そして今日から始まる
若干の下ネタを含みます。
前作の『そして今日もすれ違う』と関連があります。
見てないと分かりづらいかもしれません。
私、アンはごくごく普通の事務員です。
ただ私が務めているのは、
優秀だけど一癖も二癖もあるメンバーが揃うと有名な総合ギルド『ハルモニア』
確かに個性派揃いですが、みなさん良い方達です。
偽名使ってたり、壮絶な過去持ちだったり、あきらかにやんごとなきオーラ放ってたり、
……私と違って非凡なのは確実ですが。
私はもともとは別のギルドで受付嬢をしていたのですが、
とても綺麗な子が応募してきてくれたからという理由で、
突然解雇されて困っていた所をマスターに拾ってもらったのでした。
別に悔しいとかは無かったんですが、
私は六人弟妹の長子かつ稼ぎ頭だったので助かりました。
仕事は多いですがこっちの方が環境もお給与も良いですし。
「話のわかんねえ嬢ちゃんだな!
なんでこの薬草取ってくるだけでそんな値段かかるんだよ!」
「ご依頼頂いた薬草なのですが、採取場所が竜の巣の近くです。
そして今の時期は繁殖期で竜が凶暴化している為、
どうしても採取難易度が跳ね上がりますので……」
「知るか!いつもこの値段でやってんだからいつも通りにしろ!」
ただしその分、こういった苦労も多いのですが。
納得行かないのか、私に向かって怒鳴りつける男。
脅すように大きく机を叩く様や身なりを見るにガラが良いとは言えません。
おそらく市場で高騰していたからギルドに駆け込んできたのでしょう。
でもそれはこちらも同じです、形は違えど商売ですからね。
むしろギルドに頼む方が高く付いちゃうんですけどね、補償とかの関係で。
なかなか諦めの悪いお客様のようですがどうやって説得しよう。
案を頭の中でこねながら、諭すように事実を何度も繰り返していた時。
ぬっと男の後ろに現れた巨体が影を作った。
「お前みたいな下っ端じゃ話にならねえ!
あのオカマ呼んで……ぎゃっ!」
マスターに対する禁句を叫んだ途端、男が息を呑む。
もしマスターがお出かけ中でなければ壁まで殴り飛ばされているのだけれど、
今、男は別の理由で動けない状態だった。
後ろから襟にかけられた手によって体が持ち上げられている。
おそるおそる男が首を回し、手の主を見て固まった。
「黒騎士さん」
止めに入ってくれたその人を呼べば、
私の声で確信したのか、男が叫ぶ。
「お、おおおおお前は闇黒の竜殺し……!」
私に対する横暴な態度から一変して、男は真っ青な顔でがくがく震え出す。
黒騎士さんが手を離せば、ボトッと呆気なく男は床に落ちて。
腰が抜けているのか、這いずりながら一目散に逃げていった。
「ありがとうございました、黒騎士さん」
「……………?」
「私は大丈夫ですよ。
いつも本当にありがとうございます」
私はお世辞にも迫力がある外見とは言えません。
年のわりに童顔で舐められがちなせいか、
あんな風に絡まれる事がしょっちゅうあります。
私は残念ながら非戦闘員なので、
マスターやらギルドメンバーが止めに入ってくれるのですが、
殆ど目の前にいる彼……黒騎士さんが助けてくれます。
黒騎士さんはいつも真っ黒な全身鎧を纏っています。
その禍々しい姿に私も最初はびっくりしたものです。
何やら物騒な噂も多い彼ですが、
話してみたら誠実で優しい方だとわかりました。
おかげで今ではよくお話する仲に。
「……………………」
私と彼を隔てるカウンターの上に彼の手荷物が置かれる。
中身は大量の獣骨だった。
「あ、依頼終わったんですね。
お疲れさまでした、すぐ手続きしますのでお待ちください」
差し出された依頼品を受け取った私は、
書類へ必要事項を書き込んで、達成の判子を押す。よしくっきり。
それからあらかじめ用意しておいた報酬を金庫から取り出して。
「お待たせしました、次も頑張ってくださいね!」
「……………」
報酬を受け取り、黒騎士さんは部屋へ戻っていく。
その後ろ姿はなんだか楽しそう、相当上手くいったんだろうか。
私もなんだか嬉しくなってしまう。
「あっ、もうこんな時間」
気付けば、そろそろ営業終了の時間だ。私もあがるとしよう。
夕食の手伝いもあるだろうし、ああその前に頼まれてた繕い物。
と、色々予定を思い返しながら私は片付け始めた。
黒騎士さんは滅多に鎧を脱ぎません。
ただ夏場は他のギルドメンバーに暑苦しいと怒られたらしく、
依頼の時以外は外しています。兜以外。
どうも彼は呪われているらしく、兜が脱げないんだとか。
食事はできるものの、呪いの影響はもう一つ。
「アンちゃん、よくわかるよねえ」
「何がですか?」
繕い物の持ち主であるゲイルさんが切り出してきた。
彼はギルドメンバーの一人。
人生経験の深さからか、とてもお喋り上手で私もよくお話させてもらってます。
「黒っちが言ってる事」
感心したようにゲイルさんは言います。
黒騎士さんは喋れません、正確には言っている事が聞き取れない。
本人としては普通の会話してるつもりなのに伝わらないんだとか。
だから基本、彼と意志疎通が必要な場合は筆談となる。
「なんとなくわかるんですよね……何ででしょうね?
あ、できましたよ。ゲイルさん」
仕上げの糸を切って、修復したマントを渡す。
彼は笑顔で受け取ってすぐにいそいそと着込んだ。
希望に添える出来映えだったようで何よりである。
「ゲイルさん、そのマントお気に入りなんですね」
「実はこれ、ツェリが初ボーナスで買ってくれたんだわ」
何となく話題にしてみれば、浮いた声で即答。
にっこにっこと擬音が聞こえてくるような、そんな満面の笑みのゲイルさん。
……道理で肌身離さない訳だ、凄く納得した。
ツェリさんというのはゲイルさんの相棒であり、彼の想い人だ。
彼女もまた満更じゃないというか……
ツェリさん自体は隠してるつもりでも駄々漏れだ。ぼっろぼろ零れてる。
そんな風に好意向け合ってるとなれば二人はお似合いだろうに。どうも恋仲ではないらしい。
どちらも全力で好意をスルーしている、他人の私が見ても明らかなのになあ。
「おっさんとしては若い娘の恋バナ聞きたいんだけど」
「うーん、残念ながら無いですね」
「……そうかあ」
私は自分から話すのはあまり得意ではないので、
基本的に相手のペースに合わせます。
でも今回ばかりは話題にならず。
なんせ浮いた話一つありません、想像すらできません。
「んじゃー、アンちゃんどんな男がお好み?」
気分を害してしまったのでしょうか。
対するゲイルさん、なんとなく声のトーンが落ちてました。
参ったなあと思ってた矢先に、彼は予想外の方向に振ってきた。
これなら答えられる、でもやっぱり悩みに悩んで、出した結論は。
「んー……普通の人ですかね」
「だってさ、どうするよ。黒っち」
『ちょっと自害してきます』
「こらこら、まだ寝取られた訳じゃないんだから」
『ゲイルさん、さらっと人のトラウマえぐらないでください(`;ω;´)』
年上というのは基本的に頼られると舞い上がっちゃう生き物だと思う。
おっさんもその一人である。
恋に悩む青年から相談を受けたので、
ちょっとしたお手伝いをしたのだが綺麗に失敗しちゃったらしい。
「まあどう考えても黒っち普通じゃないわなー……うん、普通じゃない」
『なんどもいわないでください、しにたくなります』
文面から余裕の無さを伺う、これはかなりショックだったんだな。
綺麗な文字に時折混ざって描かれる顔の記号、
感情表現としてはわかりやすいが……。
物々しい黒い全身鎧がちまちま筆談している姿は、
果てしなくシュールだなと場違いにも考えてしまう。
俺の言葉に彼は相当落ち込んでいるらしい。
頭を抱えてどんよりと重たい空気を放っていた。
顔が見えないのに、こりゃ泣いてるなと確信した。
ちょっと虐めすぎたかもしれない。
『俺だって好きで被ってる訳じゃないんです……』
「大概は仮性だからそんな気にしなくても平気よー?」
『ちょっと一体何の話ですか!兜ですから!そっちは別に……別に!!』
おーい挙動不審になった時点で弱み握られちゃってんぞ、青年。
おっさん、そんなに野郎の情報ゲットしたい訳じゃないんだけど。
なんつーか……真面目さも手伝って本当にからかいやっすいわー、この子。
黒騎士こと目の前の青年は普通じゃない。
まあハルモニアに集ってんのは大方訳ありだが。
普通といえば、青年の想い人であるアンちゃんぐらいだろう。
『それでもやっぱりアンさんが好きです。
普通じゃないけど、彼女の好みになれないけど、諦めきれません』
「ちなみに両思いになったら何したいの?」
『……手、繋ぎたいです』
「……乙女だねえ、ピュア過ぎておっさんには眩しい。
なんせ達成時のやりとりだけでウッキウキしてるもんね。
さすが二十八才童貞は違うわー」
『だからなんで人の傷に塩を塗りこむんですかヽ(`Д´)ノ』
仮面の下からでもわかるぐらい鋭く睨まれている。
でも文章で恐ろしさ半減。そういうギャップがいじりやすいんだって。
拗ねられても面倒だ、話をさっさと変えるとする。
「別に手ぐらい、両思いじゃなくても繋いでくれるって。
俺だってツェリとたまにやってるしー」
『ゲイルさん、灯台もと暗しって言葉知ってます?』
「いきなり何よー、これでもおっさんわりと頭良いんだからね」
なんとなく呆れたような視線を向けられてる気がする。
そのせいか、居心地が悪い。疑ってんな、こりゃ。
何さ何さ、おっさんいじめると後で仕返し怖いんだぞー。
「あ、そういえばそろそろ買い出し行く頃じゃねーの?」
ふと呟けば俺の発言で思い出したのか、
ペンと紙をしまうと目礼だけして黒っちは去っていく。
その慌てっぷりと言ったら、青春っていいねー。
「青臭さにあてられちゃったかねえ」
急にツェリの顔が見たくなった俺は部屋へ戻る事にした。
「…………」
「あ、黒騎士さん」
ちょど夕食の買い出しに行く直前、黒騎士さんに引き止められる。
ここのギルドはわりと人が多いので買い物の量も多い。
いざとなったら何往復かするつもりだったのだが、
どうも今日も付き合ってくれるとの事。
「いつもお手伝いありがとうございます」
「……………………………」
「いえいえ、黒騎士さんのおかげで凄く助かってます。
今度お礼にお菓子作りますね、何が良いですか?」
「……………………」
「カップケーキですね、わかりました。
楽しみにしてて下さいね」
黒騎士さんは甘いものが好きだ。
その為、何かとお世話になっているお礼に、
よく手作りのお菓子を渡すのだがいつも喜んでくれる。
だからか、彼の為にお菓子を作るのはとても楽しい。
「じゃあ行きましょうか」
横に並んで市場の方へ歩き出す。
今晩は魚の予定だから、海側の店から回っていく事に。
「あらら」
市は凄まじい盛況だった。
人がごった返し、いつもならこの時間は比較的空いてるのに。
「…………………」
「あっ、そうでしたね。
お祭りの日だったかあ……」
それならもっと早く来るべきだったのに、迂闊だった。
ご飯はなくともお腹は減る。
うちのギルドの人達は食欲強い人が多い分、切らすような真似はできない。
覚悟を決めよう。でもその前に、手を彼の方へ。
「黒騎士さん、手を繋ぎませんか?」
私がそう言い放った瞬間、ビシッと彼が固まった。
あれ?なんか私まずい事言っただろうか。
はぐれないようにするにはこうするのが一番なんだけど。
弟妹のように好き勝手うろちょろしないとはいえ、
この人並みじゃうっかり私が流されてしまいそうだ。
「ごめんなさい、お嫌でしたか?」
自分としてはかなり親しくなったつもりだったのだけれど、
彼からすれば違ったのだろうか。なんだか悲しい。
若干落ち込みつつ、差し出した手を引っ込めようとしたら、
手首を掴まれる。でもすぐさま離される。
その代わり彼は横へ首を激しく振っていた。
「えっと……」
どういう事なんだろう。
わからず、伺うように彼を見る。
ならば何故か、突然彼は小手を外し始めた。
そして生身の手が私に向けられる。
「ひゃっ」
繋いで良いという事なんだろうか。
お手のように恐る恐る手を乗せてみたなら、
ぎゅっと手が彼のに包まれる。
それからやけに奮った様子で彼が歩き始めた。
……気合い入ってるなあ、この人群ですもんね。
自分も負けないようにしないと。
「あっ、お姉ちゃん!」
材料を買い終えて、さあ帰ろうと踵を返したならば、
よく聞き覚えのある声に呼び止められた。
声の主は下の妹のケリー。
私はギルドに住み込みの為、こうして顔を合わせたのは一月以上前だ。
仕送りの返事から家族の様子は知っていたけど、実際に会えるとやはり安心する。
どうもケリーは祭りの為、遊びに来ていたらしい。
私の方へ小走りでやってくる。
「ケリー、久しぶりだね。元気そうで良かった」
「みんなピンピンしてるから安心して。
にしてもお姉ちゃん凄い荷物だね……あれ、その人は?」
黒騎士さんの両手は塞がっている。
だから彼はいつものように筆談ができずにいた。
私から解説しようとした、その前にケリーが口を開く。
「初めまして。私、妹のケリーって言います。
……もしかしてお姉ちゃんの恋人さんですか?」
「……?!………………!」
さっきからずっと手繋いでるし、とケリーが言う。
そういえば、人がまだらになってきたのにまだ私達は手を外していなかった。
片手も使った方が荷物を持つのも楽なのに、なんだか名残惜しくて。
「この人は黒騎士さん、ちょっと事情があって喋れないの。
彼にはギルドで凄くお世話になってててね……」
勝手に紹介を始めてしまったけど大丈夫なんだろうか。
確認の意味で黒騎士さんの顔を伺えば、
ぎゅっと握られている手にまた力が込められた。
見つめられていると目が見えずともわかる。
思わず、こくりと喉が鳴った。
「私にとって……大事な」
なんだか少し恥ずかしいけれど、はっきり伝えるべきだろう。
彼も妹にもごまかしたくない。これが私の正直な気持ちだ。
「お友達なの」
『』
「えっ」
困惑に澱む空気、重々しい静寂が私達の周りを包む。
……あれ?私、何か変な事言ってしまった?
「まあ……黒騎士の言う通り、
女にとって異性の『お友達』って……殆どが対象外の意味よね」
出かける前は花を背負っていた(ように見えた)仲間が、
帰ってきたらどんよりと部屋の隅に向かっていたら、
さすがに薄情な私も心配になって声をかけてしまった。
床で体育座りの彼に合わせる勇気はない。
だから談話室のソファに座り直して話を聞いていたのだが。
『やっぱり、そうなんですね……ツェリさん』
「あ、いや。でも、その……」
それは間違いだったかもしれない。
私はおっさんみたいに気遣い上手くないもの。
現に今だって……どん底に追いやっちゃったのに慰めの一つもかけられない。
『俺みたいなのが好かれようって事自体、愚かですよね。
呪われるような行いしておいて平凡な幸せを望むなんて。
こんな簡単な事にも気付けないから寝取られて裏切られるんですよね』
やばいネガティブモード入った、これじゃ私の手には尚更負えない。
黒騎士は薄幸体質だ、その並外れた優秀さが霞んで見える位に。
彼は元は異世界にて王家に仕える騎士だったらしい。
悪い竜のせいで世界を滅びかけた為、王様直々その討伐役に抜擢された。
それで無事に倒したものの、
死に際に『自分に誠の愛を与える者が名を呼ぶ』まで、
解けない呪いをかけられちゃったんだとか。
といっても兜だけなんだけど、たぶん竜も余力が残ってなかったんだろう。
ただその呪い『精神破壊』は専門外の私でもわかるぐらい、恐ろしいやつで。
精神を蝕まれ、最終的には思考無く血肉を求めて戦うだけの狂人に成り果てる。
……はずなんだけど、もともと耐性があったのか。強靱な精神力の持ち主だったのか。
彼は言語障害だけで治まっている。が、ここで彼の不憫属性が働いた。
長き戦いを終えて、彼はまっさきに王女と、同じく王家へ仕えるもう一人の騎士に会いに行った。
帰りを待ってくれていると思っていた恋人と親友。
その二人が結婚して、子供まで作っちゃってた。
この時点でも充分不幸なんだけど、それで終わらないのが彼の可哀想な所。
更にその王女様が呪いを感じ取って(大概身分が高いほど魔力強いから)
彼が『精神破壊』にすっかり浸食されたと思い込んで(しかも喋れないせいで弁解できない)
危険人物として地下牢に幽閉されてしまった(更には周囲、処刑する気満々)
彼のおかげで世界が救われたにも関わらず、あまりの仕打ち。
せっかく押さえ込んでる『精神破壊』が暴走してもおかしくない。
でも彼は恨みはしなかった、ヤケにはなったけど。
もう何もかも嫌になって「どーにでもなーれ☆」と無茶苦茶な呪文を唱えた結果、
奇跡的に異世界転送魔法になったらしく、飛ばされた所をマスターに保護されたんだとか。
……運が良いのか悪いのか。
(……もうかける言葉も見つからない)
ざーっと彼の生い立ちを思い返し、心の底から思った。
ついでに言うなら打開策も見当たらない。
この状況から抜け出そうとなるとあの子以外じゃ無理だ。
でもそうそう上手くいく訳が……。
「あの、黒騎士さん、ツェリさん」
「!」
「アン!」
部屋に居ないようだったので、探してみれば談話室に彼はいた。
お二方がお喋りしている所を割ってはいるのは気が引ける。
でもそれで冷めてしまっては元も甲もない。
勇気を絞って話しかければ、紙を片付け始める黒騎士さん。
それは納得できます、話の内容を見られるのが嫌なんでしょう。
でも何故ツェリさんはキラキラした目で私を見るのか。
「後は頼んだ!」
「えっ」
それだけ告げると彼女がおもむろに立ち去っていく。
おかげで私と黒騎士さんの二人きりに。
そう思うと不思議と胸がドキドキし始めた。
「ご飯終わってすぐに何ですが……カップケーキ作ったんです。
良かったら一緒に食べませんか?」
好物の甘味がよっぽど嬉しかったのか、黒騎士さんは激しく首を縦に振る。
おかげで上下にずれる彼の口のプレート部分が、
うるさく金属音をたてているのだけれど……頭に響かないのだろうか。
とりあえず許可は貰えたみたいなので、
彼の腰掛けていたソファの隣に座らせてもらう。
「レーズンとメープルがあるんですが……半分こでいいですか?」
どうせなら両方とも食べてほしい。
なのでそう提案してみれば、今度はゆっくり彼が頷く。
均等になるように半々に千切って、その二種類の片割れを彼に渡した。
「どうぞ」
黒騎士さんはあまり大きいものが食べれない。
口のプレート部分をずらせる範囲が小さい為だ。
だから元々小さく作ってあるカップケーキだけれど、
更に細かくしたおかげで、丁度良い大きさになったみたい。
「……お口に合いましたか?」
彼が食べ終わったのを見計らい、尋ねてみる。
それに黒騎士さんはこくこくと頷いてくれた、良かった。
お菓子が無くなって手持ちぶさたになる。
でも私はその場から立ち去らず。どうしても話したい事があったから。
「あの、今日はごめんなさい」
「……………?」
「買い出しの時の件です。
お友達だなんて軽々しく言ってしまって。
私、黒騎士さんと仲良くなれたのが嬉しくて、だから」
でもそう思っていたのは私だけだったのだろう。
今だって彼は困っているのかもしれない。
でも私は止められなかった。
「ご迷惑なら断ってください。
でも私どうしても黒騎士さんと仲良くなりたいです。
だから、お友達になっていただけませんか!」
真剣に言い切った声は、自分でも分かるぐらい切羽詰まっていて。
こんなにも必死になって恥ずかしい子だとしても、
この胸の内をわかってほしくて。
「………」
返事を待ち侘びていた私に与えられた三文字。
でもそれで彼の心はわかってしまった。
やっぱり私は優しい彼に迷惑をかけていたんだ。
悲しくて悲しくて仕方無い。涙を堪えて、声を絞り出す。
彼からもらった同じ音の、違う意味の言葉を。
「ご、めんなさ……」
い。と謝罪は途中で止まってしまった。
唇に冷たくて固い感触、それは金属独特の。
当たったのは彼の口を覆うプレート。
もし兜が無ければ、私の唇に触れていたのは。
呆然と口を開ける私から彼は一気に距離を置いた。
まるで磁石が反発するかのよう飛び退いた彼は、
鎧を着込んでいるとは思えない程、身軽な動きで部屋から出て行く。
追う事も引き止める事もできずに、私は静けさの中で一人佇んだまま。
何が起こっているのか、理解し切れていない私の足下で音。
かさり、と爪先に触れたのは小さな紙。
彼がいつも筆談に使っているメモだ。
おそらくさっきツェリさんと話していた時に使っていたものの、
たまたま床に落ちたのに気付かず回収し損ねたのだろう。
拾い上げて、そこに書かれていた綺麗な彼の文字は。
『俺はアンさんと恋人になりたいです』
「……え?」
ようやく繋がる思考。
気付いてしまったのは彼の行動の意味であり、私の本当の感情であり。
触れた彼は冷たかったのに。手を添えた唇はどうしようもなく、熱かった。
第二弾は見かけ悪役中身ヘタレ黒騎士×平凡少女アン
この後、手が触れただけで真っ赤になる位、意識し合っちゃう二人。
スーパーじれじれタイムはっじまるよ-!
以下設定。
アン・スミス
ごくごく普通の事務員の女の子。
頑張り屋な働き者。特技が家事のお嫁さんにしたいタイプ。
幼い頃から弟妹の面倒を見てきたせいか、何かと肝が据わってる。
実は黒騎士が好きなのだが本人は全く気付いてなかった。
黒騎士 ケルヴィス・シーズァ=エルロンド
一般人なのに偏見をもたず、言ってる事理解してくれるアンにぞっこん。
でも兜が外れなかったらショック(=失恋確定)なので名前は秘密に。
俺様王様系の金髪碧眼イケメンだが中身はバリバリ草食系つーか乙男。
竜関係の依頼ばっか受けてたら恥ずかしい二つ名付けられてて悶絶してる。
赤い屋根の小さな家で可愛い奥さんと子供と幸せな家庭を築くのが夢。