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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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番外編『東雲林檎』

本編じゃないので短めだけどご勘弁をば。
以前から感想欄でちょくちょく聞かれてた林檎ちゃんの話です。
 東雲林檎は物心ついた時から、貧乏籤ばかりを押し付けられていた。
 ねえ、何か色々おかしくない? なんてことばかりをやらされる。
 十歳の兄が居るのに、宿題をしているからという理由で五歳の彼女がお使いに行かされたり、
転んで泣いていてもそんなことより洗濯物を取り込んでくれなんて言われたり……。
 兎に角、腑に落ちないことが多かった。

 家の中だけならばまだしも外でだってそうだ。
 保育園に入園した時も、何時だって林檎ばかりが損をした。
 先に積み木を取ったのは自分なのに、
どうしてだか譲ってやれと先生や周りが言って来るなんてのは日常茶飯事。
 早いもの勝ちの列に並ぶ時も何やかんやで最後尾に回される。
 そのくせ、嫌なことは一番真っ先にやらされてしまう。
 幼女林檎の心の中でふつふつと黒いマグマが滾るのも無理はない。

 小学校に入ってからも環境は変わらず。
 外でも家庭でも、林檎は何やかんやと貧乏籤を押し付けられて来た。
 溜めに溜めたマグマが噴火するのも無理はない。
 それは小学五年生の春だったか。
 外で体育の授業をしている際に男子からサッカーゴールを運ぶように言われた時だ。
 確かに林檎は冒険者の肉体を持っているが、男子の中にも同じようなのは居た。
 そしてその子は酷く暇そうにしていたのだ。
 なのに女子である林檎が理不尽にやれと言われた。

「うぅぅ……あぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 雄叫びだけで巨大なクレーターが形成され、校庭に居た生徒はまとめて吹き飛ばされた。
 それだけではない、校舎の窓が総てカチ割れ中に居た生徒教員関係なく総て気を失った。
 だが林檎は止まらない。ブチキレ状態のまま、人こそ殺さなかったが暴れまくった。
 校舎を破壊し、街を破壊し、幼女大進撃である。
 報告を聞き駆け付けた冒険者の多くもその小さな拳で殴り飛ばされノックアウト。
 幼女大進撃は彼女の気が晴れるまで続いた。

 もう被害総額とかで両親が首を吊るレベルになった頃、林檎はピタリと大人しくなった。
 それから後、ギルドに連行された林檎は事情聴取を受けることに。

「……皆が酷いから」

 と、これまでの鬱憤をポツポツと語り始めた林檎に職員らは戸惑った。
 確かに酷い、同情出来る。だが、彼女がやったことは……。
 結果から言うならば林檎やその家族が賠償をすることはなかった。
 今を以ってしても彼女は分かっていないが、別の誰かが賠償を請け負ったのだ。
 ゆえに林檎は転校という処分だけで済んだ。
 だけど、転校先でも――事前に注意がされていたはずなのに教師を含め生徒らは似たようなことを繰り返す。

 初回のよりはマシとはいえ、その度にキレた。キレて暴れた。
 キレる十代とかいう言葉がなまっちょろいレベルで暴れた。
 そんな風にあちこち転々としながら暮らし続け、中学三年の夏。
 類稀なる力を使って冒険者になっては? と進路を示された。

 キレるまでは大人しい女の子なので、
林檎は唯々諾々とそれに従い大阪にあるとある冒険者学校に入学。
 ここでは自分を怒らせることが無ければ良い……。
 そう淡い期待を抱いての振り分け試験。
 転送事故が起こったのは何も紫苑達だけではなかった。
 林檎とその他四人も同じように事故に巻き込まれたのだ。

 しかも紫苑らのようにモンスターが一匹しか居ないところではない。
 雲霞の如きにモンスターが溢れる地獄のような場所。
 そこで、どういうわけかモンスターは林檎ばかりを狙って来た。
 仲間達は彼女を囮にして少しずつ少しずつモンスターを減らしていったのだが……。

「ふ、ふふふふふざけるなぁあああああああああああああああああ!!
あたしが何をしたの!? 何であたしばっかりこんな目に遭うの!?
お前らふざけんなよ! 嫌なことばっかあたしに押し付けて!!
嫌い嫌い嫌い嫌い! みんな、大嫌い! あたしをイジメる奴は嫌!!」

 仲間達をワンパンで吹き飛ばした後、林檎は無双し始めた。
 ある極点を超えると東雲林檎はバーサーカーと化すのだ。
 とはいえ、完全に理性が無いわけではない。
 仲間を叩きのめしはしたが、殺してはいないのだから。
 拳足が触れる度に命の花を散らすモンスター達だが、仲間達は気絶レベル。
 敵味方の区別がつかないというほど狂ってはいないのだ。

「死ねよお前らマジでもう死ね。ああ、苛々するぅ……!!」

 一匹一匹はそこまで強くないとはいえ、
数千は居たであろうモンスターがたった一人の手で全滅させられる。
 生徒の救助に来た教員は、真っ赤な血で染まったダンジョンを見て絶句したという。
 アイリーン辺りならば同じことも出来るだろうが、彼女は普段から強い。
 しかし林檎は違う。あくまで普段は普通レベルだ。
 なのでこの爆発力には驚きの一言しかない。

 結果、東雲林檎はAクラスに配属されることになった。
 意図的に爆発力を発揮出来るようになれば、かなり上位に行けるとの判断ゆえだ。

「し、東雲林檎です……その、よろしく御願いします」

 ちょっと外跳ね気味のショートヘアーに名のように赤いほっぺた。
 クラスメイト達も彼女がとんだバーサーカーであるなどと知る由もない。
 知っているのは担任であるヤクザのみ。
 現に紫苑だって、

「(んだあの陰キャラ……ウゼェ……)

 なんて感想しかなかったのだから。
 パッと見は容姿もそこそこで、何処かおどおどしている林檎は紫苑の好みとも合致する。
 とはいえ、Aクラスに入れる時点で才能があるのは確実。
 紫苑の心にフラグは立たなかった。
 ちなみに林檎の方は紫苑の自己紹介を聞き、

「(立派な人なんだぁ……)」

 と感心していたのだが、この致命的なすれ違いこそが春風紫苑の持ち味である。
 さて、このようにAクラスに入った林檎は今度こそ少しは変わるかな?
 と淡い期待を抱きながら学校生活を始めたのだが――やはり変わらない。
 明らかにおかしいのに、林檎を含めて誰も気付かない。
 パシリにされたり、掃除当番を押し付けられたり、
図書委員の活動で先輩や同級生から仕事を押し付けられたり……。
 誰も気付かぬままに彼女は日々小さな鬱憤を溜めていく。

 そんな日々が続いて七月のある日のことだった。
 体育祭も近いということもあり、
他の委員は全員出払っていて一人莫大な蔵書量を前にして整理をする林檎。
 そんな彼女の前にとある男が現れたのだ。

「ん、東雲だけか?」

 その男の名は春風紫苑。
 林檎と同じ図書委員でありながらも、
何やら特別な活動で学校を休みがちであり委員会活動にも出られなかった男。

「あ、春風くん……うん、皆忙しいらしくて……」

 林檎は紫苑を羨んでいた。
 自分が日陰の女ならば、彼は何時だって眩い太陽のスポットライトを浴びる主演男優。
 単純な力は弱いけれど高潔で、誰にも好かれる立派な人。
 とは言え、林檎は紫苑にも期待していなかった。

「(どうせ、春風くんも同じ……)」

 自分に押し付けて去るに決まっている。
 これまでだってそうだったのだ。
 どんなに立派な人間であろうとも、何のかんの理由を付けて林檎に仕事を押し付けて行く。
 振り分け試験で発散した時からキレてはいなかったが、
日々の積み重ねにより林檎は決壊寸前だった。
 ゆえに紫苑の返答如何によっては大爆発していたのだが、

「そうか。なら、二人で頑張ろう。ごめんな、今までは忙しくて委員会活動に参加出来なくてさ」
「――――え」

 まったくの予想外、噴火しかけていたマグマが一瞬のうちに全凍結。
 生まれて初めての経験、思考が上手く出来ない。
 一体どういうことだ? 疑問がグルグルと旋回し続ける。
 何故紫苑だけ? それは極単純な理由だ。

「どうした?(おい、そこはありがとうございますだろうが! えって何だえって!!)」

 春風紫苑は東雲林檎程度の引力に巻き込まれるほど柔な魂をしていないから。
 如何なる神々にも負けぬ深度を持つ魂。
 それを引き寄せるには林檎が百人居ても足りはしない。

『ほう……こりゃまた、いやはや……人ってのは色々だなぁ』

 東雲林檎を看破していたのはカス蛇だけだったが、
この段で紫苑に色々と明かすのは出来ないので何も言わなかった。

「う、ううん……あの、はじめてだったから……」
「? 何だ、変な奴だなぁ。さて、俺は殆ど初めてみたいなもんだから色々教えてくれるか?」
「(あ、こんな顔もするんだ……)わ、分かったよ」

 クールで真面目、女子の間で紫苑はそう認識されている。
 同じパーティのルドルフと合わせて月と太陽と称されているほどだ。
 だというのに、目の前に居る彼は大きなものではないが、それでも柔らかな笑みを浮かべている。
 初めての体験、そして優しい笑顔。
 胸の高鳴りを押し殺しながら林檎は紫苑に仕事を教授していく。

「それにしても体育祭かぁ……楽しみだな」
「だね。春風くん、確か女装するんだっけ?」

 紫苑が着るであろう派手な衣装を知っている林檎からすれば、
お気の毒と思いながらも少しばかり楽しみだった。

「ああ、まあ、な(絶対似合うだろうなぁ……学校一の美少女になること間違いなしやでえ!)」

 表面上は複雑な感じをしながらも中身はこれ。
 究極のナルシストを舐めてはいけない。

「ふふ(春風くん、カッコ良いもんね)」

 女の子の格好をすればさぞ綺麗になるだろう。
 これまであまり行事ごとなどにも楽しみを見出せなかった林檎だが、
今、生まれて初めて体育祭が少しだけ楽しみだと思えた。
 また仕事を押し付けられるだろう。
 でも、世界にはたった一人ぐらいはそうじゃない人も居て、優しくしてくれる人が居る。
 そう思うだけで胸の奥がジーンと熱くなっていく。

『変り種、それも……歪んでるなぁ……冒険者ってのを考えれば当然っちゃ当然なんだが』
「(何言ってるのお前? 妄言なら他所でやれ他所で)」
『他所行けねえよ俺様』
「そういえばさ、春風くんって結構学校休みがちだけど……勉強とか大丈夫?」

 積極的に話題を振る林檎。
 仕事をする手が遅いのは、もっと話していたいからだろう。
 何せ普段ならば大抵は周りに派手な奴らが居て睨みを利かせているから。

 外道天魔、ヅカっぽい女の子。彼女が見せたキチっぷりは今でも鮮明に思い出せる。
 アイリーン・ハーン、言うまでもない最強のコミュ障。
 醍醐栞、男子から言わせればある時期を境にぞっとするほど綺麗になったというが、
女子の立場からすればジャパニーズホラー成分が増したようにしか見えない金持ち。
 アリス・ミラー、普通に可愛くて普通に良い子なのだが、何故だか怖いロリ。

「(こうやって話しかけるだけでも睨まれそうだよね)」
「一応放課後や休みの日に、自主学習をやっているが……まあ、確かに厳しいな」
「大変だね。あたしで良ければ何か……その、て、手伝おうか?」

 自ら望んで誰かの助けになりたいと思ったのも初めての経験だ。
 一時間にも満たない時の中で林檎は多くのハジメテを得ていた。

「その気持ちだけで十分だよ。ありがとうな、東雲(テメェ俺より成績下だろうが調子のんなタコ)」

 常時調子に乗ってるお前にだけは言われたくないだろうよ。

「い、良いよ……気にしないで」

 照れ臭そうな林檎。
 ただでさえ赤い頬がもっと赤く染まっていく。

「それより、東雲こそ大丈夫なのか?」
「えっと……何が?」

 心配そうな顔をしている紫苑、はて自分は何かあっただろうかと林檎は首を傾げる。
 しかし考えても考えても答えは出て来ない。

「いや、俺の気のせいなら良いんだが……お前、よく頼まれごとしてるだろ?
何か、断るのも苦手そうだし……無理してるんじゃないかって思ってな」

 春風紫苑は普段あまり接点の無いクラスメイトであろうとよーく観察している。
 何時何処で誰と接しても好感度を上げられるようにするためだ。

「――――」

 正に晴天の霹靂だった。
 仕事を押し付けないばかりか、自分の心配までしてくれた。
 何だこれは、何だ今日は? 加速する混乱。

「(きょ、今日で世界とか終わっちゃうの……?)」

 ある意味で世界が終わるのは大体六ヵ月後くらいである。

「……悪い。余計なことだったか?」
「ち、違うよ……えと、あたし……そんなこと言われたの初めてで……」
「初めて? そりゃ幾ら何でも言い過ぎだろ。東雲、可愛いしさ。
下心ある男子とかは結構、良い顔しようとして来るんじゃないか?」

 冗談めかした物言いだが、林檎からすればクリーンヒットである。
 ただでさえ色々な条件が重なり過ぎているのに、ここで可愛いとか言うなよ……。
 そんなだからアレな女にばかり目を付けられるのだ。

「か、可愛い……あたし、が?」
「ああ。名は体を現すっていうか……その赤いほっぺとか、凄いキュートな感じだ」

 バサバサと抱えていた本が零れていく。

「(こりゃ惚れたな。いやぁ、でもお前好みじゃねえし身分違いの恋だから応えてやれんけど)」

 身分違いって一体この男は自分を何だと思っているのだろうか?

「おいおい、大丈夫か?」
「だ、だだだ大丈夫だよ! へーきへーき!」

 紫苑が拾い集めた本を受け取り、別の区画へ走ってゆく林檎。

「(可愛い……可愛い、あたし、可愛い……えへへ♪)」

 小さな恋の芽生えだった。
 人が道を踏み外す瞬間を初めて見てしまった……まいったな。
+注意+
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