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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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お、俺の美貌と若さが吸い取られている気がする……!

 戦は負け続きだった。
 葛西二葉が陣頭指揮を執る戦いにおいてのみ、
人類側は局地的な勝利を得られていたものの大局で見るならば酷い劣勢である。
 それでも葛西二葉――カニは絶対に勝利を諦めない。

「っとに……やってくれるぜあの男は」

 ガシガシと赤い髪を掻き毟る彼女の脳裏に浮かぶのは半年前の大戦。
 幻想側のジョーカーである春風紫苑による南極襲撃。
 狙いは語るまでもない、人類最強の男アレクサンダー・クセキナスの首である。
 もしあの場にカニが居たならば勝敗は分からなかった。
 しかし、彼女はその際に別の大陸で戦いを強いられていたのだ。
 上手いこと釣り出された、そう評するしかないだろう。

 春風紫苑は人の心を圧し折る術を熟知している。
 南極決戦の際、彼は幻想回帰の時と同じようなことをした。
 あの時はメタトロンが一方的に人類を糾弾しただけだったが、
南極決戦においては紫苑とアレク、その二人の戦いを全人類の脳裏に強制的に割り込ませたのだ。
 あちこちで戦っている冒険者、震えるしかない一般人。
 人類側の総ての者達が二人の戦いを固唾を呑んで見守っていた。

「直接私を狙いに来るとはね……いや、むしろ今まで放置されていたのが不思議なくらいか」

 ブリザードが吹き荒ぶ純白の大地で最強と最強が対峙する。
 白の大地にそぐわぬ漆黒の衣を身に纏い、
禍々しい黄金の光を放つ聖槍を片手に感情の見えない瞳を向ける紫苑。

「ああ、お前を殺せば人は嫌が応にも知るだろう――――終わりは近いと」

 吹雪よりも尚白い、その御髪が静かに揺れる。

「……何故、君は幻想の側に着いた?」

 アレクは当然のことながら春風紫苑のことを知っていた。
 幻想回帰を起こす以前から、ずば抜けた力を持つ冒険者として。
 その魂ゆえに幻想に着くのも不思議ではないのだが、
それ以上に善良な心を持っていたはずだ――資料を読む限りでは。
 規格外の魂ゆえに幻想に至りながらも人の味方をするとアレクは考えていた。

「それが分からないのならば、お前はそこまでの男なのだろうよ。だからここで死ぬ」

 要領を得ない言葉、これ以上お喋りをする気がないのは明白だった。
 アレクは一瞬、悲しげに目を伏せた後、勢い良く大地を蹴った。

「世界最強、その名も今日限りだな」

 炎を纏った神速の裏拳を片手で止める。
 衝突の瞬間に発生した衝撃波が南極全土に亀裂を刻む。
 これは正に神域の戦い、只人が入り込めるような余地は微塵も無い。

「フッ! 若いもんにはまだまだ負けんよ!!」

 背から飛び出した炎の翼をめいっぱい羽ばたかせて遥か上空へと跳ね上がる。
 紫苑もまた己が背なに悪魔の如き翼を出現させてその後を追う。

「(さぁて……どうしたものか)」

 空中で超次元の肉弾戦闘を行いながらアレクは思案する。
 自分の認識を弄る幻術は防げる、
だが幻想回帰を起こしたことで更なる強度を増して自由自在に使えるようになった現実改変。
 そっちはどうあっても防げない。
 騙す対象が己ではなく世界なのだから。
 今のところは小手調べの肉弾戦だが、いずれは使って来るはずだ。
 そうなる前に勝負を決めれば良いのだろうが……それは叶わぬことだろう。

「(いきなり私という存在を消すことは出来ないのが唯一の救いか)」

 弱い者ならば"存在すらしなかった"とされてしまうかもしれない。
 全く以ってふざけた力だと思う。だが、その祈りの源泉は――――

「戦いの最中に考えごととは、随分余裕だな世界最強」

 何かに気付きかけたアレクだが頭上より降り注いだ踵落としによって思考を遮られる。
 頭上で両手をクロスさせることで直撃は免れるが、それでもその威力は甚大だ。
 上空数千メートルから一気に海面へ叩き付けられてしまう。

「う、ぐ……!」

 身体に奔る痛みを押し殺して再び急上昇するアレクの目に映ったのは、

「――――来るか!」

 遥か上空で槍を掲げる紫苑。
 ヘーゼルの瞳が聖槍のそれにも遜色ない黄金に染まり――――星が降り注ぐ。
 成層圏に出現させた数百の岩塊がアレクへ向けて殺到する。
 こんなものを地表に落とすわけにはいかない。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 全力の炎を以って流星を総て焼き払うが……。

「その程度か」

 追い討ちをかけるように今度は海面から無数の龍が出現しアレクに襲い掛かる。
 現実改変、これほどの存在を世界に誤認させるなど人の所業ではない。

「それでも……私は負けられんのだ!!」

 右腕が食い千切られ鮮血が噴出す。
 アレクは即座に傷口を焼いて止血し、総ての龍を叩き殺す。
 この戦いを見せ付けられている者からすればたまったものではない。
 終始余裕の紫苑と何とか喰らい付いているアレク。秤がどちらに傾いているかは一目瞭然だ。

「……負けるわけにはいかないんだ、
私が負けるということが何を齎すか、それを知っているからこそ……!」

 プロメテウスとの融合によって歪んでいた祈りが正しい形に戻り始める。
 この瞬間、アレクは紫苑にも比肩し得る魂を得たのだ。
 幻想の存在にも侵されぬ深度と強度を誇る祈り。
 その領域に至れたのはひとえに、負けるわけにはいかないから。
 人類側の主柱である己が死ねば多くの人間が心を折ってしまう。
 だからこそ、強くあらねばならない。護らなければいけない。

「……」

 一発で国を一つ消し飛ばせるレベルの火球が大量に迫る。
 数千は超えるであろうそれを紫苑は聖槍の一薙ぎで消滅させた。
 とはいえ別に余裕があるわけではない。
 あくまで鉄壁の見栄で苦境を覆い隠しているだけだ。
 究極の見栄、それこそが春風紫苑の力の源泉だから。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 火球が牽制程度にしかならないのは理解していた。
 ゆえに、乾坤一擲、魂の炎を左手に凝縮し、一撃に賭ける。
 先の火球は目くらましであり、力を溜めるための時間稼ぎでしかない。
 必殺の一撃が当てられる距離に侵入する、これさえ当てれば――――。

「あ」

 しかし、直撃の寸前で拳が緩み、回避を許してしまう。
 それは何故か――――愛する女と仲間達の姿が見えたから。
 現実改変により一瞬だけ生み出された幻、それは分かっている。
 しかし、原初の祈りを取り戻したことで理屈を超えて幻がその肉体を縛ったのだ。

「――――さようなら、アレクサンダー・クセキナス」

 聖槍が心臓を穿つ。
 それは絶死の一撃、もしこの場に回復魔法の使い手が居ても治癒は意味を成さない。
 全身から力が抜け、ゆっくりと堕ちていくアレク。
 その刹那、

「……成るほど、そういうことだったのか」

 アレクの瞳は確かにそれを見た。
 きっと、気付いたのは世界中で自分だけだろう。
 ほんの僅かだが、一瞬、彼は確かに自分へ向けて敬意を払った。
 春風紫苑、彼はもっとずっと先を見ていたのだ。
 現状では緩やかな滅びにしか繋がらないと考えたから、たった一人で茨の道を歩むことを決意した。
 幻想を完全に滅ぼす――それは地図も羅針盤も無しに未開の海を往くような旅路だ。


 アレクが死の間際に見た真実、世界がそれを知ることなく時を刻み半年後。
 彼の後を継いで人類側のリーダーとなったカニは一大反抗作戦を企てていた。
 まず初めにしたのは、総ての人間に後が無いということを改めて再認識させること。
 その上で言葉巧みに人を踊らせ戦意を掻き立てた。
 現状を再認識して折れてしまえば意味が無いからだ。
 望んでいたのは完全なる背水。そうすることで、駒を少しでもマシな状態に強化したのだ。

 その上で、カニは春風紫苑を釣り出すことを決意する。
 自分と紫苑の一騎討ち、もしも自分が負ければ潔く人類は滅んでやる。
 もし勝ったとしてもそちらには何も望まない――そう申し出たのだ。
 何をするにもまずは世界最強を打ち破った紫苑をどうにかしなければいけない。
 そう判断したうえでの博打だった。
 人類側からすればたまったものではないが、
文句を出さないようにするために総ての人間を背水へ追い込んだのだ。

 さて、結論からいうとカニの目論見は成功した。
 春風紫苑と葛西二葉の一騎討ちは実現することとなったのだ。
 場所は、思う存分に暴れられる幻想側の領域となったが、
この戦いもまた、総ての人類の脳裏に映り込んでいた。
 カニが敗北する場面を見て、完全に心を折るつもりなのだろう。

「よう、久しぶりだなぁ大将」

 果て無き荒野で睨み合う二人、まずはカニがそう切り出した。
 葛西二葉にとって春風紫苑とは因縁浅からぬ男なのだ。

「……ああ、初めて戦ったのが随分と昔のことのように思えるよ」

 あれはそう、十五の春だ。
 通っていた冒険者学校で意図の分からない生徒同士の戦いが開催された。
 順当に勝ち進んだカニはそのまま、他校の生徒らとも戦うことになった。
 その悉くをあらゆる手段で潰して回り、最後の相手となったのが春風紫苑とその仲間達だった。
 どちらも完全なるワンマンパーティで、紫苑とカニ以外は刺身のツマのようなもの。
 戦いは予想通りに二人がメインとなる展開となった。

 あらゆる策を打ってもあらゆる方法で潰され、最後は真っ向勝負。
 カニはその際、生まれて初めての敗北を味わった。
 そしてその瞬間、春風紫苑こそが最高の敵手であると理解した。
 高まる勝利への欲求、それはただただ紫苑にのみ向けられていた。

 人類側に着いたのだってその延長線上のこと。
 もしも紫苑が人類側だったのならば、カニは幻想側に着いていただろう。
 それほどまでに、彼女にとって紫苑は特別な存在なのだ。
 三千大千世界にたった一人の敵手。

「私はなぁ、あれからお前に敗北の苦渋を飲ませることだけを考えて生きて来たァ!!」

 何をしている時でも紫苑の顔がちらつく。
 寝ても覚めても紫苑紫苑、それはまるで恋のような感情だった。
 そしてその恋は世界を滅ぼしても尚、足りぬ領域の恋。

「――――眩しいなぁ」

 ポツリと聞こえた呟き、それはひょっとしたら空耳だったのかもしれない。
 カニは一瞬、驚いたような顔をしたがすぐに何時もの凶相に。
 もう言葉は要らない。ただただ勝利を目掛けて疾走するのみ。
 ここから始まった戦い、それはアレクとの戦いをも凌駕するものだった。
 何せあれは現実世界での戦いであり、制限も多かった。
 しかしここは幻想の世界。
 神域の魂は更に研ぎ澄まされ、何でもない一撃ですら空を割るレベルだ。

 互角の領域に居る二人の戦いは七日七晩続いた。
 その間、二人は一瞬足りとも力を抜くことはしなかった。
 常時全力で戦い続けたのだ。
 この戦いを見せられている人々からすればたまったものではない。
 カニの強さに希望を抱き、紫苑の強さに絶望を抱く――胃をイジメるのは止めて差し上げろ。
 だが、始まりがあれば終わりは必ずやって来る。
 ほんの僅かな差で、カニの心臓が穿たれたのだ。

「カハッ……くそ、また……負け、かよ……」

 その言葉を最後に、二人の姿は世界から見えなくなった。
 神域の魂が終わりを迎えることで、途轍もない熱量が放たれたせいだ。
 それは神々や如何な悪魔であろうとも同じこと。
 今この瞬間、紫苑とカニは世界で二人きりになったのだ。

「……何だよ、その顔……私に勝ったんだ、もうちょっと嬉しそうな顔しろよ」

 苦渋に歪む顔、流れ出す血涙。
 今の紫苑の姿はどう見ても勝者のものとは思えなかった。

「俺は……お前が、羨ましい。一途に、ひたむきに、何をも諦めないその強さ。
割り切るなんて言葉、思いつきもしない。常に最善だけを目指せる」

 自分は諦め、次善の道を選ぶことしか出来なかった。
 そう悔恨する紫苑を見て、カニはようやく彼が選んだ道を悟る。

「は、ははは……そりゃ、違うさ。私はただ、お前に勝ちたかっただけ」

 人類側に居れば、華々しい英雄となれただろう。
 だけど、彼が選んだのは裏切り者と蔑まれながらも勝利を目指す苦難の道。
 可能性を絶やさぬために、敢えて――――

「私は……他人の悪意とかそういうもんはどうでも良いって性質だが……お前は違う。
これから先、心が折れぬようなことだって何度もあるだろうよ」

 よろよろと立ち上がり紫苑に近付く。
 そして最後の力をめいっぱい振り絞り、力の限りに抱き締める。

「それでも、私に勝ったんだ――――勝てよ、紫苑」

 未だ光明すら見えぬ彼方の勝利、それを掴み取るまで戦い続けろ。
 それは厳しくて残酷でありながらも力強いエールだった。

「……ああ、勝つさ。どんなになってでも、な」

 これは、あり得たかもしれない可能性のお話。
 分岐した何処かの世界であった、別の道化芝居。
 自分を最高の存在に昇華するために何をも踏み躙る邪悪な男の御伽噺。
 脚本からして違うのだ。同じ道化芝居ではあっても話の筋から結末に至るまで何一つ違う。
 何せこの世界における紫苑は弱いまま進み続けるのだから。

「あー……何だ、今の……」

 天蓋付きのベッドで目を覚ましたカニは寝惚け眼で天井を眺める。
 今まで見ていたあの夢は一体何だ? どうして自分が負けている?
 それがまた、不快で不快でしょうがなかった。

「幻想の世界だからか……? 随分と、不思議なこともあるもんだ」

 夢は夢ではあるが、事実が無いわけでもない。
 恐らく紫苑のあの姿こそ、自分が望む本来の強さだ。
 あれと戦って勝利してこそ、初めて自分は至上の勝利を得られる。

「クハ……燃えるじゃないか。たまんねえ」

 熱を帯びる下腹部、カニは強敵の誕生を心から願っていた。
 今はまだ、人類側で弱いままひいこら言ってる愛しき敵手。
 しかし、切っ掛けさえ与えれば夢のようになるはずなのだ。
 それを真っ向から潰せば――――想像するだけで途轍もない快感が身体を奔る。

「おや、目覚められましたか二葉様」

 やたらと豪奢な部屋に入って来たのは耳の長いブロンド美人だった。
 ただ、美人は美人なのだが少々――いや、かなり変な格好をしている。
 メイド服、うん、ここまでは良い。しかし、何故メイド服の上に甲冑を着ているのだろうか?

「ああ……しかし、改めて思ったが……何だその格好? メイドならメイドで良いじゃん」
「戦乙女ですので」

 しれっと答えるブロンド美人。確かにここはヴァルハラで彼女はヴァルキュリアだ。
 しかし、だからといってメイド服の上に甲冑を纏う必要はないだろう。

「……まあ、個人の趣味にとやかくは言わんがな」

 さて、何故カニがヴァルハラに居るのかといえば、それは実に単純な理由だ。
 スカウトを受けた、それだけ。
 大体からして紫苑と伍する魂を持っている彼女を幻想が放っておくわけがないのだ。
 元旦の時点で紫苑が人類側に着いたのは明白だったし、
カニとしては渡りに船とばかりに神々の誘いを受けた。
 結果、生きている限り勝利を求め続けるという修羅道一直線の彼女はヴァルハラに連れて来られたのだ。

 しかし、カニがここに居るのはOKなのかという疑問も出て来る。
 本来ヴァルハラは戦乙女が厳選した戦士の魂が導かれるオーディンの居城だ。
 カニは戦う者ではあるが、戦士とはほど遠い生き方をして来た。
 本来ならば間違いなく招かれなかったはずだ。
 やはり年月を経た幻想の歪みというやつは大きいらしい。

「朝食をお持ちしましょうか?」
「いや良い。そんなに腹は減ってないんでな」
「でしたら……御客人が来ておりますので、お通ししても?」
「客人? まあ良い。ちょっと着替えるから待ってくれ」

 裸のカニは近くのテーブルに置いてあった下着と衣服を身に着けて軽く身嗜みを整える。
 それを見計らって戦乙女は部屋を出て、客人を呼びに向かう。
 一体誰が自分に会いに来たのか、
今のところ動く気がないカニとしては良い暇潰しになればと期待を膨らませる。

「失礼するよお嬢さん」

 部屋に入って来たのは実に奇怪な存在だった。
 老人にも若者にも子供にも見えるし性別だって男にも女にも見える。
 服装もスーツにドレス、ジャージとコロコロ変わっているし……。

「お前が私に会いたいって客か? まずは名乗ってもらおうか」
「我が輩に名前というものはない。強いて言うなら、観測魔――ラプラスとでも呼ぶが良い」
「ラプラス……フランスの数学者だったか?」
「正確には奴が名も無き我が輩をそう定義しただけなのだが……まあ、我が輩のことは良い」

 尊大でありながら謙虚という、
何とも意味が分からない仕草で近くにあった椅子に腰掛けるラプラス。
 これは良い暇潰しになりそうだとカニはほくそ笑む。

「それで……観測魔とやらが私に何の用だい?」
「ふむ、葛西二葉――――面白い夢は見られたかね?」

 何の脈絡もない問いかけ、しかしカニはそれに驚くこともなかった。
 この世界では何が起きても不思議ではないのだから。

「あの夢を見せたのはお前か?」
「然り。我が輩が、戯れに視界を一つ明け渡してやったのである」
「視界を一つ……観測魔の視界」

 そこから予想出来る可能性は一つ、あれはIFの世界だ。
 だとすれば色々納得出来ることも多い。
 紫苑が幻想側に着いたこと、その彼の腕に聖書の蛇が宿っていなかったこと、
そもそも実力が桁違いだったこと――――総てすんなり説明出来る。

「聡明であられるようだ。結構、概ね君の考えている通りで正解だ」
「ふぅん……しかし何だって私にあんなものを?」
「如何なる可能性を見渡しても、尋常ならざる魂を持つのはたった二人だけしか居ない」

 語るまでもない、春風紫苑と葛西二葉の両名だ。
 世界そのものが生み出したバグか何かだと思ってしまいそうになる異物。

「ほう、そりゃまた……しかしあれかね、お前なら私の心とかも分かるのか?」
「君は映画を見ている時、登場人物の心を読めたりするのかね?」
「成るほど」

 つまりラプラスは世界の流れを観測することは出来るが、一個人の中身までは覗けないらしい。

「まあ、ある程度のレベルまでの者ならば出来ないこともないが、君と彼と私では格が違い過ぎる」

 見ようとしても中身なんて観測出来ないと首を振るラプラス。
 確かに彼、または彼女を見る限りでは微塵も力を感じない雑魚だ。

「随分持ち上げてくれる」
「事実を述べるのが我が輩だ」
「それで? 煽て上手の観測魔さんよ。戯れとは言ったが丸っきり意味がないってわけでもないんだろ?」
「純粋な知的好奇心である。良いかね? 君と彼はどの世界においても敵対しているのだ」

 その時々で陣営は別だが、敵として対峙する運命だけは何一つ変わっていない。
 それは今この世界に居る葛西二葉と春風紫苑もそうだ。

「陣営も、勝敗も、その時々で変動するが共通していることも多い。
先に述べたように、必ず敵対しているということ。
そして、神域の力を以って傍迷惑な暴れ方をするということである」

 ちなみにカニが夢で見た戦いの後、
戦場となった幻想の地は二人の汚染によって人どころか幻想さえ立ち入れぬ領域となってしまった。
 踏み入れば色濃く残る魂の残り香が否応もなしに侵食して、壊れてしまうのだ。
 とんだ人間災害である。

「つまりあれか、今でこそアイツは雑魚だが……必ずああなるってことだな!?」

 喜色満面といったカニだが、

「さあな」

 ラプラスはあっさりと流してしまう。

「さあなって……どの世界でもそうなんだったら、ここでだってそうじゃないのか?」
「……正直、我が輩も驚いているのだが、この世界は差異が多過ぎるのだ」

 だからこそ、更なる一石を投じるためにラプラスはカニに接触した。
 この観測魔は幻想にも人類にも肩入れしていない完全中立の位置に在る。
 そのラプラスをして、積極的に干渉しようというほどにこの世界はおかしいのだ。

「まず第一に、春風紫苑がこの段になるまで弱いままであったことは一度も無い。
必ず、必ず早期に目覚めていたのだ。そして華々しい活躍をしていた」

 今でも華々しい活躍をしているが、少々種類が違う。
 強大な力と高潔な精神を以って独力でのみ活躍をしていたのだ。
 しかし、この世界ではそれが皆無だ。
 京都の一件にしたって紫苑とカニの共同作業だったのだから。

「黒と白が分けられた頭の春風紫苑など、我が輩は初めて見た」
「……あの髪の毛ってそんな意味もあったのか」

 そういえば夢の中の紫苑は完全なる白髪だったと回想する。
 しかし今は違う。黒と白の完全なる半々のまま止まっている。

「第二に、これこそが重要なのだが……聖書の蛇はどの世界でも人間と手を組んでいないのだ」

 幻想回帰の時点でカス蛇もまた目覚める、
しかし彼を危険視した幻想側により完全なる封印を施されて人間と手を組む前にドロップアウトしているのだ。

「つまり……」
「うむ、それこそが一番大きな差異であり、他の差異を生じさせた原因なのだろう」

 カッス有能、というべきなのかどうなのか判断に困る。
 別に彼が何かをして紫苑と出会ったわけではないから。
 それはさておき、この一人と一匹の出会いこそが、かつてない可能性を生むかもしれないのだ。

「もう一つ面白いことを教えてやろう。
どの世界においても、両陣営どちらも完全に滅びてはいないのだ。
ああ、幻想に着いた冒険者は勿論人類側から除外しているぞ?」
「決着が着いていないってことか?」
「然り。何らかの形で、必ずどちらもしぶとく生き残っておるのだ。
我ら幻想はまだ分かる。しかし、人類がだ。
そして、生き残っている理由は様々だが大抵が君と彼に起因している」

 中にはアレクがガンガン幻想を倒して、一時の平和を掴み取った世界もある。
 しかし、大概は紫苑とカニなのだ。
 世界に大きな影響を与える二人が何かしらやらかしており、結果として人類が生き残り続けている。
 百年経っても、二百年経っても……。

「……ふむ、あんたは私にどうしろと?」

 ラプラスの話はとても面白いものだった。
 暇潰しとしては最上の部類に入ると言っても良い。
 だが、意図が見えて来ない。わざわざこんな話をした意図が。

「自覚しろということだよ。今、君が立っている場所をね。
人類、幻想、どちらにも大きな影響を与え得る男と聖書の蛇が組んだ。
もしかしたら、それはどちらかの完全な滅びを齎すかもしれない。その意味が分かるかね?」
「いや、分からんな。手ごわいっていうなら望むところだしな」

 ことはそう単純ではない。
 カニもそこは分かっているのだが、やっぱり彼女の目には紫苑以外が見えないのだ。

「そうではない。良いかね? どの世界でもあり得ない可能性が生まれる。
それは、統合が起こるということだ。もしこの世界でどちらかが完全に滅びたとしよう。
さすれば、ここ以外のあらゆる可能性世界が消滅し、この世界が基点となって再び分岐を始めるのだ。
あり得ない可能性が生まれることで生じる引力はあらゆる世界を巻き込む」

 世界の命運を賭けた戦い、陳腐な言葉だがそれがピッタリ当て嵌まる。
 しかも自分達の世界だけじゃない、あらゆる並行世界も含めてだ。
 そんな舞台に立っていることをカニは自覚するべき。
 ラプラスはそう言っているのだが彼女からすれば知ったことではない。

「知るか、世界がどうのじゃないんだ。私にとっては」

 誰よりも何よりも勝ちたい男が居て、それ以外に目を向けられない。

「……そうか」

 ラプラスもそれ以上は何も言わなかった。
 この狂おしいまでの純粋さゆえに葛西二葉が世界を大きく動かせると知っているから。
 だとしても、ここで諸々の事実を伝えたことは決して無駄にならない。
 蝶の羽ばたきですあら嵐を起こすのだ。
 観測魔たる己の行動も、確かな一石となった。
 そう信じてラプラスはもう一人の重要人物へと想いを馳せる。
 で、その重要人物はというと……。

「(こ、腰が痛い……!)」

 自室のベッドで腰痛に呻いていた。
 その傍には満ち足りた顔で穏やかな寝息を立てる紗織の姿が。
 当然のことながら全裸である。
 書庫で一回戦、場所を部屋に移して二回戦三回戦――以下略。
 女の情念を受け止め続けた紫苑は割りとマジで憔悴していた。
 ただでさえ苦痛でしかない行為なのだ。
 そこに肉体的な疲労まで加われば地獄と遜色ない。

「(お、俺の美貌と若さが吸い取られている気がする……!)」

 こんなのが世界に大きな影響を齎すというのだから泣けて来る。
 ラプラスが真実を知れば憤死するのではなかろうか?

『大丈夫大丈夫、まだピッチピチだから。つーか身体、すんごいことになってるぞお前』

 紫苑の肌にはあちこち、赤い痣のようなものが刻まれている。
 婉曲的な表現を使うならば喰われまくったといったところだろうか。

『つかさ、マジで捕食されてるみたいだったよなお前。いや、前の四人もそうだけど』

 それは仕方ない。悲しいかな、春風紫苑は後衛の人間なのだ。
 身体能力からスタミナに至るまで、何一つとしてメンヘラーズには叶わない。

「(俺、本気で後悔してる……関わるんじゃなかった、こいつらに……)」

 裸の美少女と迎える朝であろうとも、紫苑の心は曇天どころか大雨だ。
 ざあざあ降りで常時大雨警報とか暴風警報が出っ放し。気象庁もお手上げである。

「(いやそもそも冒険者学校に入ったこと自体が間違いだった)」

 普通の高校に通っていたのならば、素知らぬ顔で幻想側に着くことだって出来たはずだ。
 そうすれば厄い面子と出会うこともなかった。

「(俺絶対、普通の暮らしをしてた方が幸せになれてた……)」
『カカカ、覆水盆に返らず。過ぎ去った時計の針を戻すことは出来ねえんだぜ』
「(うるせえ)」

 紗織を起こさぬようにそっと絡み付いている腕やら脚を外して離脱。
 物音一つ立てずに着替えを始める紫苑。
 何だか過ちを犯した直後にそそくさと逃げようとする男のようだ。

「春風、さん……」
「!(って、寝言かよ! ビビらせんじゃねえ!!)」

 それぐらいでビビってんじゃねえ。
 昼寝しているネコでも、もうちょっとは度胸あるだろうコレ。

「(とりあえず飯食って、どっかの空き部屋で寝よう……)」

 ヨロヨロと部屋から出て食堂を目指す紫苑だったが、

「おはよう」

 その目の前に傷だらけのアイリーンが姿を見せる。
 ちょっと殺し合って来たぜといわんばかりの風体、
髪が若干黒くて血が滴っている辺り、純化まで使ったらしい。
 一体どんな理由で誰と殺り合っていたのかというと――――端的に言って順番争いである。
 紗織の毒から目覚めた辺りで四人は盛大にキレた。
 しかし、邪魔をするのはプライド的に不可能。
 なので紗織の次に二度目を……ということで殺り合ったのだ。
 勝ったのは順当にアイリーンで、その目はギラギラと妖しい光を放っている。

「大好き」

 問答無用で唇を奪われた挙句、舌まで侵入して来る。
 もがくことすら出来ないまま紫苑はぼんやりとこう思った。

「(……俺、コイツらに殺される)」

 世界は変えられても目の前に居る女一人すらどうにか出来ないようだ。
冒頭から中頃までのが
誕生する可能性をカッスに消されたIFのチート紫苑です。
内心描写は書いてないけど変わらず屑なのでご安心を。
+注意+
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