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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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大阪を出ますと終点ニブルヘイムまで停まりません 後

「これは……」

 ヘルは口元に手を当て上品に驚きを表現する。
 ロキが我が物顔をしているが此処、ニブルヘイムの主はヘルなのだ。
 ゆえにこの領域で発生している現象についていち早く正確に把握出来た。
 かつては死者の国――人間にとっての死後の世界として機能していたニブルヘイム。
 主であるヘルが虚無に堕ちたことで当時、ニブルヘイム内に居た魂もそれに引き摺られて虚無へ。
 偉人や英傑のように強靭な魂を持つわけではないか弱い魂達は形を失いニブルヘイムの空気となった。
 その空気となったはずの魂が次々とルドルフに吸収されている。

「略奪――いや、これは合意の上かしら?」
「――――そうだ。彼らの願いを叶えるために私が力を貸し、彼らも私に力を貸してくれているのだ」

 爛々と輝く瞳、風もないのに揺れる御髪。
 ルドルフ・フォン・ジンネマンは今、純化状態にあった。

「助けてと叫べば紫苑は手を差し伸べるだろう。しかし、声にすることすら出来ぬ者らも居る」

 それは弱い魂、形を失い他者からは認識すらされなくなった迷える魂。
 ルドルフは死を司る神でも何でもないが、彼らの声を拾うことが出来る。
 それこそがこの純化の能力だ。
 紫苑が取り零した、掬うことすら出来ない小さな者達を掬い上げ抱き締める。

「私はその者らの声に耳を傾けているだけ。選んだのは彼らだ」

 支配欲はあった、英傑と呼ばれる者達を総て煌びやかな英雄譚を綴りたかった。
 だから唯一無二の友が妬ましかった。
 だが、嫉妬があるからといってその友愛の情が消えたわけではない。
 嫉妬している、だがそれ以上に愛しているし尊敬している。
 ならばそんな友に並び立つことこそが己の往く道。
 友が出来ぬことを自分がやる、か弱き魂を掬い上げて背負うことも英雄の役目だろう。

「と言っても、私は神でも何でもない。愛すべき友と同じく人だ。ゆえに出来ることは限られる。
私は戦うことしか出来ない、だから弱くても戦いたいと泣く者の手を取り共に戦うことしか出来ない」

 紫苑が取り零したもの、それら総てを拾えるわけではないし拾えてはならない。
 あくまで人であることを忘れず万能の力を持ってはならない。
 叶えられぬ願いを叫ぶ魂には根気強く語りかけ、浄化してやることぐらいが関の山。
 だがそれで良い、それ以上は踏み込み過ぎだ。
 死後が消えた今の世界で死した人間の魂が何処へ行くかは分からない。
 けれど、何時までも現世に留まっていては生者死者、双方にとって不幸だ。
 生者には言わずもがな、危害を加えられる可能性がある。
 死者はもう二度と戻れない場所を見つめ続けるというある種の拷問状態。
 その双方の不幸を取り除くために語らい、安らかな気持ちで逝ってもらう。

「……お父様」

 ヘルの声は少しだけ弾んでいる。

「分かっているさ」

 ロキはそのことに苦笑しつつ、ゲームの終わりを見た。
 これは自分の負け、自分は恋する乙女に負けた。
 だがここで打ち切ってしまうのはプレイヤーとして矜持が無いにもほどがある。
 負けが見えたからといってそこで終わらせて良いわけがない。
 勝者が勝利し、その美酒を呷る――それは権利だ。犯して良いものではない。

「ロキ、聞こえるか? 感じるか? 私の身体を通して彼らは叫んでいるぞ」

 ロキが造ったレギオン――原理としてはそれと同じだ。
 か弱い魂を沢山集めて無理矢理くっつけて、そうしてルドルフとも戦える戦闘能力を手に入れた。
 だが、レギオンには柱となるものがなかった。どれもか弱い魂ばかりで柱にはなれないのだ。
 けれども今は違う、ルドルフという大きな柱がある。
 か弱き魂はその柱に張り付き、より巨大でより強固な一つの軍勢となった。
 今のルドルフは先ほどまでの彼とはものが違う。

「要訳すると"よくも屑呼ばわりしてくれたな糞野郎"――――だ」

 一瞬、ルドルフの声に彼以外の声が無数重なって聞こえた。
 ルドルフの身体を通してか弱き魂達が主張しているのだ「あまり自分達を舐めるな屑野郎」と。

「屑とは酷いなぁ……これでも結構なやり手なんだがね私は――――"戦え"」

 お喋りをするつもりはない、このゲームの幕引きをしろ。
 ロキはそんな意思を込めてシンデレラに命令を下す。

「あー!」

 最初と同じようにシンデレラの姿が掻き消える。
 しかし最初と同じような無様は晒さない。
 左側面から出現した彼女の回し蹴りを手で掴み取り、

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 お返しとばかりにそのまま力任せに振り回してあちこちに叩き付ける。

「まあ、お強いこと」

 ヘルは素直にそう思った。
 人間の中には他を削ぎ落としてたった一つの想念のみで自分達の位階に上がって来る者が居ることを彼女も当然知っている。
 ルドルフもその資格を有する者だ。彼の祈りはロキが指摘したように支配――それが総てだった。
 英雄を支配し率いる己のみを願っていた。
 だが、それが変化した――成長と言っても良いだろう。
 支配ではなく協調。対話で互いに納得して共に戦うことを選んだ。
 その結果がこれだ。父との間に出来た凶悪な愛娘。
 あれを圧倒するほどの力をルドルフは魅せ付けている。
 往々にして純化に至る想念が変わることはない。
 何らかの外的要因が加わるとしても根っこはそのまま。
 だがルドルフの場合は根っこから変わってしまった。
 支配と協調――群であることに変わりはないが本質は違う。これは酷く稀な事例だろう。
 それもこれも、

「……あなたの目が正しかったということですわね、ベアト」

 邪神たる父に堂々とゲームを挑んだ少女の慧眼ゆえ。
 ヘルは素直に寄り代となったベアトリクスを賞賛する。
 まあ、当人には想い人がカッコ良過ぎてトキメキ中のためまったく届いていないが。

「バァ!!」

 痛みなんて感じていないのか、あるいは痛みという概念すら分からないのか。
 シンデレラは叩き付けられながらも楽しそうだ。
 ロキの娘なのでドマゾという性癖の可能性も有り得そうだが。

「(やっべえ……俺マジで置いてけぼりじゃねえか……つーかさぁ……)」
『あん?』
「(あの馬鹿金! 猿轡じゃなく拘束も解けよ! 俺何時までこのまんま!?)」

 紫苑は真正面から正々堂々と腐っているがロキのように変態的な性癖があるわけではない。
 少なくとも怪しいラバー製品で拘束されることに喜びは見出せない。
 なのでとっとと拘束を外して欲しいのだが、この場に居る誰もが紫苑を見ていない。
 それがまた彼の屈辱感を煽っているのだが――至極どうでも良いことだ。

『しかし何だってルドルフは槍を使わん?』

 叩き付けることに飽きたのかルドルフは肉弾戦へと移行していた。
 殴って蹴って――まるで原初の戦い方だ。あまりにも非効率的。
 以前までは義経と弁慶、それぞれの得物から仕立て上げた槍を十全に使えていなかった。
 しかし今ならば完全に百パーセント以上の力で武器を振るえるはず。
 だというのにルドルフは槍を突き立てたまま触れようともしない。
 カス蛇は首を傾げるが答えは出て来ない。

「あうー♪」
「元気だな、卿は。少しばかり童心を思い出したよ」

 苦笑しつつ雑な踵落としを受け止める。
 頭上でクロスした腕に叩き付けられた一撃は腕どころか全身の骨を軋ませるような威力を持っていた。
 それでもルドルフは余裕を崩さない。

「遊んでやるさ」

 蹴り足を引いて体勢を立て直したシンデレラだが、
体勢を立て直す瞬間の僅かな隙を突いてルドルフの前蹴りが腹部に突き刺さる。
 彼が槍を使わないのには勿論、理由があった。
 ルドルフを支えている名も無き魂達――彼らは誉れ無き死者の烙印を押されている。
 ゆえに、殊更名誉ある戦いを求めてしまう。
 シンデレラは如何に神々の子であろうとも生まれたばかりの童。
 同じ領域に立っている自分達が武器を使うなど言語道断。
 素手で挑まれたのだから素手で打倒するべし――そんな意思を汲んだからこそ槍を使っていない。
 もし使えばその時点で名も無き魂の幾らかはルドルフから離れてしまう。
 そうなれば強化のランクがグンと下がってしまうので使いたくても使えないという事情もあった。
 だが、

「遊び疲れて眠ってしまうまで!!」

 ルドルフからしても名も無き魂達の意思は歓迎すべきものだった。
 元々彼はそういった誇りのようなものを大事にする性質だ。
 ゆえに特別劣っているわけでもないのに童相手に武器を使うことは承服出来ないという意見には賛成だった。

「(何カッコつけてんだあの野郎……!)」

 羽化し、自由な大空へ羽ばたいたルドルフは紫苑からすれば忌むべき敵その者。
 いやまあ、元からそうだったが更に嫉妬と敵意が増したのだ。
 自分が常時カッコつけているのを棚上げして負けろ負けろと念じ続ける紫苑。
 だがそんな屑の祈りは届かない。
 徐々に徐々に天秤はルドルフに傾いていく。
 純然たるスペックだけで戦っているシンデレラとこれまでの経験や培った技術を以って戦っているルドルフ。
 どちらが強いかなど語るまでもない。
 十数分という常人では集中が切れてしまいそうな時間を一切の緩み無く戦い続けたルドルフ。
 最早圧倒していた、シンデレラは手も足も出ない。

「――――楽しかったか?」
「あう!」

 問いに返されたのは飛びっきりの笑顔。
 ルドルフはそれは良かったと微笑みながら捻りを加えた拳を左胸に叩き込む。
 既に踏ん張ることすら出来なくなっていたシンデレラはそのまま吹き飛んで行き――動かなくなった。
 死んだわけではない、だがもう戦うことは出来ないだろう。
 拘束具が無ければ結果はまた別だっただろうが、拘束具は未だに外れていない。
 ゆえに勝負の結末は揺るがず――――ルドルフが勝利した。

「……ふぅ、御見事御見事。いやはや凄いね凄いねー」

 勝利の余韻に浸るルドルフに水を差すようにちゃらけた賞賛が飛ぶ。
 やる気の無い賞賛を送ったのは勿論ロッキ。ファッキューロッキだ。
 彼はこんな王道な展開を望んではいなかった。
 勝利は勝利として認めるが、趣味ではない。
 約束を破るほどアンフェアではないが楽しめなかったので不貞腐れているのだ。

「……」

 そんなロッキに感情の無い瞳を向けながらルドルフは一歩、また一歩と近付いて行く。

「良いよ良いよ。君も春風紫苑くんも帰してあげ――――」

 肩を竦めてガッカリを表現していたロッキの右頬に、

「オラァ!!!!」

 ルドルフの拳が叩き込まれる。
 シンデレラに叩き込んだどの一撃よりも速く鋭く重過ぎるそれはロキの肉体を遥か彼方へ吹き飛ばした。

「ふぅ……悪いな。卿を殴ってやりたいといのが我らの総意なのだ」

 今の一撃はルドルフだけでなく名も無き魂達の願いでもあった。
 完全なる意思の統一が成されていたがゆえにこれまでのどの一撃よりもキレていた。
 これもまたルドルフの純化、その強みであり弱みといえよう。
 一致団結し一丸となって願いに突き進めば強力だが、足並みが乱れれば力を発揮出来ない。
 だが、このままならなさが良いのだ。

「(人間って感じがしてな……)」

 ルドルフは小さく微笑み、紫苑の拘束を弾き飛ばす。

「!」

 突然拘束が外れたことでよろめく紫苑だったが、

「っと……無事か、紫苑」

 しっかりルドルフが抱きとめ――何だこの絵ヅラ?
 ロキの変態ウイルスが蔓延しているのか、どうにもこうにも怪しい雰囲気が漂ってしまう。
 双方にそんな気持ちが無くとも漂ってしまう――これも総てロキって奴のせいだ。

「すまん」
「……もしも」
「ん?」
「もしも卿が女だったならば、きっと私は恋をしていたのだろうな」

 惚れた女に近付きたい、嫉妬することなくポジティブに頑張れただろう。
 そんな意味の無い仮定が頭をよぎり、つい口をついて出てしまった。

「(き、ききききき気持ち悪いィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!)」

 紫苑は今、心の底からルドルフに対して嫌悪感を抱いていた。

「(確かに俺が女だったならば国どころか世界を傾けるレベルの美女だろうけど!
周りの糞みたいな女なんか比べ物にならないくらいの美女だろうけど!)」

 何が凄いってこんな気持ち悪いことを堂々と言えるのが凄い。
 一体どんな根拠があって傾国の美女になれると思っているのだろうか。

「フッ……何だ急に。それに、お前の女神は別に居るだろう?」

 ルドルフの胸から離れて自分の足で立つ。
 出来ることなら数キロ単位で離れたかったが仕方ない。

「ああ、そうだな」

 二人は揃ってヘル――ひいてはベアトリクスに目を向ける。

「ヘル、何故卿はベアトリクスの身体に取り憑いている?」

 ことによってはもう一戦、愛する女を取り戻すために戦う覚悟があった。
 だがルドルフの懸念は杞憂でしかない。

「良いでしょう、御説明致しますわ」

 ヘルは雅さを滲ませた微笑をたたえてここに至った経緯を語り出す。

「そもそもの始まりは我が父――ロキの遊び心です」
「だろうな」
「だろうな」
『だろうな』

 この熱い連帯感。どれだけロキがロクでなしであるかが分かるというものだ。

「明言しておきますが、父は人にも人が幻想と呼ぶ陣営にも組していません」
「だろうな」
「だろうな」
『だろうな』

 今、風が吹いてる、この一体感。ロキが枠の中で大人しくするとは誰も思っていない。

「ただただ、気の向くままに両陣営をおちょくって遊ぼうとしています」
「だろうな」
「だろうな」
『だろうな』

 どうしてオーディンはロキを捕縛するなり何なりしないのか。
 核廃棄物の如く迷惑しかかけない存在なのに。

「その遊びの一環として白羽の矢を立てられたのが――――そう、あなたです」

 ヘルの瞳が紫苑を射抜く……もうどうしようもないのにばかりモテまくりである。
 メンヘラやら第六天魔王、芋臭い田舎娘にショタコン陰陽師だけでもお腹いっぱいなのに神話級の変態にまで。

「……まあ、何だ……モテるな、紫苑よ」
『俺様も含めて皆お前にメロメロだぜ(笑)』
「(俺以外の総ての命が死に絶えれば良い)……」

 軽く欝に入った紫苑だが、そんなことはお構い無しだ。

「両陣営にとって最重要人物とも言える世界の不確定要素春風紫苑。
とりあえずそれをぶっ殺してどうなるか見てみよう……ということで父は春風紫苑の仲間に目をつけました。
ただ自分が拉致って殺すのでは面白くないし、何だか嫌な予感もする。
だったらその仲間に殺させてみよう。丁度良い具合に鬱憤を抱えていて弄りやすそうなのが居る!
あれを使ってみたら面白そうだ――――というのは父の言ですわ」

 虫唾が走る――ルドルフの表情を端的に表現するならそれだ。
 ロキの腐った性根に心底嫌悪を抱いている。
 だがこのくらいで嫌っていてはまだまだ。春風紫苑というコズミック屑が居るのだから。

「本命兼ターゲットとして春風紫苑を拉致するのは決定事項。
しかし、それだけではどうにも華が無いしいざという時の着火剤として予備を連れて来ようと父は言いました」
「……それがベアトリクスか」

 吐き気がするとルドルフが頭を振る。
 ロキの身勝手さが鼻についてしょうがない。
 誰よりも先ずあれを排除すべきだと脳内閣議で全会一致の議決が出る。

「ええ、なので真っ先にあなたの故国であるドイツに赴き彼女を攫いましたの」
「だが解せん。何故、取り憑く必要があった?」

 以前聞いたプロメテウスの言によると多くの幻想にとって、
彼やカス蛇のように人間と同化することは不本意とのこと。
 だというのに何故わざわざそんなことをするのか。
 ベアトリクスがヘルを瀕死にまで追いやって最後っ屁とばかりに憑かれた? なわけがない。
 仮にもヘルは神で、ベアトリクスがどうこう出来るような相手ではないだろう。
 人質として使うにしても同化する意味がまったく見えない。

「そこですわ。そこからが本題。ニブルヘイムにベアトを拉致した後、
父は楽しげに自分がこれからやろうとしていることを彼女に語ったのです。
それで懊悩するベアトの顔でも見たかったのでしょう……暇潰しに」

 暇潰しに天海を虐める紫苑と思考回路がまったく同じだ。
 それでも性癖という点で紫苑はロキよりまだマシなので救いはある――のか?

「が、父も私もベアトを侮っていました。あろうことか彼女は私達に啖呵を切ったのです。
"私の惚れた男を安く見過ぎだ腐れ×××に腐れ×××"――と」

 瞬間、ルドルフの頭が真っ白になる。
 おどおどしていて何時も何か言いたそうにしているのに結局言えないあのベアトリクスがそんな下品な言葉を吐くなど信じられない。

「好いた男を馬鹿にされたからでしょうね。怯えが一瞬で消えて沸騰しましたの。
よほど好かれていますのね……まあ、今ならばそれも分かりますが」

 一瞬、ルドルフを見つめるヘルの瞳に情念の炎がよぎった。
 ルドルフもカス蛇も気付いていなかったが、紫苑だけはそれを目敏く察知。

「(ゾンビクイーンに好かれるとかマジパネェっすルドルフさんwww)」

 紫苑からすればヘルなんて腐った臭い女でしかない。
 実際は腐臭も何もしないのだがその伝承を知っているのでそう決め付けているだけ。
 そんな輩にフラグを立ててしまったルドルフが面白くてしょうがない……が、よく考えろ。
 割かし落ち着いた振る舞いのヘルと紫苑を好いている女達。
 どっちがマシかと言われれば種族を除けば前者の方がかなりマシである。

「啖呵を切っただけでも正直私は凄いと思うのですが、あろうことは彼女は父に勝負を挑んだのです。
ゲームをしましょう、ルールなどの細かい設定は総てそちら、勝敗条件はただ一つ。
あなたが――ルドルフ・フォン・ジンネマンが父の思う通りに動くかどうか。
自分が勝てばあなたと、そしてあなたの大事な友である春風紫苑を解放し元の場所に戻してもらうと挑戦状を叩き付けた」

 その胆力は評価せざるを得ない。
 狡知の神、北欧のトリックスターロキにゲームを挑むなんて並大抵のことではない。
 ロキとて神話では幾度か敗北を喫しているが、基本的に彼は思惑通りにことを運べている。
 そんな相手に只人の身でありながら、
しかも勝敗条件以外をロキに任せるという不利な条件を自ら言い出すなど簡単に出来ることではない。

「ただの人間に、それも有利なルールでゲームを挑まれる。
父としてもプライドが邪魔をして断れるわけがない。
そもそもからして自分の勝利を疑っていなかったというのもありますが……」

 その根拠の無い傲慢もまた紫苑にそっくりだ。
 春風紫苑にファッキューロッキ、世界の汚物とはコイツらのことである。

「そのような流れで何故、ベアトリクスが卿と……」
「――――勝負を受ける条件か」

 ポツリと紫苑が正解を呟く。
 有りそうな選択を列挙し、一番可能性が有りそうなものを選べば自然とそうなる。

「その通りです。ゲームを受ける条件として、父は指し手――ベアトの資格を試しました。
そんじょそこらの雑魚と遊ぶほど私は暇ではない、ゆえに試させてもらうと」

 ロキがテストとして選んだのはヘルとの同化だった。

「そちらの世界で名が売れているアレクサンダー・クセキナスのプロメテウス、
春風紫苑が宿す聖書の蛇は自主的に人間の中に溶けた。
しかし、殊更拒むわけでもないが積極的でもない幻想……それも私のような存在を宿すことは破滅の一歩」

 ベアトリクスは生者だ。
 生者に死者の国の女王という死の気配が濃過ぎるヘルを宿すなど正気の沙汰ではない。

「しかし、彼女は耐えましたわ。ひとえにあなたを想うがゆえに。
私という"死"の色が混じり己が散りそうになっても必死で必死で耐え続けて――――勝った。
完全に同化を果たした後、父に約束を履行するよう申し付けて眠りに着きました」

 勿論ベアトリクスが消えたわけではない。
 ガリガリと精神を削られ続けたから意識を閉ざして休眠状態に入っただけ。

「ですが、先ほどほんの僅かに目覚めました。それはあなたの方が良く分かるのではなくて?」
「……やはり、ベアトリクスだったか」

 紫苑から目を逸らした先に居たヘル――否、ベアトリクス。
 あの瞬間に感じた想いは総て真実だった。
 これまでベアトリクスに苦手意識を抱いていたルドルフだが、ここに来て彼の胸裏に深い感謝の念が生まれていた。
 一途に本気で何処までも自分を想い、信じてくれる誰か。
 それがどれだけ素晴らしい存在であるかを自覚したのだ。

「ヘル、ベアトリクスは?」
「もう少しすれば話ぐらいは出来るでしょうが……まだ疲れは深いようですね。

 減るの言葉にはベアトリクスへの気遣いが見て取れる。

「なあヘル、あんたは……ベアトリクスに友愛の情を抱いているのか?」

 紫苑の言葉に一瞬キョトンとするヘルだったが、

「友愛……ああ、確かにそうなのかもしれません。私は彼女が嫌いではありませんわ。
真っ直ぐ好いた男を信じて命を懸けられるその姿は純粋に尊敬出来ますもの。
これが友情、成るほど友情。勝手かもしれませんが私はベアトに友人として好意を抱いていますわ」

 ベアトリクスではなく、わざわざベアトと愛称で呼んでいるのに今の今まで気付いていなかったらしい。
 喉に引っ掛かった小骨が取れたようにスッキリした表情のヘル。

「――――わぁ、何この青春? 此処が何処だか忘れてるんじゃないかい?」

 良い空気をぶち壊しに来た糞野郎の名はロキ。
 殴られた箇所が赤くなっているが全然平気らしい。
 そのことに若干どころか凄いムカツクルドルフだったが今は我慢。
 メンヘラーズが心配しているだろうし早く帰らねばならない。

「ロキ、約定を守れ。私と紫苑、そしてベアトリクスを現世に戻せ」

 ベアトリクスは勝利の報酬としてルドルフとオマケである紫苑の身の安全を要求した。
 しかしこの勝利の立役者は当然のことながらベアトリクスだ。
 彼女をこのままニブルヘイムに置いて行くつもりなど毛頭無い。

「だってさ。どうするヘル?」

 何処か含みを持たせたロキの問いに、

「構いません。どちらにしろもう離れられませんし、私も彼女の力になりますわ」
「……やれやれ、娘も取られちゃうとはついてないや」

 ぼやきながら外に続く孔を開こうとするロキだったが、

「あ……ちょ、ちょっと待ってくださいな。ベアト、あなたはまだ……」

 突然ヘルがあたふたし始めた。
 一体何ごとかとルドルフと紫苑が警戒を滲ませた視線を向ける。

「……はぁ、分かりました。少し、代わりますわ」

 どうやらベアトリクスが目覚めたらしく、何か言いたいことがあるようだ。

「――――ん、ルドルフ、無事で、何よりです」

 相変わらずおどおどとしているが、だが今はそれも気にならない。

「ああ、卿のおかげでな。ありがとうベアトリクス、とても嬉しかった」

 ルドルフに笑顔を向けられるなど初めての経験で、ベアトリクスの頬がさっと赤に染まる。

「私も、嬉しい、です」
「む……」

 どうにも照れ臭い。これまでは戸惑いしかなかったベアトリクスからの好意。
 ある種の吊り橋効果もあるだろうが、土壇場で自分を支えてくれた彼女の好意は素直に嬉しく思う。
 とはいえ何と言えば良いか分からない。

「ルドルフ、私、ここに残ります」

 そんなルドルフの心情が分かっているのか、
ベアトリクスは自分の好意に対して返事を返せとは言わず用件だけを率直に切り出した。

「何だと!?」
「ヘルは、多分、外じゃ辛いから」

 どういうことだとルドルフがロキを睨むが彼は何処吹く風。
 娘の選択を尊重すると決めているので余計な口出しはしないつもりなのだ。

『落ち着きなルドルフ・フォン・ジンネマン』

 見かねたカス蛇が紫苑以外にも声が届くよう切り替える。

『ヘル、ニブルヘイムの女王。死者の国の女王なんだぜ奴さんは。
海の魚が川で泳げるか? つまりはそういうこった。
俺様達幻想はただでさえ人の世に居るのが辛い。
だからこういう形態を取ってるんだが、それでも完全に負荷が消えたわけでもねえ。
だがヘルの場合はそのちょっとばかりの負荷に加えてもう一つ負荷が加わっちまうんだ』

 人間の――それも生者が満ち溢れる現世はヘルにとっては馴染み難い場所だ。
 ベアトリクスはそんな場所にヘルを連れて行けないと思い、残留を決意した。

「しかしベアトリクスよ、何故卿がそこまでヘルに……」

 こんな事態になったのはロキのせいだがヘルも実行犯の一人だ。
 そんな連中を気遣う必要なんて何処にも無い――ルドルフの言葉は正論である。

「ヘルは、少しだけ、私に力を貸してくれました。私の想いが届いたのは、彼女のおかげ」

 ルドルフがロキに唆されて紫苑を殺しそうになった時、ベアトリクスは眠りの中に居た。
 しかしヘルがそこでほんの僅かだがズルをしたのだ。

「起きなさい、声を出せずとも伝えられることはある。このままじゃ負けてしまいますわ……って言ってくれました」

 だからこそ、必死で目を開けて言葉には出来ずとも想いを伝えられた。
 自分の大好きなルドルフが勝てたのはヘルの助力があったから。
 だから恩を返さねばならないとベアトリクスは笑う。

「……しかしだな、卿、家族はどうするのだ?」

 ずっとニブルヘイムに居るわけにもいかないだろう。
 ベアトリクスが孤児ならばまだしも、彼女は良家の子女だ。

『はぁ……安心してくださいな。私も数日の滞在くらいならば平気ですわ。
その間に、お父様の力も借りてどうにか向こうで過しやすいよう何とかします』

 しばらくの間は現世とニブルヘイムを行ったり来たりで調整し、
その間にロキの智慧を借りて自分が現世に居やすくなるような方法を見つける。
 ヘルはおどおどしているくせに案外強情なベアトリクスを説得出来ないことは分かっていた。
 ゆえに自分のことは気にせずに戻れなんて言わず、現実的な案を出すに留めた。

「え? 何で私がそんな……」
『負けたのですから当然でしょう? 敗者にも一握りの矜持くらいはあるはずですわ」

 心底面倒そうなロキだが、拒否する気は無いらしい。

「むぅ……分かった。だが、本当に良いのかベアトリクス」
「はい、私の、決めたことです」
「そうか……ならば何も言わん。私達はそろそろ帰らねばならない、だがその前に改めて感――――」

 感謝の気持ちを伝えさせてくれ、
ルドルフがそう言い切る前にベアトリクスが己の唇で遮った。
 触れるだけの優しいキス、数秒にも満たない時間だったがその間、ルドルフの心臓は完全に停止した。
 復帰した彼の目に飛び込んだのは、

「お礼、確かに頂きました」

 今まで見たこともないくらいに綺麗なベアトリクスの笑顔だった。

「あ、ああ……」

 照れたように俯くルドルフ。
 引っ込み思案なベアトリクスがこんなことをして来るとは思っていなかったのだ。
 死者の国に流れる桃色の空気。当然、あの男からすれば愉快な見世物ではなく……。

「(……心底くっだらねえラブコメしてんなぁオイ)」

 今回何もやっていない心底くっだらねえ男は黙ってろ。
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