挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ね続けた末路を知る第二部

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

101/204

最悪の元日

 その年の元旦は、歴史に残る大惨事が起きた日であり、英雄が誕生した日でもあった。
 後世の人間曰く「喪ったものは多いが、今日の黄金時代があるのはあの日があったから」
 とはいえそれは未来の話。
 モンスターの雨で死んだ人間は数多く、突然明かされた真実に世界は今混乱の渦の中にあった。
 各国の政府もそうだ。彼らとて政を司る者である前に一人の人間。
 明かされた罪とこれから来るであろう罰に恐怖することしか出来ない者も多い。

 春風紫苑の矜持とアレクや紫苑の仲間が見せた一個人のそれを遥かに超える暴力。
 そして人類側に着いた信長などの存在が功を成し、冒険者の中には戦うことを決意した者も居る。
 それでも表立って行動を起こしてはいないが、
現時点でもかなりの数の冒険者が幻想側に着いているはずだし行動を起こすのもそう遠くはないだろう。
 離反者はこれからも増えるかもしれないし、あるいは戻って来る者も居るかもしれない。
 どちらにしろ、現時点では先のことなど誰にも分からない。

 それでも日本はまだマシだった。
 分かり易い形で一番最初に幻想への敵対の意思を示した英雄春風紫苑とその仲間達。
 加えて、世界最強の男が日本に居たこともプラスに働いている。
 更に言うなら日本は宗教観が薄い。
 なので欧米、欧州諸国などよりは遥かにマシだ。
 その存在こそ欧米などでは無意識下では信じておらずとも、表面上は信者だった者が数多く居る。

 だというのにそんな信者らの心を砕くメタトロンの宣戦布告。
 いいや、それだけではない。
 あらゆる神々や悪魔が敵に回ったのだ、それも人類を滅ぼすために。
 冒険者はまだ選択がある、しかし一般人にはそれが無い。
 世界人口の大多数を占める普通の人間はたまったものではない。
 シンプルに言うなら絶望、複雑に言っても絶望、そんな有様なのだから。

「(はぁ……失敗したぁ……素直に餌に食い付けば良かったぁ……)」

 さて、ベッドの上に寝転がってひたすら後悔しているこの男こそ春風紫苑。
 これが英雄(笑)、これが英雄(爆)、調子に乗って後悔するのはこの男のお家芸である。
 メタトロン達が消えた後、紫苑やその仲間達はアレクの用意していた手勢に連れられて学校を去った。
 あの場に置いたままだと面倒なことが起こる可能性があったので当然だ。
 一同が連れて来られたのはアレクが大阪に用意していた隠れ家。
 ここで待機するよう言われてかなりの時間が経った。
 もう昼過ぎだというのに昼食すら届かない。

『覆水盆に帰らずだぜ紫苑』

 お 前 が 言 う な。
 カス蛇も今は紫苑のみに聞こえるように語りかけているので盗聴対策もバッチリである。

「(お前が水ぶちまけたんだろうが! 俺は悪くねえ! 俺は悪くぬぇ!
全部お前が悪いんだ! 俺は嫌だって言ったのにカッスが! カッスが!!)」
『カカカ、つっても今更どうしようもねえぜ。片道切符の一方通行、帰り道はありませーん♪』
「(ぢfh所絵dfh堂歩ズbのうdhふぉうえhふぉうdfほう!!)」

 最早紫苑の罵倒は言語の体を成していなかった。
 騙すんだ、騙されもするさ、ぐらいは言ってのけるべきだろうに。

『まあ落ち着け。連中を滅ぼしたら英雄だぜぇ?』
「(……勝算あるとか言ってたな。つーか、滅ぼせるのか? 奴らを)」

 真の意味で不死だというのならば単純に殺しても数は減らないはずだ。
 どうせ時間が経てば蘇るのだから。
 まあ、紫苑からすれば自分の存命中だけ平和ならばそれで良いのだが。

『俺様も絶対とは言えないが……まあ、あるよ。つっても、まだ言えん。
言って動いて気取られるるなんて笑えんし、まだまだ時間もかかるからな。
とりあえずは世界の混乱を収めるか、俺様みたいなんを引き込む方針で良いんじゃねえかな。
ま、それもこれも決めるのはあのアレクとかいうオッサンだろうが』
「(そういえば……あのオッサンにも妙な刺青あったよな? 同輩?)」

 もう嘆くのも面倒臭くなったのか、
気の抜けた声でお喋りに興じる紫苑――躁鬱みたいだ。

『おう。ある意味俺様の後輩とも言える神だ。名はプロメテウス、人類に叡智の火を授けた奴よ』
「(叡智(笑)あの化け物みてえな炎の何処に叡智があるんだよwww脳筋丸出しwww)」
『叡智さ。人が生み出した科学やらでどれだけの同胞の血を流したんだ?』

 人の叡智が生み出した兵器はこれまでに多くの人間を殺している。
 広島や長崎のことを考えれば分かり易いだろう。

「(そういや原子力やら人の手に余ってた技術をプロメテウスの火だとか暗喩してたらしいな)」
『そう。だからなーんも不思議なことじゃねえ。火ってのは色んな顔がある。
闇の中で安らぎを与えることもあればその暴威を以って人を焼くこともある……不思議なもんだ』
「(やらかしたこと考えるとキャラ被ってるけど良いのか?)」
『バッカ。俺様のがすげーに決まってんだろ』
「(林檎食わせただけで何えばってんだか……)」

 起き上がった紫苑は備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し流し込む。
 カラカラだった喉が一気に潤っていく。

「(しかし昨日……いや、日付変わってたし今日か。
今日は色々あり過ぎて俺もう限界。ちょっとは寝たけど全然心労癒えない。
俺SUGEEEE! かと思いきやフラグがバッキリ折れてたりさぁ……。
はぁ……やだなぁ……調子乗ってペラ回しちゃったし……あー……)」
『――――それと大天使な』
「(言うなよ! それ言うなや! お前、考えないようにしてたのにさぁ!
何でピンポイントで一番ショックなところを十六連射するのお前!?)」

 あれだけ色々あって一番ショックなのそれか。
 一体どういう思考回路をしているんだこの馬鹿は。

『お、おう……ご、ごめん』

 余りの剣幕に流石のカス蛇もたじたじである。

「(ケッ……それよりテメェ、何時から記憶戻ってたんだよ?)」
『ん? ああ、アリスが越して来た日に右腕超痛んだだろ? あれが切っ掛けだ』
「(あれか……あれは結局何だったんだ?)」
『あのガキはかなり幻想の側に近かったからな。実際能力の片鱗も出てたし。
そんなのとベタベタしてたからお前の中に居る俺様を刺激したのさ。
んで、安土で信長と会ってから完全に思い出した。ま、記憶が無くても俺様は俺様だったがな』

 紫苑とのファーストコンタクトだってそうだ。
 あの時のカス蛇は自分が何なのかすら分かっていなかった。
 それでも目の前に居る春風紫苑に取り入るべく演技をして、最終的に寄生することが出来た。
 記憶が無くても必要なことは無意識のうちに分かっていたわけだ。
 決して目の前の人間を逃がしてはいけない、と。

「(……純化、だったか? それをする前からクソガキは洗脳やら何やら使ってたよな?)」

 それがちょっとした疑問だった。
 具体的に言うと自分はこうなのに何故奴だけ便利な能力に恵まれているのか。
 紫苑は嫉妬でおかしくなってしまいそうだった。

『あくまで想像にすぎねえが……目覚めるのが早過ぎたんだろ。
愛されてなかったと奴も言ってただろ?
だが両親の本音を聞くよりも前に無意識の内に分かってたんだと思うぜ。
だから不完全ではあるが孤独を紛らわす力を発現させた。
人形に命を吹き込むのも、洗脳も、
自分に都合の良い存在を作ることだからな――いわば愛してという叫びの発露だ。
まあ、だからこそ雲母との戦いでも簡単に純化出来たんだろうて。
覚えてなくても一回は外しかけて、そのまま中途半端に外れたまま生きて居たわけだし』

 それが己の覚醒に繋がるのだから、正に塞翁が馬。
 これだから人間は面白いと笑うカス蛇に紫苑は唾を吐きたくなった。

「(純化……そんなチート卑怯だわ! 俺は使えないのに!)」
『いや、お前は常時発動してるようなもんなんだが……』
「(ところでさ、雲母のババアはアレ何なんだ? クソガキや俺みてえじゃないようだけど)」
『単純に護る、とか強くなりたいって祈りならそのままスペックが跳ね上がるだけだからな』

 自分に都合の良い存在を創る、自分を良く見せるために幻で欺く。
 そんな形で力が発現することもあれば単純に能力が跳ね上がるだけなんて例もある。

『人ってのは色々だよなぁ……そん中でもお前は特級だぜ』
「(知 っ て る。つか、お前とお喋りしてんのも飽きた。この部屋テレビとかねえんだもんな。参ったぜ)」

 テレビが無いのは余計な情報を入れて心労を負わせないようにとの配慮だろう。

『こんなになってもテレビ放送やってるのかねえ』
「(駅伝とかも中止だろうな。コースとか滅茶苦茶だろうし。昨日のアレで何人死んだんだか)」
『さぁな。雨は世界規模だったからなぁ』
「(恵まれた人間が沢山死んでいると嬉しいです)」

 そんな屑いことを考えているとコンコン、とノックの音が耳に入る。

『おい、ノックされてるぜ』
「(わーってるよ)はい、今出ます」
「……すいません紫苑さん、急に」

 姿を見せたのは醍醐姉妹だった。
 同じ顔が二つ並んでいるので紫苑からすれば気持ち悪くてしょうがない。
 何せ差異が服装と顔の傷の有無ぐらいしかないのだから。

「色々考えごともあるだろうし、御一人にするべきだと思ったのですが……」

 それでも栞からしたら世界云々よりも前に片付けておかなければならない問題があったのだ。
 死んだはずの姉が現れた、しかも何食わぬ顔で。
 この何とも言えないモヤモヤをどうにかしなければ落ち着いて考えてごとも出来ない。
 かと言って二人で話せばふとした拍子に殺し合う可能性だって有り得る。
 なので立会人が欲しかったのだ、お互いが自制出来る相手の前でなら何とか踏み止まれるから。

「いや、蛇とはまだ冷静に話せる気もしないし、方針自体は決まってるからな。大丈夫だ。
(話し合いに立ち会えってことなんだろうけど……知りたくねえなぁ……ああ、胃が痛い……)」

 大天使が虚構であったと認めたくはない。
 それでも紫苑の小賢しく回る頭は既に紗織の意図を看破していた。
 後は事実確認を取るだけ。
 しかしそれをすれば信じていたものが砕け散ってしまう。
 とは言え断ることも出来ない。何せ春風紫苑にとって醍醐紗織は消えない傷(という設定)なのだから。

「は、春風さん……」

 すっと、伸ばされた紫苑の左手が紗織の頬に優しく宛がわれる。
 突然のことに慌てふためくが、

「生きて、いたんだな……?」

 紫苑の瞳に浮かぶ大粒の涙(偽)を見て何も言えなくなる。
 自分は春風紫苑の心に刻まれた消えない傷となることを選んだ。
 実際に引き摺っているところを見て悦に浸ったりもした。
 しかし、こうして素の自分で向かい合うと、どうしようもなく胸が締め付けられるのだ。
 メタトロンとの対話の際にも自分の名前が出ていた。
 きっと彼は片時も醍醐紗織を忘れずに血を流し続けていたのだ。
 ふとした瞬間に痛む傷なんてものじゃない。
 絶えず後悔と嘆きに満ちた赤い涙を流していた。

「わ、私は――――」

 紗織が何かを言う前に紫苑はその細い身体を力いっぱい抱き締めた。
 これぞ保身超人108の必殺技が一つイケメンムーブである。

「(こういう時でも最適解を選ぶ俺が憎い!)」
『しゃあねえよ。俺様らに並ぶレベルの想念なんだもん』

 考えるな感じろ、思考よりも先に身体が最適な行動を取ってしまう。
 中身が伴っていれば聖人待ったなしなのだが中身は腐敗しまくっているので国宝級の屑だ。

「日付が変わってから、沢山の人が死んだ。
世界中で、俺の知っている人だって犠牲になったかもしれない。
でも、一人……たった一人、ずっと殺してしまったと思っていた子が生きていてくれた……。
少し、ほんの少し救われた。良かった、君が生きていて……あ、ありがとう……生きていれくて……!」

 今はそれだけで良い、何も言わなくて良い。
 ただ生きていてくれただけで嬉しいと涙声で(わざと)つっかえながら感謝を口にする。

「~~~ッッ」

 紗織は何も言えなかった。傷付けたこと、欺いたこと、謝りたいことは沢山あったのに。
 こうして紫苑が涙を流して自分の生存を、
生きることを肯定してくれたことが何よりも嬉しくて言葉が出て来ない。
 総て割り切り新しく"百合"を始めたはずだった。
 それでも確かに"紗織"の感情は生きていたのだ。
 底なし沼のように暗く深い感情が。それはただ押し込めていただけ。
 でも、気付かぬうちに心を蝕んでいたようだ。
 だからこんなにも心が温かくなるのだ。

「……」

 一方の栞は二人を複雑な心境で眺めていた。
 嫉妬はある、殺意だってある。
 しかし紗織の存在が紫苑の心に暗い影を落としていたのは承知している。
 だからこそ、この場は邪魔をするわけにはいかない。
 そう頭で分かっているのだが、それでも心は欠片も紗織への殺意を緩めてくれないのだ。

「(ふぅ……こんなもんで良いか)……すまん、少し気持ちが不安定になってたらしい」

 紫苑がそっと紗織から離れると彼女は名残惜しげな目をする。
 しかしこれ以上のサービスタイムをする気はない。
 妹の殺意が危険域一歩手前だと悟ったからだ。
 それに、百合ならともかく紗織を抱いていたって嬉しくも何ともない。

「いえ、無理もありません。春風さんだけですからね、名指しで対話の相手に選ばれたのは」

 紗織も二つ目の原罪に苛まれながら、しっかりと会話は聞いていた。
 ゆえに、酷だ――としか思えない。
 十八にも満たぬ少年が背負うには重過ぎる運命だ。

「オマケに、自分の身体の中に寄生虫ならぬ寄生蛇が居たことまで知らされたからな」

 自嘲を滲ませながら右腕を押さえ付ける紫苑。
 そうしていると何だか「クッ……俺の腕が……!」と中二チックな感じである。

『ひっでえ言い草だこと』
「(黙れ疫病神。俺が何もかも上手くいかないのも大天使が死んだのもお前のせいだ!)」

 言い掛かりも甚だしい。本当に責任転換が好きな男だ。

「まあ俺の話は良い。それより、入ってくれ。二人の話に立ち会えってんだろ?」
「……御願い、出来ますか?」
「勿論だ。何かしていないと落ち着かないし、気にすることはないぞ。
(逆にここで断れる奴居るか? 薄汚いこと考えやがるぜこのアマ!)」

 備え付けの折りたたみ椅子を二つ出してそこに醍醐姉妹を座らせ自身はベッドに腰掛ける。

「基本的に俺は口を挟まないが、流石にヤバイと思ったら割って入るぞ。
(ポジティブに考えよう。暇潰しに姉妹の醜いドロドロを観賞出来るんだと思え)」

 最悪なポジティブシンキングだ――ってかポジティブかこれ?

「はい」
「分かりました。では、よろしく御願いします紫苑さん」

 仲は悪いのに流石姉妹、同じタイミングで頭を下げる。
 そしてそれが気に入らないのか早速メンチを切り合い始めた。
 紫苑、大爆笑不可避である。

「……生きて、いたんですね。いや、死んでてくれても一向に構いませんが」

 まず口火を切ったのは栞だった。
 吐き捨てるように口にした言葉はどう考えても喧嘩を売っているとしか思えない。

「私も、二度とあなたの顔なんか見たくはなかったのだけどね。相も変わらず不快な女だわ」

 間髪を入れずにカウンターを返す紗織。
 こちらも反吐が出ると言わんばかりの表情で、どう考えても喧嘩を買っているとしか思えない。

「(不快も何も同じ顔じゃねえか。あれか、遠回りの自虐か?)」
『ってか同じ顔に同じような声で、俺様若干気分悪くなって来たんだけど……何かホラーみてえ』

 闇を凝縮したような黒の長い御髪も怪談に出て来る女幽霊まんまである。
 白装束着ればもう何時でも遊園地のお化け屋敷で働けるだろう。

「本当に、愚かな姉ですね。あなた同じ血が流れていると思うと眩暈がします。
私への復讐ために紫苑さんを巻き込んだ挙句、今の今まで傷付け続けた。
分かっているんですか? 紫苑さんがどれだけ苦しんでいたかを。
あなたを救えなかったことをどれだけ悔いていたか知っているんですか?
一日足りとも血が流れなかった日は無い。絶えず罪の意識に苛まれていた!!」

 栞自身もそうだ。
 紗織との決着を着けた時まで両親と姉を殺めた罪悪感で苦しみ続けて来た。
 だからこそ、紫苑の気持ちも分かるのだ――まあ、錯覚なんだが。

「生きてて欲しかった、別の道を選んで欲しかった。
紫苑さんは泣いていました。何度も何度も私にごめんと言ったんです……!
その度に私まで泣きそうになりました。言うまでもないですがあなたを想ってではないですよ?
関係無いはずの私達のために苦しんでくれている紫苑さんに申し訳なかったからです」

 実の妹が告げる糾弾を否定することは出来ない。
 紗織とてそこは正論だと理解しているのだ。
 自分のエゴで紫苑を傷付けてしまったことは過ちとしか言えない。

「そうね……それはその通りよ。これは私の愚かな選択が招いたこと。
けどね、どうして私がそんな道を選んだと思っているのよ? ふざけないでちょうだい」

 憎悪は総て清算したはずだった。
 それでも紗織を蘇らせたことで憎しみまで滾って来る。
 今こうして話しているだけでも目の前に居る妹の首を引き裂きたくてしょうがない。

「ええ、確かにそうでしょうね。私も、後から紫苑さんに事情は聞きました。
私だけが何も知らぬ顔で良い暮らしをしていたのだから腹が立つのも無理はないでしょう。
今はどうでも良いですが、かつては私も父様と母様を愛していました。
それを殺されたことは赦せないでしょう、理解者であった香織を殺したこも赦せないはずです。
でもそれなら私だけを狙えって言ってるんですよ愚姉!!!!」

 立ち上がった栞が紗織の胸倉を引っ掴む。
 その顔は怒りで満ちており、なまじ美人だからこそ恐ろしい。

「それぐらいで清算出来る憎悪じゃないって言ってるのよ愚妹!!
炎の中から逃げ延びて、暗い世界に身を落としてまで憎悪を燃やし続けた。
それも総て、あなたを憎悪の炎で燃やし尽くすため!
その気に入らない澄ました顔を絶望の泥に押し付けてやりたかった!
大体、怨まれる側が何を勝手なこと抜かしているの!?」

 負けじと栞の胸倉を引っ掴む紗織。
 同じくその顔は怒りで満ちており、古傷がじくじくと痛みを放っていた。

「(醜い争いやでえ……そのままキャットファイトにもつれ込んで、
顔面偏差値が底辺になるまで殴り合えばよろしいのではなくって?)」

 コイツの顔面偏差値がマイナスになるまで殴ってやりたい。

「本当に、本当に忌々しい女です……!」
「そうね。見ているだけで気が狂いそうになるわ……!」

 鏡を見る度にキレる原因が映っている件について。
 まあ、実際は当人達の認識では自分達は別の顔だと思っているのかもしれないが。

『紫苑さん、ほっといて良いんすか?』

 何でこの蛇はいきなり三下口調になったのか。

「(かまへんかまへん。あれや、まだコイツら理性あるしのう)」

 そしてコイツは何故似非関西弁で答える?

『え? これで?』
「(本気でキレてたら問答無用で殺し合ってるわ。それだけ根深いからなぁ。
でもほら、俺っていう惚れるのも致し方なしなアルティメットイケメンが居るからねえ)」

 実際紫苑が居るおかげで最後の一線を超えずに済んでいるのだが、
しかしこう自覚した上でそれを誇られるとどうにもスッキリしない。

『ちなみにこの確執を何とかする方法とかはあるのかい孔明』
「(手っ取り早いのが両親を蘇らせて気が済むまでコイツらに殺させることだわな)」

 発想がダーティ過ぎる。
 これが英雄で人の希望だというのだから泣けて来る。

『死者蘇生ねえ。冥府の神々か、秘薬、古今色々あるよな。
日本で言うと……何だっけなぁ……ああそうそう、西行の反魂の法なんてあったか』
「(つってもそれは失敗だけどな。つかさぁ、居るのか死者を蘇らせる奴とか)」
『さぁてどうだろ? 少なくとも冥府の神々は頼れんぜ。
奴ら自身も無の世界に居たし、何より今の人間に死後はねえからなぁ』

 天国地獄、根の国、冥府、黄泉、
呼び方は何でも良いがそういった死後の世界もかつてはあったが今は無い。

『死後が消えた後の人間の魂は何処行ってんだろうな?』
「(知らんわ。お前が知らんのに俺が知るわけねえだろが)」
『だわな。で、両親を無限サンドバッグにする以外に解決法は?』
「(ある、そしてコイツらも心の何処かでそれを望んでる。つっても、自覚はしてねえみたいだが)」

 紫苑は栞と紗織、梅香の姉妹が無意識下で望んでいることを看破していた。
 そして、それをやらねば話が終わらないことも。
 幻想の空気が色濃く出始めてから、その眼力はますます冴え渡っていた。
 もっとも、それ以上に傲慢さも強くなっているのでトントンのプラマイゼロだが。

「――――お互いに、相手を憎んでいるんだな」

 紫苑が事態の収拾に乗り出した時点でもう終わりは見えている。
 この程度のことならば、苦もなく片付けられるだろう。
 まあ、その代わりストレスだけは半端なく溜まってしまうだろうが。

「当たり前ですよ……」
「私は清算したつもりになっていましたが、やはり栞が憎いです」
「そうか、ならまだ間に合う。やり直せるってことだ」

 微かな笑みを浮かべて安心したような声色で語りかける。
 姉妹は一体どういうことかと怪訝な顔をしているが、それも当然だ。
 彼女らは裡にある願いに気付けていないのだから。

「好きの反対は嫌いじゃない、無関心だ――陳腐な言葉だが真理だよ。
嫌う理由があるってことは、それが無くなれば好きになることだって有り得る。
でも、無関心にはそれが無い。どうとも思わないのだからどうにもならない」

 栞と紗織、互いの間に横たわる大きな溝。
 それが互いが互いを憎悪する理由となっている。
 彼女らも心の何処かで思っているのだ、両親がまともならばこうはならなかった。
 厳密に言うならば相手は悪くないのだと。
 すれ違いさえなければ今でも姉妹のままで居られたのだと悔やんでいる。

「二人の心に巣食う憎悪は、誰にも取り除けない。取り除けるのは自分だけ」

 とはいえ元凶である両親は既に居ない。栞がその手で葬ってしまったから。
 謝らせることも、ストレス解消にサンドバッグにすることも出来ない。
 そのどうにもならなさに対して姉妹は諦めることが出来ないのだ。
 ゆえにこうやって憎悪の感情を滾らせている。
 諦めてしまえばお互い無関係で居られるのにそれが出来ないから。
 だから、憎悪を燃やしながらも相手に関わろうとする。
 それでも憎悪というものは心を蝕む、苦しいのだ。
 だから救って欲しい、どうにかして欲しい、
元の姉妹に戻れる道を教えて欲しいと願っているから紫苑に会いに来た。
 自覚は無くても行動に感情が表れているのは彼からすれば一目瞭然だ。

「それは俺にもどうすることは出来ないだろう。
俺が出来ることは一つだけ、二人間に入って今度こそ二つの手を離さないことだ。
憎んだままでも良い、そこに口出しはしない。
さっきも言ったように俺は憎いってことはまだやり直せる機会があると思ってる。
顔を会わせる度に悪罵が飛ぼうともメンチを切り合おうとも構わない。
ただ一つ、二人に頼みたい――――思考を放棄するな。
考えて考えて、ちゃんと考えて、一番納得のいく答えが出るまで考え続けろ。
自分がどうしたいのか、相手をどうしたいのか。考えもせずに殺し合うのは止めろ」

 醍醐姉妹の願いはそれだ、やり直すための切っ掛けを求めていた。
 短慮に走ろうとしたら止めてくれて、自分を肯定してくれる最愛の人間に間に入って欲しかったのだ。

「もし二人が、俺に負い目を抱いているなら――――約束して欲しい」

 決して短慮に走らないと。
 ちゃんと考え抜いてからどう向かい合うべきかを決めると約束して欲しい。
 そう願う紫苑に姉妹は顔を見合わせ複雑な、
それでも何処か安心したような表情を浮かべて頷いた。

「分かりました。元々、私が逃げ続けて招いた結果でもありますから、紫苑さんに従います」
「春風さんがそういうのならば是非もありません。こんな私を赦してくれてありがとう」
「何、これは俺の願望やワガママ混じりでもあるんだ。
世界は酷いことになってしまったけど、それでも一つの家族がやり直せるかもしれない。
それはきっと、小さいけれど確かな希望だと思うんだ。俺としても、心が軽くなるよ」

 小さな問題が片付く可能性が見えたとて、世界のこれからが定まるわけでもない。
 だけど、春風紫苑も人間だ――強くて弱い誰よりも人間らしい人間。
 だから逃避のようなものかもしれないけれど、姉妹の絆が修復されることに安堵している。
 やはりここに来てよかった、二人は改めてそう思った。
 昨夜あれだけの強さを見せた紫苑だけれど、それでも不安だったのだ。
 自分達がせめて、ほんの少しだけでも心を軽くしてやれたのだとしたらそれは望外の幸運だろう。

「さ、喋りっぱなしで喉が渇いただろう。水しかないようだが、良ければ」

 冷蔵庫から二本のペットボトルを取り出し、二人に手渡す。
 確かに緊張や罵倒合戦で喉が渇いていたのでこれはありがたかった。

「……ところで紗織、一応の確認なんだが黒姫は……」
「……はい。あれも偽りです。"醍醐紗織"を殺した後に始める人生のために用意した皮です」
「そう、か。なら、随分と情けないところを見せてしまったな」

 本物と思っていた黒姫百合との初対面において紫苑は彼女の関心を引くために涙を流した。
 今思えば無駄に水分を失い、無駄に時間を浪費しただけだったと激しい後悔に襲われる。

「いえ、嬉しかったです。だから、気にしないでください……と私が言うのも変ですね」
「変というかどの口で言ってるんだって感じですよ」

 会話から大体のことを察した栞はさらりと毒を吐く。
 しかしそれは正論だ。本当にどの口で言っているのか。

『よう紫苑、大天使が虚構だと分かった今の心境は?』
「(神 は 死 ん だ)」

 この状況でその台詞が出て来るのは色々とおかしいだろう、ニーチェ(笑)。

『いや、蘇ったから。まあ、何柱かはどうやってか知らんが完全に消滅してるみたいだがな』
「(そうなんか?)」
『ああ、俺様にとっても縁深い天使共の親玉やその息子とかな。
つっても息子の方は色々とこの痕跡――というか遺品を遺しているがね』

 どれだけあるかはカス蛇にも分からないが、それでも今此方側には二つあり、それだけで十分だった。

「あの、紫苑さん」
「ん?」
「……裡に潜む蛇と言葉は?」
「さっきも言ったように冷静な状態ではまだだ。冷静じゃない状態でなら……少しばかり、な」

 憎い、けれども人にとっての鬼札になり得るかもしれない。
 消化し切れぬ感情を抱いていますといった表情の紫苑。
 これだけ器用な真似が出来るのも真実を知った今では納得である。

「そう、ですか」
「あまり御無理はなさらぬように」
「……ああ」

 心配そうな二人に笑顔を返す、
しかし姉妹はその笑顔が固いものであることを見抜いていた。
 いや、意図してやっているのだから見抜いたとは言えないか。

「なあ、世界はこれからどうなるんだろう?」

 ポツリと漏らしたそれは意図して吐いた弱音だった。
 紫苑の弱音を拾った梅香の姉妹は彼を安心させるように頼もしい笑みを浮かべて口を開く。

「世界がどうなろうとも私は春風さんの御傍に居ます」
「最後まで御付き合いしますよ。それは他の皆も同じでしょう」

 好きな人の助けになれる、それだけで嬉しい気持ちが止まらなくなる。
 これこそが紫苑の狙いだ。ようは駒のご機嫌取りである。

「(ストーカー宣言だよなコレ。まあ、我慢して使ってやるけどさ)そうか……ありがとう」

 何という倣岸さ、流石は魂に刻まれた罪をガン無視するだけはある。
 まあ、それが人として正しいのかどうかはともかくとして。
第二部開始です。最後までお付き合い頂けると幸いです。
流石に一部終わらせて一旦燃え尽きてからまだそう日も経ってないので
書くぞ!ってやる気が完全回復するまではしばしゆったり投稿になると思います。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ