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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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良い奴だ! ハゲ良い奴だよハゲ!

 男女平等を謳ったところで肉体的にはどうしたって男女に差は生まれる。
 性差と言うのは埋め難く、どうしたって男の方が肉体的には優れてしまう。
 だからこそ小学校の時はともかくとして中学・高校からは体育の授業なども男女で別れる。
 それは別に年頃の女の体操着姿を見てムラムラ来るから分けているわけではない。
 いや、確かに男の本能は刺激されるが単純に身体能力が違うからだ。

「はい、それじゃあ後衛はチーム分けのゼッケン以外にハチマキも巻いてくれ」

 しかしそれはあくまで普通の学校で、普通の男女の場合である。
 こと冒険者に性差と言うものは存在しない。
 人知超える膂力は単純に肉体に拠るものではないからだ。
 もっとも、前衛と後衛では身体能力に差は存在する。それこそ普通の男女以上に。

「分かってると思うがピッチャーは後衛の人間に投げる場合は速度制限あるからな。140kmまでだ」

 体育教師が手を叩くと生徒らはそれぞれポジションについていく。
 紫苑も表面上は大人しくベンチに向かっているが、

「(昼飯前に体育とか止めろよな。午後からは探索もあるってのに無駄に体力消耗させんなや。
って言うかさぁ……まだチャイム鳴ってないじゃん。何で休み時間のうちに始めるわけ?)」

 腹の中では今日も呼吸をするように愚痴を垂れていた。
 毎日毎日何かに文句をつけてばかり。世の中に不満があるなら自分変えるべきだ。
 その方が安上がりだろう? ケチな紫苑にはピッタリじゃないか。

『お前別にそんな動かねえだろ』

 ダンジョンでも何をするでもなく前衛三人の後を着いて行くだけ。
 身体を動かすことが無いのだ、基本的に。
 精々が美容に気を遣って自室で筋トレをするぐらいだ。
 それにしたってプライベートな時間だし授業とは何の関係もない。

「(うるせえ! 何でお前も何時も一々俺のことディスるんだよ)」

 じゃあ何でお前も何時も何かをディスってんだよ。

『俺様は至極真っ当なこと言ってるだけなんだがな』

 それはそうだが、蛇に常識語られてムカつかない人間は余り居ないだろう。

「やあ紫苑、やるからには勝つぞ!」

 ベンチでカス蛇とくだらない会話をしているとルドルフが近付いて来る。
 上下ジャージの紫苑と違って半そで半パンの体操服姿だ。

「野球、好きなのか?(おい見ろよカス蛇! タックインwwwしかもアイツあのデザインの方かよwww)」

 服装と言うものにも人柄は表れる。
 だらしない人間はだらしなく着こなすし、キッチリした人間はキッチリ着こなす。
 ルドルフ・フォン・ジンネマンと言う人間は後者のようで、キッチリ体操服をズボンに入れている。
 それがまた紫苑にとっては堪らなくツボだったようだ。
 加えて体操服のデザインにも問題があった。
 大抵の人間は半パンの丈が膝下までのを選ぶのだがルドルフは膝上を選んでいる。
 こう、ある意味で眩しい太ももが露出しているのだ。

「うむ。見るのも実際にやるのも爽快感があるからな。見ていろ、ホームランを打ってやるぞ」
「(体育の授業如きで何を本気になってんだかこの方は……)はは、頼もしいな」

 ちなみに紫苑は体操服を外に出す派だ。
 だってタックインした自分の姿がカッコ悪いと思っているから。
 ある意味で年頃らしいが、そんなことを考えている人間の方がダサいような気もする。

「任せろ。二十一世紀に存在していた伝説の打者、クジラにも負けぬバッティングを見せよう」

 ちょっと何かがおかしいですね。

「……鯨? 海の生物と野球に何の関係があるんだ?」
「何やらそう言う異名の打者が居たらしいぞ」
「二十一世紀の人間は何を考えて居たのか」
「日本人らしいぞ」
「マジでか。俺には全然理由分からんわ」

 紫苑らが属するチームはすんなりと打順やらポジションは決まったが敵チームは今も揉めているようで中々試合が始まらない。
 まあ、チャイムが鳴っていないから問題はないのだが。

「しかし、私と卿以外は別のチームとはな。少しばかり寂しいではないか」
「(俺は嬉しいよ。こんな時まで一緒に居たくねえもん。だからお前もあっち行け、バッチィんだよ)そうだな」

 すれ違った談笑を続ける二人に近付く影一つ。

「ん?」

 顔にかかった影に振り向けば、そこにはアイリーンが居た。

「(コイツもタックインかよwwwしかも丈もみじけえwww色気づいてんなバーカwww)どうした?」

 あんだけビビっていたのにこれである。
 と言うかルドルフにはともかくアイリーンにも同じ感想なのか。
 同じ露出している太ももでも女性である分、彼女には別の感想があっても良いのでは?
 勿論、見るべきところは太ももだけじゃない。
 形の良さをこれでもかと言うくらい主張してる胸やらお尻やら、セックスアピールに反応しろよ。

「が、頑張る!」

 頑張ってこの試合に勝とうね♪ と言っているのだ。
 しかし、これでは紫苑のコミュ障と言う表現も強ち否定は出来ない。
 まあ、多少どもっているのは好いた男と話しているせいもあるのだが。

「ほう、卿もやる気だな。アイリーン・ハーン! 野球が好きか?」
「いや別に」

 紫苑とルドルフに対するリアクションの差よ。

「ただ、良いところを見せたいだけ」
「ふむ……成るほど、そう言う理由か。まあ、不純とは言わんよ」

 好きな人の前で活躍したい、それはむしろ純な動機だろう。
 少なくともこの年頃の男女にとっては健全だと言える。
 もっとも、彼女が好いた男は他人の活躍に嫉妬を燃やす男であるからして色々不憫なのだが。

「多少長さは足りんがバットも棒だ。槍使いの私と卿なら容易く扱えるだろう」
「(いや、その理屈はおかしい。むしろそう言う理由なら剣使ってる奴のが活躍するだろ)」

 長さ的に言うなら槍より剣の方がバットの長さに近いからか。
 いや、それでも剣とバットでは勝手が違うし関係ないだろう。

「し、紫苑……」
「何だ?(俺がイケメンだからってそう萎縮するなよ。何かうぜえから)」

 お前とアイリーンの顔面偏差値にそう差はないだろう。
 何処からやって来るんだその自信。

「最近……どう?」
「(お前は子供との会話が分からないお父さんか)順調、かな?」

 着服した宝石を(紫苑視点で)没収されたりはしたが少なくとも命の危機には陥っていない。
 ならば順調と言っても差し支えはないだろう。

「そちらはどうなんだ? 俺達も色々迷惑をかけたから気になるんだが……(会話って面倒だな)」

 世間体を保つためにはくだらない会話でも付き合わないといけない。
 それが分かっているからこそ話題を振ったのだが、正直興味はなかったりする。

「皆、頑張ってる。とても良いこと」

 ほんの少しだけ嬉しそうに笑うアイリーン。
 彼女のパーティの面子は紫苑らとの一戦を経て意識改革に成功した。
 自分達への襲撃を汚いなどと罵ることはせず、むしろちゃんと敵として見てくれたことで奮起したのだ。
 今度はアイリーンのみに戦わせることはしない。
 自分たちもやれる、もっと頑張ろうとポジティブに努力を続けている。
 そう言う意味で彼らは紫苑よりも人間が出来ていると言わざるを得ない。

「皆も迷惑だなんて思ってないから安心して」
「(闇討ちされて恨んでないってそいつらマゾなんですかぁ?)それは嬉しいな」

 紫苑が同じ立場なら怨むし腐るしでネガティブに怠惰に浸っていただろう。
 とは言え表面上は奮起したように見せかけるので性質が悪いことこの上ないが。

「はい、それじゃプレイボール! バッターは後衛の方にはあんま飛ばすなよー!!」

 ポジション決めが終わり、ようやく試合が始まった。
 チャイムも同時に鳴ったので丁度良いと言えば丁度良いだろう。

「おい、相手のピッチャー外道だぜ」

 紫苑の肩に重みが加わる。
 そいつは高校生にしてスキンヘッドと言うロックな出で立ちで、何処か見覚えがあった。

「(誰だよテメェは。馴れ馴れしく肩組むなハゲ)……」
「ん? ああ、この髪型か? アイツに負けてから自戒の意味も込めて剃ったんだよ」

 彼は天魔にやられた短剣使いだった。名前は花形元はながたげん――――略してハゲだ。
 名は体を現すと言うが、正にそれだな。

「(ブッ! 負けたから剃るって……テメェは何時の時代の人間だよwww)そうか、似合ってるぞ」
「はは、ありがとよ。とりあえず今回野球でアイツにリベンジしてやるつもりなんだ」

 そんなことを言っているが、天魔にも――あの策を実行させた紫苑にも怨みは無い。
 ハゲも例に漏れずに高潔な精神を持つ男だからこそ、むしろあの戦いで目を覚ましてくれた二人に対して感謝の念を抱いているのだ。

「俺ぁ三番バッターだからよぉ。この二打席でしっかり観察させてもらうぜ」
「(どうでも良いわ。つーか野球如きで何マジになっちゃってるわけ? カッコ悪ぅ)」

 マウンドでは天魔がジャージの袖を捲り上げていた。
 如何にもやる気満々で、紫苑以外の面子は割りと楽しんでいる様子が窺える。

「(うわ……鋼のキチガ●だ……)」

 袖を捲り上げたことで露出した義肢。
 人間のそれと遜色ない義肢を造る技術もあるのだが天魔のそれはやけにメタリック。
 如何にも義腕でござい! ってな具合をかもし出している。

「んじゃ、締まっていこー」

 気が抜けるような天魔の号令に守備陣が雄たけびを上げる。

「しかし天魔……彼奴が投手とはな。決め球はやはり変化球かな?」
「ナックルとかシュート辺りが怪しいよな。如何にも外道らしい球だし」

 特に不規則な軌道を描くナックルなどは天魔にピッタリだろう。
 ハゲとルドルフはそこらが怪しいと睨んでいる。

「だろうな。だが、相手の欠点を突くことも出来ないし状況に応じた配球も難しいぞ。
しかしそこが彼奴らしいと言えば彼奴らしいがな。だがナックルなら今日は冴えるだろう。
風向き、風速、天候、湿度――――どれも絶妙だ。打ち取るのは容易くないな」

 と言うかハゲはともかくルドルフ、ドイツって別に野球が盛んでもないだろうに何でそんなに詳しいんだ。
 ひょっとして日本に来て野球中継とかにハマったのだろうか?

「よう、お前らはどう思うよ? やっぱ変化球か?」
「(どうでも良いよ。野球なんて泥臭いスポーツ、俺には似合わないし)さて、どうかな」

 人数多い分やることも少ないかもと野球を選んだのが間違いだった。
 人数は少ないけどスポーティなイメージがあるフットサルにしておけば良かったと紫苑は今更ながらに後悔している。

「同感」

 紫苑の言葉を否定と受け取ったようで、アイリーンもそれに追従する。

「ほう、二人は意見が違うようだな。変化球でないと言うことは――――ストレートか?」
「おいおい、アイツがそんなタマかね?」
「それは誤解。あいつは、嘘つき」

 言うや、体操服を捲くって腹部を三人に見せ付ける。
 紫苑を除く男二人は若干顔を赤らめていたが、すぐに顔色を変える。

「それは……」

 どす黒い――それこそ何かの毒に侵されているのかとも思える黒い腫れ。
 それは天魔があの戦いで最後に見舞った一撃の痕跡だった。
 どう言うわけかこの痕だけは未だに完全治癒していないのだ。

「最後の一撃」

 紫苑と己を除く三人がやられた後で、仕掛けた最後の勝負。
 戦闘に関しての嗅覚がずば抜けているアイリーンを欺き、確実に意識は正面以外を向いていたはずなのに――――天魔は真っ直ぐ攻めて来た。
 結果としてほぼ無防備な状態で強烈な蹴りを喰らってしまったのだ。

「違う?」

 腕を捨てたり頚動脈を掻き切ったりと意表を突くことばかりが目立つが、外道天魔と言う人間の本領は真っ向勝負にある――違うか? そんな確認だった。

「(え? 俺に振るの!? アイツのことなんて知ったこっちゃねえよ)まあ、そうだな。
奇策や心の隙を突くのが上手い天魔だが、何のかんの言っても正面からが好きな奴だ」

 上手いことアイリーンの意図を汲んでそれっぽい言葉で同意する紫苑。
 そんな二人の言葉にルドルフとハゲも成るほど、と頷く。

「彼奴が一番心を開いている卿がそう言うなら間違いないだろうな」
「そして実際に戦ってキツイ一撃を貰ったアイリーンもそう言ってるなら信憑性はある」
「まあでも、そんな心の動きを読んで奇を衒うのも天魔なんだがな(嫌らしい奴だよ。性格悪ッ!)」

 天魔も紫苑にだけは言われたくないだろう。
 未だその片鱗を見せてはいないがえげつなさで言えば紫苑の方が上なのだから。

「結局どっちなんだよ!?」
「どう動くかは別」
「ただ、アイツが根っこに置いているのは真っ向勝負ってことだよ」

 訳知り顔で語る紫苑だが当然のことながら根拠があるわけではない。
 アイリーンの意図を汲んでそれを言葉で飾り付けているだけだ。

「ットライク! バッターアウッ!!」

 二人目の打者が打ち取られる。
 これまでの投球としては満遍なく、と言ったところだろう。
 変化球もストレートも均等に駆使していたように見える。
 つまり天魔は決め球なんてものを放っては居ない。

「よっしゃ! 次は俺だな。いっちょあん野郎を負かしてくるぜ!!」
「ああ。そのハゲフラッシュで倒してやれ」

 四人人の間に沈黙が流れる。

「(思わず口に出しちまったぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!)」

 迂闊にもほどがある。何と言う間抜けさと失礼さだろうか。
 三人は紫苑らしからぬ言動にキョトンとしていたが、ハゲフラッシュと言われた当人が突然笑い出すことで沈黙が破られた。

「ハハハ! 真面目な奴だと思ったけど、可愛いとこもあんじゃねえかよ」

 バンバンと紫苑の背中を叩くハゲの顔に悪感情は無い。

「滑ったと思って黙り込んだ時の顔は可愛かったぜ。何だよ、結構愉快な奴じゃん」
「そ、そうか?(誰が愉快だ殺すぞハゲ!!)」
「よっしゃ! んじゃいっちょハゲフラッシュで野郎の投球ミスを誘発してやるかねえ」

 カラカラと笑いながら打席に向かって行くハゲ。
 良い奴だ! ハゲ良い奴だよハゲ!
 ハゲてるけど良い奴だ! 否、ハゲてるから良い奴なのか!?
 頭頂部が眩しい男に悪い奴は居ないと言う都市伝説は真だったのだ。
 一方でハゲの優しさに助けられた紫苑は相変わらず悪い奴だが。

「ハッハッハ! 卿にも苦手なものがあったのだな。諧謔は要勉強と言うわけか」
「面白かった」
「(俺を……俺をここまで馬鹿にしたのはお前らが初めてだぜぇえええええええ!!)」

 三段階変身が出来そうなくらいにキレているが、自業自得である。

『あー……何か、すまん』
「(は?)

 カス蛇の突然の謝罪、一体どう言うことだろうか。
 状況から察するに本音が露呈したことは自分のせいかもしれないと言っているようだが……はて?

「さあ、花形を応援しようではないか」
「ああ」

 カス蛇を追求しようと思っていた紫苑だがルドルフの言葉に遮られてしまう。

「チームメイト」

 同じチームの仲間だから当然だよね! ってことなのだがやっぱり分かり難い。

「うわぁ、お坊さんが打席に立ってるよ」
「般若信教打法を見せてやるぜ! って言わすな!!」
「アッハッハ、ハゲ面白いねえ。でも手加減はしないよ?」
「上等だ! 天才打者と呼ばれる夢を持っていた俺を舐めるなよ!!」

 そして投げられた第一球は――――

「(ひぃいいいいいいいいいいいいいい!?)」

 間近で発破解体が起こったような轟音を響かせた。
 冒険者としての力をフルに活用してのストレートは最早一種の兵器だ。
 投げる方も投げる方だが受ける方も受ける方だ。
 あんなものを受け止めたと言うのにキャッチャーは身動ぎもしていない。

「へえ、速いな。しかし、それがお前の決め球か?」
「まあね。さっきベラベラ喋ってたみたいだし見せておこうかなって」
「ひゅー……聞こえてたのかよ」
「まあね。それに聞こえてなくても唇を読めば分かるしどっちにしろバレてたよ」
「別に内緒話してたわけじゃねえしバレても問題無いさ」
「そいつは――――重畳!」

 続いて投じられたのはナックル。
 変化の幅は狂ってるし、速度も一般のストレートよりずっと速い。
 ハゲには見えていたが、敢えてこれは見逃す。

「おいおい、見逃し三振するつもりかい?」
「バーカ。男の勝負は昔から真っ向からって決まってんだろうが」
「僕は別に……まあ、好きだけどさ。だったらお望み通りにしてやるよ」

 ギチギチと義肢が軋む。
 誰もが息を止めてしまいそうな空気――――これ、体育の時間だよね?

「――――っしゃオラァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 放たれた渾身の一投は特殊な整備が成されているグラウンドを抉り出して進む。
 これを見れば普通のプロ野球を見るのが馬鹿らしくなるだろう。

「っだクソがぁああああああああああああああああ!!」

 渾身の一振りは打球をしかと捉えた。
 空気が割れるようなバットとボールの鬩ぎ合いは三十秒ほどで終わりを告げる。

「ットライク! バッターアウト!!」

 球威に耐え切れずにバットが圧し折れたのだ。
 とは言えボールもまた耐え切れずに破壊されてしまった。
 両方とも人知を超える力を持つ冒険者用に仕上げられていると言うのに驚きだ。

「面白い」
「うむ、スポーツに精を出すと言うのも良いものだ」
「(面白くねえしこれをスポーツって言いたくねえわ、ドン引きだよ)」

 その後も超人野球が続き、あっという間に一時間が過ぎる。
 昼のチャイムが鳴ると終わりの挨拶もそこそこに更衣室へと向かうのだが、

「ま、待って!」

 可愛らしい乙女の声が紫苑を呼び止める。

「(痛い痛い痛い痛い! 肩を掴むな泣くぞ俺!?)どうした?」

 アイリーンに肩を掴まれて引き止められた紫苑はマジ泣き寸前だった。
 とは言っても意図して泣く以外で人前で泣く気は皆無だ。
 だって情けないから、その脅威の痩せ我慢には拍手を送りたくなる。

「そ、その……あの……」

 恥ずかしそうに身体をよじらせるアイリーンと、

「(んだようざいなコイツ。見てるだけでムカっ腹が立つぜぇ……」

 それを心底鬱陶しげに見つめる紫苑。
 これが好いた女で、好かれた男なのだからどうにも涙が出て来る。
 二人の間にある溝はマリアナ海溝よりも深い。

「良ければ、一緒に……昼食をどう?」

 それはほぼ強制だった。
 とは言っても断ればガッカリするだろうがアイリーンは特に何もしない。
 ビビってる紫苑が断る勇気を持てないだけだ。

「ああ、良いよ。購買でパン買って行くから――どこで食べる?(メシマズ状態だぜ……)」
「お、屋上で。それと――お、お弁当作った」

 こんなんじゃ昼食楽しめねえよ……とばかりに嘆く紫苑。
 仮にも美少女と一緒に食事が出来るんだから、しかも手作りで――それなら年頃の男子らしく素直に喜ぶべきだ。

「(コイツが料理ぃ? どんなゲテモノが出て来るのかしら♪)ありがとう、それは嬉しいな」

 速報、紫苑の機嫌が急上昇した模様。
 奴はチート女であるアイリーンの料理が不味いと決め付けている。
 そしてその不味い料理を食べて女として落第だと心の中で馬鹿にするつもりなのだ。
 何処までも性根が腐った男である。否、腐敗を超えて既にミイラ化しているなコレ。

「う、うん!」
「じゃあ着替えたら屋上に行くよ」
「待ってる」

 テンションの上がった紫苑は着替えもそこそこに屋上を目指す。
 体育の後で汗をかいたから学ランとシャツは着ずにTシャツとズボンだけと言う少しばかりだらしのない格好だが、

「(ふぅ……ラフな俺もカッコよくね?)」

 本人的にはこんな自分もカッコ良いと元気にナルシスっている。

『正直に言うけど俺様、人間の美醜分からねえ。どれも同じだろうが』
「(ざけるな! アイドル並の面だぞ俺は! スカウトだって受けたことあんだからな!?)」

 それでも受けなかったのは面倒だったからである。
 アイドルと言うのは華やかだし稼いでいるイメージがあるだろう。
 しかし、その実厳しい業界だし絶対売れるとは限らない。
 そんなハイリスクな世界で頑張るのは紫苑には無理ーきつすぎー! なのだ。

『お前、それを俺様に言ってどうすんだよ』

 確かに蛇に自慢することではないだろう。
 蛇に向かって俺、芸能事務所にスカウトされんだ~♪ とか言ってる奴が居たなら即通報だ。
 蛇に話しかける事案発生である。
 檻のついた病院に一刻も早く搬送するべきだろう。

「(だって他の奴らに言ったら自慢してるみてえじゃん! したら嫌な奴じゃん俺!!)」

 実際そうだろうが。

『もう何て言うかお前はホントお前だなぁ……』

 そんなやり取りをしながら屋上に入ると、不思議なことに居るのはアイリーンのみで他には誰も居ない。
 昼食時は賑わうのだが一体どう言うことだ?
 首を傾げながらもすぐにどうでも良いことだと割り切りアイリーンに近付く。

「待たせたな」
「ううん。わ……わ、私も今来たところ」

 憧れていたやり取りが出来てご満悦なアイリーン。
 屋上に人気が無い理由、それは彼女にあった。
 紫苑と二人きりで食事をしたいがために殺気で屋上に居た人間、屋上に近付く人間を悉く追い払ったのだ。
 スペックの無駄遣いだが本人が納得しているのならばそれで良いのだろう。

「そうか。それでは、御馳走になろうかな」

 が、そんなことは露知らず早速食事を所望する紫苑。
 どんな不味い料理が出て来るのか楽しみでしょうがないのだ。

「う、うん。立派なものじゃないけど……」

 取り出したのは立派な重箱だった。
 一段目には出汁巻き、から揚げ、筑前煮、オムレツ、煮豆、ハンバーグなどのおかずがギッシリ詰まっていた。
 二段目は形の綺麗なおにぎりがところ狭しと並べられている。
 これだけのものだ、時間をかけて作ったのだろう――好きな人に食べてもらいたい一心で。
 殺気で人を散らすのはどうかと思うが、この真心自体は評価されるべきものだ。

「(おい、どう言うことだよ……美味そうじゃねえか!)」
『それで何の問題があるんだよ?』

 紫苑の優越感が満ちない以外に何の問題は無い。
 むしろ満ちる方が問題だろう――――人として。

「これはまた……美味しそうだな(ハ! ふ、復讐で毒……とかじゃないよな?)」

 まだ気にしてるのかよ、どんだけビビりなんだこの男は。

「召し上がれ」
「いただきます(……覚悟、決めるしか無いな)」

 恐る恐る箸を伸ばしから揚げを口にする。
 下味もしっかりつけられているし余り油っ濃くも無い。
 これなら何個でもいけそうだと言うほどに完成度が高いから揚げ。
 勿論、毒なんて入っているわけがない。

「……美味しい(クソ、つまんねえ女だなぁオイ)」
『毒入ってなくて良かったじゃねえか。味も美味いんなら文句無しじゃん』

 と言うかそもそも食べられないようなものを人前に出すわけがない。
 それぐらいの分別もつかないのなら、そいつは女どうこう以前に人としておかしい。

「~~ッッ! 嬉しい」

 余り表情を変えないアイリーンが見せる満面の笑み。
 幾ら強かろうとも乙女なのだ。
 好いた男に料理の腕を褒められたら花のかんばせも綻ぶと言うもの。

「(こんな普通の料理じゃ俺……満足出来ねえよ……)はは」

 文句を言いながらも箸を止めない辺り、ホントお前はセコイ男だよ。

「(……見るなよ。見られたら食べ難いじゃねえか。礼儀も知らんのかお前は)」

 パクパクと食べ続ける紫苑をニコニコと見守るアイリーン、馬鹿の内心を知らなければとても微笑ましい光景だ。

「?」

 ふと、アイリーンは何かに気付く。

「どうした?」
「その腕」

 彼女の視線の先にあるのは絡み付く蛇のタトゥーが嫌でも目につく紫苑の右腕だった。
 褒められた嬉しさが収まって来たところでようやく気付いたのだ。

「趣味?」

 第三者視点では紫苑には何とも似つかわしくないものだ。
 アイリーンも趣味かと問うてはみたが、本当にそう思っているわけではない。

「いや、これは趣味でも何でも無い。振り分け試験、覚えてるか?」
「楽勝だった」
「(一々苛つかせてくれるなぁ……!)その時に、俺達のパーティは事故で飛ばされたんだ」
「知ってる」
「そこでな、蛇の魔物を倒したら何故かこれが浮かび上がって来たんだよ」
『おい、俺様別にお前に倒されたわけじゃねえぞ!?』
「(うるせえ! 俺に命乞いしてた=お前敗者だろうがカス蛇!!)」

 カス蛇をマジでくたばる五秒前にまで追い詰めたのは黒田である。
 いや、正確には黒田の槍――か。

「不思議」
「いや、そうでもない。モンスターを倒してその力を手に入れた事例もあるらしくてな」

 その際に殺したモンスターを象った刻印が浮かび上がる事例も報告されているのだ。

「まあ、どうしてそうなったかは解明されていないらしいがな」
「大丈夫?」

 不安げに揺れる瞳。
 幾ら事例があっても理屈が分からないなら、紫苑の身体に何か異変があってもおかしくはないと思ったのだ。

「ああ。検査も済ませたが特に異常は無かった」
「そう……良かった」

 それきり会話は無くなった。
 元々寡黙なアイリーンは一緒に居られるだけで嬉しいし、紫苑に至っては彼女を疎んでいるから会話すらしたくない。
 何ともまあ……噛み合わない食事風景だこと。

「ふぅ――――御馳走様でした」
「お粗末様」

 食べ終わるのを見計らって空になっていたコップに茶を注ぐアイリーン。
 強いだけでなく気遣いも出来るとは、本当に良い女だ。
 多少コミュニケーションに難はあるがそれを差っ引いても悪くは無い。

「あの……」
「ん?(はぁ……これから探索かぁ……しんどいなぁ……)
「また――――食べてくれる?」

 消え入りそうな声で投げられた問い、
胸の前で硬く握られた彼女の手が汗ばんでいることは想像に難くない。

「ああ、喜んで(どうしてもってんなら食べてやるよ)」

 あんだけ文句言っといてそれはどうなんだ?
ブクマ登録、評価、感想、ありがとうございます!
これからも楽しんで読んで頂けるよう頑張りますね。
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