んだのは跳躍の勢いを加えたアッパーカットだった。
 踏ん張りが利かない状態でそんなものを叩き込まれたのだから堪ったものではない。
 ルドルフの上半身が天井に突き刺さったまま降りて来ない。
 足でじたばたしているが中々抜けないらしい。

「んぐ……! し、死ぬかと思った……ぶは!?」

 ようやっと出られたルドルフの顎が再びかち上げられる。
 やったのはルークだ。比較的ダメージが浅いうちにやっておこうと思ったのだ。

「自分の分はこれで終わりだ」

 再び天井に刺さったルドルフを引き抜き、ラスボスに差し出すルーク。

「良い?」
「お、応!!」

 ルドルフはドマゾではない、ゆえに痛みで快楽を得るなど天地引っ繰り返っても不可。
 流石の彼もアイリーンを前にすると多少は怖気るらしい。
 だが、それでも逃げない辺りその一本気さが透けて見える。

「えい」

 なんて気の抜けた掛け声と共に放たれた拳は顔面ではなく腹部に。
 しかも触れるような優しい一撃。
 手を抜いたのか? 本気で――とルドルフが抗議しようとするが、

「ッッッ~~~~~!??!」

 全身に広がっていく凄まじい衝撃がそれを遮った。

「建物壊すの駄目」

 血を噴き出しながらのた打ち回るルドルフに向けて一言。

『チャイニーズファンタジーのスンケイ★的なアレか?』
「(あの女、何でもありだな……)」

 ぞぞぞ、と肌が粟立つ。
 紫苑は改めてアイリーン・ハーンという女の恐ろしさを思い知った。

「ふ、ふふふふ……さ、流石だな……さ、さあ……卿らも来ると良い……」

 カクカクカクと凄まじい勢いで膝が踊っているのだが、ルドルフは立ち上がった。
 残るニ人に自分を殴れと言うが、こんな状態の人間を殴打出来るとしたらそれは悪魔だ。
 そして紫苑は悪魔だった――無論、ただの悪魔ではないが。

「そうか――――ならば!!」

 大きく足を広げて、力いっぱい身体を捻らせてから拳を打ち出す。
 放たれたストレートは震えているルドルフの顔面に真正面から突き刺さり彼を吹き飛ばした。
 前衛ではない紫苑ですらここまで出来るほどにルドルフは弱っていた。

「(き、きんもち良いぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!)」

 溺れている犬は棒で叩くし、弱った老人は山に捨てる、
カルネアデスの板は自分のもの、屑そうな奴らは大体同類な紫苑からすれば堪らないシチュエーションだった。
 合法的にいけ好かない相手を殴れる機会などそうそう無いのだ。

「ちょ、ちょっと紫苑くん!? い、幾ら何でもらあかんやろ……」

 驚きと共に抗議する麻衣、だが驚いているのは彼女だけではなく他の面子もそうだ。
 まさか紫苑が躊躇いなく殴るとは思っていなかったから。

「そうだな。しかし、困った。まだ麻衣が残っている。
優しい麻衣はこんな状態のルドルフを本気で殴れないな。殴るためには……なあ?」

 茶目っ気を滲ませた笑みを浮かべる紫苑。
 そこで他の者らも何を言いたいかに気付く。
 もしも順番が麻衣→紫苑ならばルドルフもすっきりしなかったかもしれない。
 だが、紫苑→麻衣ならばしょうがない。

「――――ああ、せやねえ」

 部屋の隅で倒れているルドルフ、意識はあるがもう限界らしく立つことも出来ない。
 そんな彼に駆け寄り麻衣は回復魔法を施した。
 今にも死にそうだったのに一瞬でチャラに――やっぱりチートである。

「ぬ、麻衣……これでは……」
「あれれー? これはケジメなんやろ? せやのにうちに負い目を負わす気かいな。
ボロッボロのマジでくたばる五秒前のルドルフくんぶん殴って後味悪い思いせなあかんなんて酷すぎるわぁ」

 先ほどまでのルドルフ相手に本気で殴りかかれというのが無茶な話だ。
 麻衣ならばビンタの一つも出来なかっただろう。

「本気でやれゆーたのはそっちやのに、どんだけカッコ悪い真似するん?」
「酷いねえルドルフくんってば。麻衣ちゃんにトラウマでも背負わせたかったの?」
「紫苑さんを殺しかけた挙句、婦女子の心まで……」
「率直に言って最低ですね」
「鬼畜外道の所業だわ」
「屑」
「同じ男として恥ずかしいぞ」

 自己満足に付き合ってやってるのはこっちなんだぜメーン? と言わんばかりだ。
 だが、それでも(約一名を除き)悪意は微塵も無い。
 単純にルドルフの身を案じているのだ。

「……そうだな」

 優しい仲間達の気遣いに泣きそうになった、同時にやはり自分の居場所は此処だと確信する。

「ほならいくでー!!」
「ドンと来い!!」

 力いっぱいルドルフの頬に拳を打ち付ける、
麻衣の全身全霊を込めた一撃――禊はこれで終わりだ。
 後はもう何時もの自分達に戻れる。

「(あーあ、茶番だったなぁ……)ところで皆に聞きたいんだが、俺が攫われた後、どうなった?」

 時刻はもう深夜だが、聞いておかねばならないことは多々ある。

「徳川方は殲滅されました。関東は人間の手に取り戻せましたよ」
「そうか……ジャンヌと信長は?」
「春風さんとのリンクが切れたので追うことは不可と判断し、一旦自分の領域に戻ったようです」

 無制限に活動出来るわけではないからそれも当然だ。

「今は関東の鎮静にギルドが動いてて、
雲母さんは向こうに残って頑張ってる。明日の夜には戻るんじゃないかな」

 関東に攻め込んだ面子のうち、
紫苑が拉致されたことを知って動き出したのは雲母を除く面子のみ。
 彼女も紫苑捜索に加わりたかったのだが、混乱している関東を放置するわけにはいかない。
 別に人道的な意味でではない、紫苑が戻って来た際に安心出来るようにするためだ。

「僕らは紫苑くんが攫われたって晴明から聞いて、探そうと思ったけど手がかり無かったじゃん?」
「けど、そんな時に大阪の麻衣お姉さんからルドルフお兄さんが行方不明になったって聞いて大阪に戻って来たの」

 紫苑の拉致とルドルフの消失、何か関係があると思ったからだ。

「豊臣の方々にも協力していただいて御二人を捜索していたんですが如何せん手がかりも無く……」

 ニブルヘイムに居るのだから大阪を探したところで意味は無く捜索班は何も掴めなかった。
 途方に暮れ、一旦拠点に戻ったところで二人が帰還して来たのだ。

「まあ何にせよ、二人が無事戻って来て良かったわ」

 そう麻衣が締め括った。

「(ノッブとジャンヌにも後で帰還報告しとかなきゃなぁ……面倒くせえ……)」
「ところでさぁ、紫苑くんとルドルフくんが行ってたニブルヘイムってどんなとこ?」

 詳しい経緯は説明してもらったが、場所や個人については詳しく聞いていない。

「それは私も興味があります」

 神々とは既に敵対しているが、直に戦ったわけではない。
 だからこそ、直に顔を合わせて言葉を交わした二人から情報を得ておきたかった。

「そうは言っても俺は殆ど意識が無かったからな……ただ、ヘルは良い奴っぽかった」
「うむ。ロキとは比べるのもおこがましいほどに良い女だったぞ。
ベアトリクスも居るし、ヘルとはこれからも敵対することはないだろう」

 そもそもからしてヘルは人に憎悪を持っていなかった。
 今回関わったのだって父親に協力を求められたからで、そうでなければ不干渉を貫いていたはずだ。

「じゃあロキってのはどうなん?」

 ルドルフの顔が曇る。あの時は必死だったが今になって思うと……。

「性格が悪いのは当然として――――変態だった」

 重々しく放たれた変態という言葉、だが聞かされた方からすれば意味が分からない。
 変態? 何故変態? 北欧神話にそこそこ詳しいアリスとアイリーン以外が首を傾げている。

「具体的に言うとあれだ、私を抱き締めて私の首とか舐めたりした――男なのに。
他にも自分の娘の死体とまぐわって子を産ませ、それを戦わせていた」

 言い訳のしようもない変態だった。どうしようもない変態だった。
 女性陣が嫌悪を露にするが……。

「あとは……そう、紫苑にアダルトな拘束具を着けたりもしていたな」

 その一言で若干好感度が上昇する――ロッキ有能。
+注意+
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