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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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番外編『東雲林檎Ⅱ』

これで番外編は終わり。次回からは普通の話しに戻ります。
 七月の一件から夏休みまでの間、林檎は紫苑を見つめ続けていた。
 休むことも多いけれど、彼が来た日は何時も胸が躍る。
 観察すればするほどに素敵な人で、どんどん想いが募っていく。

 だが悲しいかな。林檎は生来の奥手で、連絡先すら聞けていない。
 夏休みに入れば遊びに誘いたいと思ってはいても、切り出すことが出来ない。
 終業式の日に勇気を出して連絡先だけでも聞こうとしたのだが、

「あ゛?」

 紫苑の背中にくっついていた邪悪なロリにガンを飛ばされてあえなく失敗。
 最初こそアリスも洗脳で色々繕っていたが本質的に紫苑以外を求めていないのが彼女だ。
 最近では面倒臭くなって来たのか、平気で邪悪さを露呈している。
 特に紫苑に近付こうとする女には……。

「(こ、怖い……)」

 ブルブルと震えて引き下がった林檎は無味無臭の夏休みを過すことに。
 親元からとうに離れている彼女は一人暮らしで、友達も居ない。
 なので本当にやることが無いのだ。
 朝起きて御飯を食べてボーっと昼まで過して昼飯を食べてボーっと夜まで過して夕飯を食べて風呂入って寝るだけ。
 とても年頃の少女とは思えない生活サイクルだ。
 外出なども生活物資を買い揃えるために一週間に一度大型スーパーに行くぐらい。
 アドレス帳だってまっさらなので誘いが来ることもあり得ない。
 そんな彼女がやることがあるとしたら、

「……春風、くん」

 時折、限界を超える寂しさを慰めることぐらいだ。
 もうガチでどうしようもない。紫苑が林檎の暮らしを知っていれば大爆笑していただろう。
 それほどに哀れみを覚える生活スタイルなのだ。
 とても花の十代がすることではない。モジョだってもうちょっとマシだろう。
 コレ以下があるとしたらそれは壊れてた時の雲母くらいだ。
 しかしそれだって救いにはならない。雲母よりマシだから何だってんだ。

 さて、そんなもの悲しい夏休みを過していた林檎だが、
夏休みが明ければまた紫苑に会える! そう希望を抱いて無為な時間を過し続けたのだが……。

「(き、来てない……)」

 初日からお休みだ。
 パーティメンバーも居ないところを見るに何時ものアレだろうと林檎は肩を落とす。
 今現在紫苑は登山の真っ最中である。

「(はぁ……私、本当についてない……)」

 一日中そんなことを考えていた林檎だが、本当についていないのは紫苑だ。
 あっさり罠に嵌まって戦闘不能になる仲間達。
 湖を囲む鬼の群れ、動けるのはアルティメット雑魚の紫苑のみ。
 もうぶっちゃけ軽く詰んでいる状態と言っても過言ではない。
 ガックリしたまま日々を過し、一週間後。
 紫苑はようやく学校に姿を見せた。しかも、邪魔者はアリスとアイリーンぐらいだ。
 他の二人はどういうわけか欠席中。
 これ幸いと目を盗んで接触しようとする林檎だったが、

「あのさ、春風くん! ちょっと良いかな?」
「ん、どうした?」

 他の女子生徒がメンヘラの戦力が減った隙を逃さず先手を取られてしまう。
 遊びに誘ったり、勉強を教えてくれないかなどと紫苑に擦り寄っている。
 四人居ればガチで怖いが、二人だけならばまだ耐えられる。
 女子生徒の勇気あるアプローチだが……当然奴には届かない。
 Aクラスに所属しているという時点でフラグは立たないのだ。

 そんなこんなで日々攻めあぐねていると、またしても不運がやって来る。
 そう、世間で言うところの京都大虐殺である。
 ヒャッハーしてるアル中モンスターを倒すために屑と外道が京都で大暴れ。
 林檎もネットで紫苑が戦っている動画を見て、
更に憧れと好意を強めたのだが……戦いの代償として長き眠りにつくことになった。

 事情を知るであろう面子に話を聞こうにも誰一人として接点が無い。
 漏れ聞こえる噂から色々推測することしか出来なかった。

「春風くん大丈夫かなぁ。うちらもお見舞いとか行けたら良いのに……」
「というか何で紫苑くんがあんなとこに?」
「詳しい話を聞こうにも醍醐さんとか天魔くん、怖いしねえ」

 基本的にクラス内においてヤンデレ達は腫れ物のような扱いだ。
 Aクラスでもずば抜けて能力が高い彼女らを止められる存在は紫苑くらい。
 男子だって栞やアイリーンのことは美人だと思っているが、
札束を積まれたってお近付きになりたいとは思えないのだ。
 残念でも何でもない、当然の結果である。
 ちなみに天魔は女子に割りと人気があったりする、ヅカ的な意味で。

 さあ、そうやって縁を逃し続ける度に想いが募っていくわけだ。
 文化祭に顔を出した時も話せず、
学校に復帰してからもろくに話す機会は無いし……。

「(色気が増したなぁ……)」

 なんて思いながら無為に日々を過し冬休みがやって来る。
 夏休みよりはマシかと思って家でのんびりしていた林檎。
 大晦日だって日付が変わる前に寝入ってそのまま元旦を迎えるはずだったのだがそうはいかない。
 突如感じた違和感に跳ね起きてマンションのベランダに出ると空には無数の孔。
 降り注ぐモンスターの雨、こんな状態で眠れるわけがない。

「早く終わってくれないかなぁ……」

 暴れているモンスターをどうにかする気は欠片もなかった。
 基本的に誰も自分に優しくしてくれないのだ。
 そんな連中を助ける義理などあろうはずもない。
 仮に両親や兄が何処かで死んでいたとしても林檎はどうとも思わなかっただろう。
 紫苑のことは心配だったが、彼の周りには強い人間が居るし何より所在が分からない。
 であれば動く必要も無いと無関心を決め込んでいたが、

「あ……かはぁ……!」

 夜が更に深まりある程度街が落ち着きを見せた頃、得体の知れぬ恐怖が林檎を襲う。
 身体の奥の奥からじわじわと広がるそれに膝を折り、身体を震わせる。
 思考も出来ぬまま震えいると、

"紫苑、春風紫苑"

 イカレタビジュアルの天使のような姿が脳裏に浮かぶ。
 同時に、校庭で立ち尽くしている紫苑の姿も。
 元日の会話は全世界の人間が聞いていた。それは林檎も例外ではない。

"お前が今言ったように、強く想いながらもそれは本当の幸せじゃない、傲慢だと思っている。
自分は人間だ。神様じゃない。人であれ人であれ人であれ人であれ人であれ。
茨と薊の道を往く者であれ。ままならないからこそ、どうにもならないからこその人間だ。
だから皆、必死で生きている。苦難の道を歯を食い縛って進んでいる。
その気高い誇り、それがもう一つの祈りの正体。その祈りが産んだのは人であることだ。
人であることの誇りが傲慢な己の祈りを殺して、人足らしめている。
春風紫苑はその高潔な祈りを以って、強大な力を自らの手で封じているんだ。
決して人の本分を忘れぬように……なあ、他の誰に同じ真似が出来る?"

 次々に明かされる世界の真実、春風紫苑の真実。
 そのどれもが衝撃的だった。

"苦しみに満ちた世界、人間がどれだけ醜く見えようとも、俺だって同じ人間だ。
希望を信じていたい、明日は明るいと信じていたい。
何時かは人が自分以外の誰かに本当の意味で優しくなれる日が来ると信じていたい。
俺に、この世界は捨てられない。俺は、ここで生きていきたいんだ!!"

 それはまるで御伽噺の一ページ。
 人間であることを誇り、茨と薊の道を往くことを選んだ少年が堂々と正義を謳い上げる。
 胸の奥に、熱い何かが満ちていく。

"人がお前達にしたことは赦されないかもしれない。
だからって人間が滅びろなんて納得出来るわけがない。
俺は――――お前達と戦おう! 例えこの命が一瞬後に消え去るとしても後悔は無い!!"

 何て、美しい。知らず、林檎は涙を流していた。
 紫苑の言葉が打算と薄汚い欲望によるものだとは誰も思わないだろう。

"――――皆、俺を助けてくれ"

 瞬間、林檎は靴も履かずにベランダから飛び出していた。
 彼女の部屋は六階に在り、かなりの高さだがまるで気にしていない。
 大地に降り立つと同時に駆ける、駆ける、全力で駆ける。
 目指すは学校、愛しいあの人が待っているであろう場所。
 かつてないほどに五体を満たす力。
 林檎は紫苑が勇気を与えてくれたからだと思っているがそれは違う。
 とんだ勘違いだ。それは紫苑の真実云々ではない、東雲林檎に起因するものだ。

「あたしも、戦う!!!!」

 校庭に飛び込んだ林檎は手近に居たモンスターを拳一発で消し飛ばした。
 その一撃の余波で他のモンスター達も死に絶える。

「む、卿は東雲か!?」

 モンスターを串刺しにしていたルドルフが闖入者の姿に驚きを露にする。
 彼の認識において東雲林檎という少女は競うにも値せぬレベルだった。
 しかし、今見せたそれは自分達とも比肩するレベルだ。

「うん、あたし……春風くんの言葉を聞いて……助けたいって思ったの!!」

 ここで東雲林檎という少女を紐解こう。
 人間というのは、日々ストレスを感じながら生きている。
 現代社会において感情の発露が十全に行えないからだ。
 人間は生まれた瞬間、人目も憚らずに魂から泣き声を上げる。
 それが最初で最後と言っても過言ではない完全なる感情の発露ではないだろうか。

 幼子だって、ワガママを口にはするが心の何処かでラインを守っている。
 そしてそのラインは歳を重ねるごとにより強固なものへと変じていく。
 我慢強くなるということだが、同時にそれはストレスを加速させる原因にもなるのだ。

「フッ……一皮剥けたという感じよな」

 ストレスを発散させる手段は人それぞれ。
 例えばカラオケで大声で歌う、ちょっとした贅沢、美味しいものを食べるなどがそうだ。
 しかしそれらでは完全に感情を発露することは出来ないし何より面倒だ。
 もっと簡単な手段を人は持っている。

「かもね。あたし、今、生まれて初めて……凄く、晴れ晴れとした気分なの!」

 怒りが限界を超えた時、人はどうするだろう?
 犯罪者の中にはこんなことを言う者が居る「カっとなって殺った」。
 感情の歯止めが利かなくなってキレるわけだ。
 例えば真面目な委員長が居たとして、彼はストレスを溜め込みやすいとしよう。
 クラスの面子に静かにするようにと注意するも聞いてもらえない。
 さあ、予想が出来るのではないか?
 ストレスが爆発し、盛大に激怒するのだ、そしてクラスは静まり返る。

「確かに、この局面で燃えねば男ではあるまいよ!!」

 委員長はやっちまった……と思うと同時に心が軽くなる。
 溜め込んでいたものを発散したからだ。
 キレるというのもストレス発散の手段としては実に優秀なのだ。
 かと言って、むやみやたらにキレることは出来ない。
 それじゃただの危ない人間だ。
 キレるためには理由が必要になる――――つまりはそういうこと。

「あたしは女だけどね!」

 東雲林檎はキレることで気持ち良くなりたいのだ。
 誰憚らず気が済むまで感情を爆発させ続けたいと無意識下で、
さりとて尋常ならざる領域で願っていて――それこそが東雲林檎の爆発力の正体だ。
 キレるために必要な要因を引き寄せて、キレるための土壌を作りそれを発散する。
 それを何度も何度も繰り返しているのだ。

 親が空気を読まずにお使いに行かせるのも、
クラスメイトや教師が何もかも林檎に押し付けようとするのも彼女の力にあてられたせいだ。
 端的に言うならば利用されている。林檎がキレるためだけに。
 幻想の域に踏み込んだ力は一般人はもとより、
冒険者ですらもその引力によって引き寄せてしまう。
 抗えるのは同じ領域に居る者か、もしくは凌駕する者だけ。
 春風紫苑は後者に位置するからこそ、東雲林檎に利用されなかったのだ。

 ただでさえ性質の悪い力だが、もっと性質が悪いのは本人が自覚していないこと。
 だからこそ、優しくしてくれたなどと勘違いして恋をしてしまった。
 周りの人間を優しくない存在に変えているのは林檎なのに、だ。
 ある意味で紫苑よりも性質が悪いと言えるだろう。
 何せあっちは結果だけを見るなら多くの人間を幸せにしているのだから。
 それに比べて林檎はどうだろう?
 挑発して殴らせてからぶん殴り、正当防衛だから! とほざくのと何ら変わりない。

『(おうおう、すげえのが来たなぁオイ)』

 カス蛇は校庭で暴れている林檎を見てケラケラと笑い声を上げる。
 そう、彼だけはファーストコンタクトの時点で気付いていたのだ。
 だからこそ変り種で歪んでいると林檎を評価した。
 とは言ってもそれは悪口ではない。だってカス蛇は等しく人を愛しているから。

「(グギギギギ……! し、東雲ぇ……! Aクラスの劣等生だと思ってたのに……!!)」

 さて、そんな林檎だが、何故今、こんなにも強くなっているのか。
 それは極々シンプルなことだ。
 無慈悲に人を蹂躙しようとする神々、
それに真っ向から立ち向かうことを表明した想い人を敵は狙っている。
 誰憚ることなく正しくキレるには持って来いのシチュエーションではないか。
 幻想の存在に対して正しい怒りを胸に戦う。
 傍から見れば良い方向に羽化したようにしか思えないだろう。
 現に同じ戦場に居るヤクザなどは教え子の成長に笑みを浮かべている。

「化け物共、人間を舐めるなぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 紫苑を見ているだけで人間は気分良く勘違い出来る――正にその通りだ。
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