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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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大阪を出ますと終点ニブルヘイムまで停まりません 前

 時はしばし遡る。
 大阪の拠点では能力的に特攻が出来ないと判断された面子が留守を守っていた。

"家康、ここで俺が死んでもそれは人の敗北ではない。
諦めない誰かが居る限り道は続いてゆく。
薄汚い汚物に成り果てたお前と違ってなぁ……人は輝くことが出来るんだ!!"

 テレビの向こうでは皆のアイドル春風紫苑が上半身を肌蹴たままカッコ良いことを叫んでいる。
 表面上だけを見れば本当に物語のワンシーンのよう。
 が、中身を知っていれば英雄譚はブラックコメディに早変わり。
 しかしそれを知らない留守番組は固唾を呑んで状況を見守っていた。

「紫苑くん、皆……大丈夫やろか……」

 不安げな麻衣を更に不安の奈落に突き落とすように紫苑が腹を裂く。
 鮮血と共に地上へ落下するその姿を見た瞬間、麻衣は気を失いそうになった。
 しかし意識を失うわけにはいかない。
 ここからだ、ここから紫苑が助かるかどうかの戦いが始まるのだ。

"来い、信長! ジャンヌッッ!!"

 瞬間、紫苑の身体を優しい炎が包み込む。
 それは結界破壊を成したという何よりもの証拠。

「む!」
「やた!!」

 ルークと麻衣が喜色満面でハイタッチを交わす。
 これで後はもう大丈夫、気を揉む必要も無い。勝利は確定した。

「ふぅ……ほんまハラハラするわぁ――って、どしたんルドルフくん?」

 喜んではいるが、何処か憂いが混ざっているルドルフの顔を見て麻衣が小首を傾げる。
 もしもこの場に居たのが紫苑ならばその疵を看破していただろう。
 しかし、麻衣とルークにそれを求めるのは酷というもの。

「いや、心配し過ぎて疲れただけだ……少し、外の空気に当たって来る」
「え? う、うん。分かった」

 少し引っ掛かったものの喜びが勝っていた麻衣は気にせずテレビの画面に視線を戻す。
 ルークも能動的に動くことが得意ではないためルドルフを追うことはなかった。

「……私は何をやっているのだ」

 あても無くさ迷い歩いて辿り着いたのは人気の無い公園。
 街灯も破壊され暗くなった公園で一人ブランコを漕ぐ――負け犬のそれではないか。
 ルドルフは今、自己嫌悪の中に居た。

「友が助かった、それは喜ぶべきことだし、嬉しい」

 だが心が晴れない、それは信長に策を聞かされてからずっとだった。
 矢面に立つのは紫苑、天魔、醍醐姉妹、アリス、アイリーン、雲母、幸村の八人。
 紫苑はまだ良い、狙われているのが彼である以上外すことは出来ない。
 幸村もある意味因縁があるので分かる。
 しかし残りの女子連中だ。

「分かっている、私では役目を果たせるだけの能力が無いと……!」

 強く歯を噛み締めたせいで奥歯が砕け散る。
 砕かれた歯の欠片が口腔内を傷付けて鉄の味が一気に広がっていく。
 別に男尊女卑なんて古臭い思想を持ち出すつもりはない。
 能力があるならば性差なんて関係ないとすら思っている。
 しかし、こう改めてお前は戦力外だと言われてしまえばやるせない気持ちになってしまう。

「……嗚呼、最悪だ。自分が嫌になる」

 ルドルフは強い、普通の冒険者という括りでいうならば上位に食い込むだろう。
 四月に紫苑と組んでから潜り抜けた修羅場が彼を磨き、その能力をより高めた。
 だが、それは少女らも同じで、更にいうならば純化という切り札もある。
 純化を使えば普通の冒険者なんて括りは一瞬で飛び抜けてしまう。
 人の世だからこそ、ある程度のマイナス補正も働くが元の状態から比べれば大幅なプラス。
 でなくば地球低軌道から撃ち出されて無事で居られるわけがない。
 ルドルフが同じことをしていれば確実に死んでいるだろう。

「嫉妬など……男のすることじゃないだろうに……」

 紫苑ディスってんのかテメェ――というのはともかくとして、大らかなルドルフがかなり参っているのは確かだ。
 だがこれは昨日今日でいきなりというものではない。
 溜まっていたものが一気に噴き出したのだ。
 初めてアイリーンと戦った時に弱さを自覚し、安土で更に叩きのめされた。
 平泉で自信を回復したのも束の間、千丈ヶ嶽で無様を晒す。
 その後で紫苑と酒呑童子の戦いを見て格の違いを思い知らされる。
 どんどん純化に至る仲間達、至らぬ自分。
 幻想回帰が始まってからもそう。フランス行きも紫苑に選ばれたのは麻衣を除けば純化を使える面子のみ。
 豊臣との一戦ではルドルフとルークが抜擢されたものの、
それは信長やジャンヌが居たし大規模な戦闘にならないと予想されていたからだ。
 それでもルドルフは張り切っていた、いたのに――まんまと紫苑を拉致されてしまった。
 挙句救出にも行けず紫苑が帰還したのは彼の策によるもの……まるで役立たずではないか。

「私は、私は……」

 今にも泣き出しそうな表情のルドルフ。
 仲間達が今の彼を見ればさぞ驚くことだろう。何時も底抜けに明るいと思わっているだけに。
 しかしルドルフとて人間なのだ。懊悩することくらいある。
 純化を使えない自分、純化を使える仲間達。そして――――春風紫苑。
 何と眩いことか、強大な力を人としての矜持を貫くために捨て去り弱いままに総てと戦っている。
 その魂の輝きは美しくも妬ましい。同じ男なだけに、そう思ってしまう。

「――――生まれて初めて私は私を嫌いになりそうだ」

 愛すべき友にそんな感情を抱くこと自体がルドルフにとっては耐え難い恥だった。
 彼は潔癖過ぎるきらいがある。友達だろうと何だろうと嫉妬くらいはするものなのにそれを許容出来ない。
 万分の一でも良いから妬み嫉みの泥人形である紫苑を見習うべきだ。

「カカカ!」

 俯き、そのまま沈んでしまいそうだったルドルフを引き上げたのはこの場にそぐわぬ明るい笑い声だった。
 弾かれたように顔を上げると隣のブランコには見知らぬ男が座っていた。
 容姿は愛嬌のあるイケメンで万人受けしそうだが、当然のように見覚えは無い。

「――――青春やっとるのうあんちゃん」

 糸のように細い目を更に細めて茶目っ気のある笑みを浮かべる謎の男。
 纏っているのが白スーツに黒のシャツということもあり何処かホスト染みている。
 歌舞伎町か大阪のミナミ辺りを歩いていれば絶対こんなの居るってマジで。

「わいの若い頃思い出すわぁ……ちょっと若さ分けてくれや」
「……悪いが、今の私はお喋りに付き合っている余裕は無いんだ」

 自分に気付かれずに隣に座ったことが若干引っ掛かるものの、
それは精神状態が良くなかったからだと判断したルドルフは威嚇するように殺気を飛ばす。
 普段の彼ならばまずしないであろう行為だ。それほど気が滅入っているのだろう。

「そないなこと言うなや。わいもな、暇やねん。
どんだけ暇かっちゅーたらテキトーに誰そ騙くらかして何か無意味なもん造らせたろかなってくらい暇なんや」

 暖簾に腕押し、男はルドルフの殺気を軽やかに受け流して更にふざけたことを囀る。

「なあちょっと付き合ってえや。ええやろ?
どうせ男にジェラシー抱くとか世界で二番目に非生産的なことやっとるだけなんやから」

 発言の一つ一つがルドルフの神経を逆撫でる。
 徐々に濃度を増していく怒気は一般人なら卒倒ものだ。
 ところで一番非生産的なことは何なのだろうか?

「……卿は、私を馬鹿にしているのか?」
「はぁ!? 何舐めたこと抜かしとんねん!!」

 チャラい表情を一変させ、怒りすら滲ませる男の姿にルドルフは面食らう。
 ひょっとして真面目に話しているつもりだったのか?
だとすれば何だか申し訳ないなと謝罪を口にしようとした瞬間、

「こちとらお前だけやのうて森羅万象あらゆるものを舐め腐っとるわい」

 ふざけた内容を至極真面目に語られてしまう。

「――――」

 怒りを通り越して唖然としてしまうのも無理はない。
 何せ一切の虚飾無く、本気で総てを馬鹿にして生きていると言われたのだから。

「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと――なんて言うとったセンセがおるらしいけどなぁ。
わいから言わせたら全部が夢や。寝てる時も起きてる時もわいらは夢見てんねん。
ずーっとずーっと、夢の世界。栄光も屈辱も、消える時はあっちゅう間よ」

 何処からか取り出したシャボン玉セットを加えて空にシャボン玉を飛ばす。
 大の大人がやることではないが、どういうわけかやけに様になっている。

「寝とる時に好きな女の子と脳内でイチャコラしとっても朝が来れば泡になって弾ける。
起きとる時に好きな女の子とイチャコラしとっても何かの拍子に泡になって弾ける。
そこに違いなんぞあらへん。しゃーから夢や夢。そんなもんに一喜一憂する方がアホらしわ。
斜に構えて舐め腐った態度で向き合うんが一番やろうに」

 そんな物言いなのに、男からは厭世観のようなものが一切感じられない。
 斜に構えて醒めた態度で物事を俯瞰する俺カッコEEEEE! な人間は多く居る。
 だが、えてしてそういう人種は厭世観を漂わせているものだ。
 そしてそういう自分に酔っている。だけど男にはそれが一切無い。
 極自然体で斜に構えてあらゆるものを哂っている――――それこそ己すらも。

「……不真面目な生き方だ」

 男の生き方はルドルフにとっては理解し難いものだった。
 そんな風に生きることに価値を見出せない。
 何ごとにも本気で向き合うのが生きるということだと信じているからだ。

「真面目に生きる方が偉いなんぞ、誰が決めたっちゅーねん」

 この世に絶対の標なぞ存在しない。
 殺人が悪、盗みが悪、そんな当たり前のことですら絶対ではない。
 何せ絶対ではない人間が定めたルールなのだからそれが絶対であるはずがない。

「つーかやな。逆に聞くけどあんちゃんは真面目に生きとるんか?」
「そう在りたいと努力は続けている」
「何やねんその玉虫色の答えは。今日日政治家でもそないなこと言わんへんわ」

 いや、割と今の時代でもそういうこと言う政治家は居ます。

「大体なぁ、真面目に生きとるんやったら自分の願いくらい分かるやろ?」
「? 何のことだ?」

 突然話題が変わったとしか思えない言葉だった。

「真面目に世界やら自分っちゅーもんと向き合っとったらおんどれはこないなとこで腐ってないっちゅーことや」
「……どういうことだ?」
「――――お前は一生春風紫苑に追い付けんって言うとんねん」

 心底から嘲りを浮かべる男に、

「ッッ!!」

 ルドルフは一瞬で沸騰した。
 激情のままに振り抜いた拳は――悲しいかな、男には届かず。
 それどころか腕を絡め取られてそのまま投げ飛ばされてしまった。

「カヒュ……!?」

 受身を取れないように地面に叩き付けられる。
 ダイレクトに背面に響いた衝撃はルドルフから一時的に呼吸を奪う。
 こんな芸当が出来る以上、男が一般人であるはずがないのだが、纏う空気はやはり一般人のそれだ。
 困惑しながらもルドルフは即座に槍を召喚して体勢を立て直す。

「卿、何者だ……?」
「何やねんその在り来たりな台詞。白けるでホンマ」

 と、頭を振った瞬間――――

「あ゛?」

 男の顔に亀裂が入った。隙間から除くのは闇、深い闇。
 同時に一般人の気配しかさせていなかった男から幻想の空気が流れ出す。

「おいおいマジかよ。人の皮被って、言語までその国のその地域に合わせて擬装したのよ?
だってのに早過ぎでしょコレ。やっぱ大物は辛いってなぁオイ。聖書の蛇やらプロメテウスの真似するっきゃねえのか?

 傍目には意味の分からない愚痴を零しながら男は倒れ伏すルドルフの両手を踏み付けた。

「あぐ……!?」

 痛みに呻くルドルフを尻目に男は空を仰ぐ。

「――――ヘタレから抜け出したきゃ追って来な」

 男は真上に出現した孔に飛び込んで行った。
 その際に思いっ切り力を入れられたことでルドルフが更にダメージを追うがそんなことはどうでも良い。

「……待て!!」

 ルドルフもまた閉じかけていた孔に飛び込む。
 平時であれば冷静さが足を引っ張って確実に止めていたであろう選択だ。

「ぐぅ……!」

 ダンジョン突入時特有の感覚に一瞬呻いて目を閉じる。
 酔いのような状態から復帰し目を開けると……。

「さ、寒い……何だ……何処だ、ここは……?」

 そこは闇と氷の世界だった。
 薄ぼんやりと光っている何かがあるにはあるが、それでも吹けば飛んでしまうような儚いもの。
 別に洞窟のように閉ざされているわけではない。
 空はある、あるのだが月も星も雲も何一つ存在しない黒天井なのだ。

「温度だけじゃない、これは……」

 人が本能的に忌避しながらも逃れられぬもの――――その名は死。
 それがこの場所からは強く深く濃く感じる。
 ちょっとでも気を抜けば心臓が止まってしまうような、そんな錯覚に襲われてしまうほどに空気が淀んでいる。

「――――ようこそニブルヘイムへ」

 またもやいきなり、瞬きして目を開けた瞬間、目の前にあの男の顔があった、しかも逆さで。
 何処かから吊り下がっているのかと思いきやそうではない。
 いや、人外であるならばこの程度のことで驚く必要は無いか。
 ルドルフは呼吸を整えて男を睨む。

「ニブルヘイム、ニブルヘイムと言ったか? ならばお前は……」

 ニブルヘイム、当然その名は知っている。
 しかしそこの主は男ではなく女だ。
 だが、その主と深い関係があり、尚且つ底意地が悪そうな男というと一人だけ思い当たる者が居る。

「……ロキ?」

 北欧神話最大のトリックスター、ロキがやらかしたせいでラグナロク――世界の終わりが始まるのだ。
 邪神と呼んでも差し支えない存在だが、立ち位置とその活躍は非常に複雑である。
 オーディンの義兄弟でありながら神々の王国アースガルズに災禍を持ち込む一方で、
彼の愛槍グングニルやトールのミョルニルなどを作らせた功績もあるなど良い者か悪者か判別がし難いのだ。
 まあ、ラグナロクを起こした時点で悪者決定で良いと言えば良いのだが。

「ああそうさ、私がロキさ。いやホント人間界に降りるのって面倒だわマジありえねえ。
わざわざ人の皮を貼り付けて力を極限に抑えた挙句、
少しでも世界に溶け込もうと現地の言葉――日本語やら関西弁まで使ったのに一時間も滞在出来ねえ。
聖書の蛇やプロメテウスみたいに身体を捨てて人間と同化しなきゃ無理だねマジで」

 ロキといえばビッグネームで、尚且つ完全なる幻想だ。
 元人である信長やジャンヌのように縛りが緩くないので今の世界には中々入り込めない。
 だがしかし、そこは狡知の神――小細工を弄して約一時間の滞在を可能にした。
 その一環として人間の皮を剥ぎ取り、それを自身に覆い被せたのだ。
 通常の幻想ならば人間への怨み骨髄で死んでも嫌だと拒否するだろうがロキにはそこら辺のこだわりが無い。
 ゆえに人間の言葉を覚えたり溶け込もうという努力が出来る。

「よう、それよりどうだい? 北欧神話のファンなんだろ君。
このロキ様を見て感動とかしちゃってる? 君のだーい好きなオーディンの義弟だよ私」
「義兄の息子を殺すような神に好意を抱けというのが無理だろう」

 過保護どころかモンスターペアレントと呼ぶ方が適切な母フリッグは、
世界中の生物・無生物にバルドルを傷付けないよう約束させ彼は実質無敵になった。
 モンスターペアレントパネェとしかいいようがない。
 だがしかし、若過ぎて唯一契約を結べなかった物質が存在している。
 それはヤドリギで、ヤドリギこそがバルドルの死因となりその死がラグナロクの切っ掛けとなった。

「殺したのは私じゃないよ?」

 ケラケラと笑うロキ、その言葉は確かに真実だ。
 彼は直接手を下していない――――あくまで唆しただけ。

「実の弟に兄を殺させる方が余ほど悪辣だろうに」

 ルドルフの悪態にもロキは笑顔を崩さない。

「いやいや、私はボッチの彼が寂しい思いをしているから輪に加えてやっただけさ。
それを皆して私を責めてさぁ。酷いと思わない? イジメ、カッコ悪い」
「だったら泣いてやれば良かっただろうに」
「あ? 何で私がモンスターババアの言うことなんざ聞かなきゃいけないのさ勘弁してよ」

 もしこれがトール辺りならばルドルフは喜んで話を聞いただろう。
 だが個人的に好きではなかった上に実際対面して合わないと感じたロキとは一分一秒でも一緒に居たくない。

「君さぁ、馬鹿だよねえ? 何というか流石の私もちょっと気の毒だわ。
え? どういうことかって? 春風紫苑くんが可哀想だなって。
だって馬鹿だもん君。他の連中も馬鹿が多いみたいで指導者である彼は苦労しっぱなしだろうね」

 ルドルフの失点その一、激情に駆られて敵か味方かも判別しない相手の領域に踏み込んだこと。

「ねえ――――気付かないの?」

 失点そのニ、脱出手段を確保していないこと。
 ルドルフは弾かれたように上下左右あちこちを見渡すが何処にも孔が見当たらない。
 つまりは帰れないということだ。

「まだ私らクラスの連中の領域に通じる孔は開通していないんだ。
まあ、幾つか特殊な例もあるけど……少なくとも私達には合致しない。
出ようと思えば此方から無理矢理孔をこじ開けるしかなくてねえ。
それも日本に出すってなるとこれが結構骨で……しかも此処、厳密には私の領域ではないでしょ?
まあ娘だから多少の融通は利くんだけど――っと、話がずれた。つまりねえ……」

 出口はロキの機嫌次第というわけだ。
 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべるトリックスターを前にしてルドルフは、

「――――」

 死にたいぐらいの羞恥に襲われていた。
 嫉妬嫉妬で思考を鈍らせ感情的になって死地へと飛び込む。
 一体どれだけの無様を晒せば気が済むのかルドルフ・フォン・ジンネマン。
 紫苑が見たら大喜びである。

「ゲームをしよう、拒否権は無い。お前は駒だ」

 狡知の神ロキ、彼は揺さぶりが非常に上手い。
 恥を自覚させることで更に冷静さを奪ったのだ。
 勿論ルドルフは冷静になろう冷静になろうと努力している。
 だが往々にしてそこで完璧に立て直せる人間は少なく、大抵がドツボに嵌まってしまう。
 その証拠が、

「ゲームだと……?」

 これだ。この問いこそが冷静ではないという証拠である。
 紫苑ならばまずこの時点で違和感を看破してロキに問いを投げていただろう。
 奴は平時では増長の化身だが、非常時においては激昂しながらも頭だけは冷えている。
 ゆえに僅かな引っ掛かりですら見逃すことはない。
 "自分が駒ならばお前と対局するプレイヤーは一体誰だ?"
 紫苑がルドルフと同じ立場ならば必ずその問いを投げていただろう。

「そう。つってもまだ娘が――いや、戻って来たようだ」

 カツン、カツン、とヒールの音が響く。
 ロキの視線の先には銀髪翠眼のドールが如き少女の姿があった。
 それはルドルフにとっても見覚えのある人物で、

「……ベアトリクス?」

 そう、現れたのはベアトリクス・アッヘンヴァルだった。
 だがすぐに違和感に気付く。あまりにもあからさま過ぎる差異があるのだ。
 元々白い肌だったが、今のベアトリクスは顔の半分が死人のように青白いのだ。
 それにスカートの下から覗く細い脚も片方だけ黒く変色している。

「いや違う、卿は――――ヘル」

 先ほどのロキの発言から推察するにベアトリクスそっくりの少女はヘル。
 更に深く考察するならば、

「ベアトリクスに取り憑いたのか……?」

 何せ容姿の差異こそあれど感じる気配にベアトリクスのそれが混ざっているのだ。
 紫苑とアレク、彼ら二人と似たような状況に陥っていると考える方が自然だろう。
 そういう存在に乗っ取られるというのは前例がありルドルフもそれを知っている。
 何せかつてパリで紫苑が一時的に身体の支配権をカス蛇に譲り渡していたのだから。
 その時も紫苑の身体には蛇の特徴が表れていた――とはいっても瞳だけだが。
 前例に照らし合わせるならばベアトリクスの容姿が変わっているのもヘルのせいだろう。

「あら、存外冷静ですのねあなた」

 ベアトリクスの身体だが、口から飛び出した声は彼女のそれではない。

「はじめましてルドルフさん。私はヘル、察しの通りこの国の女王ですわ」
「そして私の娘でもある」
「何故ニブルヘイムの女王がベアトリクスの身体を奪っている!?」

 ガーッと気炎を上げるルドルフだが、

「――――立場分かってる君?」

 退路を塞がれ、知人は敵の手中。
 この状況で威勢の良い態度を取るのは勇者の振る舞いではなく愚者の蛮行だ。
 そう指摘されてルドルフが唇を噛む、そして脳内で紫苑と比較し更に凹む。
 ルドルフが辿る思考を理解してこういう物言いをするのだからロキも厭らしい。

「……私は、何をすれば良い?」
「そうそう。それで良いの。いや大丈夫、そう硬くならないでよ」

 親しげに、まるで十年来の友人であるかの如く肩を組んでくるロキ。
 それがまたルドルフの精神が安定するのを邪魔している。
 お気付きかもしれないがこのロキという邪神――――紫苑と相性が良い。
 もしもカス蛇ではなくロキが右腕に宿っていたとしても二人は良いコンビとなっただろう。
 いや、あるいは何処か別の可能性においては相棒となっているかもしれない。

「馬鹿の君でもやれることさ。こっちが出す敵を倒せば良い。
おっと、馬鹿な君のために補足を入れておくけど一回だけでは終わらないよ?」

 馬鹿、馬鹿、繰り返される悪罵。
 普段ならばスルー出来るようなこんな幼稚な言葉すら今のルドルフには効果覿面。
 どんな幼稚な罵倒であってもその時の精神状態によっては猛毒と成り得るのだ。

「……分かっている」
「そう? なら良い。ごめんね、ロキ、君のこと馬鹿だと思って馬鹿にし過ぎたよ」

 謝罪の意思が微塵み感じられない謝罪だがロキにとってはこれがデフォなのだろう。

「じゃあ、第一戦目だ。私とヘルを楽しませてくれ」

 パチン、とロキが指を鳴らすと地面が隆起しルドルフよりも一回り大きい黒甲冑が出現する。
 人型ではあるが、鎧の隙間が開いており黒い靄が漏れ出ている。

「(北欧神話……ベルセルク……は違うな。特徴が見えない)」

 敵は大剣でルドルフは槍、リーチでは彼が勝っている。
 槍を構えてじりじりと油断無く相手を見据えるルドルフを見るに一先ずは冷静さを取り戻したようだ。

「!」

 先手を切ったのは黒甲冑だった。
 その巨体に見合わぬ速度で距離を潰して大上段から剣を振り下ろす。
 ルドルフは半身になってそれを躱し、反撃として肘鉄を打ち込んだ。
 流石に硬くはあったがその一撃は甲冑を凹ませて敵を仰け反らせる程度の効果はあった。

「ハッ!」

 まだ距離は近い、この近距離で槍による一撃を繰り出すのは悪手だ。
 ルドルフは仰け反った黒甲冑に向け渾身の前蹴りを放つ。
 踏ん張れるような状態ではなかった黒甲冑はダイレクトに蹴りの衝撃を受けて後方に吹き飛ぶ。

「これで終わりだ!!」

 追撃の刺突を繰り出すも、黒甲冑とてタダではやられない。
 転がるようにして寸でのところで一撃を回避する。
 目標からずれて地面に刺さった槍を抜くのに僅かなタイムラグが生じ、その間隙を突いて体勢を立て直す。
 これで再び仕切り直し――勝負はまだ終わらない。

「(この立ち振る舞い……知性はあるらしい。しかし、種族は何だ?)」

 兜の隙間から見える中身も黒い靄で、一番ありそうなデュラハンという説が消える。
 一説によるとヴァルキュリアの一種ともされるデュラハンだが、あれには明確に首があった。
 しかし目の前の相手にはそもそも実体があるのか無いのか。
 いや、回避したところを見るに実体はあるのかもしれない。

「(だが、それすらブラフという線も在り得るな)」

 回避を続けてここぞという時にわざと敵の攻撃を受けて隙を作るのだ。
 相手がトドメを刺した! と思うような一撃ならば尚良い。

「(ありそうなベルセルクにしても……狂戦士という風には見えん)」

 ルークから習った護りの技術で黒甲冑の攻撃を捌きつつ分析を続ける。
 黒甲冑の立ち振る舞いから感じる知性を鑑みるにベルセルクというのはあり得ない。
 オーディンの神通力を受けた戦士はトランス状態で名の如く狂ったように戦場を駆け抜ける。
 目の前の相手がベルセルクだとはどうしても思えない。

「(となると知らんモンスターか……?)」

 どちらにしろ何時までも手をこまねているわけにはいかない。
 大胆に攻めることも重要だ。ルドルフはどんどんアクションをコンパクトにして敵の攻撃をいなしていく。
 ルドルフの動きがコンパクトになるにつれ、黒甲冑の攻撃が大きくなる。
 大振りの誘発――見物をしているロキとヘルにもその意図は伝わっていた。
 しかし黒甲冑は気付いていない。それが意味するところは……。

「――――貰った」

 横薙ぎの一撃を跳ね上がるようにして回避。
 黒甲冑の頭上に躍り出たルドルフは槍を手繰って脳天から股間までを貫き通す。
 結果からいうならば実体はあった。仕留めた感覚があった。
 だが、

「~~~~ッッッ!!」

 槍越しに伝わる真実がルドルフの心を引っ掻き回す。

「はぁ……はっ! ろ、ロキ……この"者ら"は、人間……か?」

 ニブルヘイムの冷気だけではない震えがルドルフの全身を這い回る。
 こんな時世だ。勿論、人を手に掛けることもあると覚悟はしていた。
 だがそれはあくまで冒険者――戦う者限定。
 戦えない弱い者を殺すなど言語道断、想定すらしていなかった。

「そうさ。此処が何処だか考えれば分かるだろう?」

 ニブルヘイムは死者の国。
 そこに送り込まれるのはヴァルハラに召される名誉ある戦死者を除く総て。
 つまり病や老いで死んだ普通の老若男女などが大半を占めているわけだ。

「此処が死者の国としての機能を果たさなくなって久しいが、それでも魂は囚われっぱなし。
おお! オーディンに誉無き死者と謗られた哀れな魂達よ!
私は君らの魂が塵芥などではないと証明するチャンスを与えようではないか!」

 演劇染みた振る舞いが不快感を煽る。
 ルドルフは青褪めた顔でロキを睨み付けるが彼にとってはそれすら良いスパイス。

「一人じゃ無理でも皆が集まれば英雄にだって勝てるんだ!
さあ、証明してみたまえ――――ってやったんだけど屑はやっぱり屑だったよ」

 ルドルフが殺した黒甲冑、あれはレギオンだ。
 古に死した魂を無理矢理繋ぎ合わせて甲冑に閉じ込め戦士として仕立て上げたのだ。
 一つ一つは脆弱だが、合わさればそれなりの出力に達する、戦うことが出来る。

「お、お前は……お前という神は……う、うぅぅうう……!」

 レギオンを貫いた瞬間の断末魔がフラッシュバックし涙が零れ出す。
 無念――――その一言に総てが集約している。
 力無き者を殺したという事実、古の人間が残した無念――総てがルドルフの心を苛む。

「お父様、すぐに続きというのは無理そうですわ」
「ああそうだな。私もちょっとやり過ぎたらしい。そうだ、少しお喋りでもして気を紛らわせようか」

 何て白々しい。それにしてもこの光景――紫苑が見れば大喜び間違い無しだ。

「なあルドルフ――――君は何でオーディンに憧れているんだ?」
「え……」

 ロキと誰かのゲームはまだまだ終わらない。
+注意+
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