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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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田舎娘を篭絡せよ 伍

 それは余りにも美し過ぎる光景だった。
 紫苑の幻術によりトラウマを刃でグリグリ抉られたジャンヌが上げた絶叫。
 その叫びは比喩でも何でもなしに街中に響き渡った。
 物理的な声量というよりは魂に響く声だったから。
 彼女の絶叫はパリに襲撃を掛けて来た知性無き幻想ですら本能で撤退を選ぶほどのもの。
 しかし、人は別だ。人が犯した罪、その一つの形であるからこそ忌避しながらも吸い寄せられた。

 コンコルド広場で戦っていたアネットを筆頭とする冒険者、
後からやって来た者達が見たのは燃え盛るジャンヌとそれを抱き締める紫苑の姿。
 絶望の中で叫ぶ少女を抱き締め、優しく語り掛ける少年。
 その身を焼かれながらも彼は自分よりも目の前に居る哀れな少女を救おうとした。

 それはきっと、特別であり特別なことではない。
 本来人が持っていた優しい姿なのだ。ただ、誰もが忘れてしまっただけ。
 何時の間にか自分のことしか考えられなくなってしまったけれど、消え失せては居ない。
 紫苑の見せた献身はそう思わせるだけの説得力があった。

 誰もがその輝きに魅せられた。
 諦めずに思いの丈をぶつけ、遂には悲劇の少女を絶望の闇の中から掬い上げた。
 立ち上っていた炎は霧散し、火の粉が蛍火のようにコンコルド広場に降り注ぐ。
 清らかな涙を流す少女と優しい笑みでそれを見つめる少年。
 紫苑の演出した舞台は完璧だ、非の打ち所もない。
 満員御礼感謝感激雨あられ! ってな具合である。

「(よし、最後の仕上げだ)ああ……」

 背中に回されていた手から力が抜け、ジャンヌの身体によりかかる。
 炎の本質を看破しその威力を軽減させたとはいえ、熱いことに変わりはない。
 火事程度であろうとも至近距離で燃え続ければ酷い火傷を負って当然。
 服も焦げているしそこから覗く肌は酷い有様だ。
 意識を保っているのも辛いはず、だというのにこんな時にも演技は忘れない。

「――――良かった(こんだけ人も居るし、治療してくれんだろ)」

 最後に表情を安らかなものに固定して意識を落とす。
 こうしていれば誰も偽りなどとは思えないし絵的にも美しい。
 こんなザマになったけれど、悲劇の少女を救うことが出来た。
 そして救えた少女の温もりを感じて逝ける、心に孤独は訪れない。

「……え」

 呼吸がどんどん弱っていく。
 胸の中で命の火を絶やそうとしている紫苑を見てジャンヌは酷く狼狽した。
 自分のせいだ、どうしよう、いけない、この人をここで喪ってはいけない。

「誰か……誰か助けてください!!!!」

 紫苑を抱き締め、涙ながらに懇願するジャンヌ。
 ちなみに奴はこの状況をも予期していた。とーっても良い絵になると思ったからだ。
 どうしてこう目先のことでは狙い通りにことを進められるのに、
長期計画になった途端に思い通りにいかなくなるのか――あ、増長慢心だ。

「私、とても酷いことしました。色んな人を殺しました!
でも、この人は悪くないです。私を罰したいならば、どんなことでも甘んじて受け入れます!
だからどうか、御願い! この人を助けて! 御願いします、御願いします!!!!」

 ぐちゃぐちゃの顔のまま必死に助けを求める。
 そこでようやく見惚れていた者達も現実に復帰し、真っ先にアネットが動いた。

「治癒魔法を使える者は今すぐムッシュ紫苑の治療に取り掛かりなさい!
彼を死なせてはいけません、彼はパリの――フランスの恩人です!
ここで死なせれば子々孫々にまで恥をかかせると思いなさい。
いいえ、下手をすれば未来そのものすら断絶してしまうかもしれない!!!」

 回復魔法の担い手達が杖や本を手に一斉に回復魔法をかけ始める。
 魔力を総て使い果たさんばかりに力が込もっているのは紫苑に魅せられてしまったから。
 懸命な救命の甲斐もあって、一先ずは命を繋げたのだが……。

「どういうことだ、これ以上回復しない……?」

 回復魔法を掛けていた一人が困惑を口にする。
 そう、紫苑の身体はギリギリ命を繋いだ程度でそれ以上治癒が進まないのだ。
 しかしそれも当然。規模こそ小さくなったものの、
これは幻想の存在であるジャンヌが生み出した炎による火傷。
 並大抵の技量では完全治癒させるなど不可能。
 それは紫苑にとっても誤算だったが、

「紫苑お兄さん!」

 ここで新たな援軍がやって来る。
 信長とジルドレに足止めをされていた四人が広場へやって来たのだ。
 ジャンヌの絶叫を聞いた時点ですぐにかけつけようとしたのだが二人はそれをさせなかった。
 彼女らは紫苑を愛するがゆえにその決断を邪魔する可能性があったから。
 信長は男の決断に水を差すような真似はさせんと立ち塞がり、
ジルドレはようやく見出した救済のチャンス阻ませないために立ち塞がったのだ。

「麻衣!」

 アイリーンが叫ぶ、彼女は麻衣の力をよーく知っているのだ。
 四月に戦った際にどれだけ前衛三人にダメージを与えてもすぐに帳消しにされてしまった。
 そんな麻衣ならば紫苑だって助けられるはず。

「分かっとる!」

 紫苑に駆け寄りその身体に両手を添え、

「――――有りっ丈、持ってけやぁああああああああああああああああああ!!!!」

 渾身の魔力を注ぎ込む。
 普通ならば過回復が起こってボン! していただろう。
 しかし麻衣は無意識下で悟っていた――――この傷を癒すには全力を尽くさねばならないと。

「う、うぎぎぎぎ……!」

 注いでも注いでも足りない。
 完全回復させるにはこれだけじゃ駄目。魂を燃やし尽くす勢いで回復魔法をかけねば意味が無い。
 でなくば幻想の傷跡を癒すには足りないのだ。
 限界を超えた魔力の発露により麻衣の両目から血涙が流れ出す。
 それでも瞬き一つせずに回復魔法に集中。
 腕の血管が破裂したが知ったことではない。

「あぅ……!?」

 天魔も、栞も、アリスも、アイリーンも、雲母も、紗織も、皆尋常ならざる域で紫苑を想っている。
 それに引け目を感じていた。でも、諦められなかった。
 ここで退いてしまえば本当に負け犬になってしまう。
 好きな人が居て、その人のために我が身を捧げるくらい出来なくてどうする。
 その決意に呼応するように光はどんどん強くなり――――完全回復へと至った。
 少しばかり火傷の跡が残ったものの、その顔色には血色が戻り呼吸も安定している。

「はぁ……はぁ……や、やった……う、うちも……紫苑くんを、助けられた……」

 身体を襲う呪いのような倦怠感やぼやける視界、
内側から鑢で削られているような頭痛さえも気にならないほどの達成感が麻衣の心を満たした。

「大丈夫、麻衣ちゃん?」

 ふらりと倒れ掛かった麻衣を抱き留める雲母。

「うん……うち、今、すごいええ気分なんよ……」

 満ち足りた表情を見れば一目瞭然だった。

「ありがとう麻衣お姉さん」
「凄い、助かった」
「あはは……」

 良い空気だがこのままここで休むわけにもいかない。
 ジャンヌに抱かれて眠る紫苑をベッドに移したいし麻衣の治療だってしなければいけないだろう。
 ジャンヌには色々言いたいことがあったものの、
それは後回しということでアイリーンは紫苑を抱き上げようとするが……。

「!」

 突如、紫苑の目が開かれる。
 確かに全快しているので目覚めてもおかしくはないが、一度意識を失ったのだ。
 すぐには復帰しないと思っていたのだが、予想に反してすぐに起き上がった。
 しかし、よく見れば何処かおかしい。
 基本的に仏頂面の紫苑が皮肉げな笑みを浮かべているのだ。
 瞳も縦に裂けている、まるで蛇のように。

「……あなた、カス蛇?」
『おうよ。紫苑が目覚めた時のために身体を慣らしておこうと思ってな』

 口から漏れ出た声も紫苑のそれとは違うカス蛇のものだった。
 火傷やらは大方焼失したが、皮膚のつっぱりなどもある。
 起きてすぐに動けば痛みを伴うだろう、
なので寝ている間にある程度身体を慣らしておこうというカス蛇の気遣いだ。
 更に言うなら神便鬼毒酒の副作用もある。
 紫苑が起きていたら動くことも億劫だろうがカス蛇なら普通に動かすくらいは出来るのだ。

『とりあえずここを離れようぜ。紫苑の奴も、こういう視線向けられたら困るだろうし』

 ちらりとアネットを見つめるカス蛇。
 彼女は何が起こったのか一瞬分からなかったが、すぐに元日に聞いた蛇の声だと気付く。

「……分かりました。皆、後は任せました。私は彼らと共に一足早く戻らせていただきます」

 広場に集まっていた人ごみを掻き分けて、アネットの先導に従いギルドに戻る一行。
 その中でカス蛇はしかりと人々の目を観察していた。
 元日のあれが尾を引き暗い目をしていた人々の目に、今はしかりと光が宿っている。
 "紫苑を見ていると人間が自分達を高尚なものだと勘違い出来る"
 カス蛇の言葉を借りると正にそれだ。

『(カカカッ! 良い傾向だ。ああ、良いぜ。このおめでたさも可愛いもんだ)』

 紫苑がどんな芝居を打つかは分からなかった。
 ただ、相応しいシチュエーションを示せばそれで良い。
 後は魂の欲求に従って自分を良く魅せるために立ち回るはずだから。
 間違いなく衆目がある場所で、さぞ素晴らしい芝居を見せてくれる。
 紫苑はそんなカス蛇の期待に見事応えたのだ。

『(にしても……テキトーにペラ回したつもりだったが、ガチで寂しがり屋だったんだなジャンヌ)』

 俯いたまま人間達の後に続くジャンヌとほっとしたような表情のジルドレ。
 カス蛇は元日にメタトロン煽った際に、
ジャンヌのことを"夢見がちで寂しがり屋の、ただの少女"と評した。
 しかしそれは会話を聞いているであろう人間達に向けてのものだ。
 そう口にすることで幻想に対するヘイトを煽る意図を込めた発言。
 ぶっちゃけると口から出まかせ、実際のところはどうだか知らない。
 なのに真実は正にその通り。紫苑はそこを見事に暴いてジャンヌを踊らせた。

『(憎んでいるのは確かだったからそこらを突っつくと思ってたんだが……)』

 ギルドの応接室に戻って来たカス蛇はソファーの上に深く腰掛け足を組む。
 足の無い生き物の癖にどうしてこういうスタイルが様になっているのか。

「……紫苑お兄さんの身体でそういうことをされると、妙な気分になるわね」

 ジャンヌとジルドレのせいで室内の空気が重い。
 まず話を切り出すべきであるアネットもどう切り出せば良いか分からず黙っていた。
 なのでアリスがまず軽い雑談のジャブを放つ。

『ああん? ギャップに萌えれば良いじゃねえか。見た目は紫苑だしよぉ』

 誠実な男が急に俺様キャラに変貌したらギャップを愉しむよりもまず困惑する。
 どうにも紫苑の身体でふてぶてしい態度を取られる微妙な気分になるのだ。

「でも中身が紫苑ちゃんじゃないし……いや、紫苑ちゃんも多少は砕けた方が良いと思うけど……」

 真面目過ぎる我が子を慮っての発言だが杞憂である。
 外見は硬くても中身は粉塵レベルで砕けているから。

「それより紫苑」
『……おい、今紫苑寝てんだから誰か代わりに頼む』

 雲母と麻衣がサッと目を逸らす。
 パンピーにアイリーンの言葉を訳すのは難しいのだ。
 なのでアリスがこめかみを抑えながら紫苑の代役としてアイリーンの言葉を代弁することに。
 紫苑と違って完全ではないものの、ある程度は正解率が高いのだ。

「それより紫苑お兄さんはまだ目覚めないの? というか大丈夫なの? ってことだと思うわ」
『問題ねえよ。ちょっと精神的に疲れてるだけだ。気を張ってたからな。
そもそも身体は広場の連中はそこの姉ちゃんがどうにかしてくれたから直に目覚めるだろうて』

 治療を終えて戻って来た麻衣に裂けた瞳を向けるカッス。
 ギョロリ、と擬音が聞こえてきそうなそれは正に蛇だ。

「姉ちゃんて……うーん……声やら口調は違うけど紫苑くんの顔で……」
『それより、まだ話始めねえんなら着替えて良いか? 流石に紫苑もこのままじゃ気の毒だろ』

 焼け落ちてボロボロになった衣服も演出に使えるが、
その場面を終えると後は無用の長物で、紫苑はそんなものを好んで着る男ではないのだ。

「ならば……えーっと、聖書の蛇? 隣の部屋を使って――――」

 着替えてください、そうアネットが口にする前にカス蛇はボロボロになった衣服を引き千切った。
 ポカーンとする面々を置いてけぼりにして腰のバッグからラフな着替えを取り出し、
平気でズボンまで脱ぎ捨てて着替えを終わらせてしまう。
 他人の身体だしそもそも蛇なので羞恥も無いのだろうが、
もし紫苑が起きていたら烈火の如くキレていたはずだ。
 というかアリスとアイリーンだけ若干息を荒げているのだがこれは……。
 十二月は色々忙しかったし、二回目を行えた者は居ない。
 一緒に住んでいるアリスですらそれなのだ。
 なので年明けにでもと思ってたが、それも幻想回帰でおじゃん。
 欲求不満だけが募っているのかもしれないが、余りにも肉食過ぎる。

『さて、そろそろ本題に入った方が良いんじゃねえのか?
雁首揃えてただ居るだけってのも無駄な時間だろう。おたくらだって疲れてるだろうし。なあ信長』

 壁に背を預けて燻し銀を気取っていた信長に話を振ると、確かに、と含み笑いが返って来る。

「無為な雑談に興じるというのも俺は嫌いではないが、
お前達は違うだろう? 話したいこと、聞きたいことが燻っておるわ。
それを置いたまま雑談に興じたところで楽しめん。であれば、先にそれを片付けておくべきよ」

 そう言われればこの場に居る面子も言葉に詰まる。
 だが、引っ掛かりの元凶はジャンヌで、しかも当事者を一人欠いている状態なのだ。
 そんな状態でというのも何だかおかしな気分になる。
 とは言っても信長の言葉は正論だ。
 真っ先に口を開いたのは年長者であるアネットだった。

「まず、改めて感謝を。皆さんのおかげでこの街を護ることが出来ました。
日本からの御客人に身を削ってもらったのは此方としても心苦しいのですが……」
「いえいえ、気になさらないで。私も一応はギルドの職員ですし。互助をするのは当然よ」

 それに、

「私達は紫苑お兄さんの方針に従っただけ。
お兄さんが何もしないって言うならそのまま見捨ててたし、感謝されるいわれはないわ」
「気にしない」

 少女二人がフォローを入れる。
 確かに彼女らの言うように紫苑が帰ると決めたならば、
パリの街で虐殺が起きていようとも平然と日本へ帰国しだろう。

「あ、あはは……でも、気にせんでええってのはその通りです。
うちだって人として当然のことをやったまでなんで。紫苑くんもそれは同じやと思います」
「いいえ。だとしてもあなた方のおかげで被害は最小限に抑えられました」

 自国の民、それは一般人だけではなく冒険者もそうだ。
 それらの被害が少なかったのは一騎当千レベルの少女らや、
紫苑が召喚した信長と織田家の雑兵が居たからに他ならない。
 どんなことを考えていようとも事実は事実。
 であればそこに感謝をするのは当然のこと。でなくば礼を欠いていると言わざるを得ない。

「真面目」
『ああ、律儀だなぁアンタ。立場ある者だから当然なんだろうけどよ』

 パリに来た当初は憧れのアイドルに会えた少女のように目を輝かせていたが、それも状況によりけり。
 上に立つ者として空気を読むというスキルは必須なのだ。
 まあ、それはともかく、だ。
 これで話しておくべきことの一つは片付け終えた。いよいよ本番である。

「……」

 黙りこくって俯いているジャンヌ・ダルクと死を待つだけの老人のような表情のジルドレ。
 これをどうするか、
いやアリス達からすれば一体全体どうして紫苑があんなことになったのかも聞かねばならない。

「……犯した咎を贖う覚悟は済ませていますわ。
民草が納得出来るように、あの広場で処刑をするというのならば甘んじて受け容れます。
既に私の後悔は晴れました。何も憎まず、穏やかに逝きましょう。
ああですが、気が済まないというのならば異端審問から拷問で溜飲を下げるというのもありかと」

 ようやく顔を上げたかと思えばこれだ。
 確かに街一つとそこに住まう人間を完全消滅させたのは人からすれば赦し難いものだ。
 オルレアンのことを知ればパリ市民だって憤慨するだろうが……。
 それでも処刑すれば気が済むかと言われればそれも違う。
 ジャンヌが堕ちたのは過去の人間の責任だが、
じゃあお前が同じ立場になった時こうならないのか? とは言い切れない。
 それに、異国の英雄が命懸けで祖国の英雄を救ったのだ。
 総ての憎悪と怒りを祓い清め、魔女を少女に戻した。

 だというのにその少女を再び殺せと?
 確かにオルレアンでのことは納得出来ないが、かと言って殺すのも納得出来ない。
 ぶっちゃけると今のジャンヌはとても扱いに困る存在なのだ。

「ジャンヌで足りぬならば、私も使うと良い。私もまた、憂いは祓ってもらったからな」

 ジルドレは立場のある人間だった。
 ジャンヌを救うことが出来たかもしれない人間だった。
 ああすればこうすれば、もしもを引き摺り続けた彼だからこそ、死後ジャンヌと共に堕ちることを選んだのだ。
 しかしその彼女が救われたのならあ、最早憂いは無い。
 犯した罪に相応しい罰を以って生を閉じるのも当然だと考えている。

「説明責任」

 ジャンヌ・ダルクなど知ったことではない。
 まず第一に、自分達に対してしっかり説明しろとアイリーンがツッコミを入れる。
 それはアジャンヌの処遇を決めかねているアネットにとってとても助かる割り込みだった。

『説明も何も、何時も通りさ。コイツはこの手の人間を放って置けない。
誰かを生かすため……とかだったら頭も回るんだが、自分のことになる何処までも馬鹿になっちまう。
お前らも分かるんじゃねえのか? 特に邪ロリや雲母の姉ちゃんはな』

 カス蛇の茶化すような物言いに何も言えなくなる。
 壊れた心の欠片を必死に拾い集めて繋ぎ合わせてもらったのは二人も同じなのだ。

『だから、その場に居たら邪魔してたんじゃねえか?
特に……ジャンヌのヤバさは身に染みていたからな。近付けたくもなかったんだろ?』

 紫苑がやることを分かっていればまず間違いなく止めていただろう。
 否、具体的な方法はともかく命を懸けることは分かっていた。
 それでも、紫苑を前にすると上手く止められない。
 だが、今回に限っては彼女らが広場に居合わせていたら彼を気絶させてでも止めていただろう。
 街一つを灰燼に帰す業火に身を委ねるなど看過出来ようはずもない。

「……んなこと言っとるけどカスくん、アンタこうなることを知ってて行かせたんやないか?」

 そもそもからして最初にジャンヌを攻略するという方針を示したのはカス蛇だ。
 まあ、その意図は分かる。槍に色を足すためだろう。
 それにまんまと乗っかった自分達も自分達だが、唆した当事者が好き勝手言うのは違う。
 もし初めからこうなると分かっていたのならば……。
 麻衣も含めて紫苑の仲間達は彼が散々無茶するところを見せ付けられて来たのだ。
 特に京都の一件、あれ以降はなるべく無茶はさせないと心に決めていた。
 初めからフランス行きを反対しなかったのは確かに此方の落ち度だ。
 それでもカス蛇の言動に納得出来るかというとそれは無理だ。
 感情の生き物である人間は、理屈だけで総てを解決出来るほど簡単ではない。

『ああそうさ。紫苑がジャンヌ・ダルクに会えば放って置けないのは分かっていた。
コイツは、自分の手の届く範囲で手を伸ばさないことを何よりも赦せない男だからな。
クールに見えて直情的、それは俺様にとっても都合の良いことだ』

 ぞっとするほどの殺気が前衛三人から放たれる。
 どうにもカス蛇の発言は悪辣で、紫苑を利用しているとしか思えない。
 彼が信じると決めたとはいえ、それでも……。

「……なら、勝算があったってことなのかしら?」

 無表情のまま雲母が問いを投げる。
 もし勝算があった上でのことならば、まだ折り合いはつけられるから。

『いいや、どうなるかは分からんよ。分かっていたのはコイツが全力を尽くすってことだけだ。
先のことや打算なんかを考えられる余裕もないくらい、
目の前の相手と必死で向かい合うことだけしか分からん。
だが、……それこそ我が身を焦がすような情熱でぶつかれば何かが変わると信じていた』

 その言葉に虚飾は感じられない。
 カス蛇は紫苑を信じている、歪んだ信ではあるが、それでもかなりの深度で信じている。

「……今、分かった。私、根本的にそりが合わない」

 思わず長文(コミュ障基準)を喋るレベルでカス蛇に苛立ちを覚えたアイリーン。
 わがままだというのは分かっているし、自分を棚上げにしていることも分かっている。
 だが、それ以上に感情が邪魔をしてしまうのだ。
 紫苑が間に入ってくれないと冷静になれそうもない。
 そしてそれは他三人も同じだった。

『(ま、こんなところか……やる必要はなかったが、まあ一応な)』

 これまでの会話はカス蛇なりの仕掛けだった。
 自分を憎まれ役に設定することで紫苑の純真さを際立てようとしたのだ。
 そうすることで発言に更に重みが加わる。
 ジャンヌも、会話を聞いていて思っただろう。
 カス蛇は自分を利用しようとしていたが、紫苑だけは無我夢中で助けてくれた……と。
 このコンビはどうしてこうも小賢しいのだろうか。

『ところでアネットとやら、ジャンヌ・ダルクの処遇についてはどうするんだ?』

 政治の長ではないが、ジャンヌは司法で裁けぬ存在だ。
 ゆえにフランスギルドの長であるアネットがどうするのか判断するべきだ。
 彼女は瞑目し、数分ほど沈黙した後、自らの答えを口にする。

「情状酌量の余地あれども、人間への敵対は明らか。
少なくともフランスには置いておけません。ジャンヌ・ダルク」
「……はい」

 罪を待つその顔には恐れなど微塵もなかった。
 ただただ、あるがままに己の罪を受け入れる潔さだけが見て取れる。
 伊達に聖女と呼ばれていたわけではないのだ。

「――――あなたに国外追放を言い渡します。ムッシュらが去る時、共に往くと良いですわ」

 確かに罪を犯した、だがその罪に至る事情に納得が出来ないわけではない。
 ならば、短絡的に死刑を言い渡すのは違うだろう。
 殺したのならば、それ以上の数の人間を救えと言外に告げているのだ。

「しかし、それは……」

 赦されざることをしたと思っているジャンヌからすれば、この裁きに戸惑いを隠せない。
 紫苑に謝罪と感謝を告げられるのならばそれだけで良い。
 それだけで悔いなく死ねると思っていたのだ。
 なのに、こんな温情溢れる判決は……。

「私もまた、この国で生まれてあなたの物語を何度も耳にしました。
しかし、悲劇だ、悲しいと思うばかりで深くあなたを知ろうともしなかった。
ただただ祖国が誇る英雄だと思っていました……それもまた、あなたにとっては赦し難いことでしょう」

 アネットの言葉はフランスで生まれた他の者達の代弁でもあった。
 実際にあったことだけれど、まるで御伽噺。
 悲劇の英雄なんてイメージだけで勝手に決め付けていた――同じ人間なのに。
 もし自分がジャンヌの立場で後世のことを知ったら腹が立つに決まってる。
 悲惨な生涯を失意のままに終えた自分を悲劇の英雄だなんて耳触りの良い言葉で語るな!
 そう思うに決まっている。なのに、第三者のままではそれに気付けない。

「そういう人間の無理解こそが、今の世界にも繋がっているのではと思ったのです。
だってそうでしょう? もう戦いの道しか無いけれども……。
もしかしたら、幻想と共存し続ける、互いに歩み寄れる道があったかもしれない。
今回の一件で私はそれを知りました、この街に住む者らもそれを知りました。教えられました」

 ジャンヌが救われたのならば、アネット達は教えられた。
 その教えを胸に、これから変わっていかなければいけない。
 それが、今の時代に生まれた自分達の成すべきことなのだとアネットは語る。

「変わるのです、変わらなければいけないのです。己以外のあらゆるものと向かい合うためにも」
「……御温情、感謝致します」
「ジルドレ、あなたもまたジャンヌと共に往きなさい」

 正直な話、青髭に関しては色々言いたいこともあった。
 だが、あの凶行の理由も今ならば……ゆえにアネットは深く追求することを止めた。

「……感謝する」

 ジルドレもまたそれを自覚しているので多くは語らなかった。
 これで一先ず、フランスでやるべきことは終わったことになる。

「ふむ……よくよく考えると、お前達は俺と同輩になるということか」

 ふと、信長がそんなことを口にする。
 確かに彼の場合は元人間なので幻想とはいえカス蛇やプロメテウスとはまた違う。
 分類的にはジャンヌとジルドレと同じだ。

「お前達もまた一軍を束ねていたと言うし、まあこれからはよろしく頼む」

 この場で一番ジャンヌやジルドレと隔たりが無いのは信長だ。
 ゆえに純粋に戦力が増えたことを歓迎している。
 確かに合理的だが、それでもこの微妙な空気の読めなさが如何にも信長らしい。

「ああ、よろしく頼む」

 ジャンヌは小さく頭を下げるだけだったが、ジルドレはしっかりと言葉にする。
 そこらは流石に貴族、礼儀はしっかり通すということだろう。

「うむ。そちらのジャンヌ? も仲良くしようではないか。
俺も最後は炎の中だったし、結構気が合うと思うのだが」

 え? 何? お前も炎の中で死んだん? 超奇遇☆ なんて言えるものか。

『良い雰囲気のとこ悪いが、ジャンヌ・ダルク。お前にやってもらいたいことがある』
「聖書の蛇……一体何ですか?」

 険しい表情のジャンヌ。
 まあ、自分を救ってくれた男の身体を勝手に使われて良い気がしないのは当然だ。

『紫苑のアホは、すっかり満足しちまって何もかも忘れてるみたいでな。
俺様が代わりにやっておかにゃならんのだ……ほれ、これが分かるだろ?』

 一旦送還していた槍を再び召喚し、それをジャンヌに向ける。
 これが本物の聖槍だということは彼女もしっかり理解している。
 実物を見たことがなくても、本能で悟れるのだ。

「……ええ、では少しお借りします」

 何の意図で聖槍を完全にしようとしているかは分からない。
 それでも人を愛しているということだけは疑いようもない。
 ゆえにジャンヌは素直に槍を受け取り、それを胸の前で抱き締めた。

「わぁ……綺麗……」

 ジャンヌの身体から溢れ出した炎とは別の、優しい黄色の光が槍に吸い込まれていく。
 聖槍を抱き締めるその姿は正に聖女。
 麻衣などは目を輝かせてその光景に見入っていた。

『――――これで四つ、後は一つだな』

 しかし、往々にして最後の一つというのは手に入れるのが遅くなるのが常だ。
 人はこれをお約束と言う。
+注意+
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