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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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田舎娘を篭絡せよ

 この隠れ家の主が戻って来たのは夕方になってからだった。
 ギルドの長としての仕事を果たして来たのだろうが、
勝手に連れて来て十時間以上も放置するのは如何なものか。
 紫苑は不満タラタラではあったが、それをおくびにも出さず対面に座るアレクを見つめる。

「随分待たせてしまったようだ。色々と仕事が多くてね」

 申し訳なさそうに苦笑するアレクを見ているだけで苛立ちが募る。
 紫苑からすれば優れた人間なんて目障りな存在でしかなく、
それもアレクの場合はギルドの長で世界最強などとも呼ばれているのでジェラシー不可避なのだ。
 もう彼が呼吸をしているのすらムカツク。

「(この俺を拉致っといてぞんざいに扱うとか赦されざるよ。マジ万死)
いえ、それより、あなたは世界がこうなることを知っていたんですか?」

 紫苑の仲間達や戻って来た雲母、
そしてカマキリや幾人かの知らない顔も含めて彼らは二人の会話を静かに見守っていた。
 世界最強の男、アレクサンダー・クセキナス。
 前人未到の境地に居る輝ける者、春風紫苑。
 これからの世界を語る上でこの二人は決して欠かすことは出来ない。

「私の怠慢を責めるかな?」

 散々に扱き下ろしてやりたい気持ちは今にも溢れ出しそうだ。
 しかし、その罵倒を口に出来ないのが春風紫苑。
 相手に完全な非があるならばともかく、この場合はそうでもない。
 アレクは確たる意図の下に崩れ去った平穏な世界の中で口を噤んでいたのだ。

「思うところはあります。だけどそれは、きっと子供のワガママなんでしょう。
黙っていた理由、その幾つかについても今ならば思い当たることもありますから。
危機を煽り備える、それ自体が幻想の回帰を早める結果になってしまうからではないですか?」

 メタトロン達のような存在は人の認識に殺されて追いやられた。
 ならばその逆も然りと言えるだろう。
 人の認識の中で生き返ったのならば幻想と見做された者らはもっと早くに戻って来たはずだ。

「一部――その国の政府などに働きかけるのもありかもしれません。
しかし、それも博打だ。及び腰な政治家達はどんな行動を取るかが分からない。
幻想を認識させたのならば、原罪の痛みで恐慌を起こし……」
「ああ。もし、要人に知らせていたとしよう。かなり早い段階でだ」

 それでも認識が蘇ってしまえば原罪が疼き出す。
 昨夜のアレは敵が直接姿を現したからこそ恐怖と罪悪感で動けなくなった。
 しかし、姿が見えない状態でならばもっと症状は軽かったはずだ。
 そうなると罪を振り払うために馬鹿な手を打ったとしても不思議ではない。
 かと言って知らせないまま水面下で備えをさせるのは不可能だ。
 確かにアレクはギルドの長ではあるが、絶対の権力者というわけではないのだから。

「今より最悪な事態になっていたかもしれない……でしょう?(政治家って皆クソだからな)」

 とんだ偏見である。
 臆面もなく偏見を口に出せるこの男の決め付けには呆れしか出て来ない。

「そうだ。つまるところ、我々人類は最初から不利な戦いを強いられているわけだ」
「だが何も出来なかったわけではない」

 やれることが零かと言われればそれもまた別の話で、そして恐らくアレクはそれをしている。
 だからこそここで扱き下ろすことが出来ないのだ。
 イチャモンつけまくって罵倒のフルコースを食べさせられない。

「私が言葉を交わし、信の置ける者を此方に引き込んでいる。
日本支部の長もそうだね。数はそう多くないが、
そういう人を束ねられる立場、あるいは素養を持つ者には私は真実を知らせていた」

 ゆえに心情――というよりは腹の中で幻想側に着くと決めた者らも表立って一般人を殺したりはしていない。
 とはいえ、それも時間の問題だろう。直に世界は地獄に変わる。
 幻想に着いた冒険者が一般人を殺すはずだし、
人類として戦うことを決めた者らは裏切った連中と戦う――泥沼の戦争だ。
 今はまだ誰もが悩みの中に居るだけ、
苦悩の泥から抜け出したものが戦端を開けばなし崩しで戦いは始まる。

「成るほど。出来る限りはやっていた、と」
「不満かもしれないがね」

 やけに卑屈なアレク、これは謙遜ではない、卑屈なのだ。
 紫苑はそれを的確に見抜いていた。
 アレクは心の何処かで何かに負い目を抱いている。それは何か、予想がつかないこともない。

「一つ、良いですか?」
「構わないよ」
「多くの人間に黙っていたのは仕方のないことだして――――あなたはどう思っている?」

 知らせることが出来なかったのは不可抗力だ。
 しかし、問題はそのことについてアレクがどう思っているか。

『(イビリポイント見つけたか?)』
「(まあな。俺もいい加減、いきなり出て来てカッコつけたり拉致って放置されたりでむかついてんだ。
何かもう俺に優しくない世界が憎くて憎くてしょうがない。兎に角八つ当たりしてえ!!)」

 最低なことを堂々と何の引け目もなく言い切る紫苑。
 彼も世界がおかしくなってから色々と鬱憤が溜まっていたのだ。
 まあ、何時ものこと言えばそれまでなのだが。

「……」

 沈黙を返すアレク、その表情は硬く紫苑はまだまだ八つ当たれるドン!
 とばかりに更に舌禍を突き刺す。

「歯痒く思っているのか、ひょっとして、心の何処かで"これで良かった"なんて思ってませんか?」
「し、紫苑ちゃん?」

 紫苑が冷たい空気を纏っているのを見かねて雲母が割って入る。

「(おいおい、こっからが楽しいのに水を差すなよ)……何ですか?」
「今まで黙っていたけれど、私が大阪に来たのはアレクさんに頼まれたからなの。
これから先、紫苑ちゃんを傍で護ってあげて欲しいって……」

 それに故郷での会話を思い出すにアレクは真剣に世界を憂いていた。
 そんな人間が"これで良かった"なんて思うはずがないと考えているが、

「なら何故、もっと早くに俺に会いに来なかったんでしょうか?
アレクサンダー・クセキナスは自分と同じなのだから俺の身体に宿る蛇についても知っていたはずだ。
……俺自身の価値はともかくとして、蛇には利用価値があるでしょう。
来る戦いのために何某かの接触があって然るべきだ。
だって彼は事前に打てる手として少なかろうとも色んな人間にコンタクトを取っていなかったのだから。
しかし俺がアレクサンダー・クセキナスと顔を合わせたのは昨夜が初めて」

 世界のこれからを憂いているというのを否定する気はない、実際にそうなのだろう。
 しかし、その中に別の個人的感情が混ざっている。
 そしてそれが先ほどの全人類に知らせずに済んで"これで良かった"という指摘に繋がる。

「そういえば……」

 紫苑の言葉に雲母が黙り込み、代わりに紗織が呟きを漏らす。

「姉様?」
「……成るほど、何となく見えて来ました」

 紗織もまた雲母と同じようにアレクと対面したことがある。
 そしてその時の会話を思い出せば答えだって何となくではあるが見えて来た。

「アレクサンダーさん、あなたはかつて私の前に現れた時、こう言いましたよね?
自分が春風さんと接触すれば余計なものを起こしてしまう。今なら分かります、蛇ですね?
蛇が目覚めれば間違いなく春風さんを唆す、それではいけない。
あるがままこの世界を見つめて欲しい、その上で選択をして欲しいと」
「(おい、俺のハイパーイビリタイムを邪魔するなよクソ虫が!!)」

 ちょっと前まで大天使呼ばわりしてたのに今じゃクソ虫。
 諸行無常で盛者必衰めいたアトモスフィアを感じる。

「……紗織は、彼に会ったことがあるんだな。そうか、そういうことか。違和感の正体が見えたよ」

 あくまで自分主体でイビリたいので即座に軌道修正。
 見せ場を他人にくれてやるなんて耐えられるわけがないのだ。

「仮に、仮に幻想の存在を世界に認知させても問題がなかったとして……。
その時、アレクサンダーさん、あなたはそうしなかったのでは?
滅びを避けたいと大きな動きが生まれてしまえばそれに流されてしまう人間が居るから。
あなたは人が自分で選ぶことを重視している。言うなれば自主性の尊重」

 紫苑の仮定通りに幻想の存在を人が認識しても問題が無いとする。
 その場合、アレクは選択を迫られるだろう。
 死者を最小限に抑える選択か、
もしくは例え多くの人間が死のうとも残った人間が自分で選択を出来るようにするか。
 アレクサンダー・クセキナスは恐らく――否、間違いなく後者を選ぶだろう。

「今、人は否が応でも選択を迫られている。何せ頼れる人間が居ないから」

 確かに紫苑やアレクの存在は希望だったりストッパーだったりとして機能している。
 が、何の予告もないままに原罪の重さを知ったからこそ、簡単に寄りかかれない。
 結局のところ選択は自分でするしかないのだ。
 一般人にはそれが無い? いいやそうではない。
 大事なのは諦めるか抗うかを自分で選ぶことだ。

「例え一般人に戦う力が無くても、戦うという意思それ自体が尊いとあなたは考えている。
成るほど、確かに俺もそう思いますよ。どうしようもなくても諦めないと思える姿は尊敬に値する。
冒険者は言わずもがな。強大な存在であろうとも膝を屈することなく戦いの道を選べば、
強大な存在と相対することになる、しかしそこには勇気がある。それは尊いことだ」

 そんな人こそ、生きる価値がある。ともすればそんな風にも思えてしまう。

「……返す言葉も無い。IFの話に意味は無いが、
それでも、もしもがあるならば君の言ったように人々に知らせなかったかもしれない」

 苦悩がありありと見て取れる。
 そこから更にアレクサンダー・クセキナスという人間が見えて来た。
 紫苑の瞳はアレクの中身を隅々まで看破している。

『(よう紫苑、そろそろフォロー入れた方が良いんじゃねえか?)』

 この場に居る者は紫苑の縁者の方が多い。
 ゆえに彼の抱く不信感に同調し易くなってしまう。
 結果、不和が生まれるのだ。そしてその不和は先のことを考えればマイナス要素だ。

「(ああ、世界最強(笑)の無様な面も見れたしフォロー入れるよ)
……すいません。これは意味の無いことでした。
自主性の尊重は俺も良いことだと思うし、
何よりあなたの行動は思惑はどうであれ最善を尽くしていた。
ごめんなさい。これは俺の八つ当たり染みた物言いでした。決してしてはいけなかった。
大丈夫だと思っていたけれど、俺自身……かなり今の状況に堪えているみたいです」

 そもそもからしてもしもの話だし、
自主性の尊重とは言い換えれば人間を大切に思っていることでもある。
 更に言うならアレクは今のところ最善を尽くしているのだ。
 そこを責めるのはお門違いだと告げることで不和の種を刈り取る。
 種を蒔いたのも紫苑で刈り取るのも紫苑、いっそ農家にでもなれば良い。

『そうだな。思うところはあれども少々可哀想だ。
自主性の尊重ってのはそいつ自身の願いかどうかも怪しいしな(俺様も手伝ってやるよ)』

 紫苑のフォローでも問題は無い。
 だが、先々のことを考えるならば万全を期した方が良い。
 そう判断したカス蛇が援護射撃を放つ。

「(あん? これ以上どうするんだよ?)どういうことだ?」
『(お前が知らないことも俺様は知ってるのさ)そいつ――アレクサンダーに憑いてる奴のことよ』
「そういえば、アレクサンダーさんの腕にも刺青が……」

 紗織や雲母はアレクの刺青を見た時、紫苑のそれと似ていると感じた。
 つまりはそういうことなのかと紗織は紫苑の腕を見つめる。

『俺様の同類よ。やったことも似てるっちゃ似てる。憑いてるのはプロメテウス。
知らん奴に説明するなら人類に"神の火"を与えた存在だ。
だがな、他の神々は未熟な人類に火を与えることを禁忌としていた。
しかしプロメテウスは火を与えた。正しく使うも間違って使うも選ぶは人だ……ってな』

 一歩間違えれば総てを焼き尽くす恐ろしい炎。
 だというのにプロメテウスは人の自主性を尊重した。
 つまりアレクはその影響を受けているのだと。

『――――返す言葉もありません』

 カス蛇の言葉に答えたのはプロメテウスだった。
 今まで沈黙を続けていたが、流石に申し訳なくなったらしい。

『私が彼の祈りを歪めてしまったのです。
護りたい、喪いたくない、純粋な祈りが彼を私達の側へと引き上げた。
しかし、有り余る炎はその身を焼き尽くすほどに激しく、放って置けば数分と経たずに自壊してしまう』

 よしんば生き残っても間違いなくアレクはいずれ人間の敵となっていただろう。
 だが、そうならなかったのは他でもないプロメテウスのおかげだ。

『ほう、お前さんの領域でアレクサンダーは純化を果たしたってわけか』
『ええ、だから咄嗟に私は肉体を捨てて彼と同化することで制御をしようと思ったのですが……』

 プロメテウスにとっても人と同化するなど初めての経験だった。
 しかし、どうなるかぐらいは考えれば分かるだろう。
 人という器に神なんてものを入れれば不具合をきたして当然だ。

『やっぱりお前の影響を強く受けていたか。祈りが歪んだわけか。
それでも人の側で居られるのは護りたいという願いとお前自身の人好きが上手く調和したから』
『その通りです。なので、責めを負うというのならば私でありアレクではありません』

 申し訳無さそうなプロメテウスに、

「いや、お前は未熟な私を助けてくれただけだ。弱いというならそれは私の方さ。
歪んでしまったのは己の責。だってそうだろ? 私よりも若い彼はずっと彼のままなのだから」

 紫苑に視線が集中する。
 確かに彼は彼のままで蛇の影響など欠片も受けていない。

「(俺、流石過ぎる……!)」

 アレクの情けないツラは拝めるし、褒めてもらえる、紫苑にとっては良いこと尽くめだ。

「聖書の蛇、プロメテウスよりも格が上なのに、まるで影響を受けていない」
『コイツは規格外の魂だからな』
「(俺はそこらの凡愚とは格が違うので当然ですわ! オーッホッホッホ!!)」
『(つっても、規格外過ぎて逆に雑魚になっちまってるがな)』
「(死ね、マジで死ね!)」
『それよりそろそ建設的な話をしようぜ。紫苑、お前が躊躇う気持ちも分かるが……』
「……ああ、分かっている。アレクサンダーさん、今、外はどうなってるんですか?」

 緊張した面持ちを作って問いを投げる。
 随分と回り道をしてしまったし、
本音を言うならどうでも良いのだが立場上聞かざるを得ないのだ。

「大恐慌だ――とはいえ流石に一日も経っていないからね。
あちら側に着くと決めた冒険者が一般人を殺して回っているというのは今のところ無い。
それでも時間の問題と言えるだろう。どうあっても人間同士の戦いは避けられないはずだ」

 アイリーン、アリス、天魔、栞、麻衣の五人は将門の言葉を思い出していた。
 人を殺せるか――――それはこれから訪れる戦いを暗示していたのだ。

「……敵に回った者らのバックには幻想が居る。厄介なことだな」

 苦みばしった顔のルドルフ、だが何もかもが敵に有利に働いているわけではないのだ。

『いいや、そりゃ雑魚は出て来るだろうがそれなりの力を持つ奴は出張って来ない。
今はまだ力のある奴はこっちで活動出来ねえんだ。
現に昨夜味方した信長も戦いが終わると同時に消えて今は居ないだろ?
俺様達は幻想として一度この世界から弾き出されてるからな。
基本的にこっちの空気は毒にしかならねえ。力が強ければ強いほど毒はよーく効くんだ』

 冒険者だけを生かす、
敵がそう告げたのは何も自分達と近い存在だからという理由だけではない。
 一般人や敵となる冒険者達と戦わせる意図も含まれているのだ。

『その雑魚にしたって時間制限がある。
カマエルのパシリである天使の軍勢だって昨夜、全部殺したわけじゃねえのに退いただろ?
あれは旗色が悪くなったとかそういう理由じゃねえ。単純に留まれなくなっただけ』
「ですがカス蛇さん、酒呑童子はどうなのです?」

 あれはそれなりの時間京都で暴れていた。
 あの雑魚天使などとはどう考えても格が違うはずなのにと栞が疑問を呈する。

『神便鬼毒酒のおかげだ。
長い時間をかけて歪んだとはいえ、あれは元々人のためのものだったからな。
だからこそ酒の霧で京都全域を覆うことが出来た。
つっても、耐性がある酒呑童子だったからこそ動けたってのもあるが……何にしろ特例だよ奴は』

 一種の異界化を行える存在というのは他に居るかもしれない。
 それでも酒呑童子と同じ真似は出来ないだろう。
 あれはあくまで歪んだ神便鬼毒酒だったから出来ただけ。

『他の手段としては俺様やプロメテウスのように人に同化することだが……』
『する者は少ないでしょうね。冒険者とはいえ人間、それと同化するなど憎悪に塗れた彼らには出来ない』

 殺す気はないが、一心同体となるなど出来るわけがない。
 だったら乗っ取ってしまえば良いと思うかもしれないがそんなことをすれば意味が無くなる。
 乗っ取るということは人の魂を消すことに他ならない。
 肉の器に残るのは幻想の魂のみ。
 その魂に引っ張られて肉体も幻想のそれへと変化する。
 そうなれば弱体化した上に毒をダイレクトに浴びて世界から追いやられてしまう。

『さて話を戻すぜ。アレクサンダー、指導者はアンタだろう? どう動くつもりだね』
「その前に聖書の蛇、君の意見を聞きたいんだがな。
君は私達とは違う未来を見ているのではないか? ハッキリ言うが私には抗い続ける以外の道は見えない」

 幻想とは真の意味で不死、完全に滅ぼすことが出来ない。
 ゆえにその場その場で敵を殺して長く平和な時間を維持することぐらいしか方針が思い浮かばないのだ。
 そしてそれは子々孫々未来永劫戦い続ける修羅の道である。
 子や孫の代にまで戦いを引き摺りたくない、アレクだってそう思っている。
 だが現状ではそれ以外のことは出来ないのだ。
 未来で何かが変わると信じて戦うことしか出来ない。

『確かに俺様は紫苑が生きているうちに総てを片付けるつもりだ。
どうなるかは分からないが一つの方針ぐらいはある。しかしそれは説明出来ない今はそれで納得しろ』

 しばしの沈黙の後、アレクは小さく分かったと返す。
 無理矢理聞き出すことは無理だと判断したのだ。

「それで、アレクサンダーさん。状況は分かりましたが、これからどうするつもりです?」
「戦力の確保だね。良いかい?
聖書の蛇や私の相棒であるプロメテウスのように人間側へ着く幻想だって居る。
あちらが人間を確保するならばこちらは幻想を確保してやれば良い。
君が織田信長の助力を得たようにね。そうすれば少しは楽になるはずだ」

 問題があるとすれば、そういった者らの領域へ繋がる孔が何処にあるか分からないということ。

「私達大人は人間同士の戦いに集中するつもりだ。
勿論、ただ戦って殺すつもりはないよ。可能ならば説得だってする。
しかし、それでも殺し合いは確実に避けられない。酷かもしれないが、君達も人を手にかける時が来るだろう」

 だがそれは今ではない。
 少なくともいきなり放り出すなんて無責任にもほどがある。

「とはいえ、ただモラトリアムを与える余裕も無い。
ゆえに春風紫苑くんとその仲間達には別の戦いをしてもらう。
相手は人ではなく幻想、先ほど言ったように幻想の存在を此方側に引き込んで欲しい」
「引き込んで欲しいって言われてもねえ……具体的に僕らはどうしろと?」
「ただ会いに行けば良い。言葉を交わすか剣を交えるか、それは分からないが君達らしく在れば良い」

 それが最善だ。
 何せこの場には紫苑以外にも幻想の存在から助力を得た存在が居るから。
 ルドルフ、彼は義経と弁慶を認めさせ紫苑が一色を得る切っ掛けになった。
 アイリーン、彼女は将門に力を示して同じく一色を得る切っ掛けに。
 天魔、彼女も二人と同じく力を示して紫苑を覚醒させるための手段を得た。

「……それが俺達のモラトリアム、ですか」

 人を殺すことへの苦悩がありありと見て取れる。
 それでも不安不満を吐き出すことなくグッと堪えている――という演技をぶちかます。

「そうだ。だがただ悩めというわけではないのは分かるね?」

 紫苑の苦悩を理解している(つもりの)アレクは優しい言葉をかけなかった。
 下手な慰めは戦うと決めた者への侮辱になってしまうから。

「ええ。出来るかどうかは分かりませんが、味方を増やせるよう(俺以外が)努力します」

 紫苑は仲間達に放り投げる気満々だった。
 そもそも今までだってコイツは後ろで見ているだけだったので当然だ。
 紫苑もそこを理解しているからこそ割りと危機感を抱いていない。

「よろしい」
「(何がよろしい、だ。頭が高いぞクソが。そこはよろしく御願いしますゴッド紫苑様だろうが!)」

 他人に放り投げる気満々の癖に何故そこまで傲慢になれるのか。

「して、俺達はまず何処へ?」
「まずは君らのホームであるこの国の者らが良いだろう。足場を固める意味でもな。
とはいえ、私もそれほどこの国の神々に詳しいわけではないし……」

 紗織の姉妹を見つめる。
 紫苑自身もそこそこの知識はあるが、それでも彼の場合は広く浅くだ。
 しかし姉妹は違う。お家柄か日本のことを深く学んでいる。

「一足飛びで神々というわけではなく、まずは元は人だった方々を引き込んでは如何でしょうか?」
「春風さんは信長公を味方に引き入れたわけですし」

 信長と同じように他にも幻想に抗った存在が居るかもしれない。
 であればそのような者から攻略すべきだと進言する。

「となると、松永久秀なんかも良さそうだな。裏切りの代名詞みたいな存在でもあるが……」
「彼も信長公と同じように寺社の焼き討ちをしていますし、可能性はありますね」
「宗教を弾圧していた偉人と言えば他にも……神君? ああでも、彼は自身を神格化してますし……」

 そう話が広がりかけたが、

『まあ待てよ。そいつらが今も残ってるかどうか分からねえ』
「どういうことだ? 信長や義経だって居たんだし他にも……」
『ついでだ、そこらの説明もしておこう』

 酒呑童子と織田信長、共に例のダンジョンに居たのは同じだがその理由は少々違う。
 まず第一に前者は諸説あるが真実だけを語るならば最初から鬼だ。しかし後者は元々人間。
 微妙に異なっている、その差異こそが重要なのだ。

『信長や義経、将門のような奴らは元々人間だ。
だが、普通の人間じゃない。槍に色を与えられるように半端ない強度を誇る魂を持っていた。
だから英雄と呼ばれたわけだな。しかし、そういった連中は死後、幻想に囚われてしまう。
つっても、元は人間。俺様達と違って完全に死ぬことが出来る。
メタトロンも言ってただろ? 虚無の世界は耐え難いものだってな』

 つまり自ら自壊を選ぶ者も居るわけだ。
 信長は未だにメラメラ闘争心を燃やしているからこそしぶとく現代まで生き残り続けた。
 義経や将門はほぼ燃え尽きていたが、
それでも心の何処かに悔いがあったからこそ死なずに残り続け、未練が晴れると同時に死を選んだ。
 死という道がある以上、幾ら味方になってくれそうな者でも既に居ない可能性がある。

『大抵孔――その者の領域に通じる場所は縁の場所にあるもんだ。
まずはあり得そうな連中をピックアップして、そいつら縁の場所を探らせて孔があるかを調べるのが先決だ。
つっても、今の状況だ。日本にもアレクサンダーの味方は居るんだろうが、すぐに調査は行えないだろう』

 これまでにも勿論調査は行っているかもしれない。
 しかしそこで確認されなかったのは死んでいたからなのかどうかは分からない。
 調べるならば幻想の汚染が酷い今からが最上。
 とは言ってもギルド日本支部だって混乱の収拾に動いているはずだ。
 多くの人手は避けない以上、それなりの時間がかかると見て間違いない。

「ああ、だからまずは確実に存在するであろう神々が良いと私は思うんだが……」
『いや、まずは人だ。俺様達に必要なのは人なんだよ』

 槍は早く完成させておくに越したことはない。
 ゆえにカス蛇は人から攻略していくことを強調する。

『さっきも言ったように孔の確認を急がせろ。
その間、紫苑には確実に存在するであろう元人間のところへ行かせる』
「確実にって……蛇さんは心当たりがあるのかしら?」
『ちゃん付けでも良いのよ? ってのはともかくとして、あるぜ。日本じゃねえが』
「ちょっと待て。足場を固めなくて良いのか?(まずは俺が安心して暮らせる環境を作るべきだろうが!)」

 何時だって自分勝手を忘れない、それが春風クオリティーである。

『それも重要だが、現状でお前が出来ることはあるのか?
無いだろ? だったら出来ることをやっておくべきなんだよ。
(安心しろ。そいつを味方につけたら確実にお前を護ってくれるだろうぜ。従順な良い駒、欲しいだろ?)』
「(じゃあやる)……分かった」
『して、聖書の蛇よ。一体何処へ向かわせようと言うのですか?』
『紫苑らには言ったが聖書の蛇って呼び方は止めろ。今の俺様にはカスって立派な名前があるんだ』
「……それは立派な名前なのかね?」
『俺様のネーミングセンス(という名の紫苑のネーミングセンス)をディスってんのか? ああ?』

 アレクは酷く微妙な表情で黙り込む。
 姿こそ見えないがプロメテウスも同じような顔をしているのだろう。

『これからはカスって呼べよな。さて、肝心の場所だが……フランスだ』
「ナポレオンとか? あ、でも彼はカトリックだったかしら」

 フランスで、尚且つ信長や義経のような英雄と言われてアリスがまず思い浮かべたのがそれだ。
 ナポレオン・ボナパルト、他所の国の人間がまず思い浮かべるフランスの英雄と言ったら彼だろう。

『いいや、違う。俺様も昨夜口にしたはずだぜ?
神に裏切られ、人に裏切られて炎の中に消えた哀れな少女――――ジャンヌ・ダルク』

 幻想の繰り糸に踊らされて絶望の淵に死んだジャンヌ。
 死後も幻想に囚われ、何もかもをも憎んでいるであろう彼女ならば死は選ばない。

「ちょっと待ってくれ。ジャンヌがフランスに居る確証はあるのかね?」
『ある。虚無の世界、あそこは時の流れがない』

 ゆえに憎悪が風化することもない。
 カス蛇はジャンヌが死した時のことをよく覚えている。
 天地焼き尽くしても飽き足らぬという声にならぬ赫怒。
 それを抱いたまま虚無に囚われたのならば死なんて選べるわけがない。

『死んだ時よりも憎悪は増しているはずだぜ。死ぬことなんて考えられないほどに』

 ジャンヌの死後、約五百年経ってから彼女は聖人の列に並べられた。
 魔女と蔑んで裏切った挙句、火刑に処した人間が今更自分を聖人に?
 ふざけるなと思うのが当然だろう。
 聖人に認定した者らは当然直接ジャンヌを殺したわけではない。
 しかし、彼女は死する寸前に人間に見切りをつけたのだ。
 薄汚い屑、それが人間の本質だと悟ったから。
 ゆえに人間という種そのものを憎んでいる。

『紫苑ならばジャンヌを味方に引き込める可能性は高い』
「うーむ……」

 断言されたものの、アレクは決めかねていた。
 フランスに行かせるべきなのか否か、何故ジャンヌなのか。
 そしてそもそも憎悪に染まっているという彼女を引き込めるのか。

「……アレク、よろしいですか?」

 これまで会話に加わらなかった大人の一人が口を開く。
 亜麻色の髪を綺麗に切りそろえたやり手のキャリアウーマン、
そんな印象を抱く妙齢の女性だがどうにも顔色が悪い。

「どうした?」
「今しがた情報が入ったのですが……」

 携帯端末を持つその手が震えている。

「――――オルレアンが消滅しました」

 紫苑は一瞬、噴出しそうになった。
キリの良いとこまで進めるので七時、八時、九時と続けて投稿します
+注意+
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