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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

116/204

狐狩り 中

「――――戻った」

 曇っていた視界が晴れ、指先に触れる確かな感触を感じるし左半身の制御も完全に戻った。
 純化で喪失した以外のダメージは麻衣の手で治療されているのでこれでコンディションは万全。
 何時でも殴りこめる、そう言わんばかりに拳を打ち鳴らすが、

「まあ、土方さんからまだ連絡が来ないんだけどね」

 早速出鼻を挫かれる。
 まあそれも無理からぬこと。座敷童シスターズの下を去ってからまだ一時間と少しなのだ。
 その程度の時間で敵のねぐらに乗り込む方法を探せというのが無茶な話である。
 幾ら頭が切れるといっても術士か何かならばともかく土方は武士なのだから。

「素朴な疑問なんだけど、あなた達ってどうやって連絡を取ったりしてるの?」

 江戸時代の人間が携帯電話なんて持っているわけがない。
 新撰組というのは個のようで群だからテレパシーでもあるのだろうか?
 それで連絡をしているというのならば納得である。

「一応、念話みたいなのを使えるんだけど……近藤さんが狂ってからはどうにも調子が悪い」

 とはいっても相手の場所くらいは分かるらしい。
 なので何か進展があれば互いの居る場所に駆け付ける段取りになっている。
 しかしまだ土方は来ない、つまりは進展がないということだ。

「難儀なものですね。というか、沖田さん。あなた、後どれだけこちらに滞在出来るのです?」

 幻想の存在にとって此方の世界は息をするだけでも苦しい場所だ。
 幻想回帰を起こしてから幾らかマシになっているが、完全ではない。
 現に信長やジャンヌもそこまで長い時間此方に滞在出来るわけではない。

「他の連中がどうだか分からないけど、ボクはまだマシな方だからね。いけるよ」

 幻想と成り果ててもそこまで歪んでいなかったことが幸いしたのだろう。
 信長のように自分が有していた軍事力をそのまま召喚したり、
ジャンヌのように業火を操ったりといった特殊能力がまったく存在しない。
 ただただ純粋に斬り合いをするのに必要な身体能力が跳ね上がっただけ。
 だからこそ、問題なくこの世界に適応出来るのだ。

「それに、今は戦いも何もせずただここに居るだけだ。負担は少ない」

 敵は九尾の狐というビッグネーム。
 当然彼女はこっち側には出て来られない。来られたとしても時間制限は重いはずだ。
 となると当然戦場はダンジョン――幻想の領域となる。
 そこでならば九尾だけでなく総司もまた、全力で戦える。

「成るほどねえ……ところでさ総司ちゃん。九尾の狐っていえば僕でも知ってるような敵だ。
実際のとこ、君と土方? それと僕らだけで大丈夫なのかな?」

 幻想と化した人間でも、今まで戦って来た者らは桁違いの強さを誇っていた。
 純粋な幻想で、しかもそれがビッグネームの九尾の狐。
 戦力としては少々心許ないのではという天魔の疑問も当然である。

「確かに強力だ。けどね、往時の力はまだ取り戻してないと思うよ」

 幻想は一つの例外もなく虚無の毒に苛まれて来た。
 人の世界に孔が出現し、虚無の世界が形を変えても毒は完全に消えたわけではない。
 現実と比べれば過しやすい環境ではあるが、苦しいのは確かだ。
 強力な幻想であればあるほど、虚無の毒は深く重く染み渡っている。
 それを抜いて全力を取り戻すのにはまだ時間が足りない。

「やりようによっては、出来んこともないというのがボクの見立てだ。
それでも……巻き込む側だから、不安だというのならば増援を呼んでくれても良い。
君らの仲間ならば信用出来る。特に、あの男の子とかね」

 春風紫苑というのは非常に奇怪な存在だ。
 その魂は桁違いの熱量を有しており、本来ならば単独で九尾をも滅ぼせる力を持っている。
 特異なのは尋常ならざる深度の祈りが二つ拮抗していること。
 幻想にはならない、現実――人間で在り続けると強く誓っている。
 結果として凶悪な力を封じられているものの、悪いことだけではない。

 純化――幻想の領域に踏み込んだ者を存在するだけで引き戻すことが出来る。
 人間で在り続けることを選んだ彼を標にして戻って来られるのだ。
 ゆえに純化を使っても人のままで居続けることが出来る。
 確たる現実、強い意思。人であれ人であれ人であれ。
 それは人間にとっては恩恵だが、幻想にとっては猛毒足りうる。

 単純な暴力という点では幻想に分があるものの、見えない部分で人は確かに天敵なのだ。
 現実から追いやり幻想に貶めたのは弱い弱い人間なのだから。
 そんな幻想にとって強く人を体現する春風紫苑という存在は恐怖以外の何ものでもない。
 上手く言語化出来ないものの、沖田は何となくではあるが弱い紫苑が鬼札足りうると感じていた。
 とはいえ、勿論そんなあやふやな理由だけで呼べと言っているわけではない。

「確か彼、信長公を呼べるんでしょ?」

 加えてそれ以外にも中々のやり手が紫苑の傍に居る。
 それを戦力として持って来るのは間違いではないだろう。

「無理よ。だって紫苑お兄さんは紫苑お兄さんでやることあるし。
すぐには増援は呼べないわ。一応今のところ動かせるのは二人だけ」

 大阪で起こっている異変を軽く説明すると総司も納得したようだ。

「秀吉公ねえ……大昔の人間が出て来るってのも、不思議な気分だ」

 しみじみと頷く総司だが、自分も大昔の人間であることを自覚するべきだ。
 現代人からすれば新撰組も豊臣秀吉も、昔の人間という括りでしかないのだから。

「僕らからすりゃどっちも似たようなもんなんだがね」
「まあそれもそ……おや、土方さんがこっちに向かってるようだ」

 立ち上がって遠くを見れば洋装に和羽織の珍奇な男が一人。
 それは誰あろう土方歳三である。
 屋根伝いに跳ねながら此方向かっている彼のためにアリスが城の外壁から一本の道を伸ばす。
 土方は少しばかり驚いたようだがすぐに事情を察して道に飛び乗り、そのままバルコニーへと。

「総司か」
「うん。見ての通り協力は取り付けたよ。にしても……腕、斬られたんじゃなかったの?」

 正確には自分で斬った、だがそれはさておき総司のいうように今の土方には両腕がある。

「撤退するどさくさで腕を拾って無理矢理繋ぎ合わせた」

 使い物にはならないが、バランスを取るためには繋げておいた方が良い。
 つまりはそういうことだろう。

「あ、あの……」

 麻衣が恐る恐る手を挙げる。

「どうした?」
「え、えっと……」

 別に威圧しているつもりはないのだが、土方の目つきは鋭い。
 紫苑も割かしそうなのだが、あっちはまだ付き合いが長い。
 なので怯えることはないが、土方のは少しばかり怖かった。

「すまない。睨んでいるわけじゃないんだが……何だ?」
「腕、くっついてないんやったらうちが治しましょか?」

 時間が経ち過ぎているし、腕が死んでいたのならば回復魔法も意味を成さない。
 だけど、腕ぐらいならばどうにか出来そうな気がするのだ。
 パリで紫苑を治した際に一つの壁を超えたからだろう。

「そうか――では頼む」

 小さく頭を下げる土方。
 婦女子に頭を下げるなど! と言い出さない辺りは昔の人間にしては良く出来ている。
 施しには感謝を、土方歳三は素直で誠実な男なのだろう。

「はい……じゃあ、ちょっと触りますんで」

 無理に糸で縫い付けたと思わしき痛々しい傷口に手を当て魔力を注ぎ込む。
 土方は身体の中を駆け巡る活力に一瞬目を見開くも、すぐにそれを受け入れる。
 数分ほどで治療は終わり、完全に死んでいた腕が蘇った。

「ふむ……完璧だな。感謝する」

 ぐーぱーぐーぱーと手を開閉させ具合を確かめる。
 万全であることを確認した土方はもう一度深く頭を下げた。

「いえいえ、どういたしまして。それより、総司ちゃんのとこ来たってことは何か進展が?」

 そう問いかける麻衣だったが、どういうわけかいきなり土方がプルプルと震え出したのだ。
 すわ呪いか何かかと警戒する一同だったが、

「土方さん何笑ってんのさ」

 どうやら笑っているらしい。表情も変えないままで。

「お、お前がちゃん……ちゃん……?」

 総司がちゃん付けで呼ばれたことがツボに入ったようだ。
 まあ確かに男として暮らしていたし、
女らしさも皆無だった総司がいきなり女の子のような扱いを受けていれば驚くか。

「――――素っ首落とすぞ馬鹿野郎」

 抜刀の瞬間すら見せない早業で総司は土方の首筋に刃を付きつけた。
 ひやりと冷たい刃の感触が総身に伝わるが、それでも怯えはない。
 この程度、新撰組にとってはじゃれ合い程度だから。

「それより報告頼むよ土方さん」
「ん、ああ。一度ここから撤退した後で、狐のやさを探っていたんだが……斉藤の奴と出くわしてな」
「あれ? ハジメちゃんこっち出てたんだ」
「うむ。新撰組は抜けたが少しばかりの手伝いはしてくれるらしく、狐の居城に通じる孔を探り当てていた」

 ならば話は早い、とっととそこにと沸き立たったのは土方以外の面子。
 しかし彼はまだ話は終わっていないと皆を手で制する。

「しかし、孔には結界が張られていた。俺と斉藤で強行突破しようとしたが……」
「無理だったのかい? 土方さんとハジメちゃんの二人揃って」
「力づくで何とかなる類のものではないらしい。だから俺はここに来たんだ。術士のような者は居るか?」

 直に戦った紗織と栞以外の面子への問いかけ。
 しかし、この場に居るのは麻衣を除いて総て前衛だ。
 アリスの場合は少しばかり特殊だが結界破りなどは心得ていない。
 麻衣にしたって専門は回復でそれ以外は出来ない。

「……そうか」

 顔色を見て大体のところを察した土方は難しい顔で考え込む。
 今度はここに居る全員プラス斉藤一で強行突破を試みるか。
 しかし、そこで力を消耗してしまえば本末転倒だ。

「あのさ、僕や皆はそういうの得手じゃないけど京都に居る知り合いで得意そうなのは居るよ」

 ピンと来たのは事情を知る面子だ。
 術に長けている、彼女以外に誰が居るというのか――そう、安倍清明である。

「……任せても良いのか?」
「良いよ。僕らも早く大阪に帰りたいしね」

 天魔が城の外に飛び出す。
 それに続いて麻衣を抱いた栞と紗織。その背を追うように新撰組コンビも。
 最後に残ったアリスは即席の城を元の瓦礫に戻してからその後を追う。
 疾風の如くに駆けてやって来たのは地下にある大空洞。
 孔が開いていた場所に行くと、前のように五芒星の封印は無く、すんなりと中に入れた。
 ダンジョンの中はかつてと変わらず大昔の京都そのものだったが、

「――――来るとこ間違えたかな?」

 思わずそう言ってしまうほどの差異もあった。
 京都の空には全長何十メートルかを測るのも馬鹿らしい怪獣のような狐が、
同じく空を飛んでいる狐と比較すれば何とも小さな人間に向けて口から火を吐き出しているのだ。

「特撮か何かの撮影現場に迷い込んじゃったのかしら?」

 円で谷なところか、あるいは東にある映画的なサムシングか。
 どちらにしろCGも何もないのに大迫力である。

「冗談言ってる場合じゃありませんよ。天魔さん?」

 この中で唯一清明と面識があるのは天魔だけだ。
 今空中で戦っているのがそうなのかと確認をする栞。

「ああ、ありゃ清明だ。しかし……あの狐ってさ、ひのふのみ……九本尻尾あるね」

 何故こんなところで九尾の狐が戦っているのかは知らないが、ある意味で手間は省けた。
 しかし場所が空中となると話は別だ。
 九尾の身体に飛び乗ってボコスカ殴るくらいしか方法が無い。
 清明のようにアクロバティックな空中戦を繰り広げるなど不可能だ。
 そしてそれは天魔らだけでなく総司と土方も同じ。

「私が何匹か空を飛べるのを造るって手もあるけど……」

 そうアリスが提案した瞬間、一同の脳裏に澄んだ声が響き渡る。

"天魔よ、見ての通りわらわは取り込み中なのだが……如何用か?"
「色々事情はあるけど端的に言うならそこの狐殺したいんだよね」

 事情説明を端折ったが清明にとってはそれで十分だった。
 どっちにしろ長々と話をしている余裕も無いのだ。

"相分かった。しばし待て"

 言うや空から七つの光が降り注ぎそれぞれの身体に付着する。
 光はよく見れば札で、どういう原理かテープも何も使っていないのにピタリと張り付いている。

"念じろ、それで飛べる"

 そう言ったっきり清明の言葉は聞こえなくなった。
 だが言葉は短くても意図は明白だ。空を飛ぶ手段をくれてやるから狐狩りを手伝えということだろう。
 七人は言われた通りに飛べ、と念じ宙に浮かび上がる。
 その後、少しだけ具合を確かめて調整を済ませる。
 後衛の麻衣はともかく他の者らは戦うことに秀でているので僅かな時間でも完全に操作を把握出来た。

「回復役の麻衣お姉さんがピュンピュン飛び回るのは難しいでしょうし……えい!」

 幻想の空気が満ちるダンジョンの中なので純化の速度も早い。
 アリスは麻衣を乗せるための小さなドラゴンを造り出して彼女をそれに跨らせる。

「麻衣お姉さんのサポートは私がするわ。回復をする時は教えて」
「分かった。よろしく頼むわ」

 これで準備は万全、全員が空高く舞い上がった。
 後衛の麻衣とその護衛のアリスは九尾の狐から離れた場所に停止したが、
他の面子はそれぞれの得物を手に一直線で九尾の狐の下へと向かう。

『増援を連れて来たか! 賢しき愚かな娘よ!!』

 地鳴りのような叫び声が偽りの京都を震わせる。
 やはりこの九尾の狐は清明の母親らしい。
 しかしそれが何故、こんな風に争い合っているのか。

「抜かせ! 此奴らがここに来たのは大方貴様の自業自得であろうよ!!」

 清明の周囲に配置された五つの五芒星から光波が放たれる。
 それぞれが九尾の狐の身体を貫くが、開いた穴はすぐに修復されてしまう。
 それでもお構いなしに清明は光波を放ち続ける。
 驚異的な修復能力があると言っても無限ではない。
 一月一日からずっと削り続けて来たので着実に再生速度は弱まっているという確信があった。

「貴様がわらわとの戦いの最中に何処ぞに式を送っていたのは知っているぞ?
命懸けの戦いの中でも己が性癖を満たそうとするとはとんだ淫売ぞな!!」

 まったく関係がなさそうな天魔達と新撰組。
 その者らが揃ってこの領域に顔を出し、狐を敵だと見定めている。
 それだけで大体のことが察せるというものだ。
 九尾が己の性を満たすべく式を放ち堕落させたのは新撰組の首魁なのだろう。
 だからこそ、自分達の頭を取り戻すべく現世を生きる天魔らと手を結んだ。
 詳細は分からずとも大体の事情くらいなら予想も出来る。

「……片手間でボクらは滅茶苦茶にされたってのかよ」

 総司もまた清明の言葉で大体のことを察する。
 特別何か大きな目的があったわけじゃない。
 本当に趣味、自分のくだらない欲求を満たすためだけに愛する男を狂わされたのだ。
 しかも本体ではなくその分身のようなものに。
 そしてそれを見て本調子ではないと勘違いしていた。
 その事実が情けなさを喚起し、総司は今にも眩暈で倒れそうなほどだった。

「憤りは尤もだが、俺達がまず成すべきことは何だ?」

 巨大な尾が土方に叩き付けられる。
 しかし彼は寸でのところで回避しそのまま毛の一本を掴んで尾に取り付いていた。
 そしてそのまま尾の上を疾走して身体を伝って頭部を目指す。

「ああそうだね――――狐狩りだ」

 鬼の副長は何時だって感情に流されない。
 そのおかげで何度も世話になった、死んでからも世話になった。
 己の未熟さを恥じながらも総司は冷静さを取り戻し、九尾の狐を殺すことだけに意識を向ける。
 この図体で更にはとんでもない再生能力。
 頭を潰そうという土方の意図も分かる、しかし別の方面から攻めるのも悪くはない。

「……どれ、少しばかり試してみようか」

 モッフモフの毛が鉄をも貫く棘と化し己に近付こうとする者を威嚇する。
 総司はその棘を躱しながら足下へと潜り込む。
 狙うのは末端、比較的斬り易い指先だった。
 全力の一振りでは足りず、二振りでようやく一本。
 それでも、他の部位に比べればまだマシと言えるだろう。

「さあ、選べよ化け狐!!」

 空中戦を行っている以上、指の一本くらい無くなっても問題はない。
 しかしこれが片足丸ごと、あるいは両足の指総てならば?
 総体に比べれば小さいものの無視するのもちょっと面倒なレベルでのダメージになるだろう。
 そうなれば再生能力を使うしかない。しかし、そうすると小さくではあるが更に限界へと近付いてしまう。
 総司は何度も何度も指を斬り落として再生能力を誘発するつもりだ。
 無視をするならそれでも良い。今度は他の斬り落とし易い部分を削るまでだ。
 相手に此方から二択を突きつける、それも戦いの常道である。

「再生と……硬化か!?」

 両足の指を斬り捨てた段で九尾の狐は再生能力を使用した。
 同時にその毛皮や皮膚が既存の金属など比べ物にならない硬度のものに変化。
 斬れないこともないが、手間がかかる。そうなると二択が上手く回らなくなってしまう。
 だが生憎と総司は別に一人で戦っているわけではないのだ。

「沖田さん、援護します!」
「姉様! 合わせてください!」

 別の部位を攻めていた醍醐姉妹が足下に潜り込む。
 二人の糸が絡み合い、一本一本の糸が太さと強度を増す。
 そしてそれを更に束ねてより太くて硬くも鋭い糸に変化。
 それを糸鋸の要領で九尾の狐の指に絡めて切り口を形成。

「良い援護だ! やっぱり君らを連れて来て良かった!!」

 切り口さえ入れば問題はない。
 渾身の一撃で再び指を落とす、総司が指を落としている間に醍醐姉妹は別の指に切り口を。
 型に嵌めてしまえば今までよりもスムーズにことが進む。
 さて、絶好調で攻めているのは何も総司らだけではない。

「流石にこのレベルのデカブツとやるのは初めてだねえ……よう化け狐、調子はどうだい?」

 九尾の狐の鼻先でヤンキー座りをしてニヤニヤ笑う天魔。
 どれだけ激しく動こうともピタリとくっついたままで目を回した様子もない。
 九尾の狐の双眸が忌々しげに歪む。

「そんな目を――――するなって!!」

 立ち上がった天魔が左眼に渾身の蹴りを突き刺す。
 巨大な水風船が割れたような音が響き渡り、眼球から赤い噴水が噴出する。
 そのまま手を緩めることもなく破壊された眼球に攻撃を加え続け更に中枢を攻める。
 再生能力が発動され天魔の腕が眼球に囚われてしまうが、構わずフリーな手足で攻撃し再度破壊。
 これで再生に巻き込まれて埋もれてしまった腕が自由になった。

「おっと!」

 毛が逆立ち意思持つ棘となり天魔の身体を貫かんと蠢く。
 しかし彼女は器用にそれを回避して反対側の目に回って今度はそちらを攻撃。

「なあアリスちゃん、ちょっと試したいことあるんやけどええかな?」

 戦いの場から少しばかり離れた場所を旋回飛行している麻衣がそう切り出す。
 今のところ回復が必要な状況は訪れていない。
 であれば少しばかり攻勢に出てみるのも悪くないかもしれないと考えたのだ。

「なぁに?」
「うち反射神経ではどうしても行動が遅れてまうからアリスちゃんに頼みたいんや。
回復が始まる箇所にうちを連れてって欲しいんよ。出来るかな?」
「ふむ、まあ……出来ないこともないわね」

 何をする気かは知らないが、別にそれぐらいならば何の手間でもない。
 アリスは清明が展開している五芒星から九尾の狐の大腿に光波が放たれるのを認識。
 同時に自分と麻衣が乗っているドラゴンを操作して光波が大腿部を貫いた瞬間を狙い接近。
 即座に穿たれた部分の再生が始まり、

「――――弾けろや」

 再生箇所が爆ぜる。

「はっはぁ! 狙い通りや!!」

 爆発の正体は麻衣の唯一の攻撃手段である過回復だ。
 過剰な魔力を注ぎ込むことで自己治癒を暴発させ内側から破壊する過回復。
 当然、使用する魔力も莫大になるのだが今回は別。
 何せ九尾が自身を回復させているのだから。
 そこにほんの少しばかり魔力を注ぎ込んで溢れさせてしまえば簡単に過回復を誘発出来る。

「アリスちゃん、次!」
「ええ、任せてちょうだいな」

 清明も麻衣の過回復を見ていたので彼女に合わせるように光波を放ち、
再生を誘発させ再生を狂わせ過回復というコンボを決める。

「麻衣お姉さんも頑張っているのだし、私だけ何もしないというのも情けない話ね」

 爛々と妖しい蒼光を宿す双眸で地面を睨み付けると、
それに呼応して大地が隆起して巨大な拳が大量に形成される。
 対空ミサイルの如くに地上から次々と放たれる拳の弾幕が九尾の巨体を容赦なく打ち据えた。

『■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

 怒、憎しみ、屈辱、痛み、雑多な感情が混じった叫喚。
 大妖怪である九尾がこうまで押されているのには当然ながら理由がある。
 もしこれが清明を抜きにして全快のままならば天魔らと新撰組だけではまず敵わなかっただろう。
 しかし、ここには清明が居て更には数日続いている彼女との戦いでかなり消耗していた。
 むしろそれだけの悪条件で未だに戦い続けて居られる方が脅威だ。

「全員聞けい! そろそろあの馬鹿母の最後っ屁が出るぞ!
わらわがさ、さ……さぽーとするがそなたらも気をしっかり引き締めい!!」

 懐に両手を突っ込み掴めるだけの札を掴んでばら撒くのと、
九尾の身体に亀裂が入り黒い霧が噴出するのはほぼ同時だった。
 どうでも良いが無理に横文字を使うのはみっともないので止めて欲しい。

「ぐぅうううううううううううう……! な、何だい……これ!?」

 両の義肢が吹き飛び片目の視力、痛覚が消失する。
 九尾が撒き散らした毒によるペナルティだ。
 しかし、痛覚が消失したのは幸いだった。苦しみことがないから。

「うぷ……やばい、ボクちょっと生前思い出しちゃったよ……」

 皆が皆、毒に呻いている。
 一番軽度な清明ですら毒が予想以上であったので、予想外の消耗を強いられていた。

「ぬぅ……結界を張ったのにこれとは……ますます悪臭が酷くなったようだな母上!」

 見誤っていた。
 毒を撒き散らすのは予想通りだったが、その威力を完全に見誤っていた。
 清明は己の見通しの甘さに憤慨するが、紫苑ほどではないので気にしない方が良い。

『ホホホホホ! 強がりじゃな。このまま喰ろうてくれようぞ!!』

 一転して九尾が攻勢を仕掛け始める。
 幻想そのものとなった総司や土方、
純化を果たし幻想の領域に踏み込んでいる天魔とアリス、治癒に長ける麻衣はどうにか平気だったが……。

「栞ちゃん! 紗織ちゃん!!」

 アリスを伴って二人が墜落した場所へ急行する麻衣。
 落下の衝撃で出来たクレーターの中心には姉妹の姿があったが、酷い有様だった。
 顔は土気色で目鼻耳口からはとめどなくドス黒い血が流れている。

「麻衣お姉さん!」
「もうやっとる! でも、あかん……! 回復させた瞬間から傷付いてく!!」

 アリスの焦燥に満ちた声、今にも泣き出しそうな麻衣の声。
 姉妹にとってはどちらも遠くの世界から聞こえるものでしかなかった。
 すぐそこに迫る死の足音、恐怖はある、後悔もある。
 熱と痛みで今にも腐り堕ちそうな手を伸ばし、姉妹は互いの手を握り合う。

「ねえ、さまぁ……」
「だいじょうぶ、よ……わたし、ここにいる……」

 リアルに迫った死を前にして、紫苑が繋ぎとめた糸がようやく形となる。
 互いに想ったのだ、このまま憎み合って終わりたくないと。
 あれだけの破綻があっても決裂せず、憎悪という名の絆であろうとも結ばれ続けた二人だ。
 心の底では互いを愛していないわけがない。
 ただ、諸々の事情が二人の家族愛を邪魔していた。
 しかし、死を前にすればそんなものは総て消えて無くなった。

「……ごめんね、ごめんねしおり……わ、わたし……おねえちゃん、なのに……」

 喉から込み上がる血塊が邪魔をして、言葉も上手く紡げない。
 それでも栞には伝わっていた。
 自分の嫉妬で総てを壊してしまってごめんね。
 私が我慢をすれば二人は姉妹のままで居られたのにごめんね。
 酷いことばかりしてごめんね。
 妹を愛する姉の気持ちは上手く言葉に出来ずとも確かに伝わっている。

「ちがいます……わたしだって……ごめんなさい、ねえさま……」

 舌先が痺れて、伝えたい言葉が上手く伝えられない。
 それでも紗織には伝わっていた。
 何も知らないまま勝手なことをしてごめんね。
 自分の短慮で何もかもを壊して友達まで奪ってしまってごめんね。
 酷いことばかりしてごめんね。
 姉を愛する妹の気持ちは上手く言葉に出来ずとも確かに伝わっている。

「ばかね、わたしたち……しにたく、ない……」
「いきたい、いきていたい……ねえさまと、しおんさんと……」

 ポロポロと零れ落ちる涙。
 霞む視界の中で、二人は幼い日に誓い合った夢を思い出す。
 拗れてしまってからは思い出すこともなく、ずっとずっと蓋をしていた大切な思い出。

"何時か私達が大人になった時、素敵な人と結ばれてお嫁さんになろう"

 昔日に誓い合った夢。
 不器用でも良い、それでも誰よりも誠実で優しい――そんな素敵な旦那様と結ばれたい。
 どちらが先に結婚するかは分からないがどちらであろうともめいっぱい祝福しよう。
 そして何時の日か互いの子供を抱いてあげよう。

「わたしたちが、死ねば……」

 二人は見つけた。
 誰かのために涙して、誰かのために一生懸命になれる。
 誇り高くて、きっと世界の誰よりも優しい人。
 男の趣味まで似通っている自分達。
 あの人には随分気を揉ませてしまった。沢山泣かしてしまった。
 自分達が死ねばきっとあの人は泣いてしまう。

「しおんさんは、また泣いてしまう……」

 優し過ぎるせいで何時でも無茶をするし、他人の痛みに敏感で傷付きやすい。
 だけども悲しみをグッと堪えて他人に心配をかけまいと無理をする。
 出会い、時間を重ねる度に強く生きるその姿に惹かれていった。
 少しでも彼の痛みを和らげたいと想った。
 傍で護りたいと心の底から渇望した。

 原初の祈りは互いに幸せになろうという無垢な姉妹愛。
 齢を重ね、縺れ合った糸を解いてくれた愛しい人。
 自分達の幸せはそこにある、そこにしかない。
 姉妹揃って愛しい人と幸せな生を得たい――――それこそが真なる祈りの形。

「栞」
「姉様」

 正しい祈りを見出し、それ以外の総てが剥がれ落ちていく。
 繋がれた指先が溶けて混ざり合う。

「――――幸せになりましょう」

 さあ、もう一度生まれよう――――幸せになるために。
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