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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

118/204

露と落ちて露に消えちまったなぁエテ閤め!

 時はしばし遡る。
 京都に向かった女性陣とは違って紫苑らはホームである大阪。
 大阪城なんて交通機関が殆ど死んでいる状態でも一時間もあれば確実に辿り着ける。
 大阪城公園の中から天守閣を見上げる男達。

「……マッキンキンだな。私、ちょっと目が痛くなりそうだ」
「うむ。自分も正直こういうセンスはどうかと思う」

 なんて言ってる男二人の髪色はゴールドである。

「(如何にもな成金趣味だよなぁ……いや、流石秀吉さんパネェっす!)」

 嘲りを滲ませた紫苑の言葉だが、その裏に潜む悪意が何時もより少ないことにカス蛇は気付いた。
 悲劇の最期を迎えていようとも長く語り継がれて神聖視されているような連中は皆嫌いというのが紫苑。
 しかし、秀吉に限って言えばそれは少しだけ違うのかもしれない。
 一体何処に紫苑の好感度を稼ぐ要素があるのだろうか?

『お前、秀吉好きなんか?』
「(好きっつーかぁ……まあ、戦国三英傑の中では一番嫌いじゃないよ)」

 それでも好きではない。
 農民から天下人へのサクセスを果たしたシンデレラモンキーなんて存在を赦せるわけがないのだ。

『そりゃまた何でよ?』
「(機知に富み、一夜城や水攻め……若い頃から逸話にこと欠かず。
信長死んだと知るや大返しで明智を討って主導権を握り目の上のタンコブだった勝家を滅ぼす。
んでそのまま唯一危険視していたであろう徳川にも……大局を見ればまあ、どうにかこうにか勝利)」
『おう。そんなすげえ野郎大嫌いだろお前?』
「(秀吉の人生は輝きに満ちていた――――だ が 晩 年)」

 晩年の秀吉を一言で例えるならば――――老害、それに尽きる。
 それ以外に言いようがないのだ。
 耄碌してしまうまでが余りにも煌びやかだったからこそ、醜態が目につく。
 栄光からの転落、大きな成功を収めただけに余計にそれが際立つ。
 紫苑にとってはそれが堪らない。
 まあそれでも生きることそのものが恥である紫苑よりはマシなのだが。

「(跡継ぎだった鶴松はあっさり死に、甥っ子も殺生関白。
まあ甥っ子に関しちゃアレは秀吉が汚名を着せた可能性も多々あるがな。
それよりも秀頼だ。死んだ後、あれだけ頼む頼むと言っていたのに家康にぶっ殺されて豊臣は滅亡。
秀忠の娘貰ってまで繋がりを深めたのにな。おいおいおい、盛者必衰ですかぁ?(↑)
露と落ちて露に消えちまったなぁエテ閤め! 驕れる者には当然の末路だぜザマァ!!)」

 常時驕りまくってしっぺ返し喰らってるくせに他人を哂うな。

「(所詮エテ公よ。天下をどうこうしようなんざ舐め過ぎだぜ!)」

 歴史上の偉人をここまで虚仮に出来るほどこの男は何かしたのだろうか?

「して紫苑よ、どうする? 一見すればただキンキラリンになってるだけだが……」

 戦う者として――というよりもある程度修羅場を潜っていれば気付くことが出来る。
 ルドルフは紫苑が気付いているものとしてこれからの方針を伺う。

「ああ。直に見れば分かる。アレ、罠だ。
不気味なほどに静まり返ってるが下手に手を出せばバックリ喰われそうな感じだからな」

 罠を張る時にそれを罠だと相手に悟らせる場合、二つの可能性が浮かぶ。
 一つは悟らせることで真の罠を隠すという二重の罠。
 もう一つは単純に罠を仕掛けた者の技量が拙い。
 紫苑の見立てではこれは後者だ。
 となると城の主が秀吉ではない可能性が大いに有り得る。
 しかし、紫苑は老害秀吉が城主だからと信じ切ってしまっている――理屈ではなく感情で。
 むしろ老害でなきゃ赦せないすら考えている。
 紫苑としては老害を見て大いに愉快な気分になるつもりなのだ。
 一体この男は此処に何をしに来たのか。

「と、なるとだ。あれか、あれの出番ではないか紫苑?」

 チラチラと紫苑とルークの間を行き来する視線。
 ルドルフの瞳は新しい玩具を買ってもらった男の子のように煌いていた。

「……ルークタンクか?(あんな出オチ役に立つのか不安でしゃあないわ)」

 ビジュアル的には哂えるしルークが不憫でもっと哂える。
 だからといって使用するかどうかについては疑問符が浮かぶ。

「うむ! どうだ!?」
「どうだも何も……あの大阪城が罠としても、まず信長を出してリアクションを見る方が良いと思うぞ」

 そのリアクション如何によって撤退するかどうかを判断する。それが紫苑の大まかな方針だった。

「……駄目か?」

 ルドルフは見た目は貴公子然としているが、その中身はヤンチャ坊主だ。
 ルークタンクという浪漫溢れるものを見せられては我慢が出来ない。
 一回くらいはルークタンクを使って天守閣とか攻撃してみたいのだ。

「というかルークの意思もあるしな」

 また白々しいことを。

「いや、自分の指揮は紫苑に一任している。好きにしてくれれば良い」

 最初こそ勝手に改造されたことにげんなりしたルークだったが今はそうでもない。
 妹可愛さというべきか、アリスのやることだから仕方ないと受け容れている節がある。
 紫苑はその辺を見抜いており「そのビジュアルでキメェwww」などと内心で哂われている。
 他人の容姿を容赦なく貶すというのは中々に出来ないことだ。
 まあ、出来たら出来たで人間として確実に駄目な部類に入ること間違いなしだが。

「そう言ってくれるのは信じてくれているようで嬉しいが、自分の意見を殺すことはないんだぞ?」
「日常生活で十分自分を堪能している。気にするな」

 それにそもそも能力的にもルークは紫苑を信用も信頼もしている。
 ルドルフやアリスなどから折に触れて彼が打ち出した策や観察眼の鋭さを知る度に評価していたのだ。
 特に安土で行われた決死の行軍。
 仕草一つにまで気を配り勝利条件を満たした様は見事の一言。
 アイリーンを封殺したことだってそう。
 正道よりではない意識や心の隙を突く戦法だが、効果的なのは確かだ。
 そんな彼にならば指揮を任せても良いと素直に思えるし、何よりルーク自身はそういう人間なのだ。
 指示待ち人間――というより人形。
 その存在からしてオーダーを与えてくれる誰かが必須。

「(通販でクッソくだらねえもんばっか買ってたもんなぁ……ま、こんな状況じゃそれも無理だろうけど!)」

 ゲラゲラと哂いつつ、紫苑は表面上真面目ぶったまま静かに頷く。

「別った。じゃあこれからの方針を話し合おうか。
とりあえずの選択肢として、行動を起こさないなら監視で時間切れを狙うというのもありだと思うんだが」

 直に老害を見たい気持ちもあったが、そうすると面倒ごとに巻き込まれる可能性も高い。

『――――そうでもねえんだな、これが』

 全員に聞こえるように切り替えたカス蛇が紫苑の発言に水を差す。
 幻想的なものにならば彼の方が詳しいので何かあるのだろう。

「む、カス蛇か。一体どういうことだ?」

 ルークタンクに未練タラタラではあるが紫苑の言が正しいと思っていたルドルフが小首を傾げる。
 これまでもそうだが、幻想の存在というのは長くこの世界に居られないはずだ。
 なのにそうでもないとは一体どういうことなのか。

『ここが太閤豊臣秀吉の居城だからだよ』
「(そういう勿体つけた説明が鼻につくぜ)確かにそうだが、幾度も改修を繰り返されているし中身も別物だぞ?」

 観光用に中身を弄ってあるのでガワは再現出来ていたとしても中身はかなり異なっているはずだ。
 厳密に言うならば豊臣秀吉の居城ではないだろう。

『(良いじゃん、こういう語り口の方が良い気分になれるし)まあその通りだ。
だがな、お前らは大阪城って聞いたらまず誰を思い浮かべるよ?』
「(まあそりゃ分かるが……俺は良くてお前は駄目なんだよ)秀吉、か?

 常に自分だけが特別、それが春風クオリティーである。

『これが純粋な幻想たる神仏が祀られている神社仏閣ならば話は別だが秀吉は人間だ。
人間から幻想になったということは、割りかしこっちでも自由は利くんだよ。
信長だってそうだろう? 力を持っているのにこっちでもそこそこ滞在出来る。
人の認識において大阪城は秀吉のもので、強く影響を受けている』

 人間の認識がかつて現実に居た者らを幻想に貶め虚無へと追いやった。
 小規模ではあるがそれと同じようなことが起きているのだ。

『つまるところ秀吉が干渉し易い土壌が出来てるわけだ。
奴は大阪城の中身を弄って限定的な異界を形成してるんだろうよ。
酒呑童子が霧で京都を覆いつくして負荷を軽減したようにな』

 京都全域に比べると大阪城は極小規模で、負荷軽減の度合いも大きい。
 大阪城の中に引き篭もっているのならば時間制限は無いと見て良いだろう。

「……それはまた、面倒だな」

 こめかみを押さえて難しい顔をする紫苑。
 時間制限が無いならば放置は出来ない。
 それはそれで直に老害を見れるチャンスではあるのだが、面倒な展開も見えて来たのだ。
 不気味な静けさに包まれた大阪城。何らかの意図があることは明白だ。

 罠であることは間違いない、中に侵入するのを待ち構えている。
 しかし、このまま放置していればあちらからアクションを取る可能性が高い。
 現実世界で幾らか行動をしても大阪城に戻れば回復が可能。
 身体を休めたのならばまたすぐに行動を起こせる。
 一体どんなアクションを取るかは分からないが、シンプルに虐殺でもされれば……。

「(ここの対処を任された俺が泥を被る羽目になる……!)」

 何人死のうが知ったことではないが自分の問題解決能力を疑われるのだけはごめんだ。

「速攻で片付けるのが吉か。とりあえず信長を呼び出しこちらからアクションを取る。
状況如何によっては戦闘に雪崩れ込む可能性も高い。
ルドルフ、ルーク、そこらは覚悟していてくれ。まあ、俺に言われるまでもなくしてるだろうが」

 それに信長以外の切り札にはジャンヌも居る。
 あの喋り方のせいで腹筋を強制的に鍛える羽目にはなるが、いざとなれば大阪城は焼き討ちだ!

「うむ、任された。卿の身には傷一つつけんよ」
「そのために自分達がここに居るからな」

 勿論(一方的な)友情も含まれているのだが、
それ以上にあのメンヘラ達が居ない間に紫苑を傷付けたらヤバイことになるのは明白。
 ルドルフとルークは何時も以上に気合いを入れている。

「(そうだそうだそれで良い。俺の身体を疵物にしてみろ、メンヘラ共に何されるか分からんぞ!)」

 そこらの心の動きをしっかり掴んでいるのが厭らしい。
 紫苑は額を押さえて痣を浮かび上がらせ、信長を呼び出す。
 目の前に出現した信長はパリと同じように着流しスタイルだが今日は……。

「……食事中だったか?(何で茶漬け喰ってんだよテメェ)」
「ん、いや構わんぞ御大将。どうせ暇だったしな。して、今日は何用か?」

 一気に茶漬けを書き込んで茶碗と箸を放り投げる信長。ポイ捨て、駄目、絶対。

「どうにもお前の元部下らしき奴が出て来たようでな。お前に出張ってもらったんだ」
「俺の部下……?」

 ちらりと視線を大阪城にやり「猿か」と呟き頭を掻く。

「なあ信長、俺達は秀吉の人となりを知らないんだが……何のためにああしていると思う?」

 流石の紫苑も相対してもいなければ情報もロクにない相手の心は暴けない。
 勿論、歴史的事実を積み重ねて考察は出来るのだが……。

「(あてになるか微妙だしなぁ……)」

 天使に操られて本能寺やらかした明智が居るような世界で史実なんてものはあてにならない。

「猿なぁ……機知に富み、上昇志向が強い男であった。
なるべく周囲との軋轢を生まないようにと賢しく立ち回るのが得意で……」

 それだけ聞くと紫苑にも重なる部分がある。
 追い詰められて発動する保身のための機転、そして常日頃の小賢しさ。
 紫苑は何時だって自分が至上だと思っているので上がる必要が無いので違うのは上昇志向ぐらいだ。

「とはいっても、俺が知っているのはあくまで俺が死ぬまでの猿よ。
死んでからの猿について、知識は持っておるが性格の変遷までは分からん」

 姿形はどうであれ蘇った幻想の中身は死んだ当時のままだ。
 なので信長も晩年の秀吉についてはどうとも言えない。

「まあ良い。何にしろ御大将が俺を呼び出した理由は分かった。まずは穏当な手段でということだろう?」
「ああ。一応上司だったお前が一緒なら、戦いを避けられるかもしれん」

 現に今はまだ何もしていないのだからと口にする紫苑。
 言外にこれからは分からないといっているのだがそこらは信長も分かっている。

「相分かった。では行くとしようか。
だがあれだ、いざとなればジャンヌを呼び出して城を燃やすことも考えておけよ」

 元部下であろうとも、いや元部下だからこそ容赦が無い。
 というか自分も炎に包まれた経験があるのにまだ焼き討ちが好きなのかお前は。
 男四人は公園から大阪城の正門へと向けて歩き出すのだが……。

「ん?」

 ふと足を止める。
 空から破壊音が聞こえたのだ、全員が空――というより天守閣を見ると、

「ぬぅうおわぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

 天守閣の中から何かが外に投げ出されそのまま此方に向かって落ちて来るではないか。
 四人はさっと身を引きそれが着弾する地点から離れる。
 その一瞬後に何かは頭から地面に突っ込み身体の半ばほどまで埋まってしまう。

「これは……その、何だ……?」

 困惑顔のルドルフだが、それも無理からぬこと。
 何せ落ちて来た何者かは全裸なのだ。尻丸出しで地面に突き刺さっているのだ。
 こんなもんに戸惑わない方がおかしい。

「……もしかして(ふほほwww)」

 何者かの臀部は真っ赤で、獣のようなふさふさの毛がケツ以外の場所を覆っているし何より尻尾がある。
 これはもうアレだろう、語るまでもなくアレだろう
 紫苑はもうこの時点で様々な煩いを忘れて愉しくなってしまった。

「――――猿だ」

 信長がポツリと呟く。

「落ちる時に見た顔も間違いなくあ奴のものであった」

 面識のある信長そういうのならば間違いない。この全裸猿――――豊臣秀吉。
 栄華の限りを誇って賑やかに戦国の世を駆け抜けたシンデレラモンキーである。
 紫苑はそのエテ閤が今、こうして無様を晒していることが嬉しくて嬉しくてしょうがない。
 嗚呼、大阪城に来て良かった! と久しぶりに紫苑は心の底から愉しんでいた。

「(フハハハハハ! 見ろよカァッス! コイツが天下人だぜぇ!
こんなのがトップだったなんて当時の日本人も可哀想にwww)すまん、誰か引き抜いてやってくれ」

 あくまで不憫そうな顔のままそう告げる。
 紫苑一人でも出来なくはないのだが、時間がかかるし、それなら力持ちにやってもらった方が良い。
 ルークがコクリと一度頷き秀吉の足を掴んで大根のようにずぶりと引き抜く。
 片手で吊り下げられているその姿が滑稽且つ哀れで、

「(あかん……あかんて……最高やエテ閤! 俺、お前のファンになっちまいそうだ!!)」

 紫苑のご機嫌ゲージが急上昇。
 それでも表面上はあくまで哀れみを滲ませているのだから大したものだ。

「ふむ、気絶しているな」

 ブランブランと身体と股間を揺らす秀吉だが、
特に気にすることはなくルドルフはその顔を検めて意識がないことを確認する。

「そのようだな。しかし一体どういうことだ?(ふぅ……面白いわ)」

 大阪城の主が秀吉ならば何だってこんなことになっている?
 自分達よりも先に来た冒険者が居てそいつが大阪城に乗り込んで秀吉を殴り倒したのか、
あるいは内部で反乱が起きてこうなったのか、幾つかの可能性が紫苑の脳裏を駆け巡る。

「ううむ……かつての部下がなぁ……猿、お前は一体何があったんだ?」

 ペチペチと秀吉の頬を張るがまるで反応が無い。
 だが気になることはあった。
 幻想と成ったからにはそれなりに力というものを感じるはずなのだが秀吉からはそれが感じられない。
 まるでゴッソリ抉り取られてしまったかのような……。
 信長は己の髭を撫ぜながら不可思議な状態について考察を巡らせる。

「とりあえず幾ら何でもこのままでは可哀想だ」

 キャラを守るための良いこちゃんムーブが発動。
 腰につけていたバッグからダンジョン内での宿泊に使った毛布を取り出して秀吉の身体に巻きつける。
 紫苑としてはもう少し醜態を見ていたかったのだが、あまり放置することも出来ない――キャラ的に。

「確かに愉快な姿では……紫苑、下がれ!」

 ルドルフが紫苑の身体を自分の背に押しやって槍を両手で回転させて降り注ぐ矢を払う。
 信長やルークもそれぞれの手段で矢を防ぎ続ける。

「これは俺達を狙ったものではないな……猿だ。コイツ、何やったんだ?」

 愛刀の左文字で矢の雨を払いつつそう呟く。
 兎に角今はこの場から離れるのが最上だ。
 そう判断した一同は気絶したままの秀吉を連れて大阪城近郊から脱出。
 こんな御時世ゆえに人があまり出歩いていないことが幸いして、目撃者は少数で済んだ。
 もし人が多ければ紫苑のせいで大騒ぎになっていただろう。

「大阪城の主たる秀吉が命を狙われるとは一体何が起きているのだ?」

 近くの人が居ないビルに入り込み一息吐いたところでルドルフが疑問を口にする。

「俺にも分からない。判断材料が少な過ぎる」
「猿が目を覚ますまで……いや、何で俺が待たねばならんのだ」

 床に転がされていた秀吉の頭を容赦なく蹴り飛ばす信長。
 俗に言うサッカーボールキックで常人ならば一発で頭がトマト(意味深)になっていただろう。

「あいだぁ!? な、何するぎゃ……って、え?」

 意識を覚醒させた秀吉が壁に身体をめり込ませたまま抗議の声を上げるが、
すぐに見知った顔を見つけてワナワナと震え出す。
 見知った顔というのは言うまでもない、第六天魔王様様である。

「と、殿……お、大殿で御座りますか!? お、おぉぉお……!!」

 感極まったようにボロボロと涙を零し鼻水まで垂らし始める秀吉。

「御姿は元旦の際に拝見出来たものの、こうして再び直に御会い出来るとは光――――」

 何かを言う前に信長の蹴りが顔面に突き刺さる。
 そしてそのままグリグリと秀吉の顔を踏み躙る――何このドSさん?

「相変わらず口が上手いのう猿よ。お前が幻想になれたのに俺がなれんとでも思っておったか?
こういう形でも生きておったことは承知の上だろうに。お前、何だって俺の招集に応じなかった? あぁん?」

 尾張のヤンキーここに在りといった不良ムーブである。

「そ、それには深い事情がありまして……ああ、でもこの容赦の無さはやっぱり殿だぁ!!」

 猿っぽい感じではあるが顔つきも愛嬌があって何処か憎めない。
 これで年老いていたならばもっと印象は別だったかもしれないが、二十半ばほどなので見苦しさもない。

「(何でちょっと嬉しそうなんだよコイツ……気持ち悪い……)」

 ドン引きしている紫苑だが、秀吉からすれば信長は大恩人なのだ。
 自分が天下人にまで上り詰められたのは能力を認めて信長が引き上げてくれたから。
 まあ、彼の死後は忠を尽くすべき信長が居なくなったのであっさり天下を横取りしたがそれは仕方ない。
 秀吉が忠を尽くしていたのは織田家ではなく織田信長個人だったのだから。

「ええい! 気持ち悪いから足に縋りつくな!」
「こ、これは申し訳ない!」

 すぐさま信長の足から離れて跪く秀吉。
 何にしろこれでようやく詳しい事情が聞けそうだ。

「猿よ。お前一体何があった? お前がいきなり天守から落ちて来た時は驚いたぞ」

 とりあえずは信長に話させた方がスムーズにいく。
 そう判断した紫苑らは一歩引いて二人の様子を観察する。

「う、それは……」

 途端に目が泳ぎ始める。
 もにょもにょと言い淀む秀吉を見て信長の目が吊り上がる。

「どうした? 俺は何があったと聞いておるのだぞ」
「……そ、そのぅ……話せないというか……と、殿だからこそというか……」

 煮え切らない態度に信長がキレる。
 才気に満ち溢れその心も強く、才気溢れる彼だが身内には少々目が曇ってしまうらしい。
 というよりまず己の部下だったからこそ、下手に勘繰らずとも話させれば良いと思っている。
 だからこそ刀を抜き放ってその刃を秀吉の首に押し付けるが、

「待て信長。あんたどうにも、第三者的立場じゃないとちょっと馬鹿になるらしいな」

 紫苑がそれを制する。
 自分にまったく関係のない人物がまったく関係のない事件を起こして、
それに関わる場合だったならば信長はその能力を十全に活かせていただろう。
 しかし秀吉というかつての腹心が関わっているからこそ、上手く噛み合わない。
 もっと端的にいうのならば外向きのことには強いが内向きのことには向いていないといえる。
 光秀の一件は除くとしても、その生涯で幾度も謀反を起こされていることからもそれは確かだ。

「む……おい御大将、お前は俺に任せるつもりで呼んだのではなかったか?」

 不満げな信長。

「そうだな。だが、別に俺が口を出しちゃいかんとは言ってないだろう。
それに今アンタは俺を大将と定めている。つまりは上司だ。
お前が部下である秀吉に強行的に話させようとするならば、俺も同じことをして何が悪い。
いや、武力行使に出ていないだけ俺の方がまだマシだ。だって口だけだし」

 その口こそが春風紫苑最大の武器なのだが、まあそこは置いておこう。
 紫苑に理を以って諭されたことで信長の頭が冷え、刃を納める。
 対等で、誰かが鎮火させる役目を担えば織田信長という男は非常に上手く回るのだ。
 何せもともとのスペックからして高いのだから。
 しかりと理を以って接すれば何も問題はない。
 だが秀吉は大恩ある主君ゆえに、それがし難い。
 特に――紫苑の推測が当たっているのならば理由を話せばこの一件の根元が明らかになってしまうから。

「はじめまして(エテ閤)太閤殿下。俺は春風紫苑、今の時代に住まう人間の一人です」

 前に出て片膝を突き秀吉と目線を合わせ自己紹介をする。
 秀吉は当然のことながら紫苑の顔を知っていたので必要は無かったかもしれないが。

「こ、こりゃあ御丁寧に。おいら――ん、んん! 儂が豊臣秀吉じゃ」

 首筋を押さえながら人懐こい笑みを浮かべる秀吉。
 泥臭さが滲む笑顔だが、だからこそ人を惹き付けるのだろう。
 まあ、紫苑にはその魅力の一片も伝わっていないわけだが。

「――――淀君」
「はい? お前さん何を言っとるんだぎゃ?」

 何を言っているのかまるで意味が分からない、そんな表情の秀吉。
 他三人についてもそれは同じで紫苑の発言の意味を図りかねていた。

「そうですか、なら俺が推測を述べても良いんですね。御身の気遣いが総て無に帰りますが。
俺達は大阪城の異変を調査、危険であれば解決するために来たので何にしろ乗り込みますがね」

 豊臣秀吉、才気については並外れたものがあるがその人柄としては実にまっとう。
 上昇志向だって特別なものではない。
 人間というのは総てがそうではないがその多くは今よりもっと良い場所にと願っている。
 人当たりが良いというのも他人と軋轢を生み家中で孤立しないようにとの理由もあるが、
それ以上に普通の人間だってわざわざ自分から人間関係を歪にすることはない。
 他人に嫌われて良い気分――なんてのは変態だ。
 総評としては能力はずば抜けているがその感性は常人のそれを超えるほどではない。
 それが今、こうして秀吉と対面し観察を終えた上での紫苑の見立てだった。

「信長は大きくなった淀君の顔を知らない。まかり間違えば分からぬままに……」
「……降参じゃ。何故、分かった?」

 秀吉は頭が良い。
 なので冷静に考えなくても隠し通せることではないと分かっていた。
 それでも彼の気遣いが邪魔をして口に出せなかっただけ。
 これ以上すっとぼけても意味は無いし、下手をすれば望まない事態になる。
 そう判断した秀吉は即座に白旗を上げた。

「何となく、あなたが優しい人だと思ったから。
信長だからこそ教えられないっていうならそれはもう自ずと答えが見えて来る。
戦国の世ではそれはまあ、普通だったかもしれないが太閤殿下にとっては……」

 紫苑が悲しそうに(偽の)共感を示すと、秀吉は寂しそうに笑った。

「うむ……儂も秀次に酷いことをしちまった。
老いて、先がなくて、息子が可愛くて……とんでもねえ馬鹿やらかしまったんだぎゃ。
秀次を殺してからも、ずーっと……死ぬまで後悔しとった。出来るなら信長様にあんな想いはさせとーない」
「信長も経験が無いわけではないが、決して愉快なことではないでしょうしね」
「ああ。じゃから何とか上手いこと収めようとしたんだが……」

 通じ合っている二人だが、他の者らからすればまるで意味が分からない。

「おい紫苑、一体どういうことなのだ?」
「今回の大阪城の一件と、信長が元旦に俺の援護をしてくれた時に秀吉公が来なかった原因だよ」
「それは一体?」
「淀君――――茶々の方が分かり易いか? 彼女が原因ってことだよ」

 そしてこのタイミングで茶々が出て来たことも、まあ何となくではあるが予想出来る。
 紫苑からすればクッソくだらないことだが、そういう前例を知っているだけに予想は容易い。

「察するに、行動の動機としては関東に出現した家康公ですか?」
「ああ。儂らはよっぽどの力が無い限り、他所の領域へは行けんからなぁ」
「だからこそ、家康がこっちの世界に現れたのは好機だと」
「うむ。今を生きる者らにとっては大そう迷惑なことだろうが……」

 ショボーンと項垂れる秀吉、
毛布を巻き付けただけの姿でそんなことをされると紫苑のご機嫌ゲージがまた上昇してしまう。
 天下を獲ったのに女一人どうこう出来ず、四苦八苦している。
 嗚呼、何て情けない男なんだろう! もっと醜態を見せてくれ!
 紫苑のテンションは留まることを知らない。

「子を失った母の悲哀と憎悪、男の――ましてや親ですらない俺に理解出来るとは言わない。
それでもその闇に一端ではあるものの触れたことがあるので淀君の行動にも納得が出来ます」

 大阪城――というよりも豊臣軍団が現世に現れたのは家康に復讐するためだ。
 何故沈黙を保っているかなど不明な点はまだあるが、大まかな目的としてはそれである。
 そして主導しているのは茶々。
 だからこそ、罠を罠と分かるように配置しているのだ。
 戦国時代の人間とはいえ茶々は女で戦など知らぬ。
 秀吉のように上手いこと出来るわけがない。

「ああ……そりゃ儂もあれだけ頼んだのに秀頼を殺した家康は憎いが……」

 それでも現世に生きる者らに迷惑をかけてまでというのは本意ではない。
 秀吉は益々申し訳なさそうに縮こまってしまう。
 と、そこで沈黙していた信長が口を開く。

「茶々が原因だというのならば俺が行けば早いだろう。俺は伯父だしな」

 さらりと言ってのける信長だが、

「――――その姪っ子の父親を殺したのは誰だ? しかも最初に裏切ったのお前だろ」

 怨まれていないわけがない。ぐうの音も出ないほどの正論である。
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