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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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狐狩り 前

 時は少し遡る。
 屋外で雑魚を屠っていた天魔だがヘドロのように絡み付く邪気を感じて動きを止めた。
 周りの畜生も何故か大人しくなって――――否、違う。

「……コイツら、死んでる」

 そう口にした瞬間、視界に居た総ての雑魚の身体が細切れとなり地に落ちる。
 これまで流れていたのも含めて辺りは一瞬で血の海になった。
 天魔は邪気の発生源をすぐに発見する。
 京都大虐殺の際に折れてしまった京都タワー、そこの残骸にそいつは腰掛けていた。

「――――やあ、愉しそうだね君」

 少年のような、それでも何処か女を感じさせる声。
 酷く驚いた。声の主は余りにも自分に似ているのだ。
 髪は総白髪だし自分よりも少し長い、肌の色も悪く、病人を思わせるものだが顔の造りは双子のそれ。
 浅葱色の羽織を肩からかけているその女は外道天魔にそっくりな容姿をしている。

「まあね」

 とはいえ、あれは先祖でも何でもない。
 単なる直感でしかないが天魔はそう判断した。
 世の中には自分に似た人間が三人は居るという。あれも恐らくはその類だと。
 そして、血縁が無いからこそ自分と何処までも似ているのだろうなとも思った。

「随分白けてたとこに君みたいなのが来てくれたんだもん」
「ボクのことかい? いやいや、それは嬉しいね」

 少し照れ臭そうに笑ってから女は地上に飛び降りた。
 音も無く降り立ったところを見るに、かなりのやり手だ。
 肉体的な強度にものを言わせたのではなく、技術によって衝撃を散らした。
 かなり器用だ。天魔も同じことが出来ないわけでもないが、練習をしない限りは無理だろう。

「僕は外道天魔、君は? 殺り合う前に自己紹介くらいはしておきたいからねえ」

 愉しそうに笑う天魔の頭の中に余計な思考は一切存在しない。
 女を含めてどうして新撰組が人を襲っているだとか、
目の前の女は何を考えているかなどまるで考えていない。

「ボクは沖田総司。名前はアレだけど、一応女だよ」

 それは肌蹴た着物から覗く胸を見ても確かだ。
 若干天魔より大きいが、総司のそれも女にしては小さい部類である。
 まあ彼女に関しては昔の人間なので栄養状態なんかも色々関係しているのだろうが。

「総司、ね。分かった。じゃあ」

 スカートから手を入れ、スパッツのズレを整える。

「うん」

 腰に差していた刀を引き抜き、降り注ぐ雨で刀身を潤わせる。

「やろっか」

 重なる言葉、示し合わせたわけでもないのに二人は息ピッタリだった。
 差異が生まれるのはこれからだ。
 どれだけ似ていようとも培った戦い方だけは別。

 まず先手を切ったのは天魔だった。
 渾身の力で足下を踏み砕き飛礫を総司に浴びせる。
 彼女はそれを躱すでも切り払うでもなく、ただただ受け止めた。
 この程度の攻撃とも呼べない攻撃など何をする必要もないと。

「クールだねえ沖田総司!」

 飛礫で一瞬総司の視界が塞がれたのは事実。
 その隙を突いた天魔は自分の気配を散らして居場所を撹乱し背後に回り込むが、

「――――異国の言葉はちょっと難しいかな」

 それを読み切っていたと言わんばかりに天魔が背後に到達すると同時に刃が迫る。
 片腕で無造作に背後に振るっただけだが、その一撃は鉄でさえも障害にならない斬撃だ。

「世代が離れ過ぎているからそれも当然か……!?」

 転がり込むように身体を前に倒すことで斬撃は回避。
 しかし、倒れ込むのに合わせて総司の膝が天魔の顔面に突き刺さる。
 打撃というのはその方向に合わせて飛び退くことで威力を減退させることが可能だ。
 だが、このように前に倒れ込んでいるような状態ではそれも出来ない。
 完全に力が伝わった膝蹴りが天魔の身体を跳ね上げる。
 この状態を攻められたらかなりの痛手を負うのは避けられない。
 であれば、

「ッッ!」

 次に驚愕を露にしたのは総司だった。
 自分と天魔の間に突如出現した丸い何かが爆ぜたのだ。
 丸い何か、それは爆弾だ。
 膝蹴りを回避出来ないと判断した天魔が即座に腰のバッグから爆弾を取り出し、
蹴られた瞬間に握り締めていたそれを手放し起爆させた。

「それなりの痛手だが……まあ、君に斬られるよりかはマシだろ」

 全身血塗れの天魔だがその顔は不敵な笑みのまま。
 そしてそれは総司も同じ。
 斬られるぐらいならば最小限の被害で済ませよう、その思考は理解出来る。
 だが、爆弾を近距離で爆発させることで被害を抑えると同時に敵にまでダメージを与える。
 その咄嗟の機転は賞賛に値するものだ。

「いやはや、生前は身体がどうにも良くなくてね。こんなに愉しい殺し合いは出来なかった」
「沖田総司って病弱なんだっけ? 僕もドラマでの知識くらい無いからアレだけど」

 仕切り直しだ。
 天魔は出し惜しみは無しにしようと自分に言い聞かせる。
 勝つためにも、もっと楽しむためにも純化は必要不可欠。
 そう決めた瞬間、彼女の心に無数の亀裂が奔り――――砕け散る。
 外殻が砕けて残ったのは、純粋な闇。外道天魔が抱える背徳の性。

「へえ……」

 ドス黒い靄が天魔の身体に纏わりつく。
 見た目の変化はそれだけだが、中身は別物だと総司は判断した。
 ゆえに、自身もまた更にギアを上げて天魔の強化に追随する。

「さあ! 僕の命と君の命、比べ合おうじゃないか!!」

 まず速度が段違いだった。
 総司の左肩辺りに放たれた飛び回し蹴り、回避は出来なかった。
 インパクトの瞬間に左肩を基点にして甚大な衝撃が身体に奔る。
 それを逃がすべく逆側に飛ぼうとした総司だったが、
フリーになっていた天魔の右足が微塵も衝撃は逃がすまいと総司の身体に絡み付く。
 時間差で挟み込むような形となった両の飛び回し蹴りはその威力を余すことなく総司に伝える形となった。

「よっと」

 天魔は両手で総司の肩を押して背後に飛び退き体勢を整える。

「ぐ……!」

 両腕の痛みと痺れが酷い。これでは武器もロクに持てやしない。
 太刀が右手から零れ落ちる、しかし地に落ちる寸前で身を屈めて口で柄に噛み付く。
 そしてそのまま口に咥えたまま刀を振り始める。
 噛む力を弱めたり微妙に位置をずらしながら器用に振るわれるそれは、そこらの下手な剣士よりも上手い。

「な、なあアリスちゃん。天魔ちゃんの援護せんでええん?」

 下界の戦いをハラハラしながら見守っていた麻衣がそう漏らす。
 アリスの援護で隙を作れば天魔を回復させられる。
 そんな意図を込めての発言だったが……。

「んー……別に手を出しても良いのだけど、あまり良い予感がしないのよね」

 天魔の力の特性を鑑みるに有利な状態を作り出せばスペックダウンなんてことになりかねない。
 いや、それだけならばまだマシだ。ペナルティを受ける可能性だって大いにあり得るのだから。

「回復だってそう。やるなら天魔お姉さんがああなる前にするべきだったわ」

 アリスの場合ならば純化を果たしていても回復魔法はかけられただろう。
 しかし、天魔の場合はそれが酷く怪しい。
 回復をかけるのも有利な状態になると見做されてしまえばこれもまたペナルティになるかもしれない。
 何とも面倒な力だ。しかし、だからこそ強力でもある。
 危機に陥れば陥るほどに能力が高まるのだから。

「うー……」

 それでも麻衣は心配らしくアリスは小さく溜息を吐く。

「大丈夫よ。見たところ、勝てない相手じゃない」

 かといって絶対に勝てる相手でもないがそこは敢えて言わない。
 あくまで麻衣を安心させるための言葉なのだから。

「んー……分かった。アリスちゃんがそういうんならええけど……」

 そうこうしていると土方との戦いを終えた醍醐姉妹が戻って来る。
 姉妹は軽く麻衣とアリスに言葉をかけて、二人と同じように下界を見下ろす。

「まあ、外道さんにそっくり……それに人の姿をしていますね」
「オキタだって。確か病弱イケメン剣士さんだったかしら?」

 アリスの言葉に苦笑が漏れる。
 確かに創作で描かれる沖田総司といえばイケメンで病弱な天才剣士という感じだ。

「ですが女性のようですね。天魔さんの御先祖様だったりするんでしょうか?」
「確かに容姿は外道さんと瓜二つだけど……他人の空似とかそういうものじゃないかしら?」

 眼下の戦いは若干天魔有利に進んでいたが、腕が回復したことで総司が再び刀を手にした。
 これで秤は再び釣り合ったことになる。

「さっきの返礼をしよう。ボクのとっておきだ」

 刀の腹を上に向け少し引き気味に脇で構えを取る。
 平突き、新撰組の十八番で――――総司にとっての必殺の型でもあった。
 刀身がブレ、神速の突きが放たれる。

「!」

 瞬間、天魔は咄嗟に自分の脳天に手をやっていた。
 その判断は正しく義肢を盾にすることで脳天への致命的な一撃は避けられた。
 しかし、間髪入れずに今度は喉元がヒヤリと警報を鳴らす。
 コンマ数秒の戦いの中で天魔が選んだのは突きに合わせて自分も前に出ることだった。
 突きを回避するほど大きく動くのは間に合わない。
 ならば致命を避けるべきであると。

「へえ……!」

 脳天への突きを受け止めたことで視覚が消失し、喉元への突きを僅かにずらすことで触覚が消えた。
 一、二、三――ラストである心臓への一撃も同じように突きに合わせて前に出て被害を最小限に押し留める。
 肉体を貫いた刃はそれでも心臓を僅かに逸れてしまい、致命を与えることは出来なかった。
 神速の三段突きは天魔の命を奪うことは出来ず。
 しかし彼女もまた視覚触覚、半身の制御権を失ってしまった。

「……一体何のつもりだい?」

 まだまだこれからだと思っていた天魔が不満げにそう漏らした。
 目は見えないが耳は聞こえる。
 研ぎ澄まされた聴覚が捉えたのは済んだ納刀の音。
 居合いに移行するとかそういうことではない。総司からは闘気が完全に消失していたのだ。

「見るべきものは見られたということさ」
「おいおい、よく分からんけど白けること言うなよ沖田総司」

 お前も自分と同類で、ここから更に燃え上がる性質だろう?
 言葉の裏に秘められた抗議に苦笑を漏らす総司。
 確かにその通り。戦いをもっと続けていたい。極限の中で命を賭け金にして遊ぶのはとっても楽しい。
 それは否定出来ない。総司自身も煩いごとがなければそうしていたかった。

「生憎と、優先するべきことがあってね。なあ天魔、君、惚れてる男とかは居るかい?」

 何とも急な問いかけだったが、天魔には確かに通じた。
 沖田が戦いを仕掛けたのは自分のためでなかったのだ。
 勿論彼女自身も楽しんでいた。しかし、あくまで最優先目標があったというわけだ。

「居るよ、何を犠牲にしてでも愛したい人が」
「そう……じゃあ、ボクの御願い聞いてくれないかな? ボクの好きな人を奪い返す手伝いをして欲しい」

 この戦いはそのためのものだった。
 力を借りるにしてもそれ相応の強さがなければ意味はない。
 天魔は総司のお眼鏡に叶ったのだ。
 そして、栞と紗織の二人も……まあ、彼女らを見極めたのは土方歳三なわけだが。

「土方さんは一旦退いて改めて頼むつもりだろうけど、ボクはまどろっこしいのは嫌いでね。
とりあえず話だけでも聞いて欲しいんだが……どうかな?」

 この会話は勿論、上に居る四人にも聞こえている。
 アリスと麻衣はともかく、醍醐姉妹は少々疑問も抱いていたのでこの提案は渡りに船だった。
 とはいえ最終的な判断はリーダーに任せるべきだろう。
 上に居る三人と天魔が――まあ、彼女は見えてはいないものの麻衣に視線を向ける。

「え、えーっと……ほなら沖田さん。上まで上がって来てくれます?」

 無条件に会話をしようという提案を呑むことは出来ない。
 ならばアリスの胃の中ともいえる城内で会話をするのがベターだろう。

「良いよ。なら、そっちまで行かせてもらおう」

 言うやバルコニーへと続く階段が形成される。
 アリスがまた純化をして作ったのだろう、本当に便利な力だ。

「……ふむ、なら僕も戻るか」

 純化を解除する天魔。
 それでも視覚や触覚が完全に戻ったわけではなく、酷く曖昧だ。
 一時間もすれば元に戻るだろうがそれまでは不便な状態で我慢するしかない。
 少しフラつきながらも先に階段を上って行った総司の背を追う天魔。

「さ、座ってちょうだいな」

 バルコニーには丸いティーテーブルと人数分の椅子が用意されていた。
 総司と天魔は空いている席に腰掛ける。

「それでそのぅ……沖田さん? えーっと、頼みごとって何なん?」

 好きな男を助けて欲しい、そう言っていたのは覚えている。
 とはいえ具体的な内容を聞かないことにはどうにも出来ない。

「そうだねえ……まずは何から話そうか」
「あなたは――どちら側なんですか?」

 切り出しあぐねている総司に栞は問いを投げた。
 まずそこをハッキリさせておかねばならない。
 新撰組自体は明確に人類に敵対行動を見せたが、
沖田総司という個人にはどうにもそこら辺の敵意が見えないのだ。

「ボクも含めて新撰組はどちらでもなかった」

 回りくどい物言い、だったということは過去形だ。
 となると今は総司はともかく新撰組は違うということだろう。
 状況証拠から見てもそれは確かだ。

「今思い出したんだけどさ、君らって元旦にカッコ良いとこ見せてた男の子の仲間だよね?」

 カッコ良いというのは偽らざる気持ちだった。
 もし先に惚れている人が居なければ危なかったと思う程度には。

「あの時もボクらは静観するつもりだったんだ。
そりゃ死に切れずに残りはしたが、だからって今の世をどうこうする気はなかったからねえ」

 沖田総司は自分が武士であることにこだわりはない。
 そもそもからして女だし、何より大事なものは他にあるから。
 しかし、他の面子は別だ。梅香の姉妹と戦った土方などもそう。
 彼は新撰組壊滅後も戦い続け五稜郭まで粘った。
 だがそれはあくまで生きていたからだし、死に場所を見つけたかったから。
 結果として苦しみに満ちた幻想の世界に辿り着いたわけだが、そこで仲間達ともう一度出会えたのだ。
 これ以上何かを望む気はなかった。
 死人が迷い出て今の世に生きる人間、それも一般人を斬るなど武士として言語道断だと思っている。

「その割には御仲間が随分と狼藉の限りを尽くしていたようですが?」

 刺々しい紗織の言葉。しかしそれは無辜の人間を殺されたことに対する義憤などではない。
 大阪から――紫苑の傍から離れる原因を起こしたことに対する苛立ちである。

「そう、それだ。そこらがボクの御願いに絡んで来るんだよ」

 天魔と戦っていた時とは打って変わって酷く憂鬱な表情だ。
 よほど、今回の件が不本意だったと見える。

「ことの始まりは……そう、こっちで言うところの三が日が明けた頃だ。
知っているかどうかは分からないが、
同じ場所に縁がある幻想で尚且つそれなりの力を持つ者ならば別の領域に行けるんだ」

 平安時代に属していた幻想、例えば安倍清明。
 彼女と江戸時代末期に存在していた沖田総司。
 共に京都にある孔から彼女らが住まうダンジョンに行けるわけだが、ダンジョン同士に繋がりはない。
 しかし、ある一定の力を持ち、同じ京都を縁とする幻想ならば繋げることが出来、
例で挙げた清明ならばそのまま総司が住まう領域まで行くことも可能になるのだ。

「三が日が明けてすぐ、そいつはボクらの領域にやって来た。
目も眩むような美女。傾城傾国。そんな形容詞が似合う女だ。
そいつはするりとボクの愛する人、そして新撰組そのものである近藤さんに近付いた」

 この辺りから徐々に沖田総司という女のどす黒い情念が混ざり始めた。
 総司が愛しているという男は新撰組局長近藤勇で間違いはないだろう。
 想い遂げられずに、死した。しかし、死後に望外の幸運がやって来てまた出会えた。
 例え地獄のような世界だとしても愛した男が一緒ならばそこは楽園だ。
 だが、その楽園が踏み躙られたのだ。怒りがあって当然である。

「……正直、近藤さんはボクや土方さん、ハジメちゃんに比べれば弱いよ。
単純な力も、心の方もね。だから――――あっさり篭絡されてしまった」

 そうして、新撰組が狂い始めた。

「近藤さんは弱いけど、ボクらの要だ。あの人はどうにも優しくてさ。
こう、何だかんだで皆のことをずーっと護ろうとしてくれる。
そんなあの人がボクらは大好きでさ。だから、死後もそういう形になったんだろう。
ボクを含めて新撰組の隊士は皆、固体であり群体なんだよ。頭の影響をモロに受けちゃう」

 近藤勇が正気を失えばそれに繋がっている隊士らも正気を失ってしまう。
 平隊士などはもう既に自分が誰かさえ分からなくなっている。
 だからこそ、総司は天魔と戦う前にこれ以上仲間達に醜態は晒させまいと介錯をくれてやったのだ。

「その割にはあなたや、私と栞が戦った鬼の副長は正気のようですが……」
「そうだね。ボクと土方さん、それとハジメちゃん辺りは平気だった」

 だけど他は総て駄目。他の隊長クラスでさえも近藤に引き摺られて狂ってしまった。

「自分で言うのも何だけど、ボクらは頭抜けて強いからさ」
「ふぅん……それがあなた達が京都で暴れてた理由なのね」
「ああ。徳川だ何だってお題目はあるが、家康なんてボクらからしても何百年も前の爺だよ」

 そんな輩に尽くす義理はないと総司は吐き捨てた。
 恐らくは土方も同じ気持ちなのだろう。
 だからこそ戦いの最中で理由を聞いた時、白々しかったのだ。

「兎に角、近藤さんがおかしくなって、更にその女が妖術を使って平隊士をあんなにしちまった。
数が増えたのもそうだ。正直、ボクは白刃で斬り合うのは得意だがそれ以外は苦手だ。
だから具体的に何をどうしたのかってのはよく分からない。ただ、元凶はあの女だ。
あの女のせいでボクらは薄ら寒いお題目を謳って死んでも尚、恥を晒さなきゃいけなくなった」

 女が一体何の目的でそんなことをしたのかは分からない。
 いいや、目的なんてないのかもしれない。単なる愉快犯。
 意味も無くただ徒に他者を踏み躙って愉しんでいる本当の畜生だというのが総司の抱いた感想だった。

「過去の亡霊に過ぎないあなた達が
どんな事情であれさんざっぱら狼藉をやらかした事実は変わらないない。なのに助けろと?」

 毒しか詰まっていないアリスの言葉だったが、しかしそれは正論でもある。
 面倒ごとを起こした相手をどうして助けてやらねばならないのか。

「まあそりゃ至極尤もだけど、何とかしなきゃ君らにとっても良くないだろ?」

 それもまた正論だ。
 感情の問題はさておいても新撰組をどうにかしなければ大阪に帰れない。
 そして、どうにかするためには近藤を狂わせている女を殺すしかない。
 総司の言が正しいのならば、正常に戻してやればこっちに干渉する気がないのだから。

「だから御願いだ。ボクに力を貸してくれ。
近藤さんを寝取ったあの糞女を殺したくて殺したくてしょうがないんだ。
これが生前で、まっとうな女ならばボクだって潔く身を引いたさ」

 生前は身体が弱かった。
 好いた男の子を産むことすら出来ない女としては劣等の存在。
 総司は自分をそう卑下していたから想いを伝えることはなかった。
 しかし、今は身体も十全で時間という縛りもない。
 だったら、身を引く理由がない。
 奪われたのならば奪い返して、人の男に手を出した馬鹿に報いを受けさせなければいけない。
 そのためならば、

「――――御願いです、ボクを手伝ってください」

 土下座でも何でもしよう。
 ことが終わった後に自分の首が欲しいというのならばそれも構わない。
 何にしても近藤の傍からあの女を消滅させないといけないから。
 さて、頭を下げられた少女達だが、苛立ちは確かにあった。
 しかし、好いた男を奪い返したいという気持ちはよーく分かるのだ。
 新撰組をどうにかするためでなく、
沖田総司という一人の恋する乙女を助けるためならばまあ悪くはないとも思える。

「僕は総司を手伝うつもりだけど、君らはどうする?」
「大阪に帰るためにも必要なことですし私は構いませんよ。そうでしょう、栞?」
「ええ。同じ恋する乙女のためというならば、まだ少しやる気も出るというものです」
「攫われた大切な人をという気持ちは分かるわ。ええ、総司お姉さんを手伝ってあげても良いわよ」

 ちなみに紫苑はこれまで二度誘拐されている。
 一回目は紗織に、二度目は雲母に。
 この場に居る面子は総司の気持ちがよーく分かるのだ。

「ほなら決定や。まずは敵さんがどんなもんか軽く偵察して、戦力如何によっては増援呼ぶ。それでどや?」

 リーダーである麻衣がそう締め括る。
 まずは敵の情報を詳しく聞き、出来るならば一度その姿を拝んでどんなものかを確認。
 五人で何とかならそうであればアイリーンと雲母を呼ぶことも視野に入れる。
 奇を衒わない実に正しい答えだ。四人は声を揃えて麻衣の意に賛同する。

「つっても、僕はまだ回復し切ってないから後一時間は待ってもらえるかい?」

 純化で失った機能の復活、それは時間経過以外では不可能だ。
 使い勝手が少々悪い――いや、それでも破格と言えるのだが。

「構わないよ。こんなに早く強そうな奴らが見つかったんだし時間はむしろ出来すぎだ」

 近藤の命令通りに京都で暴れまわれば必ず現世の人間が止めに来ると踏んでいた。
 その中から直に見極めて戦力になりそうな人材を選出するというのが総司や土方の目的だった。
 それがかなり早く果たされたのだし、何より急いてはことを仕損じるともいう。
 必ず近藤を奪い返すためには慎重にことを進める必要がある。
 それは総司もちゃんと弁えていた。

「その間、色々聞かせてもらいましょうか。近藤勇を誑かした女とは何者です?」

 日本の、それも京都で傾城や傾国なんて形容が似合う女はそう多くない。
 一人は玉藻御前、一人はかぐや姫。
 前者の確率が高いものの、幻想とは総じて歪んでいる。
 もしかしたらかぐや姫という可能性が無いわけじゃない。

「多分、ありゃ狐だ」

 予想は違わず、可能性が高い方が答えのようだ。
 狐と来れば玉藻御前しか居ない。三国を傾けた九つの尾を持つ妖狐。

「玉藻前、あるいは葛葉……ですか」
「でしょうね。はぁ、どうせなら日本ではなく中国かインド辺りに居れば良かったのに」

 三国を股にかけたブッチギリの悪女。
 縁があるというのならば他の二国でも良いだろうにと溜息を吐く紗織。
 と、そこで嫌な想像が脳裏をよぎった。
 同一視されているが、歪みによって三国それぞれに狐が居るのでは……と。
 大元は同じでも分散する形で存在するというのもあり得ない話ではない。

「くずのはっていやぁ……かずは――清明の母さんだよね?」

 前に聞いた解説を思い出してキョトンとする天魔。

「そうなりますね。以前外道さんが仰ってた清明が姿を見せないというのも……」

 もしかしたら母親絡みということもあり得るだろう。

「ねえ総司お姉さん、その狐はあなた達のダンジョン――領域に居るの?」
「どうだろう? 外に出る直前には居たが、今は分からない」

 となると居ない可能性もあるということだ。
 そうなった場合、どうやって九尾の狐を探せば良いのか分からなくなる。
 逃げの一手を打たれてしまえばどうにもならない。

「この京都に玉藻御前のねぐらに通じる孔はありますか?」
「あるかもしれないけど……何処にあるかは分からないよ」

 何せ総司もまだ出て来たばかりなのだ。そこら辺は把握していない。

「ほなら、総司ちゃんはその狐さんみたいに別のダンジョンに行き来出来たりは……」
「無理無理。ボク、斬り合い以外はてんで駄目だから」

 ガチで役立たずじゃないか。
 じとーっと五人に睨まれる総司だが、

「そこらは土方さんに任せてる。土方さんなら何か思いついていると思うよ」

 なので天魔が動けるようになればまずは土方のところに行こうと総司は考えている。
 自分と同じで正気を保っており、色々と鼻の利く男だ。
 九尾の狐が居る領域に通じる孔を探していてもおかしくはない。

「鬼の副長ですか……やけにあっさり退いてましたし、確かに……」

 戦力を見極めたのならば、次にやらねばならないことを。
 だから手早く撤退したのだろうと紗織は納得した。

「ああ、そうだわ。私からも質問があるんだけど良いかしら?」
「ん、何だい?」
「総司お姉さんは敵を狐だけと見做しているようだけど、邪魔者は?」

 雑魚隊士は正直、戦力にもならないような連中だ。
 だがしかし、新撰組には総司も含めて十人の隊長が居る。
 正気を保っているのが総司と土方、それともう一人だけというのならば最低でも八人の隊長が敵になっているはずだ。

「まさか殺すなとでも言うのかしら?」
「いや、居ないんだよ。君の言いたいことも分かるよ? 永倉、藤堂、原田とかでしょ? 居ないの彼ら」

 あっけらかんとそんなことを言う総司。
 居ないとは一体どういう意味だろうか? イマイチ要領を得ない。

「さっきも言ったけど正気を保てたのはボク、土方さん、そしてハジメちゃん――斉藤一の三人でね。
ハジメちゃんはさ、近藤さんが外出て殺して来いって言った瞬間に離反したんだわ」

 やってられない、近藤や他の隊士らが居る前でハジメはそう宣言した。
 当然、局中法度に則って切腹ということになったのだが……。

「抜けたから新撰組の掟なんて関係ないって言ってね。キレた近藤さんが殺してしまえ!
ってことでボクらにハジメちゃんを襲わせたんだけど……彼、一番強いからさ」

 沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣、そう語った男が居る。
 そう語ったのは沖田総司、斉藤一に並び最強格と黙されていた男、永倉新八だ。
 世間の人間が抱く新撰組のイメージにおいて大体が最強は沖田だろう。
 しかし、実際はそうではないのだ。無敵の剣と永倉が語ったように一番強いのは斉藤一。

「ボクと土方さんは無事だったけど……。
山南さんも、伊藤も永倉も藤堂も原田も源さんもみーんな殺されちゃったわけ」

 新撰組の中核を成していた幹部連中がゴッソリ居なくなったわけだ。
 総司が口にした邪魔者は居ないという言葉は実に正しい。
 九尾の狐を狩る際にそれを阻もうとするのは精々が雑魚隊士ぐらい。
 雑魚では彼女らの障害にもならないだろう。

「そ、そうか……せやけど……なんちゅーか……なあ?」

 仲間が仲間を殺したのに随分とあっさりしている。
 この無乾燥さに麻衣は何処となく友人達と似たものを感じ取った。
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