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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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自分を客観視出来ない奴ってこれだから……

 淀君――織田信長の妹であるお市の方とかつての同盟相手であった浅井長政の間に生まれた娘である。
 信長からすれば姪っ子にあたるわけだ。
 しかし、その生涯は決して恵まれていたわけではない。
 幼少の頃に伯父である信長が浅井と結んだ誓いを破り朝倉を攻めたことで決裂し織田と浅井は敵対関係に。
 その後幾つかの戦を経て織田VS浅井の最終戦、小谷城の戦いにて浅井は滅亡。

 茶々は城が陥落する寸前に姉妹や母と共に落ち延び織田家に身を寄せることに。
 しかしその織田家も大黒柱である信長が本能寺で死去したことで大幅に弱体化。
 母は秀吉と柴田勝家との戦いで第二の夫である勝家と共に自害。
 茶々を含めた娘達は秀吉の庇護下に置かれ茶々は秀吉の側室となった。

 茶々からすれば非常に複雑な相手だったはずだ。
 何せ母を殺したのは秀吉なのだから。
 救いとしては彼が大そうな権力者だったことか。
 ともかく、秀吉の側室として子を産んだ茶々だが第一子は数えで三歳の時に死去。
 第二子が生まれるも間もなくして秀吉は死去。

 さあ、その辺りから怪しくなって来る。
 虎視眈々と天下を狙っていた油狸が動き出したのだ。
 結果、関ヶ原や大阪の陣を経て最終的には子である秀頼と共に自害しその生涯を閉じた。
 怨み辛みが無いという方がおかしいだろう。

「……子を奪われた母の復讐、か」

 ルドルフが苦い顔で呟く。
 母の情念というのはどうしたって男には理解出来ない。
 しかし、その恐ろしさだけは総てとはいかずともある程度理解出来る。
 ベクトルは違うが逆鬼雲母という強烈な母が居て又聞きしただけなのに震え上がったものだ。

「そのようだな。信長は確かに伯父ではあるが、同時に父の仇でもあるからな。
というより信長、あんた生前に姪っ子と深く関わったことあるか? 思い出とかあるか?」

 紫苑の指摘に黙り込む信長。
 そりゃ顔は見たことあるし、幾度か言葉も交わした。
 しかしそれだって極短時間だったりで印象が無い。
 精々が、

「いや……市に似てたことぐらいしか思い出せん」
「だろう? 伯父としての関係を築く前にお前が逝ったから淀君にとっては親父の仇のままなんだよ」

 母である市が居ればまた話は違ったかもしれない。
 だが彼女はとうの昔に勝家と共に自害している。
 勝家は幻想となり信長の力を今でも支えているが市は居ない。
 母親も父親も居ないし他の姉妹だって同じ。
 そんな状況で淀君を言葉で止められる者が居るのだろうか?

「まだ顔は合わせちゃいないが、淀君は相当気性が激しい性質だと思う」

 そんな相手の前に信長がノコノコと顔を出せばその瞬間に殺し合いである。
 伯父VS姪っ子の仁義無き戦いだ。
 信長からすれば血縁者を殺すのは弟に次いで二人目になる。

「うむ、おみゃあさんの言う通りだぎゃ。茶々はのう……。
容姿こそお市様そっくりなんじゃが、気性はどちらかというと信長様に近い」
「であればそこそこ話は通じると思うのだがな」

 信長が漏らした呟きに秀吉は愛想笑いしか返せなかった。

「(自分を客観視出来ない奴ってこれだから……)」

 ちょっと便所行って鏡見て来い。

「(しかし、気性は信長寄りでも能力は並……ようは激情家の馬鹿女ってわけか)」

 あまりにもあんまりな評価だがそれは間違っていない。
 むしろ端的に茶々という人間を評しているといえよう。

「それで、あの大阪城は一体どういうつもりなんだ? 罠だってことは分かるんだが……」

 紫苑がそう問いかけると秀吉は困ったような顔になる。

「信長様は儂のような一部を除いた生前の織田家を丸々使用出来るがのう。
まあ、恥ずかしいことに儂にはそれが出来ん。
いや、七本槍や三成、左近、両兵衛や小六なんぞもおるが……」

 ようは徳川に対抗出来るだけの駒が足りないのだ。
 将もそうだが、雑兵にしたってそこまでの数が居ない。
 徳川は幕府の歴史も長く、戦力も多くの時代に跨って多数居る。
 それとやるにはどうしたって新しい戦力が必要になる。

「だからこそ、大阪城の中に攻め入って来るなり偵察に来た者らを戦力として取り込むつもりなんじゃ」
「というと?」
「あの中で死ぬと問答無用で豊臣の兵になるっちゅーことよ」

 やはり罠というのは間違いではなかった。
 仕掛けたのが秀吉だったのならば引っ掛かってる者が既に出ていた可能性が高い。

「待て猿よ。お前、何故茶々にそこまで好き放題されておる? 一体何をされた?」

 今の大阪城の制御が秀吉に無いことは明白だ。
 信長はそこら辺が気になっていた。

「はぁ……お恥ずかしい限りですが、茶々に力を奪われてしもうたのです」

 その結果として、部下の命令権も奪われてしまった。
 現在大阪城内に居る武将達は心情はどうであれ茶々に従うしかないのだ。

「(ガチで恥ずかしいなこの類人猿www女に負けてるなよwww)」

 そういう紫苑も負けっぱなしで何度喰われているんだか。
 というかこの発言、そういう団体に聞かれれば男女差別だどうだとバッシングを受けること間違いなしである。

「猿、ホントお前どうした? 中身が爺のままだからそんなに不手際が目立つのか?」

 信長も暗に晩年の秀吉のことは老害だと思っていたらしい。
 老いる前に下天のうちをくらぶっちゃったからって信長自身もそうなる可能性があったのに。

「お前ならば口で丸め込むことも出来たのではないか?」

 直に武力衝突を起こすよりも言葉で穏便に済ませる方が良いに決まってる。
 実際、秀吉もそのつもりで言葉は尽くしたのだ。

「い、いやぁ……はい、申し訳ない……言葉では止められず……。
その、閨であひんあひん言わせて軌道修正しようと思っとったのですが……。
はぁ……まさか死んでから全部演技だったと言われるとは……独り善がりかぁ……」

 お前の下半身事情なんぞ知ったことか。
 兎に角これで一つの謎が解けた。どうして秀吉が全裸だったのか……。
 その謎を解いたところで良いことは一つもなかった!

「(一発ヤろうとして返り討ちにされて全裸に剥かれて天守から不法投棄かよwww太閤パネェwww)」

 凄まじいモンキームーブに戦々恐々。
 一体何処まで笑わせてくれるのかこのシンデレラモンキーは。
 紫苑の中で秀吉への好感度がドンドン高まっていく。

「何というか茶々の凝り固まった憎しみはどうしようもなく……」
「どうするね御大将?」

 一戦は避けられそうに無いぞと暗に告げる信長。
 大将と見定めた紫苑の決定に従う意思を見せる辺り彼は律儀だ。

「そうだなぁ……今はまだ行動を起こしちゃいないが……」

 大阪城のその目的を考えるに時間の問題だ。
 中に来る者が居ないならば釣りを始めるだろう。
 そうなる前に片付けてしまいたいというのが本音だ。

「信長に兵隊を召喚出来るだけ召喚してもらって遠方から包囲して一斉射撃。
その後、万全を期してジャンヌを呼んで城を焼くというのが一番手っ取り早いが……」

 酷く効率的な策で、紫苑は秀吉の醜態も見れたしこれでちゃっちゃと終わらせたいのだが、
生憎とここには紫苑以外の面子が居て、その者らの前でこの策は打てない。
 ここまで話を聞いてしまったからには別の解決方法を考えなければキャラを護れないからだ。
 調子ぶっこいて秀吉に関わってしまったばかりに一番効率の良い策が潰えてしまった。
 紫苑はそれを自分のせいだなんて微塵も思っていない。
 自分の前に秀吉が現れたのが悪いと心底から思っている。

「(迷惑な猿だぜ……これだから老害は……)とはいえ、それじゃあ太閤殿下に申し訳ない」
「とすると?」
「ああ。まずは乗り込んで直に淀君と言葉を交わす。
皆にも危険が及ぶが……心情的にも打算的にもその方が良いと思う」

 豊臣陣営を引き込めば大阪の防衛力が上がる。
 そうすると紫苑らも自由に動き易くなるわけだ。
 秀吉も現世に生きる者らに迷惑をかけたという負い目があるし、
何より穏便にことを済ませれば恩義も感じてくれるだろう。

「(駒をゲットするチャンス……だな)皆の意見を聞かせてくれ」
「私もそれで良いと思うぞ。ここで秀吉公らの助力を得られるのは大きい」
「自分は紫苑に一任している」

 人間一人と人形一人は賛成。

「茶々とのことを穏やかに済ませてくれるんなら、儂はおみゃあさんに協力するだぎゃ」

 秀吉も無論のこと、ただでどうこうしてくれるとは思っていない。
 それに、今の世に思うところもあって――というよりまた信長と戦場を駆けたいと思っているので協力は吝かではない。
 茶々を助けてくれるというのならば喜んで、といったところだろう。

「……まあ、情だけでなく利をしかりと考えているのならば俺にも文句はない」

 という信長だが、それなりに複雑な心境である。
 目下敵対しているのが姪っ子というのもあるし、
その姪っ子が自分を憎んでいるなんて指摘されるまで気付かなかった。
 どうにも彼はそこら辺の心の機微が疎い――特に身内に対して。
 もし天使が光秀を操らず天下を獲っても、いずれその辺を突かれて死んでいたかもしれない。

「じゃあ大阪城に乗り込もう――と言いたいが秀吉」
「儂か?」
「流石にそのままじゃ……なあ?」

 見ている紫苑としては愉快なのだが、他の面子はそう思わないのは明白。
 なので誰かが指摘する前に自分が一番最初に指摘して気遣い(善人ムーブ)を見せたのだ。

「それなら……ほれ、猿」

 信長が手を振ると何もない空間から雑兵装備一式が落ちて来る。
 秀吉は慌ててそれを受け止め、目を輝かせた。

「おお……こりゃまた懐かしい……若い頃に戻ったようですな殿!」

 手際よく大喜びで装備を身に着ける秀吉。
 元天下人ではあるが、今の彼の中身は若さと希望に満ち溢れていたあの頃なのかもしれない。

「して太閤殿下、大阪城はあなたの居城だ。何処から侵入すれば良い?」
「気になっとったが秀吉でかまわんだぎゃ。で、何処からとな?」

 これが雑兵を率いてならばそれなりに考えもしなければいけない。
 しかしここに居る面子は紫苑と今の秀吉を除き一騎当千の猛者である。
 ぶっちゃけ正面から言っても問題はない。

「侵入経路を考える必要が無いにしても、厄介な手合いが居るのならば……」

 まずそこを叩いてから淀君と顔を合わせるべきだと紫苑が言うと確かにその通りと秀吉も同意を返す。

「場所というならばともかく、人というなら確かにおる。
茶々と同じで徳川憎し……というのとは少し違うが徳川との戦いを渇望しとるのがな。
他の者らはどうにかこうにかことを荒立てんように茶々に従っとるがあ奴だけは別」
「回りくどいぞ猿」
「は、ははぁ! 真田昌幸殿の息子に御座います」

 真田という名を聞いてああ、と信長が頷く。

「あれの息子か。となると、とんだ狸か?」

 存在自体は知識として知っている。
 しかし信長も人柄までは知らず、知っているであろう秀吉に問いかける。

「いやぁ……勿論頭は回りますがどっちかっていうと猪ですな」

 主従が話し合っていると、紫苑の肩が叩かれる。

「どうしたルドルフ」
「誰のことを言っておるのだ?」
「真田信繁――幸村の名の方が通りが良いか?」

 話の内容から察するにそれだろう。。
 西軍――豊臣方に着いた真田で昌幸の息子、それで猪と来れば幸村以外にはあり得ない。

「幸村か! 一騎駆けの!!」

 パァっと顔を輝かせるルドルフ。
 信繁の名ではピンと来ないが幸村となれば話は別。
 多くの創作において武勇華々しい英傑として描かれているのでルドルフも是非槍を! と思うのは自然なことだ。

「あー……そういや何でか今の時代ではそう呼ばれとるんじゃったか」
「軍記ものの影響だな。それで秀吉、真田は何処に詰めてるんだ?」
「あいや、それがのう……ほら、儂実権奪われとったじゃろ? とんと分からんのだぎゃ」

 馬鹿っ広い大阪城の何処に誰が居るかなど今の秀吉には把握出来ない。

「(チッ、ガチで役に立たんなこのエテ閤)なら……」

 一つの参考として真田丸があった辺りから大阪城を目指してみてはどうか、そう提案しようとした矢先だった。

「――――兄より優れた弟? ここに居るんですけどぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 すっごく馬鹿みたいな声が耳に届き、一同が作戦会議をしていたビルが倒壊する。
 崩壊するビルの中、信長が紫苑を抱きかかえて外へと離脱。
 他の者らも上手いこと脱出して外に出ると……。

「馬 で 来 た ! !」

 チャリで来た! みたいなことを恥ずかしげもなく口にする真っ赤な馬鹿が一人。
 真紅の具足に首から下げた六文銭。
 ちょっとやんちゃな顔つきの青年――そう、真田幸村だ。

「なんつーかー? 拙者持ち味魅せちゃった感あるよね?
単騎駆けで太閤殿下と信長公とか狙いに来ちゃった拙者ってばホント日ノ本一の兵だわー」

 何だこいつウゼェ……それが全員の総意だった。

「あれだよね、若ければ狸とか絶対殺せてたし拙者! あーあ、年齢がなー」
「……お、おい秀吉。ひょっとしてあれが……」

 無双系武人が大好きなルドルフが捨てられた子犬の目で秀吉を見つめる。
 エテ閤は気不味そうな苦みばしった顔で小さく頷く。

「う、うむ……あれが信繁――や、幸村じゃ」
「そうです! 僕が幸村です! 第二の子供幸村です!
僕がどうなったって良い! 世界がどうなったって良い! だけど狸は……せめて狸だけは絶対殺す!」

 ルドルフは膝から崩れ落ちそうになる自分を止めるのに精一杯だった。
 というかこのハイテンション馬鹿、お前の本名信繁だろう。
 何故後世の人間が勝手につけた幸村という名を使っているのか。

「の、信繁よ……お、おみゃあさん……」
「ちょっと太閤! その芋臭い名前止めてくださいよ。カッケーじゃん幸村の方が!」

 十文字槍をブンブン振り回す様は正にアレだ――――馬鹿に刃物。

「……おい、アレ本当に昌幸の息子か?」
「はぁ……兄の方はまだマ――――」
「キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 秀吉の言葉を遮るように奇声を上げて襲い掛かる幸村。
 十文字槍の一撃を受け止めたのは信長だった。

「お前の狙いは俺と猿か?」
「まあね。茶々様に猿殺せ信長殺せ言われてるもんでしてねえ。
それにまあ、俺としてもぉ? 狸にリベンジかます前に準備運動しときたいんでぇ!!」

 槍で押し切れぬと判断した幸村が即座に槍を手放して肉弾戦闘に移行。
 バックステップでそれから逃れた信長の隙を突き再び槍を手にして接近。
 火のように果敢に攻めるその姿に信長は信玄の姿を見た。

「フン……童め。しかし猿はともかくこの俺が準備運動だと?」

 短筒で牽制しつつ機を探る信長。

「え? だってそうじゃん? 織田がつき、羽柴がこねし天下餅」

 座って喰うのが家康というのが後に続く言葉である。

「つまるところ前座ぁああああああああああああああああああああああああ!!
というわけでそこの金金の小僧共! 大人しくコイツら置いて帰って良いよ!
拙者が欲しいのは名が売れてる首だけだしぃ?」

 雑魚――かどうかはともかくとして価値の無い首に興味はねえと言い捨てる幸村。
 若干の違和感を覚えた信長だがすぐにその思考は遮られる。
 真田幸村、群としてならばともかく個としての武勇では彼の方が信長を上回っているのだ。

「ちぃ……! 阿呆に見えて存外に考えておるな!!」

 織田家の家臣を召喚すれば良い――と思うかもしれないがそれならば仕掛けられる前にやっておくべきだった。
 今雑兵を出して包囲射撃をしようとも幸村の立ち回りならば確実に此方を巻き込んで来る。
 ならば武将は――それも駄目だ。
 信長と共闘となるとどうしても遠慮が出てしまい上手く回らなくなる。
 となると、

「加勢する! ルーク、紫苑と秀吉公を頼むぞ!!」

 駆け出したルドルフがすれ違いざまに秀吉をルークと紫苑が居る場所へ放り投げる。
 今この場で秀吉が役に立たないと分かっているからだ。

「すまぬなルドルフよ。感謝するぞ」

 部下でも何でもない、ゆえにこの場に置いて組む相手としては申し分無い。
 遠慮が無いだけに必要とあらば信長を平気で餌にするだろう。
 勿論信長もそれは同じだが、闘争の場においてはそれが当然。
 むしろそう出来ない方が駄目なのだ。

「構わん! そも、卿は我らに協力してくれている立場だしな!」

 前へ前へと攻めて来る幸村を後退させるために大きく槍を横に一薙ぎする。
 しかしあろうことか幸村は少し跳ねて槍に飛び乗り、
薙がれる勢いのままに十文字槍を振るいルドルフの横っ面を強打した。
 ルドルフもひとかどの戦士ではあるが、やはり幻想の敵は培った経験が違うのだ。

「くは……!?」
「日ノ本一の兵ですから拙者ァ! 南蛮人とは違うのだよ南蛮人とは!!」

 殴り抜いた勢いのままに十文字槍を手放して太刀と脇差の二刀に持ち替える幸村。
 槍使いというにはあまりにこだわりが無さ過ぎる。
 所詮彼にとっては槍も一つの武器でしかないのだろう。

「喧しい小僧よな」

 地面を蹴り抜き飛礫を飛ばす。
 即席の目くらましでほんの少しの時間を稼ぎながら、信長は思考を回転させる。
 おかしい、何かがおかしい。何処か引っ掛かる。
 そしてそう感じているのは彼だけではなく秀吉と紫苑も同じだった。
 前者二人は歴戦の経験と才により戦の呼吸というものを捉えているから。
 紫苑の場合は人の心理を捉えているから。
 明確な答えが出ないまま、信長は戦いを続け、二人はそれを見守る。

「そっちは湿気た中年だよね! 拙者まで陰気臭くなりそう!!」

 下からの斬り上げを上体を逸らすことで回避――しつつ布石を撃つ。
 幸村は上体を倒しながら腰に差していた短筒を引き抜き信長とルドルフの隙を縫って発砲。
 弾丸が向かった先に居たのは秀吉だ。

「ぬお!?」

 大きく横に跳び何とか弾丸を回避した秀吉だが、ルークと紫苑の傍から距離が開く。

「ちぇ、外したから。だがまだ!」

 もう一発、更に大きく跳んで更に距離が開く。
 狙いは秀吉、ルークとルドルフはそう判断した。
 何より、幸村自身が最初からそういっていたではないか。
 目の前の戦いで信長から討つことにしたのだと二人は歯噛みする。

「ルーク!」
「ああ!」

 重要人物である秀吉をここで死なせるわけにはいかない。
 ルークは一足飛びで秀吉の下に距離を詰めるが、

「違う!」

 信長が叫ぶ。

「狙いは儂じゃない!」

 秀吉も叫ぶ。

「――――俺か!?」

 紫苑もまた叫んだ。三人は同時に敵の意図に気付いた。
 曇らされていた目が開いたのだ。しかし、

「――――もう遅い。この真田信繁をあんま舐めるなや」

 信長、そしてルドルフとルークも理解していないながらも紫苑が危ないことは分かった。
 ゆえに動いたのだが間に合わず。

「(ああ……)」

 コンクリをブチ破り土中より飛び出した影が紫苑を抱えて飛び上がる。

「(また攫われるのか俺……)」

 ホントだよ。この男は桃のお姫様か何かなのだろうか?
 諦めに沈んだ紫苑はそのまま影に拘束されたまま大阪城の方向へと去って行く。
 残された四人の中で追えるのは三人だが、短絡的に追うことの愚は犯さなかった。

「……やってくれるな真田の倅」

 凶相を浮かべて幸村を睨み付ける。
 まんまとしてやられた、嵌められるなど随分久しぶりだ。
 信長の心中は決して穏やかではない。煮え滾ったマグマの如くに燃え盛っている。

「まあほら拙者は武だけじゃなく智も優れてるからして?」

 まず最初にいきなりビルを壊すことで戦意を見せ付ける。
 次に、奇矯な振る舞いと共に狙いが秀吉と信長であることを印象付けた。
 本命から意を逸らさせたのだ。
 だが、上手いのはそこからだ。死闘が始まってから仕掛けるまでのタイミング。それが絶妙だった。
 速過ぎては怪しい、しかし長引き過ぎては違和感の正体に辿り着いてしまう。
 辿り着くほんの一歩手前でことを起こしたことを賞賛するべきだ。

 絶妙のタイミングで全員から紫苑への意識を外し、潜ませていた伏兵を以って拉致。
 信長ならば紫苑にマーキングしているので転移することは出来るが、したところで何が出来ようか。
 あの影――恐らくは忍を斬って紫苑を取り返す?
 愚の骨頂だ。拉致し、大阪城へ戻る途上で仲間と合流したはずだ。
 そうなると一人では厳しい。仮に複数であっても、人質が取られている現状では手が打てない。
 自分ならばそうする、無能でないならばそうする。
 そして自分達を出し抜いた相手が無能なわけがない。

「……まったく、お前達の目的についても聞いていたというのに情けない」

 紫苑は餌だ、間違いない。
 元旦の一件で彼には一騎当千の戦力が数多く居ることが露呈している。
 紫苑を攫えば当然、その者らが大阪城にやって来るはずだ。
 人質として彼を使い自害しろと言われればそうしてしまいそうなのが何人も居る。
 そしてその者らは酷く凶悪だ。戦力増強の道具として春風紫苑は実に使える。
 詰んだ? いや違う。まだだ。
 春風紫苑は簡単に利用されるタマではない。
 胃の中に飲み込んだとしても簡単に消化されてくれるような男であるはずがないのだ。

「ワヒャヒャヒャヒャ! 大したことねえなぁ第六天! やっぱ日ノ本一の兵には叶わない系?」

 と、気分良くペラを回していたその時だった。

「――――何を偉そうに言っているのですか。策を考えたのは私でしょうに」

 ふと視線を近くのビルの屋上にやると、
そこには質素な着物を纏った死人の如く青白い肌をした男が一人。

「お、おみゃあさんは……か、官兵衛か!?」

 顔を引き攣らせる秀吉に男――黒田官兵衛は汚物を見るような冷たい視線を返した。

「ご機嫌麗しゅう太閤殿下」

 丁寧な言葉ではあるが、そこにはまるで敬意が込もっていない。
 心底から秀吉のことを見下している。

「おお、クロカンじゃん。でもさ、考えたのはお前でも実行したの拙者でしょ?
智にしか優れてないお前の代わりに智も武もある拙者が動いたから三人を出し抜けたわけだからして?
何つーか、その態度どーかと思う。もうちょっとありがとう幸村様! つって地面に額を擦り付けて!」

 その言動だけを見れば自信過剰な馬鹿とも取れるだろう。
 しかし、実際にやってのけたのだから中身はしっかり伴っている。
 吐き出す言葉の総てが虚ろな紫苑とは大違いだ。

「それより、用は済ませたから退きますよ」
「つってもー? ユッキーのこと逃がしてくれるかなこの前座達」

 ルドルフとルークは信長に視線を向ける。
 紫苑が居ない今、指揮をするに相応しい者は彼と秀吉以外には居ないから。
 そして秀吉は信長居る以上自分が前に出ることはない。
 ゆえに消去法で信長ということになる。

「構わん。黒田、真田の倅、このまま退くが良い」

 その言葉にルドルフがピクリと反応を示すものの、異を挟むことはなかった。
 少なくとも自分より頭が切れることは確かなのだから。
 幸村と官兵衛は若干驚きながらも信長が左文字を鞘に戻したことで本当に見逃す気であることを確信する。

「それでは御言葉に甘えて――――」

 幸村を連れて去ろうとした官兵衛だったが、

「ま、待て官兵衛や!」

 秀吉がそれを呼び止める。
 信長の判断にケチをつけるつもりはない、しかし聞いておかねばならないことがあるのだ。

「おみゃあさん、何だってこんなことしとる?」

 強制的に茶々の命令に従わなければいけないのは分かる。
 だが、紫苑を拉致するというのは茶々では思いつかなかっただろう。
 つまり拉致を進言して策を立てたのは総て官兵衛の意思ということになる。

「官兵衛、おみゃあさんは腹は黒かったがそれでも……」

 民草を蔑ろにするようなことだけはしなかった。
 だからこそ、大阪城に留まって茶々の説得をするものだと思っていたのだ。
 なのに平気で現世の人間に害を成そうとしている。
 そこがどうにも腑に落ちない。

「そもそも大阪は私の領地ではありませんし、何より時代が違う」

 官兵衛の護るべき民草はあの時代の民草であり今の時代の者らではない。
 子孫? 続いているかどうかすら怪しいではないか。
 そんな連中を護る義理は何処にも無いというのが彼のスタンスだ。

「……じゃとしても、何故積極的に動く? そんなに家康が憎いのか?」

 関ヶ原が長引くと思って策謀巡らせてたらすぐ終わってしまったで御座る。
 なーんて感じで間抜けを晒したことをまだ引き摺っているのだろうか?

「いえ別に。家康公に対しては特に……」
「ならば何故じゃ?」

 出来るなら考えを改めて、内部から密かに自分達に協力して欲しい。
 そんな意思を込めた視線を送るが……。

「――――太閤殿下に意趣返しがしたかったのですよ」

 どいつもこいつも怨恨優先で動き過ぎである。
 人間らしいといえば人間らしいのだが殺伐とし過ぎだ。
 終わらない憎しみの連鎖に世の無常すら感じてしまいそうになる。

「あれだけ尽くしたのに、人の献策を受け容れないばかりか損な役目ばかり押し付けて……」

 親指の爪を噛みながらブツブツと恨み言を呟く官兵衛は普通に危ない人だった。
 確かに秀吉からはある時期を境に冷遇されていたようだが……。
 何か尽くしたとかいう物言いが丸っきりホ●のそれで気持ちが悪い。

「なので徹底的に太閤殿下を苦しめますのであしからず」
「じゃあ拙者、これから風呂入って飯食って糞して寝る系の用事がありますんで」

 官兵衛と幸村が馬を二人乗りして去って行った。
 自転車ではないので二人乗りだって全然平気である。

「信長、これからどうするのだ……?」
「うむ。紫苑が居ない今、指揮を執れるのはあなただけだ」

 馬鹿と陰険野郎が去ってすぐに顔を青褪めさせたルドルフらが信長に方針を尋ねる。
 むざむざと紫苑を攫われてしまったことがメンヘラーズにバレるのが怖いのだろう。

「そうさなぁ……っと、おい。何やら振動しておるぞ」

 信長がルドルフのポケットを指差す。

「こんな時に着信……って紫苑!?」

 ルドルフの携帯のディスプレイにはメールのアイコンと差出人の名前が表示されていた。
 慌てて中を確認すると、

"きららさんをよんでこい"

 変換する暇もなく慌てて打ち込んだであろう文章が書かれていた。
 母には母を、毒には毒を――つまりはそういうことだろうか?
+注意+
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