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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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始まりの朝に道化は嘆く

 今、この地球上で空を見上げている人間は十にも満たない。
 他の者らは魂の根源に刻まれた罪により動けないのだ。
 自分が犯した罪ではない、人類という種が犯した罪の重さに苛まれている。
 さて、その十にも満たない人間のうち二人を除く者らは既に知っており、
加えて別のサポートもあるからこそ空を見上げることが出来ている。
 残る二人は罪を罪とも思わぬその倣岸さと、
空に映る者らに比肩――あるいは凌駕し得る魂を持つがゆえに見上げることが出来るのだ。
 その二人のうち一人は語るまでもなく、春風紫苑である。

「(うへえ……ビジュアル最悪だなぁ。普通に気持ち悪いわ)」

 誰もが恐れを抱く中、紫苑は恐れを抱いていない。
 自分に対して今はまだ明確な害意が感じられないというのもあるが、
それ以上に彼はアレらと同格どころか上回る可能性すらある力を備えているからだ。
 と言っても現状では発揮されるはずの力は殺されていて、
一般人より強い程度の力しか持っていないので身の程知らずとも言えるが。

"人の子よ、我らに近き人の子よ"

 重く深い荘厳な声が響き渡る。それは天上に映された天使の声だ。
 思わず誰もが跪いてしまうような威厳に満ち溢れたそれだが当然紫苑には通じていない。
 増長の化身だからね、仕方ないね。

「(何アイツ? 誰に話しかけてんの?)」

 不思議そうな顔をする紫苑を見て天使も気付いたのだろう。
 改めてその名を呼び、語りかける。

"紫苑、春風紫苑"
「……俺?」

 二人の会話は全人類の脳裏に映し出されていた。
 言語の壁も何もかもをも取り払って二人の会話が頭蓋に染み込む。

"そうだ。まず、話を始める前に知らせねばならんことがある"
「(始める前にってーかもう話しかけてんじゃん馬鹿なのコイツ?)」

 本題に入る前ってことだよ馬鹿野郎。

"お前は気付いていないだろう。しかし、お前の裡には罪深き蛇が住み着いている"

 カス蛇は思わず大笑いしたくなった。
 ああ、まんまと騙されてやがる。
 己の覚醒すら悟らせぬ春風紫苑という隠れ蓑は見事というしかない。

『(よう紫苑、合わせな)カカカ、罪深いとは酷えこと言いやがるなぁ"神の代理人――メタトロン"』

 カス蛇の声はこれまで内側に響いていた。
 しかしここに来て初めてその声を耳で拾う。

「(は? ちょ、え……?)な、何だこの声? どこから……?」

 紫苑はそのことに戸惑いながらも初めて聞いたとばかりに狼狽する。
 何せこれまでその存在を秘匿していたのだから、知ってましたなんて言えるわけがない。

"酷い? 何を言うか大罪の蛇め。
人が堕落したのも、我らがこうなったのも――――元を辿れば貴様が始まりではないか"
『おいおい、勘弁してくれよ。俺様は別に強制はしちゃいないぜ。選んだのは人だ。
大昔のことを何時までも引き摺りやがって……ああそうか! 現在進行形か!』

 煽るようなカス蛇の言葉に天使――メタトロンは嫌悪を隠さない。
 彼が言ったように元を辿れば行き着くのはカス蛇なのだ。

『人の選択がお前らをそうしちまったんだもんなぁ……って俺様もか!
いやぁ、一応はお前らと同じだもんな俺様。
ただぁ? 何時までもみっともなく怨んでるようなのと同じ穴の狢にされたくないからよぉ』

 ゲラゲラと嘲笑するカス蛇はもう絶好調だった。
 紫苑も煽りモードに入れば中々のものだが、カス蛇のそれも紫苑に負けていない。

「待て! 何なんだお前らは!? メタトロンと言ったな? もう一つの声は何なんだ!?」

 心底困惑している風を装う紫苑、誰もが騙されている。
 誰もが蛇と屑の茶番に付き合わされている――道化芝居はここにあり。

"心を鎮めよ春風紫苑。先に言った通りだ、お前の裡にはお前も気付かぬ内に蛇が寄生していたのだ"

 いいえ、知ってます、気付いてます。
 もう初対面からバリバリ話していたしそれからもクソくだらない掛け合いばっかしてました。

「蛇……蛇……?」
"経緯は分からぬが、蛇と関わったことがあるのではないか?"
「! 待て、あの場所で俺が仇として討った蛇のことか!?」
"お前は欺かれたのだ。その蛇は欺くことに関しては何者よりも長けているゆえな。気付かぬのも無理はない"

 同情を滲ませたメタトロンの声。
 彼は紫苑もカス蛇に騙された被害者だと思っている――間抜けもここに極まった。
 この場に被害者が居るとすれば現在進行形で欺かれ中のメタトロンだ。
 何ちゃら詐欺の被害に遭った老人並に哀れである。

『(ギャハハハハ! 流石だなぁ紫苑!)おうともさ人間――いや春風紫苑!』

 合わせろという指示とも言えない指示。
 しかし紫苑はそれに応え、見事な振る舞いをしている。
 カス蛇は賞賛の気持ちを素直に彼に伝えた。

「(ったりめえだろ。もっと褒めろやカァッス!)お前は……あの蛇なのか!? 黒田達を殺した!!!」

 激情を露にして叫ぶ。この赫怒が偽りであると一体誰に見抜けようか?

『そうさ。俺様はお前にとっちゃぁ憎い仇さね。だが落ち着け。
俺様は仇であると同時にお前に選択を与えてやれる存在なのだからな』
"紫苑、耳を貸すな。それは他を唆し堕落の道に誘う悪魔だ"
『悪魔ぁ? カカカ、今じゃお前だって連中と同輩だろうがボケ』

 カス蛇とメタトロン、どちらが正義でどちらが悪かと言われれば間違いなく後者が正義だ。
 しかし、それは一部の者しか護らぬ正義である。
 人類の大半にとってはメタトロンこそが自分達を害する悪なのだ。
 ただ今はそれが表面化していないだけ、真実が晒されていないだけ。
 その真実にしたって直に明らかになるのですぐに印象から来る善悪は覆るだろう。

『紫苑、春風紫苑。よく聞け、年が明けると同時に化け物の雨が降っただろう?
そりゃコイツらの仕業だ。何のためかって? 言うまでもねえだろ。
人 間 を 滅 ぼ す た め さ ぁ ! ! お前はそれを許容出来るのか?
コイツらはなぁ、自分達に組みする冒険者以外は皆殺しにするつもりなんだぜ?
分かるか? メタトロンや他の連中はお前が京都で滅ぼした鬼と同類なんだよ!!』

 人間を滅ぼす、荒唐無稽な話だ。
 そういうのは物語の中だけでやってろというのが紫苑の素直な感想だった。
 そしてカス蛇もそこらは理解している。
 重要なのは如何にして春風紫苑を踊らせるかということのみだ。

「な――――」
"それは人が犯した罪ゆえだ"
「待て! 人間が何をした!?
(ちょっと待てよ……冒険者以外を滅ぼすってことは俺は一応無事なんだよなぁ。
しかも何かこのキモいのだって友好的だし。ああでも、見捨てるにしても形がなぁ)」

 この場に居る人間の前で上手に人類を見捨てるにはどうすれば良いか。
 今の紫苑には分からない。なので話を引き伸ばしてその間に考えることにした。

『フフフ……なあ紫苑。お前、メタトロンって名前に聞き覚えは無いか?』
「? 確か、天使……だったか?」
『そうだ。だが別に肖っているわけじゃないぜ? アレは本物のメタトロンだ』

 今までなら口にしても雑音になっていただろう。
 だが、砂時計の砂は今完全な均衡状態にある。
 だからこそ人と人が幻想と見做したものを現実と繋げることが出来る。

「それはどういう――――」
"人が我らを消し去ったのだよ"

 吐き捨てるようなメタトロンの言葉。
 そこには踏み躙られた者の哀切、そして人類への憎悪が滲んでいた。

"始まりがあるとすれば、あの楽園か。その蛇が人に知恵の実を与えたことが総ての始まり"

 メタトロンの身体にある無数の瞳が紫苑――というよりはカス蛇に向けられる。
 目は口ほどにものを語るというが正にその通りだ。
 「テメェが余計なことしなきゃ何もなかったんだよボケが!」――メタトロンの目は実に雄弁である。

「(……ちょっと待て。まだ信じちゃいないが、仮に奴が本物のメタトロンだとしよう。
んであれか、蛇、知恵の実――――お前ってかなりのビッグネーム?)」
『(創世記にも載ってるレベルの超ビッグネームだよ)』

 良い意味で有名かと言われればそれは違うが、
アダムとイブが楽園を追放される切っ掛けを作った蛇は多くの人間に知られている。
 そのことが若干嫉妬を覚えるのが紫苑クオリティー。
 これでもしカス蛇が良い意味で有名だったのならば決裂不可避である。

"そして、蛇に呼応するように堕落を加速させた者も多々居る。プロメテウスなどが良い例だ"
「(体 系 違 わ ね ?)」

 そんなツッコミはさておき。
 プロメテウス、ギリシャ神話に登場する男神で火を盗み人類に与えた存在だ。
 火とは文字通りの意味であり、知識や技術の暗喩でもある。
 そういう意味ではカス蛇とも似通っていると言えるだろう。

『酷い言い草だ。何が堕落だよ。賢くなることの何がいけない?
純真無垢で穢れもないと言えば聞こえは良いが、そりゃただ無知なだけだ。
それは美しくもあるかもしれないが……俺様からすりゃ哀れなだけだね』
"その結果が何を生んだ? 驕りたかぶった人間が何をした?"
『要らんものを消し始めただけだろうが』

 嘲るようなカス蛇に怒りを露にするメタトロン。
 神の代理人なんて大層な二つ名を持つ者とは紫苑には思えなかった。
 そしてそれこそがカス蛇の狙いだった。
 敵は無謬ではない、付け入る隙がある、紫苑にそう思わせたいのだ。

『ここから先は俺様が説明してやるよ紫苑。
ああ、勿論間違っていれば訂正を入れて良いんだぜメタトロン』

 今から語る真実、それこそが人類の罪であり人類の強さだ。

『メタトロンのような奴らはアダムとイブを追放した後、人間を見放した。
その癖、ちょこちょこ介入しちゃいるがそれは人を救うためではない。
捨てておいて自分達を畏れ敬って欲しかったからだ。身勝手な話だろう?
純粋に救う気も無い癖に自分達に頭を下げて欲しいなんてよぉ』
"貴様……!!"
『キレるなよメタトロン、つーか事実だろう? お前らは人間を良いように使っても救いはしなかった』

 独立独歩で完全に人間の自主性に任せるのならばそれでも良かった。
 しかし幻想に追いやられた存在はそれを許容しない。

『オルレアンの乙女は何故死んだ? 神の声を聞いていたのに何故同じ人間に殺された!?
異端審問にかけられた際にお前らの誰かが降臨してやれば死ななかったはずだろうが。
しかしそうはならず。哀れ乙女は火に炙られて失意の内に命を散らした!
アッハッハ! 傑作だなぁ、信じる者が救われてねえぜ』

 絶好調でペラを回すカス蛇。
 ようやく、ようやくなのだ。満願成就の第一歩を踏み出す時が来たのだ。
 ここで昂ぶらねば自分は何のために生きて来たかが分からない。

『おお! 可哀想なジャンヌ! オルレアンの乙女よ!
夢見がちで寂しがり屋の、ただの少女だった君は哀れ幻想の繰り糸に踊らされて炎の中!
なあ、酷いと思わないか? わざわざ神の声を伝えておいてさぁ!
良いか? 連中はジャンヌを動かして自分達の思うように世界を動かそうとしたのさ。
つっても救国の乙女にして衆愚が抱く自分達への畏敬を確かにすることは無理だと見切りをつけられた。
見捨てた奴にかける情けはねえよなぁ。だからお前達は現れなかったんだ。
神の試練だ何だとこじつけたところでなぁ、人間からすりゃ知ったこっちゃねえんだよ!』

 試練なんて言葉を使うことで反論を封殺したのだ。
 ここまで喋らせた上で何を言おうともただの見苦しい言い訳にしか過ぎない。
 弁舌という分野でならばカス蛇は神の代理人ですら及ばない。

『誰に言われずとも、口に出さずともコイツらの態度は人間にも伝わっていた。
さあ、ここからだ。俺様やメタトロンのような存在を滅ぼす切っ掛けとなった輝きの物語はな』
「(絶好調だなオイ)」

 世界の真実を語られているのにそんな白けた感想しか出て来ない。
 しかしそれも当然、春風紫苑にとってはどうでも良いことだから。
 悲劇の乙女だろうと人間に滅ぼされた幻想だろうと、まとめて心底どうでも良い。
 だって大事なのは自分だけだから。他の一切に重みは無いのだ。

『人間達は意図してやったわけじゃないが、
それでも確実に自分達を救わぬ存在を滅ぼす一手を打ち始めた。
まずは文字だな、俺様達を物語――神話や聖書なんて形に押し込めた。
それは一見すりゃ信仰を育てるものかもしれないが、それは違う。
何せ滅多に姿を現さない存在だ。長い時間が経てば作り話にしか思えなくなる。
現に考えてみろよ紫苑、お前は神話を読んで神が居るなんて思ったことあるか?』
「それは……(あるわけねえだろ。つーかむしろ俺が神だわ。ゴッドイケメンだよ)」

 人間は見たいものだけを見る、そしてその見えたものしか信じない。
 一体誰が本当だと心の底から信じられる?
 神が七日で世界を創ったり大洪水が起きたりなんて。
 日本で言えばイザナギとイザナミが分かり易いかもしれない。
 誰が信じる? 日本の始まりは近親●姦やらかした夫婦だなんて。
 誰が信じる? 妻恋しさに冥府へ行って逃げ帰って来たチキンな神が居たなんて。
 誰が信じる? 夫に捨てられて毎日千人殺すわ……とヒスった神が居たなんて。

『そして、そういう見え難いもの以外でも人は戦った。
人の歴史の中でな、超常の存在を駆逐しようと奴らは何人も居た。
そうだな、お前は日本人だから日本人で挙げてやろうか。お前も何人かと出会っているようだし』
「何だと……? いや、だが……!」

 こうして事実を知ることで、繋がらなかったものが繋がり、確かな像を結んでいく。
 モンスターなんて超常があっても尚、
その存在に繋げることが出来なかった幻想達の確たる形が見える。

『例えば平将門。お前とは直接会っていないが、お前の仲間と出会った。
そして仲間を通して春風紫苑という存在を知り、その力を託したんだ。
奴の場合は、ままならんよな。嫌ってた神に祀り上げられちまったんだから。
つっても、将門が祀られた時代では根深く超常が残ってたからしゃあないが』

 城峯山のダンジョンで戦った異形、彼こそが平将門だ。
 あの場に居た中でも栞辺りならば気付けていたはずなのだ。
 それだけの特徴は見せていたのだから。
 気付けなかったのは超常の存在が幻想として人の認識の中で死んでいたからに他ならない。

『次は源義経、そしてその従者である弁慶だ。
平泉の……お前らが言うところのダンジョンで出会ったアイツらだよ。
義経は随分型破りな男だったと伝えられていないか?』
「……まあ、そうだな。当時の常識を破り続けたから勝ち続けられたって見たことがある」
『つまりは先進的な人間だったわけだ。腹の中じゃ神仏なんぞ馬鹿にしてたのさ。
だから密かにこの国、日本からそいつらを消すべく動いていたわけだ』

 しかしそうはならなかった。
 源義経の最期は有名だろう、兄に裏切られ、
逃げ続けて奥州は平泉で信頼していた藤原氏にも裏切られて燃え盛る館の中でその生涯を閉じた。

『が、そうはいかねえんだなぁ。悲劇だ、悲劇だぜ。ま、奴の自業自得な部分も多いがな。
奴は自分の能力を過信していたからな、テメェ一人でコッソリ動いてたんだ。
もしも兄に――頼朝に話していたならば彼だって協力したはずだろう。
しかしそうはならねえ。神仏はそこを突いて義経を殺したのさ。
頼朝の嫁さんである、後の尼将軍である政子に働きかけて旦那を動かした』

 頼朝は心情的には義経寄りだった。
 それでも、頼朝は武家の棟梁で責任ある立場なのだ。
 苦渋の選択をせざるを得なかった。

『頼朝は涙ながらに弟を殺す決意をして……後は知っての通りさ』
「衣川館で、死んだ……(ちょっと待て。何で死んだ連中がモンスターになってんだ?)」
『次は、お前がボコボコにやられた三つ目の敵を思い出せ(それはまあ、後で教えてやるって)』
「まさか……あれは、織田信長?」

 これまでの判断材料からすればそれ以外にはあり得ない。
 そして、信長は義経以上に明確に神仏を軽んじていた。
 更に言うならその最期を考えても、納得出来る。
 本能寺の変、あそこに神仏の意思が介在していたら?
 光秀も頼朝と同じように苦渋の選択を迫られたのだとしたら?

『そうだ! 奴はもう露骨だ。露骨に神仏を嫌っていた。
つっても、その視野は割りと狭くて存命時には自分の国――つまりは日本のことしか考えてなかった。
信長は自国の神仏との戦いに異国の神仏が介入することを嫌って、そいつらには甘い顔しちまったわけだ』

 信長は南蛮より渡来した異国の宗教を弾圧しなかった。
 勿論貿易の関係もあるし寺社勢力との戦いにも利用する意図があったが、
本来の目的としては甘い顔をして介入を防ぐつもりだったのだ。

『奴に誤算があるとしたら南蛮の神も日本の神も本質は同じってことだわな。
まあ、宗教も対立してるし人間の価値観では分からないのも無理はねえが。
さあ紫苑よ、信長の所業を思い出してみな。勉強はしっかりやってるんだろ?』
「寺社の焼き討ち、第六天魔王の自称……」

 第六天魔王とはすなわち欲界の主。
 欲界とは名が示すように欲望を持つ者が住まう世界。
 つまりは人だ、人の世界に神仏が介入するなというメッセージなのかもしれない。

『神をも畏れぬ大逆の男――が、しかし信長も詰めが甘かった。
あの段で奴が天下を取っていれば、信長の存命中に日本という国は人のものになったはずだ。
しかしそうはならなかった、天下統一寸前で本能寺の変が起きたんだ』
「明智光秀も頼朝と同じであったと?」
『そう。細川珠――ガラシャという名の方が通りが良いかもしれねえな?』

 朗々と語るカス蛇、明らかなネガキャンだというのにメタトロンは口を挟まない。
 それは何故か、カス蛇の語ることが事実であり反論しても言い訳にしか聞こえないから――ではない。
 好きなだけ語らせても紫苑が最後には自分達の下に来ると誤認しているからだ。

『奴がキリシタンになったのは信長の死後と言われてるがそれは違う。
存命中には既にキリシタンであり、天使の介入があったのさ。
そして父に謀反を促した。光秀は天使共に娘を人質に取られたわけだ』
「だが、当時の価値観ならば娘ぐらいは斬れるだろう? 家康だって子を殺してる」
『(ナイス相槌だなお前)そう、しかし甘いんだよ。実際光秀も珠を斬ろうとしたんだが……』

 バックについているのが超常の存在だ。
 あっさりと絡め取られて操り人形にされてしまった。

『ただの人間にどうこう出来るわけがねえ。天使に心を握られちまった。
そして本能寺の変が起こる……信長からすりゃ寝耳に水だわなぁ。
信頼していた重臣、裏切るはずのない男が裏切ったんだから』
「……だからこそ、効果的だった」
『その通り! 信長も炎の中で人としての生を終えちまった』

 炎の中で死ぬ奴多過ぎじゃね? そう思った紫苑だが空気が読めるのでしっかりお口はチャック。

『そうやって抗いながらも敗れていった人間が多く居た。
彼らは皆敗北したが、それでも無駄ではなかったんだ。その行動に、人生に意味はあった。
多くの敗北と時間を重ねて最後の最期にゃ超常の存在は人世から消え失せたのだから。
文明開化、あの辺りでは俺様やメタトロンのようなメジャーな連中は既にこの世界に干渉出来なくなっていた。
残っていたのはカスみたいな連中ばかり、そいつらも人の波に押し流されて直に消える』

 そうしてやって来たのが人の時代だ。
 超常の存在に頼らずとも空を飛び、神の火の如き兵器を造り出しもした。
 幻想となった存在が介入出来る余地などありもしない。

「……待て。お前達は滅んだんだろ? なら何故、こうやって存在する?
いやそもそも、ダンジョンやモンスター、そして冒険者なんてのもおかしくないか?(ナイス相槌?)」
『(ナイス相槌!)まあ落ち着けよ。こっからだ、本番はな』

 このコンビと来たら……。

『確かに俺様達は滅んだっつーか……そこらも人とは少々違うんだなぁ。
人間で言うところの死ってのは俺様達にはねえんだ。
肉体が滅びても時間が経てば復活するわけよ。
分かり易い例で言うと、京都でお前が戦った鬼を思い出してみな。もう、分かるだろ?』

 未だ殆どの人類は地に伏したまま。
 魂の根源に刻まれた罪に恐怖しながらも、次々に明かされる世界の真実。
 誰もが混乱していた、誰もが助けて欲しいと願っていた。

「酒呑童子……そうか、確かに奴は……いや、奴だけじゃない! 義経も、信長も!」
『厳密に説明すると義経と信長はまた別なんだがな。
兎に角酒呑童子だ。そう、奴は源頼光と四天王に殺されてる。
しかし、それはあくまで肉体が死んだだけ。長い時間をかけて蘇ったのさ。
もう二度と不覚を取らないように蘇りながら神便鬼毒酒を身体に馴染ませてなぁ』

 ここらが潮だ、メタトロンがようやく口を開く。

"紫苑、我らはどうしていたと思う? 人に滅ぼされてから"
「……分からない」
"そうだ、分からないだろう。何せ我々も漠然と迫る滅び、その先に何があるか分かっていなかったのだから"

 無数の瞳から血涙が流れ出す。
 無間の苦痛を思い出しているのだ、憎悪だけが糧となったあの世界を。

"この世界から弾き出された私が、目を覚ましたのは無明の闇だった。
完全なる虚無……空も、木々も、花も、土も、何も何も無い恐ろしい世界だ。
時すら流れぬそこに人が放り込まれたならば刹那と経たずに心と身体を砕かれるであろう地獄。
しかし私達は砕かれることすら出来ない。真の意味で不死なのだから"

 超常の存在にとってもその世界は地獄としか形容出来なかった。
 狂いたくても狂えず、死にたくても死ねず、永劫の苦痛に苛まれる。

"何故だ、我らが何をした!? 何故永久の責め苦を受けねばならぬ!!
罰を受けるは親とも言える我らを踏み付けた人間だ! それ以外にあるものか!!"

 世界を震わせる嘆きと憎悪は人の罪を更に喚起する。
 自分達が犯した罪の重さ、人はそれに潰されてしまいそうだった。
 まず人があったのではない、まず超常の存在が居て人が生まれたのだ。
 つまりは親殺し、それも一般家庭のそれとは桁が違う。
 親は親でも同じ人ではない、明確に上位に位置していた者達を殺したのだから。

「(ぷぎゃーwww神の代理人が恨み言吐いてるぜwww)」

 上位の存在が醜態を晒しているのが無様で無様で笑いが止められない紫苑だった。
 傲慢とかそういうレベルとかとうに仏血義っている。

『(やっぱ、お前は最高だなぁ)』

 一切の同情もなく大爆笑している紫苑にはもはや感心するしかなかった。
 表面上はメタトロンの痛みに呼応して泣いているように見せているから尚更だ。

『そうだ、あの世界は確かに苦痛だったわなぁ。
俺様だってそのせいで記憶は曖昧だったし、自我すら希薄だった』
「(ああ、だから記憶が無かったのね)」

 では何時戻ったのか、そんな疑問も沸いたがそれを問うような空気でもない。

『さて、そんな俺様達にある時転機が訪れたのさ。砂時計を傾ければ徐々に砂が落ちる。
落ちきった砂である俺様達が再び反対側に落ち始める切っ掛けがあった。
二十一世紀の終わり、人間の世界に繋がる孔が開いたわけだ。
同時に無しか無かった俺様達の世界が徐々に形を成して……』
「それがダンジョンか!」

 ハ! っとした顔をしているが勿論どうでも良い。

『その通り。つっても、この世界の多くの冒険者が潜っているのは表層だ。
皮膚にこびりついた垢のような、その程度のもの。
だからお前らが言うところのモンスターだって知性も有していない』

 ゆえに普通のダンジョンに住まうモンスターは憎悪だけを胸に人を襲うのだ。

『ともかく、両界を繋ぐ孔こそが総ての始まり。幻想とされた者達の回帰に繋がったわけだ。
そしてそれは人間達の中にも異変を生じさせた。
確かにこれまでの歴史でも強靭な身体能力や不可思議な力を持った人間は居たぜ?
だがそりゃ少数だ。今の時代で言う冒険者なんて同じ時代には百人も居なかった!
しかし今はどうだい? 何十億のうち、少なくとも一億近くは居るんじゃねえか?』

 活動している冒険者に限らず素質を持つ者も含めるならばそれぐらい、あるいはもっと居るかもしれない。

『冒険者とは何ぞや? ただの超人ってわけじゃねえ。俺様達に極近しい人間なのさ。
なあ、分かるだろ? 普通の人間じゃねえって。お前が救った逆鬼雲母やアリス・ミラーを見ろよ。
奴らが見せた力はどう考えてもおかしいだろ? 明らかに化け物のそれだ』
「……確かに、雲母さんやアリスが見せた力は凄いが……何故、彼女らだけ?」
『別に奴らだけが特別じゃねえ。ある条件を満たしていれば誰だってあれぐらいは出来る』

 と言ってもそれを満たす者はそう多くは無いわけだが。

『脆い肉体、限りある命、そんな人間が幻想に近付けるとしたらそれは想いの深度のみだ。
限りがあるし、弱いからこそ俺様達には真似出来ねえ深度で想いの力を発揮出来る。
お前さんの仲間達は純化と言ってるらしいな。
たった一つを残しその他一切を削ぎ落とすことで人間は俺様達の領域へ踏み入れられるのさ』

 そして、普通ならば純化を果たしてしまえばその時点で終わりだ。
 雲母、天魔、アリス、アイリーン、純化を果たした彼女達は幻想の存在となっていたはずなのだ。
 そうして来る戦いでもあちら側に着いていた。
 それらを引き戻すことが出来たのは春風紫苑の特異性ゆえ。

『そして春風紫苑、お前もその力を持っているのさ。
逆鬼雲母やアリス・ミラーなんて相手にもならない深度で強い想いを抱いている』
「(やっぱり俺SUGEEEEEEEEEE!)……信じられん。俺は言っては何だが、弱いぞ?」

 確かにSUGEEEE! わけだがどうにもムカツクのは何故だろう?

"それは彼の蛇が邪魔をしているからだ"
「(テメェコラカァアアアアアアアッス! 俺の足を引いてたのか!?)何だと?」

 あっさり信じるのもどうかと思うが、
それ以前にお前が他人の足を引くことを責められると思っているのか。

"その力の片鱗は京都と呼ばれる地で見せたはずだ"

 人々が思い描いたのは英雄の如く果敢に鬼と戦っている紫苑の姿だった。
 そう、あれが本来――というより可能性の一つだ。

『そうだ、しかし俺様のせいとは言ってくれるじゃねえか。俺様はコイツの命を助けたんだぜ?
良いか春風紫苑、お前は例外中の例外と言っても良いだろう。
他の者らがたった一つの想いだけしかあの領域に持っていけないのに、
お前だけは二つ、二つ持っている。一つは言うまでもない、京都で見せた力だ。
誰も泣かないで欲しい、誰もが幸せになって欲しい、尋常ならざる領域での祈りが産んだ力が幻を操る力。
世界すら改変して、誰の望みをも叶えてしまえる無垢な祈りよ。
その祈りの深度は凄まじいぜ? それだけならメタトロンにだって負けやしねえ』

 尋常ならざる領域の祈りを持っているのは確かだし、メタトロンにも負けないだろう。
 しかし、理由は違う。言うまでもなく紫苑は自分の幸せ以外は考えていない。
 幻を操る力が生まれたのは"俺至高! 俺を良く見せたい!"という見栄。狂気の見栄だ。

「……そんな幸せが、本当に幸せだと俺には思えないし、傲慢だ。
(ふはwwwやべえ、俺マジやべえwwwやっぱり俺は至高だったんだね! 知ってた!)」
『だが、お前にはそれと同じ領域の祈りがもう一つある』

 それこそが紫苑を雑魚たらしめている理由だ。

『お前が今言ったように、強く想いながらもそれは本当の幸せじゃない、傲慢だと思っている。
自分は人間だ。神様じゃない。人であれ人であれ人であれ人であれ人であれ。
茨と薊の道を往く者であれ。ままならないからこそ、どうにもならないからこその人間だ。
だから皆、必死で生きている。苦難の道を歯を食い縛って進んでいる。
その気高い誇り、それがもう一つの祈りの正体。その祈りが産んだのは人であることだ。
人であることの誇りが傲慢な己の祈りを殺して、人足らしめている。
春風紫苑はその高潔な祈りを以って、強大な力を自らの手で封じているんだ。
決して人の本分を忘れぬように……なあ、他の誰に同じ真似が出来る?』

 祈りが祈りを相殺している、それは間違いではない。
 ただ、それは人であれなんて美しいものではない。
 "我が身可愛さ"――つまりは狂気の保身、それに尽きる。
 力は力を呼ぶと分かっているからこそ強大な力を殺しているのだ。
 命が惜しい! 俺の命が一番可愛い!
 そんな利己的な理由――つまり自分で自分の足を引っ張っているただの間抜けである。
 結果として、欺くという力は幻術ではなく言葉や行動で騙す今の状態になっているのだ。

『京都であの力が出せたのは特別だ。長い時間をかけて歪んだ神便鬼毒酒。
あれは鬼だけでなく俺様達幻想をも毒する代物になっていた。
だが、お前の場合は別。人であろうとする想いが幻想を覆い隠していた。
ゆえに酒は幻想を毒するべく刺激を与えて人の皮に孔を開けた。
幻想を露出させてそこを侵そうとしたんだ。
それでも尋常じゃない人の皮を俺様が護っていたからな、だから毒されることなく力だけを発揮出来た。
まあ、そのせいで想いの根源、魂の均衡が崩れて一ヶ月以上瀕死状態だったわけだが』

 カス蛇は駆逐されようとする人の部分を必死に護った。
 だからこそ、霧に満ちた京都で戦うことが出来たのだ。

『俺様が居なきゃお前は人を護れなかったんだぜぇ?(つーか死んでたな。俺様、恩人、お前の)』
「(片言がむかつく……!)」

 実際、生きて帰れて良かったと思っているので文句が思い浮かばない。
 言えない、ではなく思い浮かばないなのがポイントだ。
 イチャモンであろうと思いつけば紫苑は平気でカッスを罵倒していただろう。

『そんなお前だからこそ、その背を見る者は人の強さ、素晴らしさを信じることが出来る。
(そんなお前だからこそ、その背を見る者は人が高尚な生き物だと気分良く勘違い出来るのさ)』

 雲母達が純化を果たしても戻れたのがその証明だ。
 人の強さを無意識の内に感じ取って、絶対の標となり帰り道が生まれる。
 ま あ 総 て 勘 違 い な わ け だ が。

「(俺が詐欺師みてえじゃねえか!)俺はそんな大した男じゃない……」

 実 際 詐 欺 師 だ ろ う が。

「父さん、母さん、爺ちゃん、お前に殺された黒田や他の皆。
倉橋さんや紗織……京都で死んだ人達もそうだ。
俺は、何時だって後悔だらけで……俺は色んなものを取り零して来た……弱いよ、俺は。
(やべえ……何かノって来ちゃったぞ!? ふへへ、俺カッコEEEEEE!!)」

 流れ出す涙が大地を濡らす。
 ちっぽけな人間だ、弱い人間だ、これでもかというほどに人間アッピルをかましている。

『――――それでも一度だって歩みは止めなかった(ああ! お前カッコEぜ!)』

 まるでお涙頂戴話のようだ。
 実際は何の益も齎さない馬鹿げた道化芝居だというのに。

『キツク結んだ靴紐が解けるくらいの距離を歩きたい。
我武者羅に我武者羅に進み続けて紐が解けた時に、振り返って自分の歩いた距離を知る。
そうして少しでも進めている実感を胸に、また強く靴紐結んで歩いて行きたい。
お前が言った言葉だ、靴紐の紫苑。お前は弱いけど強いんだ』

 人類滅亡の危機であろうと紫苑にとっては自分を飾る舞台でしかなく、
カス蛇にとっても本懐を遂げるための舞台でしかない。
 今、この世界は一人と一匹の傲慢な存在に占領されていた。

"紫苑、春風紫苑。優しき子よ、しかしだ。人とはお前が護るに値する存在なのか?
身を削り、心を削ってまで護る必要があるのか? 我らに唾し、同族同士でも蹂躙し合う人間が"
「……確かに、そうかもしれない。人間の闇を覗いた時、吐き気がしたよ」

 それは例のダンジョンに潜るためにサイコな方々を調べた時のことだ。
 つっても、それをわざわざこの流れで全員には説明出来ない。
 なのでこれは知っている人間に向けている言葉、
人の闇を覗きながらも絶望していないというアピールのための布石だ。

「どうしてって何度も何度も思ったよ。でもさ、誰もが酷いわけじゃないんだ。
俺は一部分だけを見て人間に見切りをつけられないよ。
誰よりも残酷になれるけど、誰よりも優しくなれる人間を愛している」
"そうやって苦しみ続けるのか? 私ならばお前の苦しみを祓ってやれる"

 メタトロンさんのアピールタイム入りやーす!

"お前に巣食う蛇と人の部分を駆逐し、我らにも並び立つ力を与えよう。
私は我らに組みする冒険者と呼ばれる存在のみを生かすつもりだ。
敵対する冒険者とそれ以外の人間は総て滅ぼし、真に正しい世界を創造しよう。
そこに痛みはなく、安らぎだけが満ちた楽園だ。お前も、これ以上苦しむ必要は無いのだ。
我らと共に来い。その力を正しきことのために振るうのだ。同胞よ、我が手を取れ"

 威厳と優しさに満ちた声だった。しかし、それは……。

『(分かるだろ?)』
「(ああ、コイツは俺を恐れてる。俺は凄いからね、ちかたないね!)」

 このテンションがウザイことこの上ない。

『(いや、実際今のままなら殺せないこともないぜ?
奴が恐れているのはお前がまったくの未知だからだ。
自分達に並び立つ力を持ちながら人である、完全なる陰陽を体現するお前がな。
そいつが俺様と組むことを恐れている……分かるな? 勝機はあるのさ。
それに、あそこまでペラ回してじゃあ人裏切りますって言えるのか? 情けないなぁ……。
周りの連中はどう思うかな? っていうかな、一連の会話は全人類に筒抜けだぜ?
つまりはお前の選択次第では全人類に魅せ付けることも出来ると思うんだが』

 悪魔の囁きというしかない。
 弱いところを突き、利を以って諭す様は流石と言えるだろう。

「(ど、どどどどういうことだよ!?)」

 最悪力を貰って今この場に居る人間のみをぶち殺そうと考えていたが、これでは計画がおじゃんだ。
 激しく憤る紫苑だが――――ホントもう最低だコイツ。

『(人類に絶望を与えるために自分達の声を聞かせてんのさ。
ちなみにな、言語は関係ねえぞ。変換されてダイレクトに頭に叩き込まれてるからな)』
「(ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!!)」
『(つかさぁ、付け入る隙があるってのは薄々気付いてたんじゃねえか?)』

 弱い部分と利だけでは足りない。
 ここで最初の煽りが生きて来る。
 メタトロンを大したことはないと思わせた結果がここで生きて来るのだ。

「(……そういえばそうだよな。おい……お前は人間側なんだろ?じゃあ、勝算とかも当然あるんだよな?)」
『(まあな。いずれ話してやるよ。さあ、どうする? 人類の希望に、なっちゃう?)』
「(……あんな気持ち悪い天使とファイナルイケメンの俺、どう考えても俺の勝ちだよな)」

 あっさり唆されているで御座る。

『(第一、力を貰うってことは魂のバランスを壊すことだ。
そうなると今のお前という人格は間違いなく消えるだろうな。肉体は生き残るがそれはまったく別のお前だ)』
「……メタトロン、俺は人間だ」

 保身王が自分の人格が死ぬことなんて耐えられるわけがない。
 あっさりと迷いなく敵対を選ぶ紫苑。

「苦しみに満ちた世界、人間がどれだけ醜く見えようとも、俺だって同じ人間だ。
希望を信じていたい、明日は明るいと信じていたい。
何時かは人が自分以外の誰かに本当の意味で優しくなれる日が来ると信じていたい。
俺に、この世界は捨てられない。俺は、ここで生きていきたいんだ!!(き、決まったぁ……!)」

 思わずイナバウアーを決めてしまいそうなくらいだ。

"それは、我らと敵対するということか? 非力な存在で痛みに満ちたまま"
「例え弱くても、胸を張って誇れるような自分で在りたいんだ」

 人々の脳裏には恐怖で微かに震え、
冷や汗を浮かべながら真っ直ぐ天を見つめる紫苑の姿が強く焼き付いていた。

「人がお前達にしたことは赦されないかもしれない。
だからって人間が滅びろなんて納得出来るわけがない。
俺は――――お前達と戦おう! 例えこの命が一瞬後に消え去るとしても後悔は無い!!」

 毅然と言い放ったその姿に人々は人というものの尊厳を見た。

"――――愚かな"
「(ひぇええええええええええええええええ! やっぱ止めときゃ良かった!
ミスった! 認識が甘かった! ちょっと待って! 無理無理怖い!!!!)」

 天地揺るがすメタトロンのプレッシャーに心が折れ、あっさり己の選択を後悔した。
 調 子 に 乗 っ た 結 果 が コ レ で あ る。

『(大丈夫だ、まだ奴自身――ってか上位の存在はこっちに来れない。さあ、存分にペラを回せ!)』
「(ほ、ほほほホントだろうな!? 嘘吐いたら殺すぞ!?)」

 どの道、吐いた唾を飲むことは出来ない。
 啖呵を切っといて前言を翻すなど耐えられるわけがない。
 紫苑は自棄になりながらも言われたとおりに舌を回し始める。

「メタトロン、お前は俺を非力だと言った。ああ、確かにその通りだ。
一人じゃモンスターの一匹も片付けられない。だから、俺は頼もう。
もし、俺と同じ想いを抱いているなら、どうか、どうか頼む。
こんな情けない俺だけど、叶うのならば……」

 こんな状況だというのに、紫苑の顔にはとても穏やかな笑顔が浮かんでいた。

「――――皆、俺を助けてくれ」

 瞬間、天に巨人の拳が出現する。
 それは真っ直ぐに紫苑へ向けて打ち下ろされたが、

「私の子供に手を出すなぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 恐怖を振り払い、向かって来る拳目掛けて跳躍する雲母。
 ああそうだ、畏れるものか。罪が一体何だと言うのだ。
 自分よりも弱い紫苑が誰よりも立派に戦っているじゃないか。
 我が子を護れずして何が母親だ! この子を護るために生きているんだ!

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 純化を果たした雲母は自分よりも遥かに大きい巨人の拳に真正面から刃を通す。
 拳は彼女を押し潰すことも出来ず、逆に巨人の拳が縦に裂けていく。

『ハッハァ! 北欧の巨人も形無しだなぁ! 気を抜くなよ紫苑、今度はカマエルのパシリが来たぜ!!』

 空が裂け、孔が形成される。
 そこより出でるは破壊と罰を与える十四万四千の天使の軍勢。
 彼らの目的はただ一つ、紫苑の命だ。
 不確定要素は早めに消す、笑えるくらい理に適っている。

「――――どれ、ここは私が出張らせてもらおうかな」

 心地良い低音が鉄火場に響き渡る。
 声が聞こえたのは屋上、そこにはアレクサンダー・クセキナスが立っていた。

「あなたは……」
「はじめまして、ずっと会いたかった。だが、話は後だ。まずは一撃くれてやろうじゃないか」

 掲げられた左手には学校の大きさを優に超えるサイズの火球。

「これが開戦の号砲だ!!」

 放たれたそれは夜を昼に変える熱量を誇り、
天使の軍勢に直撃すると約半数が消し炭となって消滅する。

「(お、俺より目立ちやがって……! って痛い!? 何か、額が……!!)」

 額に菱形の痣が浮かび上がり、一瞬目も眩むような光が満ちる。
 光が晴れると紫苑の隣には西洋風の甲冑を纏ったダンディーなオッサンが立っていた。
 額にある目は間違いない、安土で出会った三つ目――織田信長だ。

「久しいな。お前の啖呵は聞かせてもらったぞ。実に小気味良いものだった」

 呵呵大笑する信長、彼は敗れたものの未だに戦意を失っていない。
 一度寺で焼かれたくらいで諦めるほど良い子ちゃんではないのだ。

「織田、信長……何故……」
「もしかしたらと思ってな。あの時くれてやった褒美だ。俺を、俺達を呼び出せるようにしておいたのよ」

 信長が右手を掲げると安土で出て来た鉄砲を持ったモンスターが多数出現する。
 校内に、校外に、総勢二万。
 完全ではないものの今呼び出せるのはこれが限界。

「加勢するぞ小僧――いや、御大将。緒戦が天使とは実に良い。俺は天使が嫌いでなぁ」

 極大の憤怒を込めて立て直しをはかっている天使の軍団を睨み付け、

「――――撃てぇ!!!」

 大号令を発する。
 同時に空に向けられていた銃口が火を噴き万の火砲が放たれた。

「む、幾らか撃ち漏らしたか」

 翼を焼かれながらも数百の天使が銃火の網を抜けて紫苑へと向かって来る。
 信長はこのまま自分がとも考えたが、すぐにそれを止めてニヤリを唇を吊り上げた。

「好かれておるなぁ、御大将よ」
「え」

 疑問の答えはすぐに出た。

「――――栞、合わせなさい!!」

 学校に飛び込んで来たのは誰あろう、死んだはずの醍醐紗織だった。
 そう、彼女も紫苑の演説を聞き駆け付けたのだ。
 偽りの己ではない、たった一人の人間醍醐紗織として。

「! 姉様!?」

 驚きはしたものの今はそんな場合ではない。
 栞はすぐさま紗織の意図を酌んで糸を出す。

「行くわよ!!」
「はい!!」

 姉妹の糸が絡み合い、巨大な投網を形成する。
 二人は力いっぱいそれを向かって来る天使達へと投げ付けた。
 一人余さず網の中へ絡めとり、二人は一気に網を狭める。
 鋭い糸が身体に食い込み、天使達は一瞬のうちに肉塊へとジョブチェンジ。

「(嘘……え、ちょ……何で……ま、まさか……いやそんなはずはない!
だって……大天使は存在するって! いやいや、絶対存在するよね!?)」

 そ ん な こ と 言 っ て る 場 合 か。

「紫苑お兄さんに手を出す存在は、誰であろうとこのアリスが赦さないわ!」
「誓いは不滅、必ず護る」
「ハッハッハ! 紫苑、卿は心の強さを魅せ付けた。であれば我らは卿の剣となり力を示そう!!」
「良いねえ、神様との戦いだって? ワクワクするじゃあないか!!」
「怪我したってうちが全部治す! だから皆、安心して戦って!!」

 火砲をすり抜けてやって来る敵を迎え撃つ仲間達。
 その顔に憂いなど無く、人の輝きだけが満ちていた。
 激しさを増す戦い、尚、紫苑はその間ひたすら大天使の存在について考えていた模様。
 まあ、馬鹿は置いといて……。
 万軍との戦いは数時間続き、やがて夜明けがやって来る。

『そろそろ奴らがこっちに来れるのも限界か。おい、今日のところはこれで終わりのようだ』

 見れば空に映るメタトロンの姿も徐々に薄れていっている。

"春風紫苑、本当にお前はこれで良いのか?"

 最後通牒ということだろう。
 だが、ここまでやらかしといて今更寝返るなんて狂気の見栄っ張りには不可能だ。
 紫苑は足下に落ちていた短刀を拾い上げて、ゆっくりと自分の髪にあてがい――――勢い良く切り裂く。
 朝焼けに照らされて舞い散るそれは、酷く幻想的だった。

「これが俺の――――人間、春風紫苑の選んだ道だ」

 メタトロンは静かに瞳を閉じて、朝焼けの中に溶けた。
 誰もが空を見つめながらこれから始まる戦いに想いを馳せているのに、

「(フッ……最悪な初日の出だ……うぅ……やっぱ止めときゃ良かったぁ……)」

 紫苑はやっぱり紫苑だった。

「(何でこうなっちまったんだ!? 嗚呼、俺ってやっぱ世界一不幸な美少年だよ畜生!!)」

 これにて道化芝居の第一幕は終わり。
 これより始まるは終幕、踊り狂った道化がどのような終わりを飾るのか――とくと御覧あれ。
これにて第一部完結です。
読んでくださった方、ブクマしてくださった方、評価してくださった方、素敵なイラストをくださった方、
皆さんのおかげで書き続けられました。本当にありがとうございます!
そして、これからもお付き合い頂けると幸いです。
+注意+
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