挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

117/204

狐狩り 後

 それは戦闘中であることを忘れてしまいそうになるほどの異変だった。
 猛毒に侵され今にも命の灯火を絶やしてしまいそうな醍醐姉妹。
 しかし、突如として甘い梅の香りがこの世界を満たし始め、姉妹の身体が溶け合い始めたのだ。

「な、何これ……麻衣お姉さん……?」
「ち、ちゃう! うちは何も……」

 繋がれた左手と右手は完全に同化し、徐々に同化の度合いを深めていく。
 ドロドロに溶け合って混ざっていく絵面は美少女でも笑えない。
 いや、美少女だからこそ笑えない。SF系のホラーを見ているようだ。

「一体どんな祈りによる純化なのかしら?」

 落ち着きを取り戻したアリスの視線の先ではもう完全に二人は同化していた。
 噴き出した白い糸がその身体を包み込み、光が零れ出す。
 徐々に強さを増す光が弾けた瞬間に糸が吹き飛び、それは姿を現した。

「……ふぅ」

 一見すれば醍醐栞と醍醐紗織の面影を色濃く残しているが細部が違う。
 顔からはあどけなさが消えて少女から女のそれに変わっているし、
身長も伸び身体つきもふくよかになり妖しい色気を醸し出している。
 加えて右頬には少女達の罪ともいえる炎を象った刺青。
 その身に纏う衣服も紅白が鮮やかな露出の多い着物になっており姉妹が融合したことを示している。

「え、えっと……栞、ちゃん? それとも紗織ちゃん?」

 戸惑いを滲ませた問いにどちらとも言えない女は優しく微笑んだ。

「どちらでもあり、どちらでもない。とはいえ、それじゃ困りますでしょうし……まあ、御自由に御呼びくださいな」

 今の姉妹には呼称が無い。
 確かにそれは不便だが、純化を解除すれば元に戻るのでそれまでの辛抱だ。

「アリスさん、戦線に復帰します。麻衣さんはお任せしても?」

 新生したことで姉妹の肉体から一切の毒が消失していた。
 それどころか、新生する際に毒に対する抗体が生まれたのだ。
 スペックダウンしている清明、天魔、総司、土方らよりも楽に戦える。

「ええ、構わないわ。存分に戦ってちょうだい」

 その言葉に頷き、軽く大地を蹴って空へと舞い上がる。
 同時に姉妹の周囲には紅と白の花弁が無数に出現。

「さしおりちゃん……?」

 九尾の狐の横っ面に強烈な蹴りを叩き込んだ天魔がキョトンとした顔で呟く。
 あまりにもあまりなネーミングセンスに、

「……それは止めてください。何か料理のさしすせそを思い出しますので」

 言いながら片手を操り九尾の狐を包囲するように花弁を配置する。
 これは武器なのかどうなのか。
 他の者らにはイマイチ判然としなかったが、考えている余裕があるわけでもない。
 それぞれがそれぞれの戦闘に集中している中、姉妹はただただそこに浮遊していた。
 そこを見逃す九尾の狐ではなく尾から雷を放つが、

『ぬ……?』

 糸で編まれた大盾が雷を遮断して姉妹には当たらず。
 彼女は一度も指を手繰っていたわけではないのに何故糸が?
 九尾の狐も若干困惑するがすぐに糸の出所を察知する。

『これかァ!!』

 九本の尾が己を包囲している花弁を散らすが、尾の面積に対して花弁は酷く小さい。
 風に煽られてまたすぐ身体を包囲してしまう。

「ふふふ……三国を股にかけた大妖が情けないものですね。そんな小さな花弁一つ散らせることが出来ない」

 その花弁こそが糸の発生源だった。
 紅白のそれから普段姉妹が使う糸よりも細く強靭で切断力も高い糸が生成されているのだ。
 これまでは両手の指で糸を操ることしか出来ず、そのせいで上手く操れない部分もあった。
 しかし純化を果たした姉妹にそのような煩いはない。
 花弁は糸を生成すると同時に指の役割も果たしているのだ。
 千か万か、大量の花弁はそれそのまま指の数にも直結する。
 これまでよりも繊細に、且つ大胆に糸を編むことが可能になり糸繰りの業は更なる次元へと到達した。

「まあ、既に消耗していたようなので誇れることでもありませんが」

 ふわりと更に上へと浮かび上がる。
 同時に幾らかの花弁が追随し、形を変えて姉妹の細い手に収まる。
 糸が形成したのは巨大な和弓と滞空している無数の矢束。

「どうです? 懐かしいでしょう」

 矢を番えて次々に放つ。
 弓も矢も姉妹の意思が通った特別製。単純に九尾の肉体を貫くだけではない。
 身体に刺さった瞬間に鏃が無数の棘に変わって長く残留し、中から小さなダメージを与え続けるのだ。
 地味に厭らしい攻撃は肉体というよりも精神に来る。
 九尾の狐は更に苛立ちを加速させ、憎悪のままに暴虐を尽くす。
 とはいえ、姉妹が加わったことで九尾の狐は再び劣勢になってしまった。
 彼女らの場合、単純に純化を果たした人間が一人戦線に加わったというだけではないのだ。
 かといって二人というわけでもない。

 まず第一に姉妹の純化は特異に過ぎるのだ。
 双子の姉妹兄弟はこの世に数多く居るけれど、
常軌を逸した――幻想と化すほどの領域で互いを愛せる人間となればそう多くはない。
 同化となると条件は更に複雑になる。
 愛していても更にそこに一つになりたいと思えるほどの要素が必要なのだ。

 姉妹が同化を果たしたのは春風紫苑あってこそ。
 互いに紫苑を狂気的な領域で愛しており、
その男に愛してもらって幸せになりたいという想いが産んだ力こそが同化。
 ゆえにそれはただの純化とは異なる。
 幻想の領域に踏み込める資格を有した魂が二つ、相乗効果を起こしたのだ。
 スペックだけで言うならば紫苑の周りに居る純化を果たした人間の中でも頭一つ二つは飛び抜けている。

「これはまた、凄まじいわ」

 離れて見ていたアリスは思わず感心してしまった。
 それほどまでに姉妹の戦いぶりは凄まじいのだ。
 鬼神もかくや――などという形容では足りないほどに。

「少しは私も何かしないとね」

 アリスが指を鳴らすと地上から大量の剣群が撃ち出される。
 その意図は明白だ。
 姉妹もすぐにそれに気付き花弁から射出した糸で剣を絡め取った。

「あら、お上手ね。やっぱり」

 千を超える剣を一本の無駄もなく操る様は糸繰りに長けた姉妹ゆえの業だ。
 最早、九尾の狐に逆転の目はない。

『この借りは高くつくぞ貴様らぁ……!!』

 九尾の肉体が一瞬にして風船のように膨らみ――――弾ける。
 爆発の余波は眼下に広がっていた街を根こそぎ消し飛ばしても尚、収まらず。
 ダンジョン内を妖気の嵐が吹き荒れる。
 嵐が止んだのは十分ほど経ってからだった。
 あれほどの爆発だったが、皆の身体には傷一つ存在しない。
 清明が寸前に展開した防壁と、
同じように姉妹が糸で形成した糸の繭が無ければ無傷では居られなかっただろう。

「チッ……逃がしたか。わらわも少しばかり認識が甘かった。次は必ず殺す」

 清明の見立てでは弱体化、あるいは全盛の一歩手前だった。
 しかし、あの毒をかまされた段でそれが違うと分かった。
 全体的な能力こそ劣化していたものの毒は更に凶悪になっていた。
 どうやら歪な進化を遂げているらしい。

「まずったな……土方さん、これってボクら振出に戻っちゃった?」

 近藤の下に居るのが九尾の端末だとしても、本体が生きているのならば当然生きているはず。
 戻って端末を叩いたとしても本体が生きている限りまたやって来る可能性も大きい。
 苦い顔で呟く総司だが、

「安心せい壬生の狼。生きてるとはいえギリギリ。
あ奴も今回の件でかなり消耗したからのう。端末を戻して回復に専念するだろうて。
そして治ったとしても一度遊んだ玩具に興味は持たん。あれはそういう女だて」

 自分の母親だけあって、その性格はよーく知っていた。

「玩具、ねえ」

 戦いの最中耳に拾った言葉からも何となく分かってはいた。
 九尾の狐が意図して新撰組を狙ったわけではないと。
 あくまで自分の何てことはない欲求を満たす道具として、たまたま新撰組を選んだだけ。
 意味も何もない。通り魔的に被害に遭っただけ。

「……ふざけた話だ」

 そっとしておいてくれれば良かった。
 なのにぐちゃぐちゃに引っ掻き回されて部下が畜生にされた挙句、仲間の離反まで招いてしまった。
 総司や土方すればたまったものではない。というか普通にムカツク。

「その怒りは尤もよ。しかしアレはそういう生き物だ。
病的なまでに平地に乱を起こすのが好きで、意味もなく他を狂わせる。
いや、好きという表現は適切ではないか。そうせずには生きられない」

 勿論、他者が苦しむ様を見て愉しいというのもある。
 しかしそれ以上に他者を狂わせるのは本能のようなものなのだ。
 食事、排泄、睡眠、人にとって無くてはならないものが九尾の狐にとっては他を堕落させること。
 堕落させて何もかもをわやくちゃにしなければ生きられない。

「詳しいね清明。やっぱり母親だから?」
「まあの……というか、そうか。わらわの名前に辿り着いたのか」
「歴史というか、まあそういうのに詳しい仲間が居たからね。というか何で普通に名乗らなかったのさ」
「名乗っても繋がらんからの。現実から清明という存在が駆逐されておったし」

 安倍清明は過去の人間で、決して今の時代に生きているわけがない。
 現実ではそうなっていた。決して死者は蘇らない、それが絶対の法則。
 今ならばともかく、かつて此処で会った時はその法則が健在だった。
 その状態で名乗ろうとも現実に生きる天魔にそれは伝わらずノイズにしかならない。
 だからこそ、かずはなどという偽名を名乗ったのだ。

「ふぅん……よく分からないや。それより、君は何だって自分の母親と戦ってたんだい?」

 此処に来た時には既に戦いは始まっており、お喋りの時間もなかったが今ならば出来る。
 詳しい事情を聞いておきたいと思うのは当然だろう。
 清明は懐から取り出した閉じたままの扇子を口に押し当て小さく頷く。

「うむ。前にそなたと会うた時、わらわはそちらに着くと明言したであろ?」
「うん。つっても、あの時はまるで意味が分からなかったけどね」

 そりゃ当然だ。
 ドヤ顔で意味深なこと口走ってその場で理解されてしまえば清明の立場が無い。
 もしそんなことになってしまったら清明ただの恥ずかしい奴である。

「そなたの想い人が元旦に小気味の良い啖呵を切った段でわらわも参戦しようとしたのだが……」

 もうド派手に登場してやろうとあれこれ考えていた。
 しかし、そんな清明を邪魔するように九尾の狐が現れたのだ。

「あれは先にも言うたように困った性の持ち主でな。とにかく人を玩弄したい。
しかしわらわが人の側に着けば対策やら何やらを取られて動き難くなる。
これからどんどん世界が面白くなっていくのに指を咥えて見ているなぞ言語道断。
今辛い想いをしてでも馬鹿娘をぶっ殺してやるぜヒャッハー! ってわけで殴り込んで来たのじゃ」

 母親も娘も、肉親を殺すことについての抵抗感は無いらしい。
 まあ、隔絶した存在なので思考回路も少々アレなのだろう。

「……ちょっと待って。話を聞くに、一日から今の今まで戦い続けてたの?」

 今日が一月六日なので、六日間も休まず全力で戦い続けたのかとアリスが疑問を呈する。
 命懸けの殺し合いというのは十分続けるだけでも気力体力を大きく消耗するものだ。
 アリス達でも常時全力でないならば二日ぐらいは出来るが、六日となると不可能である。
 それをやってのけて尚且つ平然としている清明に畏怖を抱くのは自然な反応だ。

「まあ、他所ならばともかくここはわらわの領域……て、テリトリーぞな」
「いや良いから。無理に横文字使うのは痛いって」
「むぅ……」

 術理に長けた清明だからこそ、自分の領域であるダンジョンには様々な仕掛けが施してあった。
 だからこそ長時間の戦闘にも耐えられたのだ。
 これが外、もしくは別の場所であったのならば四日が限界だろうし常時全力では戦えなかっただろう。

「まあ良い。それよりそなたらの事情についても話してくれぬか? 大体の察しはつくが一応な」
「分かった。僕らは京都で暴れてた新撰組の連中をどうにかするために来たんだが……」

 単純に彼らを殺せばそれで終わりというわけではなかった。
 事情を聞き九尾の狐が裏で糸を引いているが分かり、
その狐の領域に乗り込むために清明の力を借りようと足を運んだ。
 掻い摘んで説明すると清明は成るほど、と一つ頷く。

「それならば一応わらわも付き合おう。あの女が消えたからといってすぐ元に戻るわけでもないしな」
「……良いのか?」

 天魔らとはともかく、自分達とは何の接点もないし義理も無い。
 清明が協力してくれることに驚きを隠せない土方だった。

「まあの。でなくばこ奴らが大阪に戻れんのならば是非もなし。
一時的に離れるのは構わんが、基本的にあの者の傍にはこ奴らが居た方が良い」

 あの者、とは言うまでもなく紫苑である。
 勿論好いた男の傍に居させてやりたいとかいう生温い理由ではない。
 確たる理由があってこその言だ。
 つまり感情だけでなく理屈も含めて少女らは紫苑の傍に居られるわけだ。
 まあ、奴からすれば堪ったものではないだろうが。

「言われなくてもそうするつもりだけど……どうしてよ清明お婆さん」
「ちょっと待て。お婆さんって何ぞ? 見ろ、わらわピッチピチではないか」
「いやだって、何か話し方も古めかしいし……実際千何百歳って話じゃない」

 雲母もお姉さんという年頃ではないがアリスはお姉さんと呼ぶ。
 しかし清明はどうにもしっくり来ないらしくお婆さん呼びになったようだ。

「後、無理に若ぶろうと現代風の言葉を使おうとするのも少々厳しいかと」
「つーか別に横文字やら若者言葉使えば若いってわけじゃないよね」

 姉妹と天魔からも援護射撃が飛ぶ。
 しかし正論だ。姉妹などは基本的に敬語だが若さが溢れている。

「ぬぐぐ……」
「えーっと……見た目もすっごい綺麗やし無理せんでもええと思いますよ?」
「そういうのが一番辛いわ!」
「それより理由を教えてちょうだ清明お婆さん」
「む」

 色々な意味でやる気を失った清明だが、説明だけはしっかりしておかねばと気を引き締めなおす。

「彼の者は人を変える。それは分かるな?」

 分かり過ぎて困る。
 善きにしろ悪しきにしろ、紫苑が詐欺ムーブをかます度に成長したり吹っ切れたりと人は変わっていく。

「そりゃまあ分かるよ。僕らもそうだし」

 容姿端麗でもその精神性から異性との恋愛などとは無縁だった少女達。
 しかし紫苑が絡めばあら不思議、メンヘラいっちょあがりぃ! ってなもんだ。

「元旦に見せたあの光景は、力持つ冒険者と呼ばれる者だけではなく力無き民草にも火を灯した。
全人類などとは言わんが、それでも決して少なくは無い数の人間が小さな勇気を持てた。
あの者個人は力を捨てたことで弱くはなったが、代わりに得難い力を開花させたのだ。
"背を見せる者"、"魁となる者"、苦難に直面した時、彼の者は一番先頭に立って輝きを示す」

 その輝きにこそ人々は奮い立ち、我もそうあらんと小さな輝きを心に灯すことが出来る。
 カス蛇の言っていた通りだ。人々は気分良く勘違いする。
 その背を見て自分もこうなれる、力は無くても自分達は素晴らしいものを持っているのだと誤認出来る。

「それは……うん、分かるわ」

 フランスに同行したアリスは実際にそういう場面に出くわした。
 紫苑が魅せたジャンヌへの献身、
それが心を奮い立たせ我も彼のようにと人々の勇気を喚起した。

「であろ? 世界はこれから先、幾つもの困難に襲われる。その度に彼の者は先頭に立つはずだ」

 本当はそんなことしたくないし我が身が世界で一番可愛い。
 だが、同時に己が至高であるとも定義しておりその見栄が彼を鉄火場へ誘う。
 紫苑は手の込んだ自殺でもしているのだろうか?
 自分で自分の首を絞めている現状が滑稽で滑稽でしょうがない。

「その度に人々はその背を見ることになり、少し、また少し変わっていく。
意識の変革が何を齎すかは分からん。しかしだ、かつて幻想を幻想として放逐したのは人よ。
その人間が大きく変わることは……また何か、世界に大きな変化を齎すとは思わんか?」

 だから傍で彼を護る人間が必要ということだろうか?
 そんなこと言われるまでもない、少女らは誰に命令されずとも紫苑を護るつもりなのだが……。

「えらく曖昧な言葉ですね」

 実際に人々の意識が変革するのは目の当たりにしている。
 しかし、だからといってそれが世界を劇的に変化させるとは思えない。

「いいやそんなことはないぞ。目に見える変化は、一番傍に居たそなたらが体現しておる。
のう、そなたらはかつて酒呑童子の居城に討ち入ったであろ?」
「栞お姉さんと天魔お姉さんに麻衣お姉さん、そしてルドルフお兄さんが醜態を晒したダンジョンね」

 この場に居ないルドルフ以外の顔が引き攣る。
 あの一件は未だに情けないと思っているのだ。
 なのにそこを容赦なく抉りに行く邪ロリ――ガチで性格が悪い。

「そこで、そなたら鬼を殺したであろう?」

 救助に行った時のことだろう。
 であれば確かに殺した。アリス、アイリーン、ルーク、雲母の四人で鬼を殲滅した。
 しかしそれが一体何だというのか。

「雑魚と……そして茨木、星熊、虎熊、金熊、熊の五童子があの場で殺された」
「あー……あのちょっと強い鬼達ね。それがどうしたの?」
「殺された」
「いや、だからそれが……」
「死 ん だ の よ」

 その段に至って何かがおかしいことに気付く。

「元は人であったのならば死という道は用意されている。
しかし、純粋な幻想にはそれが無い。時間が経てば復活することが出来る……知っておるな?」

 しかし、アリスらに殺された鬼はそうならなかった。

「そなたらに殺された鬼はどれだけ時間が経とうとも復活することはない。
真の意味で死を迎えたからだ。幻想に近い領域に居るそなたらが幻想を完全に殺し得る。
それは明らかな異常よ。何故だ? 理由は明白であろ」

 紫苑の影響、それ以外には考えられない。
 清明が愉しげに笑う。
 それはこれまでに無いことが起ころうとしている可能性を感じ取っているからだ。

「そして春風紫苑ともう一人の女に殺された酒呑童子もまた、同じように完全なる死を迎えた」

 幻想にこれでもかと近付きながらも人である部分が強く残っていた。
 カス蛇が護らねば駆逐されていた人の皮。
 それと膨れ上がった幻想の力が化学反応を起こし酒呑童子を死に至らしめたのだ。

「……つまり、私達は幻想を――神々すらも滅ぼせると言いたいのですか?」
「さてどうかな? 今出来るのは雑魚と茨木らの辺りが限界であろうよ」

 不可思議な状態ではあるが、それでも神々を完全に殺せるほどではない。
 しかし、これから先も紫苑の傍に居続ければ影響という名の汚染は更に強くなるはずだ。
 そうすると、幻想を滅ぼすというのも夢物語では無くなるかもしれない。

「ま、何にしろそなたらは彼の者の傍に居た方が良い。
理屈抜きでも感情的にそうしたいならば問題はなかろ?」

 メンヘラが付き纏うのに大義名分まで与えてしまう清明マジ有能。

「成るほど……分かりました。そういうことなら、ええ、何が何でも離れませんよ」
「いやー、しょうがないなー。これからの戦いを有利に進めるためだもんなー」
「四六時中傍に居てもしょうがないわね」

 妖しく目を煌かせる三人を麻衣は恐ろしいものを見るような目で見つめているが当人らは気付いていない。

「さて、新撰組の領域に往く前にもう一つやっておかねばな」

 両頬を叩いて気合いを入れなおす清明。その視線は姉妹に向けられていた。
 突然、剣呑な視線を向けられた姉妹は驚いて身構える。

「な、何ですか?」
「あやふやな状態で引き剥がすのも危ないが、完全にくっついてしまってからでも危ない。そろそろ頃合よ」
「???」
「純化を解除せい。でなくば一生そのままで、そなたらが好いた男に害を加える存在になるやもしれんぞ」

 ぎょっとする姉妹。
 そう、余りにもこの状態が自然過ぎて純化を解くことを忘れていたのだ。
 そして、このまま同化し続ければどうなるかも理解した。
 純化を解除せねばその魂は完全に幻想へと染まり切るだろう。そして敵になる。
 それだけでも憤死ものなのに、自分達の祈りが更なる悲劇を生んでしまう。

 二人揃って好いた男と結ばれたい、純化を支える理由だ。
 幻想そのものとなったのならば存在意義に変わってしまう。
 となれば紫苑を何が何でも手に入れようとするだろう。
 それだけならまだしも、幸せになるためには感情が双方向でなければいけない。
 どうにかして紫苑を幻想へと引きずり込もうとするのは間違いない。
 それは好いた男の矜持や強さを踏み躙るということだ。
 そんなことに耐えられるわけがない。

「ん……!」

 弾かれるように分かれた二人だが、二人に戻った途端にどうしようもない脱力感が身を苛んだ。
 これまで感じたこともなかった、身に纏う衣服が重いという感覚。
 身体の節々もどういうわけか重くて重くてしょうがない。

「今のそなたらは冒険者でも何でもない、普通の人間で、普通の娘よ」
「……私と栞は一般人になってしまった、と?」

 その顔を不安が侵食していく。
 純化したままで居るのは言語道断。しかし、力が無くなるのも困る。
 力無くして紫苑を護れず、袂を別った友とも戦えない。それは一大事だ。
 姉妹の不安を感じ取った清明が二人を安心させるように微笑む。

「あくまで一時的にの。三日もすれば元に戻るであろう。
だが、これからも純化を使うのならば反動のことを忘れるでないぞ……どれ、少しばかり楽にしてやる」

 懐から取り出した符の束を宙に放り投げて印を結ぶ。
 すると符が連なり一本の帯と成り姉妹の首に絡み付いた。

「あ……少しだけマシになりました」

 ガチでノーマルな十代女子から運動が得意な女子程度への引き上げだったが十分だ。
 少しでも身体が楽になると心も楽になる。

「さて、後は新撰組だけか。向こうに行くよりは此方に連れて来る方が楽だの」

 清明の周囲に浮かび上がった五つの五芒星が重なり一つの巨大な五芒星を形作った。
 五芒星から発射された光波が何も無い空間を穿ち、大穴を開ける。

「そなたらの領域に繋がっておるはずだ。首魁を連れて来ると良い」
「……感謝する」
「すぐ戻って来るよ」

 感謝の言葉を述べて二人は孔に飛び込んだ。
 天魔らには近藤を連れて帰って来るまで待つ義理もないのだが……。

「一応最後まで見届けてから帰ろうか」
「そうね。紫苑お兄さんに任されたんだもの」

 それに総司の想い人がどんな男かというのも気になる。
 まあ、こちらは純粋な好奇心だが。

「ところで清明、君はこれからどうするんだい?」
「約定通りにそなたらに着く。とは言っても常時そちらに出て居られんからこれをやろう」
「これは……」

 天魔の左義肢の甲に五芒星の刻印が浮かび上がる。

「念じればわらわに繋がる。ポケベル的なアレだ」
「ポケベルって何世紀前の骨董品だよ……つーかさぁ」
「ん?」
「僕、割と義肢ぶっ壊しちゃうからこんなとこに刻まれても困るんだけど」

 普通の戦闘でもたまに義肢を壊すし、純化を使えば可能性は更に跳ね上がる。
 実際に清明との戦いでも天魔の両義肢は完全に砕け散っている。

「あー……そういえばそうよな。では、此方にしようか」

 手の甲に浮かび上がっていた五芒星がサイズを縮小して左眼の下に現れる。
 ファッションで入れたタトゥーにも見えるのでそこまでの不自然さはない。

「何処に移動したの?」
「天魔さんの左眼の下ですよ」
「ふぅん……まあそこなら大丈夫かな。でもさ、連絡だけなの?」
「いや、それはわらわがそなたらの位置を把握して飛ぶための印でもある。信長のアレと似たようなものよ」

 そんな話をしていると孔の中から総司と土方が戻って来る。
 二人に支えられるようにして出て来た厳しい男が恐らくは近藤勇だろう。
 しかし何というか、

「……生気が無いわね。目も虚ろだし。このおじさん、大丈夫なの?」

 生ける屍という形容詞が相応しい有様だった。

「いや、むしろまだマシよ。まだ心が完全に砕け散っておらんからな」

 九尾の狐、その魅力は魔性だ。
 毒のように染み込んで何もかもを捧げ尽くしたくなる。
 それこそ、己が魂までも……。
 しかし近藤の魂はギリギリのところで繋がっているというのが清明の見立てだった。

「……ねえ、近藤さんは元に戻るのかな?」

 不安を隠し切れず、目に涙が浮かんでいた。
 総司はこれまで随分と余裕そうだったが、その実、かなり張り詰めていたのだ。
 愛する男――近藤勇を助けるために。
 ようやく狐の魔手から奪還したというのに、治らないのならば意味は無い。

「フッ……案ずるな。何とかしてやる」

 咒を唱え方陣を組み替えて回復のための下準備を整える。
 五芒星ではなく円形で、西洋風の意匠も感じられる方陣から光の帯が伸びて近藤の肉体に絡み付く。
 すると徐々に血色が良くなり、僅かだが瞳にも光が宿り始める。

「今はまだ言葉も発せんし、意思も朧だろう。しかし、しかりと介護してやればいずれは全快するであろうよ」

 パン! と両手を打ち鳴らすと絡み付いていた帯が弾け飛ぶ。
 これで治療は終わりということだろう。
 それを見届けた二人は何度も何度も清明に頭を下げる。
 そして、

「ありがとう天魔。醍醐栞、醍醐紗織、桝谷麻衣、ありす・みらー。
君らのおかげでボクは一番大切な人を取り戻すことが出来た」

 何よりも感謝するべき者達に心よりの感謝を。
 感謝を受け取った少女達は小さく笑みを浮かべて構わないと口にし、その場を去ろうとするが……。

「いずれこの恩は返す。だからこれはその前金として受け取ってくれ」

 脇差の刃を手の平から肘にまで真っ直ぐ通し、刀身を血に濡らす。
 引き抜いて外気に晒された脇差の刃は元からそうであったかのように紅く染まっていた。
 かなりの力を持つ代物というのは見ただけでも分かる。

「何かの役に立つこともあるだろう。直に手を貸せるようになる時まではこれで勘弁して欲しい」

 納刀し、脇差を天魔に手渡す。

「そんなに気にすることはないけど……まあ、ありがたく受け取っておくよ。また会おう、総司」
「ああ、またね天魔」

 九尾のことなど残る問題もあるが一先ずはこれで戦いは終わり。
 さて、これで後は大阪だけ。
 大阪で問題解決に当たっているパーフェクトシオングは今、






「(ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!)」

 近年稀に見るレベルで大爆笑していた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ