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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

105/204

田舎娘を篭絡せよ 参

 翌、一月三日。春風紫苑とメンヘラーズはパリに居た。
 ジャンヌとの戦いの後、少し休んでから日本に戻ろうかと話していたところに日本から連絡が来たのだ。
 現地のギルドの人間が多少ではあるが支援をしてくれる、と。
 なので紫苑らはオルレアンでフランスギルドの迎えを待ってパリへと。
 そして今日、一晩寝て疲れを癒した彼らはフランスギルドの支部長と面会することに。

「花の都も、枯れ落ちてしまえば惨めなものね」

 応接室で待たされて数十分、窓の外を眺めていたアリスが素直な感想を漏らす。
 花の都は枯れ落ち、未だ新たな芽吹きは見えない。
 まあ、エッフェル塔や凱旋門、
パッとイメージする名所や美しい街並みが無残にも破壊されているのでその感想も仕方ないことだ。

「……こんな形で海外来る言うのも、何や複雑やわ」

 惨劇の痕など見ていて気分の良いものではない。
 一般人メンタルの麻衣などは悲しそうに目を伏せている。

「(良いこと言う雰囲気だな)」
『ホントマジでそういう空気には敏感だよね紫苑ってば』

 紫苑もまた窓の外を見て、

「――――枯れていないさ」

 強くアリスの言葉を否定した。
 待ち人が来るまでのちょっとした暇潰しのようなものだ。

「この街にはまだ、希望を抱いて戦っている人が居る。
俺達に協力してくれるのが、何よりもの証明だ。であれば、枯れていないさ。
花はまた咲く、新しい芽が出て、いずれは前よりも美しい大輪の花を咲かせるよ」

 花の都、それは景観だけのものではない。
 そこに住まう人々の心こそが花なのだ。人が居る以上、枯れ落ちたと決め付けるにはまだ早い。
 希望が潰えていないのならば、終わりではない。
 それはともすれば綺麗ごとのようにも思える、だが真理でもある。
 諦めた瞬間に総ての可能性は消えて零になる。
 だが、諦めない限りは極小であろうとも可能性が消えることはないのだ。

「――――ムッシュ紫苑、あなたにそう言って頂けると私達も心強いですわ」

 涼やかな声が耳を擽る。
 扉を開けて現れたのはウェーブがかかった優しい栗毛と柔らかな瞳が印象的な女性だった。
 年の頃は三十前半から半ばといったところか。
 美人と形容されるのが自然な彼女は紫苑の下まで歩み寄り、右手を差し出す。

「はじめまして、フランスのギルドを統括しているアネット・エルバインです。御会い出来て光栄です」

 細く長い指が紫苑の指に絡み付く。
 少女というには躊躇うような見た目なのに、アネットの瞳は夢見る乙女のようだ。

「これはご丁寧に。俺は春風紫苑、よろしく御願いします。エルバインさん。
(おいカッス、これってお前が何かしてるから言葉が通じてるのか?)」
『(んにゃ。普通に日本語を話せるんだろうよ)』
「アネット、と呼んでくださいな」

 若くして一国のギルドの長を務めているのだ、才女と言っても過言ではない。
 なので他国の言語も問題ないレベルで身に着けているのだろう。
 そのことが紫苑のジェラシーを大いに刺激しているのは言うまでもない。

「また花は咲く、ええ……私も、私もそう思っておりますわ。
人は終わらない、例え罪を犯していようとも、だからじゃあ死ねなんて納得出来るわけがない。
あなたが示した人の矜持、私にもそれがあるのだと信じたい。
咲かせましょう、必ずまたこのパリを花の都として――以前よりもずっと大きな花を咲かせますわ」

 未だ握ったままの紫苑の手を己の胸に当てるアネット。
 触れた部分から確かな命の鼓動を感じる。
 彼女は伝えたいのだ、あなたのおかげで折れずに戦う意思を固められたと。
 立場上事前にアレクから真実は知らされていた。
 しかし、いざ原罪が痛みを発した時、アネットは立っていられなかった。
 けれども、脳裏に映った紫苑が手を引いてくれた。戦おうと言ってくれたのだ。
 多大な感謝と、そして……まあ、これ以上は言わぬが花か。

「(あれか、俺に憧れちゃった感じか。参ったなー、イケメン過ぎてすまん!)」
『(それより邪ロリとコミュ障がすんげえ目ぇしてるんだけど)』

 女は女の感情に聡い、それが同じ男を……なんてのなら尚更だ。

「アレクからある程度の報告は受けていますわ。
ムッシュがフランスに来たのはジャンヌ・ダルクを味方に引き込むためと聞いておりますが……」

 名残惜しげに手を離し、紫苑の対面に座ったアネットがそう切り出す。
 その顔は苦く、本当に可能なのか? という疑問がありありと見て取れる。

「オルレアンの惨状は聞いています。何もかもをも憎む彼女と、そもそも話が出来るのでしょうか?」
「無理」
「あれは、私見だけど……何も見えていないように見えたわ。
凝り固まった憎悪、見えているのはそれだけ。他の一切から目を閉じている。
そんな相手をどうにかしようと思ったら……その、自分もタダじゃ済まないと思うわ」

 実際に戦った二人が苦言を呈すとアネットも頷く。

「(お前の件で身に染みてるよ)味方云々はとりあえず置いておくべきだと俺は考えています。
試してみたいことはありますが……それ以前に、ジャンヌは止めなければいけない。
でなければフランスという国そのものが炎の中に消えてしまう」
「それほど、ですの?」

 確かにオルレアンの惨状を見れば恐るべき存在だというのは分かる。
 実際、あの憎悪は相対しなければ理解出来ないのでアネットが怪訝な顔をするのも無理はない。

「まず第一に、ジャンヌに普通の攻撃が通らない。炎そのものが彼女だから。
つまりは止める術がないということ、何もかもを無視してひたすら攻撃し続けることが出来る」

 であれば時間さえあれば総てを灰燼に変えることだって不可能ではない。

「仮に水の魔法を得手とする冒険者が居たとしましょう。
それでも、並大抵の力じゃあの炎には届かない……というか火は水でなんて常識も通じるか怪しいわね」

 アリスの補足にアネットの顔が曇る。
 そこまで厄介な存在かジャンヌ・ダルク、確かにそれはどうにかしなければいけない。

「それに、ジャンヌの相方らしきジル・ド・レも弱いわけじゃない。
あれら二人は放置すればするほどに面倒なことになる。
再びこちらの世界に来れるようになったらすぐにでもやって来るでしょう。
俺達はその対応に当たりたいと思います」
「……直接戦闘で止められないものをどうやって止めるおつもりで?」
「試したいこと、それですよ。口にすれば止められるかもしれないし、確証があるわけでもない」

 なので内容は黙秘するが迷惑はかけないと紫苑は頭を下げる。

「では、私達は何をすれば?」
「アネットさん達はジャンヌと対峙する場所に人が居た場合はその避難を御願いしたいんです」

 単純に物理で圧殺出来るならば戦力を願っただろう。
 だが、紫苑は普通の戦いなんてやるつもりはない。
 普通の戦いでジャンヌはどうにも出来ないのだ。
 なので、ぶっちゃけるとアネットらがやることなんて欠片も無い。
 避難を頼んだのも相手の顔を立てる以上の意図は無い。

「後は、フランスに滞在する間の宿を御願い出来ればありがたいです」
「……それだけでよろしいんですの?」

 肩透かし、そんなところか。
 アネットとしてはそれなりの助力をするつもりだったのだ。
 無論、余裕があるわけではない。
 それでも出来る限りのことはしようと思っていた。
 しかし紫苑の願いは実に小さいもの、というか実質御願いですらない。
 自国民を護るのは当然のことなのだから。

「余り迷惑はかけられませんからね。
俺達の助けになってくれるのは嬉しいですが、それでも俺達にかかりきりには出来ません。
(それだけというか、それぐらいしか出来ねえだろうが。自惚れるなよボケが。期待してねえんだよ)」

 無い袖は振れない、それに尽きる。
 無理に引き出そうとすると人間性を疑われるので、紫苑は実質助力ともいえないレベルのことを頼んだのだ。

「分かりました。避難誘導と滞在場所の手配は御任せくださいな。
その……あまり御力になれないようで、申し訳ありません」
「いえ、十分です。それだけでも贅沢というものですよ」

 これで事務的な会話は終わりだ。
 アネットは、ここからは紫苑と雑談に興じるつもりだったのだが……。

「(サイレン……?)」

 パリの街に鳴り響くサイレン、同時に部屋の中に職員の一人が飛び込んで来る。
 曰く、パリの上空に多数の孔が出現したらしい。
 それはつまり、戦いが始まるということだ。

「アネットさん、俺達も出ます。そちらの指揮系統に入っても混乱するだけでしょうから……」
「遊撃という形で好きにやってくださいな。御客人に戦わせるのは心苦しいのですが、御願いします」

 アネットの言葉に力強く頷き、紫苑は四人を伴ってパリの街に飛び出す。
 既に街の中ではモンスターが溢れており破壊と殺戮を撒き散らしていた。

「……数が多いな」

 手早く片付けられるならば躊躇う必要は無い。
 紫苑は額に手を当てて、静かに集中を高める。

『呼ぶのか?』
「ああ、対ジャンヌ戦のことも考えて温存してたが、物理が効かない以上は他に切りどころもない」

 聖槍の担い手であり、目下の最優先抹殺目標。
 思考が出来ないモンスターでも視界に入れば本能で紫苑を殺しにかかって来る。
 良いデコイだ、前衛三人は向かって来る雑魚を殺せば良いだけなのだから。

「――――来い、第六天魔王!!」

 額に浮かび上がった菱形の痣が漆黒の輝きを放ち、第六天魔王織田信長が顕現する。
 今日は何時もの西洋甲冑ではなく着流しを肌蹴たラフなスタイルだが……休憩中だったのか?

「御呼びかね、御大将。どうやら異国の街のようだが……」

 当然のことながら織田信長は戦国時代の人間であり、外国へ渡った経験があるわけがない。
 九州の人間ならばともかくとして近畿圏の彼には諸外国へ行く機会すらなかった。
 そもそも家を放って好き勝手出来る身分でもなかったし。
 物珍しげにパリの街を眺める信長だが、その顔には闘志が満ち溢れている。

「まあ良い。とりあえず、話は敵を片付けてからにしようか」

 信長が織田軍一万を召喚して、目につくモンスターを片っ端から片付けるように命令を発する。
 兵隊は一糸乱れることもなく攻撃を開始し敵を駆逐し始めた。

「数が少ないのは勘弁してくれ。余り呼び出すと俺も長く此方に留まれんでな」

 信長は腰に差していた太刀を引き抜いて近付いて来ていたモンスターを切り刻む。
 彼が傍に居るのならば紫苑と麻衣は問題無い。
 そう判断した前衛三人は攻撃領域を広げて更に攻勢を加速させる。

「いや良い。協力してくれるだけでもありがたいよ」
「謙虚よな。して、何故御大将は異国に居るのか教えてくれんかね」
「それは――――」

 軽くこれまでの経緯を説明すると信長は皮肉げな笑みを更に深めた。
 やはり幻想というのはどうにも好きになれない。
 今でこそ同じカテゴリーに入ってしまったが、嫌悪感は増すばかり。
 人を救わぬ癖に敬ってもらいたい、
人をあっさり見捨てる癖に畏れて欲しい、何だそれは、ガキの駄々か?
 とは言っても踊らされて死んだジャンヌに対する同情心は欠片もないが。

「ふぅん……御大将はどうするのかね、そのジャンヌ・ダルクとやらを」
「とりあえず止めたいとは思う」
「その顔を見るに、道筋は見えておるようだ」
「どうなるかは分からんがな。それより信長、何故アンタは俺に協力してくれるんだ?」

 市街地からは順調にモンスターが排除されているし、避難だってほぼ完璧。
 ぶっちゃけ紫苑はやることがなかった。
 なので少しばかり気になっていた疑問をぶつけることに。

「確かに俺は幻想と戦うことを選んだが、アンタは俺を大将と言った」

 つまり、織田信長は春風紫苑の下に着いたというわけだ。
 紫苑自身は偉人を下僕に出来てとっても気分が良い。
 が、同時に不安でもあるのだ。
 かつては日本を統一しかけた男が簡単に誰かの下に着くなんてあり得るか?
 しかも自分より力が無い十六の小僧にだ。

「(もしも俺なら絶対良からぬことを考えるわ)
大体、戦争っていうなら俺よりもアンタの方が上手だろ?」

 信長は別に生涯無敗だったわけではない。
 本能寺や金ヶ崎、それ以外にも大小の戦で敗れている。
 それでも大規模な戦争の経験は豊富だし自身が陣頭指揮を執る方がよっぽど良い。

「当然の疑問よな」

 小さな含み笑いを漏らす信長、その表情には少しばかり哀愁が漂っていた。

「まず一つ、今を生きる人間は俺ではなくお前達だ」

 既に死した人間だ。本来なら二度目なんてあって良いわけがない。
 信長は自身が敗残者だと自覚している。
 幻想に敗れて幻想に囚われた負け犬。
 人の世を創るために戦った人間織田信長は既に死んだ。
 それでも諦め切れないからこうやって恥を晒している。
 ただでさえ恥を晒しているのに今を生きる人間を押し退けるなんて出来ない。

「そして二つ、お前は俺に出来なかったことをやった」

 かつて信長は日本に住まう神仏を駆逐することだけを考えていた。
 ゆえに他所の介入を嫌って異教の者らには寛容な顔を見せた。
 総ての神仏が同じカテゴリーだと知らなかったのだから、その判断は間違いではない。
 だが、真に人の国を創るのならば総てに対して毅然と敵対を宣言するべきだったのだ。

「俺が南蛮の者らに甘い顔をしたのは打算があったからだ。
しかし、しかしだ。世界の在り方を変えようと言うのに、小賢しいことをするべきではなかった。
総てを踏み躙ってやるという気概を吐くべきだったのだ。
それだけの力が無かったわけではないのだからな」

 けれどもそれをしなかった。
 だというのに、自分より力の無い紫苑はそれをやってのけた。
 確かにその魂の格は神仏をも凌駕する熱量を持っている。
 しかし同時に、人であれと自分に言い聞かせて強く己を律してもいる。
 誇りを以って力を捨てて一個の人間として誰よりも早く宣戦布告をしてのけた。
 負けた、完敗だ。信長は素直にそう思った。
 ゆえに春風紫苑の下に着くと決めたのだ。

「担ぎ上げる神輿としてお前以上は居らん。ゆえに俺はお前を頭と決めたのだ」
「(織田信長にここまで言わせた人間とか俺だけじゃね? 喝采せよ!)買い被りじゃないか?」
『(キャー! 紫苑さん素敵ー!!)』
「買い被りなものか。お前はもう少し己を誇れ、それはお前の背を追う人間の誇りにも繋がるのだから」

 買い被りではなく、認めたからこそ小僧から御大将に呼称が変わったのだ。
 だがいけない。こんなことを言っていると紫苑がますます調子に乗ってしまう。

「……善処する。それと、力を貸してくれてありがとう。これからも頼む」
「相分かった。任せてもらおう」

 激情家、冷酷、革新的な人間、多くの人間が抱く信長像はそんなところだろう。
 しかし実際は出来た大人だ。
 こうやって若者をしっかり諭すことも出来る……惜しむらくは紫苑を見誤っていることか。
 だがそれも神仏をも欺く虚飾なので仕方ないといえば仕方ないのだが。

「にしても……見事な手際だな信長」

 一見すれば散発的に攻撃しているようにしか思えないが、その実違う。
 モンスター達を上手く開けた場所に密集させているのだ。
 そしてある程度集まったところで一気に殲滅。
 賞賛すべきはその手際だ。
 織田家の兵隊は信長の手足が如く、しかと己が役目を果たしている。

「相手は突っ込むだけの獣とそう変わらん。褒められるほどのことでもなかろうて」

 それに、幻想になったことでえらく便利な能力にも目覚めた。
 一々伝令を飛ばさずとも思念で総ての部隊に命令が出せるし、それぞれの視界も共有出来る。
 わざわざ物見を出さなくても良いというのも効率的な部隊運用に繋がっている。

「いや、それでも見事な錬度じゃないか。群でありながら個の如く一体感がある」
「俺の国の兵は皆、弱兵でなぁ……昔からこうならばもっと楽だったんだが」

 これも幻想になったことで変わったことの一つ。
 信長に呼応するように兵士の能力が一定水準まで引き上げられていたのだ。

「それより御大将、分かっておるよな?」
「ああ……ジャンヌはともかく、その相方がこの機を逃すとは思えん」

 もしパリに紫苑が居なければジャンヌも近場から焼いて回っていたかもしれない。
 しかし、今ここに紫苑が居るし、憎き幻想の走狗も居る。
 ジャンヌを第一に考えているジルドレがこのタイミングを逃すわけがない。

「横合いから殴り付ける、これは効果的だし何より楽しい」
「……流石は桶狭間で完全な奇襲を果たした男の言葉だ、実感がこもっている」

 今川義元からすれば堪ったものではないだろう。
 常道を無視して完全に予想外の方向から殴り付けられたのだから。

「ハッハッハ! ああでもせねば義元には勝てなんだからな」
「(脇腹をナイフをサックリやるのと変わらねえよな。セコイ男だ)そこらも詳しく聞きたいもんだが……」

 これ以上お喋りしている余裕は無い。
 信長は即座に兵達を消すや、紫苑と麻衣を包み込むようにドーム型の結界を形成。
 その一瞬後に、炎の雨が花の都に降り注いだ。
 それは街を、モンスターを、戦っている冒険者達も、何も区別することなく焼き払う。
 完全に兆しを消せていなかったので完全な奇襲とは相成らなかったが、それでも効果は抜群だ。

「……来たか(芋臭い馬鹿娘と性犯罪者!)」

 空を見れば小さな孔からジャンヌとジルドレが自由落下でパリの街に降り立とうとしていた。
 しかし、事実とはいえ紫苑のそれはあんまりにもあんまりな形容だ。

「紫苑、下がって」
「あなた達にどんな悲劇があったか知らないけれど、紫苑ちゃんには指一本触れさせないわ」
「オルレアンの乙女、あなたの八つ当たりに紫苑お兄さんを巻き込まないでちょうだい」

 紫苑を護るように三人がジャンヌ達の前に立ち塞がる。
 とはいえ、現状では殺せる手段が思いつかない。
 ゆえにこれは決死。何が何でも紫苑だけは護るという勝算の無い戦いだ。
 しかし、

「――――誰も手を出さないでくれ(カッス、ここからは俺の発言総てを統一言語とやらにしてくれ)」
『(あいよ、任された)』

 紫苑はそんな三人を押し退けて前に出る。
 突然の行動に女達は驚くが、
信長だけは静かにことの成り行きを見守るつもりのようで涼やかな顔をしている。

「元帥、あんたの望みを叶えるために俺は命を懸けるつもりだ。邪魔はするな」

 紫苑の呼びかけに青髭の表情が少し硬くなる。
 ああ、確かに彼は狂乱している。だが、それはジャンヌの狂気に付き合っているだけ。
 まだジルドレには理性がある。だからこそオルレアンでも撤退を促せたのだ。

「お前が諦めたことを俺がする(そこの馬鹿娘を気分良く踊らせてやるよ)」

 もう一度、もう一度踊らせよう。
 だが、ヤルダバオトなんて三流とは一緒にしないでくれ。

「……世を知らぬ、闇を知らぬ子供に何が出来る?」
「ジャンヌも子供だ、そして俺も子供だ。だからこそ、伝えられることがある」

 真のやり手とは踊らされている側に踊らされていると悟らせない。
 悟らせぬまま自分の意思で踊っているのだと勘違いさせるもの。
 それを見て哂うのが真の黒幕――――何かがおかしいが、何もおかしくはない。
 春風紫苑にはその資質が備わっているのだから。

「……」

 ジルドレは無言でこの場に割って入って来たモンスターを切り裂いた。
 これは紫苑の行動を黙認するということに他ならない。
 実際、ジャンヌが彼に執着していることは何となく分かっていた。
 そして、当人もどうして彼女が自分に興味を抱いているか理解しているらしい。
 だからこそ、お前が諦めたことを俺がすると言ったのだ。
 であればそれは――――。

「……クヒ」

 これまで黙っていたジャンヌから罅割れた吐息が漏れる。
 何もこれまで空気を読んでいたわけではない、そもそも二人の会話など聞いていなかった。
 ただ、動けるようになるまでこの世界に身体を馴染ませていただけ。
 そして今、それが終わった。

「キャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 紫苑は懐から取り出したハルカゼインパクトを巨大化させてそれに飛び乗りこの場を離脱。
 仲間達には着いて来るな、
市街に蔓延るモンスターの殲滅にだけ集中してくれと去り際に言い含める。

『(しかし……何だこいつ? 一瞬で殺せるのに何だってそうしない?)』

 炎を使えば紫苑なんて一瞬で紫苑の丸焼きが完成するだろう。
 しかしジャンヌはそれをせずに手に持った騎士剣を力任せに振るって攻撃するだけ。
 だからこそ、馬を操る紫苑はどうにかこうにかそれを躱せていた。

「(コイツは正気じゃねえ、だからこそ、決して忘れられないものがある)」

 紫苑の言葉はイマイチ要領を得ない。
 とはいえカス蛇は相棒に対して全幅の信頼を抱いているので深くは追求しなかった。
 どの道、見ていれば分かることでもあるし。

「何処に居るの? ねえ答えてよ神様ァ! 声が聞こえないよ!?
私、火に炙られちゃうの! 怖い奴らが私をイジメるの!!
雨、うぅぅうわぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!
屑が! 誰も彼も死ね! 裏切り者裏切り者裏切り者!
私を見捨てた、私を裏切った! 嫌、嫌よ……熱い、痛い、ねえ誰か!!!!」

 言動は支離滅裂で表情は山姥も顔負けの凶相。
 良識ある人間ならば速攻で精神病院に叩き込むレベルだ。
 紫苑はそれを鼻で哂いながら腰のバッグから取り出した煙幕弾をあちこちに放り投げる。
 そうすることで一時的に視界を奪い、その間に仕込みを済ませる。
 後は効果が出るまで丁度良い場所を探して逃げ回るだけ。

『(よう、どうするんだ?)』
「(まずは多少なりとも思考が出来る頭を取り戻させる。あの女にそうしたようにな)」

 ジャンヌ・ダルクと似たような病み方をしていた女を知っている。
 狂える鬼母、逆鬼雲母。彼女もまた、かつては重過ぎる想念が思考を圧迫していた。
 紫苑はファーストコンタクトで雲母が望んでいた罰を与えることで一時的に思考を引き戻したことがある。

『(奴の望みを叶えるってことか? じゃあ、アレか、丸焦げになるのか?)』
「(まあ、確かに俺も人間だ。奴の恨みの対象ではあるが……)」

 春風紫苑は例外、確かに憎悪を抱いているがそれだけではないのだ。
 ジャンヌは心の何処かで紫苑に対して自分を重ねている。
 ゆえに、更に心の距離を近付けてやれば良い。
 そうすることで会話を可能にさせれば良い。
 物理的な痛みを伴うことで、出来るならばやりたくはない。
 しかし、やらねば殺されてしまう。
 見栄と保身を満たす乾坤一擲の策は何が何でも発動させねばならないのだ。

「! ムッシュ紫苑!?」

 逃げ回り続けた紫苑が辿り着いたのは、
彼のマリー・アントワネットも処刑されたコンコルド広場。
 そこではアネット自らが陣頭指揮を執り冒険者を率いてモンスターと戦っていた。
 突如として乱入した紫苑に驚きを隠せないようだが、これも彼の狙い通り。
 欲しかったのだ、自分とまったく関係が無い第三者が居る環境が。

「アネットさん、彼女には手を出させないでくれ!
ジャンヌ・ダルクは今のところ俺を狙っている、手を出さなければ一先ずは危害を加えられない!!」

 統一言語に変換された紫苑の声は広場に集まっていた冒険者達の耳にもしかと届いた。
 オルレアンの乙女、救国の英雄、あれがジャンヌ・ダルク?
 聖女どころか魔女ではないか、そんな恐怖が冒険者達の間に染み渡っていく。

「皆、ジャンヌ・ダルクは放置しますわよ! 全員、目の前の敵にだけ集中なさい!!」

 本来はフランス語で号令を飛ばしているのだろうが、
統一言語に変換されているためか紫苑にもアネットの言葉はしっかり理解出来た。

「(――――来た!!)」

 身体の奥の奥、魂が鳴動した感触を紫苑は確かに感じ取った。
 すぐさま馬から飛び降りて槍を構える、総ての条件は整ったのだ。
 後は畳み掛けるだけ。

「キャハ♪」

 逃げるのを止めた紫苑を見て、チャンスだと思ったのだろう。
 ジャンヌは剣を握る手に強く力を込めるが、その気勢を挫くようなことが起こった。

「――――あ」

 紫苑の間抜けな声が広場に響き渡る。
 ぼんやりと後ろに首を回すと広場で戦っていた冒険者の一人がその背中に刃を突き立てていた。
 これはたった一人を除いて誰にとっても予想外の出来事だった。
 そう、たった一人を除いて、たった一人の彼にとっては予想外――どころか狙い通りだ。
 この展開を演出するために第三者が居る場所にやって来たのだから。

「あ……わ、わた……私……」

 紫苑の背に刃を突き刺した冒険者はとんでもないことをしてしまったと顔を青褪めさせている。

「――――ああ、ヤッパリ人は汚いですわ」

 ジャンヌの瞳に理性の光が灯る。
 自分がかつて味わった裏切りを目にしたことで紫苑に抱いていた感情を自覚したのだ。

「哀れな子、可哀想な子。どれだけ人のためにと頑張っても人は簡単に裏切るわ。
どれだけ高潔な祈りを以って、人を信じていようとも裏切られる」

 元日に起きた幻想回帰の際に紫苑が突き付けた宣戦布告。
 それは人だけではなく総ての幻想が聞いていた。
 つまりはジャンヌ・ダルクも曖昧なままで聞いていたわけだ。
 その時、彼女は何を想ったか――――似ている。

 紫苑は自分と同じだと共感と同情を抱いたのだ。
 正義の御旗を掲げて先頭に立ち、強大な敵と戦う。
 抱く志は美しく、私心無きものだというのに……人は絶対にそれを裏切る。
 自分の薄汚い思惑の下に春風紫苑の清らかな祈りは踏み躙られる。
 ジャンヌはそう思っていた。

 だからこそ、紫苑が絶望を味わう前に殺してやりたかった。
 ゆえに彼女は紫苑だけを見ていたのだ。
 全力で殺しにかからなかったのは、全力でやれば炎を使わなければいけないから。
 自分が味わった火刑ではなく、せめて安らかに心臓を穿ってやろうと思ったから。

 先ほどまでは身を蝕む憎悪の毒でそれすら自覚出来なかった。
 しかしこうしてまざまざと人の裏切りを見せ付けられたことで醒めたのだ。
 やっぱりだ、国のためじゃなく総ての人のために戦っても人は裏切るのだ。
 結果、無意識下で抱いていた同情を自覚し、理性を取り戻した。

「……これ以上の絶望を味合わないうちに、一思いに殺してあげますの」

 痛ましいものを見るような目で紫苑に近付くジャンヌだったが……。

「――――それは余計な御世話だ、ジャンヌ・ダルク」

 さあ、芋臭い田舎娘を思う存分踊らせてやろうではないか。
 春風紫苑の手練手管、とくと御覧あれ。
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