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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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蛇と性根の腐った彼

 人間の最大の武器は何かと問われた時、様々な候補が頭に浮かび上がると思う。
 知恵、同族であろうとどこまでも残酷になれる悪性、あるいは底なしの欲望。
 だがそれらを押しのけて上に来るであろうものが人間にはある。
 諦観と順応力だ。二十一世紀の終わりに世界各地に開いた不可思議な"孔"。
 孔の中はゲームで言うところのダンジョンのようで、怪物だって居る。
 当初人間は怪物が出て来るような危険な孔を塞ごうとしたが、十年ほどで諦めた。
 そして人間は孔を塞ぐのではなく、孔とどう付き合っていくかを思案したのだ。
 ダンジョンの中で採取出来る金属や薬草、その他諸々の不可思議な物質。
 旨味もあるし孔は塞ぐべきではない。

『人類の更なる飛躍のために』

 そう考え、孔とどう付き合っていくかを思案して三世紀が経った頃にはもう孔は非日常では無くなっていた。
 孔に潜る人間を冒険者と言う一つの職業にし、それを育成する学校まで設けるまでになったのだ。
 学校が出来てから一世紀ほど経つ今では冒険者と言う職業はかなりの人気職になっていた。
 日常では得られぬスリルや富、名声を求めて冒険者を志す子供は多い。

「(冒険者学校を卒業するって言うのはそれだけで得だ。民間に就職する時だって……!)」

 馬鹿っ広い体育館の片隅でスピーチを聞いているこの少年もそう。
 多少理由は違えども冒険者を志す子供の一人だ。

「(危険な学校だが俺は適正が後衛だし危ないことは全部前に押し付けてやる)」

 剃刀のように鋭い美形と評されてもおかしくないような見た目とは裏腹に、
中身は小心で見栄と保身しか考えていない彼も冒険者学校を卒業することで得られる諸々のメリットとデメリットを秤にかけたうえでこの学校に入学した。

「えー、それでは新入生諸君。長ったらしい私のスピーチはこれで終わりだ。
これから担当教官の指示に従ってクラス振り分けのための試験を受けてもらう」

 壇上に立つナイスミドルの言葉にざわめきが起こる。

「はい注目! 私が試験総監督だ。これから新入生一人ずつの
名前を読み上げていく。名前の後にA、B、C、D……と続けるからそれぞれ、
そのアルファベットのプラカードを持った先生のところへ行くように。では行くぞ」

 言うやジャージ眼鏡の野暮ったい女監督がン百人の名前をそらんじていく。
 普通の学校とは違い、この場で私語をする者は誰一人として居ないのはこの時点で既に採点が始まっていると言うのを誰もが知っているからだ。

「春風紫苑、B!」

 と、そこで少年の名が呼ばれる。
 少年――紫苑は指示通りBのプラカードを持っている教官の前に場所を移す。

「……」

 近くの壁に寄り掛り、口を真一文字に結び目を瞑っている紫苑の姿はとても絵になる。
 そしてこれを本人が自覚してやっているから性質が悪い。
 常に他人から己がどう見られているのか、どう言う立ち振る舞いをすれば効果的なのか。
 そんなことを考えながら日々を生きているのだ、春風紫苑と言う人間は。

「よし、Bグループはこれで全員だね。それじゃ皆、僕に着いて来てくれ」

 教官の背を追うカルガモの子――ではなく生徒達。
 しばらく校舎の中を進み、やって来たのは孔の中へと続く転送装置がある部屋。
 この装置を使って飛んだ先は総て学校が管理している孔だ。

「(まあ、偶に別のとこに飛ばされたりもするらしいが……飛行機事故に遭遇するくらいの確率らしいし大丈夫だろ)」

 命に関わる事柄に関してのみ真剣に勉強していた紫苑。
 こう言う自分は大丈夫だと言う輩が一番危険なのだ――色んな意味で。
 と言うかもう発言自体がフラグである。

「それでは第一グループを発表するよ。赤木、青野、緑川、黒田、春風」

 察しの良い方ならば分かると思うが一人だけハブである。
 名前の方には色が入っているものの、この後の自己紹介を見て頂ければやっぱりハブだと言うことが分かるだろう。

「うっす! 俺が赤木一だ。立ち位置は前衛で、得物は斧だ。」

 集まった五人の中で真っ先に発言したのは活発そうな少年。

「僕が青野二郎。立ち位置は中で、武器は銃。
残り三人のうち二人くらい補助が欲しいんだが……まあ、先生が決めた組み合わせだから不備はあるまい」

 次いで口火を切ったのは眼鏡をかけたクール系。

「あたしが緑川三津代、青野くんのお望み通りのバックスで使える魔法は回復系」

 活発そうな……そう、言うなれば女テニでキャプテンやってそうな少女がにこりと笑う。
 彼女が口にした魔法、かつては夢物語の産物でしかなかった。
 しかし孔に潜り始めたことで人類が独自の進化を遂げ、冒険者と言う人類のハイエンドが誕生する。
 とは言っても誰も彼もがそんな資質を持っているわけではないが。
 冒険者と呼ばれる人種は常人を超える身体能力か魔法と言う不可思議な力のどちらかを所持している。
 両方を兼ね備えているのは世界最強と呼ばれる冒険者だけだろう――今のところは。

「私は黒田四穂。前衛で得物は槍よ」

 少しばかり厭世的な空気を漂わせる少女が短くそう告げる。

「俺は春風紫苑、緑川さんと同じバックスで使えるのは身体能力を底上げするような補助系」

 苗字に色、名前に数字、何の関係もない四人の共通項だ。
 疎外感を覚えることはないものの、これはこれで面白くないと腹の中で唾を吐く紫苑。

「アハハ! お前だけ仲間外れだなぁ!!」

 赤木少年が悪意のない言葉のナイフで紫苑を刺す。

「(うるせえよ馬鹿。ちっと黙ってろ)」
「くだらわないわね……そんな子供染みた話なら後にして頂戴」
「彼女に賛成だ。と言っても最低限体裁を整えることが出来るような組み分けだから然程問題もあるまい」
「じゃあさじゃあさ! とりあえず自分がどんな感じで戦うかを軽く話してみない?」

 紫苑が表面上大人な態度を取ったように見せかけて口を閉ざしていると黒、青、緑が堰を切ったように喋り始める。
 紫苑、またしてもハブだ。
 こうまで阻害されていると何だか寂しくもあるが、ある意味で後の展開を暗示しているとも言えよう。

「お、良いね! 俺は斧を使った一撃必殺の――――」
「話し合っている時間は無さそうだね。実際は戦いながらと言うことで良いだろう」

 周りの者らが次々と装置を起動させて飛んでいくのを見て青野が話を切り上げる。
 が、紫苑からすれば愚の骨頂。
 ダンジョン内での時間制限はあれど、向こうに行く前の時間制限については言われていないのだから。

「あ、テメェ青!」
「うるさいよ赤。それじゃ、装置を起動させようか。時間は有限だ、スマートにこなそう」
「(クール気取ってるけどただの馬鹿じゃねえか)」

 周りの空気に流され発言しない紫苑は馬鹿と何が違うのだろうか?
 そんな彼の内心を置き去りにしたまま状況は流動し、転移装置が起動する。
 上も下も左右の感覚さえも消え、奇妙な浮遊感を一瞬覚えたかと思えば周囲の風景が校舎から見慣れないものに変わった。
 冒険者学校に入学する生徒は大概、小中学校時代にダンジョン体験などをやっているのだがこのパーティに限って言えばそれは少数派だ。

「へえ……ここがダンジョンなんだ。けど、何か遺跡っぽい感じとは違うねー」
「だな。もっと薄暗い想像してたぜ俺ぁ」

 ムードメーカーの気質を持つ二人の言うように、ここは一般的にダンジョンと言う単語を聞いて思い浮かべるような場所では無かった。

「あくまでダンジョンなんてのは冒険者と言う名称に付随する名前でしかないのだから当然だ」

 一言で言うならここは果ての見えぬ荒れ果てた大地。
 曇天に覆われ、枯れた木々が幾らかあるだけで他には何もない。
 そう、それこそモンスターの影すら見当たらないのだ。
 しかし、

「……ここ、ヤバイ。違うだろう? 多分、事故だ」

 紫苑の警戒は最大級にまで高まっていた。
 基本的には慢心しているし調子に乗って自分を疑わない紫苑だが目に見える異常であれば別だった。

「はぁ? 何言ってんだよ春風」
「学校案内のパンフでも書いてあっただろう? 一番最初の冒険について」

 内心でド低脳が! と罵りつつ説得を始める紫苑。

「春風くんの言う通りね。"ゲームや物語のイメージし易いダンジョンが皆さんを迎えます"だもの」

 黒田が紫苑の意見に追従する。彼女もまたこの状況を不審に思っていたのだ。

「その通り。これの何処がだ? さっき緑川や赤木が言ってたじゃないか"イメージと違う"って」
「フン、だとしても何だと言う? モンスターの姿も見当たらないじゃないか。何処がヤバイ?」
「……見える危険は危険じゃない。つまりはそう言うことだ(頭良さそうに見えて馬鹿かよ青いのは?)」

 小動物は総じて生命の危機に聡い。
 紫苑も同じ、命の喪失を何よりも恐れる小心者。
 ゆえにこの場所が危険だと感覚が告げているのだ。
 そもそもモンスターが見えない時点で怪しい。
 本当の危機と言うのは獣のように大口を開けて待ち構えているわけではないのだ。

「臆病風に吹かれたのか? 僕としたことが見誤っていたようだ。そこそこ切れそうだってね」
「(そりゃこっちの台詞だ糞が!)それはすまないな。だが、今はここで待機している方が良いと思う」

 事故ならばすぐに――とはいかないかもしれないが、学校側からアクションがある。
 強制転送、それを待って待機する方が上策だろう。

「冗談! だったらテメェ一人でここに居な。命惜しくて冒険者やってられるかよ。なあ!?」

 鼻を鳴らし、赤木が他の面子に語りかける。

「君の言う通りだ。臆病者はこの場所に相応しくない」
「それは言いすぎだと思うけど……これ、試験なんでしょ? だったら何もしないのは嫌だよ」

 青と緑が赤に対して援護射撃をかます。

「だが危険だ!」

 口では皆を止めつつ、内心でとても口には出来ない罵倒を彼らに与える紫苑。
 彼は別に他の面子の命を案じているわけではなく――自分一人だと怖いから止めているのだ。
 徹頭徹尾自身のことしか考えていない、それが春風紫苑である。

「……私は春風くんに賛成よ。行くならあなた達だけで行きなさい」

 黄金の光を放つ槍をくるりと180度回転させ、そのまま刃先を地面に突き立てる。
 ここから動かないと言う黒田なりの意思表示だろう。

「(よっしゃー! これで少しはマシ。よし、他の奴らは死んで来いバーカ)ありがとう黒田」
「別に……あなたが正しいと思ったから味方しただけよ。礼はいらないわ」

 長い黒髪をかき上げながら少女は小さく笑った。
 しかし、それが気に入らない者も居るわけで、

「ハ! だったら好きにしな。俺らは行かせてもらうぜ」

 赤と青は心底失望したとばかりに、緑は申し訳無さそうに、二人に背を向け去って行った。
 若さゆえの蛮勇、時にはそれも良いのだがこの状況に置いてはどうにもよろしくない。

「それにしても……」

 二人きりになって五分くらいの沈黙が流れた後、突然黒田が口を開いた。
 ブラウンの瞳に好奇心を乗せ、紫苑に語りかける。

「見た目通り、剃刀みたいに鋭くて冷たいのねあなた」
「(何言ってんだこのアマ?)……」
「危ないと分かって警告はすれどもそれ以上は自己責任で深入りはしない」

 補足するなら紫苑の言葉の裏にあったのは自己保身だ。

「俺に、彼らを止める言葉は見つけられない。それに、実力行使も届きそうにない」

 もしも紫苑が本気で舌を回せばまた結果は違っていたのだろうが、彼は気付いていない。
 このダンジョンに踏み入った瞬間から、どうにもこうにも掻き乱されていることに。

「あなたは賢明な人ね春風くん。私、そう言う人は嫌いじゃないわ」
「……そう言う君も何故、止めなかったんだ?」
「馬鹿相手に付き合う気はないってことよ。シンプルでしょ?」

 なんて言いながらも黒田の目は寂しげだ。
 何か過去にあったのかもしれないが紫苑からすれば明日の天気並にどうでも良いことでしかない。

「ねえ、春風くんは高校で初めてこう言うところに来たの?」
「ああ」

 魔法や身体能力が段違いであると言うのは生まれた時に判明するものだ。
 しかしそれで実際に冒険者と言う職業に着くかと言えば話はまた別。
 何のかんの言って命に関わる職業なのだから。
 小心者の紫苑が幼い頃からバリバリこの道を目指すとはとても思えない。

「そう。私は中学の時が初めてだった。町内会のイベントだったかしら?
将来冒険者になるつもりのある人間に現場の空気を触れさせてみようって言うね……」

 それが初めてだった、そう語る彼女の影はより濃いものに変じていた。

「そうか(何いきなり自分語りしてるんだコイツ? OLか?)」

 何故そこで自分語りをする例としてOLをピックアップしたのか。

「ええ。ベテランと呼ばれる方と一緒に潜った孔……中に広がるダンジョンは如何にも、だったわ」

 パンフに書かれていたイメージ通りと言うやつだろう。

「気の良い方達ばかりで――――それゆえ、私の蛮勇のせいで皆、死んじゃった」
「……(それを俺に話してどうするつもりなんだこの女?)」
「それから決めたのよ。退くのは恥ではない。かつての私のような存在こそが害悪だと」

 しかしそれはその通りだ。
 突っ込むだけしか出来ないのならそれはもう猪と変わらない。
 石斧持ってマンモス狩ってるような時代はとうに過ぎ去っているのだ。

「止めようとすれば巻き込まれる……あの人達みたいに」
「成る程、黒田は果断の代償に賢明を得たのか。
痛みを以って教えられたのなら同じ轍を踏むこともないだろう。それは君の財産だ」

 何だか雲行きが怪しくなって来たのを悟った紫苑がそう畳み掛ける。
 決して馬鹿はするな、否、俺を一人にしないでくれ、と。

「ええ……そう、ね」
「ああ……心にも肉体にも刻まれた苦痛は拭い難いものかもしれないが、無駄ではない」

 そして沈黙の帳が降りる。
 元々必要な時にしか喋らない紫苑にとってはありがたい時間だった。

「(黒田の首飾り……値打ちもんっぽいな)」

 何となしに観察する紫苑。その目は確かなもので、黒田の首飾りは一品物だ。
 年月を経て妖しい輝きを放つ赤色の宝石。最低でも一千万は確実だろう。

「(もし死んだらこっそり剥ぎ取れないだろうか?)」

 守ってもらっていると言うのにこの下衆思考である。
 しかしそれが春風紫苑が春風紫苑たる由縁なのかもしれない。

「……愚か、かもしれない」
「?」

 突然黒田が独り言を洩らし始めた。その顔は、何かに懺悔するようで……

「かつての私があそこには居る。代替行為かもしれない……」

 地面に突き刺したままの黄金の槍が輝きを放ってゆく。

「正しくなくても、それが恥じない行いであれば……あの人達のように優しくなれたら……!」

 黒田の血を吐くような叫びに槍が地面から抜け宙に浮かぶ。
 まずい、これはまずい。ちょっと待て、紫苑は内心で滂沱の汗を流す。

「春風くん」

 止めろ、それ以上は言うな。紫苑の祈りが深度を増す。

「――――私、行かなきゃ」

 黒田は悲壮な覚悟を微塵も感じさせぬ力強い笑顔を浮かべ走り去った。
 その姿はまるで、

「(お、お前は……お前は……主人公かよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)」

 物語の主人公のようだった。
 とは言ってもこれは紛れもない現実の世界で起きた出来事。
 物語ならば逸った仲間がピンチの時にはクールなアイツが覚醒して危機を打破と相成るわけだが、

「んな上手いこといくわけないだろ……」

 あっと言う間に姿が見えなくなった黒田に向けて。悪態を吐く。
 どうしたものかと髪をかき上げながら空を見ても分厚い雲は何も答えてくれない。
 護衛がいなくなった状況で何が最善なのか。
 紫苑は必死で思考を回転させる。

「現状維持か、それとも追うか……? もう三十分近いのに学校何やってんだ!?」

 あるいはここが規定通りの場所だったか、もしくはこの座標を探すのに手間取っているか。
 ならばここで待つのが上策のようにも思えるが……。
 今、ハッキリ言って紫苑はスペックダウンしている。
 目に見えない因果に絡め取られて本来彼が持つ力が上手く嵌まっていない。
 それはこの先にある出会いを誰かが望んでいるからだ。

「護衛が居ない状態で転送前に殺されたら意味がない」

 周囲に影はないが、元々紫苑は気配を感じる! とか言う戦闘タイプではないのだ。
 不可視の敵かもしれないし、長距離を一瞬で詰めて来る敵かもしれない。
 そう考えると彼の心は益々不安に塗り潰されてゆく。

「い、行こうか――――」

 十分ほど悩んだ後に駆け出そうとして、すぐにそれが不可能になる。

「ッ!? な、何だ!?」

 激しく大地が揺れ始めたのだ。震度で言うなら5以上は確実。
 紫苑は咄嗟のことに無様に尻餅をついてしまい、そのまま動けなくなる。
 大きな揺れの中で立ち上がれるほどバランス感覚に秀でていないのだ。

「お、終わったのか……?」

 揺れは五分ほどで収まったが、余震があるかもしれない。
 そう判断した紫苑はもう五分ほど置いてから立ち上り、駆け出した。
 不安で不安でしょうがなかったのだ。
 基本的に死を忌避しているが、どうにもならなくなったら諦められる人間ではある。
 しかし死ぬにしたって彼なりにこだわりがあった。
 そのこだわりが達成出来ない状況を早く抜け出したくてしょうがない。その一心で足を速める。

「はぁ……はぁ……!」

 黒田が消えていった方向に全速力で駆け続けて五分。
 距離にして十五キロほど、適正が後衛向きとは言え並みの一般人よりかは身体能力が高いのだ。
 加えて、これだけの距離を走れたのは火事場の馬鹿力というのもあるだろう。
 或いはその魂の均衡がブレ続けていたからか。

「う……や、やっぱり現実は厳しいじゃないか……」

 辿り着いた先では全身血塗れで息絶えた黒田と、そのすぐ近くには巨大な白蛇の死骸があった。
 その蛇の巨大さは航空機のそれよりも大きく、この場所が初心者向けでないことを如実に示していた。

『うぅ……あぁ……くそ、やってくれたぜぇ……!』

 地鳴りのような声が響く、発生源は蛇の死骸――いや、死んではいないのだ。

「!? い、生きてるのかよコイツ! しかも喋った!?」

 それでも紫苑はすぐさま看破する、これは死にかけているのだと。
 他人が弱っているのを目敏く看破する彼の眼力がここでは役に立った。
 紫苑はすぐさま黒田の死体付近にあった槍を引き抜き蛇へと穂先を向ける。
 その瞬間、槍は歓喜の声を上げるように鳴動したのだが紫苑は気付かない。

『――――』

 蛇は一瞬、信じられないものを見たような表情になる。
 いやまあ、蛇の表情なんて人間には分からないので紫苑には伝わっていないわけだが。

『ま、待てよ! 俺様は死にたくないんだ……な? た、助けてくれ!』

 もしも紫苑がこの場所でこの蛇と相対していなければ看破しただろう、その命乞いの裏には何かを潜ませていると。

「嫌だ無理だ絶対不可能。弱ってる化け物の命乞いなんざ誰が聞くか戯け」

 槍のような長物を扱ったことはない、と言うより武器全般を扱ったことはない紫苑だ。
 それでも今の弱り方を見ればテキトーに刺し続ければ殺せるだろう。
 精神的に優位に立った紫苑は嘲笑と共に命乞いを切り捨てた。

『――――助けてくれたら力をくれてやる。お前の持つ力が格段に跳ね上がるぜ?』
「フン、命に代えられるか阿呆め」
『まあ待てよ。俺様みたいに喋る化け物は初めてだろう? 人間の記録にだって無いはずだ』

 そんな自分の力を得られるのは悪い取引じゃないと蛇は諭す。

「そうだな。お前みたいな喋る化け物は――――でも怖いから嫌だ」

 痛いくらいに強く強く槍を握り、力を溜める。
 殺す、殺す、殺す、と紫苑の心のスロットはトリプルキルで揃っているのだ。

『待て待て待て待て! ちょ、よく考えろ!』

 駄目だ、此処でこの男と離れては駄目だ。
 一時の死でしかなく、いずれは蘇るのだとしてもあまりにも時間がかかり過ぎる。
 磨耗し、己が誰なのか、どんな存在であるのかすらも忘却してしまった蛇。
 それでも此処で紫苑と離れてはならぬのだと心が叫んでいる。

「知らん、とっとと死ね」

 生殺与奪を握っていると言う状況はあまりにも甘美。
 紫苑は性格の悪さがこれでもかと滲み出た笑みを浮かべて槍を突き立てる。

『ぎがぁああああああああああああああああああ……!』

 死ね死ね死ね死ね、俺のために死ね。
 紫苑の祈りと言う名の殺意は槍を通して蛇にも伝わっていた。
 ゆえに形振り構うべきではないと意を決する。

『シャァ――ッッ!!」

 悶え苦しむ蛇の顎が大きく開かれ、小さな、それこそ普通の蛇ほどの大きさの白蛇が飛び出し紫苑の右腕に絡みつく。

「噛む気か!? だが――――」

 引っぺがそうと槍を捨て左手で蛇を押さえつけようとするがあえなく失敗し蛇は右腕に溶けていく。
 紫苑はすぐさま袖を捲り上げるとそこには蛇のタトゥーが浮かんでいた。

『カカカカ! 残念だったな人間』
「!? お前、何をした! 何処に居る!?」
『俺様は死にたくなかったからな。不本意ながらお前に繋がらせてもらった』

 心底不本意だと言わんばかりの声色に紫苑の額に青筋が浮かぶ。

『今の俺様は寄生虫みたいなもんで、お前が居なきゃ死ぬ。一蓮托生ってわけだ』
「そこまでして生きたいか薄汚い爬虫類め!」

 ああそうだ、生きねばならない。
 と言うよりもお前に出会わねばならなかったのだ。
 蛇はどうしてそう思うのか分からないけれど、自分はか細い糸を手繰り寄せたのだと言う確信があった。

『当たり前だ』

 比喩でも何でもない、この出会いは運命だった。
 後に蛇が記憶を取り戻した時、彼はそう語るだろう。
 小さな小さな出会い。
 それでもその出会いがいずれは世界の運命すらも変えてのけるのだ。

「(……どうにかして取り除けないか戻ったら相談しよう)」
『ちなみに俺様を無理に引き剥がそうとするとお前も死ぬぜ。言ったろ? 一蓮托生だってな』
「ッ! 最悪だなお前!」
『ほっとけ。それにこうなった以上、お前に害を成すことはない……ってか出来ねえよ。
何せお前に何かあれば俺様にも不利益があるかもしれないし』

 言いながら既に紫苑は割り切っていた。
 蛇の言葉を鵜呑みにするのは危険だが真偽を確かめる術もなく、加えて彼は蛇が嘘を言っているとは思えなかったのだ――――まあ、何となくだが。
 ゆえにすぐさま現状を諦め切り捨て、自分のやるべきことを始める。
 そう――――黒田の遺体から目をつけていた首飾りをパクるために。
 人目が無い今だからこそ、出来ることもあるのだ。

『おい、俺様が喰った人間とそこで死んでる人間以外の人間がやって来るぞ』

 遺体に手を伸ばした瞬間、蛇が注意を促して来る。
 紫苑はすぐさま腕を遺体の首筋に回し抱き締めるようにして自らに手繰り寄せた。

『何やってんだ?』
「何処から見られてるか分からないから、抱き締めてるフリしてブツを貰うんだよ」

 言って抱き締めたまま首飾りを剥ぎ取り、すぐさま己の懐に仕舞う。

「馬鹿に巻き込まれた慰謝料だ。悪く思うなよ」

 そしてお得意の涙腺操作を発動しに涙を貯める。
 蛇との同化を果たしたことで、紫苑は本来のパフォーマンスを発揮出来るようになったらしい。

『……何で、泣いてんだ?』

 何かを堪えるようにきつく結ばれた唇、流れ出す涙、タイトルをつけるならば『悲痛』。

「演技だ演技。シチュエーションを作ってんだよボケ。それと、これから先は話しかけるなよ」

 傍から見れば今の紫苑は、仲間を喪い無力に涙する少年にしか見えない。
 これを見て一体誰が禿鷹の如く死体を漁っていたと思うのか、それが彼の狙いである。

『おう……つか、俺様の声は今の状態ではお前にしか聞こえねえし一々口に出す必要もないぜ』
「(そうなの?)」
『おうよ』

 意志の疎通が図れることを確認したわけだが、紫苑からすれば役に立つかどうかも分からない無駄な作業でしかなかった。

「無事かぁ! ッ……無事なのは、お前だけか春風」

 やって来たのはジャージ眼鏡の監督官だった。
 その顔には焦りが浮かんでいたが、すぐに現状を把握し無表情に変わる。

「……すい、ません」

 更に強く黒田を抱き締め、顔の上半分を彼女の肩に押し付ける。
 口元しか見えず、それでも隙間から涙が零れる様は……映画か何かのワンシーンのようだ。

「いいや、お前が謝ることじゃない。これは事故だったんだ。こちらの不手際だよ」

 慰めるように監督官が告げる――が、まだ紫苑のターンは終わっちゃいない。

「違うんです! 俺は、俺は止められる立場にあったんだ!!
最初に事故だと気付き、皆に言ったが聞いてくれず……だったら好きにしろと……思ってしまった!
そのせいで赤木、青野、緑川は行っちまったんだ!!」

 声が震えている。監督官は身を切り裂くような後悔を紫苑から受け取った。

「強く止めていれば良かった……お、俺にも何かが出来たかもしれないんだ……」
「――――思い上がるな春風。人間は神じゃない」

 黒田の骸を抱いたまま懺悔する紫苑の肩に暖かな重みが加わる。
 しかしそれでも彼の舌は止まらない。
 あくまでこの結果はコイツらが馬鹿をやったせいだとアピールしなければいけないから。

「それでも! 唯一残ってくれた黒田……コイツだけでも助けられたかもしれない……
かつて自分の愚かさで仲間を喪ったと言う彼女は……
もう自分のような存在を作りたくないと言って駆け出した! 俺もすぐさま後を追えば……!
そこのくそったれな蛇と相搏つ結果はなかったはずだ!
重傷を負ったかもしれないけれど……それでも、それでも生きていてくれたかもしれないんだ!!」

 悔恨の棘に苛まれているその姿を見れば真っ当な人間ならば誰もが心を痛めてしまうだろう。
 まあそれこそが紫苑の狙いなのだが。

「う、うぅ……くっ……ふぅぅ……!」

 嗚咽を漏らすその姿を見て誰が演技と看破出来ようか。

「――――帰ろう、春風。お前は生き残った。今はそれだけで良しとするんだ」
「……ッッ! は、はい……!」

 この一連の茶番を見ていた蛇は、ポツリと漏らす。

『う、薄汚ねえ野郎だなぁ……お前って……』

 反論出来る要素は欠片も無い。
別の場所で別の形で書いた物語の主人公を小説にしました。
キャラを立てると言う事を目的とした習作みたいなものです。
+注意+
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